「零号機?」
「そうよ。エヴァ零号機。初号機は一番機だけど、プロトタイプが別に存在するの。それが零号機」
いつかの話題に上がった実機での訓練。それなら初号機も変化するのではないかとの予想を確かめるべく、この日シンジは初めて戦闘以外でエヴァに乗った。結果はやはり変化せず。シンジもエヴァの中で念じてみたり呼びかけてみたりしたのだが、結局何の反応もなくリツコやミサトだけでなく全てのスタッフが肩を落とす事になった。そして、今はリツコの研究室で簡易的なメディカルチェック中。そこで話題に上がったのが零号機である。
「じゃ、エヴァは二体あるんですね」
「正確にはドイツにもう一体あるわ。今はそれが一番最新鋭になるかしら」
そう言いながらリツコは内心で表向きはと付け加える。実際の最新鋭機があのF型なのは間違いないからだ。現在の技術であの武装は作れない事はない。だが、確実に難航するだろうと予想出来るのだ。ATフィールドを容易く突破し、尚且つ使徒までも両断する切れ味。そんなものを一体どうやって作り出すのか。まずその基本さえ頭を抱えそうな難易度だろう。
(正直、あれを本当に私達が作り出したのか疑問が残るわ)
ある意味でそれは間違っていない。あのマゴロク・E・ソードは従来から更なる改造を施されている。その改造を手掛けたのは、幾多もの異文明や異世界の技術を扱ってきた一人の凄腕メカニックなのだ。さすがのリツコやネルフスタッフでも彼の腕には及ばないだろう。よって、仮にマゴロク・E・ソードを作り出せても、その威力などは現在のものには絶対に及ばないのだ。
「最新鋭?」
「ええ。戦闘用のエヴァとして初号機から得られたデータも使っているの。だから最新鋭」
「へぇ、じゃあ強いんですね」
「……そう、ね。従来であれば」
リツコの言い方にシンジは首を傾げる。だが、すぐに分かった。自分が乗る時のエヴァがいる以上、その強さはあくまで本来の初号機と比べればという事に。
「あの初号機がやっぱり一番強いんですよね?」
「そういう事になるわ。だからこそ、ミサトが言ったように人類にとって貴方は失う訳にはいかないの。もし仮にあの初号機でも勝てない使徒が現れた場合、シンジ君がいなければ私達に打つ手は完全になくなるのよ」
「だから何があっても生き残れ……」
「ええ。貴方さえ生きていれば、初号機さえ残っていれば僅かにでも勝機は残り続けるの。ゼロじゃないって言うのは凄い事よ? 良くも悪くも可能性があるという事なのだから」
そう話すリツコを見て、シンジはおぼろげに彼女の信念のようなものを感じた気がした。可能性がある限りは諦めない。そんな風にも聞こえたからだ。
(もしかして、リツコさんも本当は熱い人なのかも)
いつも冷静で落ち着いた大人の女性。それがシンジの知るリツコ像だった。だが、もしかするとそれだけじゃないのかもしれない。そう彼に思わせるような何かが今の会話にあった。と、そこでリツコがふと思い出したように呟いた。
「そういえば、零号機もその内実戦配備出来るかもしれなかったわね」
「どういう事です?」
「シンジ君が来る前にね、ある実験を行ったのだけど……」
そこで聞かされた内容にシンジは何とも複雑な気持ちを抱いた。今の彼はレイとそれなりに親しくなったと思っている。だが、そんな彼女にあの気難しそうな父が妙に関心を寄せている事が理解出来なかったのだ。実の子である自分へは関心を寄せているとは思えないのに、あのレイへは何故火傷を負うのも顧みず動いたのか。それがシンジの中に大きな影を残した。
「ところでシンジ君、レイとは上手くいってるの?」
そこへ投げかけられた質問はシンジの思考を一気に現実へ引き戻した。
「べ、別に問題はないですよ」
「そう? あの日は一日中口をきいてもらえなかったじゃない」
