エヴァだけ強くてニューゲーム 限定版   作:拙作製造機

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活動報告に書いた通りの特別回。とはいえ、最終回後ではなく、二十六話と最終話の間の話。まぁ、アフターの前振りみたいな内容かと。蛇足になるかもしれませんが、暇潰しにどうぞ。


第二十六・七話 彼らは少しずつ進んでいく。

「それで、話って何ですか?」

 

 あのアダムとの戦いから一年と数か月、シンジは今やただの中学生として人生を謳歌していた。使徒がいなくなり、エヴァ自体も最後の戦いで甚大なダメージを負った事もあって、もうチルドレン達の役目は終わったためだ。

 

 そんな彼は、生まれて二度目に経験する冬の寒さに初めて使うこたつを以って対抗している。ゲンドウから話を聞いたそれは、一度入ると出られなくなるというフレーズ通りに少年を魅了してやまなかった。

 

 そんな彼の向かいには、同じようにこたつへ入ってみかんを食べている一人の男がいた。以前は無精ひげを生やしている事もあったが、今や同棲中の彼女から指摘される事もあってか綺麗に剃り落している。

 

「ん? ああ、実はな? ちょっと君に頼みたい事があってね」

「ミサトさん絡み、ですよね?」

「ま、そうだわな。俺が君に頼み事と言えばそうなるか」

 

 みかんを一房口に入れ、加持は口の中に広がる程よい酸味と甘みに満足そうに頷いた。場所は碇家でシンジの部屋。

 あのリリスとアダムの魂を宿した二人とシンジによって起こされたサードインパクト。それによって世界は四季を取り戻し、大人達には嬉しさと懐かしさを、子供達には驚きと感動を与えていた。

 

 が、同時に冬という概念がなかった子供達には突如として訪れた寒波などは恐ろしい程の威力を持っており、暖房器具などの必要性がそれまでなかった事で家庭はおろか企業や公共の場でさえも若干の混乱を招いたのだ。

 

 ちなみに、シンジは日本が冬を本格的に迎える前の段階でアスカと共にドイツを訪れており、そこで寒さに対する備えをする必要性を痛感していたので大事には至らなかった。

 

「で、何を聞けばいいんですか?」

「おっ、鋭いな名探偵」

「茶化さないでください。ミサトさんがアスカとそういう話、してるみたいなんです。そろそろ結婚式、考えてるって」

 

 加持の言葉へジト目を返すシンジ。兄のような存在とも言える加持と姉のようなミサト。その二人から可愛がられているシンジやアスカとしては、どうしてもその関係性が自身とだぶる時がある。

 その事もあり、リツコからからかわれる事もあるのだ。そう、レイの存在である。リツコがレイを自分と同じような立場にしないでねと、そうシンジへ思い出したかのように告げているのだから。

 

(綾波がリツコさんって……意外と笑えないんだよなぁ)

 

 手続きをした事もあり、今のレイは書類上はリツコの養子となっている。つまり赤木レイとなるはずなのだが、そこは特務機関であるネルフであった。

 彼女が綾波レイと言う名に拘っている事を理解しているため、いかようかの手段を用い、その決まりを無視あるいはクリアしてしまったのだ。

 

 その背景には、リツコだけでなくかつてレイに入れ込んでいた一人の男の力もあった。

 

 話を戻そう。そうして母娘となった事もあり、レイは前にも増してリツコの事を母として慕うようになっていた。

 元々感情の起伏が乏しかった事や色々な事への興味が尽きない性格だった事も影響し、リツコの助手の道を視野に進路先などを考え始めている程に。

 

「あー、アスカからか。成程なぁ。順調に交際は発展してるみたいだな。結構結構」

「おかげさまで。まぁ、多分アスカと綾波もミサトさんやリツコさんから色々教えてもらってると思いますけど」

「だろうな。で、どこまでいった?」

 

 その問いかけにシンジは微妙な表情を浮かべる。キスこそあのパイロット時代に済ませていたが、そこから先はそれから一年以上経過した今でも出来ていないのだ。

 何もシンジが奥手なのではない。そういう機会を設ける事が出来ないと言うのが正しいと言える。

 何せデートは三人で、二人きりなど基本不可。そうなればそういう事をしようにも出来ないし、誘うとしてもどちらを先にするかで揉めるのは目に見えている。

 

