司令官を守ります!   作:たんじぃ

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金剛編
8話


 

 武器を持たない、兵器を使わない戦争が存在するのかと、吹雪は金剛に問いかけたことがあった。

 真にお互いの信用足り得るものは、攻撃を行わないという約束ではなく、兵器を、武器を持たないことにある。戦争をしないのではなく、できない状態でこそ友好関係が生まれる。武器を放り捨て初めて、歩み寄る事ができる。そう吹雪は言った。

 

 しかし艦娘は、存在自体が兵器であるのだ。

 その上この先生まれるかも知れない人間と艦娘による戦争には深海棲艦という第三分子が干渉する。そしてこれに対抗できるのが艦娘だけであるという状況。

 艦娘は人間に交渉の余地を与えたのだ。

 艦娘が居なければ人間は生きられない。逆に人間社会の恩恵がなければ艦娘は生きられない。長い歴史をもって構築された文明は、経験の無い艦娘には手に余るからだ。

 

 しかしその恩恵を受けるのに人間社会の中で支え合い生きる必要はない。人間社会の上に立ち、一方通行に教授すればいい。が、その人間社会を存続させるためには、やはり深海棲艦が邪魔なのである。

 

 導き出された答えは、鎮守府の管理者を人間から艦娘へと移し、引き続き共闘体制をとることであった。とは言え訓練も教鞭も受けていない艦娘が指揮を執ることはできないため、出撃開発などを行う際に必ず艦娘の許可をとらなければならないことで合意した。これには人間との対立を拒む艦娘への配慮も含めてあった。

 

 また艦娘への反乱分子となる施設や兵器はすべて廃棄させた。それが完了するまで艦娘は出撃を拒否するとなり、否が応でも施設の在処を曝け出さざるを得なかった。それでも全てを駆逐できたとは艦娘の誰も信じていない。

 

 深海棲艦と人間の対立構造の中で、半ば独立した艦娘組織のトップに金剛が座するのにそう時間は掛からなかった。彼女の実力は演習を通して多くの鎮守府の艦娘が知っていた。何より急転する状況で事態を事前に察知し、冷静に行動して見せたことが評価された。金剛の鎮守府の艦娘でさえ混乱し、右往左往するばかりであったにも関わらず、だ。

 

 

 

 

 

 

 

「ようやく落ち着きマシタね」

「はい、お疲れ様」

 うんと伸びをする金剛に、北上はお茶を差し出し、

「まさか艦娘にお茶を淹れる日が来るとはね」

 盆を片手にやれやれと両手を広げる。

「最近執務ばかりで退屈デス」

「仕方無いよ、全国の鎮守府を預かる身なんだから」

 一ヶ月に一度、その鎮守府が行った出撃や建造の記録に全て目を通す。記録は一度各々の鎮守府の代表である艦娘がチェックしたものであるが、二重に対策をと金剛が提案したことであった。

 提督とは別に設けられた執務室。金剛は一日のほとんどをここで過ごしていた。

「よく頑張るよ」

「そう、デスね」

「提督のため?」

 少し考える間を置いた金剛は、かぶりを振る。

「辛いとき、苦しいとき、テートクの為なら頑張れると思っていマシタ。でも最近はそれより先にブッキーの顔がチラつくんデス」

「そう」

「ワタシたちが始めた改革は、歴史に名が残るほどの大きなモノ。そんな重圧も、追い付かない執務も、付き合っていると心が安らぐんデス。ブッキーの力になってる、ブッキーが望んだ幸せの形を作っているのだと思うと、気が楽なんデス」

 まるで罪滅ぼしだと、金剛は自嘲する。

 吹雪はこんな気持ちだったのかといつも考える。あの日、金剛が吹雪と同じ場所に立ってから、その先に続く足跡を、後から踏みしめている感覚がある。

 金剛達は提督に全てを打ち明けた。吹雪が変わってしまった事件の日からのことを、何もかも包み隠さず話した。そして金剛自身が置かれている状況について、吹雪と重ねて考えていることも。

