それと、今後は精神コマンドや特殊技能の説明は後書き部分に載せますのでご了承ください。
「惣流・アスカ・ラングレーよ。よろしく」
シンジは目の前で自己紹介しているアスカを見て呆然としていた。同い年だからこの事は分かってはいた。それでも、実際制服を着て現れるとそのギャップが大きく目を奪われたのだ。日本人離れした容姿だからだろう。レイもそうだが、やはり髪色や目の色が違うのはそれだけで強烈な印象を与えるものだ。特に日本人男性は基本的に外国人女性に弱い。シンジもその例に漏れず、アスカの姿に見惚れていた。と、そんな彼の端末へメッセージ。
「……うぇ!?」
思わず奇声を発してしまうシンジだったが、それは幸運にもアスカに沸く男子達の声で搔き消される。シンジが奇声を発した理由。それは当然メッセージにある。
―――碇君、だらしない顔をしてる。
その送り主へシンジはそっと視線を向ける。するとばっちり目が合った。なので慌ててメッセージを送る。
―――綾波、さっきのは別に深い意味があった訳じゃないんだ。
―――深い意味って何?
―――だからないから説明出来ないんだよ。
―――それは分かった。でも、深い意味がある時があるなら教えてほしい。
―――……メッセージじゃ難しいから直接でもいいかな?
―――いいわ。じゃあお昼に。
送受信終了と同時にシンジは机に突っ伏した。
(やっちゃった……。これじゃ自分で自分の首を絞めたようなもんじゃないか……)
クラスメイトがアスカの事で盛り上がる中、シンジは一人憂鬱な気分で昼休みの事を考えていた。そもそもアスカとレイは初対面時から相性が良くない印象を周囲へ与えていたのだ。二人の初対面はあの海上での使徒戦翌日、ネルフ本部であった。
―――あっ、綾波。ちょっといい?
―――何?
―――紹介したい相手がいるんだ。アスカ、こっちこっち。
―――ハロー、貴女が綾波レイね。プロトタイプパイロットの。
―――そうだけど、あなたは?
―――あたしはセカンドチルドレンの惣流・アスカ・ラングレーよ。よろしく。ま、仲良くしましょ。
―――そう。私はファーストチルドレンの綾波レイ。よろしく。それと仲良くは考えておく。
―――……何? あたしが気に入らない?
―――別に。そういう訳じゃない。
―――え、えっと……綾波は少し口数は少なくて人を寄せ付けない雰囲気があるけど、優しくて良い子なんだ。今はアスカとの距離を測りかねてるんだよ。ね、綾波。
共に普通の自己紹介のように聞こえるがシンジには分かった。レイがアスカをあまり歓迎していない事を。アスカもレイのその態度にムッとしていたが、シンジが間に入った事でその場は終わった。それが原因でレイが余計アスカへ嫉妬すると知らずに。そう、レイはアスカにこう思っていたのだ。自分さえも苗字で呼ばれているのに名前で呼ばれているなんて、と。
「ちょっとシンジ! こいつらどうにかしなさいよ!」
「ええっ?! 僕が!?」
「あんた以外に誰がいるのよっ! いいからさっさと動くっ!」
担任がいなくなった事で芸能人よろしくクラスメイト、特に男子達から囲まれるアスカ。その引きはがしに指名されたシンジは驚き、それでも仕方ないとばかりに立ち上がってクラスメイト達を落ち着かせ始めた。学級委員長であるヒカリもそれに協力し、そこからそれぞれの質問をアスカへ尋ね、回答させるという司会者や通訳のような役割を始める。そんな光景を眺め、レイは人知れず少しだけ表情を変えた。
(セカンドはずるい。碇君が強く言わないからってワガママばかり……。何故か胸がムカムカするわ)
(ふん、ファーストの奴は陰気くさいわね。あれならまだシンジの方が明るいわ)
(仲良くなって欲しいんだけどなぁ……)
自分を見つめているレイに気付き、アスカは対抗するように視線を向ける。それに横目で気付き、大きくため息を吐くシンジ。そのままレイとアスカはそれぞれへ視線を向け静かに火花を散らしていた。二人してそれが恋心の萌芽と知らないままに。
「疲れた……」
アスカによる騒ぎも落ち着き、後の事をヒカリに任せシンジは座席へ戻って机に伏した。そこでぼんやり考える。レイもアスカもきっと自分と同じで同年代の友人とあまり過ごしていないはずだ。だからこそ、エヴァパイロットという人には言えない共通点を持つ者同士として、もっと仲を深めていければと。そうシンジは思って顔を上げる。
(綾波もアスカも僕にはそれなりに好意的だし、ミサトさんやリツコさんに手伝ってもらえば何とかなるかな?)
そう、幸いにしてレイとはこれまでの事で親密さは増していると言えるし、アスカとも初対面時よりは共に使徒と戦った事もあって幾分好かれたと言えるのだ。特にアスカのそれは名前で呼んでくれるようになった事でより一層分かり易いと言えた。故に彼は自分が二人の橋渡しをしなければと、そう考えても不思議ではない。それが現状で一番二人の仲を険悪にすると知らずに……。
そうして迎えた昼休み。アスカは質問攻めの際に仲良くなったヒカリに声をかけられ、共に昼を食べる事となった。だが、その視線はある光景を捉えて離さなくなる。
「アスカ? どうしたの?」
「……ね、ヒカリ。シンジはあの根暗とどこへ行くの?」
「えっと……根暗って綾波さん? あんまりそういう言い方しない方がいいよ?」
「いいから教えて」
「もう……碇君となら屋上じゃないかな? いつも晴れの日はそこでお昼食べてるから」
一度として自分を見ずにいるアスカに疑問符を浮かべながら、ヒカリは一から十まで丁寧に説明した。それがどういう切っ掛けで始まったのか。いつからなのかまで。そこにはヒカリなりのレイへの応援があった。
アスカは強気で明るく、更に同年代よりスタイルもいいという、男子が好きになるような要素が詰まったような女子。そんな彼女はシンジを特別扱いしているのをヒカリは察したのだ。故にレイではアスカとの色恋勝負は不利になるだろうと思った。だからアスカがシンジへ興味を持たず他の男子へ目を向けてくれるようにと、レイとの仲を印象付けようとしたのだ。それはある意味で成功した。アスカにシンジとレイの親密さを十二分に伝えたのだから。
「……そう。あいつはシンジへ言い寄ってるのか」
「アスカ?」
「待たせたわねヒカリ。さ、食事にしましょ」
「う、うん……」
何事も無かったかのように振舞うアスカだがヒカリには分かった。それが意図的に意識しないようにしている態度だと。その理由を考え、ヒカリは内心複雑であった。以前からの関わりがあるレイを応援してやりたい気持ちもあるが、おそらく一目惚れにも近いアスカの応援もしてやりたい気持ちがあるのだ。二人に共通しているのは、まだそれが恋だと自覚していない事。そして、それはその二人が意識している相手にも共通していた。
(碇君、綾波さんの事をどう思ってるんだろ? 嫌いじゃないとは思うけど……? まぁ、男子達のエッチな話に綾波さんが出てくるとあまり乗り気じゃないみたいだし、相田や鈴原がこそこそやってる事も巻き込まないようにしたいみたいだからなぁ。多分意識はしてると思うんだよね……)
(シンジのために料理ぃ? あの無愛想な奴が? ……ま、別にシンジがファーストと仲良くしてようがあたしは構わないけど? ただ、あたしを無視するのは気にくわないわ。そう、それだけよ)
クラスに馴染めないままのレイを想い、シンジとの仲を進展させたいヒカリ。彼女はその関係に自分と一人の男子を重ねているから当然だ。とはいえ、アスカが本気でシンジと付き合いたいと言って協力を頼めば、現状ならヒカリはレイよりそちらを優先するだろう。レイはまだ明確にシンジと恋人になりたいと口にしていないからだ。その後、アスカはヒカリと会話しながら様々な事を聞き出していく。どうしてもシンジとレイに関係する事ばかりなのは仕方ないのだろう。何せ、アスカにとっては、初めて守りたいと真摯に言ってきた異性なのだから。
その一方、シンジはと言えば……。
「だから、ああいう時の深い意味っていうのはあまり人に言えない事で」
「大丈夫。私は気にしないわ」
見事にレイの追及を受けていた。制服姿のアスカに見惚れた事から派生して起きた現状。原因は自分にあるのでシンジとしては言い訳も出来ない。しかも、いつもなら諦めてくれたり流してくれるレイが今回はやたらとしつこいのだ。シンジとしては、もう観念するしかないと思い始めていた。
(今日の綾波、妙に迫力があるなぁ。やっぱりアスカの事だから?)
その予想は当たっていたが、だからこそシンジは避けるべきだったのだ。その名を話題に上げるのを。
「あのさ、綾波」
「何?」
「そこまで知りたがるのはアスカの事が気になるから?」
他意はない質問だった。いつものように他愛ない会話が始まると思っていた。そんなシンジの予想をレイは超えてきた。
「別にセカンドの事はどうでもいいの。今は碇君の事を聞いてる」
「あれ……?」
「それで、どうして深い意味を教えてくれないの?」
「いいっ!?」
いつもより少しだけ声の温度が低いと感じた瞬間、レイがすかさずシンジへ詰め寄る。こうしてシンジは、男が女性に見惚れてだらしない顔をしている際の深い意味について説明するはめになった。それを聞いてレイが終始無言だったのがシンジには妙に印象に残った。いつもであれば途中で疑問や感想などを述べるレイが、一度として口を開かなかったのだ。しかも、説明が終わると無言のまま弁当を食べ出し呆然とするシンジへ「ごちそうさま」とだけ言い残して屋上を出て行って。
一人取り残された形のシンジは自分の分の弁当を食べながら呟く。
―――綾波が……怒ってる?
