奈落の底から叫び続けて   作:眼鏡掛け

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まだ手探り状態なので、色々とおかしな点があると思います。
どうかご容赦を。


第1話 歪な世界

 

 

 目を開けると、そこは白い石造りの神殿だった。

 

 ・・・・・・一体何を言っているのか分からないだろうが、そんな状況に陥っている当人達の方が訳が分からないだろう。さっきまで確かに学校の教室にいたのだ。それが、光に包まれたほんの一瞬の間に何故別の、確実に見た事も無い場所に全員移動しているのか。クラスのメンバー全員の思いはそんな困惑と驚愕で統一されていた。

 

 ハジメは視界が明らかになったのと同時に、近くにいる香織に眼を向けた。驚きのあまりへたり込んでいるが怪我などはなさそうな香織の姿を確認して、安堵した後すぐに周囲の確認を行う。

 

 ハジメ達がいるのは、広大な広場の最奥の台座のような場所。周りの他の床より高くなっているそこから見渡す限り、そこは神殿というより大聖堂の方が近いのかもしれない。ドーム状の天井を美しい彫刻が彫られた柱がいくつも支えており、連なる柱だけでなく至る所に見事な装飾が施されていた。

 

 何より目を引くのは、何者かが描かれた巨大な壁画。木々や湖を背景に、金髪を靡かせた中性的な人物が中央で両手を広げている。まるで全てを包みこみそうな美しく、素晴らしい壁画だ。だがしかし、それを見たハジメは・・・・・・何か、恐ろしい物を感じた。言葉では表せない、何か薄ら寒い感覚が背筋を這い、咄嗟に視線を別の方向へと逸らす。

 

 そうして移した視線の先には、自分たちの乗っている台座の前にいる人物達。人数はおよそ三十人と言ったところか。皆一様に法衣と思われる衣服を纏い、傍らには錫杖が置かれている。全員、ハジメ達の方を向いて跪き、胸の前で両手を組んで何らかの祈りを捧げている。

 

 大理石に似た質感の広い床の上でざわつく(みな)を、担任の愛子とクラスのカリスマである光輝が落ち着かせようとする。しかし、そんな混乱の極みにある彼らに、老いた声が投げかけられた。

 

「ようこそ、トータスへ。勇者様とそのご同胞の皆さま。歓迎致しますぞ。私は聖教協会にて教皇の位置に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者」

 

 以後お見知りおきを、と恭しく頭を下げる、強い雰囲気を醸し出す他の者よりも豪奢な恰好をした老人。彼が言った幾つかの気になる単語に思考を走らせるハジメ。

 

 トータス、勇者、聖教協会・・・・・・。

 

 トータスという地名にも聖教協会という固有名詞にも勿論聞き覚えは無いが、"勇者"という単語で何となく事態を察してしまった。

 

(これって・・・・・・異世界召喚(アレ)だよね?え、本当に?夢でもドッキリでもなく?うそん・・・)

 

 どうやら自分達は随分とテンプレートなファンタジー展開に巻き込まれてしまったようだ、と理解して現実逃避したくなるハジメであった。

 

 

 

 

 長机が設置された広い大部屋に案内された一行。

 

 そこでイシュタルから話された事情を要約すると、以下のような事らしい。

 

 まず、この世界は地球とは全く違う"トータス"という世界であり、この世界には三つの種族が存在する。それが人間族、魔人族、亜人族だ。

 

 イシュタル達が該当する人間族は北一帯、魔人族は南一帯、亜人族はそのほとんどが東の樹海にてひっそりと暮らしているらしい。

 

 亜人族は身体能力は高いものの、この世界における魔力と、それを使って行使する魔法を持たないが故に、あまり脅威にはならないとイシュタルは語る。問題は魔人族の方で、人間族と魔人族は長きに渡って戦いを続けているのだという。

 

 魔人族は数では劣るが、総じて魔法を行使する能力が人間よりも高く、それ故に平均的な個の力が人間族を上回っているのである。

 

 人間族の物量と、魔人族の高い能力。この両者の力は長い間拮抗していた。しかし、最近になって魔人族側の力が急に強くなりだした。その原因は、魔人族が魔物と呼称される生物を使役しだした事にある。

 

 元々魔物とは至る所に生息し、それでいてその正体が正確にはわかっていない、人を脅かす強力な害獣。それを操る事は、その素質を持つ者が取り組んでも一、二匹程度が限界だった。しかし、ここに来て魔人族は魔物を戦力として取り入れ始めたのである。

 

 数というアドバンテージを覆された事により、誰もがどうすればいいのかと危機感を感じていた時、イシュタルに天啓が舞い降りた。それは、イシュタル達、そして人間族が信仰する創造神にして守護神であるエヒトからの神託だったのだ。

 

