「は、ハハハ…」
吹雪の宣言に金剛は苦笑いをする他なかった。
とんでもないスケールで吹雪は考えを進めていた。その法外な話に、正直現実味を見出だせない。
「私も司令官の事は大切に思っています。でもあまりに無謀です」
意見したのは青葉。
「それは深海棲艦、艦娘、軍全てを敵に回すようなものです。仮に深海棲艦と私達以外の艦娘が全滅したとして、どうするんですか? 艦娘が危険であるという認識がある以上普通の生活ができるとは思えません。独立国家でも建てるつもりですか」
「……わかりません。しかし今できることはこれが最善だと考えています」
吹雪は目線を落とす。
「目先のことばかり考えてもいずれ躓く。あまりに遠い未来のことを考えても、想像と現実のズレは大きくなり、かけ離れる確率が高まります。どこかで折り合いをつけないといけないんです」
「イイぜ、おもしろそうじゃン」
意外にも賛同したのは江風だった。
「世界を敵に回すなんてぶっとンだC級映画じみた真似なんて、そうそうできねェからな」
「遊びじゃないんですから」
「わーってるよ!」
「ウチは……まだなんとも言えへん」
歯切れが悪いのは龍驤。
「艦娘と戦うって未来が見えへん。うちらはそんなことせなあかんのやろか」
金剛を一瞥すると、
「ワタシたちは事件の後のブッキーの言葉に心を動かされました。それは何よりテートクを守りたい気持ちが伝わってきたからデス。でもこれは」
「やり過ぎ、ですか?」
吹雪は金剛の言葉を遮る。
「でも、このくらいやらないと……」
不安なんです。そう続くはずだったのだろうと金剛は思う。
「とりあえず帰りましょうか、あんまり遅いと心配されますし」
青葉の一言に皆頷き、帰途につく。
「気は抜かないでください。深海棲艦はあの島に居座る可能性がありますから、哨戒範囲を拡大して警備を今までより厳とします」
◇◇◇
吹雪達との演習があって数日経ったが、未だに長門はその事を引き摺っていた。
その実力に絶対の自信があったのだろうとは思う。しかしこの長門に駆逐艦が正面から挑むにはこれだけではピースが足りない。あの吹雪には何かがあると踏んでいる。
なんてことを食事中にも一人、考えてしまうのだ。
「長門さん、お向かい良いですか?」
声をかけたのは駆逐艦睦月。
長門はうむと一言、睦月はぴょこんと擬音がつくかのように席につく。
「長門さんお一人ですか?」
「ああ、秘書官の仕事が長引いてな。遅すぎる昼食だ」
「秘書官って大変なんですね」
睦月はアイスをぱくりと一口。満悦の表情を浮かべる。
「なんだか難しい顔をしてましたけど、悩み事ですか?」
「いや、まあな」
ふと長門は睦月の顔を見て思い出す。
彼女は一年前にある辺境の鎮守府から移籍してきた艦娘であった。
当時新聞の一面にもなった、深海棲艦による鎮守府襲撃事件。
そこに所属する多数の艦娘が、事件後方々の鎮守府に移籍をした。睦月もそのうちの一人であり、この鎮守府に所属が決まったのであった。
そしてその襲撃された鎮守府こそ、かの吹雪が今もなお所属している化物の巣窟である。
かくいう睦月は移籍当時は至って平凡な、旧型であるからむしろ弱い部類の駆逐艦であったが、今は全くの別人である。長門は作戦中、また演習でも暫く、睦月が被弾しているところを見ていない。それは目を血走らせ、精神を磨り減らし、肉体を日常生活に支障が出るほどに酷使する狂気じみた鍛練の結果であることを長門は知っていた。
幸せそうにアイスを口に運び、だらしない顔をしている睦月からそのような姿は想像し難いのだが。
「睦月、聞きたいことがある」
「ん~おいしぃ。はい、なんでしょうか?」
「睦月の以前いた鎮守府に、吹雪がいるだろう?」
ピタリと睦月は手を止める。
「はい」
「変な話だが、吹雪がどんな奴か教えてほしい」
