これにて一応の幕。
15:北海道に吹く、春の風。
エピソード1:函館の春。
「ねえ、結婚しましょ」
声が出なかった。
ただただ、歓喜。
両手を何度も、空に向かって突き上げた。
大学を卒業して、函館にやってきて3年。
俺ももう、25歳になる。
背筋を突き抜けるような歓喜が、じわじわと、全身に広がって……ようやく声が出た。
「ついに温子がデレた!!」
そう叫んだ俺の後頭部を、冷凍イカで殴った彼女の顔は、赤かった。
俺の天使、超可愛い。
「……ああ、ようやくかい」
おかしい、随分と水もぬるんできたというのに、早苗さんの反応が冷たい。
「実家の挨拶とか……気が重いね」
「ああ、なるほど」
「そういえばあんた、あたしの実家のことを知っても驚かなかったね」
「んー、なんとなく、いいとこの、お嬢さんかなって感じはしてたんで」
馬券の買い方というか。
妙に、お金に対して無頓着なところがあるし。
というか、早苗さんの実家、函館の大馬主だったからなあ……。
「あたし、実家を飛び出した負い目があるからねえ……あんた、たぶん『子供は最低4人』とか言われるよ」
「温子の健康第一で」
「……」
「あ、これに関しては、絶対折れませんから」
早苗さんがため息をついた。
「大丈夫よ、お母さん。あたし、5人でも6人でも産むから」
「ああ、頼むよ」
なんか景気のいい話をしてるなあ……。
ちなみにこの3年で、茜木鮮魚店は、年間経営収支をなんとか黒にしました。
俺という従業員が増えたのに、純粋に黒字にしました。
大事なことだからもう一度。
黒字にしました。
いやっほう。
まあ、その一方で『建て替え費用を貯めなきゃねえ』などと、競馬の神様、早苗様が、毎月せっせと目立たない程度に積立をしてらっしゃる。
そういえば、4年前の、俺がヤケクソで買った馬券。
あのお金は、早苗さんが手つかずで残してくれてた。
結婚式も、ウエディングドレスの買取もどんと来いですよ。
「あ、そうそう」
温子がちょいちょいと、俺を呼ぶ。
なんだろう。
「随分待たせたわね」
何を?
唇へのキス。
「……家族じゃないキスよ」
照れながらそう言った温子がやばいくらい可愛い。
可愛いけど、温子がデレたきっかけって何なんだろう?
「べ、別になんだっていいでしょ!」
うん、確かになんだっていいよね。
温子がいるし。
温子をお姫様抱っこして、朝市を歩いていく。
「俺たち結婚しまぁーす」
はははは。
大学を卒業して函館にやってきた時、朝市のアイドルというかマスコットの温子の婿候補ってことで、お祝いと称して若手男性連中に港に突き落とされたからな。
あの恨みは忘れん。
ははは。
温子がいるから、ろくに攻撃もできまい。
などと余裕をかましてたら、ひたすら尻を蹴られた。
痛くない痛くない。
今俺の尻をけったやつ、ご祝儀はずめよ。
その一方で、女性の方々はちゃんと祝福してくれる。
ありがたいことだよ、ホントに。
まあ、祝い事ってのはお祭りだ。
結婚式とは別に、このぐらい派手に広める方がいい。
北海道の冬は長いからな。
春の訪れを盛大に祝おう。
天使の住む函館に、春が来たぞ。
エピソード2:札幌の春その1。
ジャンルの割にはそこそこ売れた……ということで、別の作品を書いてみませんかというお誘いがあった。
まあ、大学生だからね。
ダメなら、出版社の方でダメ出しするだろと、軽い気持ちで書いてみた。
表の顔は、バリバリキャリアウーマン。
しかし、日常生活は……。
まあ、基本は『土日はシラフじゃいられない』のデス子さんの焼き直しを違うジャンルで、みたいな感じ。
なぜか、バカ受け。
正直、書いた本人も、出版社の担当の人間も『えー?』という感じなのだが、流行りとか勢いとかは恐ろしい。
うん、だから別に笙子さんをモデルにしたとか、そういうわけじゃなくてですね。
「……何か言い訳は?」
「……ないです」
言い訳の上手い下手は問題じゃない。
言い訳をしなきゃいけない状況になった時点で詰みなのだ。
うん、名言だなあ。
つまり、笙子さん。
もう少し、相互理解というか、コミュニケーションを取りましょう。
「札幌はいいところよ?」
「さすがに、大学を卒業するまでは動けません」
笙子さんが、俺を見る。
「……来る気は、あるのね?」
「そりゃありますけど、勘違いしないでくださいね」
「何を?」
「
うん、笙子さんって、時々チョロ……じゃなくて、乙女になるよね。
「……あなたが卒業するのを待ってたら、私、30歳になっちゃうのよね」
「そういうこと言ってると、デス子さん、そのまんまになりますよ」
笙子さんが、目を細めて笑う。
「なるほど。お酒を飲ませて、家にお持ち帰りして、寝ればいいのね」
「……ちょいと下品ですよ」
「女にとって、30歳って意味は重いのよ」