「……アスカも綾波も大事ですから」

 

 故にそう答える事しかシンジには出来ない。それだけで加持にも分かった。彼がより深い関係になりたいと思っている事と、それをおそらく少女二人も望んでいるだろうことも。

 だからこそ手が出せないのだろうともだ。アスカもレイも互いを大事に思っている。シンジはその両方を想っている。つまり、手を出すなら二人同時か、もしくは連続でとなる。それはさすがにとシンジは思っているのだ。

 

「ま、こればっかりは俺からもアドバイスはないな。ただ、上手くすると男の夢を実現出来る、かぁ。羨ましいな」

「ミサトさんに言い付けますよ?」

「おいおい、これぐらいはいいだろ? 男だけの会話だ。それに、シンジ君だってそう出来たらと思わないか?」

「それは……まぁ」

「な? まぁ、これはアスカも、勿論レイちゃんも嫌がるだろう。初めてっていうのは男もそうだが女だって大事にしたいもんだし」

 

 その加持の言葉にシンジも深く頷く。そう、それ故に彼は未だに最後の一線を越える事が出来ないのだ。

 

「って、僕の話はいいんです。加持さんの話ですよ」

「そうだったな。ま、とはいえシンジ君にしてもらうのは簡単さ」

「簡単?」

 

 小首を傾げるシンジへ加持は小さく頷いて顔をこたつの上に乗せた。

 

「アスカに頼んで欲しいんだ。ミサトの指のサイズ、調べておいてくれって」

「……サプライズのため、ですか?」

「ああ。こういうのを嫌いな女はあまりいない。そもそもミサトはそういう事をしたがるタイプだ」

「あー……」

 

 思い当る節があるため、シンジも納得する声を上げた。実際、あのミサトの部屋からの引っ越しで彼女は仕事を中抜けしてシンジを見送ったのだ。そういう事からミサトの在り方や考え方が分かるのだろう。

 こうして彼は加持の依頼を受けてアスカへと頼み事をする事にした。その際、加持はシンジへこう言った。この礼はいつか必ずすると。それが何なのかをシンジが知るのは、これから十年近く経った時になる。

 

 さて、シンジが加持と男同士のくだらない会話に興じている頃、アスカはレイと二人でぼんやりとテレビ番組を眺めていた。

 二度目の冬は最初に比べて幾分かマシに過ごせる事が出来、それなりに楽しくもあったのだが、一つだけ二人にとって残念というか寂しかった事があったのだ。

 

「結局、何も進展しなかったわね」

「……そーね」

 

 画面の中では冬の味覚食べ尽くしと題打った番組が流れ、アイドルや芸人が見るからに美味しそうな食べ物を食べている。だが、二人の頭の中はそれらに関する事は一切入っていない。

 

(中学の内にシンジと男女の関係にって、そう思ってたのにぃ……)

(中学卒業までに碇君と一緒に子供を卒業しようと思ってたのに……)

「「はぁ~……」」

 

 シンジが悩んでいた事に二人もまた悩んでいたのだ。しかし、彼女達の方がシンジよりも強く踏み込んだ関係を持ちたいと願っていた。その理由は、当然ながら二人が一人の少年の彼女であるためだ。

 相手を蹴落としたいとは思っていないが、出来れば自分がシンジの初めてでありたいとは思う女心である。つまりシンジの彼女となって初めての女の争い中であった。

 

「レイ、多分なんだけどさ」

「分かってる。碇君は、私達を平等に扱いたいと思ってる。だから……」

「う~……だからって初体験が三人ってのはぁ……」

 

 アスカもさすがに乙女である。大事な初体験は普通の形が望ましいと考えていたのだ。ただ、ここでアスカはある事を忘れていた。いや、見落としていただろうか。レイがそのアスカの呟きにハッとした顔を浮かべたのだ。

 

「そうだ。アスカ、聞きたかった事がある」

「何?」

「その、ああいう事を三人でしていけない理由は何?」

 

 間違いなく、その時のアスカの顔は間抜けていた。人に見せてはいけないぐらいに乙女が見せていい顔をしていなかった。ただ、レイにとってはアスカの反応に小首を傾げるだけ。

