エヴァだけ強くてニューゲーム 限定版   作:拙作製造機

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いよいよ迫る参号機。さて、おそらくここからがもっとも原作乖離する話でしょう。一体どうなるのか。皆様の予想をいい意味で裏切れるといいのですが……(汗
あと、次の話に関して活動報告を書きました。よろしければ読んでくださると幸いです。


第十七話 四機目のエヴァ

 緊張感漂う空間。周囲を取り囲まれたように思え、ミサトは内心嫌気を感じる。今日、ミサトはある者達に呼び出されていた。人類補完計画に携わる者達に。本来であればここへ呼び出されるのはシンジだった。それをミサトが拒否したのだ。ただし、シンジから教えてもらった情報はその胸にあるが。

 

「今回の事件の当事者である初号機パイロットの直接尋問を拒否したそうだな、葛城三佐」

「はい。彼はまだ十四歳の少年です。このような場で、自分へ高圧的な雰囲気を出す大人達に囲まれては正確な情報も言えませんので」

 

 暗に、自分もそう感じていると告げるミサト。だが、それを注意する事は出来ない。何せ、ミサトはシンジに対してと表向きは言っているからだ。彼女自身は高圧的だと感じているとは一言も言っていない。

 

「では聞こうか。代理人葛城三佐」

「先の事件、使徒が我々にコンタクトを試みたのではないかね?」

 

 早速来たかと、そう内心で思いつつミサトは場のイニシアチブを取るべく頭を動かした。このままではいいようにされるからだ。何事もなくやり過ごすのも手だが、彼女としても情報が欲しいのだ。最愛の男性を破滅へと走らせないためにも。

 

「実は、初号機パイロットから聞いたのですが些か信憑性が疑われる内容なので……」

 

 ミサトの切り出し方にその場の全員が軽くざわつく。勿論彼らもミサトのこれがある種の餌である事は承知している。それでも、聞き出すだけの価値はあると踏んだのだ。

 

「構わん。話したまえ」

「ありがとうございます。彼は、使徒の中で生命維持モードに切り替えた後、脱出のために体力を温存する事にしたそうなのです。そして、エントリープラグ内で仮眠を取ったそうなのですが、妙な夢を見たと」

 

 その瞬間、大きくなるざわつき。ミサトは喰いついたと内心で確信する。だが、ここで油断しては一気に餌だけ取られてしまう。せめて雑魚でもいいから釣り上げたいと、そう思って相手の反応を待った。

 

「夢、とは?」

「失礼ですが、皆様も夢を見た事はおありかと存じます。であれば、その中のいくつをはっきり覚えていらっしゃるでしょうか?」

 

 ミサトの切り出し方に誰もが唸る。分かったのだ。今から話す事は夢物語だと。つまりは真実とは言い切れない上に、曖昧な表現や内容でも文句を言うなと念押ししたのである。これでは聞き出してもそれが本当にシンジが話した内容か、あるいはミサトが脚色したものか判断がつかない。

 

「先程の私の話を片隅に置いてお聞きください。彼は夢の中で自分と相対したそうです。その自分は彼へこう言ったそうです。自分は人から見た自分だと」

「……続けたまえ」

「ですが、彼は気付いたそうです。自分と言うにはあまりにも違い過ぎると。どうして気付いたのかは分かりません。直感かもしれませんし、何か明確な理由があったかもしれない。とにかく、その彼の指摘で夢は終わり、初号機パイロットはそこから眠る事はなかったそうです」

 

 締め括るように言い切った事で周囲の者達が次々に話し出す。そこには使徒の行動に対する反応が如実に表れていた。ミサトはそこから聞こえてくるある単語が頭から離れなかった。

 

(時間があまりない? どういう意味?)

 

 表情に出さず、聞こえてくる僅かな情報を収集するミサトだったが、それも長くは続かない。議長であるキールが通る声で周囲を落ち着かせたのだ。

 

「静粛に。葛城三佐、ご苦労だった。下がりたまえ」

「はい、失礼します」

 

 議場を後にするミサトを見つめ、その姿が見えなくなるとキールはゲンドウへ視線を向ける。

 

「どう思うかね、碇」

「使徒は確実に知恵を付けています。それはこれまでの戦闘内容からも明らかです」

「もう余裕はあまりないという事か……」

 

 そのキールの噛み締めるような声に誰もが押し黙る。ただ、ゲンドウはどこか笑みを浮かべていたが。

 

 

 

「レイは学校か?」

「ええ、何か御用でも?」

 

 司令室でリツコからダミーシステム関係の報告を受けていたゲンドウが不意に出した名前。それにリツコは不快感を漂わせた。それは嫉妬ではない。既にリツコにとってレイは妹のような娘のような立ち位置となってきている。それをまるで自分の娘のように扱うゲンドウに腹を立てたのだ。

 

「いや、特にない」

「そうですか。どうも学校が楽しいらしいです。最近は料理に興味を持っていて、私へ今度お弁当を作ってくれると言ってくれました」

「……そうか」

「はい」

 

 声はいつものリツコだが、言い方に若干の棘がある。そうゲンドウは感じていた。それはこれまでの二人であれば有り得ない事だった。どちらかと言えば主導権はゲンドウにあり、リツコはそれを甘んじて受け入れていたからだ。

 

(彼女まで変わったのか。シンジ……ではないな。レイ、か……)

(もうあの子は確固たる自分を持っている。貴方が計画を成功させたいなら息子さんのように向き合う事です)

 

 視線を向け合いながらも相手の事を考えているのはリツコのみ。ゲンドウは彼女を通して別の相手を見ている。それに気付いてリツコは目を閉じ一礼をした。退室するという合図だ。

 

「待ちたまえ」

「まだ何か?」

 