「あ、あれは……僕が悪いんです」
からかうようなリツコの声にシンジはそう返すのが精一杯だった。あのデートでの事をレイはミサトとリツコへ話した。更にその日、レイがシンジを完全に無視していた事もあり、二人の美女は少年を可愛がるようにからかった。だが、シンジは知っている。そのレイが話した内容には、あの雨の降った後の事が含まれてなかった事を。でなければ、二人がそこをからかってこないはずはない。実際、レイはあの時の事を話していない。正確には詳しく話してはいなかった。その理由はシンジには分かっていないが、レイ自身があの時の事は彼の許可が必要だと思っているためである。
「ふふっ、そうね。せっかくオシャレしてくれたレイの写真をクラスメイトへあげちゃうんですもの」
「僕だってそんな事はしたくなかったですけど」
「レイはもう許してくれたんでしょ?」
「……一応口はきいてくれるようになりました」
「ならいいじゃない」
「でも、また距離を取られた感じがするんです」
凹むシンジを見てリツコは小さくため息を吐く。リツコはある意味で彼以上に彼の父を知っている。だからこそ分かるのだ。やはり似ていると。気になっている相手へのアプローチの拙さと、相手のリアクションへ一喜一憂する辺りが。
(蛙の子は蛙、ね)
けれど、父親と違って息子の方は可愛げがはっきりある。なら、少しは手助けしてやろう。そう思ってリツコはある事を企てる。それにシンジが巻き込まれるのはこれから少し後の事だった。
ある日の事、今度は訓練として実機を使って反応を確かめる事になり、シンジは初号機の中にいた。と、その時見えたのだ。ゲンドウとレイが親しげに話しているところを。まず最初に感じたのは驚き。次に疑問。最後に違和感だった。
(あんなに表情を変える綾波は初めて見る。相手が父さんだから? でも、どうして父さんもあんなに表情を変えるんだろう……?)
シンジの知る父はとにかく無表情だった。それが自分と同い年の女子へ笑みを見せている事。それがどうしようもなく理解出来ないのだ。そこでシンジに浮かんだのは、あまり大きな声で言えない単語。
(まさか父さんはロリコン?)
であればレイへの執着も納得が出来てしまう。そして、自分への愛情があまり感じられないのも、それを根底に据えれば説明出来てしまうのだ。ゲンドウは偽装のために結婚したのではないかというものである。だからこそ、自分への愛情はほとんどなく、中学生女子へ実の息子にさえ見せた事のない表情を見せるのではないか。そう考え出したところで訓練開始を告げられ、シンジは否応なく意識を切り替える事になる。けれど、その片隅にはその疑惑が残っていた……。
その夜、葛城家に一人の来客があった。
「どう? シンちゃんのご飯美味しいでしょ?」
「ええ、本当ね。道理でミサトが最近定時で帰りたがる訳だわ」
「そ、そんな事ないです。僕は素人ですし」
リツコの褒める眼差しに照れながら下を向くシンジ。彼女が来た理由は、生活が不規則で不健康極まりないミサトとの共同生活がシンジに悪影響をもたらしていないかのチェックである。表向きは、だが。彼女がここに来た理由は別にある。そう、いつかのシンジとレイのために企てたもののためである。
「これなら私の部屋に来て欲しいぐらいよ。どう? ミサトから乗り換えない?」
「えっ?」
「ちょっとリツコ! ずるいわよ! シンちゃんはあたしが最初に引き受けるって言ったんだからね!」
「み、ミサトさん落ち着いてください。リツコさんは冗談で言ってますから」
「あら、これでも本音なんだけど?」
「ええっ!?」
「シンちゃ~ん? どうして嬉しそうなのかしら?」
「私はあまり帰れないけど、それでもシンジ君が食事を作ってくれるなら帰宅を考えるわ」
