エヴァだけ強くてニューゲーム 限定版   作:拙作製造機

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原作では過去と現在を繋ぐ話。重要かとも思いましたが、ある意味元の話一番のメインである要素が消えているのでオリジナル話。ただ、部分部分の過去は出て来ますが。


第二十一話 アスカ、再誕

 参号機が起動し、アスカとレイがシンジの告白を受け彼女となった次の日、少年は父に呼び出されて司令室にいた。今までなかった椅子が用意されていて、そこに腰掛ける形でシンジはゲンドウと対面していた。

 

「さて、この前の話だが」

「うん、初号機と母さんについてだね」

「……お前が見た夢はきっと現実が下地になっている」

「どういう事?」

 

 シンジの問いかけにゲンドウは語り出す。それは、彼の妻がいなくなってしまった日の記憶。幼いシンジが最後に見た母の思い出。

 

「今から10年以上前になる。まだこの組織がネルフではなくゲヒルンと呼ばれていた頃の話だ。そこでお前の母さんは研究員をしていた。そして、彼女は幼いお前を連れ立ってここへやってきた。その日、ユイはある実験を行う事になっていたからだ」

「実験……」

「ああ。本来であれば幼いお前を連れて来る場所ではなかったが、ユイは、母さんはお前に見せたかったらしい。人の明るい未来というものを」

「人の、明るい未来……」

 

 一体何を母は見せたかったのだろうか。そう思うシンジへゲンドウは気付かれぬよう一度だけ小さく深呼吸をした。それだけ今から話す事は重みを持っていたからだ。

 

「ユイは、お前の母は初号機のコアの中にいる。それが私が初号機を失いたくないと言った理由だ」

「……母さんが、エヴァの中に?」

「ああ。おそらく今もあの中で生き続けている。遺体がないと言ったのはそういう事だ」

 

 そこでシンジはある事を思い出した。それはリツコがこれまでの中で見せた反応。初戦の後に聞いた声が女性で聞き覚えはないかと尋ねてきた事や、あの零号機とのシンクロ後にやや焦り気味な感じで色々と聞いてきた事。それらは彼女も知っていたからだと理解した。母がエヴァに取り込まれたからこそ、彼が聞いた声がユイではないのか。彼もエヴァへ取り込まれるのではないかと心配したのだろうと。

 

「その事、リツコさんも知ってるんだよね?」

「ああ、そうだ」

「……もしかして弐号機にはアスカのお母さんがいるとかないよね?」

 

 何気ない思いつきだった。もし自分が初号機に選ばれたとしたら、アスカが弐号機に選ばれたのもそういう事ではないかと思っただけ。だが、残念ながらこういう時程そんな勘は当たるもの。ゲンドウは一瞬息を呑んだのだ。そこでシンジも分かった。やはりそうなのだと。しかし、そう思った瞬間、一つの疑問が彼の中に生まれた。では、どうしてレイは零号機に選ばれたのだろうと。シンジのその疑問をゲンドウも気付いたのだろう。今まで見た事ない程の渋い顔をしていた。

 

「父さん、お願いだよ。僕に話せるのなら話して欲しい。隠し事をされるのはもう嫌なんだ」

「……しかし、これはお前にとっても気分のいい話ではない」

「それでもだよ。僕は父さんを信じるよ。どんな事をしてきたかは知らないけど、それは全部母さんのためなんだろうって」

「シンジ……」

「エヴァに人には言えない秘密があるのはもう何となく分かった。だけど、話せる事は話して。もう綾波の事も他人事じゃないんだ」

 

 その言葉に疑問符を浮かべるゲンドウへシンジは少しだけ照れを見せる。だけども、恥じる事なく告げたのだ。

 

「実は、アスカと綾波へ告白したんだ。それでOKをもらえて……」

「……レイとセカンドチルドレンを彼女にしたのか?」

「う、うん。いつまでそんな関係でいられるか分からないけど、僕は全力で守りたいと思う」

 

 驚きを見せたゲンドウへシンジは出来るだけ力強く自分の気持ちと考えを告げた。そこに男の覚悟を見たのか、ゲンドウは呆気に取られながらやがて笑い出した。その声にシンジは驚いて目を見開いた。あのゲンドウが声を出して笑ったからだ。

 

「と、父さん?」

「……すまんな。まさかお前がそこまでの男だとはな」

「どういう意味?」

「好きな女が二人いたとして、何とかどちらかを選ぶのが普通の男だ。だが、お前は違った。両方欲しいと願い、そのために勇気を出した。欲張らなければ片方は手に入るとしても、両方でなければ意味がないとな。お前はとんでもない大物か、あるいは大馬鹿のどちらかだな」

「そこまで言う事ないじゃないかぁ……」

 

 褒めているのか貶しているのか分からない言葉にシンジは拗ねるような声を返す。それにゲンドウは小さく笑い、同時にこう思った。まさしく自分の子供だと。ゲンドウはユイを失って片方だけを求めていた。だが、最近になって両方欲しいと欲張るようになった。自分のためだけではなく、シンジのためにユイとの再会をと。

 

「これは褒めているんだ。私ではそんな選択は出来ない。事実、私はつい最近までユイと再会する事ばかり考えていた。お前の事をまったく見てやれてなかった」

「父さん……」

 

 どこかで分かっていた事だった。それでもやはりゲンドウの口から言われると心にくるものがある。それでも、シンジは落ち込まない。何せゲンドウは言ったからだ。つい最近までと。ならば今は違うという事だ。その証拠にゲンドウは苦笑いを浮かべている。