そんな時、シンジの携帯が震える。相手はマヤからであり、メール内容は非常招集。それだけでシンジは理解した。
「使徒が来たんだ!」
その呼び出しから遡る事十数分前。ネルフ本部は職員用の食堂で、ミサトとリツコは大学時代を思い出す状況にあった。
「それにしても本当に相変わらずね、加持君は」
「ま、俺なりの挨拶ってやつさ」
楽しそうに微笑みながらリツコは目の前にいる加持を見る。その笑みに応じるような笑みを返し、加持はリツコの右手へ自分の左手を置いた―――ところでその手を隣のミサトに払われた。
「挨拶で女口説くんじゃないわよっ!」
「迂闊よ、加持君」
「いや、今のは葛城の反応を見たかったのさ」
「減らず口を……」
「ああ、だから是非とも減らして欲しいね。葛城にさ」
「…………バカじゃないの」
加持の言っている意味を理解し顔を背けるミサトだったが、その反応だけで二人には赤面したのが丸分かりである。特にリツコは大学時代に雰囲気こそ違え、似たような事が常だった二人を思い出し懐かしむような目をした。
「本当に変わらないわね、ミサトも加持君も。変わったのは年齢だけね」
「関係も変わったわよ!」
「ああ、それに色気も、な」
「だからってあんたに振りまくつもりはないわよっ!」
「それでいいさ。色気を振りまく葛城なんてらしくないからな。俺が引き出してみせるよ」
「っ……ふん」
ミサトと加持のやり取りを眺め、リツコは内心でため息を吐く。どう見てもお互いに未練があるのが丸分かりなのだ。
(羨ましい……と、そう思うのはいけない事かしらね)
自分がどれだけ望んでも手に入らない関係。両想い。だからこそリツコは目の前の光景に胸が締め付けられる。クールな科学者といった雰囲気の彼女ではあるが、何も恋愛関係に少しも憧れが無かった訳ではない。とある理由で女としての生き方を避けている部分はあるものの、決して拒絶している訳ではないのだ。でなければ、シンジの父とただならぬ関係などなりようがない。
(……これじゃあ母さんの事を言えないわ)
科学者として、母として、女としてリツコの中に息づく女性、赤木ナオコ。その彼女こそリツコにとってもっとも愛し、もっとも憎い存在なのだ。と、そこでふとリツコは目の前の二人を見つめた。今も傍目からはじゃれついているようにしか見えない二人だが、果たして本人達はそんな感覚でいるのだろうかと。その答えをリツコは己の中で瞬時に出す。ない、と。
(人の気持ちを悟るのは不可能だもの。互いに察しはしているかもしれないけれど、確信がないから最後の一歩が踏み出せない、か。シンジ君と一緒ね。ええ、そうだわ。人間はみんな一緒なのよ。分からないから怖い。怖いから踏み込めない。だけど、それを超えさせるのが勇気や愛という感情……)
おそらくそれをシンジは持ったのだろう。そう考え、リツコは小さく苦笑する。父親が未だ過去に囚われている中、息子は未来を見つめて踏み出している。その差を思い、彼女は笑ってしまったのだ。それがミサトと加持には自分達を笑われたと思った。
「ちょっと! あんたのせいで笑われたでしょうがっ!」
「いや、だがこれは結構いいものを見れたな」
「あんたね」
「もうそこまでにしてちょうだい。夫婦漫才を見せられる身にもなって欲しいわ」
「夫婦漫才ぃ!?」
呆れるようなリツコの表現にミサトが過剰反応を示すも、加持はむしろ望むところだとばかりに笑っている。このまま大学時代のような時間が過ぎると、そう思っていた時だった。本部全体に警報が鳴り響いたのは。
「これは……」
「敵襲っ!?」
「のようだな」
勢いよく立ち上がるなりミサトは発令所を目指す。リツコはその後を追おうとして、一度加持へ視線を向ける。
「加持君は?」
「俺はさすがに遠慮しとくよ。ただの出向中の人間なんでね」
「そう。なら、あまり調子に乗ってあちこちで粉をかけないようにね」
そう言い放ちリツコも発令所目指して動き出す。その背中を見送り、加持は軽く頭を掻いた。
「やれやれ、今のはどっちの意味だと、そう考えるようになった事を哀しむべきか喜ぶべきか……」
「状況は!?」
発令所へ入るなり、ミサトは周囲へ聞こえる声でそう尋ねた。
「警戒中の巡洋艦はるなから報告があり、紀伊半島沖で巨大な潜航する存在を確認したとの事で、そのデータを送信してきました」
「照合の結果、使徒と判明し既にエヴァパイロット達を召集しています」
「先程第一種戦闘配置が発令され、後は作戦を立てるだけです」
三人のオペレーターの報告に頷き、ミサトは迎撃手段を考え始めた。安全に行くなら初号機だけにするべき。だが、弐号機と零号機もしっかりとした実戦経験を積ませておくべきとも思うのだ。前回はシンジと同乗しての戦闘なのでアスカ単独でのデータも欲しいし、やっと実戦配備完了となった零号機も同様だ。あの第五使徒との戦いで何も被害に遭わなかった零号機は、つい先頃戦闘用の改修作業が完了したのだ。
(シンジ君との連携はおそらくそこまで問題なく出来るはず。なら、レイとアスカの連携を見ておく必要があるわね)
レイは第五使徒との戦いで、アスカとは第六使徒との戦いでシンジと連携を取っている。エヴァ同士か否かの差はあるが、まったく何もしていないよりマシと思える結果を残している。ならば、初号機という絶対的な切り札がある内に、本当の意味での使徒戦をアスカとレイに経験させておくべき。そう判断し、ミサトは後ろを振り返った。
「副司令、今回はこちらから使徒を迎撃しようと思います」
「前回の戦闘で防衛システムが痛手を受けているからだな?」
「はい。ですので水際で使徒を迎え撃ちます。ですが、初号機を後方に控えさせ、零号機と弐号機を前衛とし使徒に当たりたいのです」
「ふむ、目的はパイロットの経験と機体の稼働データというところか」
「はい。アスカもレイも使徒戦自体は経験済みですが、両方共に通常のものではありません。なので、初号機の援護が見込める時にと」
「加えてエヴァ同士の本格的な連携も初めてだしな。いいだろう。任せる」
「はっ」
冬月の理解の早さにミサトは内心唸っていた。普段はゲンドウが全面に出ているので埋もれがちだが、冬月もその能力は高い人物である。特にゲンドウよりもある意味で柔軟さを持っている分、場合によっては彼よりも話の分かる存在といえる。とにかく、冬月の許可を得たミサトは早速細かな作戦の立案に取りかかった。
「エヴァパイロット、本部に到着」
「エヴァ各機出撃準備よし」
「目標、駿河湾への到達まで……残り三十分を切りました」
「この分なら間に合うか……」
ミサト達が使徒の動きへ意識を向けている間にも、シンジ達は着替えを終え急いでエヴァへ向かっていた。
「ったく、日本に来てまだ三日と経ってないってのに!」
「一体どんな使徒なんだろ……」
「どんな奴が相手でもあたしがいれば楽勝よっ!」
「……気楽なものね」
「何か言ったぁ!?」
「急ぎましょ、碇君」
「え? う、うん」
「このっ! シンジっ! 遅れんじゃないわよっ!」
「ちょっ! アスカっ! 引っ張らないでよっ!」
アスカを無視するように走りながらシンジの手を引くレイ。その行動に違和感を覚えるも、今はたしかに急ぐべきと思ってシンジも走る。アスカはそんな二人を見て苛立ちを隠す事なく走る速度を上げ、ついでに空いているシンジの手を掴んだ。二人から引っ張られる形となり、シンジは仕方なく速度を上げて走る。そんな事をすれば当然待っているのは……。
『作戦の説明をするけど……大丈夫?』
「「「問題ありません……」」」
疲れたように項垂れるシンジとアスカ。レイは項垂れてはいないがどこか疲労の色が見える。どうしてそうなったのかを聞きたい衝動に駆られながらも、ミサトは三人へ作戦の説明を開始した。使徒が完全に上陸する前に迎え撃ち、零号機と弐号機でこれを撃破。初号機は後方に控え、もし二機が使徒を取り逃がしたりあるいは仕留め切れなかった場合これを撃破。簡単に言えばこれだけだった。
『あまり細かなところまでは決めないわ。レイとアスカで意思疎通してちょうだい。交互の波状攻撃もいいし、二機同時の一撃必殺でもいいわ。とにかく、今回は相手との連携を考えて。今回の目的は実機での戦闘経験がないレイと、通常の状態での戦闘経験がないアスカ。二人に使徒戦の経験を積んでもらう事なの。それを忘れないで』
「ファーストとのぉ……?」
「連携……?」
「あ、あの、僕は本当に何もしなくても? どうせなら三人での連携とかも考えた方が……」
少女二人が醸し出す不穏な空気を察し、シンジはミサトへ内心縋るような気持ちで問いかけた。だが、返ってきた答えはそれを無情にも打ち砕いた。
『気持ちは分かるけど、それはまた今度よ。それに、今も言ったけど一番は二人に経験してもらう事なの。で、初号機はもしもの時の切り札。まぁ、二人が上手くいく事を願ってどーんと構えてなさい』
「は、はぁ……」
ミサトの言葉にシンジは何も返す言葉がなかった。いや、言えなかったのだ。妙にレイとアスカが険悪ですとは。それに、もし二人が使徒を倒せなくても自分が何とかすればいいかと、そう思ってしまったのもある。
(使徒と戦い始めたら、さすがに綾波もアスカもちゃんとするだろうし……)
その考えが甘い事にシンジが気付くのは、これから僅か十数分後の事だった。戦闘区域に近付き、アスカを除く全員が静かに驚いている事があった。初号機が変化しないのである。よもやの事態に慌てるミサト達だったが、シンジはすぐにある事を思い出して周囲を落ち着かせた。
「この前の時も作戦開始直前まで変化しなかったじゃないですか。きっと、初号機はまだ危険じゃないって教えてくれてるんです」
『エヴァ自身の勘、とでもいうのか』
『シンジ君、そうなの?』
「多分そうだと思います、実際、あの使徒との初戦は変化が早かったですし」
その言葉にミサト達も思い出したのか納得の声を漏らす。あの時は使徒の狙いを逸らすために必死だったので、誰もそこまで気を配っていなかったのだ。そんな中、アスカは一人何の話だと思いながら聞いていた。質問しようにも既に駿河湾は見えてきていて、とても雑談をしていい状況ではなかったのだ。こういうところはしっかり切り替えが出来るアスカである。
(戦闘が終わったらシンジから洗いざらい聞き出してやるわ)
まぁ、それは別のところで折り合いを付けているからなのだが、生憎それは誰にも知られる事はない。やがて駿河湾から上陸しようとする第七使徒の姿を確認しアスカは思わず呟いた。
「一体相手に二人がかりとか……あたしの趣味じゃないわ」
「趣味で使徒と戦うの? 変わった人」
「はっ、根暗なファーストにはそうとしか受け取れないでしょうね」
「根暗? 私の事?」
「以外に誰がいるっての」
『二人共、使徒に集中しなさい。来るわよ! 攻撃開始っ!』
「「りょ~かい(了解)」」
ミサトの声に弾かれるように動き出す二体のエヴァ。まず先行したのは弐号機だった。手にしたソニックグレイブと呼ばれる長刀のような武器で使徒へと切りかかる。それをかわして反撃する使徒に対して弐号機は後方へ下がってそれをかわす。
「ファースト、援護しなさい!」
「……了解」
上から目線の言葉に若干の間を空けながらも応じるレイ。そのパレットガンによる射撃をフィールドで防ぐ使徒だったが、そこへ弐号機がソニックグレイブを両手に襲い掛かる。それを使徒は避ける事も出来ないままその身に受け、見事一刀の下に切り裂かれた。
「ど~んなもんよ! 見たシンジ。これが」
「っ! まだ終わってない!」
「は?」
誇らしげに胸を張るアスカだったが、レイは両断されたように見えた使徒を注視していた。そして気付いたのだ。使徒が増えた事に。即座にパレットガンを構え、弐号機の後方で分裂した使徒を攻撃する。アスカもそれで事態に気付き、一旦距離を取った。
『ぬぁんてインチキっ!』
「ミサトっ! どうなってんのよ!?」
「弐号機、今は目の前に集中して」
「るっさい! 指図しないでっ!」
