タイトルに意味はない。
麻帆良を襲う第一次スプリングフィールドインパクトと名付けられた話題は、始業前どころか始業中も学生他諸々に響き渡っていたが、その張本人達はナギを除いて学園長室に場所を移していた。
「ネギ・スプリングフィールドです。この度は未熟な僕を受け入れて頂き、ありがとうございます」
そう言って頭を下げて、数秒の溜めの後に上げたネギはやり切った表情をしていた。
この為に何度も練習した台詞を間違ったり噛まずに言えたことが嬉しいようだ。
「よいよい。そう固くならんでもよいぞ。初めまして、じゃな。ネギ君」
僕、やれました! と全身で表現しているネギを好々爺した雰囲気全開で微笑ましく見る学園長の姿はどう見ても孫を見守る祖父そのもの。
「とはいえ、ナギから散々手紙やら写真を見せられて見知っておるからの。初めて会ったという感じはせんわい。なんならお爺ちゃんと呼んでくれてよいぞ」
「いえ、そんな……」
モジモジと指を擦り合わせるネギの姿に荒んだ精神が癒されるような心地を味わう学園長。
「ナギの子なら孫も同然じゃ。ほれほれ、恥ずかしがらんと」
「実の孫がおるのに他の子に何呼ばせようとしてんの」
「…………トンカチで祖父を叩く孫はちょっと」
更に言い募っている祖父を止めようと癖でトンカチを取り出していた木乃香は、目を逸らす学園長に流石に我が身を振り返って振り下ろしかけていた手を下ろした。
「ちっ」
「っ!? 今、舌打ちせんかったか!」
「気の所為ちゃうの」
なんて祖父が孫との仲を真剣に考えようと心に決めたところで、何故トンカチを持ち歩いているのか不思議でならないと首を傾げているネギを見た木乃香は学園長と向き合う。
「うち、ナギ先生とは十年近い付き合いがあるつもりやったんやけど、結婚してることや子供がいることを今日初めて知ったわ」
当然、知っていたであろう学園長を見据える木乃香。
「知らんかったんか? 儂はてっきり知ってるものだとばかり」
「ネギ君に会ったことないし、奥さんの姿も見たことないのに結婚とかしてるとは思わんやん」
「まあ、十年近く離れて暮らしとるからの」
それは世間的に別居というのではないかと木乃香は思ったが、流石に余所様の家の事情に口を出すのは憚られたので聞くことは出来なかった。
「明日菜も知っとったみたいやし、知らんかったんはうちだけやん」
明日菜も知っていた様子なので疎外感を覚えてプクッと頬を膨らませる。仲間外れにされたぐらいで拗ねるほど子供ではないが面白いわけでもない。
「その顔、頂き」
微妙な心情が顔に現れているところを、前に回り込んだ明日菜が至近距離でカメラを構えてパシャリと写真に撮る。
「…………何やっとるん、明日菜?」
「写真撮ってる」
それは見れば分かる。
愛用のカメラで人の写真を撮って、奇妙な行動を取っている親友を見る木乃香に向かって何故かピースする明日菜。
「いや、だからなんで人の顔の写真を撮ってるんって聞いてんねんやんか」
行動そのままの説明ではなく、その行動を取るに至った理由をこそ知りたいのだ。
「刹那に売る」
「せっちゃんに?」
なんでか最近、妙に一緒にいるところを見る木乃香の幼馴染で、現在、絶賛避けられている刹那の名前を出されて理由もなく頬がヒクつく。
「なんでせっちゃんにうちの写真を売るん?」
「高値で買ってくれるからだけど」
「はぁっ!?」
誰もが思い描く京美少女として有名な木乃香の下顎がガクンと外れた。
「…………せっちゃんがうちの写真を?」
「うん、もう何十枚も買ってくれた」
「な、なんで?」
え、なんで、と刹那と疎遠気味の木乃香は信じられない思いで困惑するが、実は木乃香フリークスで今までにも何十枚と買ってくれていることを聞いてしまって爆発せんばかりの衝撃に体を揺らされた木乃香の膝がガクガクと揺れる。
木乃香に大ダメージ炸裂がして残りHPは少なそうだ。
「傍にいることは出来なくても、せめて写真だけでもだって」
これは感動不可避の理由ではないかと木乃香の内心で刹那フィーバーが巻き上がる。