 

「お前のおかげで私もようやく親らしくなれた。親は子と接する事で親になると聞いた事がある。そういう意味では、私を成長させてくれたのはお前だ」

「そんな事ないよ、父さん。僕だってたくさんの人達に支えられてここまで来たんだ。その中には父さんだっている。だから自信を持ってよ」

「……シンジ」

「そういう意味なら僕はずっと父さんの背中を見てきた。いつか追いついて振り向いてもらうために。やっと届いたんだね、僕の気持ち」

「っ……ああ、届いた。しっかりと、この心に」

 

 力強く頷くゲンドウにシンジも頷き返す。そのまま見つめ合う親子。と、そこでシンジはぼんやりと思い出す事があった。それは先程の話で出て来た状況。母が初号機のコアにいる事となった件だ。

 

「父さん、もしかして僕ってエヴァを見た事ある?」

「……ああ。ユイが実験を行ったのが初号機だからな」

 

 こうしてシンジの中で全てが繋がった。何故自分が初号機に乗れるのか。何故最初の出会いの際、落石から初号機が守ってくれたのか。そして時折聞こえる声はおそらく母ではないかとも。そこまで思えばシンジがこう問いかけるのは当然と言える。

 

「アスカのお母さんも母さんと同じ?」

「いや、彼女はサルベージされた。ただし、どうやら肉体だけで心までは完全にサルベージ出来なかったようだ」

「どういう事?」

 

 言っている意味がよく分からないシンジに対しゲンドウは表情を歪めた。この話は部外者である自分が話すよりも、シンジ自身が彼女としたアスカ本人から聞くべきと思ったのだろう。

 

「……それはセカンド、いやアスカ君から直接聞け。それぐらいこれは彼女の中で大きな問題だ。私にとってのユイ以上の喪失とも言える」

「父さんにとっての母さん以上……」

 

 それだけでシンジにもアスカの抱える問題の重さが分かった。だからこそ触れていいものかも迷う。そんな彼の葛藤を察してゲンドウは経験談から意見を送った。

 

「シンジ、迷うな。まずお前が知った事を彼女へ話せ。エヴァ初号機に自身の母が眠っていると。そこから彼女が話せばよし。話せなければ、お前から話を振ってやれ。彼女が弐号機に選ばれた理由も同じではないかとな」

「……僕とアスカは同じ理由でエヴァに選ばれたかもしれないって?」

「ああ。こちらとしてもそうとしか思えない。ユイやキョウコさんが自らの子供を呼んでいるんだろう」

 

 言い終わるとゲンドウは息を吐いた。彼は内心で驚いていたのだ。シンジの勘の鋭さにである。レイの選ばれた理由に何か重大な秘密があると察してくる辺りもだ。きっとかつての彼であれば面倒なと思っただろう。だが、今の彼にとっては嬉しい事だった。息子の成長を感じられる事。それが何よりの喜びだったのだから。故にこの話題が出て来た。

 

「ところでシンジ、今後の住まいはどうする?」

 

 間違いなくその問いかけにシンジはやや戸惑いを浮かべる。考えていなかった訳ではない。だが、一つ問題があったのだ。それを解決しない内はミサトの部屋を出る訳にはいかないとの気持ちが彼にあった。

 

「えっと、ゆくゆくは父さんと一緒に暮らしたい。でも、その前にミサトさんへ確かめないといけない事があるんだ」

「葛城君に? 一体何だ」

「その、ミサトさんは家事が苦手で僕がそれをやってるんだ。だから、僕がいなくなった後の事をね」

「……そういう事か。道理でお前からユイと似た雰囲気を感じる訳だ」

「え?」

「家の事をやる者は基本的に強い。何せその家の全てを押さえている。生活の胆を握っている者は、自然に自信と強さを身に着けるものだ。まぁ、お前の場合は他の成長がそれをより顕著にしたかもしれんが」

 

 やや小さく笑うゲンドウを見てシンジは悟る。おそらくゲンドウもユイにそういう面で抑えられていたのだろうと。だから自分にも弱いのかもしれない。そう考え、シンジは軽くため息を吐いた。どうやらどこに行っても自分の役割は同じようだと察して。

 

「父さん、ちなみに家事は?」

「…………察しの通りだ」

「はぁ……分かった。引っ越しするまでは無理だけど、一緒に暮らす事になったら引き受けるよ」

「……頼む」

「うん」

 

 こうして二人の話し合いは終わった。だが、シンジはしっかり釘を刺す事を忘れなかった。

 

―――綾波に関してもちゃんといつか話してね。

 

 忘れていないぞと、そうゲンドウへ告げたのである。その抜け目の無さにゲンドウは言葉に詰まり、一人になった司令室で天を仰いだ。しかし、その顔はどこか苦しそうに見える。レイに関する話こそ、アスカの母の話よりもシンジが嫌悪する可能性が高いものだったからだ。

 

―――嫌われるかもしれんな。だが、黙っているよりも話す方がいい。向き合ってくれたあいつにしてやれる、俺の唯一の事だからな。ユイ、お前もそう思ってくれるだろう?