分裂して二体となった使徒にミサトが呆れと怒りをぶつける中、アスカとレイはそれぞれ苦戦を強いられていた。分裂した使徒は分裂前よりも速度が上がっているのだ。代わりに力は落ちているのでマシではあるが、それでも使徒戦に不慣れな二人にとっては厄介と言えた。モニタに映るエヴァの苦戦を見て、ミサトはリツコへ視線を向ける。
「どう? 何か分かった?」
『ああっ! もうっ! ちょこまかとぉ!』
『当たらない……? ダメ。動きが速くてもうこれじゃ通じない』
「……どうやらあの使徒はただ攻撃するだけじゃ仕留め切れないみたいよ」
「どういう事?」
『これでぇ……終わりっ!』
『まだ終わってないわ。ほら』
『動き出したっ?!』
「使徒のコアらしき反応が分裂した個体それぞれにあるのですが、どちらか一方を潰しても片方が残っていれば再生出来るようです」
「つまり?」
『ちょっとっ! どうして刃が通らないのよぉ!』
『おそらく一度受けた攻撃は二度は通用しないみたい』
「同時攻撃でコアを攻撃しないと話にならないという事よ。どうやら更に」
「はい、しかも……おそらく初めて行う攻撃で」
リツコとマヤの説明にミサトは頭を抱えたくなった。そんな事今のアスカとレイには不可能だ。それにシンジにも同じ事が言える。万事休すか。そう思った時だ。シンジから真剣な声で通信が入ったのは。
『ミサトさん、僕が行きますっ!』
「シンジ君!? 待って! あの使徒は」
『聞こえてました。初めての攻撃で同時に倒さなきゃダメなんですよね? 僕に、初号機に任せてください!』
その言葉にシゲルが驚くような声を上げた。
「初号機、既に変化しています! それに……」
「何だ……あの武器は」
マコトの言葉にミサト達はモニタを見る。そこには初めて見る武装を手にした初号機がいた。その手にしているのは、全領域兵器マステマと呼ばれるものだ。近接・射撃・広域と、全ての用途で使える武器である事から全領域兵器という名称を与えられている。
『ミサトさん達の話と綾波やアスカの声を聞いて、何とかしたいってそう考えてたらエヴァが変化してくれて、それと同時にまたあの時の声が聞こえたんです。マステマを使ってN2ミサイルを打ち込めって』
「なっ!?」
シンジの口から出た単語にミサトだけでなく発令所の全員が言葉を失った。だが、すぐにその選択が現状では一番適していると判断したのは、ミサトではなく彼だった。
「よし、許可は私が出そう。ただし、報告書には開発中の新型兵器と記載するように。さすがに本来ならば存在しないN2というのは面倒事になりそうなのでな。いいかね、葛城一尉」
「はっ!」
こうして、冬月の判断により初号機による使徒二体同時攻撃が行われる事となった。そのため、ミサトから二人へ後退命令が出されたのだが……。
「嫌よっ! まだあたしは戦える!」
『アスカ、命令よ。それとも今の貴方にレイと息を合わせて使徒を同時に仕留める事が出来るの?』
「そ、それは……」
「弐号機、後退するべき。後は碇君に任せましょう」
「つっても、どうやって初号機だけで二体を相手に」
レイの言葉に反発するようにアスカが言葉を発した時だった。つい反射的に初号機を見ようと振り向いた弐号機へ、使徒の分裂体がその隙を突くように迫ったのだ。アスカもそれに気付いて即座に前を向いて対処しようとするも、使徒の攻撃で手にしていたソニックグレイブを弾かれてしまう。そしてそのまま使徒の腕が弐号機へ迫り届く―――前に使徒が後退した。その位置へガトリングによる攻撃が行われたのだ。
「アスカっ!」
「シンジ? って、何よそれぇ!?」
「説明は後でするよ! 今は僕に任せて後ろに下がって! N2ミサイルを使うから!」
「N2ミサイルですってぇっ?!」
「早くっ! 使えるのは今しかないんだ!」
言いながら、初号機はマステマによる射撃攻撃で二体の使徒を牽制し続ける。そのまま湾へと追いやる様に。それが先程の言葉は本当だとアスカへ告げていた。少しでも被害を抑えようとしている。そう思ったからだ。
(シンジはやっぱりそういう奴なんだ……。それにしても、あの初号機は一体……)
既に大学を卒業しているアスカにも、F型の非常識さがよく分かったのだ。従来よりも装甲を厚くしているにも関わらず、むしろ機動性が上昇しているだけでもおかしいのに、使っている武装や攻撃力も存在するどんなものよりも強力だと分かったからだ。その証拠は分裂した使徒が回避している事。弐号機や零号機の攻撃は避けるどころか精々防ぐぐらいだった。それが初号機の攻撃は全てかわし続けているのだ。それがフィールドを展開しても意味がない威力であるとアスカへ教えていた。
「碇君、こちらの後退は完了したわ」
「もう大丈夫よ。さっさとやんなさい」
「分かったっ! 行けぇっ!」
シンジの声に呼応し、F型はマステマを構えて使徒へと目掛けN2ミサイルを発射した。それは二体の使徒の眼前で爆発し凄まじい爆風を巻き起こす。だが、それを零号機と弐号機は感じていなかった。いつの間にか二機の前方まで後退していたF型がそのフィールドで防いでいたからだ。それが自分達を守りたいというシンジの気持ちの表れと思い、レイとアスカは黙ってF型の背中を見つめていた。
「……終わった、かな?」
「さあ? 意外と仕留め切れてないかも」
「どういう事?」
「さっきの爆発、炎や煙ばかり広がっていたでしょ。本当に使徒が倒れたなら光が現れるはずよ」
アスカの指摘にシンジとレイは息を呑んだ。二人共に使徒の最後を思い出したからだろう。まるで十字架のような形の光を出して散るのが使徒なのだ。その光を今回は見ていない。まさかと思いながら、シンジ達は眼前の光景から爆炎による煙が晴れるのを待った。やがてその視界は晴れ、分裂した使徒の現状が見えてくる。
「……そんな」
そこにいたのは、炭化したような状態の分裂した二体の使徒だった。まったく動かないので瞬時の再生が出来ない程のダメージを受けたようだ。そこから、完全に同一ではなかったものの、かなり近いタイミングでの撃破だった事が窺える。一応警戒する三人だったが、動き出す気配がない上初号機が姿を戻した事もあり、当分は大丈夫だろうと判断した。
「つまり、倒したっていうより停止させたってとこね」
「あれでもダメなの?」
「多分だけど、本当に同時じゃないといけないんだ。誤差があってもコンマいくつとか」
「きっとそうでしょうね。とにかく、現状を報告して回収機を待って撤退するわよ。あの化け物初号機でもダメなら現状打つ手なしなんだから」
アスカの声には悔しさが宿っていた。それにシンジは気付くも何も言えない。以前の第五使徒戦で彼が抱いた気持ちよりも、もっと強い感情だろうと察したのだ。レイも何か言う事なくその場に立ち尽くしていた。敗戦ではないが勝利には程遠いものがあるのだと、この日シンジ達は知った。
「あの初号機の攻撃により、使徒はその体組織のほとんどを焼却されて行動不能となりました。ですが……」
「あれは、あくまで痛手を負わせただけに過ぎません。このままでは再侵攻は時間の問題です。予測ではおよそ九日後には再生を完了します」
「しかも、分裂体は一度絶命させられた攻撃を二度目から無効化ないし耐え切るだけの力を有します」
オペレーターの上げる報告はどれも頭を悩ませる内容ばかりだった。冬月はため息を吐きたくなるのを抑え、視線をシンジ達へ向ける。
「さて、直接相対した君達の意見を聞こう」
「えっと……まず僕からでいい?」
「ええ」
「いいわ」
両隣の少女へ伺いを立てる辺りがシンジらしい。そう思って冬月だけでなくミサト達も笑みを一瞬浮かべる。だが、すぐにそれを消して真剣な表情へと戻った。今回の使徒は力押しでは倒せないからだ。
「正直に言います。同時に攻撃するなら僕は参加出来ません」
「……理由を聞こうか」
シンジのはっきりした意見に小さいざわめきが起きる。冬月とリツコにミサト、そしてアスカはその理由を何となくではあるが察していた。
「あの初号機は速過ぎます。弐号機や零号機と動きを合わせるのは無理です」
「高性能が仇になる、か」
加持の言葉の通りだった。F型の機動性は他の追随を許さないレベル。逆に言えばそれだけ扱いが難しいのだ。それについていくのが無理なら、他に合わせるのはもっと難しい。シンジはそれを分かったのである。だからこそ真っ先に意見を出したのだ。これまで切り札となった初号機は今回そんな役割を果たせないと。
「次、私でいい?」
「……好きにすれば」
「ケーブルありでは不可能だと思います。ケーブルがあると自由な動きが出来ません」
「互いに阻害し合う可能性ね」
リツコの指摘にレイは頷いた。アスカも同意見なのか何も言わない。そうなると使徒への同時攻撃は内部電源の稼働時間内でやる事となる。その時間は精々長くて一分強。その間にあの厄介な使徒を追い詰め、同じタイミングでコアを攻撃しなければならない。しかも、コアを砕く程の威力で。そのより一層絶望感を増す意見に誰もがため息を吐きたくなっていた。
「じゃ、最後はあたしか」
「まだ何かあるのかね?」
正直もう意見は出尽くしたと、そう思っていた冬月へアスカは不機嫌そうな表情を向ける。
「きっと、あいつはそれだけじゃ倒せない。だって、あいつは元々一体の使徒だったのよ? なら、分裂した奴を追い詰めたら戻る可能性が高いわ。多分だけど、その時にこそコアを一瞬で破壊しないと同じ事の繰り返しじゃない?」
「……有り得るわ。そうか。分裂体を同時攻撃しコアへダメージを与え続け、一つに戻った瞬間に一撃必殺ね」
ミサトのまとめにアスカは頷いた。そこまで聞いていたマヤはそれが意味する事に気付いて愕然となる。
「それって……エヴァ三機での高度な連携が求められるって事じゃ……」
その言葉にシンジは困った顔をし、レイは無表情を、アスカは不機嫌極まりない顔をそれぞれ見せた。
「では、戦い方は決まったな。弐号機と零号機で分裂体を攻撃し、最後の一撃を初号機が担当。どうやって可能とするかは葛城一尉、任せたぞ」
「……全力を尽くします」
内心で無理難題をと怨嗟の声を上げるミサトだったが、次の冬月の言葉でそれを取り下げる事にした。
「今回の事後処理は私が担当しておこう。君は使徒を倒すために全精力を注ぎたまえ」
「はっ! ありがとうございます!」
見事な敬礼をするミサトを見て、レイ以外の誰もがこう思った。
―――現金過ぎる、と……。
分裂及び合体する使徒に対してどうシンクロ攻撃を仕掛けるか。それに頭を悩ませるミサトへ思わぬ人間から助け舟が送られたのはその日の夕方だった。
「何よこれ」
「あの無茶振りに対してのアプローチの仕方よ」
「作戦?」
「と言うよりは方向の提示かしら」
リツコの差し出す記録媒体を受け取り、じっと見つめるミサト。そんな彼女へリツコが小さく笑みを浮かべながらこう種明かし。
「加持君からよ」
「はぁ? あいつが?」
「ええ。少しでも貴女の力になれたらってね」
「……そ」
リツコに見えないようにそれを再生させるミサトだったが、その表情はどこか嬉しそうに見えた。こうしてミサトが立てた作戦はユニゾン攻撃だった。まず零号機と弐号機が音楽に合わせ同時攻撃を行い分裂体を追い詰める。そして可能ならば音楽の終わりに合わせ使徒を一つへ戻し、その瞬間を初号機がマゴロク・E・ソードで撃破するのだ。つまり、レイとアスカがユニゾンした上でシンジも心を合わせなければならない。二人が呼吸を合わせ、最後のとどめのタイミングをシンジが理解し、合体直後に攻撃する。そのためにミサトが考えた訓練は予想外のものだった。
「今日から三人で共同生活してもらうわ」
「「ええっ?!」」
「分かりました」
ミサトの発言に声を揃えるシンジとアスカに対し、レイだけが素直に頷いていた。だが、これは仕方ない。レイは二人と違いその言葉の意味する事へ感じるものが少ないのだ。
「み、ミサトさん。そもそも共同生活って場所はどこですか?」