「あなた方を召喚したのは"エヒト様"です。我々人間族が崇める守護神、聖教教会の唯一神にして、この世界を造られた至上の神。おそらくエヒト様は悟られたのでしょう。このままでは人間族が滅びることを。だからこそあなた方を換ばれた。この世界よりも上位の世界からの来訪者であるあなた方は、この世界の人間よりも優れた力を有しているのです」

 

 神託を受けた時の事でも思い出しているのか、恍惚とした表情をしているイシュタルはそのまま言葉を続ける。

 

「あなた方にはエヒト様の御意思の下、是非ともその力を人間族の為に振るって頂きたい」

 

 イシュタルはハジメ達にそう告げる。生徒達は困惑し、お互いに困惑するばかりだ。

 

 それはそうだろう。ファンタジーな展開に釣られそうになるが、イシュタルの言うことを要約すると「戦争をしろ」という事だ。急に連れてこられていきなりそんな事を言われたところで、納得して「はい、わかりました」などと言える訳がない。

 

 そんな全員の総意を代弁するように、クラスの担任である小柄な女性、畑山愛子がイシュタルに向かって抗議した。

 

「ふざけないで下さい!!結局、この子達に戦争をさせようって事でしょ!!そんなの許しません!ええ、先生は絶対に許しませんよ!!」

 

 湧き上がる怒りのままに吠える愛子。勢いそのままに、早く自分達を帰すように要求する。

 

 愛子は小学生並みの体格故に常に実年齢よりも下に見られがちだが、その小さな体にはいつも一所懸命さが宿っている。生徒が何らかのトラブルに悩んでいる時にも、いつも真っ先に飛び出していくその姿に生徒たちは皆言い様のない信頼と安心感を向けているのだ。

 

 当然この時も「ああ、また愛ちゃんが頑張ってる・・・」とホッコリしていた彼らだったが、次にイシュタルの口から出た返答に表情を凍り付かせる事となった。

 

「残念ですが、それは不可能です」

「ふ、不可能って・・・・・・どういうことですか!?喚べたのなら帰せるでしょう!?」

「先程言ったように、あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々があの場にいたのは、勇者様方を出迎える為と、エヒト様に祈りを捧げる為。人間に異世界に干渉するような魔法は使えませんのでな。あなた方が帰還出来るかどうかも、全てはエヒト様の御意思次第という事ですな」

「そ、そんな・・・・・・」

 

 イシュタルから告げられた事実に、脱力して座り込む愛子。大半の生徒達もパニックになり、混乱のままただ喚く者、呆然とする者、イシュタル達に罵倒を浴びせる者に分かれていった。

 

 そんな中、ハジメも当然ショックを受けていたもののどうにか平静を保っていた。培ったオタク知識の賜物だろう。フィクションではよくある、召喚された途端に迫害か冷遇を受けるといったパターンではなかったかと若干安堵していた。

 

 そんなハジメはイシュタルに眼を向け観察に努めていた。

 

 そして、気付く。イシュタルが、未だ混乱して騒ぐ生徒達に向ける眼に、軽蔑の色を浮かべていることに。顔は平常そのものといった感じで微動だにしないが、ハジメにはむしろそれが湧き上がる憤慨を抑えているように思えてくる。

 

 先程の神託を思い出していた時の表情から、彼のエヒトへの信仰心が山より高く海より深い事が伺えるし、今回に関してはさぞかし希望と幸福を胸に宿して出迎えに励んでいた事だったろう。そんな彼からしてみれば、目の前で喚き続けている少年少女達に対して、「何故、エヒト様に選ばれておいて喜ぶことが出来ないのか」という思いを抱いているのは想像に難くない。

 

 ハジメの中で教皇・イシュタルに対する警戒心が高まっていく中、事態が動いた。クラスのカリスマ・光輝がバンッとテーブルを叩いて立ち上がったのだ。自然、静まり返って視線を光輝に向けるクラス一同。イシュタルに関しては、何処か嬉しそうに見える。

 

 イシュタルがクラスの中心人物である光輝に注意を向けつつ、魔人族の話をする際には彼らの残忍さといった部分を殊更強調して話していたのを、ハジメは気付いていた。

 

 ハジメの胸中に嫌な予感が充満していく。そして、光輝は告げる。かなり"予想通り"な言葉を。

 

「皆、今ここでイシュタルさんを責めても仕方ない。彼にだってどうしようもないんだ」

 

光輝はそこで一度切り、そして決然とした表情で、皆に告げる。その顔には紛れもない正義感が漲っているのがわかった。

 

「・・・俺は、俺は戦おうと思う。実際にこの世界の人たちは苦しんでいるんだ。放ってはおけない。それに、もし魔人族達を倒す事が出来たなら、元の世界にも帰れるかもしれない。そうですよね、イシュタルさん」

