激しく修正しました。
12話の修正が終わらないと、つながりがおかしいかも。
11:帯広の少女。(原田明理)
冬の日本海が見たい。
……いや、今が夏なのはわかってる。
傷心を癒すために、人は冬の日本海に旅立つ。
これは王道で、お約束だ。
季節は関係ない。
悲しい時に楽しい曲を聴いても悲しく聞こえるように、傷心の時に日本海を見れば、冬の日本海に見える。
函館から札幌へと向かうルート。
最初は長万部から室蘭~苫小牧~札幌の、ルートを想定してたんだが、違うルートにする。
渡島半島をぐるっと時計回りに、松前~江差~そのまま海岸沿いの道なりに岩内に。
バイクの一人旅。
交通量が少ないというのは、それだけでリスクがある。
運が悪ければ、事故ってもそのまま一人だ。
だが、孤独が、日本海が、俺の心を癒してくれる。
随分と遠回りしたから、岩内に到着した時点で、走行距離は300キロを越えた。
まだだ。
まだ俺は、癒されきってはいない。
俺は、給油をすませてさらに北上。
積丹半島へと向かった。
1時間ほど走って、たどり着いたのが積丹神威岬。
夕日が沈む。
冬の、日本海が……黄金色に、染まっていく。
俺の視界が、夏へと戻っていく。
旅に別れはつきものだ。
そして、人生は旅という。
だから。
心の中で、俺は函館の天使にそっと別れを告げた。
名も知らぬ函館の天使よ、さようなら。
黄金色の神威岬を眺めながら涙を流す俺を、観光客が遠巻きに眺めていた……。
いや、指差すなよ。
見世物じゃないから。
写真撮ってどうするつもりだ?
後で現像して、微妙な気持ちになるのはあんたらの方だぞ?
翌日、小樽経由で札幌へ。
まったく、俺ってやつはヘタレだな。
涙を流すぐらいなら、名前ぐらい聞き出せって話だよ。
ギャルゲーの主人公じゃあるまいし、イベントってのは起きるんじゃない、起こすもんだ。
でもまあ、よりによって函館開催最終週に出会うのはないよな。
あれが、函館にやってきた初日だったら、違った展開になったと思う。
ま、終わったことだ。
そもそも、俺の目的は旅打ちだ。
それに、札幌競馬場で、新たな出会いが俺を待っている……かもしれない。
出会いは出会いだけどさ。
なんか違うと言いたい。
いや、札幌競馬場で、気のいいおっちゃんと知り合いました。
まあ、なんと説明すればいいのか?
酔っぱらいの種類にもいろいろあるが、周囲を楽しくさせる酔っぱらい。
それのギャンブルバージョンだ。
負けても楽しく。
勝っても嫌味じゃない。
というか、『運のおすそわけだ』とか言いながら、周囲の人間に飲み物や食物を奢る。
偶然となりあっただけの人間を巻き込んで、レースの予想をし、負けて大騒ぎ、勝って大騒ぎ。
お祭りみたいで、正直楽しかった。
まあ、こういう人間が嫌いっていう人もいるだろうけど、大半は好意的に見ると思う。
実際、そうじゃなきゃ、あんなに人は集まらないと思うし。
なんというか、ムードメーカーとでも言うのかな。
さて、このおっちゃんは、原田さんていうんだけど。
俺はてっきり、地元の、札幌の人間だと思ってたんだけど、帯広からやってきたらしく……家に帰ることを忘れて食事して、酔っ払って……うん。
帯広って、十勝の方だよね?
家に帰ることを忘れてって……えぇ?
いや、北海道まで競馬しにやってきた俺が言えた義理じゃないんだけど。
原田さん、わりと無鉄砲で、無計画なことが発覚。
『すみません、すみません、うちのお父さんが迷惑かけて、本当にすみません』
娘さんの謝りっぷりに、なんか年季が感じられる時点でお察しだ。
というか、電話の受話器を持って、ひたすら頭を下げている姿が幻視できそう。
娘さんは言うには、とりあえず、酔って寝ちゃうと、朝まで起きないと。
まあ、競馬場ってのは非日常の場だ。
人は非日常を味わって、日常へと帰っていく。
競馬場における関係を、日常へと持ち越すとは限らないというか……まあ、持ち越さないことが多い。
北海道の旅の空。
幸いなことに、俺は、非日常にいる。
ま、袖振り合うもなんとやら。
情けは人のためならずってね。
……あれ?
そうすると、俺になんかいいことあるってことか?
まあ、いいや。
原田さんを背負って、目に付いたビジネスホテルに。
幸い空きがあった。
さて、寝るか。
……原田さんが先に目を覚ます可能性もあるか。
メモに書いて、目に付く場所に置いとこう。
「助けてもらってそのままじゃ、俺の気がすまねえ」
うわあ、押しが強い。
まあ、俺は観光客だし、地元の人間につてができるのはありがたい……よな。
「じゃあ、俺は札幌駅から帰るけど、あんちゃんはバイクで、帯広についたら連絡くれや」
……うーん。
この、原田さんの、色々と抜けてる感じがあれだわ。
無計画で、無鉄砲って感じ。
たぶん、家族も振り回されてるんだろうな。
一応顔出して、家族の人の反応を見て、そのままさようならってとこかな。
でもまあ、この出会いがなかったら、帯広に行こうなんて考えなかっただろうし。
こういう、サイコロみたいに転がっていくのも、旅の醍醐味と言えなくもないだろ。
札幌から帯広か。
ちょいと、地図で確認しようかね……。
うん、わかってたけど、遠いわ。
ざっと見ただけでも、直線距離で200キロ以上あるな。
しかも、山越えか……。
5時間、ぐらいか?