「ネルフが用意する場所よ。最初シンジ君が使うはずだった部屋ね」
「共同って、寝る場所は!?」
「アスカとレイは同じ部屋で、シンジ君は別室だから。あ、お互いに鍵かけ忘れないようにしなさい」
「何か必要な物はありますか?」
「うーん、レイの場合は無いと思うわ。アスカはあるかもしれないけど」
三人の質問へてきぱきと答えていくミサト。心なしかその顔は楽しそうに見える。それもそのはず。言い方は何だが、期せずしてエヴァパイロット達の親睦を嫌でも深めないといけない事になったからだ。先程の戦闘でミサトも理解していたのだ。レイとアスカの仲の悪さを。そして、その理由がどこにあるのかも。
(多分シンちゃん絡みよねぇ。アスカはともかく、あのレイが明らかに歓迎しないっていったらそれしかないもの)
なので三人での共同生活なのだ。本音を言えばレイとアスカだけで過ごさせたい。しかしそれでは最悪の流れになる可能性が高い。だからこそのシンジ投入なのだ。両者と良好な関係を築き、少女達の関係を良くしたいと願う人物。そんなシンジだからこそ、この提案の裏に気付いてくれるだろうと、そうミサトは期待していたのだ。故にミサトは一番渋るであろうアスカへを手招きし、その耳元で囁いた。
「レイと二人きりの方がいいの? 家事、あの子はまったくと言っていい程出来ないけど」
「……シンジは出来るのね」
「もち。それにシンジ君がいた方がアスカも助かるでしょ?」
「まぁ、ファーストとずっと二人きりよりマシか……」
その時ミサトは見逃さなかった。そう返すアスカが少しだけ顔を赤めたのを。これはもしかしてと、そう思ってミサトは内心ウキウキしていた。
「じゃ、それぞれ最低限の荷物を用意しておいて。別途必要な物はこちらで用意するわ」
「はい……」
「はーい……」
「はい」
困った顔のシンジと微妙な顔のアスカ、そしてまったく表情を変えないレイ。そんな三人を眺め、リツコは人知れずため息を吐いた。
「前途多難ね……」
この後、シンジの荷物を加持が、アスカの荷物をミサトが、レイの荷物をリツコがそれぞれチェックする事になる。
そこでシンジは加持からある小さな紙袋を持たされる。加持曰く「万が一のためのお守りさ」との事。シンジはそれが何か分からなかったが、何となく開けない方がいいと判断した。アスカはミサトに「色気のない下着ばかりね」とからかわれ、レイはリツコから「決して下着姿や裸でシンジ君の前に出ないように」と注意を受ける事となる。その様は、さながらそれぞれの弟や妹の初めてのお泊りに対する兄か姉のそれだった。
こうして三人は比較的新しめのアパートに短期滞在する事となる。シンジはその間取りを見て、一人暮らしだった場合を想定し軽くため息を吐いていた。何せ3LDKなのである。これを一人となると持て余す事は必定だったのだ。ちなみにシンジとレイの格好は以前のデート時と同じようなものであり、彼女とアスカは二人してワンピースという一致もあって、彼はそれを見て意外と上手くいくかもしれないと思った事を追記しておく。
「どうしたの碇君?」
「うん、もしかしたら僕はここを一人で使ってたのかって思うと疲れてきて」
「どうして?」
「掃除が大変だし、僕一人で三部屋も使わないからだよ。部屋は使わないと痛むんだ」
「そうなの。初めて知ったわ」
まるでこれから同居するカップルのような二人を見て、アスカは荷物を床へ置くと不満気に口を開いた。
「どーでもいいけど、三部屋あってホントにファーストと一緒に寝なきゃいけないの? 一人一部屋でいいじゃない」
「ダメよ。葛城一尉から言われた事を忘れたの?」
「ふんっ、優等生ね」
「アスカ、そんな言い方は……」
「何よ! シンジはファーストの味方なの!?」
「ぼ、僕は二人の味方だよ。だから、アスカが綾波を攻撃するなら止めるし、綾波がアスカを攻撃するなら止める。中立ってやつかな?」
アスカの迫力に軽く驚くシンジだったが、それでも譲れないところはしっかり告げた。それにアスカは一瞬苛立つような表情を見せるが、何かに気付いて不敵に笑うとシンジへ近付きこう言った。
「ねぇシンジ。あたしがミサトの言った事忘れると思う?」
「え? 思わないけど……?」
「なら、ファーストの言った事はあたしに対する侮辱。攻撃よ」
「ええっ?!」
「さ、ファーストへも注意しなさいよね」
「そ、そんなぁ……」
(あ、アスカのこんな顔初めて見た。可愛いよな、やっぱり)
悪戯を成功させたように笑うアスカに、表面上は困りながらも内心ドキドキしてしまうシンジだった。が、そんな彼の心境を察したのかレイもシンジへ無表情のまま近寄り、こう言い放った。
「碇君、私のは確認だから。けしてセカンドを攻撃していないわ」
「はっ、よく言うわね。シンジへ取り入ろうたってそうはいかないんだから!」
「それはそっち。碇君を困らせないで」
「何よ! シンジが困るはずないじゃない! シンジはね、あたしの事を守りたいって言ってきたのよ!」
「それなら私だって言われたわ。私を使徒には殺させないって」
「ふ、二人とも?」
流れがおかしい。そう思って止めようとするシンジだったが、そんな彼の腕へアスカが強く抱き着いた。
「えっ!?」
「シンジ、あんたからも言ってやんなさい。自分ならあたしとユニゾン出来るのにって」
アスカはシンジへアピールするつもりなどない。ただ、今はレイが一番反応するだろう事をしているに過ぎない。相手のお気に入りのオモチャを横から奪う子供の心理だ。だが、その効果はレイには絶大だった。シンジが嫌がる事なく、むしろどこか嬉しそうに見えたためだ。それは、アスカの自己紹介の際に見せた顔と酷似している。だから、レイはこのままではシンジを取られると思ったのだろう。咄嗟にアスカの行動を真似たのだ。
「なっ……」
「ええっ?! 綾波ぃ!?」
「碇君は私との方がユニゾン出来るはず。一緒にピクニックにも行ったもの」
「ピクニック? おこちゃまねぇ」
「でもセカンドは碇君と出かけた事はないわ」
「あんただって一緒にエヴァへ乗った事ないくせに」
「私は一緒にご飯を食べたわ。碇君の手作りの」
「くっ……だからな」
「いい加減にしなよっ!!」
「「っ!?」」
ヒートアップしていく二人を一瞬にして冷ます怒声が部屋中に響き渡る。しかも、シンジは二人の腕を振り払ったのだ。その言動に怯えるような顔でシンジを見るアスカと、若干戸惑っているレイ。それはレイさえ初めて見るシンジの顔。彼が使徒にしか出してこなかった感情の発露だった。
「アスカも綾波も喧嘩しないでよっ! 僕の事を持ち出すのはいいけど、それで何で二人が喧嘩するのさっ! ……たしかに二人の言う通り、僕がどっちかとユニゾン出来ればこんな事にはならないかもしれない。だけど、それは出来ないんだ。僕がもっとあの初号機を上手く扱えればいいんだろうけど、使徒と戦う時しか使えない以上練習も出来ないから。だから二人に苦労かけるし、面倒もかけるけどさ。その代わり、全力でサポートするから。料理や掃除、洗濯……は下着以外は必ずやるよ。だから喧嘩は……してもいいけど程々にしてほしい」
そう言ってシンジはまずアスカへ顔を向ける。
「いいね、アスカ」
「っ! わ、分かったわよ」
真剣な眼差しのシンジに顔が熱くなるのを察して慌てて顔を背けるアスカ。それでも返事はちゃんと返す辺り、彼女も悪いと思うとこはあったようだ。シンジはそれを感じ取り、嬉しそうに頷いてレイへ顔を向ける。
「綾波もいい?」
「ええ、分かったわ」
「良かった。じゃ、僕はキッチンを見てくるから」
言い聞かせるような表情と声にレイは素直に頷いた。それにもシンジは嬉しそうに頷いて、その場からキッチンへと歩き出す。そこにある冷蔵庫や戸棚などを開けて中を確認し出すシンジを見つめて、レイは小さく頷いてアスカへ向き直る。
「何よ?」
「ごめんなさいセカンド。私が不用意な事を言ったせいであなたを怒らせてしまったわ」
「……別にいいわよ。あんたも悪気があった訳じゃないんでしょ?」
「ええ」
「じゃ、もうこれで終わり。あたしもファーストもそれぞれ不用意な事を言った。それで終わりよ」
「分かった。それと一ついい?」
「何よ。まだ何かあるの?」
レイの問いかけにアスカはややぶっきらぼうに返す。そんな彼女へレイはその目を真っ直ぐ見つめて言った。
―――私、ファーストなんて名前じゃないわ。綾波レイ。あなたの事も名前で呼ぶからそれを止めて。
―――…………いいわ。なら、アスカって呼びなさい。いいわね、レイ。
―――ええ、分かったわアスカ。
そんなやり取りがあったとは知らないまま、シンジはキッチンの確認し終わりため息を吐いた。
(調味料の類や調理器具はあるけど、材料がまったくないや。まずは買い物に行かなくちゃ)
そう判断しシンジは後ろを振り向いた。が、何故か自分が仲裁した時よりも二人の雰囲気が良くなっている事に気付き、彼はその場で小首を傾げる。
「何かあったのかな……?」
それでもいい変化だろう。そう思ってシンジはならばと二人へ買い出しに行こうと切り出す。こうして三人は揃ってスーパーへ行く事になった。その様子をミサト達は本部でモニタリングしていた。
「やるわねぇシンジ君。しっかり二人の手綱を握ってるわ」
「アスカも思ったよりレイへの当たりが優しいわね。シンジ君の影響かしら?」
「どちらかって言うと、レイがシンジ君の影響を受けて変化してますからね。だからこそのさっきのやり取りですし」
「自分が名前で呼ぶからそっちも名前で呼んで、だもんなぁ。あの子がそんな事言うようになるなんて……」
「でも、途中の少女二人のやり取りはまるでシンジ君を取り合うようでしたね」
「あー、本当にね。いや、シンちゃんも隅に置けないわ」
思春期の少年少女を話題に盛り上がるミサト達。それを眺め、加持は一人苦笑していた。今回の作戦が失敗すれば後はない。しかも要求しているのはとても十日足らずで実現出来るとは思えないもの。にも関わらず、ミサト達は緊張しすぎていないのだ。
(それだけシンジ君達を信じているのか? ま、あのヤシマ作戦さえ成し遂げた子だ。また奇跡を起こしても不思議はないが……)
それにしてもと、そう思って加持は視線をモニタへ向ける。モニタには今夜の献立を話しながら歩くシンジ達が映し出されている。その様子はどう見ても歳相応の中学生たちだ。その肩に全人類の未来がかかっているとはとても思えないぐらいに。その業を背負わせている一因として、加持は己が身を恥じながら呟く。
「すまんなシンジ君、アスカ。それでも俺は真実が知りたいんだ……」
その呟きと共に加持は人知れず発令所を後にした。廊下に出るとタバコを取り出し火を点ける。そのタバコの匂いを残しながら、彼は本部のどこかへと消えていくのだった……。
「じゃ、僕が手本を見せるから二人はそれと同じようにやってみて」
夕食はアスカの希望でハンバーグとなった。ただしそのままだとレイは食べられないので豆腐ハンバーグである。当然アスカは文句を言ったが、シンジからこの訓練が終わったら御馳走すると言われて渋々引き下がった。分かったのだ。シンジなりに自分達のシンクロ率を上げようとしていると。理解は早いアスカである。
「何よ、簡単じゃない」
「まぁ、これは混ぜて焼くだけだからね。本当に肉を使ってないし」
「本物は違うの?」
「うん、本物のハンバーグは捏ねてから両手を使って空気を抜くんだ。もし良かったら今度作り方を教えるけど?」
「お願いするわ。碇君やアスカに食べてもらえるなら作る意味はあるもの」
そのレイの発言にシンジだけでなく焼いていたアスカも思わず彼女を見た。
「何?」
「えっと……」
「……ま、そん時は仕方ないから食べてあげるわよ」
「無理に食べてとは言わないわ。それなら碇君にだけ食べてもらうから」
「誰も食べないとは言ってないじゃない!」
「あ、アスカ、焦げるから」
やはり素直になれないアスカとどこか煽るような事を言うレイである。シンジはそんな二人を相手しながら、どこかで抱いていたこの短期生活の希望が崩れていくのを感じていた。
