北へ。~ひと夏の旅競馬~   作:高任斎

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せっかくの大人キャラだから、ちょっとずるい部分を表現してみたかったんだけど……。
素直にダイヤモンドダストが見られるかどうかのギャンブルにしたほうがよかったか。


4:札幌に降る雪の下で。(催馬楽笙子)

 あの、苫小牧での別れから数ヶ月。

 俺は、冬の北海道へと旅立つ。

 

 

 

 

 笙子さんに、怒られるために。

 

 

 まあ、なんとなくだけど、笙子さんが怒ってる理由はわかる。

 でも、わざわざこんな時期に呼びつける理由を考えると……ね。

 怒ってるのは、ただの口実かなって気がしないでもない。

 

 さすがに、冬の北海道というか、雪に凍結、なんでもござれの道をバイクで走り回る勇気はない。

 となると、寝台特急でいくか、飛行機で行くか。

 個人的には寝台特急を利用したかったが、飛行機にした。

 悪天候による欠航が怖いが……まあ、早く会える可能性に賭けたい。

 

 

 

 

 そして俺は、雪の降る新千歳空港へと降り立った。

 時期が時期だけに、人が多い。

 観光客だけじゃなく、帰省客も多いのだろう。

 

 札幌は北海道の中心都市だが、北海道全体で見るなら、やはり人口は減少傾向だ。

 つまり、北海道から、人は流出している。

 まあ、俺の故郷なんかはもっとひどい有様だ。

 俺が通った小学校がなくなってたりするからな。

 笑えない事実というか、これが現実ってことだろう。

 

 しかし、さすが国際空港ってことなのかね。

 故郷の空港とは比較にならんだろ、この広さ。

 へえ、空港の地下がそのまま電車の駅になってる(結構歩く)のか……2階がショッピング街ってすげえ。

 田舎で言うところの、駅ビルみたいなものかな。

 ああ、でも考えてみれば、この空港は北海道の玄関みたいなものか。

 

 ……と。

 確か、『札幌行高速バス』のカウンター付近でウロウロしててって言われてたんだよな。

 札幌に向かう人間は多いだろうし、人の流れに沿っていけば、それっぽいところにたどり着くだろ。(迷子理論)

 

 あ、ここか。

 さて、ここの柱にもたれて……。

 

 俺と笙子さん。

 どちらが早かったのか。

 

 ほぼ同時に気がついた。

 

「お久しぶりで……」

 

 俺は口をつぐんだ。

 笙子さんの笑顔が引きつってたし。

 

「どーも、ヒガシハラ、デス子です」

「あ、ヒガシハラじゃなくて、あれはトウバラって読みます」

「……」

「……」

 

 見つめ合う俺と笙子さん。

 雪降る空港……といっても、建物の中だけど……感動の再会だ。

 

「やっぱりあなたの仕業か!?」

「チョーク!イッツア、チョーク!!」

 

 ジョークとチョークを引っ掛けたギャグだが、笙子さんには通じなかった。

 

 ちなみに、『チョーク』は気管を絞める行為な。

 プロレスでは基本的に反則だ。

 スリーパーホールドは、頚動脈を締める技だから、別モノ。

 

 

 東原(とうばら) (デス)子。

 

 俺が北海道から帰って、わりとすぐに立ち上げた、競馬ファン向けのサイト。

 そこに登場する、架空の人物で、物語の主人公。

 内容は、タイトルを聞いたほうが早い。

 

『土日はシラフじゃいられない』

 

 平日はOLとして働き、休日は競馬ファンとして撃沈しまくる、東原死子。

 今年の北海道シリーズからまとめて、今は現実の競馬開催に合わせたレースの様子や、買い目などを絡めての、架空の物語が進行中。

 決め台詞は、『馬券は当たるか外れるか……つまりどんな馬券も確率は2分の1』と、『おウチ帰ってお酒飲んで寝る』の2つ。

 

