司令官を守ります!   作:たんじぃ

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3話

 

 

「無人島に深海棲艦、ですか」

 

 提督の言葉を、吹雪は繰り返す。

「うむ。他鎮守府の遠征艦隊が姿を見たそうだ」

 数枚の報告書をひらつかせ、そこで、と。

「無人島から一番近い我が鎮守府からその確認をしろとのことだ」

「近いと言っても目視ができない距離デスが」

 提督は金剛の意見に頷き、

「普段の哨戒範囲外だが、幸い民間の漁船の往来も無い海域だ。作戦は偵察のみで交戦は避ける。どうだ、吹雪行ってくれるか?」

「ま、待つデース!」

 トントンと進む話に金剛が待ったを入れた。

 

 

 

 

 この鎮守府に残っている艦娘は全て、提督が入院中に吹雪が選りすぐった艦娘であり、金剛もその一人である。恩であれ、情愛であれ、救いであれ、提督に対し心酔している者。

 金剛は初めて着任した戦艦であり、古参である彼女は他の艦娘よりもそれが深い自負がある。それこそ沈めと命じられれば敬礼一つ、海に身を投げることは快感ですらあるかもしれない。そんな歪んだ底辺宗教のような感覚を持っている金剛は、しかし、勿論提督の事を一としながら仲間や姉妹の事も大切に想っている。

 

 

 この点で、金剛は吹雪を壊れていると表現する。

 

 

 吹雪は、己が失敗のために余計な心を消した。それは恐怖、悔恨、罪の意識から。

 最古参である吹雪に、金剛は多く世話になった。吹雪のためであっても、彼女は盾になることができる。これは機械的な損得の問題ではなく、感傷的で泥臭いもの。このおおよそ自我を持つものが抱える事を、吹雪は無理に抑え込んでいる。だから金剛は彼女の分までお節介なほどに心配をする。

 

 

 

「その、ブッキーは体の調子が良くないみたいデスから」

 チラリと横目で吹雪を見る。

 外見こそいたって健康。後ろで短く束ねた艶やかな黒髪に、触りたくなる柔肌。しかしその衣服の下には深く深く刻まれた呪いがある。

「私なら平気です」

「なんだ、そんなに心配なら金剛も艦隊に加えよう」

「そういうことじゃない、デス……」

 言い淀む金剛を余所に、

「では吹雪と金剛、あとは江風と青葉、龍驤に行ってもらう」

「わかりました」

 敬礼する吹雪は淡泊に失礼しますと一言、踵を返し部屋を出る。

「あっ、テイトク! 後でティータイムにするからお菓子よろしくネー」

 咄嗟に付け足したような提督への気遣いの後、慌てて吹雪を追いかける金剛は部屋を出るなり抗議する。

「ブッキーはその、……これ以上悪化しないように休むべきデス!」

「鎮守府から近い、だったら司令官の危険となる可能性が十分にあります。それに」

 吹雪は目も合わせずに、

「私自身の目で真実を確かめないと気が済みません」

「で、でも!」

 食い下がろうとする金剛は言葉が繋げない。

「偵察任務です、心配無いですよ」

「……わかりマシタ」

 なにか引っ掛かる。僅か三十センチ隣を歩く吹雪が遠く感じる。渋々了承する金剛だったが、なぜかザワザワと嫌な予感がしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「島の陰が見えてきましたねー」

 手を額に当て青葉は言う。

「ここまで敵の姿は見えへんけどな」

「既に移動した可能性もあるからなァ」

 偵察任務というのもあって、江風はやや気が抜けていた。それは彼女だけでなく、他の艦娘もその傾向があった。近海の哨戒の方が緊張するというのだから不思議だ。各々が悠長にしている中、吹雪だけは難しい顔をしていた。彼女は何故か感じていた。深海棲艦が近いのではないか、と。

 

 深海棲艦についての研究はここ数年で劇的に進歩した。一部の深海棲艦は轟沈した艦娘の末路であることが証明され、艦娘の健造数、大きく損傷した状態での出撃に規制がかけられた。特に後者については厳罰が課せられる。

