エヴァだけ強くてニューゲーム 限定版   作:拙作製造機

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アスカを早く出したいけれど、そうはいかないもどかしさ。レイも可愛いんですが、アスカの方が年頃っぽくて書きやすいんですよねぇ。


第四話 雨、降り出した後

 第四使徒との戦いを終え、シンジはエヴァへ乗る意義を持ち始めていた。自分しかあの強力な初号機を扱えない。それでなければ守れないものや助けられない人がいる。世界を守るというのは言い過ぎだが、自分が逃げれば最後の最後には一番逃げたい事が迫ってくる。ならば、その前に立ち向かおう。シンジがそう決意していた頃、ネルフ本部ではミサト達が上がってきた報告などへ目を通しながら会話していた。

 

「街への被害も最小限。戦闘時間も短い。これが二度目とは思えない結果ね」

「やっぱあの初号機よ。それと、シンジ君の順応性の高さか」

 

 先程の戦闘を思い出しながらリツコとミサトは会話していた。モニタには使徒の攻撃を物ともしないでマゴロク・E・ソードを構えていく初号機が映し出されている。

 

「……凄いの一言に尽きるわ。眼前に敵を置いて、更に攻撃されながらもここまでゆっくりと構えられるんですもの」

「シンジ君はおそらく恐怖を感じてないんだわ。もしくは、それ以上の感情で動いていた」

「怒り? それとも悲しみ?」

「もしかしたらより大きな恐怖かも。どちらにせよ、呼び出しがあったとはいえ、彼は今回自らの意思でエヴァへ乗った。そこには前回と違った気持ちが働いていたはず。聞いてみたいけど戦闘後だしゆっくり休ませてあげたいわ」

 

 そして映像は使徒を一刀の下に斬り捨てる場面へ変わった。その見事さに、二度目ではあるが周囲から感嘆の声が漏れる。まるで剣の達人が見せる模範演技のようでもあったからだ。これもシンジには出来ないはずの芸当である。

 

「あの状態のエヴァは、もしかすると未来のエヴァかもしれない」

「未来?」

「ええ。あくまで妄想の類よ? 実は本来ならこの世界は使徒によって滅びるはずだった」

「ちょっ?!」

「最後まで聞きなさい。それを阻止するべく、有り得ない話だけど過去改変を行うための時間干渉技術を完成させた。でも、それは限定的且つ短時間の運用しか出来ない」

「……そこで使徒戦に限り未来のエヴァを送り込み、その侵攻を阻止させている? B級映画のストーリーみたいね」

 

 話しているリツコも信じていない。ミサトはそう分かったからやや呆れつつ乗ってはみた。だが、それを否定出来るだけの自信を持つ者はここにいない。有り得ないと言いたいが、実際初号機は二度も変化し圧倒的な力で使徒を殲滅しているのだから。

 

「……シンジ君が帰還しました。怪我一つないそうです」

「念のためメディカルチェックを受けさせて。私もそちらへ行くわ」

「リツコ、あたしは事後処理とかあるから先に帰っていいって伝えてくれる?」

「分かったわ。ついでに夕食も無理そうとね」

「お願い」

 

 歩き出したリツコへ伝言を頼み、ミサトはもう一度モニタを見た。その中でも初号機が姿を戻していた。どうしてあの姿のままではいないのか。それがミサトはずっと気になっていた。何故シンジが戦う時だけ変化し、戦闘が終わると戻るのか。

 

(何か知られたくない事でもあるのかしら)

 

 そのミサトの推測は当たっていた。あの状態の初号機はS2機関を搭載しているのだ。だからこそF型は限定的にしか姿を見せない。奇しくもリツコの言った未来から来たという点もある意味で正解と言える。ただ、この時間軸と繋がりが完全にない世界からではあるが。こうしてこの日は終わりを告げた。

 

 それから数日が経過し、シンジはまた日常へと戻っていた。幸いにして死傷者はなく、被害も前回と同じでほとんどなかったという最上の結果ともあり、シンジは内心胸を撫で下ろしていた。自分がエヴァのパイロットである事はほとんど知られていない。それでも、人の口に戸は立てられないのだ。どこで自分がパイロットであると露見するか分からない以上、出来るだけ使徒との戦いでは被害を出したくない。それが今のシンジの考えだった。

 

(良かった。クラスにも被害に遭った子がいないみたいだ……)

 

 軽く見渡しても悲しそうな顔や悔しそうな顔をしている者はいない。だからといってシンジはクラスメイトへ聞いて回るような事が出来る性格ではない。もしかしたらと思うも、そこまで踏み込む事は避けたいと考える。それこそが碇シンジという少年だった。

 

