いろいろ修正。
秋。
本州に戻った俺のもとに、思わぬ客がやってきた。
「あの……来ちゃいました」
うん、来ちゃったか……。
修学旅行でこっちの方にやってくるのは知っていたけれど、明理ちゃん、やっぱり原田さんの血を引いてるなあ……。
なんとなく、そんなことを考えた。
まあ、来ちゃったものは仕方ない。
おそらくは、明理ちゃんの学校の友人たちなんだろう……彼女たちが、ニヤニヤ笑いながら後ろに控えているのも仕方ない。
うん、せめて当日じゃなくて、前日の夜に連絡の一つも入れてくれていれば、まともな観光案内もできたのだけれど。
それもまあ、仕方がないと思おう。
明理ちゃんに会えたのは嬉しいし、明理ちゃんが会いに来てくれたのも嬉しい。
でもまあ、ここは明理ちゃんの人間関係を優先したほうがいいな。
まあ、必要以上に甘い顔をするつもりはないけど。
うん、甘い顔をするつもりはないからな。
いきなり俺の部屋を物色し始めるのはやめなさい。
『私たちの明理を、妙な男に委ねるわけにはいきません』
……好きにして。
どうせ、何もないし。
大学の友人による襲撃で懲りたからな。
それに、元々俺の部屋は荷物が少ないほうだったからな。
約1時間にわたり、明理ちゃん以外の女子高生に俺の部屋は蹂躙され、あとは、女子高生数人の集団を引き連れての、グダグダ観光案内。
せっかくの修学旅行なのに、いいのか?
そんな問いかけに対し、明理ちゃんの友人たちは、『恋バナが嫌いな女の子なんていません』と、揃ってサムズアップ。
随分と、ノリの良いお友達に囲まれているようだ。
まあ、それはそれで安心。
うん、明理ちゃん。
押し切られたね、この子達に?
俺がそう言ったら、明理ちゃんがすっと目をそらした。
「まあ、俺は明理ちゃんに会えて嬉しかったよ」
「……それは、私も」
『あまぁーーーーーーい!』
キミタチ、茶化さない。
ほら、ブラックコーヒー。
などと、わりと鉄板対応をしたのだが、彼女たちには意外と好評だった。
曰く、『誰にでもいい顔をする男は、逆に信用できない』のだとか。
最近はともかく、男って『女性には優しく』とか『女性を守る』とか、教育されるんだけどね。
それはあくまでも、男性の考える理想像ってことかな。
別れ際に、明理ちゃんが俺の手をきゅっと握った。
うん、そこの『キスしろ』コール勢、ちょっと黙れ。
二度は言わない、いいね。
明理ちゃんは恥ずかしげに、自分の小指を俺の小指に絡めてきた。
意外とマイペースだ。
それとも、見えてないだけ?
そして俺は。
俺と明理ちゃんは、約束をした。
あの夏の日。
言葉にしなかったこと。
「またね」
それは、別れの言葉ではなく。
また会う日までの、約束。
その日が、遠くなるのか近くなるのかは……まだわからない。
ただ、やるべきことはちゃんとやらないと。
会いにはいけない。
俺にとって、依然北海道は遠い場所だから。
冬が来た。
北海道は、寒いんだろうな。
冬の十勝か。
『氷点下20度とか……』
明理ちゃんの言葉を思い出す。
正直、想像もできない。
原田さんに連絡。
明理ちゃんに連絡。
いや、『来ちゃった』が許されるのは、一部の女の子だけだから。
ちゃんと連絡して、日程やら都合を調整するのは当たり前。
だから、原田さん……『おう、いつでも来い』ってのは、ダメだと思います。
そして俺は、冬の帯広空港に飛んだ。
飛行機の中でいろいろと考える。
悪天候でなければ、2時間もすれば北海道につく。
そういう意味では、近い、と言えるのだろう。
帯広空港の近くにあった、幸福駅。
なんか色々と名前の由来が書いてあったが、覚えてはいない。
一瞬、短期、中期、長期。
そのどれをもって、幸福とするか?
