司令官を守ります!   作:たんじぃ

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吹雪編
2話


 

 演習の日、顔を合わせた相手の提督は憤慨していた。彼の怒りの矛先は秘書艦の加賀である。此方の提督は脚が不自由であり、代理として秘書艦がそれを務める。何度説明しても礼儀がならんの一点張りで、真っ赤にしたゴツゴツの顔を、加賀の鼻先まで近づけて怒鳴りつけていた。

 加賀と青葉、加えて相手方の艦娘数人が宥めて渋々引き下がったのは演習開始時刻を三十分も超過してのことだった。

 

 

「今回の作戦を変更します」

 

 金剛、摩耶、青葉、北上、江風の五人は揃って吹雪の言葉に耳を傾ける。

 

「本来は実際戦場に出る艦娘の戦意喪失が目的でしたが、今回はあの司令官の方により問題がありそうです。なので」

 一息おいて、

 

 

「今回は本気で相手を潰しにかかってください」

 

 

 金剛と青葉はニコニコと微笑む。

 北上はふーんと興味無さげに、しかし内心チリチリと燻っている。

 摩耶と江風は獰猛な肉食獣のような笑みを浮かべる。

「へぇー演習で暴れられるとはねェ」

「まぁ、いいんじゃない」

「あの司令官の心を折っちゃいましょう!」

 吹雪は皆を一瞥し、

「個々の実力を確実に示すため、戦闘は一対一になるようにお願いします」

 手加減をし、全力を出せなかったストレスや不満を解消するのにも良い機会だろう、吹雪はそう考えた。

「そろそろいいだろうか」

「ええ、お待たせしました」

「こちらもだ、うちの頑固者がすまなかった」

 演習相手旗艦の日向と此方の旗艦吹雪は握手を交わす。

「よろしくお願いします」

 双方所定の位置につく。ヒリつくような緊張はなく、むしろ高揚が支配する中、開始の合図。

 

 吹雪達は一斉に全速前進を始める。陣形など関係無い、各々が散り、個々の暴力的な戦力差を以て制する。少数精鋭では、現実的に良くても一対一、殆どが一対多の戦闘になる。実際に他鎮守府や多くの深海棲艦と戦争になったときの事を考えると、これが一番理に敵っている。勿論それだけの実力をもってしての話だが。

 

 

 

 

 

 

「いいか、相手は小規模な鎮守府の三流かも知れないが気を抜くなよ」

 日向は前進しつつ艦隊を鼓舞する。

「後少しで戦艦の射程圏内だ、気を付けろ」

 そう言いつつも、この距離では狙いが定まらないだろう、弾着までの時間もある、と考えていた。古参の彼女の経験からのこと。

 これが甘かった。

 先ずは金剛の砲撃で相手陣形を崩す。遠距離砲撃にも関わらず、正確に艦と艦の間に弾着させる。数少ない作戦のうちの一つだった。

「相手、陣形がありません!」

「は、何を?」

 瞬間に、弾着。

「うわっ!」

「慌てるな! 引き付けろ!」

「ま、また! 水がっ、邪魔っ!」

 日向は焦っていた。こんな相手は初めてだった。金剛の精密すぎる遠距離砲撃もそうだが、何より散り散りに攻められることに艦隊は完全に混乱していた。誰を狙えば良いのか、どのタイミングで狙えば良いのか、整列が優先か、旗艦である日向自身も咄嗟の判断をしかねた。

 

 それを見逃さない、江風が朝潮に肉薄し射撃、隊列から離脱した。それに気を取られていると、副砲の連射が襲う。

 連射、連射。筑摩が離脱した。

 連射、連射、遠距離砲撃。榛名が離脱した。

「日向! 大丈夫!?」

「一旦陣形をっ…鈴谷足下!」

 雷巡の魚雷によって大きな水柱が上がった。

「いちち、もうダメっぽいね」

 鈴谷が大破、戦闘不能。

 怒涛の連撃の中、ギリッと日向は歯噛みした。一瞬にして集団を離散させる術、三流なんてとんでもない。本物の化物を相手にしているのかもしれないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 江風は久し振りの全力戦闘に心躍っていた。犬歯を剥き出しにし、口の端を吊り上げ、猛獣のように朝潮に襲いかかる。

「おらおらァ! 腰が引けてるぜェ!」

「く……っ!」

 一方的な暴力に、朝潮は「餌食」という言葉が浮かんだ。

 縦横無尽に走り回り、魚雷を放ったかと思えば次の瞬間には眼前で砲塔を構えている。

 そんな蹂躙の中、朝潮は一点の光を見つける。そこだけが照明に照らされているような、ようやく見つけた江風の隙。本能が告げる、動きが鈍い今、と。

 朝潮は江風の前に魚雷を放つ。同時に、回避先を塞ぐように射撃。この機を逃さず、さらに追撃をかけるべく全速で接近。

 

「ダメだなァ、嗅覚が足りない」

 