出発前にちょっとバイクの整備というか、確認しとこう。
ああ、土産物とか用意したほうがいいな。
原田さんは良くても、家族の人にそう思われるとは限らない。
札幌土産で……いいのか?
デパートの売り場で、目に付いた菓子かなんかでいいか。
……素直に高速道路にのった方がよかったかもしれない。
地図で確認しながら、6時間ほどかかった。
というか、峠道がきつかった。
駅前でジュースを買い、それから原田さんに連絡を入れた。
しかし、帯広か。
前知識がほぼないんだけど、どういうところだ。
俺は、十勝方面の地図を広げて眺めた。
十勝平野に、十勝川、と。
そして、帯広が……このへん。
この帯広の……十勝川と
……規模は違うが、川中島合戦場と似てるのか、これ?
その先でも、十勝川は利別川と合流……なんか、水害に悩まされてきた歴史を持ってそうな感じだな。
まあ、実際の川の流れも見ずに言うこっちゃねえけど。
「おう、よく来たな、あんちゃん」
「ああ、原田さん」
原田さんが、軽トラに乗って現れた。
「迷わなかったか?」
「地図を見ながらきましたから……というか、峠道はしんどいっすね」
「ははは、北海道は山が多いからなあ」
「観光客としては、平地のイメージがあるんですけどね」
原田さんの運転する軽トラの後ろを追って……原田さんの家に到着した。
うん……。
本当に、お邪魔していいんだろうか。
ものすごい迷惑な気がする。
そういや、今日は平日なんだよな。
原田さん、お仕事は何してるんだろう。
「まあ、上がってくれや……娘がいるんだが、まだ帰ってきてねえからよ」
娘さんがいてくれた方が、良かったのでは?
というか、奥さんがいないっぽい言い方だったよ。
「お邪魔、します……」
玄関開けたら、すぐ居間ですか。
うん、2DK。
いや、絶対迷惑だろ、これ。
ここに娘さん?
見知らぬ男が、やってきて『父がお世話になりましたぁ。我が家と思ってくつろいでくださいね』なんて言えるはずがねえ。
もし言えたなら、それは別の意味で天使だ。
よーし、俺は空気を読める男だぜ。
娘さんに挨拶したら、即出ていこう。
「おう、あんちゃん。まあ、一杯やろうや」
原田さぁーん!
あなた酔っ払って寝ちゃうと、朝まで起きないんですよね?
しかも大して強くない。
うん。
超気まずい。
娘さん帰ってきたけど、原田さん、お休みしてます。
というか原田さん。
せめて、娘さんに何かしらの伝言お願いしますってば。
昨夜の電話の相手って気づいてくれなきゃ、完全に詰んでたよ、これ。
「あ、あの、父が本当にご迷惑をおかけしたみたいで……」
「い、いや、こちらこそ、押しかけてしまって、その、申し訳ない」
ふたりして、水飲み鳥のように頭を下げ合う。
そうだ、お土産。
札幌のデパートで買ったお土産を取り出し、娘さんに渡す。
「え、あ……これって……」
え、なんかまずかったのか?
俺は慌てて説明を始めた。
「いや、お土産とか見当がつかなかったので、札幌のデパートで目に付いたお菓子屋の、美味しそうなのを買ってきたんだけど……」
娘さんが、笑って言った。
「このお店、有名なんですよ」
「そ、そうなの?」
「ええ、札幌に出店するぐらい、有名です」
「……?」
ん、出店?
もしかして……。
「このお店、帯広に本店があります」
地元の店のお菓子を土産に持ってきてしまいましたか……土産になってねえ。
というか、別の意味で、ヒキが強いな、俺。
正直頭を抱えたくなったが、この娘さん、笑顔で追討ちかけてきた。
「しかも私、そこでバイトしてたりします」
……友達の実家にあそびにいくときに、その実家の商品をおみやげに持っていったようなものか。
ああ、でも……この娘さん、天然っぽいなあ。
嫌味とかそういうんじゃなくて、普通に喜んでる気がする。
俺に気づかせないぐらい演技派って可能性はあるけど、純朴なカントリーガールって幻想を抱かせそうな雰囲気があるなあ。
俺はあらためて、娘さんを観察した。
髪はおかっぱというか、ボブカットというか。
まあ、肩にかからない程度の長さの髪。
クリっとした瞳は、子供のような印象を受ける。
少し日焼けした肌。
これでそばかすがあったら、満貫だったな。
うん、一言でまとめると、健康的なかわいさ。
こう、クラスで2番目ぐらいに可愛い感じの、リアルな女の子って感じ。
うん、娘さんに挨拶もすませたし、そろそろお暇しようかな。
俺は、彼女にそう告げたのだが……。
「え?あの、もう遅いですし、宿を取るのも難しいと思います。どうぞ、泊まっていってください」
マジか……天使がいるぞ。
ニコニコと、笑って俺を見つめる彼女。
この子、都会に出てきたら絶対騙されそう。
不謹慎だが、俺はそんなことを考えた。
……タン。
ん?