「おはよう碇君」

「おはよう綾波」

 

 そんなシンジも踏み込める相手がいる。とはいえ、それは一般的には踏み込むというよりは関わるだろうが。その相手、レイは連絡先を交換した後からシンジとの接触を増やしていた。理由は彼女自身もよく分かっていない。だが、強いていうのなら感情が動くからだろう。あるいは自分の知らない事や分からない事を教えてくれるからもしれない。レイにとって、シンジはまるで知識の泉だったのだ。

 

「これ、返すわ」

「ああ、もう読み終わったんだ」

 

 そして今はシンジがレイへ本を貸している。小説だったり漫画だったりと一貫してはいないが、それもまたレイにとっては未知の世界。分からない事や知らない事があればシンジへ聞いたり、自分で図書室などへ行き調べたりもするようにレイは変わり始めていた。この日レイが返したのはSF小説。シンジも気に入っている一冊だ。手渡された本を受け取り、シンジは他愛なく尋ねる。

 

「どうだった?」

「……ユニーク、だった」

 

 細かい感想などはレイも言わない。このようにたった一言で述べるのだ。面白いと言う時もあれば、分からない事だらけと評する時もある。それでも、もういいとは一度として言わなかった。それがシンジにとって嬉しかった。拒否されない事。例え趣味が合わないでも嫌いにならないでいてくれる事。それがシンジにとっては一番の喜びだった。

 

「今度は推理小説を持ってくるよ」

「……分かった。期待してる」

 

 そんな二人をそっと見つめる二つの影があった。

 

「何やあの感じ。完全に恋人やないか」

「だよなぁ。綾波も碇といる時は心なしか可愛げがあるし」

 

 トウジとケンスケはどこか羨ましそうにシンジとレイのやり取りを眺めていた。無愛想で無口。そんなレイだが、その容姿もあって人気は高い。ミステリアスな雰囲気も手伝って、そういう対象として捉えている男子は数多いのだ。故にケンスケはレイのセクシーショットを欲しがっている。自分用と販売用にするために。

 

「センセなら口説けそうなんやけどなぁ」

「……トウジ、もし綾波がへそ見せてる写真あったら買うか?」

 

 突然切り出された質問にトウジは一瞬疑問符を浮かべるも、すぐにその意図を理解して唾を飲んだ。

 

「買う」

「いくらでも?」

「……そんなには出せん」

「じゃ、いくらまでなら出す?」

 

 ケンスケは交渉が中学生にしては上手かった。値段を言うのではなく、設定もせず、相手が出せる限界を聞き出そうとする。大人であれば駆け引きも出来るだろうが、生憎トウジはそういう部分は歳相応だった。そして、トウジが提示した金額は三千円というもの。ケンスケはそこが相場かと判断し、早速行動に出た。

 

「碇、ちょっといいか?」

「ケンスケ? 何?」

「この前の話なんだけど、やっぱり無理だと思ってさ。代わりに別の方向でお願い出来ないかなって」

 

 その口振りで何を言っているかはシンジも分かった。なのでやや慌てるようにレイへ顔を向ける。そこには無表情ながらも、何を話しているのか理解しようとしているレイがいた。

 

「何?」

「ごめん綾波。ちょっとケンスケと話さなきゃいけない事が出来たから、また後で続きは話そう」

「分かったわ」

 

 さらっと返事をし自分の座席へと向かうレイ。その背を見送り、シンジは安堵の息を吐く。だが、それも束の間、すぐさまケンスケへ振り向くとやや睨むような目を向けた。

 

「どうして綾波がいるとこで話すんだよ」

「悪い悪い。でも、こうでもしないとこっちの話を聞いてもらえないと思ってさ」

「……それで、一体どうして欲しいのさ?」

「それなんだけど耳貸してくれ」

 

 ケンスケへ顔を寄せ、耳元で先程の提案を告げられるシンジ。その目が大きく見開かれるも、場所が教室ともあり大声を出す事は避けた。ただ、その表情は怒りを宿しているようにも見える。それでもケンスケは怯まない。いや、若干逃げ腰気味ではあった。しかし、彼はシンジよりもある意味男だったのだ。

 

「碇、そう怒るなって。前のやつよりも頼み易いだろ?」

「どこがだよ。お腹なんて……」

「だからさ、上手い事言って見せてもらえばいいんだよ」

 

 納得出来ないシンジへ近付き、ケンスケは耳元へ囁いた。

 

―――見たくないのか? 綾波の可愛いへそを、さ。

 

 その表現でシンジは想像してしまったのだ。無表情ながらも上着をめくり、へそを見せているレイの姿を。それによって反応しかける己を瞬時に律し、彼はケンスケへ視線を向ける。だが、その目には先程までの力は無かった。

