エヴァだけ強くてニューゲーム 限定版   作:拙作製造機

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久しぶりな感じがする使徒戦回。今回の相手もF型の力技だけでは倒せない相手です。


第十六話 死に至る病、だけど

『じゃ、またなミサト』

「うん、またねリョウジ」

 

 名残惜しく思いながら通話を終えるミサト。想いを通じ合わせた二人だったが、その先行きは決して明るいとは言えなかった。加持の目的はいつ死んでもおかしくないような綱渡りを繰り返す先にある。ネルフも政府も裏切り者をいつまでも放置しているはずはない。そして、それを知らないはずもないからだ。

 

(それでも止められないのかしら? 今のあたしじゃ……彼の、リョウジの枷にはなれないの?)

 

 そう思った時、ミサトは息を呑んだ。まるっきりあの頃の母と同じだと、そう感じたからだ。歴史は繰り返すのか。そう思って携帯を胸に当てるミサト。その表情はどこか決意を秘めたもの。

 

「させるもんですか。あたしは、絶対あの人を失いたくない」

 

 決してあの時のような想いを繰り返すものか。その気持ちでミサトはマンションの中へと歩き出す。部屋へ向かう途中で気持ちを切り替え、同居人である少年に不安や心配をさせないためにもと。

 

 部屋へ向かいながら、ミサトはふと鼻を動かす。昔嗅いだ事のあるいい匂いが自分の部屋から漂っているのだ。それがミサトに昔を思い出させる。まだ家族が三人だった頃。父も母もいて、笑顔が絶えないとはいかなかったが、それでも時折笑みが浮かぶ程度には幸せだった記憶。

 

「……母さんが使ってたっけ。かつおだし、よね」

 

 小さく笑みが浮かぶ。ああ、あったと。あの父とも笑い合った記憶がたしかに。これも忘れていた、忘れようとしていた記憶だ。そう思ってミサトは一度だけ深呼吸をしてからドアを開けた。

 

―――ただいま~っ! 

―――おかえりなさ~い!

―――シンちゃん、お出汁変えたでしょ?

―――はい、リツコさんのお土産です。かつおだしですよ。

 

 掛ける声に乗せるは幸せ。返す声に乗せるも幸せ。もうあのぎこちない挨拶はそこにない。ミサトとシンジ。その関係性は、もう姉弟と呼んで差し支えない程に深まっていた……。

 

 

 

 いつものエヴァ関連のテスト。それを見つめるミサト達。だが、ミサトの顔色はどこか普段と違っていた。それに気付いたのは、ある意味で当然とも言える彼。今もミサトへ想いを寄せているマコトだった。

 

「ミサトさん、何かありましたか? 表情が硬いですよ?」

「あー、うん。ちょっちね」

「リョウちゃん?」

 

 からかうようなリツコにミサトは少しだけ頬を赤める。それが何よりの答えだった。そしてマコトもそれだけで何かを察したのか無言で軽く項垂れる。そんな彼をマヤが何とも言えない顔で見つめていた。

 

「あの、元気出してください日向二尉」

「ありがとう……」

「好き、だったんですよね?」

「……バレてた?」

「えっと……何となく」

「そっか。ま、片思いもいいとこだけどね」

 

 力なく会話を続けるマコトだが、それでも意識は立派なオペレーターである。仕事の手は抜かないでモニタへ目を向け続けていた。

 

「その、私で良かったら愚痴ぐらい聞きましょうか?」

「……嬉しいけど遠慮しておくよ。こういう愚痴は異性に聞かせるもんじゃない。そのまま口説きになる事もあるし……」

 

 青葉にでも聞かせるさ。最後にはそう〆てマコトはそこから口を閉じた。そこに男の意地を見た気がしてマヤは小さく笑みを浮かべる。不覚にも可愛いと思って。そんなやり取りは誰に気付かれる事なく終わる。ミサトとリツコはハーモニクステストの結果を見ていたからだ。

 

「あらあら、遂にと言うか何というか」

「教えてあげたら? きっと喜ぶわよ、シンジ君」

「そうね。アスカやレイも嫉妬する事はないし、伝えてあげますか」

 

 善は急げとばかりにミサトはテストを終えた三人へ笑顔を浮かべてこう告げた。

 

「はーい、今回はシンジ君がトップ賞よ」

『『『え?』』』

 

 だが返ってきた反応は予想に反して素っ気無いもの。シンジはおろか、アスカさえも鈍かったのだ。

 

「……疑うの?」

『『『そういう訳じゃ……』』』

「とにかくそういう事だから。もう上がっていいわ。お疲れ様」

 

 面白くないというような表情を浮かべ、ミサトは通信を終える。こうしてシンジ達は着替えるべく更衣室へ向かい、先に着替え終わったシンジは廊下でアスカとレイを待っていた。やがて着替え終わった二人が現れ、三人揃って帰路に着く。その道中の話題はやはり今回の結果だった。

 

「参っちゃったわよねぇ。まさかここまで簡単に抜かれるなんて。正直悔しさもあるけど、仕方ないかって思うとこもあるから」

「そうなの?」

「ええ、碇君の伸びは凄いと思う。だけど、それも当然かもしれない」

「使徒戦を誰よりも経験し、その度にシンジは強くなってる感じするもの。エヴァもあたし達に愛着があるかもとか、安心感を感じるとか、そういうのも含めてシンジはあたし達よりもエヴァに適正があるわ」

 

 少女達の評価を聞き、シンジは納得するように頷いた。でも、それでも彼が天狗になる事はない。何故ならそれらを根底から支えているのは、あの強力無比な初号機なのだ。あれがあるからこそシンジは今があると知っている。

 