 足を止め視線だけゲンドウへ向けるリツコ。それに彼は小さく驚きを浮かべる。今まで見た事がない程冷たい眼差しだったのだ。それが自分を拒絶しようとしているように思え、ゲンドウは無言で立ち上がり彼女へと近付く。それが何を意味しているかを察し、リツコは気付かれないようにため息を吐いた。

 

(少しでも素っ気無くされると飴を与えようとする。貴方はそんなに簡単な男だったんですね、ゲンドウさん)

 

 あるいは計画のためにまだ切り捨てる訳にはいかないからか。そう判断しリツコは自身を抱き締める腕を見つめる。その温もりを拒絶出来なくて、彼女は内心大きなため息を吐く。結局自分も簡単な女なのかと痛感して。この後、リツコが部屋を出たのは実に一時間以上も経過してからだった。

 

 一方、シンジ達はと言えばいつもの昼食が賑やかになっていた。

 

「ったく、センセも人が悪いわ。こないな事知られたらただじゃすまんぞ?」

「鈴原? これからもここに来たいなら分かってるわね?」

 

 今日はシンジ達三人に加え、トウジとヒカリも参加していたのだ。ケンスケは休みのためにおらず。彼は軍艦目当てで新横須賀へ遠征しているのだ。余談ではあるが、後日この昼食の事を聞いた彼は大いに悩んだという。

 

「ヒカリ、大丈夫。男子は基本アスカを恐れているから」

「言い方はあれだけど、まあそうね。シンジ発案のアレ、結構需要あるみたいだし」

「驚いたよ。まさかアスカとレイが揃って相田に写真を渡してるなんて」

 

 レイの歯に衣着せぬ言い方に若干ムッとするアスカだったが、実際彼女の言う通りなので否定はしなかった。そんな二人を見てヒカリは驚きながらもどこか嬉しそうに笑う。何度か見て来ているが、本当に仲良くなったと感じたからだ。

 

(アスカ、本当に変わったなぁ。最初なんてレイの事を根暗なんて呼んでたのに……)

 

 学級委員長としてだけではなく、一人のクラスメイトとしてヒカリは二人の関係を喜んでいた。ちなみに、アスカとレイが同居しているのを知っているのはシンジ以外では彼女のみである。そんな彼女もどうして二人がそうしているかまでは詳しく知らない。

 

 ヒカリへアスカの話した言い訳としては、あの部屋は彼女の親戚が借りてくれた物で一人ではもてあまし気味だった。それを知ったシンジが住む場所が老朽化しているレイを紹介し、ルームシェアをしてみて欲しいと頼んだのがキッカケと言うもの。最初こそ嫌がったアスカだったが、レイの部屋を見て渋々承諾。短期間で嫌だと思ったら断ると前置いて同居させたのだが、一緒にいる内に打ち解けそのまま現在に至ると言う筋書きだった。

 

「まあね。おかげで相田もこちらの言う事に従うようになったし、隠し撮りもぱたりと止んだわ」

「碇君のおかげね」

「いや、それはちょう早いわ二人とも。ケンスケの奴、やっぱり顧客の希望はちょいエロや言うとったからなぁ」

「ケンスケ……」

 

 ヒカリ作の弁当を食べながらトウジはここぞとばかりにアスカとレイへ取り入ろうとした。それは仕方ない。彼とて健全な男子。アスカとレイがシンジへ想いを寄せているのは分かっていても、ヒカリの弁当と同級生女子との華やかな昼食が天秤にかけられればこうもなる。

 

「相田、そんな事言ってたの? ホントに信じられない」

「あいつ、今度はカメラ叩き壊してやるだけじゃ足りないわね」

「いっそ相田君の恥ずかしい写真を撮ってこっちの気持ちを分からせたらどう?」

 

 怒りを露わにするヒカリとアスカだったが、レイの言葉に思わず驚きを見せる。それはシンジとトウジもだった。四人の視線を受け、レイは平然と小首を傾げる。

 

「何かおかしい? 人の嫌がる事をする相手には、同じ事をするといいって聞いたわ。目には目を、歯には歯を」

「れ、レイってこんな事言う子だったんだ。私、ちょっと意外かも」

「大丈夫よヒカリ。あたしも同じ気持ちだから」

「いやぁ、綾波って可愛い顔して結構やな。でも、ワイもそれが一番効果的やと思う」

「う、うん。たしかにそれは効果的かも」

「そう。なら、今度写真渡す時に警告しましょう。それで実行すれば言い逃れ出来ないわ」

 

 そう締め括り弁当を食べ始めるレイに全員が顔を見合わせた。大人しい人程怒らせてはいけない。その典型を見たとばかりに。そんな事もありながらシンジ達は食事を再開する。それと、何故ここにトウジとヒカリがいるのかと言えば、あのアスカがデートをする事になった日の料理教室でレイが彼女の想い人を教えてもらったからである。それを聞いたレイがならばとシンジへメール。こうしてシンジがトウジを、レイがヒカリを屋上へ連れ出し現状と相成ったのだ。

 

「いや、それにしても美味いわ。いいんちょ、ホンマに料理上手なんやなぁ」

「そ、そんな事ないよ。碇君の方が上手だし」

「いやいや、例えそうやとしてもや。やっぱ男の作るもんより女の作るもんの方が美味いに決まっとる!」

「そ、そうかな?」

 

 トウジに褒められ嬉しそうにするヒカリ。それを見て笑みを浮かべるシンジ達三人。この分ならヒカリの恋は実りそうだと、そう思ったのだ。なのでこっそり二人から距離を取る。

 

「いい感じじゃない。鈴原とヒカリ」

「ええ、ヒカリも嬉しそうだわ。鈴原君を呼んで良かった」

「トウジも満更でもなさそうだし、委員長と両想いになれるんじゃないかな?」

 

 今もご飯を食べて、その粒が口の端に付いているとヒカリに教えられ苦笑するトウジの姿がある。そこからヒカリが指でそれを取ってやり、若干の躊躇いの後自分の口へと入れた。それはとても微笑ましい光景だった。そして、同時に三人へもある感情を生じさせる光景でもある。

 

(トウジの奴、あんなにデレデレしちゃってさ。……ぼ、僕も同じ事やったらアスカか綾波にしてもらえるかなぁ……?)

