エヴァだけ強くてニューゲーム 限定版   作:拙作製造機

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第十五使徒登場。いよいよ残す使徒も少なくなってきました。シンジは既に覚悟完了、F型も全武装解禁。残るのはアスカとレイの成長というか覚醒です。


第二十二話 せめて、親子らしく

―――アスカちゃん、ママね? 今日はあなたの大好物を作ったのよ。

 

 その日、アスカは夢を見た。いや、それは夢ではなく過去の思い出だろうか。ある日を境に自分を見てくれなくなった最愛の母。自分ではなく人形を娘と思いこみ、ずっと目を合わせてくれなくなったのだ。だから見てもらうために頑張った。たった一人で弱音も吐かず、いつか見てくれると信じて。その期待は、最悪の形で裏切られた。弐号機パイロットとなったあの日、アスカが目にしたのは物言わぬ存在となって揺れる母親の姿だった。

 

「……最悪、だわ」

 

 目を覚ましたアスカは泣いている事に気付いてそう呟いた。やはりシンジやレイとした昔話が影響しているのだろうと思い、彼女は何故かため息ではなく笑みを零す。

 

「でも、もう大丈夫。あたしにはシンジが、レイがいるんだもの」

 

 思い出すのはあの二つの温もり。それは決して自分を裏切らない者達。と、そこまで考えてアスカは小さく頬を叩く。

 

「違うわ。あたしが本当にダメになったら二人を泣かせちゃう。それは嫌」

 

 裏切らないからといって泣かせていい訳ではない。そう思い、アスカは立ち上がるとカーテンを開けた。外はやや薄曇り。それでもきっとその内晴れるはず。そう思ってアスカは伸びをした。

 

「んー……っはぁ。さて、顔でも洗ってきますか」

 

 泣いた跡を消せるようにと、そう思ってアスカは動き出す。今日も世界は平和だった。普通に三人で登校し、普通に授業を受け、普通に昼休みを三人で過ごし、普通に途中まで三人で下校する。至って普通の日常があった。まぁ、それはアスカにとってのだが。そして帰宅しある程度宿題をレイと共に片付け、夕方少し前に揃って外出。とは言ってもネルフ本部へ行くだけだ。レイはいつものリツコとの勉強会。アスカは個別のシンクロテストを行う事となっていた。

 

「じゃ、また後でね」

「ええ」

 

 本部内で別れ、アスカはそのままシンクロテストのために着がえに行く。レイはリツコの研究室へ向かった。アスカのシンクロテストは前日のフィールドを収束させた件に関連してのもので、リツコはそれに立ち会う事はない。何もアスカが軽く扱われているのではない。自分のためにレイの楽しみを奪いたくなかったのだ。よってリツコはアスカにレイを優先してやってくれと言われ、苦笑しつつ感謝して今に至る。

 

「来たわ、お母さん」

「いらっしゃい。さ、座って」

「ええ」

 

 入室すると同時にレイの表情が柔らかさを増す。今やこの研究室はレイにとっての第二の家となりつつあった。

 

「さて、まずは」

「お母さん、今日は教えて欲しい事があるの」

「あら、珍しいわね。何?」

「その、昨日碇君と指を絡めて歩いたのだけど」

「まあ。それで?」

「その時感じた温もりがアスカともお母さんとも違った気がした。これは何故?」

 

 小首を傾げての疑問にリツコは優しく笑みを浮かべた。本当に娘を前にしている気分になったからだ。今まで以上にレイへの愛おしさを感じている事。それがその原因だった。

 

「シンジ君がレイの大好きな人だからじゃないかしら?」

「それだけじゃないはず。だって、私はアスカもお母さんも大好き」

「あらあら。じゃ、大好きな彼氏さんだからじゃない?」

「大好きな彼氏……」

「ええ。同じ事を私やアスカとして、同じ気持ちになる? 想像してごらんなさい」

 

 言われるままに頷いて、レイは目を閉じて考える。アスカと指を絡めて歩く。ドキドキはしない。どことなく嬉しい気持ちはある。リツコと指を絡めて歩く。気恥ずかしい感じがするがドキドキはしない。こうしてレイの中で結論は出た。

 

「碇君しかそうならないみたい」

「なら、原因や理由はシンジ君だからよ。どうしてかまでは自分で考えてみなさい」

「答えは教えてくれないの?」

「こういうものの答えはね、レイの中にしかないのよ。レイだけの答えだもの」

「私だけの答え……」

 

 笑みと共に告げられた言葉にレイは噛み締めるような声を出す。その姿を見てリツコは思うのだ。自分はこんなにも素直ではなかったと。故に心の中で母へ謝った。

 

(母さん、ごめんなさい。きっと私は手のかからない子だったかもしれないけど、良い子ではなかったわね。だって、こんな話を母さんとした記憶がないもの。きっとこういう事をしながら親は親になっていくんだわ。本当に、今の私は幸せよ)

 

 真っ直ぐな眼差しのレイに笑みを返し、リツコはそこから彼女へその日の学校での事を話してもらう。それらを聞きながら思うのだ。自分は目の前の少女へ謝らなければならない事があるのに、何故母親などと振舞っているのかと。楽しそうに話すレイを見つめて微笑みを浮かべる中、リツコは内心で唇を噛む。己の醜さと弱さを思い知りながら。

 

 一方、アスカはシンクロテストを終えミサトと話をしていた。

 

「話したの? お母さんの事」

「ええ、シンジとレイにね。おかげで何だか気持ちが軽いの。ママは見てなくても二人があたしを見てくれてる。そう思えば何も怖い事も嫌な事もないわ。それに……」

「それに? 何よ?」

 

 ふと視線を明後日の方向へ向けるアスカへミサトは不思議そうに問いかける。だが、彼女はそのまま小さく首を横に振って何でもないと返した。シンジの言葉がずっと引っかかり続けていたのだ。エヴァのコアにいるという彼の母。同じように一度エヴァへ飲み込まれ助け出された彼女の母。どちらも共通しているのはその一点。そしてシンジは初号機に母を感じると告げた。ならば、弐号機には自分の母が宿っているのかもしれないとアスカはどこかで考えていたのだ。

 

(でも、ママはちゃんと助け出された。ただ、その後は精神がおかしくなっちゃったけど。もしかして、あれはエヴァの中に心を半分置いて来ちゃったのかしら? そう考えればあのママの変貌ぶりも理解出来る……)

 

 そこまで考え、彼女は小さく付け加える。自分がそう考えたいだけだと。

 

「アスカ、心配いらないと思うけど一応言っておくわ。貴女を見てるのはシンジ君とレイだけじゃないって」

「……うん、分かってる。ミサトもリツコも、他のスタッフ達もね。あたしがエヴァのパイロットだからってだけじゃなく、一人の人間として見てくれてるってね」

「ん。分かってるならいいわ」

「あっ、そういえばシンジから聞いたけど、遂にパパと一緒に暮らすんでしょ? ミサトはどうするの?」

「それなんだけど、そうしたらあたしはリョウジと同棲に逆戻り。ま、将来を見越してだけど」

 

 嬉しそうな言い方でアスカも察しがついた。結婚するのだろうと。それは若干アスカには羨ましい話。別に苗字が変わる事などの要素はどうでもいい。彼女にとっては結婚式に付き物の衣装こそが肝心なのだから。

 

「何? じゃ、いつか加持ミサト?」

「かもね。別にあいつは葛城リョウジでもいいらしいけど」

「そこにこだわりはない?」

「これっぽっちも、とまでは言わないけどね」

 

 苦笑しながらミサトはアスカへ向き直る。その表情は慈愛に満ちていた。彼女も加持からシンジの決断を聞いている。そしてその結果がどうなったのかも少女達を見れば一目瞭然だったのだから。

 

「アスカ、貴女はあたしよりも大変な道を歩いてる。だからこれだけは言っておくわ。三十近くまでは後悔してもいいわ。その時の自分が正しいって思った道を行きなさい。きっとそれが後で貴女の支えや助けになるから」

「ミサト……」

「実体験込みよ。ま、シンちゃんはあいつと違って、そういう意味では誠実で真面目だから大丈夫だろうけどね」

 

 そう告げてミサトはアスカへ近寄りその体を優しく抱き締めた。それはアスカに母を連想させる温もりと柔らかさを与える。

 

「貴女の好きになった男の子は、きっと貴女達が傍に居れば強く在り続ける。その代わり、貴女達だけになった時は沢山癒してあげなさいね。人は強くあれるけど強いままでは居られないから」

「……うん、分かってる。シンジの休める場所になってあげるわ」

 

 まるで姉だ。そう思いながらアスカはミサトの胸に顔を埋めた。その大人の女性らしい香りと温かさに包まれ、アスカは思うのだ。自分は一人で寂しかった。だからもし自分が親になる時は二人は子供を産みたいと。まだ気の早い話ではある。だが、それは普通ならの話。今の彼女達は普通ではない状況に置かれている。使徒との戦いは激しさを増し、いつ死んでもおかしくないと思う程までになっているのだ。

 

「ミサト、教えて欲しい事があるんだけど……」

「ん? 男のABC?」

「違うわよっ! ……それはまた今度お願い」

「ふふっ、はいはい。で、何よ?」

「シンジの事よ。ミサト、ずっと一緒に暮らしてきたんでしょ?」

 

 その問いかけにミサトはそう来たかと内心で苦笑した。つまりシンジ自身へ聞けない事でミサトが知っている事を知りたいのだ。ならばとミサトは小さくため息を吐いて話し出した。

 

「そうね。最初は気難しい子だって思った。でも、ちゃんと歳相応な部分もあるって分かってたから何とかなるかな~とも思ってたけど」

「歳相応? どうやって分かったのよ?」

「アスカも感じた事あるでしょ? シンちゃんの男の目」

「……まさか」

「ま、責めないであげなさいな。何とか見ないでいようと抗いはしてたみたいよ。効果はなかったけどね」

 