 

「どうしたの?」

「あ、あのね? 普通に考えておかしいでしょ。その、エッチってのは」

「アスカ、普通って言うけれど、私達はそもそも普通の男女の交際関係ではないわ。それなのに?」

 

 告げられた言葉にアスカは思わず顔を赤めた。彼女もレイとの付き合いは長い。下手をすれば一番かもしれない程だ。だから分かったのだ。レイが何を言いたいかを。

 

「……じゃあ、レイはあたしと一緒にシンジとエッチな事してもいいのね」

「ええ。でも、ああいう行為は男女一組で行うのが正しいと思ったから」

「そういう事か」

 

 レイはどうしても知識をアスカやシンジ、あるいはリツコやヒカリなどの限られた人間から得る。テレビなどの媒体からも得ない訳ではないが、どうしても比重としては人から聞く事が多い。

 故に所謂性的知識は同年代に比べ乏しく、また興味も薄いためにアスカやリツコの頭を悩ます事が多々ある。シンジへはそういう事を聞かない方がいいと徹底されたため過去のような事故は起きていないが、絶対にないと言い切れないのがレイの可愛さでもあり厄介さでもあると言える。

 

(これ、要するにあたしがレイへ説明か同調する流れよね? ……シンジの考えを踏まえると同調した方がいいとは思うけど……)

 

 どうしたものかとソファへ背を預けて天井を見上げるアスカ。説明をしても、レイが言ったように交際関係が普通ではない以上有効な説明が思いつかない上、初めてシンジからキスされた流れと同じになるだけ。

 かといって、同調して複数での行為となるのも若干抵抗がある。何より、自分が無防備な状態になるのをシンジだけでなくレイにまで見られるのはアスカとしては想像したくなかった。

 

 どうしようとアスカが頭を抱えそうになったその時、彼女へ救いの手が差し伸べられた。それはシンジからの着信。渡りに船とばかりにアスカは通話の選択肢を選んだ。

 

「シンジ、どうしたのよ?」

『あっ、アスカ? その、少し頼みがあるんだ』

「頼み?」

 

 チラリとレイを見るアスカ。見られた彼女は不思議そうに首を傾げている。その愛らしさに小さく笑みを浮かべ、アスカはシンジの反応を待った。

 

『えっと、ミサトさんの指輪のサイズを調べて欲しいんだ』

「……加持さんからの頼みでしょ、それ」

『うん。どうかな?』

「いいわ。気付かれないようにやってあげる」

『ありがとう、アスカ。それと、綾波に言っておいてくれるかな。風邪に気を付けてって』

「分かったわ。シンジも気を付けなさいよ? 今度のデートの時に無理なんてなったら」

『怒ってお見舞いもしないって?』

 

 遮るように告げられた苦笑する声。それにアスカは小さく笑みを浮かべる。

 

「まさか。シンジのパパとママが呆れるぐらい熱烈に看病してあげるわ。レイと一緒に、ね」

『そんな事言われると風邪引きたくなっちゃうよ』

「勘違いしないでよ? 誰も優しくとは言ってないから」

『それでもだよ。っと、じゃあ切るね』

「ん。あ、ちょっと待って」

『え?』

 

 疑問符を浮かべたシンジだったが、すぐに聞こえてきた声でアスカの考えを察する事が出来た。

 

「もしもし、碇君?」

『こんにちは綾波、今日も寒いね』

 

 レイに他愛ない話題を振ってシンジは笑みを浮かべる。アスカらしい配慮に感謝しながら、彼はレイと少しだけ会話に興じた。中学最後の冬休みに入って数日が経過し、クリスマスを過ごした今は次に迎えるは大晦日である。

 実はクリスマスをシンジ達は共に過ごしていなかった。その理由は一つ。今年遂に初号機からユイがサルベージされたためである。

 家族三人で過ごす時間を大事にしたいシンジと、それを尊重したアスカとレイによってクリスマスの夜はそれぞれで過ごしたのだ。まぁ、去年のクリスマスは三人で過ごしたからと言うのもあるのだが。

 

「じゃあ、碇君またね」

『うん。また大晦日に』

 

 通話を終えたレイは手にしていたスマホをアスカへと手渡した。

 