(やっぱり綾波とアスカを仲良くさせるのは難しいや。それに、そういう事もなさそうだし……)
俗にいうラッキースケベは望めそうにないと思い、シンジは嬉しいようで悲しいような気持ちとなる。初日は豆腐ハンバーグを三人で作り、それに照り焼きソースやおろしポン酢を塗って食べた。味噌汁は油揚げと大根。この日の夕食はそんな献立であった。それをカップ麺を食べながら見せられるシゲルとマコトの心境は複雑だった。今夜の監視役は彼らである。ミサト達は既に帰宅した。
「いいよなぁシンジ君達は。というか、あんなレシピ知ってるとか凄いな」
「ああ、本当に。噂だが、葛城一尉が定時帰宅したがる理由だそうだ」
「成程なぁ。俺もあんな旨そうな飯作ってくれる相手がいるなら早く帰りたいぜ」
「……シンジ君だぞ?」
「あのな、どうしてそんな目で見る。ただ旨い飯作ってくれる相手って言っただけだぞ」
「いーや、さっきの言い方は彼女とかを意味してた」
そう言ってマコトはカップ焼きそばを啜る。甘辛そうなソースと青のりの香りがシゲルの嗅覚を刺激し、思わず彼は喉を鳴らす。なので彼は自分のカップラーメンを啜った。味噌とほのかなバターの香りが漂い、マコトの食欲を刺激した。
「止めようぜ。言ってて空しくなるだけだ」
「そうだな。とりあえず食べるか」
「……一口くれないか?」
「そっちもくれるなら考えてやる」
ここにマヤがいれば信じられないと言っただろうやり取りだが、これが男というものである。そうしてシゲルとマコトがお互いの味に舌鼓を打っていた頃、シンジ達は食事を終えて後片付けを始めていた。シンジが洗い、レイが拭き、アスカが戻す。その流れ作業だ。
「はい、綾波」
「ええ…………アスカ」
「はいはいっと」
シンジが洗った皿をレイの方へ向いて渡す。それを受け取り、レイが水気を拭き取ってアスカへ視線を合わせて差し出した。アスカがそれを確認して棚へと戻す。そんな事を繰り返しながら、三人がこれで本当に訓練になるのかと思ったまま時間は過ぎる。後片付けを終えた三人は、そこでやっとリビングに置いてある物に気付いた。テレビに繋がれた三色の色で描かれた○がいくつもあるシートのような物。それが二つあり、違和感を放っていたのだ。
「ねぇ、アスカはこれ何か分かる?」
「……訓練用って事かしら? とりあえず起動してみれば分かるんじゃない?」
「そっか。綾波、テレビの電源分かる?」
「ええ、これね」
テレビの電源をレイが押すと、若干の間の後で画面に赤と右足と表示された。三人はそれを見てシートを見て、そしてお互いを見た。
「「「どういう事?」」」
仕方ないのでシンジがミサトへ連絡する。その間、レイはシートへ近付き画面の指示に従うように右足を赤の○へ置いた。すると画面に×が表示される。ややあって、今度は青と左手と表示された。アスカはそれを見てその意味を理解した。
「そっか。それ、あたしとレイでやれって事だわ」
「どういう意味?」
「つまり、これで同じ動きをさせるのよ。ただ、きっと最初置く場所はバラバラだわ。それを段々無意識で同じ場所に足や手を置いていけるようになれば……」
「シンクロ出来る。そういう事ね」
「ま、とりあえずやってみましょ。レイそっちね」
「ええ」
後ろでシンジがミサトと話している間に、レイとアスカは画面の指示通りシートへ手や足を置いていく。その様はさながらエアロビのようだ。シンジはそれに気付いて視線を釘付けにされる。それはそうだろう。二人はワンピース。そのままでシンジへ背を向けそんな事をやればどうなるか。
(あ、綾波とアスカのパンツが……)
見てはいけないと思いつつ、どうしても視線と意識はそちらへ向いてしまう悲しい男の性である。そんな彼を現実へ引き戻したのはミサトの声だった。
『シンちゃん? 聞いてる?』
「っ!? は、はい。聞いてます。つまりあれを使えば最終的にどれだけシンクロしてるか分かるんですね?」
『そ。それと一応シンちゃんもレイやアスカとやっておいて。それがある意味当面の目標になるだろうから』
「分かりました。で、学校はどうすればいいですか? とりあえず制服は持ってきてますけど……」
『それなんだけどね、明日からシンちゃん達はそれぞれ家庭の事情でお休みよ』
「……訓練が終わって使徒を倒すまで、ですね?」
『ええ。……ごめんなさいね。学校も大切な時間なのに』
「いいんです。使徒を倒せなかったらケンスケやトウジ達も守れません。学校を守るためにも、また友達と会うためにも、今度は絶対負けません」
その負けないとの意味をミサトは正しく理解した。シンジは自分達も無事で使徒に勝つと言ったと。だからこそ微笑みを浮かべながらシンジへ答えた。
『ええ、お願いね。私達に出来る事があったら遠慮なく言って』
「はい、お願いします。ミサトさん、おやすみなさい」
『うん、おやすみシンちゃん。明日はそっちに差し入れもって行くから』
「じゃあ、楽しみにしてます」
通話を終え、シンジは二人の方へ視線を向けた。そこには不満そうな二人の姿がある。どうしたのだろうと思ってシンジが画面を見ると……。
「32?」
「ぜんっぜん合わないのよ」
「ええ。まったく噛み合わない」
汗を流しながら振り返るアスカとレイ。その状態にシンジは軽くドキッとする。何故ならその汗が頬から鎖骨や首筋へ流れ、胸元にも流れ落ちていくのを見てしまったからだ。慌てて視線を画面へ戻し、ミサトから言われた事を二人にも告げてシンジはレイへ声を掛ける。
「綾波、もし出来るなら僕とやってみてくれる?」
「いいわ」
「アスカは水分補給でもしながら見ててくれる? それで気付いた事や思った事を教えて」
「はいはい」
そうして始まったシンジとレイのチャレンジは89という大台を叩き出した。本来ならばパーフェクトのはずがそうならなかった理由。それはレイの変化によるものだ。シンジの事を意識し出し、アスカというライバルが現れた事で彼女の精神面は乱れやすくなっている。それは生命の揺らぎ。クローンではなく綾波レイとしての個人が芽生えてきている証拠であった。ともあれ、そんな数値を見せられ負けん気の強いアスカが黙っているはずもなく……。
「やるじゃない。なら次はあたしよ。シンジ、準備して」
「ちょ、ちょっとは休ませてよ……。これ、地味に辛いんだ……」
「アスカ、碇君の言う通りよ。それに、こんな疲れた碇君じゃ高得点は不可能」
「ちっ……仕方ないわね」
そう言ってアスカはキッチンへ向かうと、グラスを二つ用意し水を注ぐ。そしてそれをシンジとレイへ差し出した。
「これ飲みなさい」
「「いいの?」」
「ま、倒れられても困るし。あと、あまり急いで飲まない。急速に冷やすのは体に優しくないんだから」
それだけ言うとアスカはソファへ向かい二人に背を向けて座った。そんなアスカにシンジとレイは顔を見合わせ小さく笑みを見せ合ってグラスへ口をつけて水を飲む。そしてレイがタオルで汗を拭いている間、シンジはバスルームで入浴の準備をしその後の事に備える。その後のシンジとアスカのチャレンジは48という数値を出した。
「ぐぬぬ……」
「ま、まぁ僕と綾波は付き合いがアスカより少しだけ長いから」
「そうね。それに私と碇君は友達だから」
「そんな関係性でここまで変わるもんなの? あたしは、むしろあんた達が付き合ってるって方が納得出来るわ。夫婦って呼ばれてるってヒカリに聞いたけど……」
「違うわ。そもそも私達の年齢で結婚は出来ないもの」
「あ、綾波。そういう事じゃないと思うよ」
レイの答えにアスカはどっと疲れが押し寄せたようにフローリングへ突っ伏した。が、その瞬間汗を吸ったワンピースの感触があってアスカは跳ね起きる。レイはその行動の意味が分からず、シンジは理解して苦笑した。
「アスカ、綾波も良かったらお風呂どうぞ。もう入れる頃だと」
その時、入浴出来る事を教える音声が流れた。
「気が利くじゃないシンジ。じゃ、お先に」
「私も?」
「うん、一緒の方がいいと思って。ほら、訓練だから」
「そうね。アスカ、構わない?」
「本当は嫌だけど仕方ないわね。裸の付き合いってやつでしょ? ここは日本だし、郷に入れば郷に従えよ」
「あっ、二人共服は洗濯機に入れておいて。後でまとめて洗っておくからさ」
「「はいはい(分かったわ)」」
一度として後ろを振り返る事なくバスルームへ向かうアスカ。その後を追うレイを見送り、シンジはもう一度画面を見つめた。
「48……僕もアスカともっと仲良くならないとな……」
今回はアスカとレイだけではダメなのだ。自分も二人と意識を合わせ、最後の一撃を繰り出さなければならない。そうシンジは自分へ言い聞かせ、それから翌朝の献立を考え始めた。肉がまったくダメなレイがいる以上、毎日の献立は制約が存在する。そこへワガママなアスカがいるのだ。必然的に要求される食事はレベルの高いものになる。だが、それもシンジには楽しかった。何よりも今日の料理をレイとアスカが喜んで食べてくれた事。それが彼のやる気に繋がっている。
(とりあえず朝は和食と洋食を交互に出して様子を見よう。アスカもご飯は嫌いじゃないみたいだけど、朝はパンって人もいるし。綾波はその辺りこだわりはないだろうけど、だからこそ好きな方が出来てくれると嬉しいな)
既に気持ちは二人の兄か親である。その頃、バスルームでは少女二人が語らっていた。湯船に浸かるアスカと体を洗うレイが今日の出来事を話題に会話していたのだ。今は夕食時の事を話しているようで、そこから派生してレイが自身の事を話していた。
「へぇ、シンジに料理作ってやったの」
「ええ。おにぎりだけだったけど」
「ふぅん……あたしも何か出来るようになった方がいいかしら?」
「アスカは私よりも上手になると思う。今日のを見てそう思った」
「ま、あたしは天才だもの。料理だってその気になればちょちょいのちょいなんだから」
「……単純」
「何か言った?」
「別に……」
和やかではあるが、時折棘を出すレイとそれに気付かぬ事があるアスカ。名前で呼び合うようにしたとはいえ、まだまだ仲良しには程遠い二人である。納得がいかないまま湯船に顔を沈めるアスカだったが、ふとそこで思い出す事があった。それは、現状の理由。だから、彼女は顔を出してレイへこう問いかけた。
「ね、レイ。あんたはこの訓練であの使徒を倒せると思う?」
「思う思わないじゃないわ。倒すしかないもの」
「ま、そりゃそうなんだけど……」
「それに、倒さなければ学校へ行けないわ」
「は? 学校? あんた学校に行きたいの?」
レイの口から出るとは思わなかった単語に驚きつつ、アスカは思わず二度も口に出した。そんな彼女へレイは迷う事なく頷いて見せる。
「ええ。あそこも今の私には絆だから。エヴァと一緒」
「エヴァと学校が一緒? 絆って事?」
「そう。だから私はエヴァに乗る。あなたは、アスカはどうしてエヴァに乗るの?」
その問いかけにアスカはどう答えるべきかと迷った。その迷いをレイは察したのだろう。ならばと彼女はシンジの理由を教える。それはアスカも知っていた。既に聞いていたようなものだったからだ。だが、アスカの意識がある部分に疑問を抱く。それはレイの告げた最後の一言。
「……それが今の碇君の理由」
「は? 何よ今の理由って。じゃ、あいつは昔は別の理由だったの?」
「ええ。最初は碇司令、つまり父親に見て欲しかったからって、そう言ってたわ。エヴァに乗れば司令に自分を見てもらえるんじゃないかって」
「っ!?」
その言葉にアスカは思わず息を呑んだ。あの信念を抱いた少年も出発点が自分と同じと知ってしまったからだ。自分と違うと、そう思っていた相手が同じ理由でエヴァへ乗っていた。それはアスカに大きな衝撃を与えた。
(そんな……シンジはあたしと同じだったの? だけど、そこから今みたいな気持ちでエヴァへ乗るようになった……。どうして? 何でそんな風になれたの?)