まあ、考え出したらきりのないテーマだ。
自分が死ぬ瞬間に、もう一度同じ人生を繰り返したい……そんな風に思えるなら、幸福だったと言えるだろう。
それでも、その人生の瞬間を切り取って見れば……『幸福ではなかった』時間があるのだと思う。
思えば、原田さんや、明理ちゃんとは不思議な縁だと思う。
札幌競馬場で原田さんと出会わなければ。
原田さんが、あの日札幌競馬場に来ていなければ。
人生はひとつきりなのに、様々な
明理ちゃんに出会わない
むしろ、出会わない
函館では、別の未来があったのかもしれない。
札幌でも、違う未来があったのかもしれない。
そもそも、俺が北海道に来ていなければどうなっていた?
同じ夏競馬でも、小倉競馬場を目指していたら?
新潟競馬場ならどうなった?
やはり、キリがない。
明理ちゃんと出会い、こうして、明理ちゃんに会いにいく今を。
でもまあ……競馬には感謝だ。
どことなく墜落した感じの結論にたどり着いた気もするが、俺を乗せた飛行機は、無事に帯広空港へと到着した。
帯広市街からは25キロ、海岸までは30キロ。
帯広空港は、内陸の畑作地帯のど真ん中にある。
昔はもっと、市街地よりにあったらしいんだけどな。
まあ、ジェット機は騒音がすごいからなあ……そういう場所へと追いやられる運命か。
何はともあれ、帯広駅まで歩いていく……なんてことはできないしやりたくない。
レンタカーで、冬の北海道を走るのも、やりたくない。
おとなしく、バスに乗るとするか。
帯広駅までは、40分ほどらしいが……。
うん、見事な雪景色なんだよなあ。
しばし、見とれた。
真っ白な平原と、雪化粧を施された防風林がズラリと並んだ道。
綺麗だなと思う気持ちと、大変だろうなと思う気持ち。
そして、こういうのって結局は観光客の目線でしかないよなと思う気持ちが入り混じる。
この雪道を歩く。
この雪道を、車で走る。
そういう目線が、今の俺にはない。
原田さんや明理ちゃんはもちろん、ここで生活している人間は、俺の田舎なんかよりもよっぽど多い。
もちろん、ここにはここの、過疎化と人口集中が進行しているのだろうけど。
寒いといえば、ここじゃこれが普通だと怒られそうな気がする。
綺麗な風景だといえば、生きていくのには関係ないと反発されそうな気がする。
彼らに受け入れられる態度ってのは、どういう態度なんだろうなあ。
考え過ぎかもしれないが、何も考えないよりはいい気がする。
そんなことを考えてるうちに、バスが帯広駅に着いた。
バスを降りる。
冷気が襲ってくる。
靴底から伝わる、雪か氷の、感触。
……ああ、本当に。
当たり前のように、雪があるんだなあ。
俺の故郷では、物心ついてから大学に入学するまで……雪が積もったのは2回しかない。
なんせ、市内で10センチを越える積雪になるのが、数十年ぶりってニュースになる場所だ。
当然、交通機関は完全麻痺。
学校は、臨時休校の嵐だ。
そういう人間がさ、こういう景色を見ると……テンション上がっちゃうんだ。
いや、頭ではわかってるんだ。
ここで冬を過ごしたら、雪に対して無感動になるってことぐらいは。
……うん。
遅めの昼食を食べよう。
そのあとは、雪道用の靴でも買うか。
時間を確認。
うん、そろそろ行くか。
帯広駅の北の方向。
陽は沈んでいる。
雪もある。
街灯の明かり。
夏とは違って見える道。
迷うかなと思ったけれど、迷わなかった。
そのせいか、閉店前についてしまった。
どうせなら、先にひと声かけてから待つか。
不審に思われない程度に、店の中をうかがった。
うん、ちょうど良かった。
「いらっしゃいま……」
明理ちゃんの、声が止まる。
うん、いらっしゃいましたよ。
明理ちゃんに向かって、微笑む。
