結果から言えば期待外れもいいところだった。確かに相手の技量もかなりのものだった、しかしそれを差し引いても期待外れだった。
相手にいいように誘導されて止めを刺される。情けない奴らだ。
金髪の女が乗っていたのがイギリスの『ブルー・ティアーズ』で、もう一人が乗っていたのが中国の『甲龍』だったな。操縦者が未熟なせいか? データより弱く感じた。
「さて、これで諸君にも教員の実力は理解できただろう。以後は敬意を持って接するように」
ぱんぱんと手を叩いて教官がそう言う。しかし教官、あの『ラファール・リヴァイヴ』に乗っている教員を教師としての風格が全くないので敬うことなど出来ません。
「専用機持ちは織斑、オルッコト、デュノア、ライラ、ラウラ、凰だな。では七人グループで実習を行う。そしてグループリーダーは専用機持ちがやれ。いいな?」
「僭越ですが教官」
「何だ、ラウラ」
挙手をして訊くと、教官は少し苛立ちを浮かべながらそう言ってきた。
すみません。ですが教官、これだけはどうしても言っておかなければいけないのです。
「兄様は今回は見学にしてもらえませんか? この天気の中では少しきついと思われます」
「あー……そうだな。では変更をする。グループは一班八人で、グループリーダーはライラを除いた五人がやれ」
隣にいる兄様が「これくらい大丈夫だよ」という目を向けてきていますが、そうもいかないのです。六月とはいえ、今日は平年よりやや気温は高いらしいのだ。それに空に雲は一つもない快晴。
兄様にはきついだろう。もちろん、兄様がこれくらいの演習ですぐに倒れたりするわけではないが、念には念を、だ。
兄様の体が弱いことをドイツにいた頃から知っている教官は少し考えた後、了承してくれた。恐らく私と同じ事を考えたのではないかと思う。
「ああ、私、ライラ君に教えてもらいたかったのになぁ~」
誰かがそう言っているのが聞こえた。
貴様のような不埒な輩がいるから、兄様を見学にしてもらったのだ。まあ、後付けだが。
† ☆ †
恙無く実習が終わった。兄様は見ているだけで不満そうな顔をしていたが。
しかし、ここにいる奴らは本当に学ぶ気があるのか? そう思わざるを得ない。
教官の弟、織斑一夏と言ったか、あの男のグループからキャーキャーと五月蝿い声が聞こえた。何だと思い見てみると、あの男が女を抱えてコックピットに運んでいた。
どうやらISをしゃがませるのを忘れたようだ。まったく、それくらいの基本ぐらいしっかりやれ。
その光景を見ると、如何に日本が平和ボケしているかを思い知らされた。軍でやったら説教ものだぞ。しかもそれを平然と何度もやる。教官が何故怒らなかったのかが不思議なくらいだ。
兎も角訓練機を片付けて兄様の下へ行くと、奴がいた。そう、あの織斑一夏だ。
「ライラ、お前もまだ学校に慣れてないだろうし、お互いの友好を深めるって意味も込めて、今日一緒に昼飯でも食べないか?」
「そんな必要はない!!」
兄様が返事をする前に私が遮る。押しの弱い兄様のことだ、このまま行けば嫌でも頷いてしまうだろう。ですが私がいます、兄様。ここは私に任せてください。
一方、織斑一夏は私の顔を見て、面倒な奴が来たなという表情をする。まあ、私にとってはその方が寧ろ好都合だ。
「兄様は貴様のような下賤な輩と食事を共にするなどありえん。さっさと失せろ、目障りだ」
私の言葉がカチンときたようで奴は声を荒げながら私の方に来る。
「お前はさっきから何なんだよ! 俺はお前の意見は聞いてねぇ! 俺はライラの意見を聞いてるんだよ!」
「ふん、だからその行為自体が無駄なのだ。兄様に聞いても答えは変わらん。ならばと思い、私が答えているのだ」
更に奴は苛立ったようだ。まったく、短気な奴だ。
「それとも貴様には兄様の心の中が分かるとでも言うのか?」
「分かんねえよ、でも! それでもお前よりは分かってる!」
貴様が? 笑わせてくれる。今日初めて会ったばかりの貴様に兄様の気持ちが分かるはずがないだろう。戯言を言うな。
「あ、あの、織斑くん」
「ん? どうしたんだ、ライラ。一緒に食べるか?」
奴と言い合っていると兄様が遠慮がちに割って入ってきた。兄様、そんな輩は一蹴してしまえば良いのです。遠慮はいりません。
「そ、その……ごめんなさい! お昼はラウラと食べるから……」
「……そっか。じゃあまた今度一緒に食べようぜ!」
私が合っていたではないか。やはり貴様のは妄言でしかなかったのだ。
しかし織斑一夏はまだ諦めていないようだ。奴の言葉に兄様は「う、うん」と返事をした。今度もあるわけがないだろう。
さて、兄様との食事を楽しむとでもするか。
◆ ◆ ◆
「……どういうことだ」
「ん?」
気持ちを切り替えて、俺達は屋上にやって来た。
今日は屋上に人が殆どいないから、ほぼ貸切状態だ。そんな中で箒が不満そうに呟いた。
「こんないい天気だから屋上で食べるって話だろ?」
「そうではなくてだな……」
箒はそう言ってセシリア、鈴、シャルルの方を見る。
「せっかくの昼飯だしいいだろ? それにシャルルはまだ転校してきたばっかりだからさ」
「うっ、な、ならばもう一人の男の――」
「ライラか?」
「そう、そのライラはどうしたのだ。そいつは誘わなかったのか?」
箒がライラのことを聞いてきた。ぐっ、箒は俺の傷を抉るつもりなのか?