「だけど、それはあの初号機だからだよ。本来の初号機じゃこうはなってない気がする」

「あー、そうかもしれないわね」

「でも、それも含めて碇君の力。過信はダメでも自信は大事」

「良い事言うわね、レイ。そうよシンジ。過信は禁物。自信は大事」

「あ、アスカ、それは綾波のを繰り返しただけだよ」

「完全コピー。使用料を要求するわ」

「何よ。これぐらい別にいいじゃない。それにあたしなりのアレンジも入っているわ」

「言い訳しないで使用料」

「レ~イ~っ? なら、上等なお肉でも食べさせてあげましょうかぁ?」

 

 じゃれ合うように会話するアスカとレイ。それを見て楽しそうに笑うシンジ。そんな彼に感化され、レイとアスカにも笑みが浮かぶ。この日も三人は仲良しだった。未だ色恋の花は咲く事なく、蕾のまま成長を続ける。だが、花開かせたい蕾が居る事で、他の二つも花を開かせようとし始める。特にその蕾と一緒にいる彼女は。

 

「碇君、手」

「え?」

「手を繋ぎたい」

「ちょっとっ! あたしを忘れるんじゃないわよ!」

「あ、アスカも?」

 

 本部から外に出た途端、レイがシンジの手を掴む。それを目ざとく見つけアスカも負けじと手を繋ぐ。いつかのようになった事で、シンジは動揺しながらもそれでも放す事はしない。ならばとアスカが悪乗りしたように見せかけ、己の欲望を叶えようと動く。

 

「これでも動じなくなったとはやるじゃない。なら、これでどう?」

 

 互いの指を絡め合うそれは恋人繋ぎ。さすがのシンジもこれには大慌て。

 

「あ、アスカ!? これはさすがに」

「何? 不満?」

「違うよ! むしろ満足だよ! でもこれはそういう相手と」

「碇君、それがいいの? なら私もやるわ」

「綾波もぉ!?」

 

 テンパったシンジの告げた本音に思わずアスカが撃沈する横で、レイが彼の心情を察して同じ事をした。こうしてシンジの両手は少女達の指と絡められる事になる。だが、その足が動く事はなかった。三人してその場で顔を真っ赤にしたのだ。

 

((か、かなり恥ずかしい……))

(何故かしら? 顔が熱い。これも……恥じらい?)

 

 かと言って放したくない。しかし、このままでは街を歩くのは難しい。進退窮まったシンジは思い切って足を前へ出した。それにつられるようにアスカとレイも足を前へ踏み出す。

 

「とにかく部屋まで送るよ。時間も遅いし、不審者が出るかもしれない。早足で行くからしっかり手を繋いでて」

「「っ……ええ」」

 

 それがシンジなりの言い訳だった。急いで行くから置いていかないようにいつも以上にしっかり手を繋いでいるんだ。そう自分へ言い聞かせ、後ろを振り返る事なく足を動かす。若干引っ張られる形になったアスカとレイは、そんな彼の背中に笑みを向けてその後をついて行く。

 

 少年達が青春しているその頃、マコトは自販機前でシゲルへ愚痴を聞かせていた。

 

「そっか。やっぱ元鞘に収まったか……」

「ああ、やっぱり女性ってああいう悪そうな感じが好きなのか?」

「どうだろうな? 俺、学生の頃から音楽やってたけど、そういう女ばかりじゃないと思うぜ?」

「……でも、ボーカルとかはモテただろ」

「…………ギターもな」

 

 揃ってため息を吐く男二人。分かっているのだ。別に何をしているからとかだけで異性に見向きされてる訳ではないと。だけど、そうでも思わないとやっていけないのだ。特にマコトの様に強く片思いしていた場合は。

 

「シンジ君みたいに決める時は決める、とか出来ればなぁ」

「その決める時が無かったんだよ。幸か不幸か、な」

 

 マコトの返しにシゲルは完全に言葉を無くした。たしかにマコトがミサトへ決められるとしたら、それは使徒との戦いしかない。そして、そこで決められる時というのはつまりシンジ達の苦戦などが前提だ。そう考えればない方がいいに決まっている。

 

「……またいい恋、出来るって」

「…………そう、だな」

 

 絞り出すように返したマコトを見たシゲルは、自販機でコーヒーでも買って奢ってやろうと思い立ち上がる。そして自分の分と二本買おうとしたのだが……。

 

「そんなのありかよ……」

 

 何と一本で売り切れ。仕方ないので自分の分は諦め、マコトへそのコーヒーを差し出す。

 

「何だ?」

「これでも飲んで元気だせ。俺の奢りだ」

「……いいのか?」

「その代わり、俺に彼女出来ても恨むなよ」

「言ってろ。……ありがとう」

「おう、じゃあな」

 

 軽く手を上げ去って行くシゲル。その背を見送り、マコトはプルタブを開けようとして近付いてくる足音に気付いた。音のする方へ視線を向けると、私服に着替えたマヤが彼のいる場所へ向かって歩いてくる。その見慣れない姿にマコトは思わず手を止めた。

 

「あっ、お疲れ様です」

「あ、うん。お疲れ様。帰り?」

「はい。久しぶりに日付が変わる前に帰れますよ」

「ああ、そういや赤木博士はこのところ残業続きだったっけ」

 

 近々組み込まれるというダミーシステムのため、リツコと彼女の助手のようなマヤは最近残業が多かったのだ。

 

「そうなんですよぉ。先輩は帰っていいって言ってくれるんですけど、私だけ先に帰るなんて出来ませんから」

「そうだよなぁ」

 

 そこでマヤはマコトの手に握られたコーヒーに気付く。そしてこちらへ向かって来る途中ですれ違ったシゲルの事も思い出し、少しだけ苦笑した。本当に愚痴を聞かせてたのかと思って。その笑みにマコトが気付くも意味を勘違い。

 

「お互いの気遣いで動けなくなる典型だしね。それでも言わない上司より断然マシさ」

「ふふ、そうですね」

「呼びとめて悪かった。お疲れ様。気を付けて」

「はい、日向二尉もお疲れ様です」

 

