「37.4℃……完全に風邪ですね」
土曜日、私は体温計を見て、しまった、と思った。兄様が元気でいるから大丈夫かと思ったが、やはりダメだった。
ただ、軽い風邪なのが幸いだ。兄様をどうしようか。土曜日だが午前は授業がある。ちなみに午後は自由時間だ。
つまり何が言いたいかというと、兄様を今日一人にしてしまうという事だ。保健室を使わせてもらえると思うので体調の面は安心なのだが、どうにも兄様を一人にさせておけない。
できる事なら私が傍にいて看病をして差し上げたい。だが、今の私は学生。学業を疎かにする事があってはいけない。
「ラウラは学校へ行きなよ。僕は保健室にでもいるから」
「しかし! …………分かりました。ですが私も午前の授業が終わったらすぐに保健室へ行きます」
「うん、ありがとう」
私は兄様の真剣な目を見て頷かざるを得なかった。教室から保健室までの最短ルートは何処だ?
もう私の頭は午前の授業終了後、如何に早く保健室に辿り着くかしか考えていなかった。
† ☆ †
キーンコーンカーンコーン
授業の終了を告げるチャイムが鳴った。兄様がいないので今日はとても退屈だった。
そして授業終了と同時に保健室へ向け足を運ぶ。一刻でも早く兄様のお傍にいたい。
「兄様、大丈夫でしたか?」
「あ、ラウラ。……来るのが早いね。まだチャイムが鳴って数分しか経ってないような気がするんだけど」
「ええ、最短で来ましたから。それよりお体は?」
「問題ないよ」
よかった。恐らく悪化はしていないだろう。これなら明日には好くなるな。
クゥー
可愛らしい音が聞こえた。恐らく誰かの腹が鳴ったのだろう。無論、私ではない。兄様を見ると、顔を真っ赤にして少し俯いていた。やはり兄様は可愛い。
時間はもう正午を過ぎている。食堂で買ってここで食べるか? いや、それ以前に持ってきてよいのか? ……そこは男性操縦者ということで無理矢理納得させるか。
それなら急がなければな。
「兄様、私が食堂に行って買ってきますので、少々お待ちを」
兄様に一言そう言って私は食堂へ向かった。
† ☆ †
私は無事に買い終えた。そのついでに保健室へ持っていく事も許可させた。
消化にいい物を頼んだら、お粥というものを出された。
「兄様、只今戻りました」
「おかえり、早かったね」
兄様はそうおっしゃるが私はそうは思わない。もう少し早く来れた、という気持ちがある。やはり何にするか決まっていなかったのが響いたな。
「では兄様、お口を開けてください」
「いいよ、そこまでしなくても」
「何をおっしゃるのですか、兄様! 兄様は病人です。ですから私が看病しなくてはならないのです!」
兄様は私から楽しみを奪うおつもりなのですか!? 私の荒れ果てた心を癒すには兄様の世話をすることが一番効くのです!
私の思いが通じたのか、兄様は『分かったよ』とおっしゃった。それでは、
「兄様、あーん」
「あ、あーん」
私が『あーん』と言ったからなのか、兄様も恥ずかしそうにしながらも『あーん』とおっしゃってくださった。最高だ。今日、私は何でもできる気がする。それぐらいなのだ、兄様のは。
この後、お粥が全てなくなるまで食べさせてさしあげた。感想は……言うまでもない。
兄様に食べさせた後、私は自分の分を食べた。
時間は十分も経っていなかったと思う。しかし兄様はその短い時間でお休みになられてしまった。
もちろん起こすなどという下衆な事はしない。……ふむ、どうしようか。兄様の寝顔をこのまま見ているのもいいが――そういえば、織斑一夏が午後からアリーナで訓練をすると誰かが言っていたな。
……行くか。
「兄様、私は今からアリーナに行きます」
返事が返ってこない事を承知で兄様に言う。いくらお休みになられているからといって、何も言わずに行くのは心苦しい。
「……ラウラ……」
偶然だろうが、兄様が私の名前をお呼びになった。今日は運がいい。
◆ ◆ ◆
今日、俺はアリーナでシャルルに訓練をしてもらっている。
シャルルはすごいな! まず教え方が上手い。抽象的でもなく、理論的でもなく、俺が分かりやすいように教えてくる。もうあの三人はいらないかもしれない。
「ねえ、アレって……」
「ウソっ、ドイツの第三世代型だ」
「まだ本国でのトライアル段階だって聞いてたけど……」
シャルルに感心していると周りが騒いでいた。皆が見ている方を向くとそこには――アイツがいた。
そしてアイツ――ラウラは悠然と俺を見ていた。
「おい、織斑一夏」
「……何だよ」
ラウラは
「それが貴様の専用機か。ならば話は早い。――私と戦え」
はっ? この軍人は戦う事しか頭にないのか? 本気でそう思う。
「嫌だ。第一、理由もないのに戦わねえよ」
「だが私にはある、それで十分だ」
アイツの言っている事は理解できないが、心当たりが全くないという訳でもない。
第二回『モンド・グロッソ』で俺が誘拐されたことだろう。
「貴様がいなければ教官が大会二連覇の偉業をなしえただろうことは容易に想像できる。そして貴様が弱くなければ教官は――だから私は貴様を許さない」
ビンゴ。予想通り『モンド・グロッソ』のことだった。
でも気になることがあった。『貴様が弱くなければ教官は』。アイツはそう言った。
少し予想と違った――いや、俺は弱かったから強ち間違っていないが。最後の『教官は』の後には『二連覇できた』じゃなくて別の言葉が続くような気がした。
「……また今度な」
「ならば――嫌でも戦わせてやる!」
ラウラはそう言うと戦闘状態へシフトし、右肩のレールガンを放ってくる。
「――ッ!」
ガギンッ!
不意打ちのように来た実弾に反応できなかったが、シャルルがシールドで俺を守ってくれたおかげで無傷だった。
「ここでいきなり戦闘を始めるなんて、ドイツ人は身内の人以外はどうでもいいの?」
「貴様、それは兄様を侮辱するつもりか?」
「……どうだろうね」
今は関係ないことだけど『身内の人以外はどうでもいいの?』って言った時、束さんを思い出した。うん、仕方ない。
それよりラウラの怒りのボルテージがあがっていく。
「いいだろう、フランスの
「ドイツの
お互いに牽制し合う。そして戦いの火蓋が切られようとしていた。
『そこの生徒! 何をしている!』
――が、担当の教師だろう人がスピーカーで注意をしてきた。
「……そろそろ時間か」
ラウラはこの後何か予定でもあるのか、そう言ってアリーナを去っていく。
◆ ◆ ◆
今、私はアリーナから保健室へと向かっている。アリーナを出る時、誰かが声をかけてきたような気がした。
しかし見た感じでは織斑一夏はやはりそう強くはないようだ。あのフランス人はなかなか出来そうだが。
気持ち速く歩き、保健室へ来た。そして兄様のベッドの横に座る。そろそろだろう。
「……んっ、ふぁ~、あっ、ラウラ、傍にいてくれたの?」
「無論です。私が兄様を一人にするわけありません」
私が胸を張って言うと兄様は「ありがとう」と笑顔でおっしゃった。……今ならあのフランス人を瞬殺できそうだ。
暫く時間が経って、兄様にお体の調子を尋ねたところ、問題ないそうなので、一緒に部屋へ帰った。
その途中で日本人の女とイギリスの代表候補生を侍らせた織斑一夏に出会った。とりあえず兄様には「あれはクズのやることです」と注意しておいた。
それにしても奴は兄様に悪影響しか及ぼさんな。何れ叩きのめしてやるがな。