……あれ、ここ、どこだ?
豆球にうっすらと照らされた室内。
そして、いびきの音。
ああ、原田さんの家か……トイレは、どっちだったっけ?
あ、いかん、目を覚ませ。
寝ぼけて、娘さんの寝てる部屋のドアを開けて騒ぎになるオチだけは避けねば。
よし、こっちがトイレだ。
ギャルゲーの主人公とは違うのだよ、ギャルゲーの主人公とは。
そして俺は、トイレのドアを開けて……。
「……」
「……」
「きっ……きゃーーっ!きゃーーーーっ!」
この騒ぎでも、原田さん、起きないのか。
「うちの家のトイレには、鍵がありません」
「……はい」
「ノックしてください」
「はい、すみませんでした」
なあ、人間って本当に申し訳ないと思ったら、土下座しちゃうんだぜ。
俺、生まれて初めて土下座したわ。
たぶんだけど。
娘さんが、トイレのドアを閉めた音で目が覚めたんだな、きっと。
そんなことを考えながらも、俺は土下座の体勢のまま。
長い沈黙を経て……いや実際はどうだったのかわからないけども、彼女は大きく息を吐いた。
「……あの、頭を上げてください。事故だって、わかってますから」
なんなの、この天使。
俺は、感謝と、どこか未確認生命体に出会ったような厳かな気持ちを抱きつつ顔を上げた。
「その……おやすみなさい」
「あ、おやすみ……」
ぱたん。
娘さんは、自分の部屋へと戻っていった。
「昨夜は何もなかった、昨夜は何もなかった、昨夜は何もなかった……大丈夫、私は平気」
うん、起きたけど、寝てるふり。
娘さんが、鏡に向かってせっせと自己暗示をかけてます。
俺にできることは、聞こえないふり。
そして、何でもないように振舞うことだ。
娘さんが、勝手口から出ていったのを確認して、俺は身体を起こした。
うん、トイレに行きたかったの。
でもね、あの状況では、起きられません。
はい、いないのはわかってるけどノックして、と。
はあぁぁぁぁぁ。
……あ、そうか。
俺、結局あのあとトイレに行ってないわ。
しかし、挨拶は『おはよう』でいいのかな。
さりげなく、か。
あ、それよりも今の俺って、酒気帯び運転になったりしないだろうな?
がちゃ。
「ん?」
「きっ……きゃーーっ!きゃーーっ!」
……叫ぶ前に、ノックしてください。
「あ、いや。大丈夫だから」
「すみません、すみません、本当にすみません」
「いやいやいや、それを言うなら俺も昨夜……」
「……っ!!」
あ、アホか、俺。
娘さんの顔が真っ赤になって……。
「ん……おお、あんちゃん」
「ああ、原田さん。おはようございます……よくお休みでしたね」
「はは、まあそう言うなって……あれ、明理のやつは?」
あかり?
娘さんの名前かな?
「娘さんなら、今ちょっと部屋に入って行きましたよ……えーと、着替えでもしてるんじゃないでしょうか」
「おーい、明理。朝飯は用意できてるのか?」
……どうしよう。
もしかすると、俺は今人生の岐路に立っているかもしれない。
そんな俺の気持ちを知るはずもなく、原田さんは無造作に娘さんの部屋のドアを開けた。
原田さんは、枕に顔を埋めて足をパタパタさせている娘さんを見て、そっとドアを閉めた。
「……」
「……」
「……明理のやつ、あんちゃんがいるから恥ずかしがってるのかもな」
「ははは、まさかぁ」
そのポジティブな思考が羨ましいけど、ある意味間違ってません。
「じゃあ、せっかくだから、俺がつくりましょうか」
「あんちゃん、料理できるのか?」
「大学に進学してからは、一人暮らしですからね……それなりに」
このいたたまれない気持ちをどうにかしたくて、俺は台所に立った。
さて、何を作ろうとしてたのか。
かごに入った野菜が置いてある。
ん、と……店で買ったものじゃないな、これ。
勝手口を開けてみると……なるほど、家庭菜園ものか。
さっき娘さんは、家の外にこれを取りにいってたのか。
冷蔵庫の中を一応確認。
かごの野菜はともかく、冷蔵庫の中身は、大体計画というか段取りが決まってるから、勝手に手をつけないほうがいいか。
と、すると。
ご飯と味噌汁、そしてサラダって感じか。
まあ、どうにかなるだろ。
「お口に合うかどうか……」
「おう、上出来だ。美味い料理ってのは、見ればわかるんだよ」
この人、褒めるのがうまいわ。
ただ、なんか、こう……どこか残念な人って感じがするけどね。
「お邪魔しました」
「おう、またいつでも来いよ」
「……朝ごはん、ありがとうございました」
俺が帰るとなったら、顔を出しに来たよ娘さん。
律儀というか、なんというか。
「また、寄ってくださいね」
「……うん、ありがとう」
やっぱ、素直というか……いい子だなあ。
俺は原田さんの家を後にして、ひとまず帯広駅前を目指した。
さて、コインランドリーを探して洗濯と。
ああ、ついでに風呂も入ろう。
原田さんちでは、そんな状況じゃなかったというか……娘さんにも悪いことしたなあ。
家の中に見知らぬ男がいたら、落ち着いて風呂にも入れないよな。
んー、さっぱりしたな。
朝風呂最高……って、もう昼か。
ここは、ガッツリ昼飯でも行きますか。
良さそうな店を探してぶらぶらしよう。
と、歩き始めてすぐに、行列を発見。
あんまり行列に並ぶのは好きじゃないんだけど……なんの店だろ?