正直、意外だった。
お仕事中なのに、駆け寄ってくるとは思わなかった。
とりあえず受け止めた。
明理ちゃんの身体を受け止めたまま、ほかの店員さんにちょっとだけ頭を下げた。
ああ、あの人は見覚えがある。
夏に、明理ちゃんを迎えに行った時にからかわれたよ。
あ、俺に向かってサムズアップしてきた。
うん、中指じゃないなら大丈夫だろ。
そして俺は、明理ちゃんに向かって囁いた。
「会いに来たよ、明理ちゃん」
「はい」
「うん、でも、まだ閉店前だからね」
「……っ!!」
明理ちゃんが顔を上げ、俺から離れた。
そして、そろりと背後を振り返る。
真っ赤になった明理ちゃんが、店の奥へと引っ込んでいった。
ははは、いい仲間に囲まれていて何より。
「さて、お客様。こちらの商品などいかがですか?」
「いかがですか?」
「というか、買いなさい」
「買いなさい」
うん、しっかりしてるわ、マジで。
まあ、閉店間際の迷惑料だ、仕方ない。
店から出てきた明理ちゃんは、おでこに絆創膏をつけていた。
なんだろ、転んだのかな?
でも、触れないでおこう。
手を握られた。
うん。
「明理ちゃん」
「はい?」
「俺は、雪道には慣れてない……その、俺が転ぶと危ない」
うん、先に荷物だけでも置いてくるべきだったかも。
俺と明理ちゃんは買い物をしてから、原田さんの待つ家へと向かった。
夜道を歩く。
暗いし、寒い。
いや、暗いのはこんなもんか。
俺の故郷だって、街灯なんてなかった。
いつの間にか、都会に慣れちゃったのか。
いつか、この寒さにも慣れる日が来るんだろうか。
雲の合間に、星が瞬いているのが見えた。
「おう、あんちゃん、よく来たな」
変わらないなあ、原田さんは。
だから俺も安心して、いや、何も気負わずにこう言えた。
「いやぁ、寒いっすね、ここは」
原田さんも、明理ちゃんも、『これが普通』と言わんばかりに笑ってくれた。
そして、お酒に弱いのも相変わらず、と。
……俺と明理ちゃんに気をきかせて、なんてことはないよな?
どうやら明理ちゃんも同じことを考えたのか、原田さんがお酒を飲んでいたコップの匂いを嗅いでいた。
「あの、手伝ってください」
「何を?」
「お父さんを、布団で寝かさないと」
「……そりゃそうだ」
夏とは違うもんな。
俺は明理ちゃんと2人で、原田さんを布団に寝かせた。
そして、明理ちゃんが俺を見た。
「わ、私の部屋で、お話しませんか?」
「……へ?」
「べ、べべ、別に変な意味はないんです!お話、お話ですから!」
「あ、ああ、うん」
そういう態度をとられると、こっちも意識しちゃうんだよな。
まあ、嫌じゃないけど。
部屋に入ると、明理ちゃんが、どこか挙動不審になった。
「いや、その、違うんです。私の部屋で2人きりって思ったら、緊張しちゃって……」
「そういや、明理ちゃんの部屋にお邪魔するのは初めてかも知れない」
「……っ」
余計な一言だったか。
「えっと、何の話かな?」
「が、学校の友達に言われたんです」
「うん?」
「お店の先輩にも、言われました」
「……えっと、何を?」
明理ちゃんが真っ赤になる。
なんか、嫌な予感がする。
「……って」
「ん?」
「中学生同士のお付き合いじゃないんだから、キスぐらいしろって……」
無責任なアドバイスは、マジでやめてほしい……。
俺は頭を抱えた。
「そういうのは、やれって言われてするもんじゃないって。別に、高校生でも、キスしたことない奴なんていくらでもいると思うよ。そんな、真っ赤になるぐらいなら、まだ早いってことじゃ……」
「だ、だだだだ、大丈夫です!かぼちゃを相手に、練習しましたから。何度も練習しましたから!」
明理ちゃんはポンコツ状態。(笑)
かぼちゃ相手に、練習って……。
え、練習?