HPが急回復して、寧ろ天に召されそうな勢いである。
「でも、風呂の写真や寝てる姿をやたらと欲しがって、見てる時に涎を垂らしてるのは謎」
巻き上がったフィーバーは一瞬にして地上にめり込み、そのまま遥か地下へと潜っていた。
HPはレッドゾーンに突入し、後一押しで教会のお世話になることだろう。
「せ、せっちゃん……」
「刹那は大事な私の資金源だから、もう少し疎遠でいてね?」
「ぐはっ!?」
幼馴染の知られざる一面を知って膝をつきながらも耐えていた木乃香だったが、刹那との仲を一人で抱え込んで気負っていた気持ちだけ追い打ちを食らって崩れ落ちた。
「まあ、木乃香は大事な友達だから二人が仲良くなるのに協力するよ。嘘じゃないよ? 大事な金蔓はもう一人出来るだろうから」
ちゃんとフォローしたものの、崩れ落ちた木乃香に聞こえているかどうかは本人にしか分からないだろう。
刹那が麻帆良に来てから木乃香を避けながらも良く見ていたことは知っていた。
木乃香を見る目には好悪で言えば明らかに好の字が透けて見えていたので、ナギが自分の生活風景などを家族に送る写真を撮るために買ったカメラがあったので写真を買わないかと持ち掛けて見たら物凄く喜ばれた。
「ねぇ、木乃香。刹那の写真、いらない?」
と、高畑にねだってカメラを買ってもらい、木乃香に隠れて木乃香の写真を撮って刹那に売っている間にカメラの魅力に取りつかれてしまった明日菜は、刹那にもした悪魔の囁きを木乃香にもするのであった。
「い、幾らや……」
「金額は応相談」
と、辛うじて顔を上げた木乃香がいるいらないではなく、値段を聞いてきたことに術中に嵌ったと一人でほくそ笑む。
「授業中の刹那、部活中の刹那、夜に一人で剣を振るう刹那、夕陽を見つめてアンニュイな表情の刹那、お風呂に入る為に服を脱いでる刹那…………」
ゴクリとどういう写真があるかを笑みを浮かべてシーンを語る明日菜に木乃香の喉が我知らずに鳴った。
「買う?」
「言い値で全買いや!」
「ふっふっふっ、これで欲しかったカメラが買える」
今では立派なカメラ少女となった明日菜は前々から狙っていた目的の品に手が届くと判断して悪魔の笑みを浮かべるのだった。
報道に命を賭けている朝倉和美にカメラマンとして報道部に誘われているが、あくまで写真にしか興味の無い明日菜は断っているのだった。
「そうかそうか、修行のために日本にのう。そりゃ大変な課題をもろうたもんじゃわい」
「が、頑張ります!」
明日菜と木乃香の関係が親友から金蔓と受け取り手に変わりかけている中で、ネギと学園長の話は続いていた。
「教師という話じゃが、流石に見た目通りのネギ君に生徒達を任せることは出来ん」
魔法学校の卒業課題で麻帆良で教師をやることになったことを聞いた学園長は一度好々爺然とした雰囲気を収め、威厳たっぷりな学園長モードになって厳格に告げる。
「そ、そんな、じゃあ僕は修行失敗……」
「慌てなさんな。話は最後まで聞くもんじゃよ」
始まる前から終わってしまったと泣きそうになるネギの勘違いに、学園長モードを早々に収めた学園長は苦笑する。
「高畑先生は知っておるね?」
「え、あ、はい。良くお父さんの手紙をウェールズまで届けてくれましたから」
「なら、話は早い」
実年齢よりも若く見られることの多いナギと比べ、実年齢よりも老けて見られる高畑が既知であることに頷いた学園長。
「ナギ先生のクラスの副担任なんじゃが高畑先生は出張が多くての。これでは担任のナギ先生に負担が大きいので問題になっておったんじゃ」
ふむふむと真剣に聞いてくれるネギに話し甲斐がメラメラと燃えた学園長の口が回る。
「時期が時期じゃから直ぐに補充をというわけにもいかん。そこでネギ君、いやネギ先生、君の出番じゃ」
期待を持って見られることなど何年振りかと、若い頃の情熱が蘇る気持ちでネギを見る。
「ネギ先生、君の仕事は出張の多い高畑先生の代理として担任のナギ先生の補佐をすることじゃ。だが、親子だからといって甘えてはならんぞ。仕事は仕事じゃからな」
「は、はい! 任せて下さい!」
