あと、レイがヒロインみたいになってますが勘弁してください。
見切り……スパロボの特殊技能の一つ。気力が通常からプラス30になると発動。命中や回避などにボーナスがつく。
「碇シンジです。よろしく」
第3新東京市立第壱中学校。そこが今日からシンジの通う事になった学校だった。愛想良くなど出来ない彼は、第一印象から陰気か根暗と言われてもおかしくないような雰囲気で自己紹介を終え、言われるままに指定された座席へ座る。クラスメイトの様々な視線を受けたのも束の間、すぐにそれらは感じなくなった。興味がそこまで湧かないのだとシンジは思った。それでいいとも。
(どうせ、僕は一人なんだ)
友達が欲しくないとは言わない。でも、欲しいとも言わない。シンジは何に対しても消極的だった。きっと受け入れてもらえない。そんな気持ちがどこかにあったからだ。と、一つだけ残っている視線に気付いた。その視線を追うと儚げな感じの美少女がいた。包帯などがあり、とても見た目が痛々しい。その少女の血のように赤い目がシンジを見ていた。
(誰なんだろう……? それに、すごい怪我をしてる。大丈夫なのかな?)
(あれがサードチルドレン。初号機を使って使徒を殲滅した人。碇司令の子供)
本来であれば既に出会っているはずの二人だが、シンジがエヴァに乗る事を躊躇わなかった事もあり、その邂逅は果たされなかった。よって、ここで初めてシンジは綾波レイと出会う。まだ、彼女が自分と同じネルフ関係者と知らぬままに。
「……僕に用でもあるのかな?」
そう思ったシンジはいけない事と知りつつ、机の端末を使ってレイへメッセージを送る事にした。内容は単純。僕に何か用。それだけである。すると、その返事はすぐ返ってきた。
「えっと……?」
その文面はたった一言。ない。自分の勘違いだったのかと、そう思って顔を上げるシンジ。だが、未だにレイは彼を見ている。その一致しない言動に疑問を抱きながら、シンジはならばともう一度メッセージを送る。
―――じゃ、どうして僕を見ているの?
―――気になるから。
―――何で?
―――分からない。
―――分からないのに気になるの?
―――そう。
こんなやり取りを繰り返す二人。そのため、一人の少年が送ったメッセージは気付かれる事なく埋もれていく。
(おっかしいなぁ。ちゃんと届いてるはずなのに……)
その少年、相田ケンスケは一向に反応がないメッセージの返事を今か今かと待ち続けていた。予想もしないだろう。シンジがレイとのやり取りをしているとは。しかも、少しずつではあるが二人は互いに対して興味を持ち始めているのだから。
―――じゃ、君も関係者?
―――ええ。貴方と同じチルドレン。私はファースト。
―――チルドレン? ファースト?
―――子供達と一番目。知らない?
―――いや、意味は知ってる。じゃあ、僕はセカンド?
―――いえ、サードよ。
―――そうなんだ。何だか野球のポジションみたいだね。
―――どういう意味?
―――えっと、野球は分かるよね?