(ひ、ヒカリってば結構大胆な事するわね。……あたしもやってあげたらシンジ、喜ぶかしら?)

(赤木博士が言っていた親しい相手しか出来ない事をヒカリ達はやっている? ……そう、親しくなりたいと伝えるためね)

 

 そう思うや、三人は同時にご飯を食べる。だが当然のように口の端に米粒が付くはずもない。そこですぐに諦めるシンジに、どうやればいいかを考えるアスカ。唯一レイだけが違った。彼女はそういう意味で素直だった。指で米粒を掴むと自らの口元へ付けたのだ。

 

「碇君、取って」

「「え?」」

「……嫌?」

「っ?!」

 

 あまりの事に呆気に取られるシンジとアスカだったが、レイの言葉に彼は思わず息を呑む。これが何を意味するのかさすがにシンジも分かったのだ。レイが自分とそういう事をしたがっている。それは彼女も自分ともっと深い仲になりたいのだと。

 

「わ、分かった。動かないでね、綾波」

「ええ」

 

 恐る恐る手を伸ばすシンジと何故か目を閉じるレイ。それに余計鼓動を早くしながらシンジはレイの口元にある米粒へ手を届かせ―――そうになったところでそれを横からアスカが取ってレイの口へと入れた。

 

「はい、取れたわよ」

「……ありがとう。でも、出来れば碇君が良かったわ」

「ダメよ。ああいうのは一対一じゃないと許されないの」

「あ、アスカ……」

 

 そんな事を言うと本当にするよ。そう思うシンジであったが口にはしない。それが後押しになると理解したからである。そういうところの察しはいいシンジであった。そんな彼らをトウジとヒカリが眺めていた。

 

「何や、センセ達も複雑やなぁ」

「でも、あれって凄いと思うよ。アスカとレイ、ギスギスしてないもん」

「そう言われればせやなぁ……」

「本当に仲が良いんだと思う。どこかでお互いに相手なら仕方ないって思ってるのかも」

「は~、そんなもんかいな」

 

 ヒカリの推測に感心しつつ、トウジは最後の一口を名残惜しく思いながら食べるのだった……。

 

 シンジ達が昼食を楽しんでいる頃、ネルフ本部では大人達が大騒ぎになっていた。アメリカの第2支部が消滅したとの情報が入ったためである。実は、そこではエヴァンゲリオン四号機によるS2機関の実験が行われていたのだ。そこへ入った爆発ではなく消滅との報は、大いに冬月達を混乱させた。

 

「本当に消滅なのか!?」

「はい、全て確認しました。消滅です」

 

 シゲルの断言に冬月は何とも言えない顔を浮かべる。これがある意味で仕組まれた事だと思ったからである。

 

(参号機をどうやってこちらへ持ち込ませるのかと思っていたが、ここまでするのか)

 

 そう、エヴァンゲリオン参号機も同じくアメリカの所有なのだ。それを手放す理由としてゼーレがこれを仕組んだのではないか。そう冬月は読んだのである。実はエヴァは各国が所有出来る数をある条約で決めてあり、それは三機が限度なのだ。現在日本のネルフには零号機から弐号機までの上限いっぱいのエヴァがある。なので、本来であれば参号機の受け入れは出来ないし認められないのだ。だが、それを恐ろしい事故を引き起こすかもしれないと言って押し付けるなら、例外として認めさせるぐらいするだろう。そう冬月はこれからの流れも予測した。そして彼はそれらを報告するべく司令室へと向かった。残されたオペレーター達が仕事に追われる中、ミサトがそこで姿を見せる。

 

「……何の騒ぎ?」

「第2支部が消滅したんですよ!」

「何ですって!?」

「管理部や調査部は大慌てで総務部はパニック状態で」

「参ったわね……原因は?」

 

 忙しくするシゲルやマヤと同じくマコトも会話に付き合っている暇がないのだが、それでも惚れていた相手であるため、最小限には話に付き合っていた。と、そこへミサトの後方から疑問へ答える声がする。

 

「未だ分からず、でしょ?」

「リツコ? どこ行ってたのよ?」

「ちょっと報告が長引いて。厄介な事になったみたいね」

 

 隣に立つリツコから微かに香る匂いにミサトは気付く。それがシャワーを浴びたからだと分かり、ミサトは表情に出さないまま小さく尋ねる。

 

「どこで何してたのよ?」

「貴女も子供じゃないから分かったのでしょ? そういう事よ」

「呆れた。この非常時に立場ある人間が」

「始めた時は非常時じゃなかったのよ。悪いのは私。この話はここで終わり」

 

 互いを見る事無く小声で話す。表情はまるで無く、これまでの二人を知れば考えられない程に冷たい風が吹いていた。

 

「マヤ、悪いけど静止衛星の映像出せる?」

「はい、今出します」

 

 そこに映し出された映像を眺め、ミサトは言葉を失う。

 

「……酷いわね」

「エヴァンゲリオン四号機並びに半径89キロ以内の関連研究施設は全て消滅しました」

「数千人の人間を巻き添えにして、ね」

「タイムスケジュールから推測するに、ドイツで修復したS2機関の搭載実験中と思われます」

 