あまりの事にシンジは困惑していた。妙齢の美女が自分を巡って争いを始めようとしてる状況に。
「そ、その……リツコさんの申し出は嬉しいですけど、やっぱり僕はミサトさんの家でお世話になろうと思います」
「あら……」
「よく言ったシンちゃんっ!」
シンジの結論に軽い驚きを見せるリツコと得意満面のミサトだったが、その反応がすぐ逆転する事になる。
「だって、リツコさんは一人でも大丈夫ですけどミサトさんは……」
「ちょっとシンちゃんっ?!」
「ふふ、そうね。ミサトからシンジ君を取り上げたらまた悲惨な事になるものね」
さっきとは逆にミサトが驚き、リツコが笑う。シンジはそんな二人に何とも言えない顔を見せるしかなかった。やや不満そうにではあるが、それでもビールを口にするミサトを横目にリツコは思い出したように何かを取り出しシンジへ差し出す。それはIDカード。
「これは?」
「実はカードの切り替えが行われるんだけど、レイの分を渡すのをうっかり忘れてしまってね。悪いけれど、シンジ君から届けてもらえるかしら?」
「あ、はい。いいですよ」
「お願いするわ」
こうしてシンジはリツコからIDカードを受け取る。それがレイと嫌でも会話出来るようにとのリツコの差し金とも気付かずに。明けて翌日、シンジは学校が休みという事でレイの自宅まで向かっていた。以前送った際に別れた場所まで来て、はたとシンジは足を止める。
「……ここからどう行けばいいんだろ」
仕方なく携帯を取り出しコールする事十回近く。
『はい』
「あ、綾波? 悪いんだけど綾波の家までの道を教えて欲しいんだ。今、この前送った時の場所まで来てて」
そこからレイの返事はなかった。だが電話が切られた訳ではない。なのでシンジはしばらくレイの反応を待っていた。
『……どうして来るの?』
「その、IDカードが切り替わるんだって。それで、リツコさんが綾波に渡し忘れたからって僕に預けてて」
『…………迎えに行くわ』
「いいの?」
『ええ、どうせ何もする事ないから』
こうしてシンジはレイのお言葉に甘え、その場でしばらく待つ事に。すると十分もしない内にレイが現れた。あのデートの時の格好で。
「お待たせ」
「えっと、綾波? それは普段着なの?」
「……碇君と二人で会う時はこれにするべきと葛城一尉と赤木博士が言ったから」
「あー……」
シンジはそれだけで理解した。レイは二人の言った言葉をそのまま受け取っているのだと。二人はおそらくデートを指しているのだろうが、レイは文字通り二人で会う時と捉えているのだろう。そう思い、シンジはやや複雑な心境となりつつレイへIDカードを手渡した。
「とりあえずこれ」
「ありがとう」
「あと、ね」
「何?」
「この前は本当にごめん。綾波がせっかくオシャレしてくれたのに……」
「……もう気にしてないわ。碇君にも事情があったんでしょ?」
「う、うん。でも」
「ならそれでいい。用件はそれだけ?」
「えっ? うん、それだけだけど……」
「じゃ、帰るわ」
シンジへ背を向け来た道を戻ろうとするレイを見て、彼はふと気になっていた事を思い出した。
「綾波っ」
「……何?」
「どうしてあの時の事をミサトさん達に黙っててくれたの?」
その問いかけにレイは目を少しだけ見開いた。それがレイなりに驚いてる反応だとシンジは知っている。見つめ合う二人。やがてレイがぽつりと告げた。
「分からない」
「分からない?」
「ええ。何故か話したくなかったの。自分でもよく分からないけれど」
「そっか。うん、答えてくれてありがとう綾波。じゃあ、僕も帰るね」
「ええ」
今度こそ去って行くレイを見送り、シンジも来た道を戻ろうとしてふと振り返った。すると何故かレイも彼を振り返っていたのだ。
「えっと……どうしたの?」
