北へ。~ひと夏の旅競馬~   作:高任斎

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旭川競馬場は2008年で終了しました。
今は、寒冷地のタイヤテストのコースになってるとか。


旭川の幻。
5:旭川の妖精。(北野スオミ)


 マジで危なかった。

 ジリジリと減っていく軍資金。

 そんな都合良くポンポンと見つかるはずのない日雇い仕事。

 観光地だからと、野宿の場所も限られて。

 ライダー専用の低価格の宿は満杯だ。

 

 ありがとう、函館記念。

 さようなら、函館。

 

 俺は、函館開催を乗り切って札幌にたどり着いた。

 

 く~、このやりきった感は危険だな。(笑)

 大勝ちした後、気が大きくなって大負けするなんて、競馬ファンの間ではありふれた話だ。

 ここは地道に、堅実に、競馬の道を歩んでいかねば。

 

 ああ、でも反省しなきゃな。

 函館の日々は、あまりにも日常生活を観光地に持ち込みすぎた。

 

 平日は仕事探して、週末は競馬……の繰り返し。

 

 こんなの旅打ちじゃねえ。

 場所が変わっただけで、大学生活と一緒だ。

 

 あの、函館競馬場のスタンドから見た海を、空を思い出そう。

 心も身体も解き放たれていくような、あの感覚。

 

 ああ、競馬場を拠点に考えるからダメなのか……もっと、こう、思考も開放して考えないと。

 

 

 

 

 

 あ。

 

 

 

 

 

 北海道には、ホッカイドウ競馬があるじゃないか。

 8月といえばお盆。

 お盆といえば、ブリーダーズゴールドカップ。

 ブリーダーズゴールドカップといえば、旭川ナイトレースだ。

 

 旭川競馬場で行われる、2300メートルのダートレース重賞。

 まあ、最初は札幌競馬場で開催される地方競馬ってポジションだったが。

 

 そうだ、旭川に行こう。

 昼間は働いて、夕方からナイトレース。

 日中から競馬場に通うと、ダメ人間感漂うけど、昼間は働いて夜競馬だと、この、プロ野球の試合を観戦するような健全感があるよな。

 

 札幌からどれぐらいかかるんだ?

 距離が130~150キロ?

 なんだ、函館~札幌の半分じゃん、近い近い。(感覚麻痺中)

 

 まあ今日はさすがに、札幌で休もう。

 函館から札幌まで、休憩しながらといっても7時間、300キロ走ってきたし。

 バイクに乗ってるとね、意外と腕とか脚とか疲れるのよ。

 

 さて、1人旅で夜のススキノをうろつくのはやめとけって、函館で知り合ったおじさんがアドバイスしてくれたし、このあたりで適当に……。

 

「ちょっと、そこのあなた」

 

 ん?俺か?

 

「そこ、どいてくれない?」

 

 お、ビデオカメラが……撮影か?

 若いし、人も少ないから、アマチュアかな。

 

「すまん、邪魔をした」

「謝る必要はないわ。こっちの都合だもの」

 

 まあ、口調はちょいとキツイが、気に障るほどじゃない。

 時刻は夕方だし、『そういう絵』が欲しいなら、焦る気持ちはわかる。

 200万の人間が生きてれば、200万の都合があるってね。

 

 ただ、この娘……美人だからこそ、周囲に敵を作るタイプだろうなあ。

 

 おっと、ごはんごはん。

 もりもり食べて、明日は旭川だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 車のドライブやらバイクのツーリングにおいて、最低限の地図というか、認識は必要だ。

 でも、知っておくと便利な格言ってやつはある。

 

『長距離トラックが行き交う道は、結果的には最善の答えである』

 

 バイクの人間としては、大型トラックがバンバン行き交う道は怖いといえば怖いんだけどね。

 それでも、大型トラックが行き交う道は、『走りやすい道』なのよ。

 向こうは、『仕事』で『時間制限がある』からね。

 

 というわけで、俺は国道の……275(?)号線にのって旭川へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 そして約1時間。

 俺は、道の駅の『つるぬま』ってところで休憩していた。

 道の向かいに見えるのって温泉施設かなあ?