 シゲルの言葉にミサトは苦い顔をした。それが原因だと仮定すれば、おいそれとこちらのエヴァへ搭載出来ないと思ったからである。

 

「他に予想される原因は、材質の強度不足から設計初期のミスまで32768通りです」

「妨害工作の可能性は?」

「ないとは思いませんが、爆発ではなく消滅となると……」

「おそらくディラックの海に消えたんじゃないかしら? この前の初号機みたいに」

 

 さらりと告げられたリツコの想像に誰もが絶句する。それはつまり、人間も人為的に使徒と同じ事が出来る可能性を示していたからだ。そしてそれはS2機関があるから出来るのか、あるいはエヴァだから可能なのか疑問を抱かせる。リツコはそんな空気を察しミサトへ話を振った。

 

「稼働時間を気にせず戦わせられる。その夢は潰えたわね」

「そうね。でも、気の毒だけどおかげでシンジ君達を死なせずに済んだと思えばマシよ。やっぱり訳の分からない物を無理矢理使うもんじゃないわ」

 

 その返しにリツコも頷き、内心で呟く。それはエヴァも同じだけれど、と……。

 

 

 

「参号機をこっちで引き取る!?」

 

 ミサトの怒声にリツコは耳を押さえた。場所はリツコの研究室。あの後、ミサトがリツコの遅刻理由を問い質そうとしたためだ。そこでリツコが話題逸らしに使ったのが先程の内容だった。

 

「そうよ。米国政府も第1支部まで失いたくないみたい」

「勝手な事を! あっちが建造権を主張して強引に参号機と四号機を作ってたってのに……」

「あれだけの事が起きれば弱気にもなるわ」

「……ま、作戦部長としては、使えるエヴァが増えるのは歓迎するわ。ただ、パイロットはどうなるの? 例のダミー?」

「…………これから決めるわ」

 

 内心でリツコは予想していた。参号機のパイロットが誰になるかを。何せあの情事の後、それとなく言われたのだ。初号機の封印処理の準備をしておけと。それが何を意味するのかを彼女はこの時点で理解した。ゲンドウは最初から分かっていたのだ。ここへ参号機が来る事を。

 

(使徒があの初号機へ対応を始めている。だから切り札として封印したいとの気持ちは理解出来る。だけど、よくあんな事故を起こした後で同じ事を起こしかねないものへ息子を乗せられるわね)

 

 目覚めだした母性がゲンドウのやり口を嫌悪する。女としては理解してやり、科学者としてはやや否定的な考え。リツコも既に自分の中でのMAGIを作り出していた。そしてその結論はある提案としてゲンドウへ突きつけられる事となる。

 

「試作したダミープラグを使い、参号機の起動実験をするべきだと思います」

「……理由を聞こう」

「簡単です。四号機の件を初号機パイロットが聞いて司令へ不信感を抱く可能性があるからです。あの強力な初号機を切り札として封印したいのは理解出来ますが、あれはシンジ君だからこそ使える切り札です。ならば、ハードよりも優先すべきはソフトのはずではないでしょうか?」

 

 科学者と母が一致して意見を述べる。女はまだ沈黙を守っていた。

 

「心配いらん。シンジへは私が直接説得する」

「ならば、正式パイロットとして登録する前の起動実験はダミープラグの実験も兼ねるべきです」

「何故そこまでしてシンジを守る」

 

 その言葉にリツコの女も吼えた。

 

「貴方のためです! 彼女だけでなく彼まで失うかもしれないんですよ! 一人息子を危険に晒してユイさんがどう思うと考えているんですか、ゲンドウさんっ! もしもの時、それで貴方は彼女に何て詫びるつもりです!」

「…………ユイは」

「許しませんよ。彼女は母にもなったんです。妻だけではないんですから。レイと擬似的な、ええ、ままごとのような子育てを経験した私でも分かります。母は子のためなら鬼にも仏にもなれる。昔の人は偉大ですわ。実に女の本性を言い当てていますもの」

 

 ゲンドウの希望的観測を斬り捨てるような鋭い口調でリツコは断言した。もう彼女の気持ちは全会一致である。この男の好きにさせてはいけない。父を慕うシンジの気持ちを踏みにじらせてなるものかと。それがゲンドウにも伝わったのだろう。はっきりと驚きを顔に浮かべ彼女を見つめていた。

 

「ダミープラグは一応初号機と弐号機にも組み込んでおきます。ただ、人の心や魂はデジタル化出来ません。あくまでもフェイク、擬似的なものです。人の真似をするただの機械であるという事をお忘れなく」

「……それでもいい。エヴァが動けばな」

「では、尚の事参号機で試すべきですわ。もし失敗して初号機が使えなくなったら怖いですから」

 

 そう言い切ってリツコは一礼し部屋を後にする。今度はゲンドウも呼びとめようとはしなかった。分かったのだ。今、彼女の気持ちは自分にない事が。女から母へ変わったリツコは、子供達の方を優先している。それを分かった上でゲンドウはそれを処分するつもりも罰するつもりもなかった。

 

「……シンジを大事にしなければユイが怒る、か。そうかもしれん……」

 

 一瞬ではあるが、リツコの言葉がユイの言葉に聞こえたのだ。思えば彼もミサトの父と同じく現実から目を逸らし続けていたのだ。父である事から目を逸らし、ただ男であり続けた。それをシンジが歩み寄る事で少しではあるが父として目を向け始めた。更にそこへ来てのリツコの怒声である。女としてだけでなく母としてのそれは、ゲンドウに強く響いた。

 

「まだ、シンジや赤木博士を失う訳にはいかん、か……」

 

 それでも彼はまだ現実を直視しようとはしない。あくまで自身の描くシナリオのためと、そう言い聞かせて動き出す。だが、それでもリツコの叫びに意味が無かった訳ではない。ゲンドウは携帯を使い、初めてシンジへ長文を打った。

 

―――お前に大事な話がある。いつでもいいので予定を空けられる日時を教えろ。出来るだけ早くが望ましい。

 

 見る者が見れば偉そうなと文句を言いそうな文面だが、ゲンドウを知る者からすれば驚きに包まれるだろう。何せ、彼が決めつけていないのだ。勿論シンジはすぐそれに気付き、喜びながらすぐさま予定を空けて返信したのは言うまでもない。

 

―――分かった。なら、今日の放課後でもいい?