 

 金剛が吹雪の背中を追っているなら、君の考えている幸せな未来に君は居なくなる。

 

 そう提督の諭す言葉は、金剛が既に心得ていたことであった。

 罪滅ぼしのためにいずれ自分を殺す。

 そんな未来に幸せはないと。

「英雄になりたいわけじゃなくて、まして悲劇のヒロインを演じたいわけでもないデス」

「わかってるよ」

 わかってる、と二度、北上は繰り返した。

「自分の実力もろくに知らないくせに下手に事が好転してると勘違いする。人間みたいに艦娘を使っている気になって驕り高ぶり、足下を掬われたのがいい例。この点金剛は敗北も挫折も知ってるからクリア、なんだけどね」

 でもね、と。

「金剛がいなくなった時、誰もが金剛みたいに誰かの理想を真っ直ぐに受け止めて行動できるとは思わないことだね」

 くるくると盆をもてあそび、北上は言う。

 そこには同情も贔屓もない。純粋に現状を、何のフィルターも介さずに告げる。

 北上を秘書官に置いた理由の一つがこれであった。

 解釈に私情を挟まない、それが誰の為であるかなど関係無く事実を真っ直ぐとぶつけてくる。

 彼女自身のこととなると『めんどくさい』の一言で片付けられる事が多いのだが。

「ホントに助かりマス」

 金剛は薄い笑みを浮かべた。

「さて、ワタシは工廠にいってきマス。すぐに戻るのでもし誰かが来たらお茶を淹れてあげてくだサイ」

 んー、とぶっきらぼうに手を振る北上の態度が、今の金剛に心地好い。金剛は心の中でそっと、改めて彼女に感謝した。

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は零時を過ぎ、鎮守府内を出歩く艦娘はほとんどいない。廊下に響くのは金剛の足音一つ。

 

 工廠には建造、開発の設備がある他、明石の管理する医務室も併設されている。艦娘の一部メンテナンスや体調不良のためのものであるが、実際に使用されたのは深海棲艦化が進んだ吹雪の経過観察の時だけであった。

「いらっしゃい」

 工廠の隅で本を片手に一服している明石。ずずっと飲みかけのコーヒーを喉に通し、席を立つ。

「いつも遅くに申し訳ないデス」

「構いませんよ。人目につくと厄介ですし」

 たったそれだけの簡単な挨拶を済ませ二人が向かったのは、誰もいないはずの医務室である。

 金剛には何に使うのか見当もつかない大小様々な医療機器の間を抜け、最奥にあるもう一つの扉の前にたどり着く。

 そこで明石がタタタッと電子錠のキーを叩くと、ギリギリゴトンと重厚な扉が開いた。

 通いなれた金剛は薄暗い階段を、足下を気にせず明石に続き降る。

 その後はまた薄暗く、湿気た長い通路が伸びている。

 ふと金剛が口を開いた。

「こんな危険なことをさせてすみまセン」

「どうしたんですか改まって」

 明石は半歩後ろを歩く金剛を一瞥し、

「そうですね。定期的に寝返りをうたせてあげて、その度に、今目覚めたら自分は殺されるんじゃないかと怖くなりますよ。でもね」

 歩を進めながら明石は続ける。

「そうなってもいいかなって思うんです。吹雪さんの体を一番近くで診ておきながら守れなかったこと。それと何よりあの事件の罪を彼女に被せてしまった罪悪感が、少しだけ和らぐ気がして……はは」

「ワタシもデスよ」

 明石の苦笑に金剛は同調する。

「テートクへの感謝と尊敬を以てこれまで頑張ってきマシタ。でも今はブッキーへの贖罪と自分への戒めが糧になって……」

「金剛さんには皆感謝しています。お願いですから、一人で背負い込まないでくださいね」

 傷の舐め合いにお互い顔を合わせ、おかしくなって笑う。少しだけ気を安らげることができた気がした。

 二人は通路を抜け、白色蛍光灯の照らす小綺麗な部屋にたどり着く。一歩足を踏み入れるとひんやりとした空気が肌を刺し、しかしじっとりと汗をかくほどな気味悪さを感じる。本来は戦争が激化した時のための食糧庫であり、武器庫であり、防空壕であったそこには、ぽつんとベッドが一つ置かれているだけ。