アスカは知りたくなった。何故シンジがエヴァパイロットとして相応しい信念を持つに至ったか。どうして自分と起点を同じとしながら、そんな高みへ登れたのかを。真剣な表情で黙り込んだアスカを見て、レイは小首を傾げて今度は頭を洗い出した。それからしばらくバスルームに会話は無かった。
「あっ、二人とも、良かったら牛乳あるけど飲む?」
「……飲む」
「飲むわ」
「じゃ、どうぞ」
湯上りの二人はTシャツとハーフパンツというラフなスタイルだった。シンジは一瞬ミサトを思い出すものの、これは寝る前の格好だからセーフとした。翌朝これで出て来たらと思うシンジだが、それでもおそらく文句は言わないだろう。そう、あれはシンジなりにミサトを家族と思っているからの注意なのだ。本人は自覚がないが、ミサトを姉のように思っているからこそ口うるさくしているのだ。人間、本当にどうでもいい相手には注意はしないものだ。
「そうだ。アスカ、綾波も朝ごはんのオーダーはある?」
「「ない」」
「そっか。じゃあ僕もお風呂入ってくるね」
「ええ」
「シンジ、あたし達が入ったからって変な事すんじゃないわよ?」
お約束のアスカの言葉にシンジは思わず足を止める。その顔は赤い。彼も言われるまではそこまで意識していなかったのだ。奇しくも初日にミサトから入浴を勧められた際の事を思い出し、シンジはどうしようと反応に困った。そんな彼をアスカは楽しげに見ていたのだが、そんな彼女にも思わぬところから攻撃が飛んでくる事になる。
「へ、変な事って……」
「アスカ、変な事って何?」
レイの質問でシンジとアスカは思わず顔を見合わせた。その視線はこう会話している。どうするのアスカ。いや、どうするも何も。そして二人は小さく頷き合った。
「「リツコ(さん)に聞いて」」
「分かった」
大人へ丸投げしたのである。こうしてシンジは悶々としながら入浴し、アスカはレイと初めて同年代の同性との夜を過ごす。会話こそなかったが、布団と並べ合って横になる事に二人は奇妙な感覚を覚えていた。
(何かしら? 誰かが寝る時に横にいるって……意外と落ち着かないもんね)
(不思議だわ。いつもなら寝れるはずなのに……今夜は目が冴えてしまう)
共に相手へ背を向けているが、意識ははっきりしている。シンクロの訓練と慣れない環境で疲れているはずなのにだ。やがて二人の耳に誰かが寝室へ近付いてくる音が聞こえてきた。シンジの足音である。
「もう寝ちゃったかな? いいや。それならそれで。綾波、アスカ、おやすみ」
「「っ……」」
欠伸をかみ殺しながらシンジはドアから離れて自分の寝室へと向かった。そして聞こえる静かにドアを閉める音。それらは全て彼女達への配慮だろう。
(おやすみ、か。誰かにこうやって言われたのって久しぶりね……)
(おやすみ碇君。明日はちゃんと顔を見て言うわ……)
共に微かな笑みを浮かべながら目を閉じる二人。すると、程なくして可愛らしい寝息が聞こえ始める。これが三人での共同生活初夜の出来事であった。
明けて翌日、シンジがいつものように朝食を作り始めた。今朝の献立は洋風にしたらしく、卵をふわとろのオムレツにし、ポテトサラダに一センチ大に切ったチーズを混ぜる。パンはきつね色が付く程度に焼き、お好みでバターかピーナッツクリームを。最後に玉ねぎやキャベツを使った野菜スープを添えて終了である。
「……よし」
これならレイもアスカも不満はないだろう。そう思ってシンジはエプロンを畳みながら二人の寝室へ向かった。そしてドアの前で一度深呼吸。
「綾波? アスカ? ご飯出来たから起きて」
傍目から見れば役割は逆だろうと突っ込みが入りそうなものであるが、残念ながら二人の少女にシンジと同じ家事レベルはない。こうして起き出した二人の美少女は共に顔を洗い、うがいをしてリビングへと戻った。その恰好は寝る前と同じ。それでもシンジは文句を言わない。いや、正確には言う気がなかった。というのも、寝起きのレイとアスカなどというレアな光景を見、更に色々と無防備な姿を見せてもらったからだ。感謝こそすれ、文句など出ようはずがない状況と光景に、シンジは内心で複雑な葛藤をしながらもついぞ指摘する事は出来なかったのである。
「……これ、碇君が作ったの?」
「うん、スープだけは昨日の内に作っておいたけど」
「あんた、将来料理人にでもなるつもり?」
アスカの言葉にシンジは思いもよらなかった事を指摘され、少しだけ考えてから答えた。
「そんなつもりはないけど、誰かに喜んでもらえるならそれもありかな。いつまでもエヴァのパイロットなんてしたくないしね」
そのシンジの言葉の裏に秘められた願いに気付き、アスカとレイは言葉を無くす。いつかエヴァを動かす必要のない世界になって欲しい。そのシンジの気持ちを感じ取ったのだ。
「シンジ……あんた……」
「碇君……」
「綾波もアスカも、それに僕も考えないといけない時は来るよ。ううん、来なきゃダメだ。エヴァが必要なくなる時は必ず来て、僕らはパイロットなんて仕事から解放される日は。だから、そのためにもまずはあの使徒を倒さなきゃ」
そう言ってシンジはテーブルの椅子を二つ引いた。
「さ、まずは食べてよ。冷めたら美味しくないからさ」
「……ええ」
「たしかにおなか空いたわ。シンジ、あたしにトースト一枚ちょうだい。あ、ピーナッツクリーム塗って」
「アスカ、自分でやるべき」
「いいじゃない。減るもんじゃなし」
「別にいいよ。綾波はどうする? 普通のバターもあるけど……」
「じゃあ、アスカと同じもの。こういうところも合わせておきたいから」
こうして和やかな雰囲気で始まる朝食。その様子も本部でモニタリングされていた。
「……何と言うか、まるで兄妹ね」
「ですね。シンジ君が二人のお兄さんみたいです」
共にコーヒーを片手にしながらリツコとマヤは笑みを浮かべていた。だが、その内心ではその食事内容を見て羨ましがっていたが。
(ミサトも食事が楽しみになったと言っていたけど、これを見れば納得だわ。……本気で私の部屋へ来てくれないかしら?)
(シンジ君、すごいなぁ。あの歳であんな食事作っちゃうなんて。……私も久しぶりに自炊してみようかな?)