 

「ま、無理ならいいよ」

 

 あっさりと背を向け、ケンスケは座席へと戻る。トウジはそのやり取りを眺め、不思議そうな顔をしていた。

 

「何や。諦めるんか?」

「ここで迫り過ぎても意固地になるだけだって。それに、碇だって興味ないわけじゃない。まぁ、見てなって。昼休みでケリをつけるから」

 

 どこかあくどい笑みを浮かべ、ケンスケはチラリと後ろを見やる。その視線の先では、シンジが複雑そうな顔をして頭を抱えているのだった……。

 

 そして迎えた昼休み。シンジは、トウジからケンスケが頼んだ内容を再度依頼されていた。

 

「頼むセンセ。この通り」

「嫌だよ。綾波だって、表情に出さないだけで嫌がるはずだし」

「じゃあ、こうしてくれていいよ。綾波が嫌だって言ったり、どうしてそんなものを撮りたがるのか尋ねたら、俺から頼まれたって。断ったら口聞かないって言われたってさ」

 

 その言葉にシンジは戸惑った。トウジもである。ケンスケは平然としていた。分かっているのだ。何をシンジが嫌がり、どうすれば人が自分の思う通りに動き易くなるかを。シンジはケンスケの申し出の意味を理解していた。つまり、いざとなったら悪いのは自分にしてくれていいと言っていると。しかも、実際そんな事をする訳じゃないのはシンジにも分かっている。

 

(綾波に僕が嫌われないように、ケンスケは自分を犠牲にしていいって事?)

(やっぱ碇は共犯やケツ持ちが出来ると迷うタイプか。んじゃ……)

 

 シンジが迷ったのを見て、ケンスケは最後のとどめを告げる事にした。

 

「それと、撮った写真は碇が判断してくれていい。撮るには撮ったけど、これは俺達に見せられないと思ったら処分してくれていいぜ。な、トウジ」

「お、おう。さすがにすけべ過ぎるやつは綾波も嫌だろうしの」

 

 ケンスケの目が話を合わせろと言っているように思え、トウジは困惑したままその言葉に乗った。こうして、シンジはその二人の言葉と用意された言い訳と逃げ道、更に自身の欲望が加わって遂に首を縦に振ってしまったのだ。そして、再び彼へケンスケはカメラを預けてその成功を祈る。トウジも同じくだ。シンジは友人二人を諦めさせるためと表向きは言い聞かせながら、レイと二人きりになれる放課後を待つ事となる。

 

(どうしよう? やっぱり撮れなかったってカメラを返すべきかな?)

 

 校門近くでレイを待つシンジだったが、その胸中は乱れに乱れていた。理性は止めろと言うが、本能はやるだけやってみろと言っているのだ。しかも、どちらかと言えば本能の声が大きい。己の性欲に飲まれそうなシンジであった。そこへレイが姿を見せる。

 

「お待たせ」

「うぇっ!?」

「どうしたの?」

「え、えっと……」

 

 挙動不審なシンジだが、その手にあるカメラにレイが気付いた。

 

「それ、相田君の?」

「あ、うん。ケンスケの」

「……また写真を撮りたいの?」

 

 疑問を抱くレイにシンジはどう答えるべきか悩んで、ある事を思い付いてこう返した。これなら写真を撮る事へ不信感を抱かせずに済むと。

 

「こ、今度の休みに綾波と出かけたいと思って。それで記念に写真を撮りたいからって借りたんだ」

「出かける?」

「うん。綾波、休みに予定は?」

「ないわ」

「じゃ、景色のいいとこに行こうよ。湖とか山とか行った事は?」

「ないわ。行く必要がないもの」

「なら、僕と一緒に行ってみない? 僕がお弁当を作るから。ピクニックに行こう」

「ピクニック……」

「そう、ピクニック。ビニールシートとかも用意するよ。あ、綾波は苦手な食べ物とか嫌いな食べ物ある?」

「お肉がダメ。獣も魚も全部」

「じゃあ野菜や大豆製品なら平気かな。他は?」

「特にないわ」

 

 ひょんな事からシンジはレイとデートの約束を取り付ける事になり、帰宅してからは野菜のレシピや当日必要なものを準備したりと大忙し。そんな彼の様子をミサトはビール片手に不思議そうに見守る。何かあったのは間違いない。それにどう見ても友人とのイベントでもない。そう判断し、ミサトは女の勘で当たりをつける。

 

(女だわ。てことは……レイとデートでもするのかしら?)