 競馬ファンに読ませるということを考えると、主人公が負けまくるのが一番共感を呼ぶ。

 負けてる人間の方が圧倒的に多いんだから。

 そう思って書き始めたんだけど、うん、なんかいきなり火がついて、すげえ話題になった。

 ある意味、究極の1パターンなんだけどなあ。

 

 書いてるのが男性ってのは公表してるのに、感想欄は『デス子』への応援と、同情に溢れていて、優しい世界が形成されている。

 

 わかると思うけど、一応説明。

 笙子さんの、『サイバラ』を『西原』にして、『東原』で『トウバラ』。

 笙子さんの、『笙』を『生』にして、負けまくる『死』で『デス』。

 

 

 まあ、書きながら笙子さんをイメージしなかったといえば嘘になるけど、よく気づいたなあと思う。

 いや、マジで。

 

「面白かったから余計に腹が立つのよ!」

「ははは、冗談抜きで、某出版者から接触がありましたから」

「……」

 

 俺は頭を下げた。

 

「いやまあ、なんというか……すみませんでした」

 

 まあ、自分がモデルとなったと考えれば、あの主人公の扱われ方は噴飯ものだろう。

 それは認めるしかない。

 

「……私って、あなたからあんなふうに見えてるの?」

「フィクションですって……そもそも俺は、笙子さんの私生活について、ほとんど知らないですし」

「うん、そうよね……そうなのよね」

 

 笙子さんが顔に手を当ててつぶやく。

 

「部屋の掃除とか、ゴミの出し方とか、料理とか……なんか、こう、女性の生活描写に妙なリアルさが」

「だから、共感を得るために一般的な書き方をしてますってば」

 

 俺は苦笑しながら、そう言う。

 

 俺と笙子さんは、出会ったばかりだ。

 いろんな意味で、そう思う。

 

 俺が笙子さんに興味を持ち、好意を持って、好きになったのは、俺の勝手だ。

 でもそれを、彼女に押し付ける気はない。

 最低限の相互理解は必要だし、生きていく上での足場だって必要だ。

 俺が笙子さんに抱く気持ちはさておき、彼女の、俺に対する距離感の狂いがわかる程度には、現実ってものが見えている。

 

 ……うん、理性と感情って面倒くせぇ。

 

「まあ、いいわ……私がモデルだとしても、私たち以外にはわからないことだし」

「というか、あれって競馬ファンのサイトなんですけど」

 

 笙子さんが、ちらりと俺を見る。

 

「……話題になってたからよ。いけない?」

「いえ、そんなことはないです」

 

 ……可愛いなあ。

 

 というか、実際こうして立ち話してるだけなのに、周囲の人間の視線が、笙子さんに向けられるのが分かる。

 うん。

 そして、俺と見比べて、不思議そうな表情を浮かべるのにもね。

 別に腹は立たない。

 それが、普通の反応だろう。

 

 

 

 

「車で、来たんですね」

「ええ、大した雪でもなかったもの」

 

 そっか。

 北海道の人間にとっては、これは『大した雪』じゃないのか。

 

「この空港の駐車料金は1時間で150円なのよ、安いでしょ」

 

 ははは、田舎の空港に行けば、無料の駐車場だってありますぜ……などと言わず、『そうなんですか!?』などと返しておく。

 笙子さんが、俺のために話題を振ってくれてるのが分かるから。

 

 

 笙子さんの運転する車に乗って、札幌へと向かう。

 やっぱり、道に雪があるのって怖い。

 でも。

 この、雪景色は新鮮だなあ。

 一言で言うと、白い。

 窓から景色を眺める俺を見て、笙子さんが笑う。

 

「雪景色を楽しんでくれてほっとしたわ」

「ああ、だから、車で?」

「そうよ……少し、渋滞が怖かったけど、大丈夫みたい」

「空港から札幌行きの電車は混むんですか?」

「……混むと思うわ」

 

 そっか。

 笙子さんに運転させて悪いって気持ちはあるけど、誰に邪魔されず2人で会話できるってのはいいなあ。

 顔を動かさず、目の動きだけで笙子さんを見る。

 前を見て、運転している彼女。

 

 ……まさかね。

 

 

 

「おお、俺は札幌に帰ってきた」

 

 うん、やっぱり寒いわ。

 というか、雪が降ってるのに、何故傘をささない人がこんなにいるんだ?