 被弾直前、江風は大きく跳躍した。

「なっ!?」

 虚を衝いた筈が、突然のことに思考が止まった朝潮は数手遅れをとる。江風は中空に留まったまま朝潮の砲塔を弾き、無防備になった体に渾身を撃ち込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 混濁した意識の中、榛名は未だに目の前で起こったことに驚愕するばかりだった。隊列から離れて対峙したのは重巡洋艦青葉。彼女は他の重巡洋艦と比べて火力、装甲共に劣る、そう侮っていた。榛名が放った一撃、それを青葉は砲撃を以て撃ち落としたのだ。初めは偶然かと思ったが、慢心であった。どれだけ撃っても弾道を逸らされ、気が付けば距離を詰められており、その正確無比な射撃が鳩尾に突き刺さった。

 もはや笑うしかない。模擬弾とはいえ呼吸が数秒止まる程の一撃。

「信じ、られないです……」

「どやぁ、ですよ!」

 腰に手を当て胸を張る青葉。

「立てますか? 榛名さん」

 攻撃の手を止めてもらっている時点で勝負はついていた。榛名は小さく笑って青葉の手をとった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日向と吹雪、その距離約十メートル。日向は戦慄していた。吹雪は一度も射撃を行わず、無傷でこの距離まで近付いたのだ。砲身の角度から弾道を予測し、火を噴いた瞬間に体を捻る。寸でのところでかわし、最短距離で接近。それに加え、駆逐艦一人で戦艦に肉薄している事実に困惑していた。

「全くとんでもない駆逐艦だ!」

「問答は無用ですよ」

 ぐん、とギアを一つ上げ吹雪は懐に飛び込む。日向は咄嗟に後退し、大きく体を反らす。鼻先を模擬弾が掠めた。

 瞬間に後悔する。

 不安定な体勢の中、即座に動いた吹雪に側面に回られる。とんでもない機敏さに舌打ち。無防備な脇腹に一撃、激しい衝撃に体が揺れる。

「くそっ!」

 日向は砲身を真下に向け、射撃。爆発的に広がる水飛沫に、吹雪は一旦距離を取らざるを得ない。

 日向自身も激しい衝撃に、ガンガンと頭を揺さぶられたような目眩を覚える。しかしすぐに次弾を装填、当たれば一瞬で意識を刈り取る戦艦の一撃を吹雪に放つ。

 ギュン! と吹雪は全力で体を捻り、砲弾は浅く頬を裂く。勢いそのまま、再び日向との距離を一瞬で詰める。

「チョロチョロと!」

 咄嗟に向ける砲塔。

 しかし既にそこに吹雪はいない。

「なっ」

 こめかみに冷たい鉄の感触。

 ぶわっと嫌な汗が吹き出る。

 わかる、これを受けてはいけないと。しかし零距離で回避が間に合うはずもない。

「ぐっ……あぁ!」

 唐突に背中に受けた衝撃、日向は水飛沫を上げて水面を派手に転がった。大破であった。

「ふっ……情けないことだ…な」

 水を這いながら辺りを見回す。

 僅か二分足らずで全滅、完全な敗北であった。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 鎮守府を出て摩耶と江風、青葉と北上、その後ろを少し離れて吹雪と金剛が少し気不味い雰囲気の中並んで歩く。門から離れてしばらく、無言を破り切り出したのは金剛であった。

「今日は快勝でしたねブッキー!」

「………」

「向こうのテートクは部屋に閉じ籠って、全くあっちこそ礼儀がなってナ……」

「………」

「ブッキー?」

「なんで最後手を出したんですか」

 吹雪は力無く金剛を睨み付ける。

「日向さんは私一人で十分でした」

「……ブッキー様子がおかしかったデスから」

 そう言って頬の血痕を拭う。

 見ると、他の四人も足を止め吹雪に注目していた。

 吹雪はわざとらしくため息をつき、制服をたくし上げる。「これ」については他の艦娘に隠すことはしないと約束をしていた。

「あの距離でよく私の状態がわかりましたね」

 近くにいれば吹雪が苦悶の表情を浮かべていたことがわかっただろう。戦闘中の挙動だけで支援を判断した金剛は流石という他なかった。

「……吹雪さんはしばらく演習に参加しないほうが良さそうですね」

 青葉は冷静に、吹雪の横腹を観察する。

 変色部分が臍付近まで拡大し、発疹のように白い殻が浮き出ていた。

「それはできません」

 しかし吹雪は首を振る。

「これは私の罪滅しでもあるんですから」

 あのさぁ、と眉をひそめる北上。

「吹雪が居なくなったらこっちが困るから体調管理はしてもらわないと。暴走したアンタに勝つことはできるだろうけど、数人沈むだろうからさ」

 これに皆大きく頷く。

「提督が両足を失った事に責任を感じてるのかも知れないけど、提督が死ななかったのは吹雪のおかげなんだから」

「……わかりました」

 渋々吹雪は首を縦に振る。何より提督の益を優先する理念は消えることがない。提督の身を脅かす危険を排除する。その為ならば命も藁屑のように捨ててしまえる。

「さて! 帰ったらみんなでアイスクリーィムを食べにいキマショー!」

「おっ、いいねぇ!」

「青葉はパフェにします!」

 金剛は天真爛漫に空気を変える。全く敵わないと、吹雪は心の中で感謝をした。

「今日はブッキーの奢りデス」

「……鼻から食べてくれるならいいですよ」

 

 

 

 

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