豚丼?
牛丼じゃなくて?
食わねば。(使命感)
……どうしよう。
もう一杯食べたい。
けど、行列がなあ……しゃあねえ。
待つのが嫌いな俺が、他人を待たせるわけにいかんだろ。
後ろ髪を引かれつつ、俺は豚丼の店を後にした。
特に目的もなく、街をブラブラと歩いていく。
しかし、札幌もそうだったけど、綺麗に区画整理された街並みだなあ。
開拓というか、入植というか、そういうことなんだろうけど。
ふいっと、俺の目が何かの文字をとらえた。
視線を戻す。
『帯広競馬場』
ああ、そうか。
ここ、帯広じゃん。
そりゃあ、帯広競馬場だってあるさ。
ばんえい競馬だよな。
映像では見たことあるけど、生では見たことがない。
時間と、開催は?
いい感じ。
帯広競馬場。
(現在は日本で唯一、ばんえい競馬が開催される競馬場。なお、帯広競馬場では、冬季に馬場が凍結しないロードヒーティングを採用していたため、この頃は冬季に開催されることが普通だった……なので、実際の開催時期はご都合主義です)
うん、なんだこの正門?
『帯広競馬場』の文字の上に『十勝農協連』?
……たぶん、土地が十勝農協のもので、そこを借りてるとかそういう感じなのか?
まあ、競馬場としては、土地の賃借そのものは珍しくもないけど、正門で主張してるのは珍しいな。(そもそも、帯広の地に競馬場を作ったのは、十勝畜産組合。なので、土地だけじゃなく施設も賃借しての開催となっている)
正門から……駐車場が続いて、競馬場の入口に。
しかし、どこにでもあるよなあ、『競馬ブ〇ク』……それで、こっちは……。
ふいた。
いや、もうひとつの競馬新聞が、『ばん〇い金太郎』。(2017年に休刊。ただし、ねっとば〇ばキンタローとして、某所の会員が読むことができるものが、あるらしい)
買わねば。(使命感)
どうせ、ばんえい競馬の予想なんか、何もわからん。
笑わされたら負けだ。
……というか、本気でわからないぞこれ。(笑)
基本、8~10頭立ての少頭数レースなのに、配当はそれなりについている。
つまり、ばんえい競馬に慣れ親しんでいる、競馬オヤジにもわかってねえってことだろ、これ。
5頭ボックスで買って、うまくいけばプラスになる……みたいな買い方がベストなんだろうな。
というか、間近で見ると迫力あるなあ。
そもそも、馬というか、ばん馬そのものがでかいのもあるが、ばんえい競馬のセパレートコースのすぐそばで観戦が可能だ。
ペースとしては、早歩きぐらいの速度だから、馬を追いかけるように観戦してる人もいる。
しかし、本気で当たらないね。(笑)
うん、気分転換になにか食べようか。
……って、競馬場にもあるよ、豚丼。
なんだろ、帯広の名物なのかな?
そのわりには、帯広名物カレーラーメンとか書いてあるし。
しかし、パドックの位置が、スタンドの裏って……結構めんどくさいな。
こっちの空いたスペースにあれば、いい感じだと思うんだけど。(同様の意見は多かったらしく、改装によってゴール地点手前に移動されました。なお、2010年には、正門からスタンド入口までのスペースに、レストランや産地直送市場などの施設が登場。ナイター開催も含めて、観光地化が進んでいるようです)
当たらないので、気分転換に、スタンドの2階に上がってみた。
うん、客層が変化した。
レースを間近で見ているうちはまだまだ甘ちゃんよ、とでも言いたげな方が揃ってる。
淡々と予想し、淡々と馬券を買い、スタンドから淡々とレースを見守る。
うん、競馬場はどこに行っても、競馬場だわ。(笑)
2階に上がって気づいたんだけど。
ばんえい競馬の直線コースの向こう側に、周回コースというか、半(?)周回コースがあるのはいいんだ。
いや、その周回コースの内側なんだけど……。
畑になってませんか?(笑)
平坦な土地はとりあえず畑にってことか?
これが、北海道スピリッツだ。(今はどうなっているか知りませんし、あれが普通だったのか、当時だけの特別だったのかどうかも知りません)
そういや、馬がゴールまで引っ張っていったソリって、小さな機関車みたいなのがスタートの方まで戻すのね。
さすがに、頑張った馬に引っ張って戻れやとは言えんよな、そりゃ。
うん、面白かった。
全敗だったけど。(笑)
バスには乗らず、競馬場で買った、馬の蹄鉄の形を模したパンを食べながら、テクテクと歩いて駅前まで戻る。
宿は、帯広駅前のビジネスホテルにした。
帯広周辺に観光地は結構あるんだけど、帯広の街というか駅前市街地は、観光の拠点にはなってない気がする。
まあ、人が住んでるんだから、当たり前なんだけどね。
そういう意味では、帯広競馬場は市街地の観光地になり得るのか。
色々と超えなきゃならん壁はあるだろうけど。(観光名所かどうかはさておき、現在はめっちゃプッシュされてます)
次の日は雨だった。
傘をさして、昨日とは逆方向、帯広駅の北に向かってぶらぶらと。
こちら側にも豚丼のお店が散見できる。
どこかの牛丼屋と違って、チェーン店じゃないところがすごいよな。
こっちは……と、川の合流地点に向かう方向か……うん、公園とか、ゴルフ場は、パス。
俺は、来た道とは別のルートで駅前へ戻ることにした。
その途中で、また行列のできている店を見かけた。
また豚丼の店……じゃないね、なんだろ?