 笙子さんに聞いてみたら。

 

「私も東京にいた時は驚いたけどね、基本的に雪質が違うのよ」

 

 とのこと。

 言われてみると、サラサラしてる感じ。

 

「フードをかぶってれば、屋内に入る前に雪を落としておしまいよ……傘を持てばどうしても手がふさがるし、ああ、冬は風が強いってのもあるかもしれないわ」

「ああ、なるほど」

「でも、北陸の雪どころの人は結構傘をさすって聞いたことがあるから……やっぱり雪質というか、雪の水分量なんかが関係してるんじゃないかしら」

 

 気温が下がると、水分量は減るよなあ……。

 

「外国でも、いろいろ違ったわね……結局、傘をさすならさすだけの理由があるし、ささないのはささないだけの理由があるってことでいいんじゃない?」

「なるほど……」

 

 などと頷きながら、『笙子さんは、東京に住んでたことがあって、海外に出かけた経験が複数回ある』という情報をしまいこんでいる俺がいる。

 

 理性と感情は、面倒くさいものだよね、マジで。

 

「ところで、ホテルはどこにしたの?わかるところなら案内するけど」

「え?」

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……奇跡ね、この時期の札幌でまともなホテルの空きがあるなんて」

「やばかった、飛行機のチケットに意識が向いてて、完全に忘れてた」

「いくら若くても、暖かい札幌でも、野宿は死ぬわよ」

 

 笙子さんに、わりと本気で怒られた。

 これはまあ、仕方がない。

 自分でも、アホすぎると思ったからな。

 

「結構、夏の北海道を経験した人は勘違いするのよねえ……9月の北海道の平均気温って、年間を通じて1番暖かいはずの函館でも17度ぐらいになるの」

「……野球のキャンプ地で有名な、沖縄の1月の平均気温が、17度ぐらいって聞いた記憶が」

「暖かい地域に住んでる人間にとって、北海道の9月は、もう冬よ」

 

 笙子さんがにっこり笑う。

 

「ここはどこで、季節はいつ?」

「ふ、冬の北海道です」

「お願い、馬鹿はやめてね。本気で死んじゃうから」

 

 顔を両手で挟んで、10センチのお願い。

 心に染みた。

 

「……でも、私の部屋に泊めてもらうという考えはなかったの?」

「女性の部屋は招待されるもので、押しかける場所じゃないでしょう」

 

 掃除とか、準備とかありますし。

 

「……それをあなたに教えた存在が気になるわね」

「一般論ですよ。ね、デス子さん」

 

 笙子さんが吹き出した。

 

「もうおウチ帰って、お酒飲んで寝る……と言えばいいの?」

「デス子さん、平日は飲みませんから」

 

 そんな話をしながら、札幌の街を歩く。

 雪が気にならない。

 寒さも……いや、ちょっと気になる。

 

 誘ったのか。

 誘われたのか。

 それとも、雪のせいか。

 

 気が付けば、札幌競馬場の前。

 

 笙子さんは立ち止まり、どこか芝居がかった仕草で俺を振り返る。

 かぶってもいない帽子を取る仕草とともに、大きく一礼。

 

「冬の北海道へようこそ」

 

 そして、俺の耳元で笙子さんが囁く。

 

「ただし、競馬はおあずけ」

 

 

 雪が舞い落ちる中、俺と笙子さんは笑う。

 道行く人が、少し距離を取っているような気もするが。

 まあ、気にしない。

 だって、笙子さんが、笑顔を見せてくれているから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後4時、イルミネーションが点灯した。