 

 

 

 ゲンドウとの話し合いを終えたシンジは一人帰路に着こうとしていた。だが、その前にふと発令所へと足を伸ばす。それはあの見舞いへ来てくれた人達への礼をするためだ。久しぶりとなるその道を感慨深く歩きながら、彼はその中へと足を踏み入れた。

 

「こんにちは」

「あら? シンジ君?」

「もう体の具合はいいのか?」

 

 まず気付いたのはマヤ。続いてシゲル。マコトはそこにいなかった。それにミサトの姿もない。どこにいるのだろうと思いつつ、シンジは二人へ笑みを浮かべた。

 

「はい。こうして会うのは久しぶりですね、マヤさん、シゲルさん」

「ああ、そうだな。最後は病室だもんな」

「本当にここで会うのは久しぶりだね。今日はどうしたの?」

「えっと、父さんと今後の住まいについて相談を」

「ああ、葛城三佐が言ってたなぁ。もう自分が保護者する必要はないかもって」

「じゃ、シンジ君、司令と一緒に暮らすの?」

「まだですけど、いずれは」

 

 そう照れくさそうにシンジが答えると二人は小さく驚きつつ、嬉しそうに笑みを返した。彼らとしても二人きりの親子が共に暮らすようになる事は喜ばしかったのだ。何より、最近のゲンドウは、今までと違い実に血の通った人間らしく思えているために。

 

「そうか。良かったな」

「はい」

「司令も乗り気なの?」

「むしろ父さんの方がそうして欲しいそうです」

「「へぇ……」」

 

 心底意外とばかりの声を揃えるマヤとシゲルにシンジが堪らず笑う。そんな彼の笑いに二人も小さく笑った。そうやって笑い声が少し治まったところで、シンジは気になっていた事を尋ねた。

 

「あの、そういえばマコトさんとミサトさんは?」

「ああ、あいつはアスカとレイに協力を頼まれて第2実験棟」

「葛城三佐は先輩の研究室だよ」

 

 二人の答えに頷き、シンジは小首を傾げる。一体アスカとレイは何にマコトを協力させているのだろうと。その二人は第2実験棟で、マコトがやっていた作業の集大成である第十四使徒の攻撃法まとめを見ていた。あの後部屋で二人は話し合い、レイの参号機の強みに出来るかもしれない部分を聞いてアスカが思いついたのだ。

 

―――まずは使徒の攻撃から何か掴めるかもしれないわ。

―――……敵を知り己を知れば百戦危うからず?

―――ま、そんなようなもんよ。

 

 要するにレイが参号機で使徒の力を発現させた時に備え、具体例をしっかりイメージしようとしたのである。そこで早速とばかりにあの初号機を追い詰めた使徒戦の記録を貸してもらいに発令所を訪れ、話を聞いたミサトがマコトの作業を思い出し、それを伝える事で現状となっていた。第2実験棟には参号機と弐号機が運び込まれており、この思いつきをミサトやリツコが正式に承認した事がそこから窺える。

 

「こんなもんだけど、どうだい?」

「……やっぱ、参号機はあれよね」

「ええ。腕を増やすか再生能力」

「となると、実戦向きなのは腕増やし?」

「かしら」

 

 少女二人の話を聞いてマコトは腕を組んで考えた。もし仮に参号機が使徒の力を有しているなら、それは別の形ではないかとも思ったからである。あの増えた腕は使徒従来のものではないか。そう考えたからだ。

 

「待ってくれ。そう簡単な話じゃないかもしれないぞ。あの腕が元々の使徒の物なら今の参号機は再現出来ない。出来るとしたら、それはあまりいい事にならないだろうし」

「じゃ、どうしろって言うのよ?」

「まずは参号機の性能を確かめた方がいい。従来の性能より強化されている可能性は十分ある」

「そうね。日向二尉の言う通りだわ。基本性能から向上しているならそれもまた強み」

「ん。そう言われるとそうね。じゃ、レイはそれをやってて。あたしはもう少しこれを見て考えるわ」

「ええ」

 

 こうして二人はそれぞれで分かれて動き出す。アスカは一人映像とにらめっこ。レイはマコトにオペレートしてもらいながら参号機の性能を確かめていく。やはりというか、参号機は従来よりもそのフィールド強度や運動性などが向上しており、元々を上回るスペックを示した。

 

「日向二尉、どうですか?」

『ああ、これは凄いよ。あの初号機とは比べられないけど、それを抜けば完全一番の性能だ』

「そうですか。でも、それじゃダメ。あの初号機の援護や支援にはもっと何かが必要です」

『かもしれないね。だけど、まずは自分の事をしっかり考えるべきだ』

「自分?」

『そう。シンジ君が今回病院を抜け出してまであの使徒と戦ったのは、どうしてか分かるだろ?』

 

 その問いかけは今のレイにとっては顔を熱くする問い。大好きな彼氏が自分を守るために、あの約束を守るためにやってくれた行動なのだ。だからこそ、その答えもすぐ浮かんだ。

 

「私やアスカを守りたいから?」

『僕もそう思う。だから、まず君達は自分自身を守る事を第一に考えよう。そこから彼の援護や支援だ。現状シンジ君の乗る初号機が一番強い。その性能を十二分に使いこなして彼が戦うなら、その背を守るよりも自分達を守る方がよっぽど援護になる』

「……そうですね。でも」

『分かってる。守られるだけは嫌なんだよね。だけど、今の事を頭に入れて動くべきだ。まず君が自分を守る事。それが一番のシンジ君への援護だってね』

「はい」

 

 マコトの言葉でレイは思い出す。あの告白の際に言われた新たな誓いを。シンジは二人の盾になる事を改めて誓った。なら、それは戦闘でも同じ事。つまり、レイやアスカが無茶をすればそれをフォローするためにシンジが動いてしまう。こう考えればマコトの言った言葉は十分正解だった。

 