―――聞いた事はある。見た事はない。
こんなやり取りでシンジの一限は終わる。勿論授業などほとんど頭に入っておらず、彼は転校初日の授業をまったくといっていい程聞かずに終わってしまう。そして放課後、彼はある少女と共に下校する事となった。
「こうやって話すのは初めてだね。僕はシンジ。碇シンジ」
「知ってる。私はレイ。綾波レイ」
「じゃ、綾波って呼ぶよ。それで、その怪我大丈夫?」
「問題ないわ。動けるもの」
「……えっと」
メッセージのやり取りでシンジはレイについてこう感じていた。あまりにも知らない事が多すぎると。普通に暮らしていれば触れたり見たりする物や事を、まったくと言っていい程知らないのだ。シンジも物知りではないと思っているが、それでもレイの一般常識はおかしすぎると感じる程に。
「他に質問は?」
「ない事はないけど、綾波が知らないかもしれないから」
「……そう」
「うん……」
沈黙。元々口数が多い訳ではないシンジと寡黙というより沈黙なレイでは会話が弾むはずもなく、むしろメッセージの方が続いていたという逆転現象を引き起こしていた。この後、二人は揃ってネルフ本部へ向かう。リツコからの呼び出しがシンジへあったのだが、生憎連絡手段を渡していなかった事もあり、レイを経由しての召集となったためである。
「まさか揃って来るとは思わなかったわ」
研究室へ二人を迎え入れたリツコは、軽い驚きを声に乗せていた。レイが他者と行動している事が珍しかったからだろう。シンジはリツコの言葉の裏は理解出来なかったが、レイが原因であろうとは察していた。
「それで、一体僕に何の用ですか?」
「単純にミサトの部屋についてよ。酷くなかった?」
「逃げ出したくなりました。でも、そんな事で逃げてたらきりがないんで」
「あら、中々言うわね。一晩で何かあったの?」
「……逃げてもいいけど逃げ続けるのはダメだって、そうミサトさんに言われました」
「そう、ミサトがね。やっぱり彼の事かしら……?」
リツコの呟きを聞いたシンジではあったが、それを尋ねる事はしなかった。それはミサトに配慮したとかではない。それをする事で嫌われる可能性を考えたためだ。それに隣にいるレイが沈黙したままなのも気になっている。だから彼が口にしたのはこんな一言だった。
「あの、綾波はもう帰ってもいいんじゃないですか?」
「え? ああ、そうね。レイ、ご苦労様。もう帰っていいわ」
「わかりました」
あっさりと返事をし、レイは研究室を出て行こうとする。その背へシンジは何て事ない挨拶のつもりで声をかけた。
「綾波、また明日」
「……ええ」
最後にチラリとだけシンジへ顔を向け、レイは部屋を出て行った。そのやり取りを見て、リツコだけが内心驚きを感じていた。
(あのレイがここまで反応するなんて……)
そこからリツコの興味は学校での出来事というか、レイとのやり取りへ変わった。そこで聞かされるメッセージでの会話と、そこから付随するシンジの意見はリツコにとって驚きの連続だった。引っ込み思案であるシンジが自発的に接触を試みたのもそうだが、何よりもレイが分かり易い興味を示した事に一番驚いたのだから。
「つまり、レイから貴方へ興味を示したのね」
「だと思います。綾波がずっと見て来た事で僕も気付いた訳ですし」
「……そう、あのレイがね」
「綾波ってやっぱり寡黙なんですか?」
「寡黙というよりは最低限しか話さないというべきかしら。だから驚いているのよ。メッセージとはいえ、そこまで会話を続けた事に」
リツコの言葉でシンジもやっと納得出来た。おそらくレイは知ろうと思う気持ちが薄いのだと。世間と関り合いたくないようにも感じるそれ。まるでもう一人の自分のようだ。そう思ってシンジは気付く。
(もしかして、綾波もそう感じたんじゃないかな。自分に似てる気がするって)
その答えを聞く事は簡単だ。ただし、それはシンジでない者ならばである。内向的なところがある彼は、結局レイへその感想を告げる事どころか連絡先を聞く事さえなくその日を終える。そして翌日、登校したシンジは窓際の座席に座り外を眺めるレイへ挨拶をした。
「おはよう綾波」
「……おはよう」
その瞬間、たしかに教室がざわめいた。シンジは何かあっただろうかと思いながら、レイへ昨日伝えそびれた言葉を告げる。
「その、昨日はありがとう。わざわざ案内までさせちゃって」
「気にしなくていい。それも役目だから」
「えっと……それでもお礼が言いたかったんだ。それだけ」
「そう」
一度だけシンジへ顔を向けたレイだったが、すぐにまた外へ顔を向けてしまう。それでもシンジは構わなかった。一度だけでも自分へ関心を向けてくれた事が嬉しかったのだ。少しだけ上機嫌になりながら自分の座席へ座った瞬間、シンジは大勢のクラスメイトに囲まれた。
「おい、どういう事だよ碇! お前、綾波レイとどういう関係だ!」
「えっ?」
「綾波さんがあんなに喋ってるの初めて見たの。一体どうやって仲良くなったの?」
「その……」
「ずるいぞ碇! 俺にも薄幸美少女と仲良くなる方法を教えろぉ!」
「いや、だから……」
事情がよく分からないまま、質問攻めにあうシンジ。その内心でこう思っていた。
(普通、こういうのって初日にくるもんじゃないのっ?!)