―――それで構わん。話はこちらで通しておくからすぐに来い。

 

 不器用なやり取りだが、前進と言えるかもしれない。こうして司令室を訪れたシンジは、ゲンドウから参号機への乗り換えを命じられる。

 

「僕が参号機に?」

「そうだ。これは既に決定した」

「待ってよ。じゃ、初号機はどうなるの?」

「……使徒が初号機へ対応を始めているのは気付いているな?」

「うん、それは僕自身が一番実感させられたから」

 

 答えながらシンジはゲンドウが自分の身を案じてくれたのかを内心喜ぶ。それはある意味で間違っていない。だが、それはまだ彼が望む形とは違う。

 

「それを踏まえ、あの初号機は万一の際の切り札として封印する事になった」

「……そっか。これ以上使徒にあの初号機の能力を知られないため、だね」

「ああ。だから今週末にアメリカから最新鋭機である参号機が届く事になった。起動実験は松代で行う。そこへお前も同行しろ」

「分かった。参号機を動かせばいいんだね?」

「いや、起動実験は開発したダミーシステムで行う。今回はその実験も兼ねている。お前は万が一の際の保険だ」

 

 保険との表現に多少引っかかるものは覚えるも、シンジは特に疑問も持たず父が自身を案じてくれたと思って司令室を後にした。その背を見つめ、ゲンドウが複雑な心境になっていると知らずに……。

 

 一方その頃、リツコは自分の研究室でレイと相対していた。定例の勉強会である。辞書を開き、リツコが指した単語の意味と自分の中での具体例をレイが挙げてみるというものだ。

 

「じゃあ……レイ、これは?」

「信頼。信じて頼る事。具体的には私が碇君やアスカへ抱いている気持ち」

「エヴァでの戦闘中などで、が抜けているわ」

「日常生活でも同じ気持ちです」

「……そう、貴女らしいわね。ならこれは?」

「親愛。親しく思う気持ちなどを指す言葉。具体的には、アスカや碇君。それに赤木博士へ抱いています」

 

 その言葉にリツコは目を見開いた。先の二人と同じで、まさか自分を友人と思っているのかと。それを照れくさく思いながら苦笑いを浮かべる彼女へ、レイは小首を傾げて疑問符を浮かべる。何か間違ったのだろうかと思ったのだ。リツコとしては間違いと言い切れないのでどう指摘するべきかと、そう考えてまずはレイへ確認を取る事にした。

 

「レイ、私を友人だと思っているの?」

「いえ、博士は友人ではありません。ただ……」

「ただ?」

「親しみを抱いている相手です。何かダメな事でしたか?」

 

 今度こそ完全にリツコは言葉を失った。これがアスカやマヤならば、どこかでからかいや別の感情も混ざっているかもと思うのだが、相手は純真無垢なレイである。そこに込められた気持ちは純粋と言えた。

 

「……赤木博士?」

「あっ、ごめんなさい。ちょっと驚いたの。まさかレイが私へそう思ってくれていたなんてね」

「私も最初は何も思っていませんでした。だけど、こうやって色々な事を教えてくれている内に博士と会うのが嬉しくて、この時間も楽しくなったんです」

「嬉しくて楽しく、ね」

「はい。碇君もアスカも最近の私は変わったと言ってくれます。もっと私は変わりたい。学校の友達も増えつつあります。絆が、どんどん増えているんです」

 

 表情が自然と笑みへ変わるレイを見て、リツコは胸に迫るものを感じていた。気が付けばリツコはレイから顔を背けていた。それを拒否と取られないよう、彼女は手にしていた辞書を閉じて口を開く。

 

「今日はここまでにしましょう。申し訳ないけど、新しく来る参号機のせいで仕事が増えているの」

「分かりました。では、失礼します」

「ええ、気を付けて帰って」

「はい。博士もお仕事頑張ってください」

「っ……ええ」

 

 後ろで聞こえるドアの開閉音。それを聞きながらリツコは小さく笑みを零す。

 

―――ダメね。もう、私はコーヒーじゃなくなったみたいだわ。

 

 

 

 明けて翌日の昼休み。屋上には六人の男女がいた。とはいえ、その中の一人の少年はそこはかとない疎外感を感じていたが。その目はまず一組の男女を捉えた。

 

「いや、悪いないいんちょ」

「べ、別にいいよ。どうせ余り物だから」

「いやいや、もらえるだけありがたいちゅうもんや。ホンマにおおきに」

 

 トウジとヒカリは最早単なるクラスメイトとは思えないやり取りと雰囲気を出している。それに小さく羨ましいと呟き、少年は問題の三人を見つめた。

 

「どうよ! あたしの作ったお弁当は!」

「これは……」

「前より大分大人しくなったわ」

「これまでの経験を活かして野菜多めにしてみたわ。きんぴらごぼうにレンコンのはさみ揚げ、ミニハンバーグと山芋の天ぷら。とどめにご飯にはおかかを配置。どう? 完璧でしょ?」

「うん、たしかに今までで一番バランスはいいけど……」

「アスカ、市販品に頼り過ぎ。これ、アスカが作ったのおかかご飯とミニハンバーグだけ」

 