「もちろん誘ったさ。でも断られたよ。ほぼ強制的に」
「強制的? アンタ、何言ってんの?」
鈴がまるで馬鹿を見るような目で見てくる。確かに普通だったら断る事に強制なんてないから、そう言いたくなるのも分からなくない。
正直、今思い出すだけでもイライラしてくる。
「多分ライラは来たかったんだろうけど、妹のラウラが『そんな必要はない』って言ってきたからな……」
「あはは……」
俺がそう言うと、更衣室へ行く時のやり取りを見ているシャルルは大体分かったようで苦笑いをしている。他はさっぱり分からないようだ。
「どうもラウラは過保護すぎるような気がするんだよな」
「でもライラの方が兄なんでしょ? ならライラが言えばラウラの従うんじゃないの?」
「それがライラは自分の意見を殺してラウラの言う事に従ってるみたいだからな」
「何? じゃあライラは妹に尻に敷かれてるわけ?」
う~ん、尻に敷かれてるのか?
そんな事を考えながら昼飯を食べた。
◆ ◆ ◆
実習の他には特に目立った事もなく一日が過ぎた。
兄様も体調を崩されることもなく、元気に過ごされた。しかし大事なのはこれからだ。段々暑くなっていくので、兄様の健康管理により一層力を入れなければならない。
しかし、今日はもうやることがなくなったので寮へ行くとでもするか。
「兄様、寮へ行きませんか?」
「あっ、うん、分かった」
幸いなことは兄様の周りに五月蝿い虫がいない事だろう。織斑一夏やフランスの男の所には休み時間になると何人かは絶対来る。兄様の所に来ないのは私がいるからか?
寮に着き、部屋番号を確認する。ここで合っているようだな。
部屋の番号をしっかりと確認してから入る。寮の部屋は兄様と同じ部屋だ。当然だろう。もし違っていたら、銃を片手に交渉するがな。
「それにしても良いベッドだね、これ」
ベッドに腰掛けながら兄様がそう言う。ふむ、確かに。流石日本、といったところか。
これなら兄様のお体にもあまり負担をかけずにすむ。もし質の悪いものだったら買い換えなくてはならなかったからな。資金は幸いな事に豊富だ。もちろん、兄様の為ならば出し惜しみなどはしない。
「今日、初めての学校はどうでしたか?」
「楽しかったよ。……でも、強いて言うなら実習が出来なかった事が残念かな?」
「そうですか。それは何よりです。ですが、実習に関してはこれから兄様は見学になる事があります。それは承知しておいてください」
これだけは私でもどうにもできない。兄様も解っていらっしゃるようで「うん、解ってる」と答えていらっしゃる。……心苦しいな、どうにもできないというのは。
「兄様、休日に何処か行きたい所でもありますか?」
「え? う~ん、とりあえず近場を散策したいかな? 駅前とか」
せっかく日本、というか外国へ来たのだから観光するのが普通だろう。兄様は碌に遠くまで行ったことだってないのだから。
しかし駅前か。人が多いかもしれんが、私が守れば何の問題もないだろう。
「では駅前に行きましょう。ですが今週末は私も忙しいので来週でもよろしいですか?」
「それでもいいよ」
本当ならば今週にも行きたいが仕方がない。兄様も喜んでいらっしゃる。
幸い兄様は女顔だから服装には困らない。しかし何を着せればいいんだ? 生憎その辺の知識は乏しい。軍にいたからな。
クラリッサにでも聞いてみるか? アイツは『シュヴァルツェ・ハーゼ』の中で日本の事を一番知っているからな。どのような格好をすればよいか教えてくれるに違いない。
「……あ、そういえばクラリッサさんが『日本に行ったら是非とも秋葉原に行ってください』って言ってたよ」
「秋葉原? 聞いたことがない所ですね。兄様は聞いたことがありますか?」
「僕もないよ。でもクラリッサさんに東京や京都じゃダメなの? って聞いたら『東京や京都もいいですが、それよりも秋葉原に先に行ってください!』って言ってたよ」
クラリッサがそこまで言うという事はそれなりに魅力的な場所なのだろう。一度行ってみるか。場所はクラリッサに聞けばいいだろう。
「風呂の事ですが、兄様はもちろん大浴場は使えません。ですので備え付けのシャワーを使ってもらいます」
「うん、そこは分かってるよ。ラウラは大浴場に行ってきたら?」
「それは出来ません。兄様にそんな粗末な物を使わせて私がのうのうと大浴場を使う事など出来ません。ですから私も部屋のシャワーで済ませます。順番はいつも通りでよろしいですよね?」
「うん」
兄様と二人で過ごせるのなら、この学園にあの男がいようとも問題ない。兄様に何事もなく三年間過ごせればそれでいい。