「言い忘れた事があったから」
「言い忘れた事?」
「そう。碇君、また学校で」
「っ……うん、また学校で」
その挨拶を最後にレイは今度こそ一度も振り返る事無く帰路へ着いた。シンジはその背が見えなくなるまで彼女をその場で見送る。離れたと思っていた心の距離がまた近付いたと感じながら……。
その日、シンジはレイと本部を訪れていた。零号機の再起動実験を見学するためである。長いエスカレーターを隣り合って下りながら、シンジはふとレイへエヴァに乗る理由を聞いてみた。今の彼はエヴァに乗る理由を有しているが、レイはどうなのだろうと思ったのだ。そんなシンジの問いかけへのレイの答えは意外なものだった。
「絆?」
「ええ、絆。私にはそれしかないもの」
「そんな事ないと思うけど……」
「碇君はエヴァに乗る理由あるの?」
「今はあるよ。前は……あったけど違ったかな」
「そう。理由が変わったのね」
「うん、今は綾波も理由の一つかな」
「私も?」
そこでシンジは語った。使徒との戦いやエヴァに乗る事に関しての、今の自分の考えを。一番逃げたい事から逃げるために今から逃げない。要約するとその一言に尽きる話を長々としてしまうシンジだが、レイは嫌な顔一つせず聞いていた。やがて二人はエスカレーターを降り、更衣室を目指して歩き出す。その道中でレイはシンジへこう告げた。
「碇君は最初碇司令のためにエヴァへ乗ったの?」
「うん。そうすれば父さんが僕を見てくれるような気がしたんだ。何となくエヴァもそうしろって言った気がして」
「エヴァが?」
「気のせいだと思うんだけどね」
レイの足がそこで止まる。シンジもつられるように歩みを止めた。
「……碇君は碇司令の事を好き?」
突然の問いかけ。だが、シンジの答えは決まっていた。
「嫌い……には、なりたくないかな」
「そう……」
「うん。僕にとっては唯一の肉親だし、父さんがいたから綾波達にも会えた。さっき綾波はエヴァに乗る事が絆って言ったけど、僕にとってはエヴァこそ絆なのかも。僕がエヴァを動かせるから父さんはここへ呼んだ。そうじゃなかったら、今も僕はここじゃない場所で一人だったはずだから」
シンジの言葉にレイは小さく頷いて彼の手を握った。シンジはその行動に軽い驚きを感じて顔を上げる。そこにはレイのまっすぐな眼差しがあった。
「碇君は一人じゃないわ。私がいるもの」
「綾波……」
「私も碇君もエヴァが絆。なら、私達はエヴァという絆で結ばれているから」
「……ありがとう、綾波。だけど、それ以外でも絆はあると思うよ?」
「どういう事?」
「僕達は、その、と、友達じゃないか。学校だって絆だよ」
その恥ずかしさと照れくささを混ぜたシンジの言葉にレイは少し黙り込んだが、最後には頷いてみせた。それに安堵の息を吐くシンジだったが、そこで彼は気付く。
(綾波と手を繋いだままだ……)
その温もりがあの日の事を思い起こさせる。あの晩、シンジは人生で一番の罪悪感と嫌悪感を経験してしまった。その事まで思い出し、シンジはレイから目を逸らす。
「どうしたの?」
「な、何でもないよ。綾波、そろそろ着替えに行った方がいい。僕は先に行って待ってるから」
「……ええ」
どこか不思議そうな雰囲気を出してレイはその場から歩き出す。シンジは離れてしまった温もりを追うように視線を動かした。レイは一度も振り返る事なく更衣室を目指している。
「……最低だな、僕って」
無愛想だが優しさを持っているレイをそういう対象として使ってしまった事。それに再び罪悪感を感じながらシンジもその場から歩き出す。目指す場所は第二実験場。そこでリツコ達と共に零号機の再起動実験を見学する事になっているからだ。
(もし零号機が戦えるようになったら、綾波と協力出来るかな?)