 今度こそその場を立ち去るマヤ。その背を見送りながらマコトはプルタブを開ける。一口だけ飲んだコーヒーは心なしか甘く少し温かった。

 

―――今度、コーヒー奢り返すか……。

 

 シゲルがコーヒーを奢ってくれたからこそ、見慣れないマヤの私服姿を見る事が出来た。それだけでも少し失恋の痛みが軽減出来た事を思い、マコトはため息を吐いた。失恋したばかりですぐ他の女性へ目移りする自分に呆れ、彼はコーヒーを飲む。今度は何故か苦かった。

 

 

 

 久しぶりの緊張感が発令所を包む。リツコはモニタを見つめながら険しい顔をしていた。そこへ息を切らしながらミサトが姿を見せる。

 

「ごめんなさいっ! 状況は?」

「まだ避難は完了していないわ。目標は毎時2・5キロで進攻し、何故か富士の観測所は探知出来ず」

「何よそれ。使徒なの?」

「パターンオレンジ。ATフィールド反応なしです」

 

 マコトの報告にミサトはリツコへ視線を向ける。説明を求めているのだ。だが、それは彼女とて同じ事。なのでリツコは視線をマヤへと向けた。

 

「MAGIは何て?」

「判断を保留しています」

「だそうよ。どうする?」

「司令は……いないのよねぇ」

「エヴァパイロットは既に発進準備を整えています」

 

 シゲルの言葉通り、シンジ達はそれぞれのエヴァで出撃を待っていた。と、それを聞いてミサトがある事を思い付いた。それはあの初号機の変化を利用した判断方法。だが、それは若干の危険が伴う。

 

「……何考えてるか当ててあげましょうか。初号機を発進させて目標の危険度を計りたい。でも、それはシンジ君を危険に晒すのと同じだから気が進まない」

「その通りよ」

「なら、取るべき方法は一つでしょ? 無理矢理じゃなく強引でもない。まず、彼の意思を確かめたら?」

「……それが一番か」

 

 あのゲンドウが選んだ方法は、今や発令所の誰もが選ぶベターな方法となっていた。実際に危険へ身を晒すのはシンジ達。その彼らの意思と意見こそ尊重するべきだと大人達は思っていたのだ。

 

「初号機で相手の様子を見る、ですか?」

『そう。もし変化すればあれは使徒で間違いない上に危険とも言える。もし変化しなければ一旦撤退してもらうわ』

「分かりました。やってみます」

『頼むわ。念のため、弐号機と零号機もバックアップに出すから』

「はい」

 

 こうしてシンジ達は初めて偵察をする事になった。とはいえ、初号機で上空を浮遊する目標へ接近するだけなのだが、それでも初めての事にシンジは少なからず緊張していた。そんな彼の動きから何かを察したのか、レイが通信を入れる。

 

『碇君、どうしたの? 動きが鈍いわ』

「あ、あはは、今までは発進したら戦闘が当然だったからさ」

『何? シンジは戦いたいの?』

「そうじゃないよ。ほら、今までやった事ない事する時って緊張するじゃないか」

『『……緊張してるの?』』

「う、うん。おかしいかな?」

 

 まるで驚くような二人へシンジは内心首を傾げながら問い返す。だが、それに対する答えは好ましい笑い声だった。

 

『おかしくないわよ。シンジらしいわ』

『ええ、そう思う』

 

 そんな二人の声にシンジは緊張が解れていくのを感じた。肩から余分な力が抜け、自然な感じで笑えたのだ。

 

「もう、二人して笑わないでよ。通信終わりっ」

 

 いつかのアスカのような言葉を〆に使い、シンジは小さく息を吐く。そして視線を上へ向ける。そこに浮かぶ目標を見つめるために。未だに動きらしい動きはない。それでももうシンジに緊張も油断もない。

 

(何事もないで終われば、それが一番いいんだもんな)

 

 いつか教えてもらった加持の言葉を胸に、シンジは慎重に目標へ接近していく。その様子をモニタで眺め、ミサト達は苦笑していた。

 

「あの子達もすっかり仲良くなったわね」

「そうね。それに、シンジ君をレイやアスカがフォローするなんて良い傾向よ?」

「シンジ君だけで戦ってる訳じゃないけど、どうしてもここぞって時は頼ってしまうもんね」

「だけど、それをあの二人は妬みも恨みもしない。むしろ、そうさせてしまう事に無力感を感じるかもしれないもの。だからこそさっきのようなやり取りは大事だわ」

「ええ。帰ってきたら褒めてあげようかしら?」

「いいんじゃない。アスカは任せるわ」

「ん。レイ、よろしく」

「任されましょう」

 

 そこで二人は笑みを浮かべ合う。丁度、モニタには配置に着いた初号機が映し出されていた。

 

「……変化した気がしないな。ミサトさん、どうですか?」

『変化していないわね。なら、今のところは危険はないかもしれないわ』

「一旦下がりましょうか?」

『……そうね。下手な手出しは以前のように厄介な状況を招くかもしれないわ』

 

 第七使徒の事を思い出し、ミサトは撤退を指示する。それに弐号機と零号機が応じて、初号機もその場を離れようとした時だった。モニタに映っていた目標が突如として消えたのだ。いきなりの事に慌てるミサト達。そこでシンジは気付いた。

 

『っ?! ミサトさんっ!』

「初号機変化っ!」

「パターン青っ!?」

「どこ!?」

「初号機の真下ですっ!」

 

 その叫ぶような報告に誰もがモニタを見た。F型の真下に巨大な影が生まれており、それが機体を飲み込んでいたのだ。

 

「シンジ君っ! 逃げてっ!」

「まさか、あの上空のはダミー?」

「本命は影だったの!?」

「っ! 初号機、影に飲み込まれていきますっ!」

「プラグを強制射出っ! 急いでっ!」

「もうやってますよ!」

「ダメですっ! 反応ありませんっ!」

 