無意識で同時にコーヒーを啜る二人。その苦みだけではない何かに表情を歪めながら、二人の美女はモニタを眺める。そこではこの後の事を話しあう三人の姿があった。
「ミサトさんが差し入れを持ってくるって言ってたけど、それまでどうする?」
「下手に出かけて入れ違うのも……ねぇ」
「なら、あの訓練をすればいい。私とアスカでやって、碇君はそれを見て気付いた事や思った事を言ってもらう」
「ま、それしかないか。前提としてあたしとレイが出来なきゃ話にならないんだもの」
あの使徒を倒すには前提として分裂体へ同時攻撃を仕掛ける事が必須。それは零号機と弐号機しか実現出来ないため、まずレイとアスカのシンクロが必要となるのだ。と、そこでシンジがある事を思い付いた。
「じゃ、ミサトさんが来たら例の音楽を渡してもらおうよ」
「例の音楽?」
「ユニゾンの時に使うものね」
「そう。それであの訓練もやったらどうかな? その方がより実戦的だと思うけど」
「……シンジにしてはいい考えね。じゃ、まずミサトへ連絡しといて。もしかしたら間に合うかもしれないし。で、あたしとレイは着替えましょ。学校用の体操服だっけ。アレの方が色々動き易いし」
「そうね」
その言葉にミサトへ連絡しようとしていたシンジの指が止まる。レイとアスカが体操服であの訓練をやる。その光景を想像したのだ。
(あ、綾波とアスカが体操服で……)
ブルマ姿の二人がエアロビのような動きをする様を思い浮かべ、シンジは思わず首を横に振った。雑念を払うようなその動きは幸いにも二人に気付かれる事なく終わる。ただ、リツコとマヤにはしっかり見られていたが。
「今のシンジ君って……」
「マヤ、彼も年頃なのよ」
「……ですよ、ね」
苦笑いのマヤにリツコは小さく頷き、その視線をモニタから別の場所へ移す。それはマヤのコンソール。そこには今回F型が使用したマステマが映し出されていた。
「……これ、どう思う?」
「おそらくですが、本来は初号機だけが使用する事を想定していないと思います。ただ、あのN2に関しては疑問もありますけど」
「そうね。あの威力、はっきり言って我々のN2以上のものよ。今のエヴァじゃフィールドを張っても破られそうな程に」
「はい。なのでこれもマゴロクソードと同様に未知の技術で改良されていると思われます」
「でしょうね。本当にこれを製作もしくは改良した相手と話をしてみたいものだわ。科学者としても非常に興味深いもの」
「ネルフスタッフなんでしょうけど……」
「どうかしら? 私の妄想通りなら、その世界はもう戦自もネルフも関係ない程追い詰められているはずよ。部外者の可能性も捨てきれないわ」
ある意味で当たっている意見を述べながら、リツコはそんな事はあって欲しくないけどと心で呟く。そんな気持ちで飲み干したコーヒーの苦みは、心なしかいつもよりも苦いような気がした……。
ミサトは渋い顔をしていた。それは何もシンジに出されたお茶が苦かった訳ではない。レイとアスカの数値の低さが原因だった。ミサトが見たのは41と、初日よりは向上しているものの半分にも届いていない。それがこの訓練の先行きを不安視させていた。
「思ってた以上に厳しいわね……」
「で、でも昨日よりも数値は上がってますから」
「そうね、と言いたいけどねシンジ君。単純にこの数値の上昇を続けたとしても、本番までには間に合わないの」
ミサトの困った声にシンジも返す言葉はなかった。だが、そんな彼と違って二人には意見があった。
「ミサト、一ついい?」
「何?」
「出来れば用意して欲しい物があります」
「用意して欲しい物?」
「ええ、レイと揃いのトレーニングウェアを始めとした、シンクロ数値上げ用の諸々よ」
アスカはシンジとの二人乗りを思い出し、もしかしたらと考えたのだ。それは揃いの物で身を固める事。あの海での戦いで彼女とシンジはペアルックとなった。あれがもしかするとシンクロの数値を上げたかもしれないと。なのでレイと相談しこの訓練中二人は揃いの格好や物を使う事にしたのだ。徹底的に相手と合わせる事で、無意識下さえも揃うようにと。その考えを聞いてミサトも半信半疑ながらも少しでも可能性があるならと許可。こうしてアスカとレイは二人で買い物へと出かけた。シンジも荷物持ちとしてアスカが連れて行こうとしたのだが、ミサトが彼にだけ話があると残したため無理となり、少女二人だけの外出となった。
「それで、僕だけに話って何ですか?」
わざわざ二人だけを外に出して一体何があるのだろうと、シンジはどこか不思議そうな顔でミサトを見た。それにミサトは少々困り顔をしながら口を開く。
「いやぁ、実はシンちゃんがいなくなったせいで部屋がねぇ……」
そう言いながらミサトはシンジへ見えるように携帯の画面を見せる。それはメール画面となっていて、ミサトが打ったであろう文字が表示されていた。その内容にシンジは思わず息を呑む。
―――驚かないで読んで。このリビングだけ本部で監視してるの。ないと思うけど、さぼったりシンちゃんが二人のどちらかへ変な事をしないようにね。ここまで読んだら頷いて頂戴。
その文章通り、シンジはミサトの話を聞いて頷いてから言葉を返す。
「……だから掃除して欲しいとかですか? さすがにそれは待ってください」
「ちょっとぉ、そんな事は言えないわよ。出来るだけ綺麗にしてるから。でね、そのせいかペンペンがあたしを避けてる感じなのよ。シンちゃんは懐かれてたじゃない? だから、あたしがご飯あげるにしてもお風呂入れるにしても反応鈍くてさ」
他愛のない雑談のように話すミサトだが、その内容は彼女の内心を言っていた。気付いたのだ。シンジの返しが文面に合わせたものだと。掃除して欲しいのかは、撤去させて欲しいのかだと。なのでそれに合わせた返しをした。更にミサトは文面を変えながらシンジへ己が心境を伝えた。シンジはそれらを感じ取りながら文面を読む。
―――これ、アスカとレイには秘密にして。この監視の一番の目的は、貴方達が大ゲンカしないようにするためよ。ま、昨日の時点でそれはもうなさそうとあたしは思うけど。嫌な気分にしちゃったかもしれないけどごめんね。
その文章でシンジも監視が本当であると理解した。そして、同時に何故これをミサトが教えてくれたかも。ほとんど必要なくなったとはいえ、今更撤去など出来ないし万が一もある。なら、この状況で見られて不味い事が起きやすいのはどちらかと言えば男のシンジであるからだ。それでも、シンジは少しだけ笑みを浮かべて口を開く。
「……分かりました。でも、それに関してはミサトさんを信じてますから。だから、僕は気にする必要ないと思いますよ。まぁ、最初は素っ気無くするかもしれませんけど、最後にはまた懐いてきますって」
「っ……そう、ね。そうだといいわ」
「はい、きっと大丈夫です。それも、訓練も、再戦も、全部上手く行くように頑張ります」
そのまとめにミサトも笑顔で頷き、椅子から立ち上がった。すぐに戦闘で使う音楽を持ってくると告げ、彼女は部屋を出て行く。シンジはそれを見送り、ため息を吐いてリビングへ戻る。監視されていると知って嫌な気持ちがない訳ではない。それでも、それが自分達のためと思えば受け入れる事が出来る。
「……それだけ僕らが危なっかしく見えるって事だもんな」
それに、そうじゃなければシンクロの数値ももっといいはずだ。そう思ってシンジは軽く頬を叩く。
「せめて美味しいご飯を作ってあげなきゃ。綾波とアスカに笑ってもらうために」
同じ釜の飯を食う。そんな表現を思い出し、シンジはレイへ連絡を取る。二人と合流して再び買い出しをするためだ。だが、二人の荷物が多いためそれは無理と返されるや、シンジはならばと余計合流する意思を固め、ミサトへメールを送った。
―――二人の荷物が多いらしいので迎えに行きます。鍵は開けておきますので、もしいなかったら勝手に入ってください。
こうしてシンジはレイとアスカに合流。両手にかなりの重量の袋を持たされるも、それでもシンジは文句を言う事はしなかった。今回の決め手はレイとアスカ。その二人を支える事が今の自分に出来る事なのだと、そう己へ言い聞かせて。
ミサトから音楽を受け取った三人は、そこから本当に訓練のような日々を過ごし始める。揃いの格好でシンクロしようとするレイとアスカ。その動きは次第に合うようになっていく。その裏には、シンジが作った食事を共に食べたり、一緒になって作るのを手伝う事で身に付く協調性が影響していた。同じ物を食べ、それを共に作り、一緒に汗を流す事。それらはなし崩し的にレイとアスカに他者との関わりを要求する。そこへシンジという存在が加わる事で、少女二人は時に反目し時に協調する事となった。例えば……。
「ね、レイ。今日の味噌汁薄くなかった?」
「そう? 私は丁度良かったけど」
「えー? 絶対薄かったって」
「丁度良いわ。碇君に味見を頼まれて私が言ったんだもの」
「なっ……ちょっと、それレイの好みって事じゃない。ズルいわよ」
「味噌はアスカが決めたから。私、白より合わせが良かった」
「仕方ないじゃない。シンジがあたしに聞いてきたんだから」
寝る前の会話が始まり、このように揉めたり……。
「アスカ、聞きたい事があるのだけど」
「何よ?」
「最近、訓練中に碇君の視線をよく感じるの。アスカは?」
「感じるわよ。てか、あれ絶対スケベな目を向けてるわ」
「どうして? 私達服を着てるわ」
「あんたバカァ? 服を着てれば男がスケベな事を考えないんなら、どうしてバニーガールなんて格好があるのよ」
「どんなもの?」
「……兎の耳付けて、胸元が開いてて、足は網タイツなやつ」
「…………それってスケベなの?」
「とぉ~ってもスケベ!」
「そう、覚えておくわ。そして、碇君に明日好きかどうか聞いてみる」
「あ、それいいわね。あたしも聞いてやろっと。シンジはガーターベルトとネグリジェならどっちが好みとかね」
このように共通の体験や感覚を共有して、少女二人は否応なく親しく、あるいは本音を言い合える関係へ変わっていく。まぁ、被害を被る少年は堪った物ではないのだが、それもまた彼らの思い出となる。そして、いよいよ作戦前日となり、ミサトや加持にリツコの目の前でレイとアスカのシンクロは披露された。
「どうよ?」
「これでいいはず」
そこに表示されていたのは78という数字だった。ちなみにそれぞれとシンジでは、レイが95でアスカが73だった。正直シンジはアスカとの急激な伸びの理由が分からず、内心でずっと首を傾げ続ける事となる。
こうして、完璧ではないが賭ける事が出来る数字にはなった。ミサト達は揃ってそう思い頷き合う。と、そこで加持はシンジへ視線を向ける。彼はタオルと飲み物を二人分用意し、レイとアスカへ渡していた。
「……女子運動部の男子マネージャーか」
「似合いそうね、シンジ君なら」
「たしかにアスカがやるよりも安心ね」
「ちょっとっ! 聞こえてるわよっ!」
「仕方ないわ。アスカは少し雑だから」
「あ、綾波……」
そこから始まるアスカとレイの軽い口喧嘩と、それを宥めるシンジ。その光景を見て大人三人は思うのだ。ここまで親しくなってもダメなら仕方ないと。そう思うも口には出さず。言えばそれがプレッシャーになりかねないからだ。必要以上の重圧は与える意味がない。それに三人の子供達はちゃんと分かっているのだ。ならば、これ以上大人が口を出すべきではない。そう判断してミサトとリツコは部屋を後にする。やや遅れて加持も部屋を出た。
「何やってんのよ」
「ちょっと野暮用がね。察してくれ」
「トイレね。ったく」
「間が悪いわね、加持君も」
「いや、それにしても一週間強で随分仲良くなったもんだ。あのアスカが、なぁ」
「レイもシンジ君と同じかそれ以上にアスカへ心を許してるもの。驚きよ」
「でも、鍵はやっぱりシンちゃん、か」
揃って後ろを振り返る。願わくば、あの子達が一刻も早く世界の重圧から解き放たれますようにと、そう願いながら……。
三人で過ごす最後の夜。そこでシンジが用意したのは二人の予想だにしないメニューだった。
「これ、ハンバーグじゃない……」
「こっちはあの時のお弁当……」
「最後の夜だからさ。二人の好物を食べてもらおうと思って」
その言い方にレイとアスカは察した。シンジなりに今回の作戦へ不安を持っているのだと。最後の晩餐になるかもしれない。だから彼はレイとアスカに内緒で夕食の支度を進めたのだ。
「……ま、そうね。景気づけには丁度いいわ」
「……ええ」
「良かった。じゃ、食べようか」
こうして三人はそれぞれ違う物を食べ始める。だけど、会話は弾み箸が止まる事はない。意識したシンクロではなく、意識しないシンクロが始まり出していたのだ。
「ご飯のお代わりは?」
「「いる」」
差し出される茶碗は同時にシンジが受け取り……。
「シンジ、それ取って」
「はい。っと、綾波悪いんだけど」
「これね」
欲しい物を言わないでも視線や言い方などで判断出来る。それは、既に他人ではなく家族のそれに近付きつつあった。そして後片付けを三人でやる。そこにも初日との変化が起きていた。
「綾波」
「ええ。……アスカ」
「ん」
もう相手を見ないでも連携が取れるのだ。何度もやってきたからといえばそれまでではあるが、それもまた無意識のシンクロ。その後は少女二人が入浴し、シンジは明日の朝食のための準備などを始める。と、シンジの耳にアスカの大声が聞こえてきた。何かに驚いたような声だったが、さすがにバスルームに突入する事はない。少しだけ駆け足で移動し、ドアの前にも立たないようにして問いかける。
「どうかした?」
「な、何でもないわよ! ちょっとレイが変な事言っただけ!」
「別に変な事なんて言ってないわ。私は」
「いいから黙ってなさいっ!」
「えっと……じゃあごゆっくり」
首を傾げながらリビングへ戻るシンジ。やがて湯上りの美少女二人が現れる。その二人へ牛乳の入ったグラスを差し出し、シンジは入れ替わりに入浴しようと寝室へ向かおうとした。その背へレイが声を掛けたのはそんな時だ。
「碇君、今夜は三人で寝ながら話をしたいからリビングで寝たい」
「えっ? ……ええっ!?」
「らしいわよ。その、あたし達の数値が上がったのって、寝る前に話すようになったからなの。で、それをあんたともすれば作戦の成功率が上がるんじゃないかって」
「あ、アスカはいいの?」
「シンジと二人っきりなら嫌だけど、レイもいればおかしな事もないでしょ。それに……」
「それに?」
「あたしだって、やられっぱなしは嫌なのよ。あの使徒を倒せるならやれる事はやってやるわ」
そこにアスカの意地を見て、シンジは何も言わず頷いた。それにリビングは監視されている。それなら自分も変な事はしないから大丈夫だろうと、そうシンジは考えたのだ。シンジは知らない。リビングの監視は、今日訪れた加持によって実質無力化されている事を。そう、今や監視カメラは何も中継しないようになっており、新しく仕掛けようにも絶えず部屋にシンジ達がいる以上そんな暇がなかったのだ。
布団が三組敷かれたリビング。それを見てシンジは当然自分は両端のどちらかの布団と思ったのだが、レイの口からそれを否定される事になる。
「僕が真ん中ぁ!?」
「ええ」
「レイがあんたの隣がいいって聞かないのよ。で、そうなるとあんたを真ん中にしないと変な事した時止められないし気付けないじゃない」
そんな事をしたらネルフの人が飛んでくる、とは言えないシンジは黙って従うしかなかった。こうして三人して布団へ横になっての最後の夜が始まる。だが、当然会話が始まるはずもなく、ただ沈黙が流れていくのみ。シンジもアスカも、言い出したレイも謎の緊張感を感じていたのだ。
((き、気まずい……))
(何故だろう。胸がドキドキする? でもこれは……楽しいじゃない?)