「大晦日に会おうって言われたわ」

「そっか。ま、シンジも楽しみにしてるんでしょ。何せ三人で夜を過ごすなんて久しぶりだし」

 

 実は今年の大晦日から数日、碇夫妻が旅行へ出かける事になっているのだが、シンジは受験のために一人家に残って勉強するのだ。そこでアスカとレイは共に年越しをしようと考えていたのである。

 その事を既に二人はユイへ相談し了承を得ていた。ゲンドウではない辺りに碇家のパワーバランスがどうなっているかが現れていると言えよう。

 

「アスカ、相談があるの」

「奇遇ね。あたしもレイに相談があるわ」

 

 何か思いついたかのような笑みを見せ合い二人は頷く。悟ったのだ。相手の相談内容は自分と同じだろうと。その予感通り、その後の話で彼女達が告げた内容はほとんど同じであった。

 話し終えた二人は悪戯っぽく笑う。これまで自分達が思いもしなかった事をシンジが予想出来るはずはないと、そう確信に近いものを抱いて。

 

「大晦日、楽しみね」

「そうね。シンジの奴、どんな反応を返してくれるやら……」

 

 

 

 少女二人が来たるべき日に備えて色々と話し合いを始めた頃、碇家のリビングではゲンドウとユイが和やかな雰囲気の中で会話していた。

 

「本当に時が経つのは早いわね。もうすぐ私が初号機からサルベージされて一年になるなんて……」

 

 ユイがサルベージされたのは今年の二月の事。バレンタイン直前であった。そこから様々な検査などを経て、碇家に彼女が戻ったのが今年の四月の事だ。まるで時が止まっていたのかのようなユイの姿に、ゲンドウ達は絶句しシンジ達は驚いていたのを彼女は昨日の事のように思い出せる。

 

「そうだな。そして、まさかこんなにも早く子から恩返しをされるとは」

「本当に。私なんてやんちゃになってきた頃の印象しかなかったもの。だから余計に色々と胸に迫るものがあったわ」

「ああ、俺もだ。父の日に母の日、それだけでも感じ入るものがあったというのに……」

「ふふっ、シンジなりに私達の事を気遣ってくれてるのよ。まぁ、こうやって二人で普通に話すようになったのもつい最近だもの……ね?」

 

 ユイの軽いジト目にゲンドウは申し訳なさそうに頬を掻く。サルベージされたユイへゲンドウがまずしたのは謝罪だった。それは、彼女が初号機に取り込まれてからの様々な事に関係するもので、とりわけ彼が一番謝りたかったのは赤木母娘との関係だ。

 

―――そう、ナオコさんだけじゃなくリツコちゃんまで……。

―――ああ、そうだ。俺は、最低な行動をしていた。シンジだけじゃなく、お前にもだ。

 

 その日からしばらくユイはゲンドウと口を利かなくなった。会話は必要最低限となり、シンジはそんな両親の姿に小首を傾げながらも自分なりに理由を考えて、少しでも失った時間を取り戻してくれればと思い大晦日からの旅行を計画、それを両親へプレゼントしたという訳だった。

 

「でも、私も貴方を強くは責められない。理由はどうあれ、貴方とシンジを置き去りにしたのは事実なのだから」

「……似た者夫婦とはよく言うが、本当だな。俺もお前も自分の事ばかり考えていた。結果、両方共にシンジの事を正しく考えてやれなかった」

「そうね。そんな私達を、あの子は一途に信じてくれた。名は体を表すと言うけれど……」

「そうなったのは、あいつや周囲のおかげだろう。シンジまでは合っていても、続くのが良い方かまでは決まっていなかった」

 

 言ってゲンドウは思い出すのだ。あの久しぶりに再会した時のシンジの事を。どこか気弱な雰囲気を持ち、周囲に流されるような印象を持った、少年の姿を。

 

(あれからゆっくりとシンジは変わっていった。俺の知らぬところで、様々な事を経験しながら。そして、俺へも少しずつ距離と詰めようと動き出した。あれがなければ、今頃どうなっていただろうか……)

 

 ユイの真意へ想いを馳せる事もせず、自分の事しか考えない計画を進め、下手をすれば息子と敵対していた可能性さえある。何しろ、最初ゲンドウはシンジを犠牲にするつもりだったのだから。