 

 普段は、点灯とともに観光客の集団が歓声を上げたりするらしいが、今日は静かなものらしい。

 さすがに、大晦日に観光する人間は少ないのだろう。

 もしくは、初日の出狙いで、北海道の各地に飛んでいるのか。

 

「これが、ホワイトイルミネーションってやつですか」

「ええ、私が子供の頃に始まったのよ……少しずつ、規模が大きくなって、来年からは普通の電球じゃなくてLEDを使うって聞いたわ(2004年から使用するようになったそうです)」

「へえ、じゃあ、赤色と青色が鮮やかになるでしょうね」

 

 俺がそう言うと、笙子さんは驚いたような表情で俺を見た。

 

「あなた、文系の学部って言ってなかった?」

「いや、理系でなくてもそのぐらいの情報は耳に入ってきますよ……経済絡みで、何度も記事として取り上げられた題材ですし」

「……あんまり真面目な学生って感じがしないのよね」

「普通ですよ、普通」

 

 笙子さんがちょっと笑う。

 

「バイクで北海道までやってきて競馬とか」

「ジャンルの違いですよ、単純に……」

 

 言葉を切り、空を見上げた。

 雪は止みそうにない……が、ここに住む人間にとっては普通の天気なんだろうなあ。

 

「普通の学生がたくさんいて、でも、ひとりひとりがそれぞれの趣味やなんかで、やらかしてるんだと思いますよ。俺はたまたまそれが競馬で、あのタイミングで、北海道にやってきて……笙子さんに出会った」

「……そうね。たぶん、あなたの言うとおりなんでしょうね」

 

 笙子さんが、テレビ塔を見上げた。

 夜の10時から、カウントダウンイベントが始まるらしいが……さすがにずっとここにいるわけじゃないよね?

 

「ごめんね、日没から1時間ぐらいまでが一番綺麗だと思うのよ」

 

 テレビ塔を見上げたまま、笙子さんが言葉を続ける。

 

「辺りが完全に暗くなってしまう前の、自然の明るさと人工の明かりが混ざり合った……そんな状態が、一番幻想的かなって」

 

 

 雪が舞い落ちる。

 イルミネーションに照らされながら。

 

 綺麗だなと思う。

 幻想的だなとも思う。

 寒いなあと思う。

 

 そして、笙子さんのことが心配だった。

 

 

 

 

 笙子さんの言う、一番幻想的な時間帯が過ぎても……彼女はただ、テレビ塔を見上げ続けていた。

 

 

 

 

 

 目を離したわけでもないのに、いつの間にか笙子さんは、テレビ塔ではなく地面を見ていた。

 

 まるで時が止まったかのように、笙子さんは地面を見つめたまま身じろぎもしない。

 俺もまた、笙子さんを見つめたまま、何かを待っていた。

 

 

 ふいに、笙子さんがちょっと首を振った。

 

「おかしいってわかってるでしょう……年末に北海道まで呼び出しておいて、家に招くでもなく、まともな観光案内をするでもない」

 

 片手を、額に。

 

「なんで何も言わないの?」

「なんで怒らないの?」

「なんで私になにか要求しないの?」

 

「友達ですから」

 

 笙子さんが俺を見て、すぐに目をそらした。

 

「何をやってるの私……何がしたいのよ……これじゃあ、あなたを都合よく利用してるだけのっ」

「久しぶりに、友達の顔が見たくなった……でいいのでは?」

「……」

「ちょうど暇だったから、遊びに来たよと。学生ならこんなもんです」

 

 笙子さんが、笑った。

 いや、表情が歪んだ、のか。

 どこか、迷子の子供を思わせた。

 

「それはちょっと……私に都合良すぎる気がするわ」

「会いたかったし、話もしたかった……俺はそれで十分なんですけどね」

「それはっ、あなたはっ……」

 