 

 恐るべき女の勘である。ならばとミサトは早速翌日レイ本人へ聞き込みを開始。すると、呆気なくそれは肯定された。ただ、彼女の想像していた答え方ではなかったが。

 

「ピクニックぅ?」

「はい、碇君はそう言ってました」

「微笑ましいじゃない。中学生なのだからそれぐらいが妥当よ」

 

 場所はリツコの研究室。定期診察のようなものをしているところへミサトが押しかけたからである。よって必然的にリツコも会話に加わる事となった。

 

「それもそうか。んで、シンちゃんは何でそんな事を?」

「景色のいい所へ行き、記念に写真を撮りたいそうです」

「「記念に写真……ねぇ」」

 

 妙齢の美女達は直感でそんなはずはないと悟っていた。何せ、それは恋人や夫婦などが至る発想だからだ。思春期真っ只中のシンジがそんな事を思うはずはない。何か裏がある。と、そこで二人はふと気になる事があった。

 

「ねえレイ? ちょっち聞きたいんだけど」

「何ですか?」

「貴女、どんな格好で行くつもり?」

「制服ではダメですか?」

「ダメよぉ。何か他にないの?」

 

 その問いかけにレイはしばし黙り、口に出したのは体操服というもの。それに二人は互いの顔を見合わせ、ため息を吐いて苦笑した。

 

「仕方ない。初デートの二人のために一肌脱ぎましょうか」

「そうね。さすがに初デートで制服はシンジ君も困るでしょうし」

 

 こうしてミサトとリツコの二人に連れられ、レイは生まれて初めて私服の買い物をする事になる。下着さえも意識するべきとするミサトと、そこは早すぎるとするリツコの対立はあったものの、レイを可愛くしてやろうという方針だけは一致していたため、無事レイは可愛らしい白色のワンピースを購入する事となった。それに合わせ靴も似合う物をと、そちらは白のパンプスを購入。服をミサト、靴をリツコがそれぞれ支払ってやり、その金額の返済はデートの内容を話す事となった。だが、二人を一番驚かせたのは買い物が終わった後のレイの言葉だった。

 

―――葛城一尉、赤木博士、ありがとうございます。

 

 無表情ながらも感謝を述べるレイに二人は揃って驚き、そして優しい笑みを返した。さて、そんな事があったとは露も知らず、シンジは白のTシャツに青のジャケット、カーキのパンツとグレーのスニーカーという出で立ちにケンスケのカメラを首から下げ、黒のリュックを背負って駅前で佇んでいた。

 

「綾波、どんな格好で来るのかな?」

 

 待ち合わせ時間までまだ十五分はある。それでもシンジは楽しみ過ぎて早く来ていた。人生初のデートであり、しかも相手は美少女レイ。こんな事を一か月前の自分は想像もしなかったのだ。期待に胸膨らませてレイの登場を待つシンジ。そしてその時は来た。

 

「お待たせ」

「あっ、あやな……み……」

「どうかした?」

 

 振り向いた先には、美女二人によって用意されたファッションに身を包んだ妖精がいた。シンジを見て微かに首を傾げる様などまさしく天使。そう思ってシンジはしばらくレイに見惚れる。だが、レイはそんなシンジの反応が意味する事が分からない。しかし、悪い反応ではないとは理解しているのでしばらくシンジの様子を窺う事にした。

 

「……碇君、この格好がおかしいの?」

 

 やがてレイはシンジの様子がおかしくなった原因を察した。ある意味で正解だが、ある意味で間違っているそれに、シンジは全力で反応した。

 

「そ、そんな事ないよ! とても似合ってるからっ!」

「…………そう」

「うん。あっ、そうだ。綾波、ちょっとそこに立って」

 

 言われるままに動くレイ。その位置が望むところに来たのを見計らい、シンジはカメラを構える。

 

「一枚撮るよ?」

「ええ」

 

 無表情のままピースサインをするレイ。以前シンジが教えた、写真に取られる際はそれが基本との言葉を忠実に守った結果である。だが、それすらも今日のレイならば映えるとシンジは感じていた。知らずテンションが上がってきているのを実感し、シンジは意気揚々と歩き出す。レイはそんな彼の変化に疑問を浮かべながらもその横へ並びついて行く。目指す場所は郊外の山。ハイキングになるかもしれないがそれならそれで。そう思いながらシンジはレイと共に電車の切符を購入する。その際も初めての事で戸惑うレイに笑みを浮かべて。

 

「綾波、昨日はよく眠れた?」

「碇君は?」

「実はあまり寝れてないんだ。その、楽しみでさ」

「そう。私も何故かいつもよりも就寝が遅かった」

「じゃ、綾波も楽しみにしてくれてたんだ?」

「……そう、なの?」

「う、うん。多分そうだと思うよ」

「そう。これが楽しい……」

 