 一方でアスカはウンウンと唸りを上げそうなぐらい頭を回転させていた。第三使徒から第十三使徒までの攻撃。それらを見つめ何か役に立つものはないかと探していたからだ。だが、そんなものが簡単に見つかるはずもない。なのでならばと今度は初号機と第十四使徒の戦いを見つめる。しかし、そこにも現状を変える手がかりになりそうなものを見つけられない。

 

「……ダメだわ。一度発想を変えましょう。弐号機で出来そうな事じゃなく、出来たらいいなと思うものぐらいの感覚で」

 

 そう自分へ言い聞かせ、アスカは再度映像を見返していく。と、その目はある部分で見開いた。慌てて映像を戻し、その部分で停止させる。

 

「……これ、そんな事してたの?」

 

 彼女が見ているのはマコトの作った比較映像。その中の一つである、とある箇所だ。そこは第十四使徒が初号機へ遠距離攻撃を放っている場面。そこにはその攻撃が第十使徒と同じ原理であると説明されており、その内容がアスカの目を惹いたのだ。

 

「ATフィールドを打ち出して遠距離攻撃にしている……。距離などに威力を左右されず、空気抵抗などによる減衰もない。ATフィールドって、そんな風にも使えるのね……」

 

 まさしく発想の落とし穴。防御用のものだと思っていた物が、物理的に質量があるのだから攻撃にも転用出来ると、ここでアスカは知った。そして、それが分かれば聡明な彼女はある可能性へ行き着く。

 

「エヴァにも同じ事が出来るかもしれない……」

 

 思い立ったら即行動。アスカはマコトへと近付き、ある事を頼んだのだ。

 

―――今までの初号機関係の戦闘データ、全部見せて。

 

 その後、アスカは初戦から順に初号機の戦闘を見返していく。すると、その目が遂にあの光景を捉えたのだ。そう、第五使徒戦において初号機がやった風除けとしてのフィールドの使用法である。そこでアスカは確信した。間違いなくエヴァもフィールドを活用しての攻撃が可能だと。

 

「日向二尉、あたしも弐号機に乗るわ。ちょっと試してみたい事が出来たの」

「いいけど、何をするつもりだい?」

「上手く行けば弐号機は強みを持てる、とだけ言っておくわ」

 

 どこか嬉しそうに告げ、アスカもエヴァへと乗り込むべく動き出す。レイが参号機で見守る中、まだ片腕がないままの弐号機は残った腕を突き出すように構える。

 

「フィールドを掌へ収束させるイメージよ、アスカ……」

 

 目を閉じて自分へ言い聞かせるアスカ。それに呼応するように弐号機も静かに佇む。だが、マコトは計器の示す事に驚きを浮かべていた。弐号機のフィールドが、機体正面ではなく突き出した掌だけに展開されていたからだ。まるでフィールドを意識して展開させているようなそれに、彼は思わず唾を飲む。

 

「し、使徒が出来る事をエヴァも再現可能? それは……もしかして……」

 

 どこかで考えないようにしていた事だった。そもそもどうしてエヴァだけが使徒と同じフィールドを持つのか。その理由はある仮定をすれば至極簡単だったのだ。エヴァは使徒と同じ存在であると。マコトはそれに気づき、同時に疑問を抱いた。ではどうやってエヴァは生まれたかという事だ。そして、彼はそれを考える事が何に繋がるかも察した。

 

(これはきっと最高機密だ。僕がこれを調べ始めれば確実に目を付けられる。でも……)

 

 死の危険を感じ取りながら、マコトは目の前を見つめた。そこにいる二機のエヴァに乗る二人の少女の事を考えて。

 

「……だからってあの子達をそんな危険な物に乗せ続けていいのか?」

 

 自分への問いかけ。もっと言えば、彼自身の良心への問いかけであった。答えは当然NO。だが、だからといってすぐに動き出す程彼も愚かではない。この事に関して相談出来る相手がその頭に浮かんでいたのだ。それはミサト。当然と言えば当然の相手である。そしてこの決断こそが彼の命運を分けた。

 

 マコトがある決意を固めている目の前で、弐号機はその掌へ展開したフィールドをどうすればいいのか戸惑っていた。アスカも感覚で分かったのだ。フィールドが自分のイメージ通りに収束している事を。だが、そこからどうやって打ち出せばいいのかで困っていたのだ。

 

(どうしよう? 使徒はこれをどうやって打ち出していたの? 何か合図になるような動きはなかったし、やっぱり無理なの?)

 

 そう思った瞬間、彼女の頭の中へ微かに声が聞こえた。それは女性の声。

 

―――撃ち出す事を意識しなさい。

 

 どこか懐かしいような気もする声にアスカは微かに眉を動かすも、言われた通りに連想していく。

 

(撃ち出す……射撃……引き金を引く……)

 

 ぼんやりとしたものが次第に明確な像を作り出していく。アスカの中で掌は銃へと変わり、フィールドはそこに込められた弾丸と変わる。そして遂にその時は来た。

 

「フォイアッ!」

 

 声と共に掌から打ち出された収束フィールドは、見事に実験棟の特殊外壁を貫いてみせた。その威力にアスカだけでなくレイやマコトも言葉を失った。

 

『……アスカ、今のは?』

「……レイ、やったわ。これであたし達にもあの初号機と近い攻撃力が出せる」

『どういう事?』

「ATフィールドよ。それを収束させて攻撃に転用するの。第十四使徒や第十使徒みたいにね」

 

 噛み締めるようなアスカの言葉にレイは驚きながらもある判断を下した。それは実に彼女らしいものと言えるだろう。

 

―――なら、それはアスカが磨いて。私は別の方法で強みを作るわ。

―――どうしてよ?