「うむ、良い返事じゃ。期待しておるぞ」
力強く返事をしたネギを見る学年長はどう見ても孫の頑張りを嬉しく思っている祖父そのままである。
『ネギは儂の孫じゃからな!!』
と、学園長の耳に遠いイギリスはウェールズの魔法学校の校長であるネギの実の祖父の魂の雄叫びが聞こえたりもしたが気の所為と片付けられた。
「ところで、話は変わるんじゃがアリカ殿は息災かね」
何故か学園長室の部屋の隅に行ってコソコソと何かを話している明日菜と木乃香のことを気にしながら聞く。
「はい、出来ればお母さんも一緒に来れれば良かったんですけど」
見送ってくれた母アリカの面立ちを思い出しつつ、ちょっとだけホームシックになったネギは遠い目をして答える。
「仕方あるまい。王家の魔力によって影響がナギに出んとも限らんからな。もう少し様子を見ておいた方がええじゃろう」
この家族が一刻も早く共に暮らせることを切に願っている学園長としても、これだけは譲れない一線なので引く気は無い。
「電話や手紙でしか交流できないから、もしかしたらと思ったのに」
「アルのお蔭で封印は年々強化出来ておる。ネギ君をこの街に迎え入れることが出来るようになったことも考えれば、もう少しすれば家族三人で暮らすことも夢ではないじゃろう。スマンが耐えてくれ」
「…………はい」
多くの人が努力してくれていることを知っているのでネギも文句を言うほど子供ではなかった。
何よりも真に再会を熱望している二人を知っているからこそネギはそれ以上、何も言わなかった。
「また話が変わるんじゃが」
あまりこの話題をしていてネギが家に帰ると言い出したら対応に困るので、またもや話を変える学園長。
「君の泊まることについて、のう」
「お父さんの所に泊まるんじゃないんですか?」
親子なのでネギはナギと同じところに泊まると疑いもせず、今まで数日しか一緒に寝泊まり出来なかったのでかなり楽しみにしていたのだが。
「ナギは独身者用のワンルームマンションに住んでおるんじゃよ。ネギ君が子供だとしても少々手狭じゃろうて」
と言いつつも、理由はそれだけではないと続ける。
「出来れば数日は四六時中一緒にいるのではなく夜間だけでも距離を取って様子を見たいんじゃ」
「期間は?」
「一週間を見ておる。理由はそれだけではないんじゃがな」
ワンルームマンションに通い妻をしているロリババア吸血鬼がいたり、親戚になりたくないのとアリカのことを思って邪魔をする義妹というか義叔母的な明日菜の所為で一時期ナギの世間体がヤバくなったことはネギには秘密にしておく。
「ちゃんとナギはネギ君と暮らせる部屋を確保しておったんじゃ」
ネギがやってくると分かってナギは早々に引っ越しを決めている。
問題はその引っ越し先がこの直前になって第三者に介入された所為でややこしくなったことにある。
「エヴァンジェリンのことは聞いておるかね?」
「その人の名前を聞くとお母さんの機嫌が急降下する程度には」
「なんか、すまん」
その時のアリカの状態が容易に想像できるほど一気にダウナーになったネギに何故か謝らなければならない衝動に駆られた学園長は深々と頭を下げた。
「お父さんが昔、呪いをかけてうっかり解くのを忘れちゃった吸血鬼の人ですよね」
なんちゅう覚え方かと思わないでもない学園長は何も言わなかった。
「後、お父さんに纏わりつく薄汚いヒル、ってお母さんは言ってました」
「まあ、アリカ殿がどう認識しているかはともかくとして、その知識、実力とも間違いなく現代でも五本の指の入る練達の魔法使いじゃ」
アリカにしてみればそう思っても無理はないのかもしれないが、子供にもう少し言い方というものはないものかと世の無常さを思いつつ、学園長は女の戦いに首を突っ込むことはしない。
「今の体質もあってナギは自分ではネギ君に魔法を教えてやれんことを気に病んでおっての」
「お父さん、やっぱり魔力が」
「いや、念は念を入れてじゃ。ナギは魔法使いとしての未来よりも今の未来を選んだからこそ後悔はしていないと言っておったよ」