 初めてと言っていい程の混乱だった。今までも苦戦はあった。それでも何とか事前に察知、あるいは手を打てたのは初号機の変化を頼りにしていたためである。ここにきて、それを掻い潜る使徒が現れた。それはこれまでの戦法ないし作戦が通用しなくなった事を意味している。そして、それだけではなく、様々な意味で強力だったF型でさえも対処出来ない使徒が出て来た事も意味していたのだ。

 

「くそっ! このっ! このぉ!」

 

 影に飲み込まれていく初号機。マステマもマゴロク・E・ソードも影には意味を成さない。このままでは不味い。そう感じたシンジはならばと思い切って手にしていた武器をそれぞれ両手に持たせ、全力で放り投げた。

 

「アスカっ! 綾波っ! これをお願いっ!」

『『シンジ(碇君)っ?!』』

 

 その二つは影の範囲から逃れ、初号機救出に動いていた二機が回収に成功する。それを見届けたのか、初号機はそのまま影へと飲まれていった。最後にこんな言葉をシンジが残して。

 

―――大丈夫。だからそれ、預かってて。必ず、取りに戻るから……。

 

 こうして初号機は使徒と思われる影に飲み込まれ姿を消した。ミサトは即座に二機へ撤退を命令。正直シンジを救出したいアスカとレイだったが、有効的な手立てもない以上迂闊な事は出来ないと理解しそれに従った。

 

(シンジ……)

(碇君……)

 

 後ろ髪を引かれる想いで帰還するアスカとレイ。そのまま二人は着替える事もせず発令所まで向かった。

 

「ミサトっ! これからどうすんのよ!」

「落ち着きなさい。今、対策を練っているとこよ」

「赤木博士、あの使徒を倒す方法は分からないんですか?」

「……もしそれが分かっても迂闊な事は出来ないでしょ?」

 

 その言葉の意味を理解し、アスカとレイは言葉を失う。今、使徒を倒せば飲み込まれた初号機がどうなるか分からない。それを二人は悟ったのである。そしてそれは初号機の反応が消えた後、ミサト達が痛感した現実でもあった。

 

「アスカ、レイ、とりあえず今は待機して。休息を取って頂戴」

「っ! でもっ!」

「お願い。何か分かったら、すぐ知らせるから。とにかく今は体を休めておいて」

 

 アスカの目をはっきり見据えてミサトは凛とした表情で告げる。その気迫に気圧されたアスカの肩へレイがそっと手を置いて頷く。その意味を噛み締め、アスカも小さく頷きレイと共に発令所を後にした。ドアの閉まる音が聞こえた瞬間、ミサトは奥歯を強く噛み締める。

 

「ミサト、自分を責めないの。彼は納得の上で行動したわ」

「ね、リツコ。何でシンちゃんは最後に武器を投げたんだと思う?」

 

 リツコの言葉へ返事するのではなく、ミサトはそう唐突に問いかけた。その意味を周囲の者達はすぐに理解して言葉を失う。マヤなどは口を手で押さえていた。

 

「きっとあの子はね、万が一自分がいなくなってもあの二人が戦えるようにしたのよ。あの初号機の武器を託して、可能なら私達が分析してより強化出来るようにと思ったかもしれない。たった十四歳の子供よ? それが! 死ぬかもしれない土壇場でっ! 生き残るんじゃなくて……後を託すなんて……っ!」

 

 そこでミサトは泣き崩れた。それをキッカケにマヤも涙を流す。マコトとシゲルは何も言えず、ただ口を堅く噤むのみ。だが、二人もその目には光る物が浮かんでいる。リツコはそんなミサト達に一瞬言葉を失うが、だからこそはっきりとした言葉で彼女達へ告げたのだ。

 

―――まだ絶望するには早いわ。

 

 その切り出しでリツコはマヤのコンソールを操作し、モニタへエヴァが収容されているケイジを映し出させた。そこには二機が持ち帰った二つの武器が存在している。

 

「今まで使徒との戦いが終るか危険が去ればあの初号機は元に戻っていた。では、あの武器がある以上初号機は変化したまま。この意味、分かる?」

 

 どこか諭すようなその言葉に真っ先にミサトが顔を上げた。

 

「シンジ君が……生きてる……?」

「ええ。彼はたしかに貴女の言った通り、後を託したのかもしれない。だけど、同時に生存を諦めたとは私は思わない。彼は彼なりに戦っているのよ。今もあの使徒の中で。生命維持モードで耐える事を選んでいれば十六時間は戦える。敵中での生存という、もっとも辛く苦しい戦いをね」

 

 そして彼女はそのままマヤ達を見回した。

 

「十四歳の少年がそんな絶望的な状況で足掻いてくれてる。なら、私達がするべきは何? それを少しでも早く終わらせる事よ。あるいは少しでも救出確率を上げる事。泣くのは彼が帰ってきてからいくらでもすればいいわ。もしくは泣いてもいいから手を動かして。嬉し涙にするか悔し涙にするか。好きな方を選びなさい」

 

 言うだけ言ってリツコは発令所を後にするべく歩き出す。その背を見つめ、ミサトは目元を拭って立ち上がった。

 

「そんなの決まってるじゃないっ! 流すなら嬉し涙一択よ! 何なら流さないで笑顔で出迎えてあげるんだからっ!」

「「「はいっ!」」」

 

 オペレーター三人もそれぞれ目元を拭ってそれぞれに仕事をするべく動き出す。リツコはそんな彼らを見て小さく笑ってドアを開けた。

 

―――……何とか大人を演じ切れたかしら。

 

 そう呟いてリツコは軽く息を吐くと自身の研究室へと向かう。ただ、その声はどこか普段と違うものだった……。

 

 

 

 どことも分からぬ空間。静寂だけが支配する場所。そこに初号機はいた。何をするでもなく、その場にただ身動きせずに沈黙していた。

 