と、いうか。
「それ、本気と受け取りますよ。いいんですね」
「ええ、いいわ」
見つめ合う。
視線をそらさずに、笙子さんが言う。
「踏み込まないと、失敗すらできないんだもの」
「……失敗、させるつもりはないです」
うん、俺として頑張ったつもり。
なんだけどな。
「学生のうちから、そんなに気負うもんじゃないわ」
軽やかに、いなされた。
それでも。
俺と。
笙子さんは。
お互いの時間を重ねて、歩き出し始めた。
まだ、ゴールは見えないけどね。
エピソード3:旭川の春。
そっか、これが超1流のアスリートのメンタルか。
体育会系の基本的な思考は、まず目標を定め、そこに至る手段を選択し、歩き続ける……という感じなのだが、スオミにかかると、こうなる。
まず目標を定める。
そこに至る障害を、周囲を振り回して排除する。
……つまり、俺に求められるのは。
周囲へのフォローか。
「いえ、あの
ははは。
自分にできないことを、他人に求めてはいけませんよ。
例の、スオミの友人はいわゆる苦労人ポジションだった。
というか、日本語上手ですね?
「……あなたに感謝とお礼を述べようと、頑張りましたので」
訂正。
この子も、大概チートだった。
うん、まあ、しかし……なんだ。
「俺、なんでこんな場所にいるんですかね?」
「私に言わないでくださいます?」
彼女は、笑いもせずに真顔で言う。
まあ、本来彼女は選手の立場だもんな。
スタッフのひとりとして、海外遠征の場にいるのは複雑だろう。
でも、スオミが活躍すれば……フィンランドの出場枠が増えるかもしれない。
彼女が代表枠に収まった時、こうした遠征の経験は活かされる可能性はある。
と。
飛び込んできたスオミを受け止め、くるりと一回転。
「お疲れ、スオミ」
「疲れてません、寂しかっただけです」
そう言って、ぎゅーっと抱きついてくるスオミ。
そして、スオミの
……仲良し、なんだよね?
「なあ、スオミ」
「はい?」
「俺、なんでフィンランドのスタッフになってんの?」
俺の質問に、彼女が不思議そうに首をかしげた。
「私が最高の演技を見せられるように努力する、当然ではないですか?」
「え?」
「……この娘、ゴリ押ししたんです」
なんで、スオミの意見がゴリ押しできるの?
「この娘、国籍を選べますからね」
「……ああ」
「ついでに言うと、この娘は……その、見た目が映えるでしょう?この大会のスポンサーは、フィギュアにお金を出したんじゃなくて、スオミに出したんです……協会や、大会関係者が、『このぐらいのお願い』に対して、逆らえるわけないですよ」
なんか、黒い話を聞いてしまった。
ハンナさんも、結構黒いわ、これ。
そしてスオミは、ニコニコ笑いながら言う。
「利用できるもの、全部使います。それが、スポーツマンシップ、ですよね」
ああ、うん。
世界一になろうかって人間は、やっぱ違うわ。
「スオミは……俺から見ればただの可愛い女の子なのにな」
そう言いながら、スオミの髪の毛を、手櫛ですいてやる。
いや、ハンナさん。
なんで壁を蹴るんですか?
『ハンナ……この人とても鈍い。私も苦労した』
『なんのことですか?私はただ、感謝しているだけですよ』
『この人は私のもの。私はこの人のもの。諦めて』
『だから、何の話ですか?』
『この人、あなたの好みにストライクでしょう?』
うん。
ほんの少しだけど、フィンランド語がわかるってこと、黙っておいたほうがいいな。
「……って、いきなりほっぺたを引っ張り合ってどうしたの?喧嘩しちゃダメです」
「
「
ニコニコと笑いながら、2人とも目は笑ってない。
なんだろう。
春は春でも、春の嵐が来てる気がする。
エピソード4:北見の春。
「そろそろ年貢の収めどきだと思うよ、お兄ちゃん」
自分のことを年貢とか言わないの。
と、いうか……。
俺は果鈴ちゃん……いや、どう考えてもちゃんづけはおかしいよな。
果鈴をみた。
「俺から乗り換えるような相手、いなかったの?」
「お兄ちゃんは、わりと自己評価が低いと思うよ」
ああ、もう……ホントに。
一途に思われてると思うと、確かに縛られるよなあ。
「果鈴」
「はい」
こちらに、既に購入しておいた指輪があるんだが。
「受け取って、もらえるか」
「どーぞ」
すっと、左手を差し出す果鈴。
なんかもう、ホントにすごいよなあと思う。
15歳の恋を、ずっと。
なんでいつも、あんなに自信満々でいられたんだろう、果鈴は。
勝ち負けで話すことじゃないけど、俺はずっと負けっぱなしだった気がするよ。
そんなことを思いながら、指輪を、果鈴の指に。
果鈴が。
指輪を見つめて。
泣いた。
「……かった。良かったぁ……良かったよぅ……」
ぎゅっと、指輪を胸に抱きしめるようにして、果鈴がポロポロと涙をこぼし始める。
え?