ここ、原田さんの娘さんが、バイトしてるって店じゃないのか?
ああ、でも、札幌に店を出すぐらいだから、この帯広でも店舗が複数あるってことかもしれん。
こことは限らないか。
「あ、おはようございます」
少々焦りつつ、振り返る……と、にこやかに微笑む原田さんの娘さん。
「うん、おはよう」
「もしかして、お店に来てくれるつもりでした?」
「いや、朝からブラブラと散歩してたら見つけたんだけど……このお店なの?」
「はい」
元気よく返事をしつつ……ふっと、何かに気づいたような表情を浮かべた。
「あ、確かに……本店以外に、いくつも店がありますから、わからないですよね」
「うん。しかし、開店前から行列って、人気店なんだね」
俺がそう言うと、彼女はクスッと笑って。
「人気は人気でも、あの行列のお客さんの目当てはちょっと違うんです。ほら、サンドイッチを作るときに切り落とすパンの耳をまとめて売る店がありますよね?」
「ああ、うん……」
「あれと同じです。店の人気商品の端っこの切落し……それの袋詰め、約1キロが500円ぐらいで買えちゃいます。もちろん、おひとり様、ひとつ限定ですけど」
娘さんは一旦言葉を切り、行列を見て……苦笑した。
「……今から並んでも、ダメだと思います」
「はは、だよね……と、時間は大丈夫?」
「あ、は、はい。すみません、私、行きますね」
「うん、ごめんね。それと、頑張って」
「はい!」
……いやあ。
雨の日なのに、ひまわりのような笑顔。
なんか、海に向かって『汚れち〇った悲しみに』とか、絶唱したくなるわ。
ぶらぶらしてたらお昼になったけど、やっぱり、一人で食事するのに行列に並ぶ気にはなれないなあ。
なので、あえてコンビニだ。
俺は、コンビニ飯を選ぶぜ!(錯乱中)
コンビニの駐車場で、傘をさして地域限定のおにぎりを食べる俺。
観光客ってなんだろう?
「おう、あんちゃんじゃねえか」
……原田さんは、何をしてる人なんだろう?
「ただいま……ぁ?」
「……おかえり」
娘さんが、すやすやとお休みしてる原田さんを見る。
「……なんとなく理解しました」
「うん、せめてものというか、夕飯を用意しておいたから、食べてね」
彼女はちょっと笑って言った。
「男の人って、あんまり料理をしないってイメージがあったんですけど」
「んー、まあ人それぞれかな」
「それもそうですよね」
ここでようやく、俺は娘さんの名前を知るというか、確認できた。
原田
何をもってまっすぐというかどうかはともかく、明理ちゃんと接していると、まっすぐ育ってるなあと思う。
正直、原田さん家の経済状況が色々と厳しいんじゃないかと感じるだけに、余計にそう思うのかも。
もちろん、金があればいいって話じゃないけど……金がなければ、確実に選択肢は限られていく。
さすがに、金ですべてが買えるなんて思わないが、金があればたいていの問題は解決できるってのも、一つの現実だ。
まあ、それがわかる程度に年をとったというか、世間を知るための経験をしたわけだが。
俺の、原田さんに対する評価は少し厳しいというか、複雑だ。
いい人なんだけど。
悪い人じゃないけど。
そう前置きされつつ、社会的信用はないってタイプだろうと思ってる。
大学生の若造が生意気を言うようだが、周囲の人間は原田さんを蔑みつつ、同時にうらやましく感じるのではないか。
そんな気がする。
ただ、『うらやましく感じる』のが、先か後かってところは重要だけどな。
自分がそのように生きられないからこそ、蔑んで心のバランスをとろうとする人もいるだろう。
まあ、楽な生き方なんてないんだろう、きっと。
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
「うん、口に合ったなら何より」
「いつもと違う味付けで、ちょっと新鮮でした」
「まあ、食材も水も違うから。俺としては、いつもどおりに作っても、ちょっと新鮮なんだけどね」
「そうなんですか……私は、ほかの街のことは知らないので、わからないですね」
まっすぐ育った明理ちゃん。
でも、今後どうなるかはわからない。
このまま大人になってくれたら……そう思うのは、俺のエゴだろうか。
食事のあと、明理ちゃんと、いろんな話をした。
本州の話。
大学生活の話。
明理ちゃんは、菓子職人になりたいらしい。
「そういえば、北海道の観光の目的はなんですか?」
……もし、この世に神様というのが存在するならば。
色々と謝りたいと思う。
言えなかったよ。
旅打ちに来たとは。
明理ちゃんの、純真さがいけないんだ。
あの、目が、瞳が……。
「晴れてよかったですね」
今日はお仕事のシフトがお休みらしく、帯広の観光案内をしてくれるという。
うん、俺は北海道に観光に来たからね。
ははは、罪悪感が……。
そうだ、空を見上げよう。
昨日の雨が嘘のように、雲一つない晴天だ。
「本州では、こういうお天気を日本晴れって言うんですよね?」
うん、基本は、秋の言葉だけど。
「このあたりでは、十勝晴れって言います」
「へぇー」
感心する俺に向かって、明理ちゃんが、ペロッと舌を出した。
「ごめんなさい、嘘です。本当は、秋から冬にかけてのお天気のことなんです……山の向こうは雪が降っても、十勝では、ずっと晴天が続いたりして。ただ、すごく寒くなるんですけどね」
冬の気圧配置からすると、そんなことになるのかな?
