北へ。~ひと夏の旅競馬~   作:高任斎

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クリスマスイブの夜に、雨が雪に変わっていったんだよォォォ!
だから、私は書いた。

サンタさんに、俺はなる。


夏競馬は函館から始まる。
1:函館の天使。(茜木温子)


 就職した先輩からいろいろ話を聞く機会があった。

 就職活動とか、そういうこともひっくるめて俺が思ったこと。

 

 ああ、俺の人生って……大学卒業したら、もうオシマイなんだなって。

 

 単位取得は順調。

 そんな大学3年の夏。

 きっとこれが最後の夏になる。

 何かをしたかった。

 

 旅競馬だ。

 いわゆる、旅(ギャンブル)打ち。

 社会人になってしまったら絶対にできないし、無職になってしまってもできないことだろう。

 ある意味、人生最後のギャンブルだ。

 バカ騒ぎ、とも言うか。

 

 地方の競馬はともかく、地方じゃない競馬は土日開催だ。

 夏の北海道の農家は、忙しい時期だと聞いたことがある。

 バイクなどで北海道を旅する若人を、あてにするという話を聞いた。

 アルバイト料が良いってことじゃなく、うまい飯がたくさん食えるのがウリらしいが。

 

 まあ、なんとかなるだろう。

 ダメだったら帰ればいい。

 敢えてノープランだ。

 

 旅費はともかく、初期資本は10万円。

 これがなくなったら帰ろう。

 それだけを決めて、俺は、北海道へと向かった。

 

 

 

 

 

 初めて訪れた競馬場は、潮の香りがした。

 海が見えた。

 知識として知ってはいたが、実際に『見える』ということに、わけもなく胸が高鳴る。

 スタンドから、空を見上げる。

 同じ空のはずだ。

 違って見えるなら、それはきっと精神的なもの。

 それなのに。

 

 ああ、いいなあ、と感じた。

 

 競馬場という非日常と、旅の空という非日常。

 

 こう、今の自分がおもいっきり踏み外しているという実感がある。

 今しかできないことをやっていると感じられる。

 1Rから4Rまで、俺は馬券を購入するでもなく、ただただ、その非日常の感覚に己を委ねていた。

 

 さあ、昼飯だ。

 どの競馬場も似たような感じになるとは思うが、一つか二つ、特色を感じさせてくれる店がある。

 さて、この競馬場は、どういう驚かせ方を……。

 

 うん、ちゃうねん。

 

 そういう驚きを求めてたんとちゃうねん。

 某カレーショップのテナントの前で、しばらく呆けてた。

 

 ま、まあ、某ハンバーガーショップみたいなものだよな。

 ああ、でも、ご当地っぽいカレーがある。

 じゃあ、ここでいいや。

 

 

 昼飯をすませて、またスタンドに戻った。

 

 うん?

 

 風向きが変わったせいか……潮の香りが、強く。

 いや、これって……潮の香りというか、魚の……?

 俺は、特に考えもなく振り向いた。

 

 衝撃と、空白。

 

 スタンドの上を、飛行機が飛んでいく。

 それを意識しながらも、俺は目を離せずにいた。

 

 ああ、やはり、旅はいい。

 俺は。

 旅の空の下で。

 

 天使と出会った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 茜木(あかねぎ) 温子(あつこ)

 それが天使の、彼女の名前だった。

 

 ちなみに、彼女に話しかけるための理由を考えつくのに2分かかった。

 見た目は、中学生から高校生って感じだったからね。

 

『手に持ってる馬券は隠しなさい』と。

 

 まあ、中学生の頃から馬券を購入してた俺が言うことじゃない。

 もちろん、中学生は馬券を買えない。

 というか、学生は馬券を買えないから、俺もアウトだ。

 ああ、でも……20歳を超えたら、大学生でも買えるように法律が変わるって言ってたな。(2005年から)

 

 まあ、そういう感じだったのだが、彼女、外見の幼さは自覚しているのか、それとも色々と経験済みなのか、さらりと身分証明書を提示してきた。

 

 20歳で、もうすぐ21歳。

 俺と同い年。

 ちなみに、名前と誕生日は即チェックした。

 もちろんチェックしただけで、それを口にしたりはしないが。

 

 とっかかりさえ見つければ、あとはどうとでもなる。

 競馬をやる人間なら、その心理や傾向はそれなりにわかるから。

 