あれ?
なんで?
どうして?
もしかして?
不安……だったの?
抱きしめていた。
優しすぎないように。
強すぎないように。
ああ。
そんなことも気づけなかった。
馬鹿な俺を殴りたい。
でも、そんな気持ちも全部。
果鈴を大事にすることにつぎ込みたい。
そう、思うよ。
エピソード5:札幌の春その2。
「……随分と、ご機嫌斜めだな」
「斜めにもなるわよ」
そう吐き捨て、京子はロングスカートを壁に叩きつけた。
「物に当たるな」
「壊れないものに当ててんのよ」
「……で?」
「……要約すれば、『映画は、売れてなんぼ』って嫌味を言われたわ」
なるほど、と思う。
色々と紆余曲折はあったが、日本を飛び出した京子が、監督として映画を手がけることができるまでに10年。
よくわからない映画祭で賞をもらったのがその翌年。
今回は、3つ目の賞をもらったということになるのだが。
京子の映画は、よく言えば評論家好み、悪く言えば一般受けしない。
どっちがよくてどっちが悪いかなんて話でもないと思うが……そもそも、条件も違うしな。
「じゃあ、あんたら。私に与えられた予算と同じ額で、1本撮ってみろってんのよ!」
京子が吠える。
まあ、いつものことだ。
ドカンとガス抜きさせておくのが一番。
そうしてある程度落ち着いたところで。
「……っ」
「……ん」
唇を離し、あらためて。
「……なんか、ワンパターンよね」
「有効である限り、続けるよ」
「じゃあ、しばらくはこのままね……」
そして、落ち付くのはベッドの上だ。
「まあ、確かに……売れ線を狙うのと、売れる映画を作るのは別物よね。実際に、売れた映画を作ったことは認めてあげないと」
「予算が出ないだろ?」
「悲しい現実よね……」
「というか、京子はそういう映画を撮りたいの?」
彼女は微妙な表情を浮かべ。
「なんか負け惜しみって言われそうで嫌なんだけど……興味ないのよねえ」
「俺は素人だが、撮りたくないものを作っても、失敗すると思う」
「撮りたくないものでも、きちんと仕上げるのがプロよ」
いつもの会話だ。
「少しだけど……予算集めようか?」
「どうやって?」
「ははは、『日本語しかわかりませーん』って言っとくと、結構無防備になるんだよね。せっかくの日本人の悪評なんだから、利用しないともったいない」
「……あなた、時々怖いわよね」
俺は、舐められたら、まずそれを利用する事を考えるからなあ。
「ああ、うん……私にはできないわ、それ」
「まあ、それは冗談として」
「……冗談に聞こえないのよ、あなたの場合」
「映画監督としての京子の名前、日本でもそこそこ知られてきてるから」
「そうなの?」
「一度、日本に戻るってのも……ひとつの手だね」
京子を見る。
「ちょっと環境変えたいな……とか思ってるだろ?」
「日本は、ちょっと……やりにくいのよね」
「だろうね」
「でも、もう一度……北海道を題材に、撮ってみたいとは思ってるわ」
もう一度、か。
たぶん、大学時代の……完成させられなかったもの、だろうな。
「あ、でも」
「なに?」
「私も年齢が年齢だし、もうひとり子供作っとく?」
「……今度は、どの国で産むことになるんだろう」
俺がそう言うと、京子は笑って言った。
「決まってるじゃない」
その時、私が映画を撮ってる国よ。
エピソード6:帯広の春。
「……これで4月だもんなあ」
と言っても、4月になったばかり。
俺の目の前に広がるのは、大雪原。
日中は10度ぐらいまで気温が上がっても、夜には氷点下。
昼に溶けた雪が、夜にはまた凍る。
なので、表層と下層で雪の質が全く違うというか……まあ早朝は、表面はガッチガチに凍っている。
地面をなめるようにしてわたってくる風がね、まさに凍えるような感じ。
さて、帯広にやってきた俺は、社会人1年生。
いやあ、なんとかなるもんだわ。
『ここに何の縁もなさそうなのですが、動機は?』
『ここに住む、惚れた女と結婚するためです』
なぜかスタンディングオベーションで受け入れられた。
俺から見ると都会なのに。
こっちにやってくる人は貴重なんだろうか。
まあ、精一杯働くしかない。
「おはようございます」
「おはよう」
そして明理ちゃんは、この3月に高校を卒業して……専門学校の菓子部門へ。
いや、その。
良かったの?
