深海吹雪は硬い装甲を纏っている。吹雪は嵐のような駆引きの中でその間隙を縫い、かつ零距離砲撃しなければならない。しかしそれ以上に大きな問題であるのは、彼女が装甲を纏っているにも関わらず、吹雪の動きに追い付き、互角の睨み合いを続けていることだった。その潜在能力の高さに、吹雪は戦慄する。
戦艦をも凌駕する、駆逐艦の、あるいは艦娘の最高峰へと登り詰めた吹雪が、不安を抱えて戦っていた。
間合いを取り合い牽制し、水飛沫を大きく上げながらも、これ以上なく繊細なやり取り。
途端、深海吹雪は足を振り上げた。
その大きな予備動作に、吹雪は僅かな隙を見つけた。
そこに踏み込もうとし、しかし攻撃の態勢に入れない。
戦いが始まって暫く、深海吹雪は怒りからか、幾度か動きに繊細さを欠いているが、吹雪はその好機を活かせない。
彼女は怖じ気づいていたのだ。
そして深海吹雪は笑う。
振り上げた足を、思いきり水面に叩きつけたのだ。
大きく上がる水飛沫。それは吹雪の視界を遮り、思考を混乱させた。
その刹那──衝撃。
「ブッキー!!」
吹雪は、深海吹雪に『殴り』飛ばされて、遥か後方に三度バウンドして止まった。
「ワカッタコトガアル」
深海吹雪は一歩前へ。
「イマノオマエハ、ワタシノハチワリデコロセル」
「そんなっ…」
彼女は顔色を変えず、現在の戦況を淡々と残酷に評価した。
一歩、また一歩近づくごとにのし掛かる殺意を受けて、金剛達は戦慄する。
ただ一人、吹雪は違っていた。
「よかったです」
濡れた前髪をかき上げて、笑い返し、吹雪はそう言った。
「深海悽艦であるあなた(私)が、艦娘である私より優れた戦闘能力を持っていることは予想していました。でもそれがたった二割の差なら、私にも自信がつきます」
今の状況から二割の差を埋める算段がある。その上更に優劣を塗り替える自信があると、そう啖呵を切ったのだ。
「フン」
深海吹雪は鼻で笑った。
「オマエハイチゲキデハコロサナイ。イッタデショウ? オマエヲノロイコロスト。コノヨヲ、ウンメイヲ、オマエジシンヲノロッテ──」
彼女は獰猛に笑う。
「モウイチドゼツボウシ、オマエハオマエニノロイコロサレル」
「ではもう一度始めましょう。次があなたの最期の戦いです」
「ヨマイゴトヲ!」
二人は同時に波を蹴った。
吹雪は水面を裂き、飛沫を弾き、全速で疾走する。
そして激突する間際、吹雪は右手の砲塔を構えた。
「チマヨッタカ!!」
吼える深海吹雪。
それでも吹雪は止まらず、その右眼に目掛けて火を噴かせた。
彼女がこの嵐のような戦闘での、ようやく二度目の砲撃。
目の前で爆裂するそれに、しかし深海吹雪は全力で体を捻らせかわした。
ヂリッ、と前髪を焦がした深海吹雪は、狂気を湛えた笑みを浮かべる。
砲撃の反動、次弾までの時間、彼女達の距離。いずれを加味しても、自身の勝ちが揺るがないと確信した。
目の前で黒煙を上げ、憎しみと後悔に蝕まれながら沈む吹雪を想像すると、得も言われぬ快感に震えた。過去の自分を否定し、今の自分を肯定させる。自身が正しかった証明。
しかし瞬間、彼女に一点の曇りが見えた。
砲撃を外したはずの吹雪の目は、希望を捨てていなかった。
ここで初めて、深海吹雪は気圧されていると感じた。
吹雪が湛えている目の色は、希望は、自分が全く知らないものだった。
下手な悪あがきをとったかの彼女は、即座に回避行動に移る。
吹雪にとっては一度きりの賭けであった。
自身の、鎮守府の仲間の、そして提督の命をMAXBETした賭けであった。
──結論、彼女は賭けに勝った。
吹雪は体が引き千切れる程に全力で横に飛んだ。深海吹雪からの致命傷を負う射程から逃れることはできないが、彼女の目的はそこになかった。ギリギリのところで、後方からその頭を撃ち抜かんと放たれた金剛の一撃を間一髪回避したのだ。
吹雪の役目は全速で自信に注意を向けさせること。そして金剛が死角となるよう接近し、金剛の砲塔、吹雪の頭、そして深海吹雪の回避先を一直線上に結ぶことであった。
砲弾は彼女によって吸い込まれるように、深海吹雪へ導かれる。
視界を覆う閃光と轟音。
着弾の瞬間、その衝撃から吹雪は昏倒し、意識を手放した。