脳裏に浮かぶF型の強さ。あの運動性の高さや攻撃力の高さは並ではない。それに合わせるのはおそらく不可能だろうとシンジでさえ思うのだ。では、どうやってレイと連携を取って行くのか。そんな先の話をシンジは一人考えていた。そして、それは第二実験場に着いて零号機の再起動実験が開始した後も続いていたのだった。
(マゴロクを使うなら、綾波には下がってもらうべきだし……あ、でもそれなら綾波には射撃武器を持ってもらいたいな。綾波が使徒の注意を引いてくれて、僕がマゴロクでとどめ、みたいな)
既にマゴロクと略しているシンジであったが、その間にも零号機の実験は順調に進んでいた。だがしかし、こういう時こそ邪魔が入るもの。突如として本部全体に警報が鳴り響く。その音がシンジを現実へ引き戻した。
「警報?」
そのシンジの声に答えるようにマヤがリツコへ振り向いた。
「発令所より入電。本部へ接近する未確認飛行物体を確認したとの事。総員へ第一種警戒態勢が発令されました」
「シンジ君、聞こえたわね。プラグスーツに着替えておいて。レイ、聞こえる? 実験は中止よ。第一種警戒態勢が発令されたわ」
『了解』
レイの応答を背中で聞きながらシンジは着替えるべく更衣室を目指して走り出した。今は自分しか戦えない。その気持ちが彼を突き動かしていた。頼まれるでもなくシンジはエヴァに乗るつもりだった。出来始めた大切な人や物を守るためにも、そして何より自分のために。
「僕が……僕がやらなきゃ……」
その横顔には、ここへ来た当初の影は失せつつあった……。
「状況は?」
「使徒は一定距離を開けたまま、沈黙を保っています」
「ある程度まで本部へ接近したかと思えばいきなりの停止。どういう事かしら?」
「エヴァを待ってる、とかでしょうか?」
「有り得ますね。これまでの使徒は二回共初号機によって短時間で撃破されています。そこへきての飛行型。使徒なりの初号機対策かもしれません」
「マギは何と言ってる?」
「76.888%でその意見を肯定しています」
その言葉に全員が黙り込んだ。これまでの使徒は飛行能力を有していたとしても限定的だった。それが今回は完全飛行型。あの初号機は驚異的な性能を有しているが飛行は出来ない。つまり、不利な条件を突き付けているのだ。更にまるで出方を待つような行動。誰がどう見てもそこに何らかの意図があるのは明白だった。
「司令、初号機を出す前に偵察を許可して頂けますか?」
「聞こう」
「デコイを出現させ使徒の動きを見ます。もしそれで動きが無ければ、防衛用の攻撃をそのデコイのものと誤認させて更に様子を見ます。もしそれで何も動きがなければ」
「初号機を発進させるしかない、か。よかろう」
「ありがとうございます」
ミサトはシンジを危険に晒さないように作戦を立てる事にしている。なので、基本は偵察だ。可能な限り危険を排し、あるいは調べ上げ、少しでもシンジの生存率を上げる。今のミサトの作戦方針はそれに尽きるのだ。こうしてミサトの提案は即実行された。まず従来の初号機と同じダミーバルーンが出現する。それに使徒は何も動きを見せない。なので、防衛用のミサイル攻撃がダミーバルーンの背後から行われた。その瞬間、使徒に動きがあった。
「目標に高エネルギー反応っ!」
マヤの言葉と同時に使徒から放たれる一筋の閃光。それはミサイルごと初号機のダミーバルーンを蒸発させた。
「……何、あれ?」
「荷電粒子砲と同じ原理よ。ただ、人類ではあの破壊力を出すのにどれだけの設備と時間が必要かしらね」
「ATフィールドなら?」