 というか、彼女……太い買い方をする。

 やたら手馴れてる。

 メインレースを待たずに、『目当てのレースはクリアしたから』などと言って席を立つ。

 レースを厳選してぶっ込んでいくタイプだ。

 

 最近は、計算式と期待値を駆使して、確率を収束させるために全レースに賭けていく投資方式がメインになってきたから、彼女のスタイルは古いギャンブラーのそれとも言えるだろう。

 

 俺は、ギャンブラーじゃなくて……ただの競馬ファンさ。

 ここ数年は、諸経費含めての回収率が80~93%あたりを行ったり来たり。

 ちなみに回収率ってのは、賭け金をどれだけ回収できたかの意味だ。

 つまりは、負けてるってことさ。

 期待値をオーバーしてるって意味では、優秀なのかもしれないけど。

 

 さて、また会えるかね。

 

 

 

 

 

 

 

 晩飯を食い、地元の人間に聞いた温泉で汗を流す。

 というか、湯温が高い感じ。

 冬とかだと、すごい気持ちよさそうだけど、今は夏だからなあ。

 

 火照った身体を持て余すように、夜風の中を歩いていく。

 ああ、やっぱりこっちはあまり蒸し暑さを感じないな。

 北海道は広いからなあ、この函館あたりはともかく、釧路の方に足を運ぶと、夜は夏でも凍えるという話を聞いたことがある。

 寝袋と薄手の毛布を用意してるし、大丈夫だろ。

 

 夜空を見上げた。

 北極星の位置で、緯度がわかるんだっけか。

 まあ、その違いが分かるほど繊細じゃない。

 繊細じゃないはずなんだけどな……。

 

 子供の頃に見上げた北極星よりも、少し高い位置にあるように思えるよ。 

 

 今日の結果?

 いや、午前中はぶらぶらしてたから。

 午後からは、ずっと馬場を見て、好走した馬の血統をチェックしてた。

 開幕週の初日に、傾向も見ずに金をぶっこむほどのギャンブラーじゃないんでね。

 

 

 

 函館に来たら朝市らしい。

 ああ、魚の香りだ。

 潮の香りに比べて、どこか生臭い感じ。

 それを嫌がる奴もいるが、俺としては、そんなもんだろとしか思わない。

 牛を飼ってりゃ臭うのと同じ。

 人間だって、生きてりゃ臭う。

 というか、慣れの問題だろ、結局は。

 まあ、現代人の生活が、こういう部分から切り離されてるってことかもしれないけど。

 

 朝市を見て回る。

 まあ、見て回るだけだな。

 何かを買ったところで、調理する場所がねえし。

 ああ、でも。

 朝飯を食わせてくれる場所があれば……。

 

「あ、ああああ、危ない!避けて!」

 

 

 なあ、知ってるか?

 イカの内臓には、ほぼ100%の確率で寄生虫がいる。

 生のイカを自分でさばく時には、ちゃんと注意して見ないと、ひどい目に遭うぜ。

 まあ、冷凍にしたりすると死ぬんだけどな。

 ああ、そうそう。

 イカがいっぱいに詰まった箱で殴られると、めっちゃ痛い。

 

 

 

 

 

 

「気絶したあなたをここまで運ぶの、大変だったんだから」

 

 天使の言葉を拝聴する。

 ここは、天使の家……というか、茜木鮮魚店。

 まあ、昨日競馬場で出会った彼女の実家……魚屋さんだ。

 うん、うん?

 朝市で俺をイカの詰まったトロ箱でぶん殴って気絶させた彼女は、俺を自分の家まで運んだ、と。

 

 鮮魚店なら、朝は忙しいだろう。

 仕事があるのに、加害者である手前、俺のこともほうっておけない。

 仕方ない、このまま連れて帰って目が覚めるのを待とう。

 

 ほんの一瞬だけ、『事件になる前に証拠隠滅』という言葉が浮かんだが、気にしない。

 

「それで、俺はなんともなさそうだが、君の方は大丈夫だったのか?」

「え?ああ、うん……心配してくれて、ありがと」

 

 ショートとベリーショートの中間ぐらいなのかね。

 脚も腕も細くて、顔もちっちゃいのに、瞳が大きいっていうか印象的だよな。

 表情もコロコロ動くし。

 見てるだけで楽しいというか、幸せになれるよ。

 マジ天使。

 

「あの、それで……服のことなんだけど」

「服?」

 