 

「それにしても、中々思い切った事をするわね、アスカちゃんとレイちゃん」

「ん? ああ、年越しの事か。まあいいだろう。中学最後の冬休みだ。クリスマスはこちらへ譲ったから、という事だろうな」

「そうだと思うけど、シンジはああいう物をちゃんと準備してるのかしら? ないとは思うけど不安だわ」

 

 ユイの発言にゲンドウは一瞬戸惑い、そして理解をしてから若干狼狽える。

 

「ま、まさかシンジ達がここで、その、そういう事を?」

「シンジはそのつもりはないでしょうけど、アスカちゃんとレイちゃんは分からないわ。だって、二人はシンジの特別になりたいはずよ? なら、そういう事を先にしてしまってと、考えても不思議はないじゃない」

「そうかもしれんが……」

 

 アスカはともかくレイにそんな行動は出来ないだろう。そう言いたいゲンドウだったが、それを口にする事はなかった。いや、正確には出来なかったのだ。

 

「それに、男の人にとって、そういう事の初めての相手って特別になるんでしょ?」

 

 にっこりとしたイイ笑顔でそう告げられた瞬間、彼は何も言えなくなって黙って頷く事しか出来なかったのだ。何せ、ゲンドウにとってのユイはそういう相手だったために。

 こうして沈黙したゲンドウをユイはどこか微笑ましく見つめる。子は鎹と昔から言うが、この二人にとってはまさしくそうだった。

 

 ゲンドウの不倫を全て知った時、ユイはどこかで察していたとは言え嫌な気分になった。ただ、それはゲンドウへ自分がした仕打ちを考えれば非難する事が出来ないものでもあったため、彼女は黙って受け止めた。

 その時、ユイが思ったのはシンジの事。ゲンドウは自分よりもシンジと向き合い、多少なりとも親らしい事をしていた。それに対して自分はまったくと言っていい程出来なかった。その事実がユイの中で負い目となってゲンドウの行動を飲み込ませ、シンジのためにもちゃんとした家族の時間と温もりをと思わせたのだ。

 

「とにかく、年末の旅行は楽しみましょう」

「……ああ」

「ただしアレは無しですからね」

 

 ピシャリとそう言い切られ、ゲンドウはガックリと肩を落とした。そんな彼をユイは少女のような笑顔で見つめるのだった。

 

 

 

「それにしても、意外と遅かったわね」

 

 そのリツコの言葉にミサトは小さく苦笑した。場所はミサトのマンションのリビング。シンジがいなくなって一年以上が経過したそこは、加持の努力とミサトの変化もあって一定の清潔感を保っていた。

 

「結婚?」

「ええ。するだけならあのあとすぐに出来たでしょ?」

 

 リツコの指摘通り、ミサトと加持はアダム戦直後に結婚出来るだけの余裕と愛情があった。だが、彼女達二人はそれでも結婚する事を選ばなかったのだ。その理由がリツコには分からなかったため、何故今なのかと問いかけていたのである。

 

「まーね。でも、あたしもリョウジもその先の事を考えてたの。で、やっとその事に対しての目途も出来てきたから、ならって感じ」

「……住宅と子供?」

「ご名答。正直子供に関しては早い方がいいじゃない? 三十路までに結婚って思ってたのが遠い昔みたいな話だけど」

 

 そう言ってミサトは思い出す。それは友人の結婚式へ出た日の事。加持と二人で帰る途中、想いを吐露した時の記憶だ。それから既に一年が経過し、もう少しで一年半となろうとしている。

 

(思えば、あそこであたしが踏み出したから今があるのよね。で、そう出来たのもシンちゃんがいたからで……)

 

 思い返して変化の起点としてミサトが辿り着くのはシンジの存在。そう、この世界を守ったのも変えたのも彼なのだから当然だ。だが、そのシンジを変えたのはミサトである。そして何よりその流れを引き寄せたのは、異世界からの来訪者たるF型初号機だった。

 

 それらを総括して言える事は、今の結末へと導いたのは、シンジを中心とする全ての者達が一番嫌な事から逃げ続けた結果であるという事だ。

 

「でも、あの宣言は守れそうね」

「へ? あの宣言?」

 