「あの初号機の強度でも凌ぎきるのは難しいでしょうね。そもそも、発射までのチャージが速すぎるわ。万一凌げたとしても第二射までに仕留め切れるか……」
リツコの推測にミサトは思考を巡らせる。本当に初号機があの攻撃に耐えられるかどうかもあるが、そもそも発進時の硬直を狙われたらどうしようもないのだ。と、そこでミサトはある事に気付いて息を呑む。
「日向君、使徒の現在位置とエヴァの発進場所をモニタに出してっ!」
「は、はい!」
「……そういう事か」
ミサトの指示にオペレーターであるマコトが慌てて操作する中、ぼそっと冬月がその意味に気付いた。そう、使徒の現在位置はエヴァの発進出来る場所全てを狙える位置だったのだ。要するに、最初から使徒は初号機を先手必勝で攻撃するつもりなのである。その可能性にミサトは気付き、確認したという訳だった。これもシンジを絶対生き残らせるための思考をしていたからこそのものである。従来の使徒を撃破する事にこだわっていたら気付けなかった可能性は極めて高い。
「……間違いない。あの使徒は初号機を狙っている」
「さしもの初号機も発進直後の硬直は無防備。そこをあの強力な荷電粒子砲で仕留める、か。考え方が人のそれですよ」
オペレーターの一人である青葉シゲルの言葉に誰も言葉がない。実際そう思ったのだ。まるで、今までの戦闘を踏まえて初号機対策を施してきたような使徒の動きに。だがこのままでは埒があかない。初号機を出さずに警戒を続けるとしても限度があるのだ。精神的疲労である。なのでミサトは次の手を考えるしかなかった。
(どうする? 使徒の狙いが初号機であるのは確実。いくらあの初号機でも今回の使徒の攻撃は無傷とはいかないし、下手をすれば失う可能性もある。だからといってこのままにする訳にもいかない……)
長考に入ったミサトを見て、冬月は隣のゲンドウへ意見を尋ねる事にした。そこに特に意味はなかった。ただ、膠着しそうな状況に何らかの変化を与えられればと、その程度の気持ちだった。
「碇、どうする?」
「……初号機パイロットの意見を聞け」
その一言に全員がゲンドウを見た。彼はいつものように無表情のままだ。
「どうした? 実際に戦場へ向かう者の意見を聞けと言っている」
「は、はいっ!」
ゲンドウの言葉に促されるようにシゲルがシンジへ通信を開く。
『どうかしたんですか?』
「シンジ、使徒は初号機を狙っている。どうする」
『……その声、父さん?』
「答えろ。お前はどうしたい」
『どうしたいって……戦ってもいいなら戦うよ。それが今の僕に出来る唯一の事なんだ』
その憮然としつつもはっきりとした意思表示にその場の誰もが黙った。これが初めて来た時に嫌々エヴァへ乗った少年かと、そう思ったのだ。言い方はまだ歳相応の部分があるものの、考え方は既にそこから脱却しつつある。そう、シンジは既にエヴァで戦う事の意義を有しているのだ。決して捨て鉢になっている訳ではない。それを誰もが感じ取っていた。
「……葛城一尉、出撃だ」
「え? で、ですが」
「実際に命を賭けて戦う者が覚悟を決めている。ならばそれを尊重するべきだ」
そのゲンドウの言葉には冬月さえも驚いた。聞いているシンジも驚いていた。まるで自分の意見を後押ししてくれているように思えたからだ。
(父さんは、本当に言いたい事が素直に言えないだけかもしれない……)
かつての自分もその傾向が強かった。そう思えばゲンドウの事を嫌いになれない。シンジは未だ戸惑う大人達へはっきりとした声で告げた。
「皆さん、僕からもお願いします。絶対生きて帰ってきますから。僕と、初号機を信じてください」