「何かしてくるかと思ったけど、何もしてこないなんて……どういう事だろう?」

 

 使徒からの攻撃を警戒していたシンジだったが、一向に何も起きないため若干の拍子抜けをしていた。それでも完全に気を抜く事はしない。彼は感覚で分かったのだ。まだ初号機が変化したままだと。それはつまり危険が去った訳ではないという事に他ならない。それでも無闇に動かない方がいいとも分かっていた。何故なら……。

 

「初号機も一切動いてくれなくなった。多分、まだその時じゃないって事なんだよね」

 

 現状になってから初号機はシンジの操作を一切受け付けなくなったのだ。それがどういう意味かをシンジはそう判断した。これまでの積み重ねが初号機への信頼として現れていたのだ。

 

「……もしこのまま帰れなくても、せめて通信ぐらいしたいな」

 

 脳裏に浮かぶいくつもの顔。そして、最後に浮かぶのは彼が一番心配させてしまっているだろう女性。

 

「ミサトさんにごめんなさいって言わないといけないし、僕の事は気にしないで使徒を倒してって伝えないと……」

 

 アスカやレイもきっと自分の事を考えて手出し出来ないはず。そう思うとシンジは悔しさと申し訳なさで拳を握る。どこかで甘えていた。危険が迫れば初号機が教えてくれると。それを使徒に逆手に取られた。それをシンジは理解していたのだ。

 

(アスカや綾波に言われてたのに! 過信は禁物って! 僕は、僕は……バカだっ!)

 

 だけども諦めた訳ではない。もしもの時は覚悟しているが、それでも最後の最後まで足掻くと彼は決めていたのだ。その気持ちを支えているのは初号機が変化したままである事と、もう一つあった。

 

「絶対ミサトさん達が何とかしようとしてくれてる。なら、僕はそれを信じて待ち続けてみせる」

 

 強く信じる大人達のためにも体力を温存しよう。そう決めてシンジはそのまま目を閉じた。だが、その意識が落ちる瞬間に少しだけ、ほんの少しだけ歳相応の気持ちが零れる。

 

―――父さん……。

 

 

 

 シンジが眠りに落ちている頃、ミサト達はブリーフィングルームで使徒について分かった事をまとめていた。

 

「じゃ、やっぱりあの影の部分が本体?」

「ええ。直径680メートル、厚さ約3ナノメートルのね。その極薄の空間を内向きATフィールドで支え、内部はディラックの海と呼ばれる虚数空間」

「虚数空間……」

「もしかしたら別の宇宙に繋がっているかもしれない」

 

 リツコの言葉に誰もが想像を絶して言葉を失う。それでもミサトはすぐに気を取り直して意識を他の事へ向ける。分かったのだ。この話は広げても仕方ないと。

 

「なら、あの浮遊する球体は?」

「本体の虚数空間が閉じれば消える事から見て、あちらこそが影かしら」

「初号機を取り込んだ影こそが目標……」

「そうね。だからこそ、私達は不意を突かれた。使徒も学習してきているのよ。あの初号機の力へ」

「……変化をあてにした事?」

「と言うより、確かめたのかもしれない。パターンを青にせず接近する事で」

 

 その言葉の意味にミサトは絶句する。これまでも使徒は様々な形で成長を見せてきた。だが、それらはあくまで戦闘能力としてのものだった。それがここにきて別の方向の成長を遂げた。つまり、初号機の変化を起こさず仕留めるという方向に。

 

「……今後は厳しい戦いになるかもね」

「ええ、使徒もあの初号機を警戒している。正面切っては勝てないと判断し、本部への侵入や不意打ちなどの方法を取っている。今後も従来のような形で襲ってくるとは思わない方がいいわね」

 

 誰もがそのまとめに頷いた。そしてどこかで思うのだ。本当に人間のような発想だと。それでも彼らは動く。何もしないなど出来ないのだ。例え徒労に終わるとしても、何かをしていないと気持ちが潰れるからだ。オペレーター三人が部屋を出て行くのを見届け、ミサトはリツコへと視線を向ける。

 

「ね、本当は何か考えがあるんでしょ?」

「どうしてそう思うの?」

「ずっと辛そうな顔してるもの」

 

 リツコの心を掴むような言葉だった。そう、彼女には初号機救出のアイディアがある。だけどそれを口にする事は出来なかったのだ。何故ならそれは、初号機の救出でありシンジの救出ではない。昔のリツコならいざ知らず、今のリツコにはそんな非情の作戦は提案出来なかったのだ。

 

(私もダメね。科学者として、そう思っていたのに……)

 

 どこかで母になりたい自分が顔を出していたのか。そう思ってリツコは小さく笑う。そして短く息を吐くとミサトへ振り返った。

 

「参考として聞いて頂戴」

「ええ」

「エヴァの強制サルベージ。現在可能と思われる唯一の方法よ。992個ある全てのN2爆雷、それにあのマステマのN2ミサイルを中心部へ投下。タイミングを合わせて二機のエヴァのATフィールドを使い、使徒の虚数回路に1000分の1秒だけ干渉するの。その瞬間に爆発エネルギーを集中させて使徒を形成するディラックの海ごと破壊する」

「……それが言えなかった理由、か」

「そう、これは初号機へのダメージを考慮していない。あの初号機のフィールドなら耐え切れるかもしれないけど、あくまで希望的観測。何の根拠もないわ」

 

 黙り込む二人の女性。その目は互いを見つめ合っている。やがてその顔が変わる。どこか不安そうなリツコとどこか嬉しそうなミサトへと。その対照的な表情に互いが苦笑する。分かったのだ。どうして相手がそんな顔をしたのかを。

 

「ミサト、貴女やるつもり?」

「いざとなったらね。今は一つでもシンジ君を助けられるかもしれない方法がある事が嬉しいのよ。例えそれがどれだけ危険でも」

「ないよりマシ?」

「もち。だけどいきなりそれをやるつもりはないわ。アスカやレイが納得しないもの」

「……そうね。なら、私は他の方法がないかどうか知恵を絞ってみるわ」

「頼むわ。こっちも集められるだけの情報を集めておく」

「ええ」

 