賑やかなシンジの座席から少し離れたレイの元に一人の女子が近付く。そばかすが特徴的な彼女は、シンジの騒ぎを横目にレイへ話し掛けた。
「ね、綾波さん。一体いつ碇君と仲良くなったの?」
「……昨日。メッセージをやり取りした」
驚きだ。そんな感情を少女は顔に出した。レイは自分へ久しぶりに関わってきたその少女へゆっくりと顔を向ける。
「えっと、授業中も?」
「ええ」
「そっか……」
「それが何?」
「え? うん、何となく意外だなぁって。碇君も綾波さんもそういう事しなさそうだし、自分から誰かに話し掛ける感じしなかったから」
「そう」
そばかすの少女、洞木ヒカリはレイの素っ気無さに苦笑する。だけど、どこか以前よりも血の通った感じを受け、チラとシンジを見やった。未だに質問攻めにあっているその姿を見て、学級委員長としては止めるべきとは思うのだが、シンジの今後を考えると少し大目に見るべきかとも思っていたのだ。これでシンジは嫌でもクラスへ馴染むだろうと。
「一ついい?」
「何?」
「もしお料理とか教えて欲しかったら言ってね。私、教えるから」
「どうして?」
「理由は言わないでおくね。考え過ぎだと自分でも思うから」
そのヒカリの言葉にレイは何も言わなかった。だが、その顔がもう一度動く。その先は窓の外ではない。その視線の先には、困った顔でクラスメイトの相手をするシンジがいるのであった……。
「困ったわね。これじゃあ訓練の意味が半分ないわ」
シミュレーター訓練を終えたシンジの耳に聞こえてきたのは、ミサトの嘆くような声だった。リツコもオペレーターである伊吹マヤも同じ心境なのか表情が暗い。全ては初号機の謎の変化にある。訓練でも反映されるかと期待したのだが、その結果は不発。従来の初号機としての訓練となったのだ。それも意味がない訳ではない。ただ、先日の戦闘データから推測する性能には到底及ばない。更に武装なども謎に包まれているため、今の射撃訓練も本当に意味があるのかは疑問なのだ。
(そんなに違うんだ。道理で動きが鈍い訳だ)
学校が終わり、レイと共にやってきたネルフ本部。そこで頼まれたのは射撃訓練だったのだが、シンジは言われた通りに操作しながら内心で疑問符を浮かべていた。その謎がやっとわかったのだ。実際の戦闘時と色々なものが違い過ぎると。
「いっそ実機で訓練でもする?」
「リツコ、あんたそれ本気で言ってる?」
「で、でも、そうすればあの機体のデータが取れるはずですし」
「おそらく無駄よ。映像を解析した結果、使徒の反応が完全に消失した五秒後には従来の初号機へ戻っていたわ。そこから考えて、あの姿へは使徒との戦闘以外では変化しないはず」
マヤのフォローへミサトが突きつけた事実。それはシンジにも驚きだった。本当にそんな事が起こったとは信じられなかったのだろう。
「そうね。でも、試してみる価値はあるかもしれない。シンジ君の聞いたという謎の声。それがもし仮にエヴァの声だとするなら、シンジ君が強く呼びかければ応えるかも」
「エヴァの声、ねぇ」
「もしそうなら、シンジ君を助けた事といい、エヴァはチルドレンを守ろうとする意思を持っているんでしょうか?」
「それはまだ分からないわ。そもそも分かっている事の方が少ないぐらいだもの」
そこまで話してリツコがシンジに気付いた。シンジも目が合った事で気まずさを覚える。だが、そこでリツコが小さく微笑みながら手招きした。その意図が分からぬまま、シンジはプラグスーツのまま三人のいる場所へ近付いて行く。
「シンジ君、どこまで聞いてた?」
「あら、シンちゃんったら、女の会話に聞き耳立てるなんてませてるんだから」
「別に聞き耳を立てた訳じゃ……」
「シンジ君、何でもいいわ。訓練で気付いた事や思い出した事。些細な事でもいいからあれば話してくれる?」
