本作はノリと勢いで駆け抜けています。
何故か疲れたと言って学園長室から追い出されたネギは指導教員だという超爆乳の源しずなに深々と頭を下げる。
「よろしくね、ネギ先生」
「源先生、こちらこそよろしくお願いします」
女体に救いを求めようとして筋肉ドライバーを食らって沈んだ学園長の姿を見ていたので、しっかりと頭を下げても超爆乳に頭を沈めないように一歩下がってから挨拶を忘れない。
「しずな先生で良いわよ。直ぐに苗字も変わるから」
あらあらうふふ、と頭を上げると、とても学園長をノックアウトしたとは思えない物凄く幸せそうな顔で言われ、ネギは直ぐに意味が理解できなくて首を捻った。
「あら、分からない? これよこれ」
「あっ!? えっと、薬指に指輪ってことは結婚指輪…………ご、ご結婚おめでとうございます!!」
左手を見せられて苗字が変わる理由に思い至ったネギは起き上がり小法師のように再び頭を下げた。
これがこの世の春を謳歌している人の顔なのかと、後光が差すとまではいかないが幸せそうなしずなにネギも嬉しくなって笑みを浮かべる。
「ありがとう。はい、これクラス名簿」
幸せのお裾分けをしてもらった気分でクラス名簿を受け取ったネギは早速開いて中を見る。
「一クラス29人なんて多いですね」
魔法学校では片手の指の数だけで済む学年の人数だったので、一クラスだけで三十人近い人達が教室にいるのを見た経験はない。
「女子中等部は一学年だけでも五百人を超えるから、どうしてもそれぐらいになっちゃうのよ」
「大丈夫でしょうか、僕……」
幾ら父が担任で、友人である高畑が副担任とはいえ、安易に頼ってはいけないと言われているネギは不安だった。
「良い子達ばかりだから、きっと上手くやれるわ」
「そうでしょうか」
学校なのだから一杯いるのは仕方ないが現実を直視して気後れしてしまったようで、ネギはやっていく自信が薄れて俯いてしまった。
「さあ、ついたわ。ここがあなたのクラスよ」
しずなが目的地である教室の前で足を止めながら言うと、ネギもピタリと足を止めてギクシャクとした動きで教室に向かい合う。
「げっ……い、いっぱい……」
窓から教室の中を覗き見たネギは絶句した。
全員自分より年上の人の顔と名前を見たら気後れするのが普通の反応だろう。魔法学校では一学年十人にも満たないから余計に多く感じるのかもしれない。
「早くみんなの顔と名前を覚えられるといいわね」
「はうっ……」
追い打ちをかけられて、こう見えてプレッシャーに弱いネギがよろけた。
「き、緊張を解すには手の平に人って漢字を書いて呑み込めばいいんですよね?」
「良く知ってるわね。やってみたらどう」
「分かりました。人、人、人って書いて、呑み込む」
藁にも縋る思いでネギは手の平に人を書いては呑み込むを繰り返す。
「大丈夫?」
「大丈夫です…………多分」
手の平に人と書いて何の意味があるのだろうかと、学術的な疑問にぶち当たって考察したことで緊張も解れたような気がしないでもないネギは頷くしかなかった。
「さあ、行きましょうか」
「は、はい!」
何時までも廊下にいるわけにもいかない。
しずなに背中を押されたネギはぶり返して来た緊張によって右足と右手を一緒に出しながら、ネギは新しい一歩を踏み出して――――。
「ゲフンッ!?」
教室へと踏み出した一歩の直後に頭の上に何かが落ちて来て、頭との衝突によって舞い上がった何かでネギは激しく咽せた。
「な、何がぁアッ?!」
ゲホゲホと咳き込みながら踏み出したもう一歩で足に何かが引っ掛かって盛大に前方に身を投げされるネギの体。
「へぶっ!?」
ネギの足を引っ掛けたロープに連動したバケツが倒れ込んだネギの頭にジャストミート。
「あぼっ!?」
すっぽりと嵌ったバケツに動揺して受け身も取れない。
頭が入ったバケツで倒立するように下半身が跳ね上がったところに、これも連動して作動した罠である吸盤の着いた二つの矢がネギのお尻にパスパスと命中する。
「ぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁああああ―――――――ッッッッ?!?!?!?!?!」