 笙子さんが口をつぐんだ。

 首をなんども振り、ようやく言葉を絞り出す。

 

「ねえ……あなた私のこと……どう思ってる?」

「好きです」

「……私のこと、ろくに知らないのに?」

「人間の器に収まるのは、一人分ですよ、きっと」

「……?」

「自分のことを半分、大事な人のことを3分の1、残りの6分の1を、友人知人、仕事関係の人で埋める」

 

 他人の言葉に、自分の気持ちをのせて。

 

「自分を完全に理解しようとすると、他人のことがおろそかになります。誰か個人を完全に理解しようとすると、自分や周囲のことがおろそかになります……全部合わせて一人分。この言葉、好きなんですよね、俺」

「……」

「ここだけの秘密ですが、笙子さんのためのスペースを、少し空けて待ってます」

 

 笙子さんが笑う。

 どこか、引きつったような笑み。

 

「あなた、馬鹿じゃ……馬鹿だったわね、そうだった、忘れてたわ」

 

 彼女の声に、どこか軽やかさが戻ったように感じて、少し安心した。

 

「……なるほど、全部合わせて一人分、ね」

「悲しいことに、会わなくなった友人は忘れていきますからね」

「ふふ、空いたスペースが新しい友人枠ってこと?なるほどとは思うけど、結構ひどい言葉よねえ」

「白黒つけるとは言うけれど、人間はその中間の灰色の存在だ……って言葉も好きです」

「どこかの私立探偵みたいね」

「理性と感情のハイブリッド、それが人間ということで、ここはひとつ手打ちに」

「手打ちもなにも、馬鹿な大人がヒステリーをおこしただけよ」

 

 そう言って、笙子さんが俺の腕を取った。

 

 歩き出す。

 

「ラジオの仕事、失うかも知れないわ」

「え?」

「……不倫相手がね、ちょっと……別れた腹いせにとは思いたくないけど」

「……正直、うわぁと思います」

 

 俺の言葉に、彼女はちょっとだけ笑った。

 

「周囲を黙らせるぐらいの数字を取れてない……自業自得と思うわ」

「格好いいとは思いますが、物分りが良すぎるって気もします」

 

 笙子さんが、笑う。

 俺の目を見て笑う。

 

「覚悟しなさい、大学生さん。社会は、誰かの都合と、思いつきと、感情で構成されているのよ……半分ぐらいは、ね」

「残りの半分は?」

「別の誰かの、都合と、思いつきと、感情で……」

「うわぁ、絶望しそう」

 

 恐ろしいことを言いながら、クスクスと笑う彼女が……良い。

 

「……私ね、高校を卒業して、バンドの仲間と東京に出たの」

「へえ」

「バイトもしたし、OLにもなった……バンド活動を続けながらね。結構、いいセンいってたのよ」

 

 でも、彼女は札幌にいる。

 北海道に戻ってきた。

 そういうことなんだろう。

 

「面倒くさいわね、人間関係って……」

 

 その、彼女の言葉には、どれだけの思いが込められていたのだろう。

 俺にはわからない。

 

「はい、あなたの番よ」

「え?」

「ほら、高校時代に何をやってたとか、夢中になったものとか……」

「中学の頃から馬券を買ってました」

「よ、予想外の答えが……」

 

 ああ、うん。

 なるほど、と思う。

 自分の過去を話すのって。

 笙子さんに話すのって、なんかハードル高いわ。

 

「お金が欲しかったんです」

「……」

「野球をやってたんですが、まあ、いろいろあって、希望通りとはいかず……高校でもいろいろあって、最後は怪我をしてオシマイですね」

 

 金があれば、自分の思い通りにできるとか……坊やにも程がある。

 まあ、競馬で金を稼ぐという考えそのものが、坊や過ぎるのだが。

 