 最後には凛々しい表情を見せ合う二人。こうしてミサト達は懸命に足掻く。少しでもシンジを助け出せる術を探して。大人達の動きが慌ただしさを増す中、二人の少女は楽な格好で仮眠室にいた。だが、その表情は当然ながら暗い。

 

「碇君、最後に言ってたわ。預けるから取りに戻るって」

「どうやってよ? あの使徒の中から出てこられるはずないじゃない」

「それでも碇君は戻ってくると言ったわ」

「っ! できっこないじゃないっ! あの初号機でも何も出来なかったのよ!? しかも武器だって……あたし達へ……」

 

 勢い良く立ち上がったものの、言っている内に初号機の最後を思い出して力なくベッドへと座るアスカ。彼女の脳裏にはある記憶が甦っていた。最愛の母との最後の記憶だ。その時と近い虚無感がアスカの心を襲う。

 

(あたしが、あたしが好きになったからだ。あたしが本気で好きになった人はみんないなくなっちゃうんだ……)

 

 そう思った途端、アスカは何かが込み上げてくるのを感じた。それは感情の津波。悲しみと怒りとやるせなさ。それがアスカへ涙となって噴き出した。声を押し殺して泣くアスカ。その肩が震える。と、その肩へ感じる温もりがあった。思わずアスカが顔を上げる。

 

「レイ……?」

「泣いてはダメ。それはまだ早いわ」

「早い……?」

「ええ。碇君を助け出した時に流すべき。それまで私達は泣かない」

 

 凛としたレイの表情。だが、アスカは気付いた。その瞳には確かに光る物が浮かんでいる事を。目の前の少女も泣きたいのだ。だが、ここで泣いては気持ちが折れる。だから必死に耐えているのだ。自分のためにも、そして大切な友人のためにもと、そう考えたアスカは目元を拭う。

 

「…………そう、よね。シンジが帰ってきた時に文句言ってやんなきゃ。あたし達を荷物預かりなんかにした事を、ね!」

「ええ、文句を言いましょう。そして、おかえりも」

「あったりまえでしょ! そうと決まれば泣いてる暇はないわ! 来たるべき時に備えて眠るわよっ!」

 

 言うや否やアスカはベッドへ素早く寝転がる。そんな彼女にレイは小さく笑みを零し、自分のベッドへ移動しようとしてその手を掴まれる。何かと思って振り返るとアスカが背中を向けたまま彼女の手を掴んでいたのだ。

 

「何?」

「……あたし達、これから二人でシンジの救出をするのよね?」

「ええ」

「じゃ、あの時みたいに息を合わせる事もあるかもしれないわ。だから一緒に寝てあげる」

「…………放して」

 

 そこでアスカがレイへ体を向ける。その顔は完全に不機嫌極まりないものだった。

 

「何でよ?」

「枕、持ってくるわ」

「っ……そ、それを先に言いなさいよね!」

 

 真っ赤な顔になってアスカは手を放すとまた背中を向ける。それが微笑ましく思えたのだろう。レイは微かに笑みを浮かべると自分のベッドから枕を手にし、アスカのベッドへと近付いた。それを察して少しだけ端へ寄るアスカにまた小さく笑みを零し、レイもベッドへと横になる。

 

―――こうして寝るのは初めてね。

―――そうだったわね。

―――誰かの温もりがあるのは、不思議な感じだわ。

―――……そう、ね。

―――でも、嫌いじゃない。

―――…………。

―――アスカは?

―――……あたしも嫌いじゃない。

―――同じね。

―――そうね、同じよ。

 

 様々な事から気恥ずかしく、レイへ顔を背けたままのアスカ。そんな彼女へ寄り添うように眠るレイ。かつては背を向け合った二人は、少年を介さずして向き合い始めていた。一方、少年は夢とも現実ともつかない状況に置かれていた。

 

「誰?」

「誰?」

 

 向き合うは二人のシンジ。だが、片方はプラグスーツで片方は制服姿だった。

 

「僕は……碇シンジ」

「僕も碇シンジだよ」

「っ!? どういう事!?」

「人は二人の自分を持っている。自分で見る自分と、人から見られる自分」

「人から見られる自分……」

 

 制服姿のシンジが告げた言葉にシンジは考えた。たしかにそうかもしれないと。だが、同時にこうも思うのだ。仮にそうだとして、今目の前にいるのはそのどちらでもないと。

 

「君は、一体何者なの?」

「さっきも言ったよ。僕は」

「違う。ミサトさん達が見た僕はそんな感じじゃないよ。そんなはきはき喋るような、そんな自分をしっかり出せるようになったのは最近になってからだ」

 

 その断言に制服姿のシンジが小さく驚く。

 

「ミサトさんと初めて会った時の僕は、もっとおどおどしてた。たしかにエヴァに乗るようになって少しずつ変わったとは思う。だけど、それでもみんながみんな僕をそういう風に見るはずはないよ。きっと、どこかでまだ僕を頼りないと思ってるはず。それに、僕自身さっき痛感したところなんだ」

「何を?」

「過信は禁物。自信は大事。君にこの意味が分かる?」

「どういう事?」

 

 そこでシンジは確信した。この目の前にいるのが何かを。

 

「君が僕なら知ってるはずだよ。何せ、これをちゃんと噛み締めなかったからこそ僕はここにいるんだから」

 

 一旦言葉を切り、シンジは目の前の偽物へはっきりと告げる。

 

―――君の中にね。

 

 そこでシンジは目を覚ました。そして計器類へ目を走らせる。当然のように反応はない。次に時間を見る。既に十二時間が経過していた。

 

「……まさか使徒が夢の中へ現れるなんて」

 

 絶対に帰ってミサト達へ伝えなくては。使徒が人へ興味を示しているような反応を。人の精神へ攻撃してくる事を。そう思ってシンジは気合を入れ直す。

 

(絶対に生き残るんだ!)