 自分の胸に手を当て呟くレイにシンジは何とも言えない感情を抱いた。レイが楽しさを初めて感じたとして、その相手が自分。しかも、デートに対してとすれば少年にとってこんなに嬉しい事はない。それに未知の感情を噛み締めているレイの横顔はシンジには美しく見えた。気付けば無意識に近い感覚でカメラを構えシャッターを切っていた。

 

「……碇君、突然撮られるとピース出来ないわ」

「えっと、絶対じゃないから。ほら、基本なだけでしなくても撮られる事はあるよ」

 

 そう言ってシンジは電車の中つり広告を指さした。そこにはエステだろう会社の広告があり、水着の女性がそのスタイルを誇示するようなポーズをとっていた。レイもそれに目を向け、その言葉に納得したように頷いた。

 

「そう、色々な撮られ方があるのね」

「う、うん。そうなんだ」

「分かったわ。でも、出来れば撮る時は言って。びっくりするから」

「ごめん。気を付けるよ」

 

 そんなやり取りをしながら二人は目的地近くの駅まで他愛ない会話を続けた。主に喋るのはシンジで相槌をレイが打つだけという、普段の彼とは正反対の立ち位置ではあったがそれもレイと二人の際はいつもの事。今日作ってきた弁当に関する事や、向かう先の山に関してなど話題は尽きなかった。何よりレイがどこへも行った事がないのが大きかった。何を話しても知らないとなる事が多く、その説明などをしているだけで時間が過ぎていくのだから。こうして電車は無事駅まで到着し、二人は揃って下車。そこからはバスを使っての移動となった。

 

「す、座れて良かったね」

「そうね」

 

 やはり郊外ともあり、車内の客数も多くないため二人は座席に座る事が出来ていた。ただ、シンジにとって意外な出来事があった。それは現状。二人掛けの座席に隣り合ってレイと座っているのだ。空いているので、荷物を横に置いて座ろうと思い、今の座席へ座ったシンジ。するとレイが自然な流れで空いている場所へ座ったのだ。無論どいてと言えるはずもなく、戸惑いながらもリュックを膝に乗せ今に至る。

 

(いい匂いがする。これって綾波の匂いなのかな……?)

(何故だろう。今日はずっと落ち着かない。何も変わらないはずなのに……)

 

 動揺が顔に出ているシンジと顔には出ないレイという差こそあれ、互いに互いを意識している二人。電車では隣り合っていてもその間隔は少し開いていた。それが密着とはいかないでも接近しているため、互いの匂いや体温を感じ取り易くなっている。それが二人から普段とは違う空気感を与えていた。ドキドキという感覚を味わいながら、シンジとレイは電車での会話が嘘のように黙り込んでしまう。何を話せばいいのかと思うシンジと、この感じは何なんだろうと思うレイ。ミサトがいればニヤニヤと笑う事請け合いの光景が展開されていた。そのままバスはシンジの目当てである停留所へ到着。シンジはレイを連れて下車し、その空気を思いっきり吸い込んだ。

 

「ふー、やっぱり山の空気は違うね」

「そう?」

「綾波も深呼吸してごらんよ」

「……やってみる」

 

 シンジに言われるまま深呼吸するレイ。その際、シンジはその発育途中の胸が上下するのを見てしまった。思わず注視するシンジに気付かず、レイは深呼吸を終える。たしかに普段と違う気がした。

 

「そうね。いつもよりも空気が冷たくて澄んでいる気がする」

「……え? あ、そ、そうでしょ」

「ええ。碇君は私の知らない事をたくさん知ってるのね」

 

 そこでレイが知らないだけと言えないのがシンジらしさだろうか。シンジはレイの言葉に苦笑するのが精一杯だった。そんなやり取りをして、二人は初心者向けのハイキングコースを歩き始める。途中途中の景色に足を止め、レイをモデルに写真を撮る事も忘れずに。バスでの沈黙がなかったかのように二人の会話は弾んだ。見るもの全てが目新しいレイと、その反応に笑ったり驚いたりするシンジという具合で。

 

「うん、ここがいいかな」

 

 やがて時刻は正午を過ぎ、昼食時を迎えた。そのため、シンジは手頃な場所を探していたのだ。用意してきた弁当を広げるのに最適な場所を。そうして見つけたのは休憩をするために設けられた場所。テーブルがあるのでそこへビニールシートを敷けば簡易的なテーブルクロスに出来る。そう判断しシンジはリュックを下ろして準備を始めた。その様子をレイは興味深そうに見つめていた。

 

「何をしているの?」

「お昼をここで食べようと思ってさ」

「そう」

「うん。あっ、そうだ。綾波、リュックから弁当箱を出してくれる?」

「分かったわ」

 

