北へ。~ひと夏の旅競馬~   作:高任斎

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まあ、オチは付けないとね。


2:函館に舞う雪の中で。(茜木温子)

 雪が積もると景色が一変するとは聞いていたけどなあ。

 冬の函館は、思ったよりも雪が少なかった。

 

 そして。

 

 覚悟してたよりも寒かった。

 

 いや、これ風のせいだよな。

 つーか、寒いっていうより痛い。

 でも、函館って、北海道では暖かいほうだよな、きっと。

 

 所詮俺は、雪が10センチ積もれば、交通機関が麻痺するような地域の人間だ。

 風が強くて雪が降ってたら、それはもう、吹雪としか思えない。

 なのに、普通に人が歩いてる。

 

 まずい、遭難する。

 心も、身体も。

 早く迎えに来てください、茜木温子(マイエンジェル)さん。

 

 というか、道わかるよ、俺。

 覚えてるよ。

 茜木鮮魚店まで、普通に歩いていけるよ。

 でもさ。

 

『いいじゃない。この街に戻ってくる人間をね、出迎えたいのよ』

 

 などと、あの声で頼まれたらね、仕方ないね。

 というか、函館駅の外で待ってなきゃいけないんですか、これ?

 

 ああああああああああ。

 やっぱり、風。

 これ、立待岬で待ち続けたら、氷像になるってオチじゃないの?

 地形的に、風が吹き抜けやすいってのはあるんだろうけどさあ。

 

「だーれだ!?」

 

 ……あったけえ。

 うわ、人の体温ってすっごい暖かいんだな。

 マジで実感するわ、これ。

 

 などと感動してたら蹴られました。

 

「あのねえ。肌の露出は最小限に。これ、基本だから」

 

 そう言って、俺の首にマフラーを巻いてくれる温子。

 

 ……あのね、寒くてね、震えててね、声が出ないの。

 お礼を言いたくてもね、言えないの。

 

「……だらしないわねえ。北海道の冬は、これからが本番なのよ」

 

 どうしよう。

 この天使を、シベリア送りにしてみたい俺がいる。

 あれだろ?

 北海道の寒さで言えば、函館は四天王最弱とか、そういうポジションだろ。

 

 なんか、冬のポーランドを旅行した奴が言ってた。

 風が吹くとコートで覆われていない足元がバットで殴られたように感じたって。

 とりあえず、俺は今、そんな感じはしてない。

 

 うん、相変わらず震えが止まらなくて、声が出ません。

 なんなのこれ。

 新手のダイエット器具か何かなの?

 ああでも、気温が低いってことは、人間のカロリー消費が増えるってことで……。

 

 温まりたい。

 

「え、ちょっ……!?」

 

 うわあ。

 うん、冬のカップルがイチャイチャする意味がわかった。

 冬の朝の布団と同じぐらい、君を愛してる。

 

「ちょっ、見られてる。人が見てる、からっ!」

 

 じゃあ、隠そう。

 温子は小柄だ。

 つまり、すっぽりと覆うように抱きしめれば。

 

 

 

 

 

 

「……あ、あぁ、やっと声が出るようになった……」

 

 その一方で、温子の声が出なくなった。

 顔が真っ赤だ。

 うん、カワイイ。

 はは、ちょっとした現実逃避だ。

 

「ありがとう。温子のおかげでようやく震えが止まったよ……」

「あ、あ、あ、あの、ねえっ!」

「ただいま、温子」

「ぁ……お、おかえりなさい」

 

 怒ってるような、笑いをこらえるような、微妙な表情で温子が言ってくれた。

 戻ってきてよかったんだよな。

 そう、思える。

 少しは意識してくれてるのかなあ。

 いや、冷静に考えると、さっきの俺って、かなりアウトじゃね?