「・・・・・・確かに、エヒト様が救世主の願いを無碍にするとも思えませんな」

「さっきから何だか力が体の底から溢れてくるような感じがするんです。呼ばれたからには、俺達には何か大きな力があるんですよね?」

「ええ、そうです。この世界の人間と比べると、およそ数倍から数十倍の力があると考えていいでしょうな」

「うん、なら大丈夫。俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救ってみせる!!」

 

 拳を握り、そして何故か歯もキラリと光らせて、力強く宣言する光輝。そんな彼に、クラスの大半は一様にして希望の籠った眼差しを向けだす。完全に、全員で戦争への参加を表明する流れだ。主に、光輝に引っ張られる形で。

 

 愛子が光輝を諌めて説得しようとするが、光輝の幼馴染みが声を挙げた事で寸前に遮られてしまう。

 

「へっ、お前ならそういうと思ったぜ。お前一人じゃ心配だからな。・・・俺もやるぜ?」

「龍太郎・・・・・・」

「今のところ、それしかないんでしょ?・・・・・・気に食わないけど、私もやるわ」

「雫・・・・・・」

「えっと、雫ちゃんがやるなら、私もやるよ!!」

「香織・・・・・・」

 

 龍太郎は如何にも脳金らしい口ぶりで、雫は今のところはそれ以外に方法がない為に仕方なく、香織は雫に追随する形で、それぞれに光輝の決断に賛同する。そんな彼らを見て、他のクラスメイト達も光明を見出したように、悪く言えば流されるように光輝達に続いていく。

 

 愛子が必死に止めようとしているが、一度決まってしまった流れは変えられない。ハジメは心情としては戦争などごめんだが、それを主張した所で意味がない事を悟り、黙っている事しか出来ない。

 

 光輝は自分が及ぼした影響についてはそこまで深く考えておらず、仲間(クラスメイト)達の賛成もほとんど自身で決断したのだと解釈し、

 

「皆、ありがとう。魔人族を倒して、世界を救おう。そして、皆で一緒に帰るんだ!!」

 

 そんな事を宣うのだった。

 

 

 

 

 その後、イシュタル達に説明を受けながら連れられて行く一行。イシュタルによると、光輝達が召喚された聖堂は【神山】という山の頂上にあるのだそうで、これから山の麓の王都にて王との目通りをおこなうのだという。

 

 山を下りて麓の王城へと案内され、そこで今いる【ハイリヒ王国】の国王やその家臣といった重鎮達に加え、王族との謁見は滞りなく進んでいく。

 

 ちなみに、国王の名はエリヒド・S・B・ハイリヒ、王妃はルルアリア、王女はリリアーナ、王子はランデルというのだが、この内ランデル王子は香織に一目惚れしたようでしきりに話しかけ、クラスの男子達がやきもきするという事があった事を記しておく。

 

 その夜、用意された自室にて、ハジメはベットに寝転がりながら、今日の事を一つずつ整理していた。

 

(宗教と神が支配する国、かあ・・・・・・)

 

 王城への道中にて見た、イシュタルの唱えた詠唱によって稼働した、山頂とその麓を繋ぐ魔法式ロープウェイとでも呼ぶべき天空回廊や、王城にいた物語から飛び出したような王族達も、王城に何人もその姿を見る事が出来た甲冑の騎士達も、どれもが日本ではお目に掛かれないようなファンタジーだった。

 

 だがそれよりもハジメが注目したのが、謁見に入る前のイシュタルと、国王・エリヒドのやり取りの際、エリヒドがイシュタルに跪いていた事だった。

 

 その事から、少なくともこの国では国王より教会の教皇の方が地位が上である事は明白である。つまり、この国を動かしているのは国王を含む王城の重鎮達ではなく、聖教教会であるという事だ。

 

 何となく、戦前の日本を思い起こさせる事実だ。政治と宗教が密接に絡む在り方が、悲劇を生まなかったとは言えない。

 

 まして、この世界には実際に神が存在しているのだ。誰も見た事はないだろうが、天啓と神託を与えて人を動かし、超常の力を振るい、実際に別世界から三十人もの人間を呼び出した、正しく人智を超えた存在が。

 

 ハジメは、あの聖堂で見た美しくも恐ろしい絵を思い出し、身をブルリと震わせた。

 

「・・・・・・・・・・・・寝よう」

 

 毛布を頭まで被り、ベットの中に身を沈める。窓のカーテンから漏れる光だけが、部屋の中を照らしている。

 

(父さんと母さん、心配してるかな・・・・・・)

 

 日本にて自分の安否を憂いているだろう両親を想いながら、深い眠りに就くハジメ。

 

 明日突きつけられるシビアな現実を知る事もなく、朝までぐっすりと眠るのだった。

 

 

 

 

 

 




書いた後に気付いた。

ハジメがあんまりしゃっべていない事に。


原作通りにしようとすると、どうしても仕方ないところはあるんですが。
次話から気を付けた方がいいでしょうか。
感想やご指摘をお待ちしております。
 

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