日本海から吹き付ける風が、山にぶつかって向こう側で雪を降らせる……みたいな。
まあ、そんな単純な話でもないか。
「ちなみに、どのぐらい寒くなるの?」
「氷点下20度とか」
「うわ、俺、冬の十勝には絶対来ないわ」
「ひどいです……そりゃあ、ほかの土地の話を聞くと、羨ましいなって思うことはありますけど」
明理ちゃんは、笑って手を広げた。
「私、帯広が、十勝のことが大好きですよ」
「……うん、いいと思うよ」
ただ、明理ちゃんのそういうところ、俺にはちょっと眩しい。
俺は、故郷のことが大好きなんて言えないからなあ。
「帯広観光を語る上で欠かせないのが、この『幸福駅』です」
……知ってる。
どこかの、『学』って名前の駅の入場券を買ってきて、『受験のお守りに』などと押し付けられるアレと同じ気配がする。
というか、ここって……廃線の駅なのか。
建物だけ……観光名所として残っちまったんだな。
少し、寂しい気がする。
「知ってるかもしれませんけど、こことは別に『愛国駅』があるんです。『愛の国から幸福へ』のフレーズですね。素敵な名前だと思いませんか」
ああ、それは聞いたことあるなあ。
あれって、北海道っていうか、帯広のここがネタだったのか。
愛の国から幸福へ……か。
愛がなければ、幸福にはなれないのか。
ふと、函館の天使の姿を思い出す。
いや、出会わなければ良かったなんて思わないな。
俺には、『函館にとどまる』という選択肢だってあった。
次に会えるかどうかわからないとか、俺は北海道に旅うちに来たからとか、言い訳をして逃げただけの話だ。
実際に話してみれば幻滅したかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
俺は、逃げることで、いろんな可能性を潰した。
でもそれは、別の可能性を生み出したってことになるかもしれないしな。
うん、今、本当に、お別れをできた気がする。
幸福駅って、帯広空港の(わりと)近くで、十勝牧場の近くだった。
というか、幸福駅が、廃線の駅ってことから想像つくかもしれないけど、バスに乗って結構かかる。
帯広の観光かもしれないけど、帯広市街の観光じゃない。
うん、でも明理ちゃん。
『そろそろ帰りましょう』ってどうなの?
あまりに自然だったから、明理ちゃんと2人で夕飯の買い物をしてそのまま家に帰ったよ。
そして、一緒に庭の畑の世話をして、夕食を一緒に作って、帰ってきた原田さんと3人で夕食を食べた。
後片付けをして、お風呂も入って。
さあ、寝ようかってところで気がついた。
いや、俺ってよそもんじゃん!
何ナチュラルに受け入れられちゃってんの?
そして、何をナチュラルに受け入れちゃってんの?
落ち着くために、少しお酒を飲んで、それから寝ました。(笑)
朝起きて、畑の世話をして、朝食作って、明理ちゃんとおでかけ。
といっても、バイトが始まるまでの、お散歩ってところ。
夏とは言っても、コンクリートジャングルの夏を知ってしまった人間にとって、北海道の夏は快適だ。
何だかんだいっても、1ヶ月も北海道に滞在しているし……体が慣れてしまってなお、そう感じる。
本州に戻ったら、地獄かも知れない。
「なんか、いいですよね、こういうのって」
「ん、何が?」
明理ちゃんを見る。
彼女は楽しそうに笑った。
「私、ずっと1人っ子だったから、お兄さんって存在に、憧れてたんです」
「俺は反対に、1人っ子の気持ちがわからないからなあ……男兄弟に囲まれて、楽しいことも、苦しいことも、悲しいことも、この恨みは絶対に忘れないようなこともあったし」
「さ、最後がちょっと不穏でしたけど……その、色々あるってことが、羨ましいなあって思うんです」
何もないことよりも、何かあることを幸福に思う、か。
「そう、そんな感じです」
何をするでもなく、ただ街を歩く。
明理ちゃんは、それを楽しんでいるのだろう。
そして俺も。
悪くないと感じている。
「あ、あの」
「ん?」
「手をつないでも、いいですか?」
なんか、優しい気持ちになれた。
色々と聞くけど、姉とか妹とか、欲しかったなあ。
……それを地獄と、友は言うけど。
「いいよ、俺の手でよければ」
「ありがとうございます」
明理ちゃんが、俺の手を取った。
一度握り、そしてもう一度、確かめるように強く握ってきた。
男兄弟だと、手を握るとかないからなあ……なんか、新鮮だわ。
明理ちゃんの歩くペースに、さりげなく合わせていく。
うん、合わせているつもりなんだけど?