「えっと、明理ちゃんは嫌ってわけじゃないの?」
「……」
「……あの、明理ちゃ……」
「かぼちゃさんは喋りません」
明理ちゃんが、俺じゃない何かを見たまま近づいてくる。
「いや、あのさ」
「かぼちゃさんは、喋っちゃダメです」
ああ、うん、流されてもいいんだけどさ。
「俺は、かぼちゃじゃない俺とキスしてくれる明理ちゃんとキスしたいな」
そう言って、手のひらを俺と明理ちゃんの間に差し入れた。
「他人に言われたからじゃなく、自分たちが決めたタイミングを優先しよう」
「……」
明理ちゃんが、ふらふらとベッドの方へ。
そして、枕に顔をうずめて、足をパタパタし始めた。
うん、かわいい。
でもまあ、まだ早いでしょ、この様子じゃ。
しばらく、明理ちゃんの姿を愛でていたんだけど。
足のパタパタが止まった。
「……最初は、お兄さんがいたらこんな感じかなと思いました」
うん?
「お店にやってきた変なお客さんを外に連れ出してくれたって聞いて……それが、私を守ろうとしてくれたって思ったら……なんか、こう……違うものになりました」
お、お……気恥ずかしい空気が。
「なんか、止まらないんです……いつも、胸のあたりをくすぐられるみたいで、目は勝手に姿を追っちゃうし……」
俺の分の枕はないかな。
俺がパタパタしたい。
明理ちゃんが、枕に埋めた顔をずらして俺を見ていた。
「な、なに?」
「こ、こうやって、お話すると、ムードが出るよって……教えてもらったんですけど、ダメですか?男の人が、昔話を始めたら、ゴーって……」
何が、ゴーなんだよ。
結局、明理ちゃんもまた恥ずかしくなったのか、足をパタパタし始めてうやむやになった。
というか、アドバイスの方向がおかしい。(錯乱中)
うん。
まあ、ちょっと真面目な話をしよう。
「明理ちゃんの将来の夢は、菓子職人というか、パティシエだよね?」
「はい」
「高校を卒業したら、地元の専門学校に通う、と」
「はい、専門学校に、お菓子の部門があるんです」
うん、まあ、これは進路を目指すというか、決めちゃってると思っていいよね。
「そ、そうですね……今のバイトも、結局はそれを見込んでのものですし」
「うん……とすると、問題は俺だ」
春になったら大学4年生。
就職活動が待っている。
「……えっと、どういうことでしょう?」
「明理ちゃんの進路に合わせて、色々考えなくちゃいけないのは俺の方ってこと」
俺がそう言うと、明理ちゃんは首をかしげた。
うん、わかってない表情だ。
「え、えっと、どういうことでしょう?」
「いや、明理ちゃんはさ……」
俺は、原田さんが寝ている居間の方に視線を向けながら言った。
「原田さん……お父さんと離れて暮らすなんて、できないよね?」
言葉が。
その意味が、明理ちゃんに届いた。
「……考えたこともなかったです」
うん、そうだろうと思ってた。
目指してる専門学校も地元。
おそらくは、就職も地元の……いまバイトしている店を、視野に入れているんじゃないかと思う。
明理ちゃんは、情が深い。
彼女にとって、『好き』の基準は、きっと家族にある。
そういう女の子に。