どこか強張った顔のシンジとアスカに対し、レイは一人己の感情の動きに疑問符を浮かべていた。そんな中、このままでは寝るに寝れないと思ったシンジが切り出した。
「ふ、二人は今までどんな事話してたの?」
「乙女の秘密よ」
「そ、そうなんだ……」
「碇君の事を話す事が多かったわ」
「なっ!?」
アスカの返しに気を落とすシンジを見て、レイがあっさり秘密をばらす。それに慌てるのはアスカだ。何せ聞かれたくないような事も話している。とはいえ、それは恋愛などではなくただ彼女が自分の弱みをシンジへ聞かれたくないという意味からの動揺だったが。
「僕の事?」
「ええ、料理の味付けや訓練中の視線とか」
「えっと……?」
「あんたがスケベな目であたし達を見てたのはバレバレって事よ」
そのアスカの言葉にシンジが小さく呻く。更にそこへレイまでも……。
「碇君の視線、よく感じてた。特にお尻」
「そうそう。絡み付くような視線をね」
「……ごめん。悪いと思っててもつい」
「ま、それが男ってもんよね。素直に認めたから、明日の朝食をフレンチトーストにする事で許してあげるわ」
そう言い放つアスカは上機嫌だった。彼女はそれをシンジをやりこめているからだと、そう考えていたが、実際は彼に自分を女として意識している事を認めさせたためである。初対面時、年下扱いされたと思っていたから尚の事だ。
「そうね。あれは美味しかった」
「綾波も食べたいなら頑張るよ」
「ありがとう」
「ちょっと! あたしのおかげなんだから、感謝するならあたしにしなさい」
「作るのは碇君よ」
「それでもよ!」
「ま、まぁまぁ」
仲が良いのか悪いのか。そう思うシンジだったが、それでも確実に初日よりはマシになっていると言えた。言い争いの雰囲気が険悪ではないのだ。どこかいつものとも言うべき空気が感じられ、レイとアスカも互いを攻撃というよりはからかいやいじるという柔らかな印象を受ける口調である。
「えっと、じゃあフレンチトーストは決まりだとして、他に注文は?」
「はい!」
「アスカは後で。次は綾波だよ」
「何でよ!?」
「碇君、アスカのを聞いてあげて。私はその間に考えておく」
「よく言ったわレイ。さ、あたしのオーダーを聞きなさい」
「何で偉そうなのさ……」
どこか呆れるように呟くシンジへアスカは躊躇う事なく要望を述べる。それを聞きシンジが考える横で、レイがならばとそれに続いて要望を告げた。すると、そこから会話が弾み出す。
「チーズオムレツね」
「ええ、中から溶けたチーズが出てくるのが好き」
「それもいいけど、出来ればデミグラスをかけてほしいわ。今日の残りでもいいから」
「美味しいの?」
「何? レイ、あんたってデミグラスソースさえも食べた事ないの?」
「ないわ」
「ですってよ」
「じゃ、ご飯が残ってるから大きなチーズオムライスを一つ作って二人で分ける?」
「ナイスアイディアよシンジ! じゃあ」
テンションの上がってきたアスカが起き上がって更なる要望を考えた瞬間、レイが不思議そうな顔でシンジを見た。
「碇君は食べないの?」
その問いかけにアスカも気付いた。先程シンジは二人と言った事を。弾かれるようにアスカの顔がシンジへ向く。彼は困った顔で笑みを浮かべていた。
「さすがに三人で分けるには小さいと思うよ。だから僕は」
「ダメ。碇君も一緒に食べるの。でなければ私もいらない。アスカもそう」
「ちょ……」
「でしょ?」
有無を言わせないレイの眼差しにアスカは思わずたじろぐ。そしてチラリとシンジへ視線を動かす。シンジは小さく苦笑して首を横に振った。それが気にしないでいいという合図と察し、アスカはならばと目を閉じて息を吐いた。
「……いいわ。シンジが食べないならあたしもいらない」
「え……?」
「明日は作戦決行日よ。なのにそこで和を乱す事は縁起が悪いわ。だからよ」
「碇君、そういう事だから」
その二人の気持ちにシンジは一瞬ではあるが言葉を詰まらせ、嬉しそうに微笑むとこう言った。
「なら、三人で分けようか。その分中の具材を増やす事にするから」
優しい少女二人へ感謝して自分も歩み寄ろう。それがシンジの答えだった。勿論それならばとレイは頷き、アスカも異論などなく、こうして翌朝の献立が決まって行く。ご飯とパンという二大主食による大ボリュームとなったが、それをアスカが分裂した使徒と見立てて平らげればいいと発言。それにシンジとレイが感心したような声を上げる一幕もあった。その後は他愛のない話を始めた。そこに共通していたのは使徒を倒した後の事だった事だろう。三人でハンバーグを作りたいとレイが言えば、アスカが住む場所をどうするかが決まっていないと言い出し、シンジは帰ったら掃除が大変だろうと嘆く。話題は尽きないが時間は有限。しかも翌日は作戦当日ともあり、誰からともなく会話を終わらせる言葉を言い出した。
―――おやすみ。
―――おやすみ。
―――おやすみ。
初日に背を向け合っていた少女達は、少年を挟む事で向き合って眠っていた。そして夜が明ける。食事を終え、最後の確認とばかりにレイとアスカがあの訓練を行い、それをシンジは見守った。そしてその結果が出たのを確認し、三人は笑顔を見せ合う。作戦開始は刻一刻と迫っていた……。
再生を完了した使徒二体がネルフ本部へと迫る。それを迎え撃つようにF型初号機が単機で立ちはだかる。それに分裂体が警戒した瞬間、その背後から二つの影が飛び出した。それは蒼と紅。その二機の巨人が上空から二体の使徒を見下ろす。
「行くわよ、レイ」
「ええ」
鳴り響く音楽。それは今まで二人が、いや三人が嫌になる程聞いてきたもの。それを合図に二機の巨人はそれぞれに使徒へと攻撃を開始する。使徒へ蹴りかかり、それを回避されるや後方へバク転して相手の反撃を避ける。隣のビルからパレットガンを取り出し射撃攻撃しつつ接近。使徒の攻撃をしゃがんでかわしながらパンチ一発、更に踵落しを追撃として放ち、ダメ押しにコアへのミドルキック。
「「行けるっ」」
再び宙へ舞い上がり、プログナイフを取り出してそれをコア目掛け投擲。それを使徒が回避するも、その先へ二機は飛び蹴りを放ちダメージを与える。逃げるように距離を取る使徒へ二体は最大戦速で接近。スライディングタックルの要領で使徒の攻撃をかわし、片手をブレーキ代わりにしてソバットでコアを攻撃。そこで怯んだのを見て二機はしゃがんだまま全力の拳をコアへ放つ。
「「これでっ!」」
後ろへ吹っ飛ぶ二体の使徒のコアへヒビが生じる。その瞬間、とどめとばかりに二機のエヴァがコアへ渾身の一撃とも言うべき蹴りを決めるべく、前転してからの勢いを乗せた飛び蹴りを放った。
「「シンジ(碇君)っ!」」
「終わりだっ!」
蹴りの反動で飛び上がる零号機と弐号機の間を駆け抜けながら、初号機が手にしたマゴロク・E・ソードで使徒へ斬り付ける。さながら居合切りの如く切っ先を地面へ鞘走りさせるようにしながら。その放たれた一撃が見事一つに戻った瞬間の使徒をコアごと斬り捨てたところで音楽は止まった。直後起きる大爆発をF型の強固なフィールドが防ぎ、こうして今回の戦闘は終わりを告げた。
誰もいなくなった部屋のリビング。そこのテレビ画面には100の数字が映し出されていた……。
碇シンジは精神レベルが上がった。底力のLVが上がった。ガードを習得した。
新戦記エヴァンゲリオン 第九話「瞬間、心、合わせて」完
三位一体ってかっこいいよね。元々スパロボでもF型にするとユニゾンキック使えなくなるのでどうしようと思っていたんです。で、パチンコでのプレミア演出を参考にレイとアスカのユニゾン+とどめをシンジという三人での合体攻撃としました。
……そしてマステマ最大火力であるN2爆雷も分裂体を仮死状態にするために使用。これで一応マステマ使用解禁です。F型の武装も今後少しずつ出てくるかもしれません。あくまで予定なので全部は期待しないでください。ま、後少ししかないんですけどね。
ガード……気力130以上で発動。受けるダメージを80%に軽減する。