 言われてアスカも思い出す。あの共同生活でのシンジの視線を。自分を性の対象として見ていた眼差しを。と、そこでアスカは気付く。それこそが自分がシンジを異性として認識し出した切っ掛けではないかと。それはある意味で間違ってはいない。彼女がシンジを強く意識する一つの要素ではあったからだ。

 

「でも、今はそういう目を向けてこないんだけど……」

「きっとそれはアスカ達を本当に大事に思い出したからよ。丁度いいわ。今のシンちゃんはアスカの彼氏? それとも恋人?」

「は? 何よそれ。同じ意味でしょ」

「違うのよ。恋人の方が扱い方は簡単よ。で、彼氏はちょっち難しいの」

 

 なぞなぞのような言葉に聡明なアスカも困惑を隠せない。それを見て取ったのかミサトは楽しげに笑いながら答えを教えてやった。

 

「恋人は恋をしてる人。だから下心がアリアリよ。でも、彼氏は違う。彼方の氏。つまり向こう岸の相手」

「……そういう事か」

「今のシンちゃんはそういう相手なの。だから下心じゃないもので動いてる。理解するのは難しいわ」

 

 彼女達は知らない。かつて似たようなやり取りを自分達の愛しい相手達がした事など。そうしてアスカは答えを出す。シンジも感じ取った答えを。

 

「そっか。それでも今まであたしはシンジと上手くやってきた。なら、それでいいって事ね」

「ま、そんな感じ。もし上手く行かなくなっても焦らないようにね。理解出来ないとしても分かり合おうって気持ちを見せれば、それをシンちゃんは分かってくれる。下手に意地を張るとあたし達みたいにこじれるわよ?」

「冗談。もうあたしは意地を張るの止めたんだから。シンジやレイとは本音で付き合っていくの。出来る限りね」

 

 アスカの顔を見上げながらの宣言にミサトは嬉しそうに頷いた。元より波長の合う二人は、まるで姉妹のように笑みを向け合う。

 

―――結婚式には絶対呼んでよ?

―――分かってるわよ。あっ、ブーケはレイと一緒に取りなさいね?

―――ん。で、そのままシンジへ突き出してやるわ。

 

 

 

 その日、シンジ達はシンクロテストを終えて本部内にある休憩スペースにいた。疲れたからとかではなく、単純に喉が渇いたからだ。シンジはいつかのように紅茶を、アスカはコーラを、レイはカフェオレを選んだ。

 

「あれ? レイってコーヒー系飲んだっけ?」

「最近飲むようになったの。赤木博士が飲んでるから。でも、ブラックは苦手」

「だからカフェオレね」

「ええ。しかも市販の物でも甘くないと嫌」

「ふーん……」

 

 手にしたコーラを一口飲み、アスカは隣のシンジへ視線を向ける。少女二人に挟まれる形で座っている彼は、何か思い出すようにレイのカフェオレを見つめていたからだ。

 

「どうしたのよ?」

「え? ああ、うん。前に僕もブラックを飲んだ事があったなぁって」

「碇君も? 平気だった?」

「ううん、苦くて一口が精一杯。だから綾波と似たような物かな」

 

 苦笑しながら紅茶を飲むシンジだったが、そこでふと思い出すのだ。あの時の加持が言いたかった事は何だろうと。あの時言っていた苦みとは、そのままではなく何かの喩えではないか。そう思うと何となく見えてくるのだ。きっと大人になるという事は苦みの正体を知る事なのだろうと。

 

(加持さんは、多分僕にそれを知っても平気な顔をしない人になってくれって言ったんじゃないかな? あと、甘さが欲しいって言うのは多分優しさとかだ。そうか。だから加持さん、ミサトさんと結婚を考え始めたのかも)

 

 シンジはこう思ったのだ。加持は残りの一割を決めたのだろうと。それは間違っていない。だからこそ彼はミサトと一緒に生きる可能性を選び、危険からその身を遠ざけたのだから。

 

「シンジも甘い方が好き?」

「かなぁ?」

 

 照れるような表情のシンジを見てレイがアスカへ小さく笑みを浮かべて問いかけた。

 

「お子様?」

「別に? あたしも味の好みで子供か大人かなんてもう言わないわよ」

「アスカは苦いの平気?」

「……平気じゃないわ。飲めない事ないけど」

「なら、私達は今のところ好みは似てるみたいね」

「あっ、味の好みと言えばさ」

 

 こうして話は他愛ないものへと話題を変える。内容が少々中学生らしくないかもしれないが、それでも彼ら三人にとっては大事な事。そう、彼らは気付かぬうちに家族の交わりをしている。味の好みや苦手な事に嫌いな事。そう言った物の情報をやり取りし、その絆は深まる一方だった。ケンカはするがいがみ合いはしない。理解のための衝突はあるが、傷付けるための激突はない。

 

「でさ、ヒカリが眩しくて目を閉じたら鈴原が勘違いしちゃって」

「ああ、言ってたよ。委員長がキスをねだってきたと思ったんだってさ」

「でも、結果としてヒカリも嬉しかったと言っていたわ。問題ある?」

「問題なのはその後よ。ヒカリったら、それからずっとキスして欲しくて仕方ないらしいわ」

「あー、トウジも言ってたよ。委員長の事が頭から離れないって」

「鈴原君も? なら、碇君は?」

「「えっ?」」

 

 こういう話題をしている時、大抵レイは二人を返答に困る状況へ陥らせる質問をする。だが、付き合い出した今ではむしろ困るのはシンジだけになりつつあり……。

 

「そうね。シンジ、教えて?」

「いいっ!?」

「もしかして分からないの?」

 

 答えられそうにないシンジの心境を読みとったようにレイが助け舟を出す。アスカはその問いかけを聞いてその後の展開を予想した。だからだろう。シンジへやや憐れむような視線を向けた。きっと彼はそれを疑いもせず、救いの手と思って飛び付くだろう。だがそれこそが最後のとどめとなるのだ。そうアスカは読んでいた。なので彼にしか聞こえない程度の小声で忠告する。

 

「シンジ、乗ったらダメよ」

「え?」

「分からないなんて言ったら、ならもう一度ってなるわ」

「…………ありがとうアスカ」

「どういたしまして」

 

 嬉しそうに返事をしアスカはシンジの答えを待った。レイは二人が何か内緒話をした事に気付いているが、それでもシンジへ詰め寄る事はしない。代わりにやや寂しそうな目をするのみだ。それこそが一番シンジに効く方法と理解しつつあるのだろう。

 

「えっと、ぼ、僕もあの日は二人の事が頭から離れなかったよ」

「今は?」

「……キスした時よりも強く想ってる」

「「っ……」」

 

 真っ赤な顔で告げた一言は見事に少女二人を撃沈させる。そうして少年達が甘い空間を作っている頃、ミサトは発令所でマコトからとある報告と相談を受けていた。

 

「エヴァ13号までの建造開始、か。それと、エヴァと使徒は同一の存在かもしれないね」

「はい。葛城三佐にしか言えないと思いまして」

「……後者に関しては絶対他言無用よ。リツコにそれとなく尋ねてみるわ」

「お願いします。……もっと早くに気付くべきでした。彼らの命を預けるものなのに」

 

 悔やむようなマコトにミサトは小さく首を横に振る。彼だけのせいではない。誰もがもっと早く考えるべきだったのだ。そうミサトは思っていた。そしてマコトの不安はおそらく的中しているとも。女の勘だが、参号機を乗っ取られた時からどこかで引っかかる物があった。何故使徒がエヴァを乗っ取る事が出来、更にその性能までも強化出来たのか。その説明がこれでついたからだ。

 

「日向君のせいではないわ。それと、エヴァシリーズの量産についてはもう少し調べておいて。使徒があの初号機へ対応を始めたからだとは思うけれど、何せ急すぎる。こっちだってドイツで建造中の五号機や六号機のパーツを融通してもらってるってのに」

「……それに、ここに来ての予算額大幅上昇ですからね」

「確実に何かを焦ってる。それも、あまり良くない感じに」

「もしかして、複数での使徒出現に備えるのでしょうか?」

「……本気でそう思う?」

「思いません」

 

 即答。それにミサトは満足そうに頷いて息を吐いた。彼女には上が焦る理由に心当たりがあるからだ。あのシンジの代わりに受けた召集。そこで聞いた時間がないとの呟き。それが今のエヴァシリーズ量産へ繋がっているのは間違いないと。だが、その意味までは分からない。分からないが、確実に良い事ではないと思えた。でなければそれを非公式で行う説明がつかないからだ。

 

(エヴァと使徒が同一の存在、か。きっと間違いないわね。あのターミナルドグマで見たアダムからエヴァを作ったとすれば……)

 

 いつか見た光景。それが彼女の中で結論を出させた。今ならばリツコも教えてくれるかもしれない。そう思って彼女はその場から動き出す。

 

「今のリツコはレイを可愛がってる。なら、きっとあたしの言葉も届くはずよ……」

 

 自分へ言い聞かせるように呟き、ミサトはリツコの研究室へと向かった。その向かった先で彼女は自分の予想が正しい事を裏付けされてしまう。リツコはあっさりとマコトの出した結論を認めたのだ。

 

「そうよ。エヴァは使徒から作られた。だからATフィールドを持っているの」

「……セカンドインパクトを起こした存在から生まれたエヴァ、か。ね、サードインパクトって本当に使徒がドグマへ辿り着くと起きるの?」

「ミサト? それは起きる起きない関係なく阻止するべきだと思うわ。違う?」

「そりゃそうだけど……」

 

 それはかつてのリツコならば誤魔化しだったろう。だが、今のリツコからすれば本音であった。今の彼女にとって使徒がドグマへ近付くと言うのは、阻止するはずの存在が動けない事を意味する。そう、レイ達の危険やあるいは死。そんな事を想像などしたくないのだ。それが分かるからこそミサトも引いた。彼女もシンジ達の事は大切に思っているからだ。

 

「……ミサト、私は怖いのよ。知っている事をレイや貴女に話して嫌われるのが。ダメね。まさかここまで弱くなるなんて……」

「リツコ……」

 