不思議に思って、明理ちゃんを見た。
「あ、ごめんなさい……その、引っ張られたりすると、手をつないでるって感じがして……それがちょっといいなって……」
ああ、わざとペースを変えてたのね。
うん、こんな可愛い事を言う妹は実在しないってちゃんとわかってる。
でもまあ、今は楽しもうと思った。
「じゃあ、行ってきますね」
「うん、行ってらっしゃい」
駅前に戻って、明理ちゃんと別れた。
彼女の働く店は駅の向こう側なんだけど……まあ、知り合いに見られるのもあれか。
兄妹ごっこなんて、恥ずかしいだろ。
さて、俺は……どうしようか。
わりと、駅周辺は散策をすませたんだよな。
悩みながら、ブラブラと歩く。
うん、確かに、お菓子屋さんが目に付く気がする。
そういや、十勝って小豆とかの産地だよな。
砂糖も、甜菜とかから取れたはず。
菓子作りには、適した土地ってことか……。
ふむ、せっかくだし、食べてみようか。
どうせなら、明理ちゃんの働くお店の商品を。
開店早々に乗り込むのは気が引けるというか、どうせ行列があるだろうし、少し時間を潰してからにしよう。
さて、明理ちゃんの働く店の前にやってきたんだけど。
変な奴がいる。
「俺は、天使と巡りあった!」
あ、これは痛い。(汗)
胸の古傷が……。
うん、年は俺と同じぐらいか。
他人とは思えないが、他人と思いたい俺がいる。
「あかりさん……素敵な名前だ」
……おい。
「いま、会いに行きます」
よし、お兄ちゃん、ちょっとばかり頑張っちゃうぞ。
お店の迷惑にならないよう、ステルスで迅速な対応だ。
うん、ステルスはともかく、迅速で温和な対応に問題はなかったはずだ。
「まあ、食おうか」
「……ウス」
店で買った商品を、手づかみで豪快にいただく。
甘味はいいなあ。
自由で、救われる瞬間だ。
公園のベンチに腰掛けて、男ふたり。
「なあ、お前のバイト先に、いきなりテンションの高い女が押しかけてきたらどう思う?」
「……反省してます」
「というか、いきなり名前で呼ぶのはやばいだろ」
「いや、テンション上がって、わけわかんなくなってました」
うん、軽く腹パンしただけで、随分冷静になったな。
まあ、悪い奴じゃないんだろう。
なんか、ナチュラルに原田さんの家に帰ってるんだけど、いいんだろうか?
そして、それを当たり前のように振舞う、原田さん親娘も、いいんだろうか?
一応、夕飯の買い物に金を出したり、食事の準備をしたりで、罪悪感を和らげる活動はしてるんだけど。
「……ところで、お店でのあれはなんだったんですか?」
あれ、見てたの?
あの時、店の中にはいなかったような気がしたんだけど。
「ああ、うん……あの男、どうも明理ちゃんに一目ぼれしたらしくて」
「……え?」
そりゃ戸惑うか。
じゃあ、説明するしかないな。
かくかくしかじか。
俺の説明を聞き、明理ちゃんが首をかしげた。
「お店の制服のネームプレートは、名字だけなんですけど」
「でも『あかりさん』って言ってたよ」
「店の中を見て、『会いに行きます』って言ってたんですよね……でも私、その人が入ってきたときは、店の中にいませんでしたよ?」
……おや?
「それに……あ」
「ん?」
「スタッフに一人、名字が『あかり』さんの人がいます」
それは珍しいというか……もしかすると。
「以前、休憩時間に笑い話になったんですよ。私がその家の子供だったら、『あかり・あかり』になっちゃいますねって」
「むう、ひょっとして、明理ちゃんと勘違いしちゃったか……」
まあ、話は通じていたからいいか。
気にしたら負けだ。
うん、う……ん?
「明理ちゃん、どうかした?」
「え、いや、あの、その……なんでも、ないでしゅ」
噛んだ。
明らかに何かありそう。
かすかに顔が赤い……照れてる?
噛んだから?
俺が見つめると、彼女は顔を背けた。
追求しないほうがいいのかな。
次の日からしばらく、原田さんと一緒に、農場のお手伝いをした。
ちょうど人手が足りなかったらしい。
しかし、俺の故郷の農家と違って、やっぱり規模がでかい。
そもそも単位がヘクタールだもん。
20ヘクタールの畑で、規模的には中堅の下ですか、そうですか。
まあ、機械化も進んでるけど、それはそれで経営とか大変そうだ。
うん、仕事しよう。
原田さんは、こんな感じに農繁期には農業のヘルパーみたいな仕事をして、ほかの時期は日雇い仕事をするそうだ。
まあ、安定しているとは言い難い。
けどまあ、表に出さないだけかもしれないけど、原田さんはいつも楽しそうだ。
今日手伝った場所でも、人間関係は悪くないように思う。
内心までは分からないが、少なくとも表面的にそう見えるってことは、そう見えるだけの労力を払う価値があるってことだから、悪くないのは確かだろう。
本当に人間関係が破綻し始めると、取り繕うこともしなくなるからなあ。(遠い目)
一緒に買い物をしてるとわかるけど、明理ちゃんも人気者だ。
特に年配の人間に可愛がられているように思う。
それも分かる気がする。
出会ってそれほど時間の経ってない俺もまた、彼女の幸福を願っていたりするのだから。
いい子だ。
素直にそう思える。
北海道には旅打ちに来たはずなのに、俺はズルズルと帯広で生活してしまっていた。
観光じゃなく、生活だ。
原田さんと一緒にお手伝い。
それを繰り返していると、顔を覚えられたのか、別の場所に呼ばれて働くこともあった。
さて、それはそうと。
明理ちゃんが、少しおかしい。
まあ、あの天使というか『あかりさん』騒動から。
最初は戸惑ったが、もしかすると……意識され始めてるんだろうか?