 ああ、なるほどね。

 生イカと氷に熱烈歓迎されたわけだ。

 

「ああ、着替えは……朝市の場所まで戻ればあるよ。どうせ旅の途中だし、洗濯機でも貸してくれたらありがたい……というか、今何時だ?」

 

 ふむ、ちょうど昼か。

 そういや、朝飯食ってないよ。

 飯を食って、洗濯して、競馬場に向かって……忙しないな。

 

「……あなた、元気そうだけど、頭打って気絶してたんだから。今日は安静にしておいたほうがいいわよ」

「なんか、全然旅打ちになってないな……」

「旅打ち?」

 

 

 動機はともかく、旅の企画を少し説明。

 

 

 

「……呆れた。大学生はお気楽なのね」

「返す言葉もない」

 

 働いてる人間が偉い。

 これはある種の真理だ。

 

「というか、まずはお昼ご飯ね」

 

 そう言って天使が笑う。

 

「新鮮な、イカで」

 

 

 

 

 

「しかし、イカってつくづく不思議な形だよな……」

 

 自分の一人の料理だと、イカなんて1杯さばくのがせいぜい。

 だから、一度に複数をさばくとか、すっごいワクワクする。

 

「あれ?なんかおかしくない?ここは、あたしが料理する場面じゃないの?」

「はいはい、仕事が残ってる人間は仕事しなさいって」

 

 天使を追い払って、勝手知ったる人の家というか、台所。

 イカに指を突っ込んでハラワタを外して、ゆっくりとゲソごと引っ張り出す、と。

 うは。

 マジで新鮮じゃん、この真イカ。

 肝臓が綺麗なピンク色してるわ。

 やべ、イカの塩辛作りたい……けど、数日かかるからやめとくか。

 耳を外して皮をむく……くそ、皮がしぶとい。

 はあ、あとは、内臓と軟骨の処理。

 

 さて。

 寄生虫がいるよなやっぱり。

 新鮮さとか関係ないし。

 さあ、とって、とって、とって、とって、とって、とって。(マジで、モノによっては結構な数がいます)

 基本的に真イカの寄生虫は切れば死ぬアニサキスだから、よくかんで食べれば……自己責任で。

 イカそうめんってのは、ある意味寄生虫対策だから……細く切れば切るほど、安全度はあがります。

 まあ、寄生虫だけじゃなくビブリオなんかの菌もいるんだけどね、これは真水で洗えば基本的によし。

 ははは。

 スーパーで買うだけの人間は、自分で釣った魚をさばくと知らない世界が広がるよ。

 さて、イカの目と歯も取って、2本の長い足の吸盤もとって、と。

 

 やっぱ、包丁の種類とか多いな。

 刺身包丁とか初めて使うけど、使いやすいな、マジで。

 

「他人の家の台所なのに、活き活きしてるわね」

「あ、イカの肝とかどうする?塩辛?それとも、肝醤油にしちゃう?」

 

 

 

 

 

 

 なんだか知らないが、宿と平日の仕事先を確保できました。

 まあ、仕事といっても配達絡みの仕事だけで、基本的には居候。

 

 しかし、魚が、うまい。

 

 あれ?

 

「鮮魚店の人間が魚を食べるってことは……」

「それ以上はダメ」

 

 あ、はい。

 茜木鮮魚店の経営は、順風満帆ってわけじゃなさそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、重大な事実が発覚しました。

 どうやらこの茜木鮮魚店、以前からずっと、経営の穴を競馬の稼ぎで穴埋めしていた模様。

 うん、競馬ファンの恨みが向かいそう。

 

 天使のお母さんである茜木早苗さんのお言葉です。

 

「外れる馬券を買うから外れるのさ。当たる馬券を買えばいいじゃないの」

 

 全く参考になりません、ありがとうございました。

 そして天使の温子さん。

 

「難しいレースは買わない、勝てるレースを買う。それだけ」

 

 本当に参考にならねえ。

 というか、あんたら絶対に他所で言うなよ?

 絶対に言うなよ?