 自嘲的な笑みを浮かべ項垂れるリツコにミサトも思わず返す言葉がない。だが、すぐにミサトは立ち上がると彼女へ近寄り両肩へ手を置いた。

 

「そんな事ない。それは弱さかもしれないけど、強さでもあるわ。だって、人の気持ちを考えようとしているんですもの」

「……自分のためによ?」

「それでいいじゃない。誰だって本質を突き詰めれば自分勝手に生きてるわ。善悪はそれが誰かの役に立つか立たないかよ。自分のため? 大いに結構。あんたはレイの事を思って弱気になってる。それだけあの子が大事って証拠じゃない。なら、余計に話すべきだとあたしは思うわ。黙ってて気付かれる前にね」

「いいのかしら……それでも」

「ここまで言っておいてなんだけど、あたしにはリツコの答えは分からない。だから、リツコが正しいって思う事をすればいいわ。それが今のあんたの正解になる」

「私の……正解……」

 

 呟くリツコの瞳に光が宿るのを見て、ミサトは嬉しそうに頷いて彼女から離れた。

 

「いつか話してくれる? リツコの知ってる事、全部。内容によっては嫌ったり憎んだりするかもしれないけどね」

 

 どこかからかうような言い方にミサトなりの配慮を感じ、リツコは思わず苦笑する。あの大学での初対面の頃と同じものをそこに感じて。その人の懐へ遠慮なく踏み込める強さとガサツさを嬉しく思いながら。

 

「……考えておくわ」

 

 その声から前向きな印象を受け、ミサトは静かに頷いた。そこから二人はエヴァシリーズ量産の動きについて意見を交わし合った。一体何を考えての事かと。二人して共通していたのは、それが使徒戦を見据えてではないだろうという事。その理由はただ一つ。

 

「あの初号機に対しての動きと見るべきね」

「なら、使徒を倒し終えたら今度は……」

「可能性はあるわ。いえ、その可能性しかないと思うべきかしら」

「最後に戦うのは人間になるって?」

「……ええ」

 

 苦い顔でリツコが頷く。それにミサトも同じ顔を浮かべた。それが意味するのは、あの少年達に人殺しを強要する事だからだ。人を守って戦ってきたシンジにそれをさせるのは気が重い。それでもそうなった場合、そうしなければ彼が死ぬ。いや、そうしなければネルフスタッフが死ぬ。そうなれば彼がどんな決断を下すか分かり切っていた。

 

「……戦自が攻め込んでくる?」

「それしかないでしょ。以前の停電覚えてる? あの目的はおそらくその準備だったのよ。他に考えられるのはMAGIのハッキングね」

「本部機能の破壊や麻痺。そして物理的制圧」

「まだ先になるでしょうけど、用心しておくに越した事はないかも」

「……戦自への工作は?」

「無理よ。第一どうやって?」

「そうよね。方法がないわ」

 

 揃って息を吐く。例え予想が当たっていても、有効的な手は何も打てないに等しいのだ。ネルフと戦自はあまり関係が良くない。使徒という共通の敵がいても、である。それでもやれるだけの事はやるべき。そう思って二人は頭を巡らせて同時にある事を思い付いた。

 

「「ねえ」」

 

 重なる声に二人は相手の顔を見つめ、小さく笑う。そして先にミサトが話し出してリツコも同じような事を考えていたと返す。もし仮に戦自が攻めてくるとしても、その部隊はおそらくこの本部から一番近い部隊になる。なら、可能性はあるはずだ。敵が人なら使徒には出来ないだろう戦い方が出来ると。

 

「例え成功しなくてもいい。少しでも相手の動きを鈍らせる事が出来れば……」

「ええ。そう願いたいわね」

 

 心ある人間相手ならば。その一点にのみ賭ける戦い方。それが上手くいく自信はないに等しいが、それをやってからでなければ少年達へ申し訳が立たない。大人として、二人はある種の覚悟を決めつつあった……。

 

 

 

 ある夜、アスカとレイの部屋に電話がかかってきた。それはドイツからの国際電話。受けたのはレイだった。

 

「少々お待ちください。……アスカ、電話」

「ん?」

「ドイツから」

 

 テレビを眺めてぼんやりとしていた目が見開いた。アスカはレイの差し出す受話器を受け取るとドイツ語で話し出す。それを眺めてレイは微妙な表情を浮かべる。

 

(まったく分からない……)

 

 聞こえてくる単語もほとんど意味が分からず、結局レイは最後まで頭上に?マークを浮かべ続ける。やがて会話を終えたアスカが受話器を置いて振り返ると、そこには難しい顔をしたレイがいた。

 

「どうしたのよ?」

「……アスカが何を言っていたのか分からなかったの。今のは誰?」

「ママ。って言っても新しいね。継母って奴よ。パパが再婚したから」

「そう」

「ん。あっ、ママがレイにこれからもよろしくって」

「どういう事?」

「電話口に出た子は誰って聞かれたから、あたしの親友って言ったからよ。ルームシェアもしてるって言ったら凄い驚いて喜んでくれた」

 

 そう告げるとアスカは不意に下を向く。気付いたのだ。あそこまで継母が喜んでくれたのは初めてだったと。それは相手が自分を本当の娘のように思っているからとも。

 

(あのママはあたしのママをやろうとしてる。例えそれがパパのためだとしても、今のあたしは気持ちが少し分かっちゃう。シンジをパパって考えれば……)

 

 愛しい相手の血を引く子だからこそ、何とか受け入れてもらおうとするのだろう。あるいは何とか受け止めてあげたいと。そこまで考え、アスカは息を吐いて顔を上げた。そしてもう一度電話へ向かい、どこかへとダイヤルする。レイはそれを眺め、小さく微笑むとバスルームへと向かった。親子の会話を邪魔しないために。

 

―――あ、ママ? ごめんなさい。一つだけ言い忘れた事があったの。えっとね……あたし、彼氏が出来たの。

 

 電話口の継母はとても驚き、いつか紹介してと楽しそうに告げた。その声にアスカも笑みを浮かべて応じる。日本に来て彼女は知った。血の繋がりだけが家族を作るのではないと。心の繋がりがあって初めて家族となれる事を。ミサトと加持はそうだった。シンジとゲンドウもそうだった。なら、自分も繋いでみよう。そう、思ったのだ。血が繋がらないでも、せめて、親子らしく。

 

―――ええ。その内そっちへ連れていくから。レイも一緒にね。

 

 弾む声は相手の声も弾ませる。この日、アスカは初めて長電話をした。

 

 

 

「あら、これは……」

「アスカのシンクロ率、今までで最高ですよ」

 

 マヤの言葉通り、アスカのシンクロ値はこれまでの中でもっとも高い数値を示していた。ここに来てのアスカの躍進に内心疑問を抱きつつ、リツコは隣のミサトへ目をやった。

 

「何か聞いてる?」

「なぁんにも」

「使えないわねぇ……」

「何よ。そんな事言うと飲みに付き合ってあげないわよ?」

「リョウちゃんとの方が大事じゃないの?」

「それはそれ。これはこれよ。親友との時間だって大事だわ」

 

 そこで共に笑みを見せ合う二人を見てマヤが羨ましそうな目をした。すると隣から小さく咳払い。

 

「日向二尉?」

「モニタから目を外し過ぎないで。あと、飲みに行きたいなら誘えばいいと思うよ」

「……いえ、ああいう関係が少し」

「ああ、成程。同性の親しい関係、か。分からないでもないな」

 

 どこか思い出すような言い方にマヤはすぐに理解した。マコトはシゲルとそういう間柄になったのだろうと。

 

「青葉二尉ですよね?」

「……ま、そんな感じ。最初はこうなると思わなかったんだけどなぁ」

「ふふっ、分からないものですね」

「まったくだ。じゃ、おしゃべりはここまでに」

「はい」

 

 その瞬間、マヤは一度だけマコトを見た。その横顔はもう以前のような影はなく、やや凛々しささえ感じさせるものとなっている。本当に彼は失恋を乗り越えていたのだ。今はまだ仕事に逃げている面も否めないが、それでも傷口は塞がりつつある。

 

(今は仕事に集中しよう。自分の事はその後だ)

(日向二尉、いつも真面目だなぁ。だからこそ振られた時にあそこまでダメージ受けたのかも……)

 

 モニタへ視線を向け続ける二人の前では、シンジ達がシンクロテストを終えようとしていた。その後、結果を聞いたアスカは若干の驚きを見せ、ややあってから何か納得するように息を吐く。

 

「どうしたのさ?」

「シンジの言った事を思い出してただけよ。あたしが弐号機に乗れる理由」

「お母さん?」

「ん。もしかしてあたしは幸せ者かもしれないってね」

 

 レイの問いかけに軽い照れ笑いを返しアスカは頷いた。その視線はレイから動いて宙を見つめる。その何かを思い出しているような眼差しにシンジとレイは互いの顔を見合わせる。

 

「アスカ、どうかしたの?」

「そういえば昨日お母さんから電話があったわ」

「お母さん?」

「ええ。お父さんが再婚したとか」

 

 再婚。その言葉がシンジの頭の中に残る。ゲンドウは未だにユイの事を思っている。それはとても素晴らしい事だが、もしユイがもう戻ってこないとしたらどうするのだろうと。

 

(父さん、誰か母さん以外に好きな人は……いないだろうなぁ)

 

 親子として接した時間はそう多くはないが、それでも分かるぐらいにゲンドウはユイを愛している。シンジはそう思い、自分もそういう意味では似た者だと思って頭を掻いた。何せアスカとレイという二人の少女を彼女としたシンジではあるが、それは迷い悩んで出した有り得ない結論の結果である。そういう意味では彼もゲンドウの子と言える。愛した者のために無理を貫こうとする辺りが。

 

「シンジ、レイ、あたしちょっと寄り道してから帰るから」

「え? う、うん」

「しばらくかかりそう?」

「……そこまで長くはないと思う」

 

 微かに苦笑しアスカは歩き出した。向かう先は弐号機がいるケイジ。その背を見送り、シンジとレイはどちらともなく出口へ向かって動き出す。だが、その足は出口前でピタリと止まる。