恥ずかしそうにしながら、お出かけには誘ってくる。
買い物や散歩は、ほぼ毎日誘われる。
明理ちゃんがそんなだから、俺も少し意識してしまう。
悪循環というか、好循環というか。
そりゃあ、そんな2人がいたらからかわれるよ。
「おや、明理ちゃん。デートかい?」
「そ、そそそ、そんなことないです。観光で来てる人だから、街を案内してるだけです!」
うん、俺は出来るだけポーカーフェイスで。
狼狽えたらいじられるだけだってわかってるし。
「いやあ、明理ちゃんが案内してくれるから助かってます」
などと、フォローしたつもりなのに。
「……」
なぜか、明理ちゃんが俺を恨めしげに見つめたりしてきます。
可愛なあと思う。
嬉しいなあとも思う。
ああ、でもこれは良くないことじゃないか?
親しんでくれればくれるほど、別れの時は……。
なあ、明理ちゃん。
俺は、観光客なんだよ。
「よう、あんちゃん、こっちだ」
原田さんに、飲みに誘われた。
酔いつぶれて眠ったあなたを家まで運ぶのは俺なんですね、わかります。
珍しく、原田さんはお酒を飲んでもしゃきっとしていた。
「なあ、あんちゃん。後悔のない人生なんてのはないぞ」
「……原田さんでもですか?」
「7割は満足、3割は後悔ってところだな」
「……」
「家族に迷惑をかけてる自覚ぐらいはあらあな……でもなあ、俺は、自分が好きなんだ」
はい?
「惚れた女が好きになってくれた自分って存在をな……守りたかった」
「……ああ、そういう」
原田さんの奥さん、そして明理ちゃんのお母さん。
彼女が愛したであろう、そのままの、原田さん。
「別に、明理のことをないがしろにしてるってわけじゃないぞ?」
「ええ、わかります」
原田さんなりの愛し方、か。
「好きとか嫌いとか、相手のあることだからな……まあ、無理強いするようなことじゃねえ」
原田さんが、俺を見た。
「断るのはいい、でも、逃げるなよ」
そう言って、原田さんが新しく酒を注文し……すぐに酔って寝てしまった。
店の人がこそっと教えてくれた。
『あの人が最初に飲んでたの、水ですよ』
逃げるな、か。
見透かされてるなあ。
そんなにわかりやすいかね、俺は。
でも原田さん。
逃げるって、いろんな意味があると思うんですよ。
断るのも『逃げ』のうちなら、どうしようもないじゃないですか。
うん。
つまり俺は、明理ちゃんに惹かれている。
でも、『好き』だけど、『好き』とは違う。
たぶん、今の明理ちゃんもそんな感じだろう。
明理ちゃんは、たぶん情が深い。
原田さんへの愛情。
死んだ母親に対する愛情。
彼女が、一途に、家族を求めているのがなんとなくわかる。
無自覚かもしれないが、明理ちゃんの求める『好き』は、一生を共にするような、そういう種類の『好き』だと思う。
俺の『好き』は、まだそこまでの『好き』じゃない。
時間が必要だと思う。
自分の心を整理する必要があると思う。
俺も、明理ちゃんも。
こんな事を考えるのも、『逃げ』なんですかね、原田さん。
俺は、無責任なことはしたくない。
そう思ってるんです。
彼女の幸せを、願ってるんですよ、これでも。
夏が終わる。
旅が終わる。
本州に帰る前に、明理ちゃんとデートした。
俺の行きたいところじゃなくて、明理ちゃんの行きたいところ。
北海道は広い。
帯広と札幌は比較的近いけど、行って帰ってくるだけで半日潰れる。
行きたくても行けない場所なんて、普通にあると思ったから。
駅前で顔見知りに見つかった。
「おや、明理ちゃん。デートかい?」
いつものからかいの言葉。
でも明理ちゃんは、いつもと違った。
「はい、デートです」
そう言って、俺を見る。
ラインが見えた。
そんな気がした。
「ええ、デートです」
一歩先に。
ラインの先に。
俺も、明理ちゃんも、それを言葉にすることはなかった。
ただ、デートを楽しんだ。
そして別れの日。
俺も、明理ちゃんも、『さよなら』は言わなかった。
そして『また』も言わなかった。
ただ、手を握り、そして放した。
俺はバイクを走らせる。
十勝が、帯広が遠ざかっていく。
それでも、心の中の明理ちゃんが、遠ざかっていくことはなかった。
俺はきっと、またここに来る。
明理ちゃんに、会いに。
原作のあの不幸ムーブは、ターニャの後継者だったのだろうか?