 その指摘にアスカが小さく呻く。そう、その通りだった。と、言うのも今朝は軽く寝坊してしまい弁当作りに取れる時間が少なかったためである。それでもアスカは言い訳をしようとはしなかった。いや、正確にはする前に必要がなくなったからだ。

 

「でも、バランス良く考えてあるし、悪くないよ。ちょっと油ものが多めだけど……全部市販じゃないし、手作りの方が美味しいハンバーグは自分でやってるし、足りない魚をおかかで補ってる辺りもいいと思う」

 

 シンジの品評にアスカはどこか嬉しそうに笑みを浮かべてレイへ視線を向ける。レイはそれを真正面から受け止めた。

 

「手作りだけが全てじゃないみたいよ、レイ」

「そうね。でも、出来る事ならそうするべきだわ」

「え、えっと……二人にはそろそろ教えておくべきだと思うけど、本来は夜のおかずの残りとかを活用するのが賢いやり方だよ?」

 

 火花を散らす二人へシンジはお弁当作りの基本を告げる。何せ、これまでの弁当を見ていると全てその日の朝に作っているのが分かったのだ。それはとても素晴らしいのだが、シンジとていつもそんな事をしている訳ではない。夕食の残りを上手く活用し、これまで弁当へと仕立ててきたのだ。シンジから告げられた当たり前の時間短縮術。それにレイとアスカは唸ってしまう。ここがシンジと二人の意識の差だった。

 

(二人共料理の腕を磨きたいんだろうけど、お弁当は基本余り物処理だしなぁ)

(出来るだけ手抜きしないようにって、そう思ってたんだけど……賢くやる方が受けはいいのかしら?)

(夕食の残り……あまり麺類は使えないわ)

 

 主婦な発想のシンジと乙女な発想の二人では根底からして捉え方が違っていたのだ。そんな三人を眺め、ケンスケは大きくため息を吐いた。

 

「俺だけ疎外感半端ないなぁ……」

 

 何しろ食べているのも誰かの手作り弁当ではなく購買の弁当。安定した美味しさではあるが、周囲を見ていると劣っている感が否めない。それでも箸を動かす手は止まらないのが成長期男子の悲しいところではある。

 

「ケンスケ、良かったら僕のはさみ揚げとその出し巻き交換してくれない?」

「いいのか?」

「うん、二個あるからね」

「じゃあ……」

 

 アスカの手作りではないが、彼女が用意した物には違いない。こういう発想で少しでも幸せになれるのが思春期男子のいいところでもある。こうしてシンジの弁当かられんこんのはさみ揚げは一つ消え、代わりに出し巻き玉子がやってくる。そして、それはシンジから更に別の相手へ。

 

「はい、綾波」

「……いいの?」

「うん。綾波、玉子焼き好きでしょ?」

「……なら、私は天ぷらを一つ渡すわ」

 

 はさみ揚げを嬉しそうに頬張るケンスケの後ろでこっそり行われる男女のおかず交換。アスカはそれとケンスケを視界に収めて小さく呟く。

 

―――何か、こうしてみると相田も少し哀れだわ……。

 

 あまりにもケンスケを不憫に思ったのか、アスカはこの後彼へ山芋の天ぷらを一つ恵んでやる事にした。それを、自分に気があるのかと探りを入れたケンスケの言葉で彼女が拳を握る事になるのだが、それは割愛させていただく。

 

 

 

「そう、ダミーで起動実験をね」

「ええ。ただ、もしもに備えてシンジ君も松代に来る事になったわ」

 

 リツコの言葉にミサトは耳を疑った。どうしてだと、その顔が告げている。無理もないかと思いながらリツコは出来るだけ淡々と事情を説明した。あの初号機へ使徒が対応を始めている事。今後を考え、初号機は切り札として封印される事。代わりのエヴァとしてシンジが参号機を使う事。それらを聞いてミサトは理解を示した。

 

「たしかに、前回の使徒やその前の使徒は露骨にあの初号機との戦闘を避けている。それは認めるわ。でも、だからって強力な戦力をわざわざ封じるのはおかしいじゃない」

「ミサト、気持ちは分かるわ。でも、逆に考えて。まだ使徒はあの初号機を恐れているの。使徒の進化や修正力はもう知っているでしょ? 追いつかれたらどうするの?」

 

 その指摘にミサトは即座の反論が出来なかった。何せ既に二度撤退を余儀なくされたのだ。両方とも初号機を完全に上回った訳ではないが、それでも苦しめられたのは事実。今後、あの使徒達よりも強く厄介な存在を初号機が生み出してしまうかもしれない。そう思ったのだ。

 

「私の言いたい事、分かってくれたみたいね。使徒が恐れているままで初号機を存在させたいの。たしかにあの初号機での戦い方に慣れているシンジ君を、今更になって別のエヴァに乗せるのは不安だわ。だけど、参号機は弐号機よりも高性能よ。それに、彼だって成長しているの」

「……信じろって事か。初号機ではなくシンジ君を」

 

 その言葉に頷くリツコ。だが、彼女もこうは言えなかった。それと同じで参号機も信じろとは。どこか重くなった空気を変えるべく、リツコはある話題を持ち出した。

 

「それと、封印処理をする前に初号機を使ってある実験を行うわ」

「実験?」

「そ。アスカが初号機に乗りたいと言っていたでしょ? だからそれをしてもらうの」

「へぇ、いつ?」

 

 ミサトの脳裏に張り切るアスカの姿が浮かぶ。それと、それに苦笑するシンジとどこかため息を吐くレイも。その想像が彼女の表情を笑みへと変えた。その笑みにリツコも笑みを返して口を開く。

 