 不意に告げられた内容にミサトの目が丸くなる。その表情が年齢に似合わず可愛らしく見え、リツコは小さく笑みを浮かべると頷いた。

 

「ほら、これまでのご祝儀を回収するっていう、あれよ」

「あ~……そんなような事、言ったっけ」

「ええ。それはもう、恨み節全開で」

「…………言霊ってあるのね」

「そうみたいだわ。貴方のだけじゃない。シンジ君やレイ、アスカなんかもそうよ。言霊はきっと本当にあるんでしょう。残念なのは科学的に実証が不可能な事だけれど」

 

 楽しげにそう締め括り、リツコはテーブルに腕を置くと顔も載せるとからかうように笑みを見せた。

 

「それで? やっぱり来年の六月?」

「そりゃそうよ。これまでのあたしが一年の中でもっとも嫌がった時期にしないでどうすんの。そこでキッチリ既婚未婚を問わずご祝儀をせしめてやるんだから」

「あら怖い。ただ、私はそこまで出せないわよ」

「リツコは気にしなくていいわ。あたしの狙いは今までこっちに幸せを見せつけてきた連中よ」

「ふふっ、今度からは自分もそっちになる事を忘れないようにね」

 

 拳を握り力説するミサトへリツコはそう言って苦笑する。結婚という女としての一つの幸せを掴もうとしている親友を祝いつつ、どこかで自分はそれとは無縁であると察して寂しそうな眼差しを一瞬だけ浮かべて。

 

 それでも、今の彼女にはその寂しさを忘れさせてくれる存在がいる。故にマイナスな感情だけを抱く事はない。

 

(いつか、レイが結婚式をする時がくる。その時、私が母さんの出来なかった事をしてあげたいわね)

 

 ひょんな事から始まったリツコとレイの擬似的母娘関係。それが今や自他共に認めるぐらいの仲良し義母娘となった。リツコの祖母もレイの事を可愛がっており、リツコの義娘となったからかひ孫が出来たと喜んでいる程だ。

 

「で、そっちはやっぱりしないの?」

 

 来たる時へ想いを馳せていたリツコへミサトが投げかけた声は、どこか探るようなものだった。それが意味する事に気付き、リツコは一瞬キョトンとするものの、すぐに柔らかく微笑んで頷いてみせる。

 

「そうね。きっと、私はもう恋は出来ないでしょうし。あの人が最後、かしら」

「その、こういうのも何だけど勿体ないわよ。リツコ、イイ女なんだし」

「ありがとう。だけど、仕方ないの。だって、あの人は私が想いを寄せた頃よりもどんどん魅力的に見えているのだもの。未練、ではないけど、引きずり続けるとは思う」

「……だからこそ恋はしない?」

「そ。永遠の片想い、かしらね」

 

 どこか楽しげに告げ、リツコは優しい表情でミサトを見つめた。

 

「きっとその方がレイのためにもいいわ。それに、未婚で中学生の子持ちの三十路オーバーなんて貰い手がないわよ」

「どうかしら? いっそ冬月先生とか?」

「面白い冗談ね。貴方が逆ならどう思うの?」

「…………ごめん」

「よろしい」

 

 と、そこで少しだけ間を置いて二人は笑い出す。どこかで思ったのだ。きっと今のような雰囲気をずっと続けていけるのだろうと。大学時代よりも親密になった関係は一生涯のものだ。

 それを噛み締めるように二人は笑う。やがてその声が小さくなり、室内に静けさが戻る。互いを見つめ合う眼差しは優しい。

 

「結婚しても、こうやって付き合ってくれると嬉しいわ」

「それはこちらこそだって。女同士の付き合いも大事だもの」

 

 彼女達はまだ知らない。この数年後、リツコが思わぬ事からミサトとご近所付き合いを始める事になる事を。そして、女同士の交わりは人数を増やしてしまう事も……。

 

 

 

 今年も残すところあとわずかとなり、テレビの中では芸能人達が口々にカウントダウンが近い事を話題にしている。それらをBGMにシンジはアスカとレイの二人を助手に年越しそばを作っていた。

 

「シンジ~、丼は用意したわよ~」

「分かった。綾波、そばは?」

「もう茹で上がったわ」

「じゃ、適当に三人分に分けて丼へ入れてくれる? 僕はつゆをかけていくから」

「分かった」

「あっ、あたしの海老天二本ね。レイの分も食べるから。代わりに野菜のかき揚げはレイに二つよ」

「はいはい」

 