 ビニールシートをテーブルへ敷いていくシンジの横で、レイはリュックの中から弁当箱を取り出そうとしゃがんだ。その様子をシンジは何となしに横目で見た。そして、気付いてしまう。

 

(あ、綾波の胸が……)

 

 ワンピースの胸元から見える微かな膨らみ。それがシンジの視線を釘付けにする。だが、そんな事をしていれば女性は視線に気付くもの。

 

「どうしたの?」

「っ!? えっと、綾波が弁当箱を分かるかなって!」

「大丈夫。それぐらい分かるわ。はい、これ」

「ありがとう!」

 

 見るからに様子のおかしいシンジに疑問を感じながらも、レイは無言でその動きを観察するのみ。テーブルの上に広げられる光景にレイは目を何度か瞬かせる。

 

「これ、碇君が作ったの?」

「うん、そうだよ。野菜ばかりなんてやった事なかったから楽しかった」

「初めて見るものばかり」

「味見はしてるから多分大丈夫だと思うけど、口に合わなかったら教えて」

「ええ」

 

 二人きりの初めての食事。シンジにとってもレイにとってもそれは初めての事だった。シンジは同い年の異性との、レイは誰かと食べる最初の食事。

 

「……美味しい」

「良かった。どんどん食べて」

「いいの?」

「もちろん。綾波のために作ったようなものだし」

「……私のために……」

 

 その言葉にレイは初めての感情を抱いた。誰かが明確に自分のために動く。その事へ抱いた気持ち。それはかつてレイが感じた事のあるものと似て非なるもの。

 

「碇君、ありがとう」

「どういたしまして。さ、食べて食べて」

「……うん」

 

 トマトとレタスにチーズを挟んだサンドイッチを手に取り、レイは一口かじる。それをシンジは嬉しく思って見つめていた。天気は晴れている。今日はいい一日で終われそうだと、そんな風に思いながら……。

 

 食事を終え、再び二人は歩き出していた。運動し食事をしたからか熱くなったシンジはジャケットを脱いでいた。脱いだジャケットはリュックへしまいシャツ一枚になっていたが、それでも平気な程気温は穏やかだった。流れる風を心地良く感じながら向かう先は展望台。だが、シンジはそこまで行けなくても構わないと考えていた。そう、当初の目的であるレイの写真。それはもう何枚か撮っている。二人の望むようなものではないが、前回よりも可愛いので良いはずとそう思っていたからだ。

 

「碇君、あれは何?」

「どれ?」

 

 道行く途中にある花や木。それらにレイは興味を示した。一人であれば気にも留めないそれらへ意識が向く理由。それをレイはまだ理解出来ていない。ただ、シンジがいるからだとは思っていた。自分が聞けば教えてくれ、分からぬでも考えてくれる。そんな相手はこれまでレイの傍にはいなかった。いや、そもそも誰もいようとしなかったし、彼女もまたいさせようとしなかった。シンジが初めてだったのだ。自分の無機質な対応にも気にせず接してきた存在は。

 

(碇君は私といてくれる。それは何故?)

 

 ふとした疑問。その問いをレイはシンジへぶつけてみる事にした。

 

「碇君」

「ん? どうしたの?」

「どうして私といてくれるの?」

 

 その問いかけにシンジは呆気に取られ、しかる後赤面した。そう、その問いかけは異性へするには少々過激すぎるものだったのだ。

 

(こ、これって……そういう事かな?)

 

 自分の事を好きなのか。そういう問いかけとシンジは取った。だが、そこで彼は少しだけ冷静になる事が出来た。レイの眼差しだ。それはあの初めて出会った時と同じもの。つまり、分からないけど気になる。そう判断しシンジは一度だけため息を吐いて苦笑する。

 

「どうしたの?」

「うん、僕って意外と自意識過剰なんだなぁって」

「……そうなの?」

「みたい。で、さっきの問いかけの答えだけどさ。綾波といたいからじゃダメ?」

「…………答えになってないわ」

「だよね。でも、そうとしか言えないんだ」

「そう、そういう事もあるのね」

 

 以前自分も分からないのに気になると感じた事があるから、レイはシンジの言葉を受け入れる事にした。そして、途中で見つけた花畑でレイがしゃがんで花を愛でているところをシンジが撮影し、二人は遂に展望台へ到着した。

 

「いい眺めだね」

「そうね」

「えっと、一応これで後は帰るだけなんだけど」

「そう」

 

 レイの表情は一向に変化しない。それでもシンジは気にしなかった。何となくではあるが、レイ自身もどこか寂しそうに見えたからだ。なのでシンジは満足だった。少なくてもレイが楽しんでくれた事は伝わっていたから。と、そこでふとレイが上を向いた。つられるようにシンジも顔を上げて空を見る。少し雲が増えてきたような印象を覚え、彼は微かな不安を抱いた。