 誰かの負けが、あんたらの勝ちになってるんだからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……最近の日本人は、魚を食べなさ過ぎると思うの」

 

 売れ残りの魚を見て温子がぼやく。

 さて、今日も魚を料理だ。

 

 時間を切り売りするのが現代の生活スタイル。

 どうしても、『手間』を敬遠しがちになるってことだろう。

 市場の経営スタイルと、地域の鮮魚店のスタイルが一致させられるわけもないし……まずは、食わせてみてうまいと思わせるところから始めなきゃいけないんだろうなあ。

 

「食べないというか、まず『面倒くさい』って考える人間が増えて、その下の世代が魚の味を知らないってこともありそう」

「楽しそうに魚をさばいてる若い人間が言うセリフじゃないねえ」

 

「え?魚とかさばくの楽しいじゃないですか。そして食べて美味い。俺としては言うことないですね」

 

 俺の言葉に、早苗さんが苦笑する。

 まあ、言ってることが矛盾してる自覚はある。

 感情は個人だが、状態ってのは理性だ。

 

「ついでに、大きな売れ残りもどうだい」

 

 と、これは従業員の源さんだ。

 もともとは、早苗さんに競馬の極意を学びに来て、ここで働き出したらしい。

 まあ、早苗さんの旦那さんが亡くなってからのことらしいが。

 

 で、大きな売れ残りって?

 俺がさばけるものなら、さばきますけど?

 

 源さんと早苗さんが笑った。

 そして、俺と温子が首をかしげる。

 なんだろ?

 

「せっかく函館に来たんだ、温子、あんた街を案内してあげな。観光がわりにさ」

 

 

 

 函館といえば五稜郭。

 あとは知らない。

 

 なぜか地元民である温子に火が付いた。

 

 教会とか、外人墓地とか連れ回された。

 異国情緒ってやつかな。

 

 へえ、こうして足を伸ばすと、函館が坂の街って言われてる理由が分かるな。

 

 なんとなくだけど、神戸の街を思い出す。

 あの街も、港があるせいか……どこか異国の情緒がある。

 そして坂。

 山から海に向かっての傾斜。

 どこか美しささえ感じる統一感。

 

 函館の坂はちょっと違うかな。

 海に向かっての傾斜は当然だけど、あちこちにあるって感じだ。

 変化に富んでいて面白いと感じる。

 

 

 

 と、いうか。

 

 俺の手を握ってる天使が、一番魅力的だったりするわけで。

 

 函館は天使の住む街ということでいいよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さあ、週末がやってきた。

 

 

 

「だから、当たる馬券を買えばいいのさ」

「あたしの買う通りに買えばいいじゃない」

 

 

 違うんだ。

 自分であれこれ考えて、結論を出して買った馬券が当たるのが楽しいんだ。

 絶対に当たる馬券を、言われた通りに買って、お金が儲かってもそれは違うんだ。

 負け惜しみと言われるかもしれないけど、違うんだ。

 

 そう言うと、早苗さんに笑われた。

 

「あの人と同じこと言ってる……」

 

 早苗さんの笑顔が、どこか寂しそうに見えた。

 

 ああ、早苗さんの旦那さんも……この理不尽パワーに晒されたのか。

 

 

 

 よし、このレースはこうかな。

 

 

「ああ、やっと当たる馬券を買うのかい」

 

「ようやくあたしの言うとおりに買う気になったんだ」

 

 

 

 

 

 おかしいなあ。

 勝ったのになあ。

 なんだか敗北感にまみれている。

 

 

 いや、早苗さんたちも絵に描いたような大儲けをしてるわけじゃなくて、確実に勝ってるって感じなんだよ。

 単勝10倍前後の馬の複勝が多い感じ。

 だから、大体オッズは3倍前後。

 ただし、買う時はほぼ確実に当ててくる。

 

 そして、大金を得ようなんて考えてない。

 必要な分を、取りに来るって感じ。

 ああ、このふたりにとっては。

 競馬場って、銀行のATMなのか。

 

 なんなんだろう、この人たち。

 

 

 

 

 

 

 平日は鮮魚店のお手伝い。

 まあ、朝は早いけど、慣れる。

 

 週末になると、朝はお手伝い。

 午後は競馬場。

 

 そして、時間のあるときは天使と二人でお出かけ。

 

 そんな日々を繰り返し。

 函館記念がやってくる。

 

 この競馬場の最後の週に開催される重賞レース。

 この週を最後に、北海道における競馬の開催は、札幌へと移る。

 

 

 札幌へと。

 

 

 別に、ここでも馬券は買える。

 買えるけど、違うよな。

 

 まあ、考えてみれば、おかしな話だ。

 見ず知らずの赤の他人を居候させて。

 数日ならともかく、1ヶ月だ。

 

 あの人たち、なんでこんなに無頓着なんだか。

 

 

 こういうこと考えると、ちょっとお腹が痛くなる。

 ストレスで胃に穴でも空いてるのか?