心配げなネギを安心させるように微笑む。
そう、ナギは魔法を全く使えない今の状態を後悔などしていない。造物主に完全に乗っ取られていたら、こうやってネギと一緒に暮らせる算段も取れなかったのだから。
「戦士としてはともかく、魔法使いとしては明らかに自分を上回るエヴァに、ネギ君に魔法を教えてやってほしいと頼んだんじゃ」
その所為で義理の息子(の予定)のネギの為にエヴァンジェリンが張り切ってしまったのだ。
「弟子とするならば衣食住も管理しなければならんと張り切ってしまってな。実際、ナギは野暮ったいところがあるしの。仕事も忙しいから満足に子育てが出来るとは曲りなりにも言えん」
料理も所謂、男飯で腹が膨れれば良いと栄養など二の次。仕事はともかく、プライベートでは面倒臭がりで脱いだ服はそのまま。
一人暮らしならばともかく、ネギを育てると考えるとエヴァンジェリンの訴えは真っ当であった。
「正直言うとエヴァの料理は絶品じゃぞ」
なにせ、ナギを餌付けしようと料理を一から学び、家事も完璧にこなす淑女っぷりである。しかもナギと少しでも関わりたいと呪いを解く気も全くなく中学生を繰り返し続ける剛の者。
ストーカーと思ってしまうのは無理ない事である。
「僕は下手でもお母さんの料理が一番好きです」
ムッとしつつも、実は母の料理は下手と酷評していることに気付かない天然ネギ。
「元から通い妻のようなものじゃからの。一緒に住んで邪魔をして監視した方がアリカ殿の為にもなるぞい」
「そうでしょうか……」
「何よりもあれほどの魔法使いに師事出来る機会は他にはない。それにナギの体のことに関してはエヴァも深くまで関わっておる。この機会を生かすべきじゃぞ」
迷いつつもやがて頷いたネギに説得成功した学園長は机の下でガッツポーズをする。
(これで改装費用はエヴァ持ちじゃな!)
無事にネギを説得できれば、エヴァンジェリンの家の改装費用はエヴァンジェリン持ち。出来なければ学園長持ちと、事後承諾で工事を手配されては従わないわけにはいかない。
エヴァンジェリンの生活費用は学園長のポケットマネーから出ている。ここに改装費用まで毟り取られては学園長の首が回らなくなる。
「改装工事には丁度、一週間じゃ。それまでは待っておくれ」
「待つのはいいんですけど」
その間の一週間をネギはどこに泊まるのかである。
「じゃあ、私の部屋に泊まればいいんじゃないの」
「明日菜さんの、ですか?」
「そうそう。なんだって私はネギの叔母? みたいなもんだんだから」
立候補したのはまさかの明日菜である。
結局、刹那の写真を無償で渡すことで木乃香と友情を取り戻したが、それでいいのかと明日菜も思ったが友情には代えられないと、二束三文なやつを渡して秘蔵のは高値で吹っ掛ける気満々である。
「お主の部屋は女子寮ではないか」
「大丈夫、大丈夫。一週間だけのことだし10歳にもなってないガキを気にするほど、うちの生徒は神経細くない」
難色を示す学園長に対して不敵な笑みを浮かべた明日菜には秘策があるようだ。
「うちの生徒の普通を基準にしてはならんぞ。中には必ず嫌だと言う生徒もおろう」
何事にも必ず例外はいることを長年の経験で知っている学園長は苦言を呈す。
「問題ない。ナギの写真を振り撒いて買収するから」
最終兵器があればどんな反論も封じることが出来るとドヤ顔の明日菜に学園長の顔に射線が入った。
「人の写真を勝手に使うのは」
「お宅のお孫さんも幼馴染の写真見てトリップしてるけど」
一瞬引く学園長だったが、刹那の写真を見て涎を垂らさんばかりの孫娘の姿を指差されては強くは否定できなかった。というかちょっと育て方を間違ったかと思わざるをえない。
「僕、この学校でやっているけるかなぁ……」
明日菜のドヤ顔と木乃香の涎を垂らさんばかりの顔を見て、この学校でやっていけるのかと不安になったネギだった。
「儂、こんな学校の学園長をやるのが嫌になったわい」
隠居したくなった学園長の言葉を聞いて余計に不安になったネギだった。
こ、これも一種のキャラ改変なのだろうか。