 

「綾波、ちょっと急いで山を下りよう。山の天気は変わり易いっていうんだ」

「じゃあ、この雲は雨雲?」

「になるかもしれない。さすがに傘は持ってきてないから、降られると風邪を引くかもしれないし」

「分かったわ」

 

 こうして二人は来た道を戻り始める。すると、こういう時ほど嫌な予感は当たるもの。ポツリポツリと雨が降り始め、それはすぐに本格的な降り方へと変わった。走って移動するもレイは履き慣れない靴のため、そこまで速度を出せない。シンジはそれに気付いてある事を閃きリュックからビニールシートを取り出した。

 

「綾波、この下に。これを傘代わりにしよう」

「ええ」

 

 二人でビニールシートを下から支えながら歩く。おかげでそれ以上濡れなくはなったが、既にある程度降られたために体が冷え始めていた。男性であるシンジはまだいい。問題はレイである。ワンピースだったため、布地が肌に張り付いていて、このままでは確実に風邪を引いてしまう。かといって服を脱いで乾かすような場所はない。そう判断したシンジは昼食を取った休憩所を見つけ、そこへひとまず退避する事にした。

 

「綾波、とりあえずあそこで休もう」

「分かったわ」

 

 先にレイを座らせ、シンジはビニールシートの雨水を流して軽く振った。空は未だに灰色一色。雨足も弱まる気配がない。

 

(どうにかしなくちゃ。このままじゃ綾波が風邪を引いちゃう)

 

 とりあえず体を拭かせよう。そう思ってシンジはリュックからタオルを取り出した。手を洗ったり汗を拭いたりするだろうと考えて持ってきた物なので、大きさはそこまでないが枚数だけは二枚ある。レイの分も用意していたからだ。自分の几帳面さに感謝しながら、シンジはタオルを二枚共レイへ差し出した。

 

「何?」

「これで頭や体を拭いて。少しはマシになるはずだから」

「……でも、碇君は?」

「気にしないで。僕はシャツを絞ればマシになるし」

 

 それは嘘ではなかった。実際髪はそれなりに濡れているが、着ているシャツは脱いでしまえばいい。それに多少痛むが絞ればそのまま着るよりも乾きも早いはずだ。そうシンジは考えていた。こうして、シンジはレイに背を向けTシャツを脱ぐ。そしてそれを力一杯絞り、少しでも水分を減らそうとした。レイはそんな彼を見つめながらタオルで髪や体を拭いていく。と、そこで彼女はある事へ思い至り立ち上がった。

 

「これで大分マシかな」

 

 手元のシャツは皺が出来ているものの、触った感じはそこまで水気を感じなくなっていた。これなら着ている間に乾くだろう。そう思ってシンジはシャツを着直した。多少嫌な感じはするが、絞る前より断然マシである。最後に頭を下に向け髪から軽く水気を飛ばす。これでいい。そう考えた時だ。シンジの後ろで濡れた物を絞ったような音が聞こえた。きっとレイがタオルを絞ったのだろうと思い、シンジは何となしに顔を上げて振り向いた。

 

「えっ……」

 

 そこには下着姿で両肩にタオルをかけたレイがいた。レイはシンジの行動を見て同じようにワンピースを絞っていたのである。そのあまりにも予想外の光景にシンジは下心なども忘れて呆然となっていた。と、視線に気付いたのだろう。レイがゆっくりと振り返る。その顔はいつもと同じ無表情。

 

「何?」

「……っ!? あ、綾波っ! さすがにそれはダメだよ!」

「どうして?」

「ど、どうしても何も……そんな恰好人に見せちゃダメだから」

「誰も見ていないわ」

「僕がいるだろぉ!」

「さっきまで後ろを向いていたもの」

「それはそうだけど……せめて一言言って欲しかったな。そうしたら振り向かなかったのに」

 

 レイのマイペースさにシンジは軽く呆れていた。普通ならばこんなところを同い年の男子に見られて平然としてはいない。むしろ見せないようにするはずなのだ。と、そこでシンジはある事を思い出し、リュックを探る。

 

「せめて、これを羽織って」

「これは……」

 

 それはシンジのジャケット。昼食後に脱いでいたものだ。当然濡れていない。

 

「それなら少しは寒さもしのげるだろうし、僕も綾波の体を見ないで済むから」

「……分かったわ。ありがとう」

 