「その、反応速度って言えばいいんでしょうか。それがあの時と違い過ぎます」
シンジの言葉にマヤは先日の戦闘を思い出して頷いた。実際、最初の方は初号機が挙動不審だったのだ。
「たしかに最初は動きに振り回されてる感じだったね」
「はい。だから動くじゃなく歩くにしたんです。でも、そうしたら」
「使徒の攻撃にあった。けれど、それも強固なATフィールドで無力化」
「安心感が凄かったです。何があっても大丈夫みたいな感じがして」
「最後にあのマゴロクソードという名の武器で攻撃。使徒は一撃で撃破、だもの」
「落ち着いて考える事が出来たからだと思います。それに、倒す瞬間は僕もあまりよく覚えていないんです。ただ、逃がしちゃダメだって気持ちでエヴァを動かしたら……」
「それにエヴァが応えた? たしかに理解は出来るけれど」
シンジの説明を聞いてリツコ達は更に疑問を深める事となった。特に最後の動きは、初めてエヴァに乗ったシンジが出来る動きではない。まるで長きに渡りエヴァを扱い、戦ってきたかのような動きだったのだ。しかも、あの恐るべき性能の初号機で。結局答えどころか推測さえ出来ないまま、この日の訓練は終わる。シンジは制服へ着替え、帰路に着こうとして廊下で佇むレイを見つけた。
「……綾波?」
聞こえるか聞こえないか程度の呟きだったが、無人の廊下にはそれでも響いたようだ。レイはゆっくりとシンジへ顔を向けた。
「訓練、終わったの?」
「え? あ、うん。半分意味がないみたいだけどね」
「半分?」
「うん。知らないかな? 僕が乗った時だけエヴァが変身するんだ」
「……知らないわ」
その時、シンジは少なくない驚きを覚えた。あのレイが微かにではあるが目を開いたのだ。それは、普通ならばびっくりしたと表現出来ない程度のもの。だが、レイならば十分その範疇である。シンジは珍しいものを見たと思い、内心で喜んだ。
(綾波でも驚くんだ……)
自分しか知らないであろうレイ。その事実が思春期の少年にとってはかなりの優越感を与える。しかも、相手はかなりの美少女であり、少なくない秘密を共有する存在でもあるのだ。
「そっか。なら、リツコさんがミサトさん辺りに聞いて映像を見せてもらうといいよ。僕も見せてもらったけど、結構カッコ良かった」
「そう、カッコイイの」
「それに動きが速いんだ。今の僕じゃ振り回されるぐらいで」
「そんなに?」
「例えるならジェットコースターだったよ」
「……ごめんなさい。それも知らないわ」
これをキッカケに話題が遊園地へ移り、シンジはレイとその場で実に一時間近く会話する。その時間は、ミサトがそこを通りかかった事で終わりを迎え、こうしてレイはミサトの車で家の近くまで帰る事となった。その車中でシンジはふと思い切ってある事を尋ねた。
「連絡先?」
「う、うん。迷惑じゃなければなんだけど」
「いいんじゃない? いざって時にも使えるもの」
そのミサトの言葉でレイは納得出来たのか、制服のポケットから携帯を取り出しシンジへ差し出した。
「えっと……?」
「登録、しておいて。私、やった事ないから」
「分かった。じゃあ……」
後部座席で繰り広げられる微笑ましいやり取り。それをバックミラー越しに見ながらミサトは小さく笑みを浮かべる。車の速度は安全運転重視の法定速度。無論それ以外にも理由はある。
(シンちゃんとレイ、か。歳も近いし性格も似てる。これはもしかすると、もしかするかも)
気分は完全に息子の恋愛を応援する母親である。そして、レイはシンジと連絡先を交換して家へと帰って行った。シンジが送ろうとしたのだが、レイはそれを断った。その会話もミサトには微笑ましいものに映った。
―――本当にいいの?
