-国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。
川端康成・著『雪国』の書き出しはこのような文であったか。
回りより比較的大きな樹の下で座り『雪国』の読書に勤しんでいる少女の姿を見て、須賀京太郎は少女の名を呼んだ。
「咲。またこんな所にいたのか」
咲と呼ばれた少女は、京太郎の方へと振り向く。スピンと呼ばれる栞紐を挟み本を閉じる。
この樹の下で読書に勤しむのは彼女の日課。その彼女を探し出してここに辿り着くのは彼の日課である。
咲は立ち上がり、京太郎の隣に並んで校舎へ歩き出す。
これはもう、3年前程の出来事である。
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京太郎は高校を卒業後、長野の大学に進学するつもりだった。特にこれといった将来の目標もなく、ただ取り敢えず大学に進学し、適当に大学生活を送る。
しかし、彼は進学はしなかった。かといって、就職もしなかった。
する必要がなくなったのだ。
時は半年前。京太郎はとある銀行へ来ていた。銀行へ来るのは初めてというわけではないのだが、子供が初めて一人で銀行に入る時のように、いやそれ以上に緊張していた。
手に握り持っているのは、一枚の宝くじ。
結論を言うと、高額当選した。それもキャリーオーバーの1等である。当選額は実に7億円。
挙動不審になりながらも、しかし冷静を装いつつ銀行へ向かっていた。
受付に事情を説明し、特別な部屋へと案内される。
数分後。全ての手続きを終え銀行から退店すると、一気に緊張が解け、大きく溜息を吐く。
1000万円以上の当選をした人のみが貰える『【その日】から読む本』を片手に持ち、そのまま家へ直帰する。
この日の翌日、京太郎はベッドの上で仰向けになって天井をボーっと見つめていた。本人が7億円を全額を使用することは流石にないが、それでも最低1000万は彼の物になった。それ以外は親の預かりである。
普段贅沢をしない彼は、大金を得ても贅沢に使おうとは思わなかった。
大学とは、将来の就職のための準備期間であるが、就職をする必要がなくなった彼は当然、大学に進学する気も失せていた。
しかし、進学・就職をしなければ毎日が退屈な人生になる。それでも必要のないことをしたくはなかった。
どうしたものかと悩んでいると、瞬間に彼に電流が迸った。
「そうだ。旅に出ればいいんだ!」
両親の反対はなかった。彼の両親も贅沢をしない性格で、7億円が手に入っても家を買う以外に大金を使おうとはしなかった。
高額当選しても1000万や1億だったなら就職しろと言われただろう。が、7億というのは両親ですら働く意欲が一気に削がれる存在であった。
一ヶ月100万円生活を続けたとしても一年で約1200万。これを10年で約1億2000万。現在の貯金を含めれば60年は安泰である。
もっとも、贅沢をしない須賀家は一ヶ月に100万円も使おうとしないので実際にはもう少し安泰期間が延びる。
旅を許可したと言っても、流石にお金を無造作に使われるのは戴けないので、使用できるお金は1000万円を上限とした。
正直、日本縦断をするのに1000万は充分すぎる額である。
京太郎は両親に感謝し、身支度を入念に仕上げ翌朝、家を飛び出した。
長野から出発し、東に進み北海道に到着した後、西へ西へと進み沖縄に到着。その後、長野へ直帰というプランで出発。
この時須賀京太郎は、笑顔であった。