―――同じ強みじゃ意味がない。私はこの参号機で足掻いてみる。私達の関係はじゃんけんでいたいから。

 

 その例えにアスカは反応に困り、ややあってからその意味を察した。使徒がどんな手を出してきても誰かがそれに勝てるようにする。あるいは有利に出来るようにするためと。だからレイはアスカの見つけた強みを彼女だけにし、自分は自分だけの強みを考える事にしたのだ。

 

「……レイって意外と強情よね」

『アスカに言われたくないわ』

「あら言うじゃない」

『ええ。だから仲良くなれたんだわ、私達』

 

 さらりと告げられた言葉にアスカは思わず言葉を忘れ、その後嬉しそうに笑い出した。その声を聞きながらレイもまた笑う。マコトはそんな二人のやり取りを聞きながら苦笑した。

 

「女の友情、か。大抵男が絡むと崩壊するもんだが……なぁ」

 

 むしろ男が絡む事で強くなるとは。そう思って彼も小さく笑った。気付いたのだろう。彼女達の友情の切っ掛けがその男だった事を。あの共同生活初日の事は彼らも知っている。故に分かったのだ。あの時のシンジが取った言動こそが今の根底を作ったのだと。と、そこで彼はある現実的な問題を思い出して頭を抱えた。

 

「これ、僕も始末書ものかなぁ……」

 

 それは、弐号機が特殊隔壁に作った実験棟の穴だった……。

 

 

 

「それでミサトさん達に呼び出し喰らってたんだ」

 

 本部から地上への長いエスカレーターでシンジは苦笑していた。彼の視線の先には不機嫌そうなアスカがいた。その隣には小さく笑みを浮かべるレイもいる。

 

「そうよ。ったく、おかげで新しいエヴァの攻撃法が出来たからいいじゃない」

「フィールドを収束してぶつける、かぁ。たしかに似たようなの使徒がやってたよ」

「それをアスカは参考にしたみたい。でも、まさか成功させるとは思わなかった」

「ああ、うん。あたしも同じ気持ちよ。何ていうか、出来る気がしたのよね……」

 

 ふと思い出す弐号機の中で聞いた声。あの瞬間、彼女は何故か懐かしさと安心感を覚えたのだ。だが、それがどうしてかまでは分からない。その苛立ちもあって、今のアスカはやや情緒不安定であった。それでも今の彼女には抜群の精神安定剤ともいえるものが存在している。その存在は不機嫌そうなアスカへ笑みを向けていた。

 

「とにかく、まずはおめでとうかな? それと、笑って欲しい。その、そういう顔も嫌いじゃないけど、僕は笑顔のアスカが一番好きだから」

「っ!? も、もう! 何言い出すのよ、このバカシンジっ!」

「アスカ、笑顔になってるわ」

「う、うるさいわねっ! 別にいいでしょ!」

 

 シンジから顔を背けるアスカだったが、そちらにはレイがいる。そのため彼女には丸分かりで結果としてシンジへも知られてしまう。それでも既に先程までの不機嫌さは消えていた。そう、アスカが一番嫌がる事は好きな人に見てもらえなくなる事。そういう意味で言えば、今のシンジの言葉はこの上ない特効薬だ。何せ、どんな彼女も見ているし好きだと言ってくれたのだから。

 

「でも碇君。アスカだけ?」

「あ、綾波もだよ? ええと、本当に。嘘とか誤魔化しじゃない。綾波も一番笑顔が好きだから」

「そう。なら信じるわ」

 

 柔らかい笑みを見せてシンジに返すレイ。そしてまるで示し合わせたかのように少女二人がシンジの手を掴む。それはいつかやった恋人繋ぎ。エスカレーターで上へ向かうシンジの一段下で、アスカとレイが笑顔を浮かべてその手を繋ぐ。その温もりが嬉しくてシンジは中央へ寄って二人へ笑みを向けた。それだけで二人は何かを悟り、小さく苦笑して彼の両隣へと足を踏み出す。

 

「ちょっと狭いわ」

「なら、こうすればいいのよ」

「あ、アスカ? これだとその……」

「碇君、嫌なの?」

「そうそう。嫌じゃないなら文句ないでしょ?」

「む、胸が当たってるんだよぉ」

 

 若干困るような情けない声を出すシンジだが、そんな彼へ二人の少女は顔を少しだけ赤めて同時に返した。

 

―――だから聞いてるでしょ? 嫌なの?

 

 見事に少年は沈黙し、少女二人もまた沈黙した。そのまま三人はエスカレーターが終わるまでそのままだった。それでも嫌がる事はなく、三人は手を繋ぎ続ける。

 

「そうだ。その、二人に聞いて欲しい事があるんだけどこれから部屋へ行ってもいいかな?」

「別にいいわよ。あっ、でもその前に買い物行っていい? もう牛乳が無くなりそうなの」

「アスカ、卵も。たしか今日は1パック御一人様100円だった」

「なら僕も買おうかな。で、今日は玉子料理にしようよ。僕が作るからさ。何がいい?」

「「じゃあチーズ多めのオムライスで」」

 

 揃って告げられたオーダーにシンジは少し言葉を失ってから微笑みを浮かべて頷いた。三人にとっての思い出のメニュー。そこからあの日々を思い出すシンジ。きっとアスカとレイもそうなのだろう。三人は揃って懐かしむように笑みを零し、そのまま街を歩き出す。あの時は手を繋いでもいなかった。ある時は手を繋いで動けなくなった。それが、今は平然と歩けるようになっている。それもゆっくりと揃いの速度で。シンジが引っ張るのでも、アスカとレイが引っ張るのでもない。三人揃って指を絡めて歩いていたのだ。