「これは……聞いていいのかどうかわからないけど、大学には進学させてもらったのよね?」

「自分の希望通りにしなければ金は出さん……という家庭なんですよ。正直、親とは仲が良くないですよ。正月も実家に帰ろうとは思わない程度に」

 

 

 

 

 そんな風に、俺と彼女は、お互いの空白を少し埋め合った。

 

 あの夏の、偶然とも言える、変な出会い。

 それで生まれたか細い縁をたぐり寄せるようにして。

 

 ようやく、俺と笙子さんの、人間関係が始まったように思う。

 

 

 

 

 

 

 新年への、カウントダウン。

 

 そのまま北海道神宮への初詣。

 

 そして、藻岩山展望台から初日の出……は、雪こそやんだけど曇っててダメだった。

 

 

 最後にオチこそ付いたけど、まあ俺は楽しかった。

 楽しかったんだけどなあ。

 笙子さんの表情が、微妙に曇りがち。

 

「どうかした?」

 

 踏み込んだ。

 

「……若いうちは、恋愛に対して潔癖症なところがあるじゃない」

「?」

「あなたは、気にならないの?」

 

 何の話?

 

「ほら、私……不倫してたでしょ」

「ああ、そういう話でしたか……笙子さん、野球のイレギュラーバウンドってわかります?」

「え?ええ……いきなりボールが不規則な弾み方をしたり……よね?」

「ボールの弾み方一つで、明暗が分かれたり、時には勝負までひっくり返るんですけど……『ラッキー』とか『運が悪かった』の一言ですませるんですよね」

 

 ボールはただ弾んだだけなのに。

 ボールが『どう』弾んだかという現象を、幸運と受け取る人間と、不運と受け取る人間がいる。

 

「俺は怪我をして野球を断念しましたが、怪我をしなければ、今の俺にはなってません。たぶん、ここにもいなかったでしょうね」

「……」

「人間って、いろんな経験をしながら変わっていくもんでしょう?俺が好きな笙子さんは、いろんな過去を経験して、今の笙子さんになったんです。それなのに、過去の一つに文句つけても意味ないじゃないですか」

 

 

 いろいろあったあなたが。

 いろいろ経験してきたあなたが、好きなんです。

 

 

 

「……」

 

 何も言わずに、ただ俺を見ていた笙子さんの目が……変わった。

 そんな気がしただけかもしれない。

 

 抱きつかれたから。

 俺に抱きついて、彼女が泣き始めたから。

 確認できなかったんだ。

 

 ちょっと格好つけすぎたかなと思ったが、まあ、ほとんど本音だ。

 多少の嫉妬はあるけどね。

 まあ、笙子さん、大人だし。

 そして俺は、子供だし。

 

 

 

 

 

 

 いや、別に痴話喧嘩じゃないから。

 遠巻きに見るな。

 撮影するな。

 

 

 

 

 

 

 

 化粧直しを経て、笙子さんは妙に元気だった。

 カラ元気ではないと思うけど。

 

「久しぶりに泣いたけど、泣くのって気持ちいいのね……心が洗われるみたいで」

 

 そう言って笑う、笙子さんの表情に、影はない。

 少なくとも、俺にはそう見えた。

 

 

 

 ……と。

 やんだと思った雪が、また。

 北海道はすげえなあ。

 いや、雪そのものなら豪雪地帯の方がすごいのかもしれないけど。

 

「……って、笙子さん!?」

 

 両手を空に向かって広げ、雪の中をくるくると回転する笙子さん。

 いや、美人だけど。

 美人だから。

 そんな子供っぽい仕草は、ちょっとキツイです。

 

「ねえ、子供みたいって思ったでしょ?」

「思ってます。現在進行形で」

「あなたのせいだから」

「はい?」

 

 笙子さんが、回転し続ける。

 輝くような笑顔とともに。

 

 




うん、やや消化不良。
でも、チョロインじゃないしな、この人。

さあ、いよいよ地方競馬編に突入だ。
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