 シンジのジャケットを受け取り、レイは袖を通していく。何とかギリギリ下着が見えないぐらいになり、シンジはホッとしたやら残念やら複雑な心境になった。まだ雨は止みそうにない。降りしきる雨音だけが二人の耳へ響く。と、レイが使ったタオルを一枚手にしシンジへ差し出した。

 

「え?」

「碇君、まだ髪が濡れてるから。こっちはそこまで使っていないわ」

「えっと、じゃあ遠慮なく」

「ええ」

 

 レイの好意に甘えるようにタオルを手にしシンジは髪を拭いて行く。だが、拭き終わった後のタオルをどうするか置き場に困った。濡れているのでリュックに入れるのも躊躇われるが、持ったままなのもどうだろう。結局レイと同じように肩へかける事にした。風呂場でもないのにタオルを肩にかけている事に違和感を覚えるも、どうせ自分達以外誰もいないのだからと気にしない事にして。

 

「……寒い」

 

 そんな中、無意識でレイが呟いた言葉はシンジの耳へはっきり聞こえた。このままでは不味い。そう思うも何も暖めるものなどない。

 

(どうする……何か暖めるものは……)

 

 リュックの中身を思い出しても、水筒の中身さえも温かさには程遠いものばかり。と、その時、シンジの脳裏に一つの手段が浮かんだ。あまりにも躊躇われるような行動だが、レイに風邪を引かせてしまうよりはマシと思い、シンジは思い切って動いた。

 

「綾波、ごめんっ!」

「え……?」

 

 突然謝られた事に反応し、レイが振り向いた瞬間、彼女の体は温かいものに包まれていた。シンジが抱き締めたのである。無言の中、響く激しい雨音。そして、確かに聞こえる互いの鼓動と感じる体温。初めて感じる他者の温もり。シンジとレイはそれを強く感じて黙り込んでいた。

 

「…………温かい」

 

 ふと呟かれた言葉にシンジは我に返る。その声に嫌悪感や拒否感はない。だからだろう。彼も安心して本音を漏らす。

 

「うん、綾波も温かいよ」

「……そんな事言われたのは初めて」

「僕だって」

 

 気付けばレイの両手がシンジの胸元へ当てられていた。

 

「碇君、鼓動が速くなってるわ」

「綾波こそ、心臓の音がはっきり聞こえるよ」

「……同じね」

「……同じだね」

 

 そこから会話は無かった。ただ、互いの吐息と鼓動だけが確かに自分以外の存在が居る事を伝えていた……。

 

 

 

「はい、これ」

 

 休み明けの月曜日の放課後。シンジはカメラをケンスケへ返した。それを受け取り、早速確認を始めるケンスケとそれを横から覗くトウジ。そこに表示されるのは、ワンピース姿のレイが被写体の画像の数々。あからさまなセクシーショットは一つもないが、ワンピースなので胸元が見えそうなものが多いため、これまでの事を考えれば十分すごいものと言える。ケンスケもトウジと同じ感想なのか、その目を大きく見開いて画像を眺めていた。

 

「……碇、すごいじゃないか! これ、一体どうやって」

「その、写真を撮っても怪しまれないように山へピクニックに誘ったんだ。そしたら、綾波がその恰好で来て」

「あの無愛想が服着とるような奴がなぁ……。女は女ちゅう事か」

 

 そう言いつつ画像をもう一度見ようとして、トウジの視界からカメラが消える。

 

「何すんや!」

「これ以上は有料だぜ。というか、買うつもりがある奴にしか見せないからな」

「くっ! 足元見よってぇ……」

「じゃ、僕は行くよ」

 

 言い争いを始めそうな二人を置いて、シンジは呆れながらその場から立ち去る。すると、少し離れた辺りで自分に背中を向けて歩くレイと出くわした。

 

「あっ、綾波」

 

 あの時の事もあり、やや気まずさがあるものの、シンジはそれでも普段通りに声を掛けた。レイはそんなシンジに返事せず、少し振り返ると離れた場所から聞こえる声で誰と居たのか察するように口を開いた。

 

「彼らと何を話していたの?」

 

 さっきの会話を聞いてたのかと、一瞬そう思うも、そんな事をレイがするはずはないかと思い直し、シンジは誤魔化すようにそれらしい事を答えた。

 

「えっと、カメラを返してお礼を言っただけ」

「そう……」

「う、うん」

 

 それだけ言ってレイはシンジへ背を向け歩き出す。安堵するシンジだったが、そんな彼へレイが背中越しに一言だけ告げた。

 

―――嘘吐き。

 

 その言葉に呆然となるシンジを置いてレイはその場から去った。この日、シンジは初めてレイに無視をされる事となり、ミサトやリツコから散々いじられる事となる……。

 

新戦記エヴァンゲリオン 第四話「雨、降り出した後」完

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