 

「ね、シンジ。聞いて欲しい事って何?」

「また告白?」

「えっと、ある意味告白であってるよ。愛のとかはつかないだけで」

「あら、別にいいのよ? 何度だってあたしやレイに愛を囁いてくれたって」

 

 どこかからかうようなアスカだが、今のシンジにそれは悪手と言えただろう。最早隠す事はしないと決めた彼には。

 

「あ、えっと……大好きだよアスカ、綾波。こ、これでいいかな?」

「……アスカ、気を付けてね」

「ええ、分かったわ。んもう! シンジがここまでバカシンジだなんて!」

「な、何だよ。アスカがああ言ったから僕は」

「碇君、そういうのは嬉しいけど場所を考えて欲しいわ。その、こういうところでは恥ずかしい……」

 

 顔を真っ赤にする少女二人。少年も多少赤いが二人程ではない。少女二人の反応に少しだけ憮然とする少年ではあったが、その本音は絡めた指が教えてくれているので文句は言えなかった。それと少しだけ寄せられた温もりも彼へ二人の気持ちを強くさせる。この温もりを守りたいと。一方で少女二人も少年から感じる確かな頼もしさにこう思っていた。この温もりに寄り掛かりたくはないと。

 

(アスカと綾波は僕が守るんだ。みんなが変な目で見るような関係にさせちゃったからこそ、僕が二人の盾になる。それが男の仕事だよね)

(何よもう。あの日からまたカッコよくなっちゃってさ。……あたし、ダメになりそう。シンジが頼もしくなればなるほど甘えたくなる。いいのかな? ダメなあたしでもシンジは受け止めてくれる? 好きでいてくれる? ……一度聞くだけ聞いてみよ。で、どちらにしても甘えきるのは止めておくわ。シンジのパートナーでいたいもの)

(碇君はやっぱり温かい。アスカとは違う温もり。お母さんとも違う温もり。これは何? 恋人の温もりは他の温もりとは違うの? ……分からない。今度お母さんに聞いてみよう)

 

 不意に三人はふと想う相手が気になり、それぞれ行動を起こす。シンジはその場で止まり、二人は彼へ視線を向ける。丁度シンジが足を止めた事もあり、二人が振り返る形となった。赤と青の瞳が少年を見つめる。その美しさに彼は魅入られた。対照的な少女二人。性格も瞳の色も正反対。だけど、そんな二人が揃って自分へ想いを寄せてくれている。それを改めて噛み締め、少年は笑顔を浮かべて問いかけた。

 

「何?」

「「っ!? 何でもないっ!」」

 

 これまでも心をときめかせてきた少年の笑顔。そこに紛れもない強い愛情が込められればどうなるか。答えは明白である。少女二人はその笑顔に一気に心拍数を上げ、直視できなくなって顔を背けたのだ。その反応にシンジは軽い驚きを見せるも、すぐに苦笑して絡めた指へ少しだけ力をこめた。

 

「そっか。じゃ、行こう。買い物しないといけないんだっけ」

「そ、そうね。行きましょう」

「ええ、碇君からオムライスの作り方、教えてもらいたいもの」

 

 少年の愛を感じて二人は小さく微笑む。こうして再び三人は動き出した。その伸びる影は重なり合い、まるで一つの大きな影のようになっていた……。

 

 

 

 いつかの時と同じ場所、同じ人間。それで行った料理と食事は三人にまた新しい感覚を与えていた。あの時は訓練でまだ三人は友人にもなっていなかった。それが今は友人どころか恋人である。久々の三人での洗い物をしながら彼らは思った。これが日常になったらいいのにと。そうして彼らはリビングで向き合っていた。シンジがこの部屋を訪れた目的である聞いて欲しい事のためである。

 

「それで? 一体あたし達に何を聞いて欲しいのよ?」

「うん、実は父さんとその内同居する事になるんだ」

「そう。おめでとう碇君」

「あ、ありがとう」

「そうね。良かったじゃないシンジ。で、それ?」

「あ、えっとこれはついでかな。聞いて欲しいのは、僕がどうして初号機パイロットに選ばれたかが分かったからなんだ」

 

 その切り出しに二人は目を瞬きさせた。それはそうだろう。その理由は彼女達が今まで考えてこなかったものだったからだ。シンジも、二人の反応から当たり前になり過ぎていて考えた事がなかったと察した。

 

「シンジ、どういう事よそれ」

「ええ、エヴァに乗れる理由が分かったって」

「……実は、僕の母さんが初号機のコアの中にいるんだ。父さんがそう教えてくれた」

 

 青天の霹靂とはまさにこの事だったろう。アスカもレイも想像の上をいった答えに表情を失った。シンジはそれでも構わず話を続けた。

 

「昔、ある実験をやった時に母さんはエヴァに取り込まれたみたい。で、父さんは何とかして母さんをエヴァから出そうと考えてる」

「シンジの……ママが……」

 

 アスカの呟きにシンジは視線を動かす。その表情は白い。何せ彼女も似たような経験をしている。そこから自分が弐号機パイロットに選ばれた理由を察しているのだ。と、そこでシンジは思っていた事を告げる。

 

「あの変化した初号機から聞こえた声は、もしかすると母さんなのかもしれないんだ。ううん、僕はそう信じたい。だから僕を初号機は守ってくれたんだ。あれが、今の母さんに出来る唯一の愛情表現なんだと思う」