 

「……待つの?」

「碇君も?」

「綾波が先に帰るなら一度送るよ」

「クスッ、入れ違いになるかもしれないわ」

 

 もっともな意見にシンジは照れくさそうに頬を掻いた。そしてそのまま二人はそこで雑談を始める。一方、アスカは弐号機の前まで辿り着き、その頭部を見つめていた。

 

「……本当にいるのかしら」

 

 今日のシンクロテストの結果を聞いて、アスカはこう思ったのだ。自分が継母と心を繋ごうとした結果が反映されたのではないかと。これまでアスカが一番受け入れたくなかった存在を受け入れようとした事。それが転じて全てを受け入れる事へ繋がったのではないか。そう考えたのだ。

 

「ママ、もし弐号機にいるなら聞いて。あたし、もう大きくなったわ。子供だって産もうと思えば産めるし、相手だっている。ママの知らない内にあたしは大人へ近付いてるの」

 

 物言わぬ弐号機へどこか淡々と告げるアスカ。そして最後には寂しそうに呟く。

 

―――きっとママは見てもくれないでしょうけどね。

 

 それを合図にアスカはケイジから立ち去る。その背中を弐号機が静かに見つめていた。どこか悲しそうな顔をして歩くアスカだったが、その足がある声を聞いて一度止まる。視線を上げれば出口近くで話すシンジとレイがいた。

 

「……何でいるのよ?」

「あ、えっと……」

「色々と話し込んでたの。そうしたらアスカが来ただけ」

「う、うん。そんな感じかな?」

 

 明らかに嘘だと分かるが、その意図を察してアスカはため息を吐いてから苦笑する。

 

「そ。ならいいわ。折角だしレイと一緒に送ってくれる?」

「うん」

 

 こうしてアスカはレイと共にシンジと手を繋いで帰宅する。二人はアスカの泣き腫らした目に何も言わなかった。彼女もシンジとレイが待っていた事を指摘しなかった。ただ、三人は互いの気持ちを繋げるように指を絡ませるのだった。

 

 次の日、放課後の誰もいない教室でアスカはレイと共にヒカリへある報告を行っていた。

 

「ええっ!? 二人で碇君と付き合ってる!?」

「ヒカリっ! 声が大きいっ!」

「ご、ごめん……」

「驚くのも無理ないわ。だけど、事実なの」

 

 大事な話があると言われて聞かされたのは、ヒカリにとってはどこかで少しは思ったけれど有り得ないと判断した内容。さすがに聞かされた瞬間は驚いたものの、すぐに友人二人の表情や雰囲気から、それがシンジの優柔不断ではない事を察する程にはヒカリも彼女達と親しかった。

 

「じゃ、アスカもレイも納得済み?」

「「ええ」」

「……そっか。碇君、そんな答えを出したんだね」

 

 二人の嬉しそうな顔と声でヒカリは自分の感じた事が間違っていないと確信した。それでもう何も言う事はない。何せ三人はヒカリにとってトウジとの仲を進展させる切っ掛けを与えた存在。故にその関係が壊れる事なくむしろ深まった事に喜びを見せた。

 

「おめでとうで、いいのかな? とにかく良かった。アスカとレイが仲良しのままで碇君といるなら」

「ま、その……あいつなりに男を見せてくれたのよ」

「男?」

「何があっても私達を守ると言ってくれたの」

「うわぁ……いいなぁ。碇君って意外と男らしいんだ」

 

 自分も言われてみたいと、そう思ってため息混じりで返すヒカリに、アスカとレイはどこか意外そうな顔を見せる。普段から男らしい振る舞いをしているトウジなら、それに類するような事を言っていそうだと思っていたからである。

 

「何? 鈴原の奴はそういう事言ったりしてないの?」

「えっと……うん」

「キスはしたって言ってたけれど、その後は?」

「……何も」

「はぁ!? あいつ、彼氏の自覚あるの!?」

「アスカ、声が大きいわ」

 

 肩身が狭くなっていくようなヒカリにレイは困ったような眼差しを向ける。

 

「ヒカリ、鈴原君はヒカリの事を大好きなのよね?」

「……だと思う」

「つまり何? 鈴原はヒカリに大好きだって気持ちをあまり見せてくれない訳?」

「は、恥ずかしいんだと思う。私もそうだし……」

「「それでもよ」」

 

 揃って告げられる声は異なる気持ちを示していた。アスカは呆れでレイは念押し。ヒカリはそれらを感じ取り、ならばと目の前の二人へ問いかける。

 

「な、なら碇君は?」

「いつも恋人繋ぎよ」

「私達が好きか聞くと答えてくれるわ」

「……ごめんなさい。だからもうやめて……」

 

 惚気られたとヒカリは感じた。何せ答える二人はどこか嬉しそうなのだ。同じ頃、シンジはトウジとケンスケと共にゲームセンターにいた。こちらはこちらでシンジが二人だけに三人の関係を話していたのである。無論驚きはしていたが、そういう意味では男は理解が早い。何せあれだけの美少女だ。両方と付き合いたいとの気持ちは痛い程分かるために。

 

「まさかシンジが本当に二人をなぁ」

「さすがやセンセ。改めて尊敬するわ」

「や、やめてよ。それはちゃんと二人を幸せに出来たらでお願い」

 

 その返しにトウジとケンスケは一瞬呆気に取られ、すぐに苦笑しながらシンジの肩へその手を置いた。

 

「な、何だよ?」

「いや、シンジ。お前ならあの二人を嫁に出来る」

「ん。そこまで腹括ってるんなら大丈夫やろ。男らしいわ、今のセンセ」

「ケンスケ……トウジ……」

「何か相談したい事あったら言えよ。力になれる事ならなってやるからさ」

「おう、ワイもや。困った時は力になったる」

「……ありがとう、二人共」

 

 歯を見せて笑う二人にシンジも笑顔を返す。そしてそこから話は当然のようにシンジ達の話題となる。即ちどこまで進んだかだ。シンジも覚悟していたので隠す事なく教えた。

 

「「き、キス……」」

「う、うん。その、ちゃんと二人と」

「う、羨ましすぎるっ! シンジ、お前いつか刺されるぞ!」

「いや、けど男らしいは男らしいわ。綾波達の事、差を付けたくないちゅう事やろ?」

「そうだよ。絶対二人は僕が守るって決めたんだ」

 

 はっきり断言するシンジを見てトウジがケンスケへ視線を向ける。どうだと。お前にもこれだけの気持ちと顔が出来るか。そうトウジは問うていた。そしてその問いかけならばケンスケの答えは決まっている。

 

「はいはい。どうせ俺じゃあの二人は手に余るよ」

「せやな。ワイなんて一人でも厳しいわ」

「委員長と上手くいってないの?」

「……それさえも分からん。な、センセ。どないしたらいいんちょが喜ぶか教えてくれへんか?」

 

 両手を合わせて拝むようなトウジにシンジは戸惑うも、一つすぐに思いつく事があった。まずは確認をしなければと思い、彼はトウジへ問いかける。

 

「ね、トウジ。委員長の事、名前で呼んでないの?」

 

 それだけでケンスケもシンジの言おうとしている事を察し、ついでにトウジの答えも推察した。

 

「呼んでないと思うぞシンジ。多分照れくさいんだろ。夫婦みたいだって」

「あ、あかんか?」

「せめて二人きりの時ぐらい呼んであげなよ。それか、委員長に聞いてみるといいかも。名前で呼んでもいいかって。僕がアスカを名前で呼んでるのは、向こうからそう呼んでいいって言ってくれたからなんだ。それでも僕は嬉しかった。きっと委員長もトウジが名前で呼びたいって言ったら許可するしないはともかく、絶対喜んでくれると思うから。まずはトウジが歩み寄ろうよ」

「……ホント、シンジって付き合ってるんだな。意見に説得力があるよ」

 

 ケンスケの言葉にトウジも頷く。とはいえ、シンジも未だにレイを名前で呼んでいない。そこにはアスカへの配慮がある。以前レイがシンジを名前で呼ぼうとした時、アスカはそれを阻止した。あの裏側にある気持ちを今のシンジは理解出来たからである。つまり、より親しくなった印象を互いに受けるからだ。アスカは最初から名前で呼び捨てだった。そこでシンジがレイを名前で呼び捨てにすれば彼女がどう思うかは想像に難くない。

 

(僕もいつか綾波を名前で呼ばないといけない時が来るかもしれないけど、その時はアスカが納得する状況になってるはずだ。それまでは今のままでいいよね)

 

 トウジへアドバイスする中、シンジはそう結論を出す。大事なのはそこだけではないと知っているからだ。

 

「わ、分かった。いいんちょに聞いてみるわ」

「それがいいよ。委員長みたいな性格の相手は受け身だと思うし、出来るだけトウジから色々提案してあげた方が意見も言いやすいんじゃないかな?」

「ん。せやな。ワイが彼氏なんやから引っ張ってやらんと」

「うん。でも、ちゃんと委員長の事を見ながらじゃないとダメだと思う。前を見ながら、でも時々委員長を振り返るみたいな感じ」

「「おーっ……」」

 

 シンジの具体的な内容に二人の少年は揃って感嘆の声を上げる。それに恥ずかしそうにしながら彼は咳払い。

 

「けど、一番は隣り合って歩く事だよ。トウジが思ってるより女の子って強いから。だから自分が自分がってやり続けるのもダメなんだ。頼り頼られがきっとお互いに嬉しいんじゃないかな?」

 

 そのまとめにケンスケはふんふんと頷き、トウジは勉強になりますとばかりに大きく頷いた。その後、トウジとケンスケと別れたシンジはその足で本部へと向かう。と、その途中でアスカとレイに出会った。手を繋ぎながら歩く三人。その話題はどこで何をしてたから始まり、トウジとヒカリの話へ変わっていく。

 

「へぇ、やるじゃないシンジ。丁度あたし達も似たようなアドバイスしたのよ」

「そうなんだ」

「ええ。鈴原君を名前で呼んでみたらって」

「こうなると、二人して相手に同じ事をして固まりそうだね」

「……ま、それならそれでいいんじゃない?」

 

