七耀歴1192年、リベール王国 地方都市ロレント。俺の第2の故郷となったこの街は今、地獄だった。
「急いで2人とも!はやく!!」
「はぁ、はぁ、おかーさん待ってよ!」
「エステル、行こう!とにかく今は走るんだ!!」
栗色の髪をした、一瞬エステルと姉妹かと見間違えるほどに若い女性、レナ・ブライトさん。実はエステルの母親だというのだから驚きである。今、この人とエステル、俺でとにかく走ってロレント郊外へと逃げていた。周りも逃げ惑う人々で阿鼻叫喚。もはや逃げ道すら分からない、本物の地獄絵図だ。
――――戦争。隣のエレボニア帝国が攻めてきたのだ。それは突然だった。ロレントが爆撃を受けた。少し見回しただけでも、血だらけになって横たわるロレントの人々が目に映り、吐き気を催す。
今日は雑貨屋を見に行って、そのままエステルの家でお菓子を作る予定だったのだ。確かに不穏な世情ではあったが、あまりにも平和な、平凡な日々。それがこんなにも簡単に、一瞬で崩れてしまうなんて。
父さんは無事だろうか?母さんは?エリッサ、ティオ、他にも友人たちは多くいたが、彼らは無事だろうか?
いや、今は考えるな。とにかく今は、逃げるのが先だ。郊外に逃げられれば、森に隠れられれば、なんとか逃げおおせるかも…………。
「あぅっ!」
「エステルッ!」
と、時計塔の前に差し掛かったところで、俺のすぐ後ろを走っていたエステルが転ぶ。レナさんが悲鳴にも似た声を上げて助け起こそうとしたとき、俺はその光景を見てしまった。
爆撃が時計塔の上部に当たり、崩れ落ちてくる。嫌にゆっくりに感じる。大きな大きな石の塊が、下にいる俺達めがけて、ほら……。
「2人とも危ない!」
グシャ。
痛み。
「――――ッ!?」
ズグンッと右腕に走る強烈な痛みで目を覚ます。俺は先ほどまで立っていた地点から2~3メートル離れたところに倒れていた。どうやら気絶していたらしい。
とにかく立ち上がろうと、右腕を支えに立ち上がろうとするが……どうやら力が入らない。折れているのかもしれない。ならばと、左腕でほふく前進して、少し前にいる見慣れた茶髪に近づく。
「えっく、えっく、おかーさん……」
あぁ、妹分が泣いている。早く慰めなくては。
そういえば、レナさんはどこだ?気絶する前に、俺とエステルがレナさんによって突き飛ばされ、破片を回避することができたのは覚えている。とにかく命は助かったみたいだし、お礼が言いたい。
「おきてよ、おかーさん……」
あと少し、あと少しでエステルにたどり着く。たどり着いたらまずは、頭を撫でてやらなきゃ。そして、そしてレナさんを一緒に運んで、3人とも休憩しよう。もう、疲れたから……。
そのとき、物音に気付いてか、エステルが泣き腫らした顔でこちらを向いた。ただひたすら泣きじゃくっていたであろう顔は、俺を見た瞬間に驚愕、次いで絶望の色に彩られた。
「ルッツ兄!ルッツにぃ、やだ!やだぁ!」
どうした、落ち着いて喋ってみなさい。そう言おうとして口を動かすも、かすれた声しか出てこない。エステルは顔面を蒼白にしながらも、俺に駆け寄ってきた。良かった、目立った傷はなさそうだ。しかし、あの向こうに倒れている女性、レナさんに似てるなぁ。頭から血を流して、横たわったまま微動だにしないけど、大丈夫だろうか?
「やだやだやだ!おかーさんも、ルッツ兄も居なくなるなんてやだぁ!」
あぁ、かわいそうに。そんなに泣いたら目が腫れてしまう。
頭を撫でようとして右腕を――――そうか、動かないんだった。なら左腕だ。持ち上げ、エステルの頭の上に置く。ただ、それだけで力尽きたように、体は動かなくなってしまった。エステルが、目に見えて焦る。
「そ、そうだ!腕!ルッツ兄の腕!どこ!?くっつけなきゃ!!」
うで……?首を動かすのも気怠いが、なんとか右腕を見る。そこには……何もなかった。
そうだ、動かなかったのは折れてたからじゃない。なかったからだ。
今まで気づかなかったのは、無意識に現実から目を背けていたからだ。
夥しい量の血が流れていく。だんだん、体全体が冷たくなってきたように感じる。寒い、寒いよ……。
「ルッツ兄いいいぃぃ!!」
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後に百日戦役と呼ばれるこの戦争は、俺から多くのモノを奪っていった。故郷、友人、レナ・ブライト、そして。
この世界の、俺の両親。
平和ボケしたルッツは、この日死んだ。理不尽を決して許さない。俺は、もう決して失わない。
さて、これでプロローグは終了です。
次話で一気に話は飛びます。
役者はルッツが一旦そでに引込み、主人公たちのターンです。
では、また。