「愛情表現……今出来る唯一の……」

「アスカ? どうしたの?」

 

 隣のレイがアスカの異変に気付く。そしてアスカはその問いかけに顔を上げ、シンジを見つめてきた。

 

「……シンジ、それ本当?」

「父さんが教えてくれた事? それとも初号機が僕を守ってくれた事?」

「全部よ。本当にシンジのママがエヴァの中にいて、何度もシンジを守ってくれてるの?」

「うん、絶対そうだと思う」

 

 力強く頷いてシンジはアスカを見つめ返した。その優しくも強い眼差しにアスカは少しだけ躊躇いを感じるも、それでも深呼吸をしてぽつりと告げた。

 

―――あたしも、あたしのママも昔エヴァに取り込まれたの。でも、あたしのママは助け出された。

 

 そこから始まる話を聞いてシンジはゲンドウが何故彼自身で話さなかったかを理解した。アスカはもう一人のシンジだった。いや、それよりも辛い境遇に置かれたとも言える。何故なら彼女は必死に努力し振り向いてもらおうとして、最後までそれをしてもらえなかったのだから。想像するだけでシンジは胸が痛くなる。それと同時にそんな事を思い出させ話させる事も。

 

「それで、あたしが弐号機のパイロットになったその日、ママは」

「もういいっ! ごめんアスカっ! もういいからっ!」

 

 気付けばシンジはアスカに駆け寄り抱き締めていた。その強い抱擁と温もりがアスカの気持ちを現実へ引き戻す。レイもそれを見てシンジと逆方向からアスカを抱き締める。その二つの温もりがアスカへ一人ではない事を伝える。そして今の彼女をちゃんと見てくれている者達がここにいる事も。

 

「ごめんなさい、アスカ。辛い事をさせたのね」

「本当にごめん。僕がアスカに辛い事を思い出させちゃった……」

 

 染み渡るような優しい声と悔いるような辛い声。それらにアスカは涙を浮かべながら首を小さく横に振った。

 

「いいの。シンジとレイに聞いてもらって楽になった気がする。それに今のあたしは寂しくないわ。シンジとレイが見てくれてる。ね、例えあたしがエヴァに乗れなくなっても二人は一緒に居てくれる?」

「「当たり前だよ(よ)」」

「……ありがとう、シンジ、レイ。あたし、二人に会えて良かった……っ!」

 

 即答。その力強い言葉にアスカは涙を流して抱き締める。大切な二つの温もりを。この日、惣流・アスカ・ラングレーはやっとその元々の自分を解放出来るようになった。一番見て欲しかった相手はもうこの世にいなくても、同じぐらい見て欲しい相手が二人もいて、しかもその二人は彼女をいつも見つめてくれているのだ。なら、もう彼女に怖いものはない。例え失敗しても成功しても関係なく、アスカを見てくれるのだから。

 

(バイバイ強気なあたし。もう、あたしは一人で生きていくの止めるわ。シンジとレイの三人で生きていくの。弱くても情けなくても気にしないって、どんなあたしでもいいって、そう言ってくれる相手を見つけちゃったから)

 

 全てを失ったと思ったあの日、その時に新しく生まれたアスカに別れを告げ、少女は今元々の自分を取り戻した。男女のかけがえのないパートナーを得て。その後、少し雑談をしてレイがトイレへ立った。シンジはそれを見て今しかないと思いアスカへ頭を下げた。

 

「ごめんアスカ。もう一つ謝りたい事があるんだ」

「……ママの事、軽くシンジのパパから聞いたんでしょ?」

「知ってたの?」

「何となく気付いたの。シンジがあたしを抱き締めてくれた時にね。隠し事、したくないって感じの顔してた」

 

 アスカの鋭い洞察力にシンジは返す言葉がなかった。そんな彼に少女は小さく笑みを浮かべある提案をした。

 

「じゃ、許してあげるから目を閉じて」

「え? う、うん……」

「いい? あたしが許可するまで目を開けちゃダメよ?」

「……分かった」

 

 平手打ちでもされるのかと思い身構えるシンジを見て、アスカは楽しそうに笑みを見せるとそのまま彼の顔へ自身の顔を近付けた。触れ合う唇と唇。その感触でシンジは目を開けたい衝動に駆られるも、約束は破れないとばかりにより強く目を瞑る。どこかで似た感触を感じた事があるような気がしながら。

 

「……もういいわ」

「…………アスカ、今の」

「慰謝料の徴収よ。乙女の心の傷へ触れたんだから」

 

 どこか吹っ切れたような表情で笑顔を見せるアスカ。その可愛さにシンジが見惚れる。

 

「そうそう、分かってると思うけど初めてだからね? 光栄に思いなさい」

「……うん、本当にそう思うよ。ありがとうアスカ」

「それでいいわ。で、当然シンジも初めてよね?」

 

 その問いかけにシンジは頷こうとして、はたと止まった。思い出したのだ。先程のキスと同じ感触を感じた記憶を。あの激戦の後、薄れゆく意識の中で間近に見たレイの顔。

 

「? どうしたのよ?」

「……アスカ、ごめん。僕、初めてのキスは綾波としてたみたい」

「はぁ?! どういう事よ!」

 

 あまりの告白にアスカが大きな声を上げる。するとそれを合図にしたようにレイがリビングへと戻ってきた。

 

「どうしたの? 騒がしいわ」

「レイっ! あんた、一体いつの間にシンジとキスしたのよ!?」

 