 想像すると微笑ましい光景だ。そう思ってのアスカの言葉にシンジとレイもそれを想像したのだろう。小さく笑みを見せて頷いた。そうやって仲良く本部へと向かう彼らを待っていたのは、使徒襲来を告げる久しぶりの警報だった。

 

 

 

 発令所にはゲンドウを始めとする主だった者達が勢揃いしていた。彼らの視線はメインモニタへと注がれている。

 

「使徒を映像で確認。最大望遠です」

 

 そこには光の鳥のような使徒が映し出されていた。まったく動きを見せない使徒にミサト達は不気味さを覚える。前回の使徒が本部まで後少しと迫ったのに対し、今回は衛星軌道上で静止しているのである。まさに静と動。ここまで対極的な動きを見せるのかと不安感さえ抱くぐらいに使徒の狙いが読めないのだから。

 

「一定距離を保っていますね。衛星軌道上から動かないのは辛いですよ」

「狙いはエヴァか、あるいはここを攻撃するための時間稼ぎですかね?」

「もし仮にそうならどう対処しますか?」

 

 オペレーター三人の言葉にミサトは腕を組んだ。その狙いを何とか読んでみようとしているのだ。

 

「降下の機会を窺っている可能性もあるし、以前のように実はあれがダミーって可能性も捨てられないでしょ?」

「どちらにせよ、迂闊な動きは出来ないって訳ね」

「あの初号機の奥の手でも衛星軌道上の敵は倒せないわ。威力が減衰してしまうもの」

「……それもあっての様子見か」

 

 ミサトの言葉に冬月が噛み締めるように呟く。既にあの使徒を倒したインパクトボルトへの対策を講じてきた。そう思ったのである。ゲンドウはその声に肘を付いて腕を組み、モニタを見つめた。

 

「であれば、持久戦になるな」

「はい。現状エヴァにあの距離での使徒殲滅は無理です。相手が接近するのを待つしか方法はないかと」

「……参号機を出してみるか。葛城三佐、君の意見を聞こう」

「正直に申し上げれば不安が消えません。ですが、それはいつ出しても同じです。なら、早い方がいいかとも思います」

「赤木博士の意見は?」

「私も葛城三佐と同じ意見です。付け加えるのならば、パイロットの意見も聞いて頂きたいですわ」

「分かった。参号機パイロットへ繋げ」

 

 二人の意見に頷き、ゲンドウは通信を開かせる。誰もがそんな彼に小さくない驚きを内心で感じつつレイの言葉を待った。

 

『何か?』

「レイ、使徒は衛星軌道上で待機している。様子見も兼ねて出撃してもらいたい。どうする?」

『……万一参号機が使徒となった時に備えバックアップをお願い出来ますか?』

「無論だ。初号機を」

『いえ、弐号機でお願いします。初号機を出す事で使徒の行動が激変するかもしれません。前回の使徒はそうでした』

 

 その意見に誰もが唸る。つまり、レイはいざとなった際の切り札を先に切るべきではないと言ったのだ。だが、それは万一の際に彼女が危険に晒される可能性を高くする事でもある。それでも構わないとレイは言外に告げていたのだ。こうして参号機と弐号機がポジトロンスナイパーライフルを装備し地上へと配置される事となる。

 

「レイ、どう?」

『異常なし』

「アスカ、いけそう?」

『問題ないわ』

 

 二人の頼もしい声に頷き、ミサトは信頼を乗せた声で告げる。

 

「頼んだわね、二人共。弐号機、参号機、リフトオフ!」

 

 ミサトの指示で射出される二機のエヴァ。前衛として参号機が、そのやや後方に弐号機が出現しそれぞれ上空を見上げる。当然ながらそこに使徒の姿は見えない。

 

「レイ、どうなの? 変化あった?」

『いえ、ないわ。完全に参号機を乗っ取った使徒は殲滅されたと見て良さそうね』

「まずは一安心ね。じゃ、後は遥か遠くの使徒をどうするかってとこか」

『射程距離まで接近してくると思う?』

「……してこないと面倒ね。というか、どうして今回はあの位置にいるのかしら?」

 

 アスカの疑問にレイが考えようとした時だった。衛星軌道上の使徒に動きがあったのは。使徒から放たれた光が地上へ降り注ぎ、参号機を包む。一部だけ朝になったかのようなそれを見て、ミサトは即座にオペレーター達へ状況を尋ねた。

 

「あの光は何?」

「熱エネルギーは感知されません」

「心理グラフに乱れが発生? っ! 精神汚染が始まります!」

「何ですってっ!?」

「心理攻撃? まさか使徒は人の心を知ろうとしている?」

 

 そこでミサトは思い出した。以前シンジが使徒による精神攻撃を受けていた事を。このままではレイが危ない。そう判断しミサトは撤退の決断を下す。

 

「参号機を下げるわ! レイ、一時撤退っ!」

『了解……』

 

 即断即決。指揮官として大事なものを今のミサトは持っていた。返事をするレイの声がやや弱い事が気にはなったが、その理由を確かめる暇はない。こうして残される形となった弐号機の中で、アスカはある思いつきを試してみたいと考えていた。それはあの収束フィールドを使徒へぶつける事。あれならば威力が減衰する事はないので距離に関係なく攻撃出来ると踏んだのだ。

 

「ミサト、試したい事があるの」

『何?』

「あの収束フィールド攻撃。あれなら距離に関係なく届くわ」

 

 アスカの申し出にミサトが腕を組んで考える。使徒は未だ動かず、しかもエヴァパイロットへ心理攻撃を仕掛けてくる。幸いレイは何事もなく無事だった。今はリツコが彼女のメディカルチェックをするべく発令所から姿を消している。

 

「葛城三佐、試すだけ試してみるべきだ。弐号機パイロットが編み出した攻撃がどこまで使徒へ通じるのか確かめなければならん」

「……了解しました」

 

 ゲンドウのもっともな意見にミサトも同意する。

 

「日向二尉、弐号機へ使徒のいる方向を指示して」

「分かりました」

「青葉二尉は使徒の動きを注視」

「了解です」

「伊吹二尉は念のために病院の手配を。必要なくなれば謝ればいいわ」

「はい」

 

 こうして動き出す発令所。その様子を眺めてからゲンドウと冬月はモニタに映る使徒を見つめた。未だに接近する事もなく、参号機が撤退した後はまた沈黙している。その不気味さに二人はため息を吐きたくなる気持ちでいっぱいだった。

 

「使徒の狙いは人の心か」

「そのようだ。レイを狙ったのはその変化の流れを知ろうとしたのかもしれん」

「……あるいはその本質を見抜いたか」

「分からん」

 

 その二人の視線の先では、弐号機がその掌を空へと向けて突き出そうとしていた。

 

「あの時と同じよ、アスカ。掌にフィールドを収束させる……」

 

 目を閉じて意識を集中させるアスカ。それに呼応するように弐号機の掌へフィールドが収束していく。それを誰もが固唾を飲んで見守る。やがて十分な収束率になった事を感じ取ったアスカは、弐号機の腕を銃に、フィールドを弾丸に見立てて撃つ出す事をイメージした。

 

「フォイアっ!」

 

 放たれた収束フィールドは使徒へと目掛けて進んでいく。それは見事に衛星軌道上の使徒へと届いた。だが、それは使徒の展開するフィールドに阻まれ消失する。

 

「っ!? ダメです! フィールドを破れませんっ!」

「やはり向こうの強度が問題か」

「使徒に動きあり! 先程の光線です!」

 

 弐号機へと降り注ぐ光線にアスカは動じなかった。思い出される忘れたい過去だったもの。それを今の彼女は乗り越えている。シンジとレイ。この二人がいる今、アスカに覗かれて苦しむ事などなかったのである。だが、そうだからといって平気な訳ではない。

 

「勝手に人の中覗き込んで、覚悟は出来てんでしょうねぇ!」

 

 再度収束率を上げて放たれるフィールド攻撃。それもやはり突破する事はない。そこで使徒もアスカへ自身の攻撃が通用していない事に気付いたのか、異なる光線を放った。

 

「今度は何?」

 

 それは心理グラフも反応しない光線。ただ、脳波に影響が出ていた。それがどういう反応なのかを、マヤはいち早く気付いた。

 

「これは……アスカを睡眠状態へ移行させようとしています!」

「眠らせる? どうして?」

「無力化を狙うのなら他にもやりようがあるだろうに……」

「先程は心理攻撃。それが通用しないと見るや今度は睡眠攻撃。一体何が狙いなんでしょうか?」

 

 マコトの問いかけに誰も答えを出せない。ただ、このままではアスカも無防備な状態となる。その前に撤退させるべき。そう思ってミサトが指示を出そうとした時だった。弐号機が再度収束フィールド攻撃を仕掛けたのだ。それは使徒へと向かっていくものの、やはりフィールドを突破する事が出来ない。

 

『アスカっ! 一度撤退して! 使徒の狙いは貴女達エヴァパイロットよ!』

「だとしてもまだ戦えるわ。多少眠いのが何よっ!」

『意識がある内に撤退しなさいっ! 出来なくなってからじゃ遅いの!』

「っ……了解っ!」

 

 忌々しげに返事をし、アスカは弐号機をリフトへと向かわせる。だが、リフトへ弐号機を乗せた瞬間、一際強い光線がアスカを襲った。そして彼女はそこで眠りに落ちる。そんな事が起きているとは知らず、ミサト達は弐号機を回収し今後の対策をどうするかを話し合っていた。現状ではどの攻撃も使徒を倒す決定打になりえないからだ。

 

「あの収束フィールドによる攻撃は初号機でも出来ないのでしょうか?」

「それはあの初号機? それとも従来の? どちらにせよ無理よ」

 

 ミサトのやや困った声でマヤは気付いた。あの初号機は使徒戦でしか使えない。なら、シンジがそれを試すとしても、それはあの使徒の光線に晒される中で訓練しなければならないのだ。逆に従来の状態で訓練するとしても、そんな余裕は現状ではないに等しい。更にフィールド強度などが違う事もあり、従来の初号機で出来る事があの初号機でも出来るか分からない。それをミサトは指摘していたのだ。