完全にアイスを食べることを止めた睦月は、じっと長門を見つめる。
「吹雪ちゃんが気になるんですか?」
「先日演習をしてな。睦月も見に来ていただろう? その時に彼女の強さに……正直恐怖した」
俯きながら、続ける。
「動き、圧力、殺気。どれもが異常だった。特に吹雪がというだけで他の艦も大概だったが」
「でも演習では勝っていましたよね?」
「気づかなかったのか? 勝たせてもらったのだ。何故かはわからないが」
無意識に拳を握り締める。
「私にもプライドがある。だが恥を認めて言うと、もう二度と彼女らとは戦いたくないな」
「……そうですか」
上手くいってるみたい。そう呟いた睦月の声は長門には届かなかった。
「吹雪ちゃんは強いですよ。でも強さの秘密はナイショです」
「そ、そうか」
「くよくよしても仕方ないですよ! アイス一口食べますか? 溶けかけですけど」
「いや、白米とは合わなさそうだ」
あまり問い詰めるのは良くないだろうと、結局何も解決しなかったことに嘆息しながら、もう一つの疑問をぶつける。
それは睦月自身のこと。
「睦月はなぜ強くなろうと思ったのだ?」
質問に睦月は一瞬きょとんとした後、ふふふと含み笑いをし、
「私はスパイだからですよ!」
「は?」
これには長門も目を丸くするばかり。
「腹黒い政治家、襲い来るゾンビの群、宗教観のずれから生まれる恋人との壁……」
わざとらしい演技を交えて。
「それを乗り越えて最後『さっき私を仔猫ちゃんって言ったけど、その猫に狩られる貴方は仔ネズミちゃんね』ってセリフを吐いて主人公は引き金を引くんです!」
「……」
ぽかんと口を開けて固まる長門に、
「昨日みた海外ドラマは感動しました! 私こう見えてドラマにはうるさいんですよ?」
睦月は興奮しながら捲し立てた。
と、ここまできて長門は気づく。
はぐらかされているのではないか? と。
睦月の血走った目を知っていると尚更、相談しているにも関わらず実の無い会話に彼女の純粋さを疑わざるを得なかった。
(いかんな、疑心暗鬼になっている)
「変な事を訊いてすまなかったな。私は工廠に用事があるので先に失礼するよ」
「いえいえ、今度は一緒にアイス食べましょうね!」
ぶんぶんと手を振って見送る睦月に、長門はやはり気のせいだろうと笑みをこぼし食堂を後にした。
ふぅ、と睦月は短く息を吐く。
吹雪の話題が出てから、実は少し緊張していた。すっかり溶けてしまったアイスを口へ運ぶ。
そこへ近付いて来たのは夕立。少し離れた席で長門と話しているところを見ていたのだ。
「何を話していたの?」
「吹雪ちゃんと私の事だよ」
「なんか睦月ちゃんがスパイだって叫んでたっぽい」
聞かれてたのか、と睦月は困ったように笑い頬を掻く。
「半分当たってる筈だよ?」
睦月と同じように夕立も移籍をしてきた艦娘であった。
深海棲艦との戦争に勝ち、仮にこの鎮守府の艦娘が人間に牙を剥いた時の保険として吹雪が二人の移籍を申し出た。つまり、睦月と夕立はこの鎮守府を監視し、いざという時は内部から崩壊させる為の先んじた一手である。
「提督に、会いたいね」
ぽそりと睦月がこぼす。
吹雪に認められた提督への気持ちがありながら、移籍をした。これは吹雪からの信頼であり、睦月もそれを理解している。
「もちろんここの提督も艦娘もいい人ばっかり。正直吹雪ちゃんの言う『いざ』という時に迷っちゃいそうで」
「睦月ちゃん……」
「提督のためならって喜んでここに来た。それから自分を鍛えた」
「あたしも同じっぽい」
ぎゅっと睦月の手を握りしめ、
「二人なら大丈夫、何かあっても睦月ちゃんの味方っぽい」
「ふふ…ありがと」
睦月は夕立の真っ直ぐで潔い姿、芯の通った強い意志に憧れる。
だから提督の、夕立の、そして自分の為に。
「私もっと強くなるね!」