―――ええ。碇君は訓練があったのだから早く帰って休むべき。
―――そうかもしれないけど……。
―――……何かあったら連絡するから。
そんなやり取りを思い出し、ミサトは缶ビールを呷る。シンジが来てまだ数日ではあるが、既に葛城家は本来の状態へ戻りつつあった。勿論、ミサトが散らかそうとする度にシンジのため息が漏れ、汚れる度にシンジがミサトへ小言を漏らす。家の中では立場が逆転しているような二人ではあったが、その遠慮の無さがシンジとしては有難かったのも事実。実際、来た初日こそどこか遠慮があった彼も、二日には面と向かって文句を言い、三日目にはミサトの生命線とも言えるビールを抑えるまでに順応したのだ。彼の孤独を阻止するミサトとしては痛し痒しの結果となったが。
「っぷは~っ……このために生きてるわね」
「飲んでもいいですけど、缶を散らかさないでくださいね。ビールが零れると掃除大変ですから」
「わぁ~ってるって。シンちゃんは心配性なんだからぁ」
「……ホントに分かってるのかな?」
小さく呟き、シンジは洗い物を片付けていく。既に家事は彼の仕事となっており、ミサトは体の良い家政夫を手に入れたような状況となっていた。ある意味でそれは仕方ないのだが、どこか納得いかないシンジである。
「じゃ、先にお風呂入りますからね?」
「はーい」
「……ペンペン、行こうか」
「クェ」
すっかり仲良くなったペンペンを連れ立ってシンジはバスルームに向かう。これが最近の彼の日常。そして、もう天井は見慣れ始めていた。
そんな風にシンジが新生活に慣れ始めた頃、遂にその時は訪れた。いつものように学校へ向かい、授業を受け、何事もなく過ぎていく時間。レイとの一件でシンジはクラスに友人と呼べる存在がそれなりに出来ていた。その中でも、ケンスケとその友人である鈴原トウジは特に親しい相手でもあった。この日も昼休みに校舎裏で男三人のバカ話をしていたのだ。主に喋るのはケンスケとトウジではあったが。
「それにしても、ホンマに信じられんわ。センセがあの綾波と親しくしとるとはなぁ」
「でもそれがマジなんだよね。見せたろ? あの写真」
「おう、あれを見せられたら信じるしかないわな」
写真とは、シンジがケンスケに頼まれて撮影したピースサインをしたレイの事。表情はなく、不気味と思えなくもないが、あのレイがピースサインをしているという事で男子達はそれなりの騒ぎをしたものである。シンジは何故そんな事をしなくてはいけないのかをレイへ説明する方が疲れたのだが、それさえ撮影許可のためのものと男子達には思われていた。
「な、碇。やっぱあれは無理か?」
「あ、当たり前だよ。綾波だって嫌がるだろうし」
ケンスケの言うあれとは、ずばりセクシーショットである。とはいえ、際どいものではなく、少しだけスカートをめくり上げる程度であるが。
「いや、センセなら説得出来る」
「無理だよ! 何て言えばいいのさ!」
「せやな……ちょっと太もも見せてくれちゅうのは?」
「何でって聞かれるよ!」
「そこはほら……上手い事さ」
「上手い事なんて出来ないよ。大体」
そこでシンジの携帯が振動する。何だと思って手に取るとそこには綾波の表示。シンジは、一応二人へ断ってから少し離れた場所で電話に出る事にした。冷やかされたくなかったからだ。
「もしもし? どうしたの?」
『非常招集。先に行くから』
「分かった。ありがとう綾波」
『気にしないで。これも仕事だから』
素っ気無く返されるが、それでもシンジは構わなかった。気付いていたのだ。レイがどうして電話をしてきたのかを。何故なら、彼から見えたのだ。通用口近くに立っていたレイの後ろ姿が。友人と一緒にいるから気を遣ってくれたと、そう考えて。シンジは二人に急用が出来たと告げ、急いで本部へと向かう。
(きっと敵が、使徒が来たんだ……)
その予想通り、第3新東京市は再び使徒の恐怖に包まれようとしていた。……本来ならば。
「シンジ君、到着しました」
「既にプラグスーツへ着替え、こちらへ向かっています」