 

「そうなると現状打つ手なしですね」

「距離だけならあの収束フィールドがクリアしたんですが……」

「威力までとなると……厳しいか」

 

 ある意味での結論が出たところでリツコが発令所へ姿を見せた。だが、その表情はやや沈んでいるように見える。真っ先にその事に気付いたのは当然ミサトだった。

 

「リツコ、どうしたの?」

「……先程弐号機のエントリープラグからアスカが搬送されたの。どうやら最後の最後で使徒が強烈な眠気を与えたようね」

「っ!? 容体は!?」

「深刻なものではないけど、ずっと夢を見ているようよ。こちらが声をかけても揺さぶっても反応無し。それとレイも少しだけど様子がおかしいの。二人共に使徒の攻撃による影響と見て間違いないわ」

 

 淡々と告げられる内容を聞きながらミサトはリツコの様子を探る。そしてレイの話をした辺りで表情に僅かだが影が濃くなった。何かレイとあった。そう思い、ミサトはゲンドウのいる場所へ顔を動かした。

 

「司令、使徒の動きを監視しつつ対策を練ろうと思います。初号機パイロットまで二人のようにされる危険性がないとは言い切れませんので」

「いいだろう。ただし、何かあった際に備え、初号機は他のパイロットが出撃出来るまで待機状態。パイロットへもそう伝えろ」

「はい。青葉二尉、頼むわ」

「分かりました。シンジ君、聞こえるか?」

 

 シゲルの声を聴きながらミサトはリツコへと近寄った。すると彼女は視線をミサトへ向ける。その目はどこか察しているようなもの。

 

「別室で相談?」

「それがいいと思うわ」

「……来て」

 

 こうして二人はリツコの研究室へと向かう。そこでミサトはリツコからレイに起こった変化を教えられる。

 

「目を合わせてくれなくなった?」

「ええ。それに、突然私との会話を避けるようになったの。理由を聞いても特にありませんの一点張りで」

 

 心底参っているような声だった。そう、リツコはレイと二人きりだったにも関わらず、敬語を使われた事を気にしているのだから。それを知らぬミサトでさえリツコの気持ちを察していた。何せこのところのリツコとレイの親密さは増していく一方だったのだから。まるで唐突に親離れした子とそれにどう対処したらいいか悩む母親だ。そんな事を思い、ミサトは話題を変える事にした。

 

「じゃ、アスカは?」

「そちらは言ったままよ。夢を見続けているみたい。それも、きっと母親の」

「母親?」

「寝言でママと呟いているの。それも幸せそうに」

 

 幸せそうに。その部分にミサトは引っかかるものがあった。悪夢であれば人は覚めたいと思う。だが、良い夢であればどうだろうか。覚めたくない。いつまでもそうしていたいと思わないだろうか。

 

「……リツコ、仮の話よ。もしこのままアスカが眠り続けたらどうなるの?」

「衰弱するわ。点滴などをすれば生命活動は維持出来るけれど」

「戦力減に加えてこちらの手を割かせる、か。更には」

「シンジ君とレイへの影響が大きいわ。そう、そういう事なの。もしかして、最初のレイへの精神汚染とアスカへのそれで三人の関係を読みとった?」

「可能性はあるわ。今のシンちゃんとレイにとってアスカは大きな存在よ。シンちゃんだって、精神面が乱れればいつもの力を発揮出来ない」

「……レイは仮眠室よ」

「ん。じゃ、アスカは医務室か。後で行くわ」

 

 そこで二人は立ち上がる。リツコはアスカの、ミサトはレイの元へ向かうために。今は時間が惜しい。そう思って二人は動く。その頃、レイは一人仮眠室でベッドに腰掛けていた。

 

「私……一人目の私はお母さんのお母さんに……」

 

 使徒の精神汚染が微かに見せたのは彼女ではない綾波レイの記憶。最悪な事にそれは今の綾波レイにとって一番思い出したくなかった事。沈みそうな気持ち。辛い心。それらは全て彼女がこれまでで培ってきた結果である。皮肉な事に、そうならなければレイは使徒の精神汚染もそこまで痛手に感じなかっただろう。

 

「もうお母さんと呼べない……。私は、綾波レイはあの人をそんな風に呼ぶ資格はないわ……」

 

 顔を両手で覆い、レイは静かに涙を流す。それは謝罪の涙。彼女ではない彼女がした事とはいえ、それも綾波レイには違いないのだ。だからこそどうしていいのか分からない。謝ればいいのか。思い出した事を話せばいいのか。そして今のレイが相談出来る相手のシンジとアスカはその傍にいない。

 

「碇君……アスカ……教えて。私はどうしたらいいの?」

 

 その呟きに返ってくる言葉はない。が、聞こえてくる音はあった。それはノック音。レイがリツコかと思って挙動不審な動きを始める。周囲を見回すように首を動かしどうしようとするような。だが、その動きも入ってきた相手を見て終わった。

 

「レイ、調子はどう?」

「……葛城三佐」

 

 明らかに安堵するようなレイを見てミサトは、やはりリツコ絡みで何かあったと確信した。

 

「えっと、リツコも聞いただろうけど使徒の攻撃で何か感じたり見た事はない?」

「…………ありません」

 

 嘘だ。ミサトはそう感じるも内心で強い驚きを感じていた。あのレイが嘘を吐いたのである。その意味する事はそれだけ話したくない内容という事だ。ならば、せめて手がかりだけでもと思い彼女は質問を変えた。

 

「そう。じゃあ次よ。何か辛い事でもあった?」

「え?」

「今のレイ、とても苦しい顔してるわ。少しでもいいわ。あたしに話せる事はない? 誰かに言うと楽になるわよ?」

 

 優しい声でレイへ尋ねるミサトの顔は慈愛に溢れるものだった。それがレイにはリツコのそれと重なり、思わずレイは顔を背ける。その反応に驚くミサトと自分のした事にレイは気付いて少しだけ慌てて顔を戻した。

 

「すみません」

「ううん、別にいいわ。言いたくない事を無理矢理聞き出すつもりはないから」

「……ありがとうございます」

「でも困ったわ。これじゃアスカを助ける手がかりゼロか」

 

 ズルい大人だと思いながらミサトはうっかりを装ってそう呟いた。しっかりとレイに聞こえる程度の声量で。当然その内容にレイが反応する。

 

「アスカに何かあったんですか?」

「あっ、その……使徒の攻撃で眠っちゃったのよ。それも、下手したら覚めない眠りってやつ」

「っ!? アスカはどうなるんですか、葛城三佐」

 

 思わず立ち上がるレイを見てミサトは表面上は困惑するように、内心では申し訳なく思いながらため息を吐いた。レイのアスカへの気持ちを利用し、彼女の隠したい事を聞き出そうとする自分の汚さに嫌気を感じながら。

 

「このままだと衰弱するわ。しかも幸せな夢を見せられていて、自分から目覚めようとしないの」

「……アスカが寝たままに」

「だから何かレイから教えて欲しいのよ。少しでもアスカを目覚めさせる手段として」

 

 最後の一文に関しては本音であるため、ミサトは真剣な眼差しをレイへ向けた。それを受け止め、レイは考え込むように顔を伏せた。迷っているのだ。話すべきか話さざるべきか。そして話すとしてもミサトでいいのかまでも。その思考はミサトのこんな言葉で一つの解答を得る。

 

「何をされたかでもいいわ。嫌いな物を知られたとか、あるいは隠しておきたい事を見られたとか」

「……過去を、覗かれました」

「過去……そう、やっぱり鍵はそこか」

 

 アスカの見ている夢も過去。レイが覗かれたのも過去。であれば、アスカを目覚めさせるには現在の、夢の中の彼女から見れば未来の力が必要になる。そう判断してミサトはレイを見つめた。

 

「アスカを起こすの、手伝ってくれる? 今、レイしか頼れないの」

「……はい」

 

 親友のアスカを助けるためなら。そう決意したレイの協力を取り付け、ミサトは彼女を連れて医務室へと向かう。そこではリツコが眠り続けるアスカを見つめていた。

 

「ママ……」

「何度目かしらね、この寝言。さて、眠り姫を起こすのは王子様だけど、シンジ君は待機状態から外せない以上無理かもしれない、か……」

 

 ミサトが出した結論にリツコも直感ではあるが辿り着いていた。だが、それは根拠があるものではなく今の言葉通りの思いつきレベル。しかし、どこかで確信もしていた。アスカを目覚めさせられるとしたらシンジぐらいだろうと。そこへ聞こえるドアの開閉音。視線を動かしたリツコが見たのは、ミサトとその背に隠れるようにしているレイだった。

 

「リツコ、鍵は過去よ」

「過去?」

「そう。レイは使徒に過去を覗かれたらしいわ。で、アスカも過去の思い出を利用されているんじゃない?」

「……巧妙な手ね。現実よりも幸せな夢のベースは不幸な過去か」

「だから、現在へ引っ張るのよ。親友のレイがね」

 

 そこでミサトがレイへ視線を向ける。彼女はリツコの視線を避けるようにしてアスカへと近寄った。その行動にリツコは密かに心を痛める。ミサトもそれに気付くも、今はアスカの方が優先なので触れないでいた。

 

「アスカ……アスカ起きて」

「ん~……」

「お願い。アスカ、起きて」

 

 体を揺すりながら声を掛けるレイだが、それでもアスカが目を覚ます感じはない。ミサトとリツコはそれでもレイを信じるしかなかった。と、そこでリツコがミサトの腕を軽く引っ張る。

 

「何?」

「二人だけにさせましょう。その方がいいと思うわ」

 

 どこかレイの事を寂しそうに見つめてからリツコは医務室を後にした。その背に続くようにミサトもその場から立ち去る。二人きりになった医務室で、レイはアスカの手を握り締めた。

 