 

 冷静にさせたら負けだ。

 

 さりげなく、温子の手を握る。

 

「じゃあ、帰ろうか」

「え、ええ……そうね」

 

 温子が。

 天使が笑う。

 

 その瞬間。

 俺は、あの夏の日の別れの時においてきた心を取り戻すことができた。

 

 

 

 

 

 

「雪道は、あんまり歩幅を広げて歩かない」

「ああ、うん。とりあえず、頭では理解した」

 

 摩擦係数の問題だ。

 重心の移動と、地面を蹴る動き。

 見た目を気にしなければ、ペンギン歩きが一番安全とか誰かが言ってたな。

 でも、周囲の人間は普通に歩いてる。

 

「あと、汗をかかないペースで歩くこと」

「え?」

「凍傷になるから」

 

 ……冬山?

 

「まあ、屋外で長時間……じゃなければ大丈夫だけど。しもやけなんかも、軽度の凍傷なのよ」

「……勉強になるなあ」

 

 歩く。

 歩いていく。

 温子と二人で。

 

 見えてくる。

 見える。

 茜木鮮魚店が。

 

 ああ、帰ってきた。

 そう思える自分が嬉しい。

 

 温子と二人、声を揃えて。

 

「「ただいま」」

 

 そして早苗さんが。

 

「まっすぐ帰ってくるとか、色気のない話ね」

 

 身も蓋もないことを言う。

 

 

 

 

 

 

 

 お土産と、お土産話と。

 ちょっとした報告と。

 

「じゃあ、あたしは夕飯の支度するから」

 

 と、温子が台所に行った隙に、早苗さんに聞いてみた。

 

「さっき、寒さのあまりに抱きついちゃったんですが……なんか、こう、反応が……カワイイんですよ。心当たりあります?」

「ああ、アンタがいなくなってさ。ちょっと意識し始めた感じかねえ」

「それは……嬉しいなあ」

 

 過程が大事とは言うけれど、その過程をすっとばしたい俺がいる。

 とはいえ、同じぐらい大事なことがある。

 

「まあ、それはちょっとおいといて。この時期、函館ではスルメイカの漁はできないんですよね?どういう魚が、主に扱われるんです?」

「タコやホッケ、真ダラにドンコってとこかしら。ウニなんかも時期なんだけど、この店じゃ注文を受けない限り取り扱わないわね」

「なるほど」

 

 早苗さんが苦笑した。

 

「さきに、あの娘をモノにする方が優先でしょうに」

「……こっちが覚悟を示さないとダメかなと思うんですよね」

「そういう真面目なところは評価するけど」

 

 早苗さんは一旦言葉を切り、俺を見つめた。

 

「母親としてはね、あの娘にちゃんと恋愛ってのをさせてあげたいの」

「俺は、一目惚れだったんですが」

「思い出は多いほうがいい」

 

 どこか遠い目をして。

 

「ひとつっきりの思い出は、輝きすぎるからね」

 

 早苗さんが語る。

 

 自分の中で、大事に大事にしすぎて、その思い出が綺麗になりすぎる、と。

 

 早苗さんの語るそれは、たぶん、旦那さんのことではないのだろうと思う。

 俺が、そこに立ち入るのは……やってはいけないことなのだろう。

 

「だからまあ、思う存分イチャイチャしてから帰りな」

 

 屈託ない笑みを浮かべながら言う早苗さんに、強さを感じた。

 

 いや、ちゃんと仕事は手伝いますよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 はい。

 冬の北海道の水仕事なめてました。

 ははは、笑うしかねえ。

 ゴム手袋をとおして、刺すような痛みが伝わって来る。

 まあ、すぐに手の感覚がなくなるけど。

 ついでに言うと、屋外で不用意に金属に触れるのはまずいらしい。

 ほら、冷凍庫の壁に手のひらをくっつけてしまうあれだ。

 まあ、函館でそこまで冷え込むことはあまりないらしいが……油断はしないほうがいいだろう。

 

 漁師さんとも話をする機会があるけど、『冬は海が硬い』とか言われても、ピンと来ないのよ。

 話を聞いて、自分でも考えて、なんとなくだけど、こういうことかなって。

 