 年越しそば用にシンジが用意した天ぷらはエビとかき揚げの二種類。一応人数分な辺りに彼らしい配慮が見える。レイがエビを食べないだろうと思っていても、最初から用意されていないのはどうかと考えたのだ。

 

 こうして完成した年越し天ぷらそばを啜りながら、三人はテレビ番組へと視線を向ける。そこではいよいよ新年へのカウントダウンが始まっていた。

 

「……今年ももう終わりか」

「来年は高校生ね」

「受験に失敗しなければよ、アスカ」

「分かってるっての。って、残り二秒」

「一……ゼロ」

「「「あけましておめでとう」」」

 

 言い合って笑みを見せ合う三人。去年は初詣の待ち合わせで言ったため、シンジが最初に挨拶をしたのはゲンドウだった。それが今年は自分達が最初。それがアスカもレイも、そして言ったシンジ自身も嬉しかったのだ。

 勿論ゲンドウに一番最初に年始の挨拶を言った時も嬉しかったが、やはり大事な彼女二人へ最初に言う事も特別なのである。それは、アスカとレイも同様であった。

 

 残ったそばを食べ終え後片付けを始める三人だったが、その様子はやや落ち着きがなかった。それもそうだろう。何せ初めての恋人となってからの夜である。しかも、三人だけの。

 

(ど、どうしようかな。さすがにそういう事はないと思うけど……)

(こ、今夜は三人だけなのよね。レイもそういう事を考えてるだろうし、い、いっそシンジへ迫ってみる? ……だ、ダメよっ! さすがにそれは不味いわ! ユイおば様にも申し訳ないし!)

(何故かしら……胸がドキドキする。それに、碇君もアスカもそわそわしてる。……ああいう事をしたいと思ってる? だとしたら……)

 

 今年で中学を卒業する事もあり、シンジ達は多少ではあるが互いの関係を一歩進めたいと思い出していた。何しろアダムとの戦いの後、シンジ達は色々と落ち着かない日々が続いたために。

 まず、初号機のサルベージ作業とその結果救出されたユイのためにシンジがどうしてもそちらを優先した。次にアスカの両親からの適度な交際をとの言葉でシンジとアスカの間にやや距離が出来そうになり、その解決のためにレイが奔走する事となった。

 

 それら全てが片付き、落ち着きを見せたのが大体夏手前。それまでもデートなどのカップルらしい時間を過ごしていなかったワケではないが、どうしてもゆっくりとは出来なかったのである。

 

 奇妙な緊張感を漂わせながらシンジ達はリビングのソファへと座る。中央にシンジで両隣をアスカとレイという定番の位置取りで。

 

「えっと……とりあえずどうする?」

「初詣よね。う~ん……レイは?」

「行きたいけど、今は人も多そうだし明け方よりも少し前ぐらいが狙い目だと思う」

「それはそうかもしれないけど、そこまで起きてられるかな?」

「……! じゃ、寝れないようにしてあげましょうか?」

「へ?」

 

 何か思いついたのか、とてもイイ笑顔を浮かべるアスカに、シンジは嫌な予感を感じつつも顔を向ける。レイも彼の後ろから顔を出し、アスカの事を見つめていた。

 そんな二人へアスカは得意げに笑うと着ていたパジャマの一番上のボタンを外した。年齢の割には大き目の胸が作る谷間がシンジの視界に広がる。

 

「……あ、アスカ? まさか……」

「これなら興奮して寝れないでしょ?」

「そう、そういう事。分かった」

「あ、綾波?」

 

 やや顔を赤くしながらも慌てる事がない辺り、シンジも順調に男として成長を続けているようだ。そんな彼でも動揺は少なくなっただけであり、平気になった訳ではない。現に、アスカに続けとレイが第一ボタンを外した際にはしっかりと唾を飲んだのだ。

 

「これでいい?」

「ばっちりよ。で? シンジは何であたし達を寝かさないようにするのかしら?」

 

 挑発的なようで、どこか期待を滲ませるアスカの声と表情にシンジは困ったように頬を掻いた。

 