 突然の質問にレイは呆気に取られるも、その意味を理解してシンジを見つめるとゆっくりと頬を赤めた。それだけでシンジも顔を赤めてしまう。その何とも言えない空気を感じてアスカが吼えた。

 

「だからっ! いつしたのよ!」

「……第五使徒戦直後。碇君が死んでしまうように見えたから、眠らないようにって」

「やっぱりあれ、そういう事だったんだ……」

 

 明かされた少年のファーストキス裏話。嬉しいような悲しいようなその実情にシンジが肩を落とす中、アスカは得意満面の笑みを浮かべる。何故なら、それが自分と違い愛情を伝える手段ではないと気付いたからだ。

 

「そう。じゃ、実質シンジの初めてはあたしね」

「……どうして?」

「だって、レイのはシンジが好きだからしたんじゃない。シンジを起こすための、いわば医療行為よ。あたしのはシンジが好きだからしたんだもの」

「碇君とキス、したの?」

「ええ」

 

 その瞬間、レイの目が少しだけ吊り上がったようにシンジには見えた。レイは無言でシンジへ近寄ると戸惑う彼へその顔を近付ける。

 

「ちょっ!? 綾波!?」

「動かないで。キス出来ない」

「なぁにやってんのよ! させるもんですかっ!」

「どうして? アスカがしたなら私もするわ」

「レイはもうやってたんでしょうが」

「意味合いが違うと言われたから、今からやり直すの」

 

 シンジを挟んでのやり取り。だが、その内容はこれまでとまた違っていた。奪い合うというよりアピール合戦だ。何せ二人はシンジへその体を密着させていたのだ。しかもキスをしたいさせないという内容を言い合いながら。男としては幸せそのものな流れだが、生憎シンジはどんな理由であれ二人が争うのは好ましくない。なので、彼は一大決心をして小さく息を吐くと、まずレイを抱き寄せる。

 

「え?」

「シンジ?」

「綾波、目を閉じて」

 

 言われるままに目を閉じたレイへ、シンジは出来るだけ優しく唇を重ねる。そしてほんの数秒で顔を離すと、今度はアスカを抱き寄せた。

 

「ええっ!?」

「嫌、かな?」

「っ……は、早くして?」

 

 言われる前に自分から目を閉じるアスカを愛おしく思いながら、シンジは自分から彼女の唇へそっと己の唇を重ねた。そちらもレイの時と同じぐらいの時間で顔を離し、どこか惚ける二人の少女へ告げる。

 

「ぼ、僕から綾波とアスカへ初めてするキスだから。これで許してくれないかな?」

 

 凛々しく言えれば良かっただろう。あるいはさらりと言えれば様になったのかもしれない。だが、如何せんシンジはそういう意味では不慣れである。その表情は真っ赤な照れ顔であり、声は完全にどもっていた。しかし、それ故に少女達には彼らしく思えて微笑みを浮かばせる。こうして彼は一人帰宅の途に着き、少女二人は揃って入浴と相成った。

 

「ね、レイ。さっきのシンジ、どう思う?」

「キスした時の事?」

 

 問いかけに頷き、アスカは頬を赤めた。男らしいと感じてしまったのだ。彼の成長を始めている胸板に抱かれた瞬間と、そのまっすぐな眼差しに。

 

「……鼓動が早くなったわ」

「ホントに何なのよ、シンジの奴。こういう時にいきなり男らしくなるんだから……」

「びっくりした」

「ホントよ。急にあたしやレイを抱き寄せてキスするとか……プレイボーイみたいじゃない」

「……それはいけない事?」

「…………なったら問題だけど、シンジは逆立ちしたってなれないからいいわ」

「そう」

 

 会話が途切れる。そして合わせたように二人はそっと片手を胸へ当てる。心音が伝わる位置へと。トクントクンとやや速いリズムで刻まれるそれを感じ、二人は静かに目を閉じた。

 

((もっとシンジ(碇君)と触れ合いたい……))

 

 そんな事を思われているとは知る由もなく、少年は夜道を歩きながら緩んでしまう顔を何とかしようと悪戦苦闘していた。可憐な乙女二人とのキスはまた彼の男としての気持ちを強く確かなものへとしたのだが、同時にその年頃の煩悩までも強くしてしまったからである。

 

「……ダメだ。やっぱりすぐ思い返しちゃうよ。アスカも綾波も可愛かったもんなぁ……」

 

 目を閉じ自分を受け入れようとする二人の顔を思い出し、シンジは首を勢い良く横に振った。

 

「こんな調子で帰ったらミサトさんに何言われるか分からないぞ」

 

 自分へ言い聞かせるように呟き、シンジは夜道を歩く。と、その足が一度だけ止まる。そして彼はそのまま上を見上げた。

 

「……星、やっぱりよく見えないや」

 

 あの日、見上げた星空は今でも思い出せる。アスカにレイと一緒に見上げた星空は。そう、彼は今日レイとのキスを思い出した事で気付いたのだ。レイとだけの思い出もアスカとだけの思い出もあるが、一番自分が強く覚えているのは三人での思い出が多い事に。

 

「結婚出来なくても、ドレスを着せるぐらいはいいよね? 女の憧れらしいし」

 

 いつかミサトの言った言葉を思い出しながらシンジは誰にともなく呟く。その脳内では、純白のドレスに身を包んで幸せそうな笑顔を浮かべる二人の少女の姿があった……。

 

 碇シンジは精神レベルが上がった。勇者のLVが2上がった。

 

新戦記エヴァンゲリオン 第二十一話「アスカ、再誕」完


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