完全にバランスを崩して床にバケツを削りながらの七転八倒。
罠を仕掛けた者達ですらここまで引っかかるとは思わない程の見事な倒れっぷりは、喜ぶよりも唖然としてしまうほどだった。
「あらあら」
そんなクラスのムードの中にあっても幸せなしずな先生はにこやかに流す。
「…………えっと、あの、大丈夫?」
教卓に突っ込んだネギに、一番近くの席にいた椎名桜子がおずおずと訊ねる。
「ぐすっ……」
「え?」
「僕なんて誰にも好かれないんだ。そうだよ友達だって殆どいないし、親友はオコジョのカモ君って時点で人としてどうなのって気もするような。お父さんは全然会えない、お母さんは何時も寂しそうで、でも僕には何も出来ないんだ。そうなんだ、僕はいない方がいいんだ……」
涙声で自虐に走ったネギに誰も何も言えない。
そこに、しずなの後ろでスパーンとドアが開けられた。
「悪い悪い。クラス名簿を忘れるなんてな――」
手に持った忘れ物のオリジナルのクラス名簿を駒回しのように回していたナギの動きが教卓の前で倒れて泣いている体勢のネギを見てピタリと止まった。
回されていたクラス名簿はナギの指から零れて、バサァと音を立てて床に落ちる。
「――――――」
感情を全く滲ませぬ目で足元のロープを見て、ネギの頭に覆い被さっているバケツを見て、尻に張り付いている吸盤の着いた矢を見て。
固まっている生徒を見て、あらあらうふふと笑っているしずなを見て、やはり泣いているネギを見る。
「………………」
ナギの思考が加速する。
音を超えて、光を超えて、那由他を超えて、ビックバンを起こし、ブラックホールに呑み込まれていく。
「罠を仕掛けた奴、挙手」
普段は温厚で優しく、しかしワイルドでイケメンという麻帆良で抱かれたい男№1を数年連続で受賞しているナギらしからぬ感情の乗らない声。
人は一定ラインを超えた怒りは寧ろ表面化しないと言うことを学ばされた生徒達の目が下手人を捉える。
「春日に鳴滝姉妹か。後で校舎裏に来い」
王者のオーラすらも纏って睥睨する魔法世界の英雄に幾人かの武闘派が恐怖に身を震わせ、全く堪えなかったカメラ少女はシャッターチャンスとばかりにカメラを構えて激写する。
「あらあら、一昔前の不良漫画みたいね」
ニコニコなしずなは、あら大変とばかりに頬に手を当てて困った風に笑う。
この状況でも笑っていられるしずなに対して畏怖を抱けばいいのか、称賛すればいいのか。
(助けてよ、しずな先生!)
生徒達の懇願は届かない。現実は非情であったが天使はいた。
「お、お父さん、僕なら大丈夫だから」
ネギに声をかけられたナギは英雄の覇気をゴミ箱にあっさりとポイ捨てする。
「ネギ、しかしな」
「生徒さん達を怒らないであげて?」
「よし、許そう」
『だぁ――っ?!』
息子のお願いを聞いたナギはあっさりと前言を翻したことで、さっきまで物理的な金縛りに合うほどのプレッシャーから解放された生徒達が椅子ごと次々に倒れる。
「何やってんだ、お前ら?」
突然、倒れた生徒達に首を傾げたナギだったが、直ぐにネギに意識を戻して目元の涙を拭ってやる。
「は、恥ずかしいよ、もう」
「ふっ」
十歳にもなろうというのに父親に世話をしてもらって恥ずかしいながらも、本音では嬉しいネギの半々な表情に恍惚とした笑みで堪えたナギの顔が激写される。
とあるショタコンがどストライクなネギに鼻から愛情を溢れさせていたりする。
「おい、明日菜」
勝手に人の写真を撮って売買している明日菜のことをナギも知っていた。
「――――半泣きネギで許して」
「いいだろう」
カメラを構えた明日菜が気配を消してナギの後ろに瞬動術で現れ、ポラロイドカメラで撮った半泣きネギの写真を渡して説得完了である。
またもや瞬動術で席に戻る明日菜に一部の生徒の顎が外れたりしているが余談である。
「さて、ホームルームの時間なんだが、みんなに紹介しておきたい奴がいる」
明日菜のことに全く触れようともしないナギは教卓に立って生徒達を毅然とした表情で見下ろす。
「ネギ」
「は、はい!」
しかし、傍らのネギを見る時は表情が一変していたが誰も突っ込めない。