『シンジ君……分かったわ。こちらでデコイを出して使徒の注意を引きつけるから、その間に距離を詰めてやっつけて』
「はいっ!」
リフトへ移動される初号機。ミサトは使徒が狙っているだろう硬直時の隙を狙わせないために、現在あるダミーバルーンを全て使うつもりだった。初号機が発進する場所以外の全てのゲート上へダミーバルーンを出現させる。ただし、一つ一つ時間差でだ。それらを使徒が攻撃している間に初号機を発進させ、あの驚異的な機動力と攻撃力に全てを賭ける。博打な作戦ではあるが、現状それが一番有効な方法だった。
「シンジ君、こちらで出来る限りはするから後は頼むわ」
『はい、分かりました。必ず生きて戻ってきます』
「ええ……。デコイを出して! 使徒の攻撃時間を考えて休む暇を与えずに!」
ミサトのその声を最後に通信は途絶えた。それがシンジにはあの姿への変化だと分かった。いつもよりも早い。そう理解し、シンジは思わず呟く。
「それだけ強い相手って事か……」
今までと同じタイミングでの変化では危険。そうエヴァが判断したとシンジは思った。故に緊張が走る。あのエヴァが危険と感じる使徒。一番の脅威はその攻撃力とミサト達は言っていた事を思い出し、シンジは一度目を閉じた。
(大丈夫。あのエヴァは強い。それに僕にはミサトさん達がついてる。あと……)
そこで目を開きシンジは自身の手を見つめた。レイに繋いでもらった手を。
「綾波との絆がある」
その声を合図にシンジは射出時のGを感じた。絶対死ぬものか。その気持ちでシンジは時を待つ。やがて視界に外の景色が見えた。それを合図にシンジはエヴァを動かした。目指すは青い結晶のような第五使徒。その使徒から眩いばかりの閃光が放たれる。それは初号機ではなく別のダミーバルーンを蒸発させた。その威力にシンジは思わず足を止める。あれに当たれば無事では済まない。その気持ちが恐怖となってシンジを襲う。けれど……。
「逃げちゃダメだっ!」
再び初号機は動き出す。その速度は瞬く間に使徒との距離を詰める。そして、初号機は大地を蹴って大空へ飛んだ。その手にはマゴロク・E・ソードが握られている。
「うわあぁぁぁぁっ!!」
使徒目掛けて振り下ろされるマゴロク・E・ソード。その切っ先が使徒へ届こうとした瞬間、シンジは驚くべきものを見る。
「ATフィールド!?」
これまで二体の使徒をあっさりと葬ってきた一撃を、第五使徒のフィールドは阻んでいたのだ。しかし、決して完全ではない。徐々にではあるがフィールドには亀裂が走っている。このままなら勝てる。そうシンジが思った瞬間だった。
『退きなさいシンジ君っ!』
「っ?!」
突如として聞こえた声にシンジは弾かれるように攻撃の手を止めた。落下する初号機のすぐ真上を通過する閃光。それが使徒のものだと理解し、シンジは一気に恐怖した。
(あのままだと僕がやられていたっ!)
フィールドを破れそうだと思わせ、そこへ荷電粒子砲の一撃を加える。その使徒の目論見は寸でのところで失敗した。ミサトの声を初号機がシンジへ届けたためだ。
「ミサトさんっ!」
『シンジ君? どうやら今は聞こえるようね。なら撤退しなさい! これは命令よっ!』
「でもっ!」
『忘れないでっ! 貴方の一番優先するべきは何っ!?』
その怒鳴り声の裏に秘められた優しさがシンジの頭を冷やした。
「……撤退します」
『素早くね。……ありがとう、シンジ君』
そこで通信は切れた。こうしてシンジは初めての敗北を経験する。F型を以ってしても切り裂けないフィールドと、防ぎ切れないだろう攻撃力。それらを兼ね備えた使徒によって……。
新戦記エヴァンゲリオン 第五話「レイ、心のままに」完