 では原初の深海棲艦はどこから生まれたのか。これについては未だ判明していない。マッドサイエンティストによる人造人間の失敗作、海底のヘドロから生まれた新種生物というのはまだしも、神による天罰、異世界から来たモンスターなどと冗談めかして触れ回る者もいる。

 くだらない、と吹雪は吐き捨てる。

 こんな悪夢が神の仕業でも、ましてや空想的なものであっても堪らない。

 どんな理屈であれ、吹雪が深海棲艦に近づいていることは紛れのない事実。もし深海棲艦同士がその存在を認知できるのであれば、体の侵食以外にそれを証明することになるのではないか。既に心の整理を終えた吹雪にとっては他愛のないことであったが。

 

 ふと、その気配が濃くなったように感じた。

 

 突如、龍驤は顔を強張らせる。

「っ!? 敵艦載機発見!」

 場の空気が一瞬にして変わる。

「あかん、あっちゅーまに撃ち落とされてもた。これはフラグシップ級かそれ以上や」

 焦る龍驤。敵の強さを身に染みて感じた彼女からじわりと嫌な汗が滲む。

「し、深海棲艦がいることがわかったんです。撤退しましょう」

 青葉が強く進言する。そして既に旋回の準備をしていたのだが、

「いいえ、もう目の前まで来ています」

 腰の辺りを押さえる吹雪は、構わず進行する。

「ですから早く!」

「この目で確認しないといけません。どんな敵がどのくらいの数いるのか……それにもう見えていますからね」

「ブッキー!」

 感情的に金剛は怒鳴っていた。しかしそれ以上の非難を繋げない光景が広がる。

 敵の数はおおよそ五十。そしてその先頭。

「飛行場姫!?」

「早く撤退を!」

 臨戦態勢に入る金剛達。しかし吹雪は違った。

「待ってください」

 一人減速もせずに進んでいく。

「この距離で攻撃してこないのはおかしいです」

「そんなんどーでもええわ! あの深海棲艦の数に飛行場姫までおるんや、早よせな全滅するで!」

「龍驤さん達は帰還していただいて結構です。でも報告は待ってください」

 そこで金剛は心のざわつきの正体に気付く。まさかとは思っていた最悪のシナリオ。

「もしかして戦う気デスか?」

「は!?」

 龍驤は信じられないといったように目を丸くする。

「そんなん帰ってから体勢整えて来たらええやろ!」

「その間に襲われれば少なからず被害が出ます。こちらの存在は知れているんですから。だから、ここで全て沈めて司令官に報告します」

 

 敵影ナシ、と。

 

「でもそれは最終手段です。話ができるのなら、私は」

「無茶苦茶です!」

 珍しく青葉も激昂していた。

「……ブッキーが聞いてくれるとは思いマセン。ワタシもついていきマス」

「ちっ、くそっ!」

 金剛に続きやけくそとばかりに江風も吹雪に並ぶ。

 この飛行場姫との距離約二十メートル。皆の砲身はしっかりとその眉間を狙っている。

 吹雪は考えていた。もし、深海棲艦同士がその存在を認知できるのであれば、自分は対等に会話ができるのではないかと。

 

 

 

 

「アナタ、テキナノ?」

 