 

 と、その時またあの声がシンジへ聞こえる。今はそれが嬉しかった。一人ではないと、そう感じられる事が出来たから。故に迷う事なくシンジは叫ぶ。

 

「絶対にみんなのところへ帰るんだっ!」

 

 気迫あふれる叫びがエントリープラグ内に響き渡る。その時、初号機の目が光りを灯す。だがそれは静かな輝き。来たるべき時を待ちわびる、そんな鼓動の胎動だった。

 

 

 

「作戦を伝えるわ」

 

 シンジの叫びに呼応するようにミサト達も動き始めていた。現状で唯一可能性のある強制サルベージ。それを決行する事にしたのだ。理由は一つ。これ以上時間をかけても対案が出る気配もなく、また予備電源の残量やプラグスーツの生命維持も危険域へ入ってしまうためである。それらの理由を聞かされ、アスカとレイもこの危険極まりない作戦を受け入れる事にした。全ては、シンジが生きて帰れる可能性を消さないために。

 

「……以上よ。既にマステマからN2ミサイルは取り外し済み。だからマステマを零号機が携行。マゴロクソードは弐号機が携行して作戦に当たって。ないと思いたいけど、初号機を救出したらそこから本当の使徒戦なんて事もないと言い切れないから」

「「了解」」

「頼むわね」

 

 エヴァへ乗り込むためにその場を去る二人を見送り、ミサトは大きく天を仰いだ。そんな彼女へリツコがそっと近寄る。

 

「もしもの時は私も共犯よ」

「……それだけじゃないわ。ある意味で、アスカとレイにシンジ君を殺させる手伝いをさせるかもしれないのよ? それを……あたしは……」

「一人で背負う必要はないわ。一緒に地獄へ堕ちてあげる」

「……閻魔様もあたしとリツコが何でもするって言ったらあの子達を許してくれる?」

「許してくれなくても、あの子達へは決して切れない蜘蛛の糸が下りてくるから大丈夫よ」

 

 そんな冗談を言っていないと気持ちが切れてしまう。それぐらい今回の作戦は精神的に辛かったのだ。ミサトもリツコも、今回の作戦をするには優しくなりすぎてしまったために。だが、それは決していけない事ではない。今後待ち受ける事へ対処するために必要不可欠なものなのだ。それを知らず二人の女性は心を痛める。

 

 一方の少女二人も同様の不安を抱いていた。

 

「この作戦、どう思う?」

「やるしかないわ。例えそれでこの手が血に塗れる事になっても、よ」

「……碇君を助け出せる可能性を捨てたくないから?」

「分かってるじゃない。何事もリスク無しでは出来ない。だけどそれが大きいだけ見返りも大きいってもんよ」

 

 そこでアスカは足を止めレイへ振り返る。その表情に不安の影はない。

 

「それに、あんたが言ったんでしょうが。シンジは戻ってくるって言ったってね。なら、それを信じるだけよ。シンジだけにね」

「……アスカ」

「さっ、行くわよ」

「今の、上手くない」

「ぐぬっ! 分かってるわよ! ほら、ちゃっちゃと歩く!」

 

 照れ隠しのように早足で歩き出すアスカと微笑みながらその後を追うレイ。ここに加持がいればこう言っただろう。まるでミサトとリツコのようだと。こうして着々とシンジ救出作戦は進んでいく。使徒本体と思われる影の近くに二機のエヴァが位置取り、作戦開始を今か今かと待ちわびる。上空にはN2爆雷とN2ミサイルを搭載した爆撃機が待機していた。

 

「エヴァ両機、作戦位置に着きました」

「ATフィールド、発生準備よし」

「了解。ミサト」

「日向二尉、N2は?」

「投下まで後60秒です」

 

 それに頷き、ミサトは通信を開かせる。相手は勿論二機のエヴァに乗る少女達。

 

「いい? チャンスは一度。同時にフィールドを展開して頂戴。あの使徒を倒した貴方達を信じるわ」

『任せなさい。バシっと決めてやるわ』

『絶対碇君を助け出してみせる』

 

 その声に気負いも不安もない事を感じ誰もが頷く。二人の言葉は全員の気持ちでもあった。必ずシンジを助け出すのだと。これまで幾多の危機から自分達を救ってきたシンジとF型。その危機を今度は自分達が救うのだ。その思いで誰もが作戦に従事していた。

 

「投下まで残り30秒!」

「エヴァ両機、スタンバイに入ります!」

「使徒に動きありません!」

「ここまで来たら信じるしかないわ」

「大丈夫。今までだって何とかしてきたのよ。今回だって奇跡ぐらい起こしてやるわ」

 

 言葉と裏腹な祈るような表情のミサトへリツコも似たような表情で頷く。そして、その瞬間は来た!

 

『投下開始っ!』

「「フィールド全開っ!」」

 

 寸分の狂いもなく同時期にフィールドを展開する弐号機と零号機。それと同じくして影の中心部へ落下していく大量のN2。爆撃機はそれを終えるやその場から退避。一瞬の静寂。誰もが固唾を飲んで影を見つめる。

 

「……失敗、かっ」

 

 ミサトがそう呟き唇を噛み締めたその時だった。上空の球体に凄まじい電流が流れたかと思うと影が裂ける。誰もが使徒の攻撃かと身構えた瞬間、モニタに表示される反応にシゲルが気付いた。

 

「初号機の反応ですっ!」

「まさかっ!?」

「成功したのっ!?」

 

 全員の見ている目の前で影から飛び出すように現れる初号機。だが、まだ影は消えていない。

 

「アスカっ! 綾波っ! 使徒をっ!」

「「了解っ!」」

 