ナギに促されて前に出たネギは緊張を隠せない表情で口を開く。
「この学校で教師をやることになりましたネギ・スプリングフィールドです。3学期の間だけですけど、よろしくお願いします」
言い切ったネギは、僕やったよとばかりにナギを見る。
運動会の徒競走で一着を取って喜ぶ子を見守る親の顔をしたナギがネギと場所を変わる。
「名前から分かるように俺の子だ。だが、特別扱いはしないから皆もそうしてくれ」
どの口がそれを言うのかと一連のやり取りを見ていた生徒達は思ったとか。
「今日は特に連絡事項もないし、残りはネギへの質問タイムとするか」
しかし、そこはそれ、麻帆良で一番のバイタリティーを持つとの噂もある2-Aの生徒達である。
こんなおいしいネタに飛びつかないはずがない。
「はい!」
真っ先に手を上げたのは朝倉和美。
「ネギ先生は何歳ですか!」
「えうっ!? か、数えで十歳です……」
丁度、十年前にナギが麻帆良にやってきたことは周知の事実であったので推理と推測が次々と飛び交う。
「お母さんは美人ですか!」
次いで興味津々な明石祐奈が質問する。
「美人に決まってるだろうが」
ムッとした様子でナギが代わりに質問に答えると、ナギと激似なネギを見比べてあまり母親の想像が出来ない。
「写真とかないの、ネギ君」
柿崎美砂が興味を引かれて聞く。
「あんまり人に見せないようにって言われてるんですけど」
「いいじゃん、ちょっと見るだけだから」
そう言われたネギは教室の後ろの方の席に座る美砂の所まで行って、スーツの内ポケットに入れていたパスケースを取り出して開き、母と二人で撮った写真を周りには見えないように見せる。
「うわぁ……」
その写真を見た美砂は口をポカンと開けて声を漏らす。
「うん、美人、マジ美人」
「そうだろそうだろ」
前後の席からなんとか覗き込もうとしていた鳴滝史伽と早乙女ハルナの顔を物理的に引き止めているナギが自慢気に何度も頷く。
「美人でグラマー嫁さんなんて…………ナギ先生、ぱねぇっす」
尚、料理は上手くない上に過去が地雷である。
「っていうか、ナギ先生結婚してたの?」
「彼女も恋人もいないって言ってたのに」
佐々木まき絵と彼女の後ろに席にいた釘宮円が教卓に戻るナギに向けて言った。
「嫁さんはいるぞ」
普通は嫁さんいますかとは聞かないのだ。
「ナギの嫁は私だからな!」
ナギの嫁を自称する金髪ロリコン中学生がいるから誰も聞かなかったというのもある。
「フシャァー!!」
母の味方をするべく、父に纏わりつくヒルを撃退せんと猫の如き威嚇をする猫。
「ああ、ネギ先生……」
鼻から母性が溢れて堪らないあやかはトリップし、その後ろの席で血が苦手な和泉亜子が顔色を青くして――。
「ネギの猫写真いかがっすか」
忍者よりも忍者っぽいと一部で風評被害を出す神出鬼没な明日菜があやかの背後に出現する。
「他の写真はありますの?」
「まだ少ないけど」
淑女の理を行使し、愛を隠して貞淑になったあやかは平常運転でショタコンだった。
「ところで鼻血はどうしたの?」
「なんのことですの? 真の淑女たるもの鼻血などだし、ませ」
ナギとの再会のシーンや学園長室での一幕を収めた写真を見せると、再び愛と言う名の鼻血が溢れ出るあやか。
「フォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」
新たな力にでも目覚めそうな叫びを上げるあやかに気絶していた亜子が目を覚ましたが、飛び散る血に再び失神する。
「幾ら払う?」
「白紙の小切手を差し上げますわ」
「新たな金蔓ゲットだぜ」
クックックッ、と悪役ロールな交渉をしたような二人。
「フシャー!!」
「猫は最初は懐かぬもの。だが、私は諦めん。必ずお前に母と呼ばせて見せようぞ!」
相変わらずなクラスを幽体離脱したように俯瞰で見た長谷川千雨は思った。
「もう直ぐ春だなぁ」
最早、諦めを通り越して解脱した雰囲気の千雨の心は悟りを開こうとしていた。
ナギがこんなだから汚染されたのか、
明日菜がこんなだから広まったのか、
だが、そう全てはこの一言に集約される。
A.彼らには元から素質があったのさ
とな。
続くのか!!