「え~っと……正直す、スケベな事しか思いつかないんだけど……」

「っ!? そ、そう……」

「う、うん。だから」

 

 勘弁して欲しい。そう続けようとしたシンジの言葉を遮るようにレイが口を開く。

 

「いいわ。私はそれで」

「「ええっ!?」」

「……だって、もうキスは普通にするようになったわ。なら、次の段階へ進むべき」

 

 驚きを見せる二人へレイはそう返す。ただ、その顔はほんのりと赤くなっており、声には若干の恥じらいが混ざってはいたが。

 

 思わぬレイの反応にシンジとアスカはどうしたものかと沈黙する。本音としては彼らもレイと同意見ではある。あの頃は特別な感じがあったキスさえ、今はそこまでの事でもなくなっていたのだ。だからといって、性交まではさすがにどうかと思う辺り、まだシンジもアスカも子供であると言えた。

 

「…………分かった。アスカ、綾波の言う通りかもしれない」

「え?」

「その、少しだけ、少しだけ僕らの関係を進めよう。手を繋ぐのも一歩、キスも一歩。だけど、ああいう事は一歩じゃないから。ジャンプはしないで、一歩ずつ進んでいこう」

 

 噛み締めるような言い方でアスカも気付く。シンジがしようとしているのは性交ではない事を。きっと、それよりももっと可愛い、だけれどエロティックな事をしようとしている。そう判断し、アスカは覚悟と期待を込めて息を吐いた。

 

「うん、そうね。一気に進むのはシンジらしくないもの」

「ありがとう。でも、必要になったら頑張ってみせるからね」

「っ……知ってる」

 

 不意打ち気味に見せられる優しく強い笑顔にアスカが赤面する。その笑顔に、自分が愛されている事を実感して。

 

「じゃあ、二人共もうちょっと体を寄せてもらっていい?」

「こう?」

「うん」

「っと。で、どうするのよ?」

「こうする」

「「ぁ……」」

 

 二人の体を抱き寄せ、その手を彼女達の腹部へと置くシンジ。その手から伝わる温もりと感触が彼らの心を高鳴らせ、そして温めていく。

 

「どう、かな?」

「ヘタレシンジ。そこは胸に来るとこでしょ」

「そうしたいけど、それはきっとジャンプしたくなるから」

「碇君、変な事したいの?」

「今の僕らだと変な事って言うよりエッチな事、かな」

「……そう」

「レイ、分かってると思うけど」

「ええ。言わないでおく」

 

 赤い顔をしながら二人の乙女はシンジの下半身へ視線を向けていた。そこは雄弁に彼の本音を告げているのだ。いっそここで抱かれてもいい。そうアスカもレイも思い出した時だ。シンジが静かにこう告げる。

 

「そういう事は、せめて高校に入ってからにしたい。僕が、自分で生き方を決めて歩き出してからで」

 

 少しだけ二人を抱き寄せる腕に力がこもる。そこにシンジの想いを感じ取り、アスカもレイも黙って頷いた。そして自らもっと体を彼へ密着させる。二人の胸がシンジの胸へと押し付けられ、その柔らかさと熱を伝える。

 

「えっと……二人共?」

「何よ? 今自分で言ったんでしょ? なら、我慢しなさい」

「碇君、これが私達の返事と気持ち。エッチな事はしたい訳じゃないけど、されてもいいとは思ってる」

「ま、その……そういう事よ」

「……ありがとう、アスカ、綾波。うん、いつか必ず責任を果たすから」

 

 こうして三人は抱き寄せあって時間を過ごす。当然ではあったが、互いの体温を感じ合いながら静かにしていた事でしっかりと眠ってしまい、目が覚めた時には完全に日が昇っていた事を記す。




何度か作中でも作外でも書いたかもしれませんが、自分としてはシンジ達のもう一つの形が加持達と思っています。
レイがユイの因子を持ったままなら、当然シンジと結ばれるのは色々と面倒な事になります。それに、やはりシンジはアスカの事を異性として意識している描写が多かったですし。
なので、シンジ=加持、アスカ=ミサト、レイ=リツコと考えるとその関係図は中々面白いものに思えます。

なんて、妄言はこれくらいにしておきます。ここまで読んで頂き本当にありがとうございます。

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