 初号機が作った裂け目目掛けてマステマのガトリングが、マゴロク・E・ソードの斬撃が叩き込まれる。それがとどめとなって使徒は消滅した。そして影が消えた大地へ降り立つ初号機。それと同時に姿が戻って武器が消える。

 

「「シンジ(碇君)っ!」」

「……心配かけてごめん。預けたもの、取りに戻ったよ」

 

 疲れはてた声ではあるが、しっかりとした返事をしたシンジに誰もが安堵する。だが、それでもすぐに大人達は意識を切り替えた。

 

「すぐに初号機を回収。弐号機と零号機は念のため周囲を警戒しつつ帰還させて」

「了解」

「マヤ、医務室の準備をさせて。すぐシンジ君の精密検査を出来るよう病院の手配も」

「分かりました」

「シンジ君、聞こえるかい? まずはプラグを外へ出してくれ。そろそろスーツの生命維持も危ないからね」

『分かりました』

 

 シンジ生還の報は瞬く間に本部内を駆け巡り、ネルフスタッフ達を大いに沸かせた。ある者達は喜びの酒宴を開きやんわりと注意され、ある者達は涙を流しながらマステマとマゴロク・E・ソードを分析する事が出来なくなったと笑い合う。そして少年は念のため検査入院という形で久しぶりに病院のベッドへ横たわる事になった。

 

「この天井も久しぶりだな……」

 

 第五使徒との戦いの後、二日に渡って眠った事を思い出しシンジは小さく笑う。あの時程ではないが、今回も強い疲労感を感じたのだ。それは気迫とガードの使用による疲労。あの時、シンジは使徒の中でN2による爆撃を受けた。それを防御で凌ぎつつ、見たのだ。使徒の中へ降り注ぐN2の先を。僅かではあるが見えた空を。その瞬間、シンジは願った。戻りたいと。それに初号機が応え、その秘められた力を解放したのだ。放たれた雷は使徒を貫き、残ったN2全てを誘爆させた。その爆発を利用し、ガードによって高めた装甲を頼みに脱出したという訳だった。

 

「……あの時のあれは、一体なんだったんだろう?」

 

 最後に初号機が放った攻撃。それがシンジにも分からなかった。聞こえるはずの声はなく、ただエヴァが勝手にやった凄まじい攻撃。それをシンジはぼんやりと考える。あれはまだ自分には使えないものなのだろうと。だから声も教えてくれなかったのではないか。そう答えを出し、シンジは押し寄せてきた眠気に身を委ねるように目を閉じる。その直後、病室へ姿を見せる者がいた。その人物は眠るシンジに小さく息を呑み、起こさぬよう静かに持っていた花を看護師へ預けて去った。

 

 それから数十分後、シンジは誰かの気配を感じて目を覚ました。

 

「起こしちゃった?」

「碇君、大丈夫?」

「アスカ……? 綾波……?」

 

 自分を見つめるように椅子に座る二人の少女に寝惚けた頭のまま、シンジは目を擦る。そのままだと起きそうだと感じた二人は、優しく彼へ微笑みかけた。

 

「いいからそのまま寝てなさい。聞いたわよ? あんた、前にも二日も眠ってた事があるんでしょ?」

「う、うん……」

「今は体を休めて。もし使徒がまた出ても、私とアスカで何とか出来るから」

「そうそう。シンジが万全になるまでの時間稼ぎぐらいはね」

「ありがとう、綾波、アスカ」

 

 少年の感謝に二人の少女は笑顔で返事とする。と、そこでシンジは眠るまでなかった花瓶の存在に気付いた。二人も彼の視線でそれに気付いたのだろう。揃って不思議そうな顔でこう告げたのだ。

 

「それ、あたし達が来た時にはもうあったわよ?」

「碇君、知らないの?」

「うん、僕が寝る前にはなかったから。てっきりアスカ達かと」

「ごめん。あたし達もさっき検査とか終わったばかりなのよ」

「ええ。だからお見舞いの品は何も」

「あ、いいんだ。二人が来てくれただけで十分な品だよ……なんて」

「くくっ、シンジにそういうのは似合わないわよ」

「ふふっ、そうね。碇君らしくないわ」

 

 小さな声で笑う二人にシンジも気恥ずかしくなったのか、少しだけ顔を赤くして彼女達へ背を向ける。それにより笑みを深くするアスカとレイ。その声を聞いてシンジも背を向けたままで小さく笑みを零す。そんな三人を花瓶のガーベラが見つめていた……。

 

 同じ頃、司令室で話すゲンドウとリツコの姿があった。既に今回の事を報告していたのだ。そして、話を終えた彼女は気になっていた事を口にする。

 

「それにしても、何があったのですか? 予定を変更されるとは」

「何でもない。それよりもどうだ?」

「……葛城三佐はまだ勘付いてはいないかと」

「そうか。ならいい」

 

 もう興味はないとばかりに会話を切るゲンドウへ、リツコは物悲しげな表情を浮かべてその背を見つめた。

 

「エヴァの秘密を知っても、シンジ君達は私達を許してくれるでしょうか?」

 

 その問いかけに返ってくる言葉はない。それこそが何よりの返事であった。リツコは、それを悲しく思いながら一礼して部屋を立ち去る。立っていた場所に悔し涙を流して……。

 

 碇シンジは精神レベルが上がった。底力のLVが上がった。精神コマンド不屈を覚えた。

 

新戦記エヴァンゲリオン 第十六話「死に至る病、だけど」完




ガーベラの花言葉は日本では希望や常に前進。西洋ではcheerfulness(上機嫌、元気)やbeauty(美)です。どっちの意味かは皆様のご想像にお任せで。

不屈……一度だけ受けるダメージを最低値にする。スパロボでは10のダメージ。つまり、例え全宇宙を破壊出来る攻撃であろうと蚊に刺された程度に出来る。

何か、説明を書くのも久しぶりな気がしますね(汗

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