「ヘイブッキー! お昼にするデース」
吹雪が執務室を出たところで、ぶんぶんと手を振る金剛に声をかけられる。
「演習の報告デスカ?」
「ええ、大きな怪我がなくて良かったと」
いつもどーりデスネと、オーバーに呆れた素振りを見せる金剛。吹雪の横に並ぶと食堂へ向かう。
「今回も上手くできましたネ~」
金剛は満足げに、ニコニコと上機嫌であった。
ほぼ演習のみが他鎮守府との接触である事から、それだけ相手に与える印象は大きくなる。何度も何度も死の恐怖を感じさせ、絶対的な力の差を染み込ませる。勝てないと分かっていても特攻させるようでは足りない。挑む事さえ馬鹿らしくなる、そんな感情を芽生えさせる。
そうでないと、提督の安全が絶対的に保証されない。
「摩耶さんは木曾さんの挑発に乗って、思いきり蹴りをいれてましたけどね」
「水飛沫で周りからは見えていないようでよかったデス」
「威力も砲撃並みでしたからバレなかったのかもですね。木曾さん二三回バウンドしてましたよ。まぁ今回は見逃しますよ」
「ワタシはカツ丼にしマース! ブッキーはどーするデス?」
「……同じもので」
はぁ、とため息を吐く吹雪。最近は少し気が緩んでいる。まだ事件から一年しか経っていないというのに。
間宮からカツ丼の乗ったトレイを受け取り、空いている席に着く。
「そえよひもしんふぁいなのはふっきーのかららヘス」
「飲み込んでから話してくださいよ」
眉間を抑えて唸る吹雪。口元にぺたぺたとご飯粒をつけてなお話そうとする金剛に、やはり緩みすぎだと感じる。彼女だけではなく、鎮守府全体があの事件を忘れる方向へ向いているのではないかと勘ぐってしまう。
吹雪は仲間内での友情というものを心の底から信用はしていなかった。艦娘としての戦闘力、そして何より提督への忠誠心。これが無い者は事件を切欠に移籍させた。よってこの鎮守府には在籍する艦が少ない。
「心配しなくても半年以上、進行はしていないですよ」
ぺらりと制服の右裾を捲り、骨盤の上辺りを露にする。
そこは部分的に白く変色し、硬い殻に被われていた。
事件の後遺症である。
「できれば消えて欲しいんデスけどネ」
「でもこれのおかげで他の駆逐艦と一線を画する力を手にいれた…んだと思います、たぶん。勿論毎日毎日血反吐を吐くほどの訓練はしましたが」
深海凄艦化。そう吹雪は予想している。これを吹雪は鎮守府内全ての艦娘に伝えていた。そしてもし暴走すれば迷わずに自分を殺せと。
「これが消えたら……また秘書艦をやりたいですね」
深海凄艦になる可能性がある以上、提督の側に二人で居ることはできない。大切な人の隣にいたいという願望、そしていつ自分が自分でなくなり、傷つけ失うかもしれないという恐怖。混沌とした絶望の中で苦しんできた姿を、金剛含め他の艦娘達は知っていた。
吹雪の苦しげな笑顔に金剛は、
「わ、ワタシのカツを一切れあげマース!」
不器用に苦笑いを返した。
吹雪と金剛が食事を終える頃、提督は秘書艦の加賀を連れて食堂に来ていた。
「隣いいか?」
「て、テートク! バーニングラーブ!」
「はいよ、バーニングラブ」
それを返事と取った提督は、金剛の横の席に、加賀の手を借りて座った。先程の暗い空気を変えようと、金剛は話を振る。
「車椅子新しくなってマス!」
「まだ一年しか使ってないのに車輪が回らなくなってな」
「吹雪さん隣失礼するわね」
トレイ一杯にご飯を乗せた加賀も席に着く。しかし吹雪はそれを一瞥し、
「……私は午後の自主訓練に行くので」
静かに席を立つ。
「そうか、無理はするなよ」
「はい、失礼します」
「あ、ワタシも!」
金剛は慌てて立ちあがり、提督にひらひらと手を振って、吹雪を追いかけて行った。
吹雪達が去った後、加賀と二人になった提督は大きくため息を吐いた。
「なんだかずっと吹雪に避けられているような気がするのだが、何か嫌われるような事をしたかな」
「……いいえ」
秘書艦を続けてきた加賀には、提督の悩みはよくわかる。吹雪の事情も知っているから尚更。
加賀は吹雪が去った方向を見つめて優しく微笑む。
「彼女は誰よりも提督を慕っていますよ」