 水は温度が4度で最も体積が小さく、密度が高くなる。

 つまり、海水は冬の時期に最も密度が高い状態。

 漁船にぶつかる海水の感覚を、漁師さんは『硬い』って表現するのかなあ、と。

 風や波の高さに比べるとあれかもしれないけど、冬の海が危険という要素の一つになるのかねえ。

 同じ高さの波がぶつかってきても、波の重さは冬のほうが重いわけだから。

 

 あくまでも俺が考えた理屈だから、合ってるかどうかはわからない。

 

「じゃ、温泉でも行こっか」

「はい?」

 

 ああ、夏に入ったあの温泉のことか。

 

 魚の仕入れ。

 店を開く前に風呂に入って冷えた体を温める。

 開店。

 

 なるほど、すごいルーチンだ。

 

 温子と二人、手をつないで出かける。

 

 早苗さんと源さんが、ニヤニヤしながらそれを見送る。

 

 ははは、全然気にならない。

 だって、イチャイチャしてるから。

 俺のそれと、温子のそれはちょっと違う気がするけどね。

 

 うあぁ、夜明け前の空を見てると、魂が吸い込まれそうな気がする。

 深い蒼色っていうか……たまらん。

 

 そんな俺を、温子がきゅっと手を引くことで意識を引き戻す。

 俺って、単純な生き物だなと思った。

 

 

 

 温泉って言っても、宿じゃなく、銭湯みたいなものだからな?

 サービスシーンはない。

 強いて言うなら、漁を終えた漁師さんたちがたむろってたりして、話を聞くだけでも面白い。

 

 まあ、向こうは『なんだこいつ?』って思ってるかもしれないけど。

 

 ただ、基本的に函館は観光地というか、港町だ。

 住人の意識はわりかし外を向いているように思える。

 人の出入りが当たり前ってことからか、よそからやってきた人に対しても愛想がいい感じ。

 山奥の田舎の、あの何とも言えない閉鎖感が表に出てきてる感じはない。

 あくまでも、大まかな傾向だ。

 それに、人の心の奥なんて……わかるもんじゃない。

 

「お待たせー!」

 

 うん、女性はどうしても髪を乾かす手間がね。

 ははは、港町だぞ。

 濡れた髪で、外を出歩いたら、凍えそうな潮風で、ギシギシになるわ。

 

 手をつないで帰る。

 同棲カップルみてえ。

 たまらん。

 

 いや、たまらんのだけど。

 

「無理してない?」

「何が?」

「いや、なんか……『俺とこうしたい』じゃなくて、『俺とこうしなきゃ』みたいな意識を持ってないかなって?」

 

 早苗さんと源さんがなあ、明らかに『これで温子が片付いた』って感じだから。

 

「別に嫌じゃないのよ?」

「『嫌じゃない』と、『好きだから』は、雲泥の差があるからなあ」

 

 温子の足が止まる。

 俺を見る。

 

「あなたって……あたしのどこが好きなの?」

「最初は一目ぼれ」

「外見ってことね」

「そして、『どこ』じゃなくて、温子が好きだな。感情だから理屈じゃない」

 

 ああ、照れもせずに言えたよ、俺。

 

「温子と離れるのが嫌で、神経性の胃潰瘍になるぐらい好きだ」

「ああ、うん……すごく理解は出来るけど、ものすごくロマンに欠けた口説き文句ね」

 

 どこか困ったような表情で、温子が笑う。

 

「まあ、人それぞれだよ。人の感情を等価交換とか言い出したら、金銭のやりとりみたいで嫌だ」

「嫌いじゃないの。というか、ちゃんと好意はある」

 

 言葉を切って、温子が視線を前方へと投げた。

 

「でも、愛の告白をしたいって感じじゃない」

「いいんじゃないの。無理しない、無理しない」

 

 温子の手を、きゅっと握る。

 

「これで十分満足してる」

「……なんか複雑。あたしに魅力がないって言われてるみたい」

 

 さあ、帰ろう。

 

「ちょっと!?否定するとこでしょ!」

 

 行きは温子に手を引かれ。

 帰りは俺が手を引いて。

 