 その異様な光景を助長するのが、そこに寝かされている少女と、彼女を拘束する幾多の鎖であった。

 駆逐艦吹雪。

 金剛の理性が殺しきれなかった深海棲艦である。

 その体は修復され傷一つ無い。

 しかし彼女は最後の出撃からずっと眠り続けていた。

 

 駆逐艦吹雪は戦艦金剛の砲撃により轟沈。そう上層部へ報告した。

 しかし処分には失敗していた。

 この事実を知るのは、あの日出撃した金剛、摩耶、青葉、北上、江風と明石のみ。

 金剛の一撃は意識を刈り取る程のものであったが、逆にその程度であった。それは金剛の故意によるもの。

 吹雪が深海棲艦のまま生きる地獄を強いることを理解しつつ、またも金剛は己が罪から逃げたのである。

 今の吹雪は人間にとって災厄。艦娘にとっては敵。殺す覚悟が無い以上、こうして地下に監禁する他に選択肢はなかった。

「艦娘のトップが深海棲艦を匿うなんて、とても笑えマセン」

 ホントですよ、と半ば諦めた口調の明石。

「これがバレれば今まで積み上げてきた関係も信用も全てを失います。艦娘も、人間も、深海棲艦も全て敵に回すことになりますからね」

「それでも、……ワタシは死んでもブッキーを助けてみせマス」

 それが理に叶っていない完全な我儘であると、金剛はわかっている。だから、吹雪を『救ってみせる』とは言わなかった。

「他の皆さんはともかく、北上さんがよく許しましたね」

「彼女も負い目があるんデスよ。ワタシ達と同じように」

 話はここまで、と金剛は吹雪を見据える。

 その重責を踏み締めるように一歩、一歩とベッドへ近づく金剛。その度にキリキリと胃が痛む。口の中に苦いものが広がる。

 それでも自分の選んだ現実を受け止めて、向き合う。

 しかし。

 

 ふと、その足を止めた。

 

「様子がおかしいデス」

 そして異変に気づく。

「どう…なって」

 明石もその事態には混乱しているようであった。

「昼間はまだ、こんなことには」

 二人はベッドに横たわる彼女を見つめる。

 深海棲艦吹雪。

 その髪は、肌は白く、体と同化した鈍く黒い艤装を身に纏う。

 確かに彼女らの記憶の吹雪はそうだった筈。だから混乱していた。

 健康的な肌色、黒く艶やかな髪。

 

 そこには『艦娘』である吹雪がいた。

 

 元々効果があったのか定かではない鎖は解けて垂れ下がっている。金剛はそっとその鎖を退け、吹雪の腕に触れる。微かに温かく、確かに命の鼓動を感じた。

 しかし今は喜びより困惑に支配されていた。

「私はドックに入れた以外は何の治療もしてないですよ」

「不思議デス……ホントに」

 一つ息を吐く金剛。艦娘組織のトップとなってからついた癖であった。他の誰より冷静に物事の判断を求められる彼女に自然とついたもの。そして明石に目を向けて、

「この鎮守府内の艦娘全員にこの事を公表しマス。テートクには、ブッキーがまだ沈んだコトにしておいてくだサイ」

「……わかりました」

 明石が頷いたことを確認すると、金剛は再び吹雪に視線を戻す。

 

「ブッキーがホントに深海棲艦化の呪縛から解放されているか、そしてこの後、目を覚ましてくれるのかわかりマセン。でも、できることなら」

 優しく黒髪を撫で、祈る。仄かに射し込めた希望の光に、淡い淡い期待を秘めて。

「どうかブッキーの目覚めた世界が平和なモノでありますように」

 

 

 

 

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