13話
金剛達は唖然としていた。
それはおおよそ砲撃戦と呼べるものではなかった。吹雪と深海吹雪、その距離は二メートル以上離れることはない。互いに肉薄し、踏み込み、ゼロ距離での一撃を狙う。これ以上の距離が離れると、この二人の戦闘に限っては砲撃の精度が落ちると言っていい。
相手の挙動を読む。
無駄撃ち一つのタイムラグで懐まで潜り込まれ、致命傷を負う。フェイントも読まれた瞬間、同様の道を辿る。その裏をかくことも、裏の裏をかくことも、あまりにリスクが高い。故に彼女らは戦闘が始まって以来、一度も砲撃を行っていない。
しかし常にその刹那の機会を逃すまいと神経を尖らせる。
呼吸のタイミングから足下の波の凹凸まで勝敗を分かつ情報とし、一挙に頭に叩き込んで行動に移す。
それは心身にとてつもない負担となる。
改めて金剛は思う。
吹雪の実力、それを得るに至った胸の内の覚悟、努力、いずれにおいても敵う筈がないと。
「つけ入る隙がないね」
平淡な声で、しかし頬に汗を伝わせながら北上は言った。
金剛と青葉も同意見である。
下手に手を出せば、この不安定な均衡を悪い方向に転がすことになる可能性がある。
しかし体力は有限、自然と均衡が崩れるのは早かった。
集中力の途切れた深海吹雪が、僅かに波に足をとられた。バランスを崩す程ではない。体が数センチ傾く程度であった。
瞬間、吹雪の砲塔がドォッ!!! と火を噴いた。
この砲弾はしかし、深海吹雪の頬を浅く裂き海面に吸い込まれる。
ここで全力で後退した吹雪と、怯み防御姿勢をとった二人の選択が、ようやく両者の距離を離した。
「ブッキー!」
肩で息をする吹雪に、金剛達はすぐさま滑り寄る。
吹雪はこれを一瞥するだけ、目の前の深海凄艦を睨み付ける。
「ナゼ、ジャマヲスルノデスカ」
深海吹雪は血走った目で吹雪を睨み返す。
「ワタシハ、アナタノゼツボウカラウマレタキボウデスヨ」
その声からは焦りが窺えた。
不安定な現状、そしてそれが崩れた先に見える絶望の未来を悲観し、恐れ、憎み、その手が提督に届かないと思い知らされた。しかしそこに諦めはなく、地の底に堕ちても手に入れようとした力が、かの白い吹雪であった。
だから、彼女は深海凄艦である自身を希望と言った。
「いいえ」
しかし吹雪は、これを真っ向から受けとめ、否定した。そして彼女は告げる。
「あなたは私の呪いです」
ぎり、と歯軋りの音が聞こえた。
「世界の理不尽を恨んだ。私の未熟さを悔いた。司令官を傷つけまいとした」
吹雪は省みる。
司令官を守れなかった日から、ずっと彼女の心は蝕まれている。その悲しみの、苛立ちの、怒りの矛先を明後日の方向へ向けることで、この世界の意地悪な仕組みに向けることで、錯覚しようとした。自分が全て悪いわけではないと、そして責任の片棒を誰かに、何かに担がせようとした。
「だから、己を鍛えた。周りを変えようとした。決して遠くない未来、司令官が戦禍に脅かされることがないよう、身を粉にした。……それは司令官の為ですか?」
違います、と自身の問いに首を横に振った。
「自分のためです」
吹雪の言葉に、悔しさから拳を握り締めたのは金剛達だった。
「司令官を失う事が怖かった。罪を受け止める事が怖かった。だから現実と向き合うフリをして、司令官のためという偽りの旗を掲げて、司令官の『気持ち』と向き合う事を拒絶した」
過去の自分を省みることの痛みを、吹雪は知る。胸が今までになく痛い。しかしこれを押し殺して、彼女は続ける。
「司令官の幸せを決めつけ、押し付け、寄り添う事を恐れ、挙げ句勝手な責任感から泥に溺れた、呪われた私。世界の理不尽を恨み、憎み、末に自己満足に喰い殺された私」
深海吹雪をその目に焼き付け、言い放つ。
「そんな私が生み出したのが、あなたです」
金剛達の胸は燃えるように熱く、痛かった。
大切な人を無惨に傷つけたと悔やみ、その後で正面から謝罪の言葉をぶつけることができるか? 逆に開き直り、笑顔を振り撒くことができるか?
どちらも荒唐無稽、冗談にすらならないと金剛達は思う。彼女らに『心』が存在する限り、そこから目を背けようとするのは仕方ないと、当然だと言ってもよかった。
吹雪は真面目だった。
だから素直に目を背けることができなかった。
それが彼女を追い詰め、壊れさせた。
「だから私は、あなたを沈めなければならない。そうして初めて、私は前を向いて、胸を張って歩き出せる」
金剛の口からは自然と乾いた笑いが漏れた。
残酷な現実を半端に受け止め傷ついた吹雪は、さらにこれを真正面から向き合うと宣言したのだ。
吹雪は強い。
ズタズタに傷付きながら走り続け、地に伏し土を舐めても、まだ立ち上がろうとする。
強がりでも苦し紛れでもなく、彼女はただ前を向き進もうとしている。
だから深海吹雪も、これに真正面からぶつかる他ない。
「ノロワレタ、カ。ナラバ」
瞬間、深海吹雪は犬歯を剥き出しにして吼えた。
「ノ ロ イ コ ロ サ レ ロ !!!」
ごうっ、と風が唸る。
ビリビリと空気が震える。
炸裂した深海吹雪の感情は、さらに自身を蝕み、闇の純度を高めていく。
その圧倒的な気迫に身を固くする金剛へ、吹雪は小声で告げる。
「次私が砲撃した瞬間、私の頭めがけて撃ち込んでください。では!」
「え、ええっ、ちょっとブッキー!?」
金剛の返事を待つことなく、吹雪は深海吹雪に向かって猛進した。
彼女達の二度目の激突。
お互いの意思を否定し合う、端からみれば唯の喧嘩に見えるかもしれない。しかし、それは吹雪にとってのけじめであり、深海吹雪にとっては存在意義の証明であった。
再び、砲撃も爆撃も無い静かな激闘が始まる。