「参号機起動実験と同じ日よ。無いと思うけど、参号機にも何か問題があったら初号機を使うしかないのだから」

「ま、それもそうか。……大丈夫よね?」

「事故の要因であると見られるS2機関は参号機には搭載されていない。だから大丈夫だと思うわ」

 

 煮え切らない返答のリツコに相変わらずだなと思いながらミサトは小さく息を吐く。絶対はないとの彼女の考え。それを今回も良い方に解釈しよう。そう思ってミサトは笑った。

 

「事故は起きず、シンジ君が乗らずに起動に成功する可能性がある。そういう事よね?」

 

 その言葉にリツコは苦笑しながら頷いた。

 

 同時刻、ゲンドウと冬月はジオフロントへ向かう車窓から外を眺めて会話していた。楽園や臆病者の街など、単語からしてあまり愉快な話ではない。と、いつしか話題はあの事故へと変わっていた。

 

「あの事故は委員会の差し金ではないとはな……」

「ああ。老人達も想定外の事だったらしい」

「ゼーレとしては、別の形で参号機をこちらへ受け入れさせるつもりだったか」

「多分な。だが、血相を変えながらもこれを利用しようとするのだから性質が悪い」

「そうでなければああはならんだろうよ」

「違いない」

 

 共に軽く笑い合い、彼らは再び視線を外へと向ける。

 

「死海文書にない事件、か。今更ではあるがな」

「あの初号機が完全に絡んでいない事は初めてだからな。老人達も困惑した事だろう」

「……上手く行けば今度のセカンドのシンクロテストが初号機の最後の起動状態だな」

「…………ああ」

 

 そこで完全に会話は途絶えた。初号機に対してゲンドウだけでなく冬月も思う事は多いのだ。ゲンドウが追い求める女性、碇ユイ。その彼女と初号機は密接な関係にあるのだが、それをまだシンジは知る由もなかった。

 

 

 

『第三管区の形態移行ならびに指向兵器試験は予定通り行われます。技術局3課のニシザイ博士、ニシザイ博士、至急開発2課までご連絡ください』

 

 そんなアナウンスの流れる中、加持はマヤと発令所で会話していた。

 

「せっかくここの迎撃システムが完成するのに祝賀パーティーの一つも予定されてない。そこのとこ、どう思う?」

「仕方ないですよ。碇司令がああいう方ですし」

「君はそれでもいいって?」

「いいとは言いませんけど、そんなパーティーやるぐらいなら、もっとシンジ君達へお金を使ってあげて欲しいですね」

 

 マヤの返しに加持は一本取られたという顔を見せた。それに楽しげな笑みを浮かべるマヤだったが、その視線が何かを見つけて苦笑に変わる。どういう事だと加持が問いかけようとしたところで、その理由が彼にもしっかり理解出来た。

 

「何若い子にちょっかいかけてるのよ、バカリョウジ」

「いや、これは他愛ない世間話だって」

「ふふっ、そうですね。でも、どこか手を出されそうな感じでした」

「おいおい」

 

 加持をからかうように笑いながらマヤはそう告げた。まさかの展開に加持としても頭を掻くしかない。勿論ミサトもそれがマヤなりの冗談と理解している。だからこそ彼女へウインクをして見せた。

 

「そう。ありがとう、伊吹二尉。仕事に戻ってくれていいわ」

「はい、ありがとうございます」

 

 加持の腕を引っ張りマヤから引き離すミサト。そしてある程度離れたところで彼女は彼を睨む。

 

「あたしがいるでしょうが」

「だから、そういうつもりじゃないんだって」

「ったく、そんな奴には委員会の奴らの情報あげないでおこうかしら?」

「っ!? ミサト、それは」

 

 予想通りの反応にミサトは内心でため息を吐く。やはり今の彼には、自分よりも夢中になれるものがあるのだと思い知って。

 

「どうも連中は時間がないって言ってたわ。使徒が人に興味を持った事を聞いて、ね」

「……という事はそろそろ大きな動きがあるか」

「ね、リョウジ。これって貴方にも当てはまるわ。本気で引き際を見極めないと」

「分かってる。だけど、もう少しなんだ。ミサトに辛い思いをさせてるのもちゃんと知ってる。だから、これが終ったらその分そっちに尽くす」

「その約束、果たす気ある?」

「ないはずないだろ? 俺の最愛の女性相手にな。何なら今すぐにでも苗字を変えさせるぐらいするさ」

「バカ……ん」

 

 軽く重なる唇。その温もりで目の前の男を行かせてしまう自分に呆れながら、ミサトは悲しげな笑みを浮かべて頷いた。そんな彼女の笑みに申し訳なさそうな顔を見せるも、男はその場から立ち去る。微かなタバコの匂いを残して。そうして出た先で彼は一人の少年と出会う。

 

「おや、シンジ君じゃないか」

「加持さん、こうして会うのは久しぶりな感じがしますね」

「まったくだ。……体の方はもういいのかい?」

「はい、おかげさまで。ミサトさん、発令所にいます?」

「ああ。何か用かい?」

「明日の出張に関しての打ち合わせがあるってリツコさんが」

 

 そう聞いて加持はならばと来た道を戻り、再びシンジを連れて発令所へ。ミサトへシンジがリツコからの伝言を伝え、今度は逆にミサトがその場を去る事に。残された男二人はどちらともなく見つめ合い、小さく苦笑する。

 

「どうだい、たまには男同士で一杯」

「加持さん、僕未成年です」

「分かってるさ。ちゃんとジュースにしておく」

「出来ればコーラかアイスティーがいいです」

「はっきり言う子になったな。いい傾向だ。男の仕事の九割は決断だからな」

「そうなんですか?」

 