 相対し、先に口を開いたのは飛行場姫であった。

「どういうことでしょうか」

「ナンテイウノカシラ……ワタシタチトオナジニオイガスル」

 ギリ、と歯噛みしたのは金剛。

「そうかもしれませんね」

 表情を変えず、服を捲る吹雪。それを見て、

「ソウ、カンゼンニハナッテイナイノネ。トイウコトハテキ、トイウコトデアッテルカシラ?」

 凶悪な笑みを浮かべる飛行場姫。

 やはり深海棲艦であることを懸念して先制攻撃を避けていた。そう結論づけた吹雪は交渉を試みる。

「……これは私からの提案ですが」

 吹雪は一歩前に出て、

「ここは私達を見逃しませんか?」

「アリエナイワ」

 一蹴する飛行場姫に続ける。

「見逃していただければ、私たちはこの島に敵影ナシと司令官に報告します」

 驚いたのは飛行場姫だけではない。金剛達も耳を疑う。

「シンジルワケナイデショウ」

「ここで私達を沈めれば多くの仲間がここを制圧に来ますよ。そうすればそちらには大きな被害が出るはずです」

「………」

「あなた方がこちらを攻めることがない限りは危害を加えないことを約束します。もしも攻め入る事を考えているなら問答無用でここであなたを沈めにかかりますが」

 飛行場姫は少し間を置いて、

「ワタシヲシズメルトズニノッタコトハミノガスワ。デモヤハリシンヨウハデキナイワ」

 飛行場姫の周りにふわふわと艦載機が漂う。

「そうですか。……では私の考えを全て話さないと納得はしてくれないでしょうね」

 吹雪はもう一歩前へ。

 

 そして海風が止み、波が静まり、透き通った声が響く。

 

 

 

 

 

「            」

 

 

 

 

 

 高らかに歌い上げるような吹雪の言葉に、誰もが言葉を失った。金剛も、青葉も、江風も、龍驤も。唯一飛行場姫だけは、腹を抱えて笑っていた。

「マッタクアナタハコワレテイルワネ……フフッ…ウツクシイホドニ」

 目尻の涙を拭い、

「ウラギリトイウモノハ、ジブンヲマモルリコテキナモノ。デモアナタハチガウノネ」

 クツクツと笑い続ける姫。

「ワカッタワ、シンヨウシテアゲル。サッサトカエリナサイ」

「懸命な判断ありがとうございます」

「まてまて!」

 我慢が限界に達した江風が口を挟む。

「どーゆーことだ! なんていうか、……わけわかんねェよ!」

 目の前で次々と変わる理解不能な状況に、くしゃくしゃと髪を乱す。

「後でしっかり説明はします。それとも今の話を無かったことにして、轟沈覚悟で背を向け逃げますか?」

 唸る江風を意に介せず、吹雪は飛行場姫に向き直る。

「では、もうお会いすることはないでしょう。皆さん、帰りましょう」

 一切の警戒を見せず背を向ける吹雪。

 金剛達は臨戦態勢のままじり、じりと距離を空け、敵の姿が消えてからようやく息を吐いた。

 

「今日が命日になるかとおもいましたよ」

 遠い目をしながら呟く青葉。金剛と龍驤も緊張が解けたのかその場にへたりこむ。精神的な疲労から生気が削られたように顔が白く、気づけば大量の汗をかいていた。

 三人が安堵に浸る中、しかし江風は違った。

「おい」

 ずんずんと吹雪に詰め寄る。眉間には皺が寄り、顔面は紅潮していた。

「説明してもらうぜ」

「江風さん」

 吹雪はじっと江風の目の奥を見つめ、ゆっくりと口を開く。

「私達が演習で、味方である筈の艦娘に恐怖を植え付けるのは何故でしょうか」

「それは万が一にも仲間から攻撃されないためだろう」

 万が一、という言葉にやや顔をしかめる吹雪。

 

 現状深海棲艦との戦争は拮抗状態。しかしそれが天秤が釣り合っているようには、絶望で濁り果てに純化までされた吹雪の目には到底見えなかった。

 深海棲艦が危険な存在であることは勿論、艦娘にも脅威はあるのだ。

 小口径の拳銃でも、それを持っている人間が隣にいれば強い恐怖を感じるはず。これと艦娘がどう違うのか? 否、意思を持った兵器、余計に質が悪い。

 

「この深海棲艦との戦争が終われば、私達艦娘はどうなりますか?」

 目は江風に、しかし言葉はこの場の全員に向いていた。

 

「艦娘は所詮兵器、それも維持費がかかる。役目を終えた艦娘を残しておく必要はなく、殆どが解体されるでしょう。それを快く受け入れる艦娘がいったいどれほどいるでしょうか?

 その恨みや怒りの矛先は司令官、軍、延いては国全体に向けられるでしょう」

 わかりますか? と。

「司令官を守る上で、敵は深海棲艦だけではないんですよ」

 それを踏まえ、吹雪は己の描く、彼女達だけの理想郷を告げる。

 

 

 

 

「艦娘と深海棲艦の相討ち、これが司令官にとって最も安全な未来です」

 

 

 

 

 

 

 

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