「アスカ、お願い起きて。私、聞きたい事があるの。教えて欲しい事があるの。……碇君にも、言えないわ。こんな事知られたら、私、碇君に嫌われるもの。だからアスカにしか言えない。あの病院の時みたいに意見を聞かせて? お願い……」

 

 本音を言えばアスカにも話したくない。だが、もう今のレイに頼れるのは彼女しかいなかった。シンジは人殺しの切っ掛けになったと知れば嫌うだろう。リツコはそもそも母親を死に追いやったのだから言うまでもない。アスカも嫌うかもしれないが、シンジにさえ言えない事を話してきた仲だ。そういう意味でレイが何でも話せる相手である。だからこそ、もうレイはアスカに縋るしかなかったのだ。

 

「アスカ……教えて? 私はお母さんにどう接していけばいいの?」

 

 安らかな寝顔を見せるアスカへレイは思わず縋りつくように抱き着いた。レイの耳にアスカの心音が聞こえてくる。その穏やかなリズムにレイは次第に眠気を覚えそのまま眠りに落ちてしまう。

 

「……ここは?」

 

 ふと気付けばレイは見知らぬ場所にいた。そこはどこかの部屋だった。そしてそこには赤髪の幼女と一人の女性がいた。

 

「ママ、見て? あたし、もうこんな計算も出来るの」

「凄いわね、アスカちゃん。さすがママの自慢の娘よ」

「えへへ……」

「アスカ……?」

 

 女性に褒められる幼女の名前でレイは気付いた。それがアスカだと。たしかに面影はある。今よりも幼く可愛さが強い印象ではあるが。そんなレイの呟きにアスカは気付く事なく女性だけを見ていた。と、そこでレイは気付く。アスカの腕の中に人形が抱かれているのを。そしてその人形へ女性の視線は向いているのも。

 

「……どういう事?」

 

 気のせいだろうかと思いながらレイは目の前のやり取りを眺めていく。アスカが次々と年齢に似合わずやってのける事を喜びながら褒める女性。ただ、やはりその視線はアスカの顔ではなく人形を見つめており、返す言葉も同じものの繰り返し。

 

「あの女性、アスカを見ていないわ。ずっと人形だけ見てる」

 

 確信するように呟くレイだったが、その内容である事を思い出した。それはアスカがあの時語った過去。助け出された母は人形をアスカと思いこんで話し掛け続け、自分をまったく見てくれなかった事だ。

 

「これは……アスカの過去? なら……」

 

 幼いアスカが抱き抱えている人形と女性は、本来ならば違う扱いのはず。それが何を意味するのかを考え、レイは息を呑んだ。これが使徒の見せているアスカの夢なのだと。アスカが小さな頃願っていた事を叶え、現実から目を逸らさせている。そう理解したレイは小さく頷き行動に出る事にした。

 

「アスカ、目を覚まして」

「? お姉ちゃん、誰?」

 

 幼いアスカへ近寄り、声を掛けるレイだったが、それに対しての反応はまったく知らないと言ったものだった。初めて出会ったとばかりのそれにレイは一瞬怯んでしまう。更に言えばそのアスカの後ろで女性が睨むような視線を向けてきたのだ。まるで邪魔をするなと言うようなそれにレイは直感で確信する。女性は使徒だと。だからその場でしゃがみ、幼いアスカを守るように抱き寄せる。

 

「ふぇ? 何するの?」

「アスカ、騙されてはダメ。あれは使徒。アスカのお母さんじゃないわ」

「ママじゃない? しとって何?」

「アスカの本当のお母さんはここじゃない場所にいるわ。使徒は敵。アスカ、目を覚まして」

「アスカちゃん、こっちへいらっしゃい? ママと遊びましょう」

 

 レイの言葉をこれ以上聞かせまいとする女性。その言葉に幼いアスカは嬉しそうな表情を見せ、レイから離れようとする。だがレイも行かせまいと彼女の体を強く抱き締めた。

 

「はなしてっ! あたしはママと遊ぶの! ずっと一緒にいるのぉ!」

「アスカっ! 行ってはダメっ!」

「アスカちゃん、こっちへいらっしゃい? ママと遊びましょう」

「ママっ! ママァ!」

 

 レイの腕の中でもがく幼いアスカ。その時、彼女は両手を伸ばした。無意識の行動だったのだろう。助けを求める行動としては一番単純である。だが、それがある意味で夢の終わりを告げた。幼いアスカから転がり落ちた人形へ女性は視線を向けたのだ。更にその人形へ手を伸ばし、微笑みかけた。

 

「アスカちゃん、こっちへいらっしゃい? ママと遊びましょう」

「え……? ママ……?」

「……やっぱりそういう事なのね」

「ママっ! あたしここにいるよ! あたしはこっちだよっ!?」

「凄いわね、アスカちゃん。さすがママの自慢の娘よ」

「ママ……」

 

 まるでプログラムされたロボットのような女性に幼いアスカは愕然となった。その表情を見てレイが優しく彼女を抱き締める。その温もりが幼いアスカを包んだ。

 

「大丈夫。私はちゃんと見ているわ。アスカがどこにいたって、何をしてたって」

「お姉ちゃん……」

「お姉ちゃんじゃないわ。私はレイ、綾波レイ。貴女の事も名前で呼ぶから私も名前で呼んでと言ったはず」

「レイ……名前で呼んで……」

 

 ぼんやりとではあるが何かを思い出しそうな反応を見て、レイは他に何か思い出はないかと思って考える。そして一つ大きなものを思い出したのだ。彼女達二人しか知らない思い出を。

 

「一緒のベッドで寝たわ。アスカは背を向けてて、私はそこに寄り添った時よ」

「……一緒のベッド。私は背を向けて……レイが寄り添った……」

 

 そう呟いて幼いアスカは無意識にレイの胸に顔を埋めるように抱き着いた。その温かさと感覚があの記憶を呼び起こす。そう、シンジとレイに左右から抱き締めてもらった記憶を。

 

―――思い出したわ……。

 

 

 

 アスカとレイが医務室で人知れず使徒と戦っている頃、シンジは初号機の中でただ沈黙していた。アスカへ謎の光線を照射して以降、使徒が沈黙を続けているからである。おかげで暇なのはいいのだが、緊張感を途切れさせてはいけないという事もあり、彼としては少々困り始めていた。

 

「……このまま朝を迎えるとかないよね?」

 

 既に日付を跨いでいた。使徒への攻撃からかなりの時間が経過しようとしていたのである。別に眠くはないが何もしないままで時間を過ごすのは辛いものがある。しかも、戦闘待機を継続してなど余計に。それでもどこかで、下手に動きがあって厄介な事へ発展するぐらいなら現状のままがいいとは思っているのだが。

 

「アスカと綾波、大丈夫かな?」

 

 彼に入ってきている情報は、二人が使徒の攻撃で撤退した事だけ。命に別状はなく、怪我などをした訳でもないと聞いてはいた。だからそこまで心配はしていないが、やはり気にはなるのだ。二人共大切な彼女なのだから。と、そこに切羽詰まったシゲルの声が聞こえてきた。

 

『シンジ君、使徒が動きを見せた! 第十四使徒の時を遥かに超える高エネルギー反応を確認したんだ!』

「それって!?」

『狙いは衛星軌道上からの射撃だ! 威力が多少減衰されるとしても大惨事になるっ!』

『シンジ、頼めるか? 今はお前しかいない』

 

 聞こえてきたゲンドウの声は苦いものだった。それだけでシンジは嬉しかった。心配されていると分かったからだ。ならば答えは決まっている。

 

「行かせてくださいっ!」

『……よし、初号機を発進させろ』

『了解っ!』

 

 凛々しい表情で操縦桿を握り締めるシンジ。外へ出るや、彼は上空を見上げシゲルの指示に従って初号機を移動させる。そしてある地点で止まり、初号機の両手を突き出すようにした。

 

『攻撃着弾まで4……3……2……』

「フィールド全開っ!」

 

 まるでレーザーポインターのような形で初号機へ迫る高密度光線。その貫通力が初号機のフィールドへゆっくりと亀裂を生じさせていく。このままでは不味い。そう感じたシンジは力強く叫ぶ。

 

「通すもんかっ!」

 

 気迫ある声と共に初号機の目が光り、フィールドの亀裂が止まる。そして何とか使徒の攻撃を無力化する事が出来た。

 

「良かった……」

 

 ホッと一息ついた彼だったが、そこへ信じられない報告が入る。

 

『使徒っ! 接近してきますっ! ポジトロンライフルの射程外ギリギリです!』

 

 それが意味するのは先程よりも威力を増して光線が届くと言う事。であれば初号機でも防げない。だが、それならインパクトボルトが届くはず。そう思って気持ちを切り替えるシンジだったが、その瞬間彼へもあのレイを襲った光線が照射された。

 

「くっ! 眩しいっ!」

 

 まるで朝のような眩しさに目がくらまないよう手で影を作るシンジ。勿論そんな事をして意識を乱していてはインパクトボルトは使えない。あれはシンジと初号機が力を合わせて放つ攻撃なのだから。一方、発令所は初号機の心理グラフに変化がない事に驚いていた。

 

「これはどういう事なんだ?」

「分かりませんが、赤木博士の推測から考えればあの初号機は異なる世界からの来訪者です。故にエントリープラグ付近だけを従来の初号機へ戻しているのかもしれません」

「成程な。異なる位相にしてパイロットを守っていると、そういう事か」

「可能性としてですが」

 

 マヤの予想に冬月は満足そうに頷いた。おそらくそれが一番有力な考えだと思ったのだ。だが、このままでは初号機は反撃出来ない。あの眩しさの中では、意識を集中してインパクトボルトを使徒がいる方向へ放つ事など到底不可能だからだ。

 

「使徒に高エネルギー反応っ!?」

「奴は異なる光線を同時使用出来るのか!?」

「初号機を撤退させろっ! この際こちらへの被害は構わんっ!」

「はいっ!」

 

 ゲンドウの指示にマコトがシンジへ通信を開く。と、その時だった。

 

―――弐号機が発進しましたっ!