 ここって、ちょうどいいところの休憩ポイントだよ、確かに。

 

 うん、完全に距離感が麻痺ってたわ。

 

 約150キロの距離を、『近い』って感じる北海道の旅は魔物です。

 いや、北海道の人間はわかってると思うけど、本州の人間……それも都市部の人間が持ってる『都市と都市の距離感』がマジックというか、ミスリードを生むんだな、きっと。

 東西に細長いことで有名な静岡県は、西は浜松・掛川から東は沼津まで……練習試合とかの遠征って結構大変なんだわ。

 

 でもこれが、約100キロな。

 

 ははは、札幌~旭川の約150キロが、近いって誰が言った?

 俺か。

 ははは、大阪から岡山まで余裕で行けちゃう。

 

 よし、切り替え完了。

 さあ、はるばる行くぜ、旭川。

 

 

 

 

 

 ごめん、もう1回道の駅で休憩。

 一瞬、『アイスランド』って読んじゃったけど、『ライスランド』だった。

 道の駅『ライスランドふかがわ』。

 ははは、ふかがわって言ったら、深川めしだよなあ……なんて思ってたらマジであった。(笑)

 深川そばめしとかいうお弁当と、オーダーが入ってから炊き上げる釜飯とか。

 

 ここの『深川』って町は、『お米のまち』らしい。

 

 この道の駅も、なんか小規模だけどお米のテーマパークみたいになってる。

 さっきちょっと覗いたら、クイズコーナーや、精米の体験コーナーみたいなのもあったわ。

 

 でもなんか、新しい感じがするから最近出来たのか?

 札幌~旭川のラインは、北海道でも大きなラインだろうからなあ、観光の名所として地方自治体も色々やってるってことなんだろう。

 

 

 

 

 旭川到着。

 休憩挟んで、のんびりツーリングで4時間ちょい。

 さて、とりあえず旭川の玄関口である駅前を見に行こう。

 

 うん、まあ、普通に都市部だなあという印象。

 北海道では、札幌に次ぐ第二の都市だしね。

 ちなみに第三の都市は函館……昔は釧路だったらしいけどね。

 

 しかし、駅前に立派なビルが立ち並んでるのに、旭川の駅そのものは低いのね……なんか、フェリー乗り場っぽい印象。

 風が強いから?

 まあ、単に俺が駅ビルとかに慣れてるせいかもしれないが。

 

 でもまあ、地理的に考えると面白いよな。

 札幌~旭川のラインって、結局は石狩川のラインだよな、きっと。

 そういや、俺が生まれる前ぐらいに大水害があったって習ったな。

 まあ、明治の頃から治水工事で全長が100キロ以上短くなったって学校で習ったし、昔から水害を繰り返してて……たぶん、治水工事の過程でいろんな河川とかも合流させたりしたんだろう。

 すげえなあって素直に感心する気持ちと、そこまで自然に干渉しなきゃいけない人のあり方にモヤっとする気持ちと……まあ、人が生きるってのは大変だってことにしとこう。

 

 まあ、とりあえず旭川競馬場の場所を確認しようか。

 

 というか、旭川までやってきて今更だけど、ちゃんと開催してるかどうかもチェックだ。

 地方競馬は、常時開催されるわけじゃないからな……南関は例外だ。

 

 旭川駅前から無料送迎バスが出てて、約40分。 

 

 ……結構かかるな。

 

 ちょっと地図と鉄道路線図で確認してみるか。

 いや待て。

 旭川~富良野線の鉄道で5駅?

 じゃあ、なんで旭川駅周辺から、競馬場への送迎バスがあるんだ?

 

 ……なるほど。

 鉄道路線と競馬場の間に川が流れてるのね。

 川を渡るためには橋を渡らなくちゃいけないわけで……ああ、うん、これ、面倒くさい場所にあるわ。

 函館競馬場も、札幌競馬場も、ある意味街の中だったからなあ。

 これは、街外れに、ぽつんとある感じだ。

 地方競馬場らしいといえばらしいけど……まあ、これも観光のうちと思えば。

 

 ナイトレースだから、開場が夕方の4時すぎ、か。

 今から行くと、待ちぼうけだな。

 ちょっと旭川をぶらぶら散策して時間を潰すか。

 

 

 はて、旭川?

 

 ……ラーメン?

 

 俺は本当に、観光客なんだろうか?

 

 いやいや。

 観光ってのは、自由で、救われてなきゃいけないんだ、きっと。

 よし、街を歩こう。

 

 もう、バイクに乗るの疲れたとか思ってないよ!