自分が好きになった女の子に。
父親とどっちを選ぶ、なんて選択肢を突きつけるわけにはいかないだろう。
彼女を好きになるっていうのは、彼女と一緒に生きるってことだ。
彼女の家族と生きていくってことだ。
俺の考えは、そんなに外れていないと思う。
そして、明理ちゃんが、同じことをポツリとつぶやいた。
「そんなこと……考えたこともなかったです」
明理ちゃんにとっては、『家族』が一緒に暮らすのは当たり前のことだから。
そんなこと、考えるまでもないことだったから。
うん、俺の考えはそれほど間違ってはなかった。
「明理ちゃん」
俺の呼びかけに、彼女はビクッと身体を震わせた。
どこか怯えた表情で俺を見る。
「俺は、明理ちゃんと一緒にいたい」
「……」
「そうするための進路を目指すよ」
約束はできない。
ただ、努力するという約束だけしか。
今は、これが精一杯。
「……っ!?」
焦った。
心臓止まるかと思った。
夜中、目を覚ましたら、明理ちゃんが黙って俺を見つめているんだもん。
「……どうかしたの?」
「怖くなりました」
「何が?」
「あなたが、いなくなったら……私、どうなるんだろうって」
「……」
「お父さんがいなくなったら、どうなるんだろうって」
俺の目には、明理ちゃんが幼い子供のように見えた。
手を取り、もう一方の手で頭を撫でてやる。
何度も何度も、撫でてやる。
優しい気持ちで、それができた。
「……お母さんが死んだとき」
「……うん」
「死んだっていうより、いなくなったって感覚でした」
「うん」
「お父さんが、ギュってしてくれて……『ずっと一緒にいてやるからな』って言ってくれて」
頭を撫でる。
髪の毛の感触。
「……お父さんが、ギュってしてくれて」
「……」
「……お父さんが、ギュってしてくれて」
この子、もしかするとあざといところもあるんだろうか。
まずは、友人関係の入れ知恵を疑うけど。
俺は、明理ちゃんをぎゅっとしてあげた。
催促される前に、耳元で囁いてあげる。
「ずっと、一緒にいてあげる……そう、努力するよ」
二度。
三度。
そうささやき続けていると、明理ちゃんは眠ってしまった。
眠ってしまった。
俺の腕の中で。
そうか、これが、試される大地、北海道。
いや、本来はもっと前向きな意味合いの言葉だから。
そう、俺も前向きに考えよう。
北海道という大きな器が、人間の器を試すんだ。
俺は、成長するチャンスを与えられた。
そういうことだ。
「……さい、起きてください。お願いですから、早く、起きて……」
目が覚めた。
目の前には、真っ赤になった明理ちゃん。
えーと。
えーと。
あ。
俺が解放すると、彼女は恥ずかしそうに……トイレに入って行きました。
すげえ。
あの状況で寝られたよ、俺。
というか、まだ暗いな。
夜明け前ってとこか?
全然話は変わるけど、女の子が入ったあとのトイレにすぐ入るのって躊躇するよね。
切羽詰ってたら、そんな余裕はないけどさ。
明理ちゃんがトイレを出て、台所で手を洗って……俺の隣に戻ってきました。
えーと?
ぎゅっとされました。
え、これでまた寝るの?