 でも相変わらず、ご飯は美味しくいただけるしなあ。

 

 

 そういやこの前。

 観光客にいろいろ聞かれて笑いそうになった。

 俺も観光客だっての。

 まあ、知ってることばかりだったから、教えてあげたけど。

 

 ああ、でも。

 俺の知ってることは。

 全部、あの人たちに教えてもらったことばかりなんだな。

 

 

 

 集中できなかった。

 ぼんやりしていた。

 

 あの日、あれだけ心を解放させた競馬場の空が、どこか憂鬱だった。

 

 こういう日は、買うだけ無駄だ。

 それなのに、俺は腰を上げられずにいる。

 メインレースが近づいてくる。

 函館との別れを意味する、レースが近づいてくる。

 

 ああ、天使と離れたくないなあ。

 

 馬券を買う。

 馬鹿な買い方をする。

 

 後でこの馬券を見せて。

 早苗さんに笑われよう。

 温子に呆れてもらおう。

 

 何を馬鹿なことをやっているのかと。

 心の片隅で、ちゃんとわかってるんだけどなあ。

 

 うん、俺にはギャンブルは向いてない。

 今、はっきりとわかった。

 

 

 そして。

 ギャンブルの神様ってのがこの世に存在するのなら。

 そいつは、とんでもない性悪だってことも。

 

 

 

 

 

 

「ここにいなさいよ。わざわざ札幌に行かなくても、ここでだって馬券は買えるんだから」

 

 天使が言う。

 温子がそう言ってくれる。

 少なくとも、邪魔には思われていない。

 

 早苗さんはなぜか微笑んでいた。

 

 競馬は週末に開催される。

 金曜日までここに居よう。

 そして、札幌に行くと言って別れよう。

 札幌に行くと言って、本州に帰ろう。

 

 俺にギャンブルは向いてない。

 だから、帰るんだ。

 

 お腹、痛いなあ……。

 

 

 

 精一杯働く。

 せめてもの恩返しだ。

 全部を、すべてを。

 ここに返していく。

 想いも、思い出も。

 

 お腹が、痛い。

 

 

 

 いや、マジで痛い。

 まずくね?

 

 痛いは、居たいとかじゃねーよな?

 

 木曜日の午後、俺は病院に運ばれた。

 

 胃潰瘍。

 神経性。

 

 ご飯は美味しかったのに。

 

 神経性の胃潰瘍と聞いて、温子がものすごく動揺してた。

 いや、温子のせいとか、そういうんじゃないから。

 俺の言葉に、耳を貸さない。

 

 仕方なく。

 俺は早苗さんに話した。

 正直に。

 

 早苗さんは大笑いしたあと、俺の背中を強く叩いた。

 

「婿入り以外は認めないよ」

 

 あ、はい。

 

 俺は、あの馬券を早苗さんに見せて言う。

 

「持参金に、なりますか?」

 

 それを見て、早苗さんが笑う。

 笑う早苗さんの目から、涙がこぼれる。

 

 なんとなくわかった。

 同じこと、やったんだなって。

 早苗さんの、旦那さん。

 

 

 

 

「なんでよ?どうせ戻ってくるなら、大学なんか辞めたっていいじゃない」

「まあ、卒業ぐらいはさせてよ」

 

 温子が下を向く。

 

「嘘よ……この街を出ていったら、みんな帰ってこないもの。あたしの友達も、たくさん、この街から出て行った。戻ってきたいと言いながら、戻ってくる気はない。いい街だって、素敵な街だって、そういいながら、人がどんどん出ていくの」

 

 温子の言葉を聞いて、理解する。

 俺の気持ちはまだ、一方通行だ。

 彼女と心を通わせ合うには、地道な努力が必要だろう。

 

 必要なのは、ギャンブルじゃない。

 

 だから、ギャンブルには向いてない俺にも道はあるだろう。

 道は、あるはずだ。

 

 俺には、空を飛ぶ翼はないけど、足がある。

 道があって、足があるなら。

 歩いていけるはずだ。

 

 

 

 

 

 俺は北海道を去る。

 函館の街から去る。

 

 ここに、心はおいていく。

 

 天使の住む街に。

 

 必ず戻ってくる。

 きっと。

 

 




一言だけ、言わせて欲しい。

メリークリスマス……
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