明理ちゃんが、微笑む。
うん、卒業と同時というか、先日、彼女は人妻になった。
まあ、俺がこっちに就職を決めて……原田さんをはじめ、周囲の人間が異様に盛り上がった。
で、気が付けば先日の結婚式だ。
うん、あれはもしかすると『逃がさない』という地域の意思表示なんだろうか。
大学の友人たちから、ロリコン扱いされたのはお約束。
「あ、あ、あ、あの……」
「どうしたの?」
明理ちゃんが、頬のあたりをかすかに染めて……恥ずかしそうにつぶやく。
「……あなた」
……やるじゃない。
一瞬、意識が飛んだわ。
ならば俺も。
「なんだい、明理」
「ひぅっ!」
妙な声を上げて、明理がたじろいだ。
「……朝食の準備をしようか」
「そ、そうですね」
俺の感覚からすると、十勝の春は遅い。
まあ、関係ないけどね。
春は、もう来ている。
エピソード7:札幌の恋。
「おふくろ……あれで、良かったの?」
「彼、きっと……『真面目に』私の夫であろうとするわ。そして、冬真の父であろうとするでしょうね」
「あぁ……そうだろうな」
夏花が、足元に視線を落とした。
「そしてきっと……私はそれに耐えられなくなる」
「……俺が友人を一人失うから、じゃなくて?」
「冬真には、私がそんな殊勝な母親に見えるの?」
夏花も、冬真も、何も言わずに見つめ合い……ほぼ同時に、視線を逸らした。
「再婚しろとは言わねえよ……でも、恋人ならありだろ」
「彼、真面目なのよ……本当に真面目なの」
「泣くぐらいならさぁ!」
「……」
「おふくろは、結構、好き勝手生きてきたじゃねえか!」
「……お願い、もうやめて」
弱々しい夏花の言葉に、冬真はようやく言葉を飲み込んだ。
「傷ひとつ残せない好きなんて、好きとは言えないって言うわよね」
「……」
「あの人と離婚したとき、涙はもちろん、悲しいとも思わなかったわ」
「……」
夏花が、笑う。
「もしかして、初恋だったのかしら……私にとって」
エピソード8:春風にのって。
ちょっと考えてみよう。
失恋ってのは、恋を失うと書く。
つまり、俺はまだ失恋してない。
そういうことだろ。
でもまあ、ちょっと時間を置いて……気持ちを整理するってのは必要か。
それに日常生活を破綻させたら意味ないしな。
秋が過ぎ、冬が来た。
春が来た。
夏が来た。
秋が来た。
冬が来た。
俺は依然、失恋していない。
俺は、夏花さんを想う。
『バカをやれば『何か』が見つかるんじゃなくて、『何か』を見つけたから、バカになれるのよ』
ああ、そうなのか。
俺の、『何か』は。
『あまり困らせないで』
俺の『何か』はきっと。
『あまり困らせないで』
俺の『何か』はきっと……。
『あまり困らせないで』
『あまり困らせないで』
『あまり困らせないで』
『あまり困らせないで』
『あまり困らせないで』
『あまり困らせないで』
…………
……
すみません。
困らせに行きます。
卒論をさっさと提出し。
一応、前もって冬真に連絡を……。
『来い!』
「え?」
『いいから来い!』
おう!
北海道の春はまだ遠い。
それでも、春はやってくる。
そして、新たな季節を……つないでいくだろう。
『困らせないでって……言ったでしょう?』
そう言って、夏花さんは泣き笑いのような表情を浮かべて。
『困ってたの』
『ずっと、困ってたの』
『絵を描いても』
『ずっと、消えてくれなくて』
『あなたが、消えてくれなくて』
『胸が痛くて』
『涙が止まらなくて』
『冬真にも心配かけて』
少女のように泣きじゃくる彼女を。
俺はただ、抱きしめた。
未だ冬の札幌に、暖かな、春の風が吹く……。
つまり、高任は夏花さんと温子と笙子がお気に入りなんだよ!(笑)
ゲームを再プレイできなかったのがきつかった……。
細かいネタが、全然記憶に残ってなくて……原作重視の方には申し訳なかったです。
おまけの話を書くかどうかは未定ですが、完結扱いということで。