 

 マヤの報告に全員がモニタへ視線を向ける。そこには初号機の前方に位置し、ポジトロンライフルを構える弐号機がいた。

 

「目を覚ましたのか?」

「ですが、あのフィールド強度ではポジトロンライフルでも無理です!」

 

 冬月へ即座に事実を告げるシゲルだったが、そこへ響く声があった。

 

「やらせてあげて」

「葛城三佐……」

 

 足早に発令所の中央まで移動し、ミサトはゲンドウへ向き直った。その表情は凛々しさに満ちている。

 

「司令、弐号機パイロットに任せてみてください。お願いします」

「……何か策があるのか?」

「いえ。ですが一つだけ申せば女の勘、です」

 

 微笑みを返してミサトはモニタへ振り返る。

 

「今のアスカなら、彼女なら大丈夫です」

 

 その力強い肯定に誰もがモニタを見つめた。そこでは、弐号機がポジトロンライフルを使徒へ向けて発射していた。その射撃は届くものの、フィールドを破る事は叶わない。だが、アスカはそれでも良かった。確認したかったのだ。ポジトロンライフルが使徒まで届くのかを。

 

「日向二尉、ちゃんと届いたのよね?」

『あ、ああ。だが、フィールドを破る事は出来ていない』

「十分よ。届くのなら、ね」

『使徒のエネルギー反応上昇っ! 来るぞっ!』

 

 シゲルの声がアスカの耳に入ると同時に彼女は小さく苦笑する。何故なら大きな影が彼女の頭上を跳び越えていったからだ。

 

「ったく、やっぱそうするのね」

 

 弐号機の目の前には両手を突き出してフィールドを展開する初号機がいた。

 

「アスカは僕が守るっ! やるよ、初号機っ!」

 

 そこへ放たれる使徒の高密度光線。それが初号機のフィールドへ亀裂を生じさせる。その速度は先程よりも上がっていた。それでもシンジは退かない。後ろにいる少女を守るために。

 

「絶対にっ……退くもんかぁぁぁぁっ!」

 

 不屈の闘志に初号機の目が光る。その後方で弐号機は手を付き出してフィールドを収束させていた。そして、それは初号機のフィールドが貫かれる前に放たれる。

 

「どうだ!?」

「弐号機の収束フィールド、使徒へ命中っ!」

 

 今回はフィールドが衝突したまましばらく拮抗する。それでも、やはり突破するには至らない。誰もが落胆する中、シゲルが叫んだ。

 

「初号機のATフィールド、突破されますっ!」

「シンジっ!」

 

 ゲンドウの目の前で使徒の攻撃が初号機へ直撃し、その巨体を大きく吹き飛ばす。それでも弐号機は狼狽えなかった。いや、アスカはだろう。彼女は信じているのだ。愛する少年がこんな事で絶対に死ぬはずないと。それを証明するように仰向けで倒れていた初号機はゆっくりと起き上がったのだ。

 

「嘘でしょ?」

「し、信じられません。初号機へのダメージ軽微。かすり傷程度ですっ!」

「フィールドを突破するのでほとんどのエネルギーを使い果たしたのか……?」

「かもしれん。とにかく無事で良かった」

 

 初号機の状態に安堵するミサト達。だが、再び使徒はエネルギーを充填し始める。そんな中、アスカは考えていた。ポジトロンライフルが届いても無駄。収束フィールドも突破には至らない。かと言って初号機がインパクトボルトを使おうにも、そうすると使徒の同時光線に晒される。

 

(どうしたらいいの? 弐号機じゃ初号機の盾にはなれない……かといって二つの射撃攻撃も通用しないし……)

 

 その時、アスカはまたあの声を聞いた。それはあの夢でも聞いた声。彼女にとって、一番最初の最愛の相手の声。

 

―――アスカちゃん、フィールドはどんな銃にも対応する弾丸に出来るわ。

―――どんな銃にも……?

 

 告げられた内容にアスカは疑問符を浮かべる。だが、次の瞬間その脳裏に一つの閃きが生まれた。

 

「そうよ……何も使徒の真似をしなくてもいいんだわ。あたしは人間なんだもの! エヴァはヒトが動かしてるんだからっ!」

 

 力強く叫ぶと、アスカは弐号機にポジトロンライフルを構えさせる。その照準を使徒がいる方向へ合わせ、意識を集中した。

 

「フィールドを収束させるの……。場所は、銃口の前……」

 

 弐号機の目が輝き、ポジトロンライフルの銃口へ貼り付くようにフィールドが収束していく。それをモニタで見ながら誰もが息を呑んだ。アスカが何をしようとしているかを理解したからだ。十分な程の収束率となったのを実感し、アスカは目を見開いて叫ぶ。

 

「ライフル最大出力っ! フォイアっ!」

 

 放たれる陽電子の輝きが収束フィールドを押し出していく。それはそのまま勢いを付け、使徒のフィールドへと激突する。そこで初めて使徒のフィールドに亀裂が生じた。それはそのまま留まる事なくフィールドを突き破るように広がっていく。このままでは不味いと思ったのだろう。使徒は初号機へ放つつもりだった光線を発射し収束フィールドを迎撃。それは多少威力を殺しながら地上へと向かう。だが、それがいけなかった。

 

「今の弐号機はフィールドをこうも出来るのよっ!」

 

 威力を落とした光線。それを防げるだけの大きさへフィールドを収束し展開する弐号機。そう、今の弐号機ならば短時間であれば初号機の盾になれる。そして、そうなればシンジがどうするか。それを使徒が理解した時にはもう遅かった。

 

「インパクトボルトォォォォッ!」

 

 弐号機が作った時間は初号機の必殺技を放たせるのに十分過ぎる程だったのだ。向かってきた光線を逆に飲み込み、雷光が使徒へと向かう。それはそのまま弐号機が作った亀裂を広げるかのようにフィールドを突き破り、使徒を消滅させた。こうして第十五使徒は殲滅される。アスカの中にある一つの確信を与えて……。

 

 

 

「……ね、ママ。そこにいるんでしょ?」

 

 誰もいないケイジでアスカは弐号機へ語りかけた。あの時聞こえた声が誰のものかを確かに思い出して。もう二度と聞く事はない声。もうこの世にはいないはずの相手だと。

 

「ずっと、そこで見ててくれたのね。あたしを、あたしの事をずっと傍で見ててくれたのね? 助け出されたママは、大事な物をエヴァに置いてきちゃってたんだね?」

 

 視界がぼやける。声が震える。それでもアスカは話すのを止めない。

 

「初めてフィールドを収束させた時、ママの声が聞こえたの。最初は分からなかった。でも、シンジの話を聞いてもしかしてって思った。ママが……ママが弐号機の中にいるんじゃないかって! あたしの事をずっと見守ってくれてたんじゃないかってっ! 使徒との戦いであたしにフィールドの使い方、教えてくれたよね? ママの声、聞こえたよ!」

 

 限界だった。もうアスカは何も見えなくなった。涙が止まらなかった。あの日、少女の胸に刻まれた苦しみや悲しみは、今別の形へと変わり出していた。物言わぬ巨人。その中に最愛の母がいる。そう思うと複雑ではあるが嬉しくもあったのだ。

 

「グスッ……ママァ……あたし……あたしぃ……」

 

 弐号機前で泣き崩れるアスカ。しゃくり上げながら目元を何度も拭い、真っ赤に目を腫らしていく。どれぐらいそうしていただろうか。泣き止んだアスカは最後に鼻をすすり、弐号機を見つめて告げた。

 

「あたし、新しいママとも家族になろうと思うの。今日はその報告に来たわ。ママの事を忘れる訳じゃない。ただ、あの人もあたしをママと同じぐらい愛そうとしてくれてるって、そう分かったの。だから、あたしはママが二人出来るんだ。それってとても幸せだと思うから」

 

 真っ直ぐ弐号機を見つめ、アスカは微笑む。まるで母へ褒めてとねだる子供のように。だからだろうか。一瞬だけ弐号機の目が光った。それにアスカは驚き、すぐに満面の笑顔で頷いた。

 

―――じゃあね、ママ。また来るわ。

 

 最後には手を振ってアスカはその場を立ち去る。と、一度だけ立ち止まり振り返った。そしてもう一度笑顔で手を振って今度こそアスカは本部の出口へ向かった。だがその足が途中で止まる。

 

「レイ……」

「アスカ、待ってた」

 

 廊下の途中、壁に背を預けるようにしてレイが立っていたのだ。レイはアスカを見ると壁から背を離し、静かに彼女へと近寄る。

 

「そうだ。まだお礼言ってなかったわね。レイ、ありがとう。レイのおかげであたしは本物のママに気付けた」

「……そう」

 

 どこか暗い感じを漂わせるレイに違和感を抱きつつ、アスカは笑顔を向けた。それをレイは直視出来ないように視線を逸らす。まるで自分はそんな感情を向けられる相手ではないと言うように。ここまでくればアスカも気付く。レイに何かあった事を。

 

「ね、レイ。さっき待ってたって言ったわね? 何かあたしに聞いて欲しい事があるの?」

「…………ええ。もう、アスカしか頼れないの」

 

 レイがアスカへ相談したい事の一端を話し出した頃、二人を待って出口付近にいたシンジの携帯が震えた。

 

「メール? アスカから?」

 

 その内容は、レイから女としての相談を受けたので先に帰って欲しいとのもの。気になる事ではあったが、女性同士の話に首を突っ込んではいけないと思い、彼は久しぶりに一人で本部を後にした。そこにはガードに気迫や不屈を使った疲労も影響している。早く帰って休みたかったのだ。

 

 同じ頃、リツコは研究室で机に突っ伏して悲しそうな顔をしていた。

 

―――母さん、やっぱり私も隠し事をしている罰が当たったのかしらね……。

 

 彼女は知らない。彼女が娘と思う少女も似たような事を思っているなどと。リツコとレイ。二人の関係に最大の危機が訪れようとしていた……。

 

 碇シンジは精神レベルが上がった。勇者のLVが上がった。

 

新戦記エヴァンゲリオン 第二十二話「せめて、親子らしく」完

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