うん、無理。
でも、明理ちゃんも、寝てない。
彼女の部屋で目覚まし時計のアラームが鳴って、『う、うーん』とか、不自然な動きで起き上がり、自分の部屋に戻ってったからね。
やべえ、身体がバキバキいってる。
ずっと、妙な力を入れたまま身動きしなかったからなあ。
ああ、もしかすると、寒いってだけで筋肉が疲労するのか。
その辺もあるのかなあ、この微妙な疲労って。
「じゃあ、行ってくるねお父さん」
「行ってきます、原田さん」
「おう、楽しんでこいよ」
明理ちゃんと、観光。
連絡をしてから、バイトのシフトとか、いろいろ調整したらしい。
まあ、観光といっても、ほぼノープラン。
メインは、『一緒に過ごしたい』ってことだからね。
目的地とか、時間に汲々するのは、むしろ邪魔だから、これでいい。
そう、2人で決めた。
しかし、こっちの雪って、俺の知ってる雪と感触が違うよな。
手に乗せてもなかなか溶けないし、そもそも……ああ、外気温が氷点下だからか。
イメージよりも、道が滑りにくいのも、その辺が関係してるのかな。
もしくはこっちで買った靴が優秀なのか。
「……あれ?」
「気づきました?」
「いや、なんか……川のそばに来たら、暖かくなったような?」
俺のイメージとしては、川とかの水っぺりは、冷え込みが厳しくなるって感じなんだが。
「十勝川って、厳冬期でも凍結しないんです……そして、気温は氷点下ですから」
「え、それは凍ってないだけで、それ相応には冷たいとかじゃないの?」
「……」
あ、明理ちゃんがフリーズした。
たぶん、わかってないな。
「と、十勝川は、凍らないんです。暖かいんです」
「うん、そうだね」
「そ、そういえば、川のそばに温泉とかあります。そのせいかもしれません」
だとしたら、どんだけ湯量が豊かなんだよ、それ。(笑)
まあ、確かに凍ってないけど……水温が暖かいのなら、もっと川霧とか出るだろう。
単純に、水の流動性によって熱の発散が平均化というか、凍結作用が追いつかないって話か。
だとすると、流れが緩やかになる河口付近は凍ってるってことになるのかもな。
足元に気をつけながら、川岸付近を覗き込む。
やっぱり、川岸付近は氷が張ってる……のが、水の流れでちぎれていくとか、俺からすれば不思議な光景だけど、このへんの人にとっては当たり前の光景なんだろうな。
「何か面白いものでもありますか?」
「不思議なものだらけだよ、俺からするとね」
そういえば、昔は、イギリスのテムズ川も毎年のように凍った(1600年頃は凍った川の上で市民が集ってイベントとかしてたらしい)って記録を目にしたことがあるな。
でもそれは、今と比較しても、わずか数度の違いでしかないはずだ。
たぶん、今よりも寒くなれば、十勝川も凍結するんだろう。
凍結しないことが不思議と思える光景。
それはきっと、微妙なバランスによって生み出された光景なんだろうな。
……バランス、か。
今の俺にしてもそうだ。
何か一つ狂えば、俺はここにいなかった。
たくさんの
俺がいて、明理ちゃんがいる。
感謝しよう。
大事にしよう。
「明理ちゃん」
「はい……?」
「ごめん、ちょっと……明理ちゃんを、ぎゅってしていいかな」
「え、あ、あの……」
背中から、明理ちゃんの身体を抱きしめる。
多少戸惑いを見せたが、彼女はそれを受け入れてくれた。
「何か……ありましたか?」
「いや……明理ちゃんに会えて、良かったなって……そう思うと、なんか……」
彼女を抱きしめたまま、夏の事を語る。
北海道にやってきた目的。
来る予定はなかった帯広。
明理ちゃんは黙ってそれを聞き、こう言ってくれた。
「……私も、あなたに会えてよかった。そう思います」
「おう、今日はどこに行ってきたんだ?」
「……っ」
「いやあ……その辺を、ぶらぶらとしてました。えっと、ほら。俺って、雪を見るだけでも珍しいから」
うわあ、なんか勘違いされてる気がする。
でもまさか、ずっと抱きしめ合ってましたなんて言えねえよなあ。