 ああ、うん。

 トリガーハッピーならぬ、恋愛ハッピーってやつかな。

 

 なんて、恥ずかしい事を考える俺がいる。

 

「ねえ、函館()の街は好き?」

「そりゃあ、好きだよ。温子がいるから」

「……なんだか、あなたって、チャラくなって帰ってきたわね」

「素直になった、と言って欲しい」

 

 

 

 

 

 

 

 雪だ。

 ……うん。

 なんというか、『雪だ』としか言えない。

 

「これが標準ですか?」

「ん?まあ、ここじゃひと冬に数回って感じの雪かねえ」

 

 お茶をすすりながら早苗さん。

 こんな天気では、漁師も漁には出られない。

 時化れば、港に魚は上がらない。

 全国各地から魚が集まる、都会の商店とは違う。

 

「道東とか、道北はもっとひどいわよ」

「道東っていうと、帯広とか十勝の方?」

「……なんか微妙にニュアンスが違ってる気もするけど、そんな感じ。吹雪で何日も家の外に出られないなんて、普通にあるらしいから」

 

 殺人事件が起こりそうだな、それ。

 

「冗談抜きで、燃料がなくなって一家揃って凍死なんて事故の話を、昔は聞いたからねえ」

「そういえば、こっちって暖房としてエアコンは使わないんですね。まあ、考えたらそりゃそうだって思いましたけど」

「基本はパネルヒーターじゃないかねえ……マンションとかはどうなのか知らないけど」

「友達が、マンション全体で温風ヒーターを使ってるって言ってたわ」

「……どのみち、循環方式じゃないの、それ?」

 

 ははは、冬に暖房なんか使わねえとか言えない空気だ、これ。

 ああ、でも。

 東北とか、信州なんかの内陸部は、俺が知らないだけで、そんな感じなんだろうな。

 

 

「さて、何を作ろうかな」

「あ、あれ作ってよ。あたし、好きなのよ、あれ」

「オッケー……俺としちゃ普通の料理なんだが」

「あたしから見れば新鮮なの」

「そんなもんかね」

 

 そんなやり取りを聞いて、早苗さんがため息をつく。

 

「あんたら、夫婦のやりとりだよ、それって」

 

 恋愛の道は遠い。

 

 

 

 

 

 

 そしてまた。

 俺が、この街を離れる日がやってくる。

 

 

 あいにくの雪だが、風はない。

 

「冬の北海道は、見送りに向いてないな」

「何の話?」

 

 温子の手が、暖かすぎる。

 つないだその手を、離したくない。

 

「……相変わらず、愛の告白をしたいって感じじゃないけど、あなたがいなくなると寂しいって思う」

「うん、ありがとう」

 

 温子が、少し笑った。

 

「考えてみれば、変な話よね……去年の夏の一ヶ月と少し。そして、この10日ほど」

「学校生活なら、まだ5月の下旬ぐらいかな」

「そうね……」

 

 温子が、笑う。

 どこか、はにかんだような笑い。

 

「あなたって、私の中ではもう、家族よ……たぶん」

「はは、じゃあ、行ってきます、かな?」

「そうね……」

 

 温子の手が伸び、俺の身体を引き寄せる。

 その唇が頬に触れた。

 

「家族のキスよ……今はまだ、ね。行ってらっしゃい」

 

 そんな温子が可愛すぎたので、俺も。

 

「あ、ちょっ……」

「……家族の、キスだよな」

 

 そんなことをしてたら、どこからか雪玉をぶつけられた。

 ああ、うん、ここは函館駅。

 人の目がありまくり。

 

 ははは、覚えておけ。

 また、この街にバカップルは帰ってくる。

 

 きっと、帰ってくるからな。

 

 




今気づいた。
地方競馬場も含めれば、ゲームの発売された2003年時点で、旭川も、北見も、帯広も、全部カバーできるって。

うん、仕方ないね。(笑)
とりあえず、次は札幌だ。

地方競馬はもちろんですが、ゲームの中で登場したお店とか、結構潰れてるらしい……時の流れを感じるなあ。
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