 歩きながら会話する二人。どちらもこういう風に話すのは初めてだと感じていた。だから興味が湧いたのだ。互いが互いの事に。ミサトという一人の女性を介して意識している部分もあるかもしれない。とにかく、こうして二人が着いたのは休憩所。そこの自販機で加持がシンジ用に紅茶を買い、自分用のコーヒーを買った。

 

「ほら」

「ありがとうございます」

 

 長椅子に座り、プルタブを開ける二人。まず一口飲み、シンジから口火を切った。

 

「あの、さっきの言葉なんですけど」

「ん? ああ、男の仕事はってやつか」

「はい。九割も決断なんですか?」

「そうだって聞くな。俺も実際そんな感じがしてる」

 

 シンジから見れば大人の男である加持が言うと、何でもないような言葉が説得力を持つと彼は感じていた。

 

「じゃ、残りの一割は何ですか?」

「それは君が考えるべきだな」

「え?」

 

 ここへ来ての急な梯子外し。だが、加持は優しく笑みを浮かべながらシンジを見る。

 

「シンジ君、例え男の仕事の九割が決断だとしよう。だけど、みんながみんな残り一割まで同じじゃ意味がないしつまらないだろ?」

「つまらない……」

「ああ、その一割こそが個性なんだと俺は思う。あるいは、中には九割ではなく五割と考える奴もいるかもしれない。逆に決断は一割で、九割は違う事だと言う奴がいてもいい。個性や自由っていうのはそういう事さ」

 

 そう言うと加持は缶へ口をつける。シンジもそれを真似するように飲み口へ口をつけた。若干砂糖で味付けられた紅茶が喉を潤す。その甘味が自分の未熟さにも思えて、シンジは顔を歪めた。

 

「じゃあ、きっと僕の一割は甘さです」

「仕事の一割が甘さ、か。ふむ……いいんじゃないか?」

「えっ?」

 

 肯定されると思ってなかったのか、シンジは驚きを顔に出して加持を見た。加持は微笑んでいた。

 

「甘さってのは何も悪い事じゃない。何だってそうだが、要は使い方次第さ。シンジ君、たしか君は料理が得意な方だったな」

「え、はい」

「なら、人を一つの料理と考えよう。そうすれば甘さはいらないかい?」

「……どういう料理にするかにもよりますけど、絶対不要とは思いません」

「そうだ。つまり、世の中に無駄なもんはないって事だ。無駄があるとすれば、それは使い方が間違ってるか、あるいはその物の価値をそいつが見出せないだけさ」

 

 そう言い切って加持はシンジを真剣な眼差しで見た。思わずシンジも表情を引き締める。

 

「君は、どんなものでも価値を見出し使い切れるような人になってくれ。無駄や無価値なんて言葉を使わないような人に」

「……加持さんは?」

「俺は無理だった。もう気付いてるんだろ? 俺が葛城と昔付き合ってた事」

「はい、それと今もですよね?」

「ああ。その価値に、俺はつい最近まで気付いてなかった。無駄とは思ってなかったし思いもしなかったが、その本当の価値を見出せなかったんだ。俺は失敗作だ」

 

 先程の料理に例えての言葉にシンジは返す言葉が出てこない。加持はそんな彼に小さく笑い、気にしてないとばかりにコーヒーを飲む。それを眺め、シンジはふと返す言葉を思い付いた。

 

「そんな事ないと思います。加持さん、自分の残りの一割は何だと思います?」

「俺の……?」

「もしまだ分からないなら、失敗作とは言えません。残りの一割を加持さんが自分で決めて初めて完成です。そして、きっとミサトさんならどんな料理でも美味しいって言ってくれますよ。だって、もうミサトさんはその素材が大好きなんですから」

 

 思わぬ返しに加持は言葉を失った。子供故の優しさと大胆な発想。それが加持の心に深く響いた。そんな彼の反応にシンジは照れくさそうに頬を掻いた。大人に対して偉そうな事を言ったと思ったのだろう。

 

「シンジ君、そっちのを一口もらえないか?」

「え? いいですけど……甘いですよ?」

「ああ、いいんだ。今はその甘さが欲しい」

 

 差し出された缶を受け取り、代わりに加持は自分の缶を渡す。シンジはそれを受け取り、加持を見つめた。彼は甘い紅茶を飲み、やや表情を歪めて笑う。それはどこか嬉しそうな印象をシンジに与えた。

 

「かぁ~……俺には一口でいいな」

「だから言ったじゃないですか」

「すまない。で、そっちはどうだ?」

「え? 僕も飲むんですか?」

「おや? 俺の味は嫌かい?」

「別にそういう訳じゃないですけど……あと、何かその言い方は気持ち悪いですよ」

 

 加持に軽く煽られ、シンジは若干言い返しながら苦いコーヒーを飲む。その苦みはまだ彼には早かったようで、表情を大きく歪めた。それを見て加持は楽しそうに笑う。

 

「笑う事ないじゃないですかぁ」

「すまんすまん。俺も君ぐらいの頃はそうだったなって思い出してね」

「じゃ、僕もいつかこの苦みに慣れるんですか?」

「さてね。俺としては慣れないで欲しいもんだ。もしくは、好きにはならないでくれ」

「? 心配しなくても好きになれそうにないです」

「それは良かった。俺も好きではないが平気になってしまったんでね。大人になっても苦みを平気と思わない君でいてくれ」

 

 それだけ告げると加持はその場に缶を置いて立ち上がる。そしてシンジの手から缶を受け取るとそのまま廊下を歩いて去って行く。その背中を見送り、シンジは残された缶を手に取るとそれを最後まで飲み干す。

 

―――……やっぱりこっちの方がいいや。

 

 苦みよりも甘さが好ましい。そう強く感じるシンジだった……。

 

新戦記エヴァンゲリオン第十七話「四機目のエヴァ」完


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