やましいことは、やってませんけど。
やましいことは、全然やってませんけど。
顔を真っ赤にして抱きついてる明理ちゃんの態度が……いやもう、誤解されてもいいよ。
責任取らなきゃ。(錯乱中)
『明日は冷え込みが厳しく……』
「……もしかすると」
天気予報を見ながら、明理ちゃんが呟く。
「なに?」
「明日の朝は、ダイヤモンドダストが見られるかもしれません」
「ダイヤモンドダストって、もっと寒くて、山とかそっちのほうじゃないと見られないんじゃないの?」
明理ちゃんが笑う。
「
「へえ……昔テレビで、キラキラ光ってるのを見たことはあるけど」
明理ちゃんが、指を折りながら説明してくれた。
晴れてないとダメ。
風がほぼ無風じゃないとダメ。
湿度が高くないとダメ。
「あなたの、冬の北海道のイメージに合致しますか?」
俺の、冬の北海道のイメージ。
厳寒の地。
雪。
強風。
「なんか、口にしたら北海道の人に怒られそうなイメージだけど、見るのが難しいのはわかった気がする」
「まあ、どういうイメージを持ってるかは、大体想像できます」
明理ちゃんが、話す。
「ダイヤモンドダストは確かに綺麗かなって思いますけど……私が好きなのは、そのあとです」
「そのあと?」
「ダイヤモンドダストが消えて……って、説明するより見たほうがいいです」
「でも、見られるかどうか……」
「見られます」
きっぱりと言い切られた。
疑問が、俺の顔に出ていたのだろう。
明理ちゃんは、子供をあやすような口調で、もう一度言った。
「明日の朝、見られますよ、きっと」
ああ、うん。
そうかもしれない。
明理ちゃんの、その笑顔を見ていると……そんな気がしてくる。
次の朝、暗いうちに家を出た。
明理ちゃんと2人。
何処に向かっているのかはわからない。
全部、彼女に任せた。
ダイヤモンドダストは、その地域全体で見られるような大規模のものはほとんどないらしい。
限られた場所で発生するなどの、小規模のものがほとんど。
「ここが、良さそうです」
明理ちゃんと、身を寄せ合って待つ。
彼女の、体温を感じた。
彼女の、呼吸を感じた。
寒さで手足の感覚がなくなっていくのに、彼女の存在を感じることができる。
夜明け。
そして、光が……。
うん、テレビで見たそれよりも、小規模なんだろう。
野暮な言い方をすれば、空気中の水分が凍って、それに朝日が反射して見える……それだけの現象だ。
それだけの現象のはずなんだけどなあ。
うん、綺麗だ、これは。
幻想的な美しさを感じる。
こんな光景に、俺もいつか慣れてしまうのだろうか?
もしそうだとしたら、少し寂しい気がする。
「キラキラ光って、綺麗ですよね」
「うん……」
「私も、初めて見たときは夢を見ているような気分でした」
「うん……俺も、そんな感じ」
夢か……確かに。
ああ。
夢が、覚めていく。
そして、朝日が残る。
「……ダイヤモンドダストが消えたあとの、この朝日が好きなんです、私」
「……」
「夢のあとにも、残るものがあるって気がします。決して消えないものがあるって信じられる気がするんです」
彼女が求めるものは、確かなものだ。
それがよくわかる。
彼女が。
明理ちゃんが。
朝の光に照らされて、輝く。
目の錯覚かと思ったが、そうじゃなかった。
雪か、水分か。
それが光を反射してそう見える。
夢じゃない。
幻でもない。
彼女は、確かなもの。
それを確かめたくて、俺は明理ちゃんを抱きしめた。
十勝の、帯広の大地を照らす朝日の光を浴びながら。
俺は、明理ちゃんに、キスをした。
彼女は少し恥ずかしそうに、『さきにされちゃったのでお返しです』と、俺にキスを返してくれた。
3度目のキスは、2人でタイミングを合わせて……。
原田さん、やや空気感。
人は、空気がなければ生きていけない、うん、そういうことで。
さて、あの札幌のヒロインはどうしよう。
ちょっと色々と考える時間をください。
各キャラのその後を書いて、おまけの形で書くような形にするかもしれません。