「エヴァ初号機、いつでも大丈夫です」
オペレーターの声が飛び交う指揮所。ミサトはリツコと共にメインモニタを見つめていた。そこには接近しつつある第四の使徒が映し出されていた。
「どう戦うの?」
「はっきり言って、あの初号機の事が分からない以上作戦の立てようがないわ。でも、逆に言えば方針は立てられる」
「方針?」
「シンジ君が言ってたでしょ? エヴァは彼の想いに応える。なら、私達がすべきは彼が死なないようにする事よ。つまり、何があってもエヴァを、シンジ君を守るための作戦を立てる」
「成程ね。初号機を使った作戦ではなく、初号機を守る作戦ね」
「そゆコト」
大学時代からの付き合いか、ミサトの考えを上手く翻訳するリツコに周囲は感心しつつ仕事の手を動かす。そして、シンジが初号機へと乗り込んだという報告が上がり、ミサトは通信を開かせた。
「シンジ君、聞こえる?」
『はい、聞こえてます』
「そう。おそらく戦闘中はまた通信が途絶えると思うから伝えておくわね。貴方は生き残る事を考えなさい」
『……それでいいんですか?』
「ええ。倒す事が出来ればいいけれど、無理ならまず生き残る事を優先して。酷い言い方をするけれど、人類にとって貴方の代わりはいないの。貴方が死んだら誰もあのエヴァを使える人はいない」
そのミサトの言葉に誰もが黙った。シンジもきっと言葉を失っているだろう。それ程にその言葉の意味は重い。
「だからシンジ君、必ず生きて帰ってきて。貴方が戦う時、一番優先するのは自分が生き残る事よ」
『……分かりました。絶対生きて帰ります』
「お願い。……出撃準備は?」
「出来ています」
「そう。では、エヴァンゲリオン出撃!」
その声で初号機がリフトと共に射出される。シンジはそのGを感じながらミサトの言った言葉を反芻していた。生きて帰る。それは使徒を倒す事と同義ではない。例え倒せずとも生きて帰れ。ミサトはそう言ってくれたのだと。だからこそ、余計シンジは使徒を倒したいと思った。例え自分が生き残っても、使徒によって殺される人がいれば、それは少なからずミサトやリツコ達の心へ傷を作る。自分にもだ。それは嫌だ。そうシンジは思い、そこで気付いた。
「僕が一番逃げたい事……それはこれだ……」
己の力が足りず犠牲を出す事。自分のせいで誰かが苦しんだり困ったりする事。それらを知られて、自分を攻撃される事。それが一番自分が逃げたい事だ。そうシンジは理解した。その瞬間、シンジは頭の中に声を聞いた気がした。そして、その声に応じるように呟く。
「逃げちゃダメだ」
一番逃げたい事から逃げるには、今目の前にある事から逃げない事。立ち向かえるかと自分に問えば、このエヴァとなら出来ると答えられる。ここにシンジの気持ちは決まった。覚悟完了。地上に現れたF型は近くにまで迫っていた使徒を睨みつけるように目を光らせた。
「お前なんかから……逃げるもんかぁ!」
気迫のこもった声に呼応し、初号機はマゴロク・E・ソードを構えた。それに対して使徒が触手を向かわせるも、それらは全てATフィールドに弾かれるか最小限の動きでかわされた。それら襲い来る攻撃を意に介さず、初号機は手にした太刀をゆっくり構えた。それは正眼の構え。剣道の試合の始まりと同じ構えで初号機は使徒を迎え撃つ。
「うわぁぁぁぁっ!!」
力強い踏み込みで使徒へ迫る初号機。触手は全てATフィールドで弾かれ、意味を成さない。逃げる事さえ出来ず、第四使徒は縦一文字に一刀両断されて爆発四散。こうしてシンジの二度目の戦闘は終わりを告げた。戦闘が終わり、初号機が回収される中でシンジは思う。
(あとで綾波へお礼を言わなくちゃ。電話、気を遣ってくれてありがとうって)
その日、レイの携帯に着信があった。電話ではなくメールであったが、その内容に彼女は小さく呟く。
―――電話ありがとうって、どういう意味?
碇シンジは精神レベルが上がった。見切りを習得した。
新戦記エヴァンゲリオン 第三話「鳴らす。電話」完