 

 

 

 ああ、でも旭川ってこうやって歩いてみると……京都っぽい。

 雰囲気じゃなくて、道路というか土地がきっちり区分けされてるあたりがね。

 地名に、『条』とかがやたら付いてるし。

 へえ、地図で見ると、ちょうどこのあたりで石狩川にいろんな川が合流して……ああ、うん、モロに水害を受ける地域だったわけか、ここ。

 ああ、駅の裏手にも川が流れてるのか。

 ふうん、あっちに見えるのは大雪山系ってこと?

 川に囲まれてて、山にも囲まれて、盆地で……地形も京都の街っぽいのね。

 じゃあ、夏は暑くて冬は寒いってわけだ。

 

 そういや旭川って、氷点下41度とか記録した場所だったか。

 うん、絶対冬には来ないぞ、と。

 

 ほう、美術館がこっちに……まあ特に興味はないが。

 ふーん、美術館と図書館がある一帯が公園になってるのか。

 

 うん、北海道は公園が広い。(確信)

 

 球場がいくつも入る感じがある。

 公園の中にも池があって……たぶん、旧河川なんだろうな。

 ボート乗り場に……しかし、北海道の観光地というか、どこにでもアイスクリーム売ってないか?

 いや、買うけどさ。

 いや、美味いんだけどさ。

 

 美味いから……。

 

 

 ああ、うん。

 日本人男子の悪い癖だと思うんだ。

 金髪碧眼の女性がいたら目を奪われてしまうのは。

 

 いや、補正なしに綺麗な女の子だったと思うんだけど……動作が綺麗な人間は、やっぱ目をひくわ。

 でも、どっかで見たことあるような、ないような。

 周囲の反応が薄いから、一般的に言うところの有名人じゃないと思うけど。

 金髪碧眼の知り合いは留学生に一人いるだけだから、見覚えがあるとしたら……動きの綺麗さからしても、スポーツ関係か。

 

 女子のスポーツ選手?

 バレーは身長的に違うな、テニスも違う。

 体操……新体操か?

 

 ……いやいやいや、だからどうしたの。

 正体がわかったところで、何の意味もないし、俺には関係ないしね。

 

 さて、またブラブラと違う道を歩いて駅まで戻るか。

 

 

 

 

 

 

 旭川競馬場。(2008年で終了)

 

 うわあ、マジで、周りに何もない……向こうに見えるのはゴルフ場か?

 

 ああ、でも、地方競馬の競馬場って感じがする。

 中央競馬しか知らない人間や、地方競馬といっても南関東しか知らない人間が、本当の地方の競馬場を見るとびっくりするからなあ。

 

 言っちゃ悪いが、競馬は集まった人間が金を出し合って、再分配するだけの作業だ。

 全部で1万円しかお金が集まらなかったとしたら、一人勝ちしてもそれだけしか手に入らない。

 中央競馬の売上もピークを過ぎたみたいだし、今の地方競馬は悲惨な状態だ。

 全国各地でどんどん潰れてるし、『撤退』だの『廃止』の声が上がってる。

 

 なので、地方競馬で、『勝って儲けよう』なんて気持ちは捨てたほうが良い。

 そもそも、人と金が集まらないから、ガツガツしても無意味だ。

 

 人口の多い関東でも、南関東はともかく、北関東競馬はほぼ廃止の流れが決まっているしな。(2006年)

 

 さて、100円で入場券を買って中に入ったんですが。

 

 やべえ、色々と笑うしかねえ。

 

 まず、スタンドそのものが小さいんだけど、この競馬場、有料席がない。

 そしてスタンド前に並んでるのが、パラソル付きのテーブルと椅子。

 人はまばら。

 日が沈んでナイターが点灯する時間になれば人が増えるのかと思ったら、多少増えたかなって感じ。

 どうしよう、今はなくなった、俺の通った故郷の小学校を思い出しちゃう。

 

 うん、これほど鉄火場の感じがしない競馬場は久しぶりに見た。

 

 いや、ものすごい味は感じるんだ。

 パドックの出走馬の掲示板が『手書き』なのは地方競馬のお約束だけど、コーナーの脇にある『ちびっこ広場』が閉鎖されてたり……しかも閉鎖されてる理由が、『遊具が老朽化してて危険なため』ときた。

 

 ああ、うん。

 もう、なんていうか……泣けてきた。

 競馬ファンとしてはね、こう、こういう場所を見ると……本当に、もう……泣ける。

 色々とわかっちゃうから。

 

 

 

 なのに、ここの競馬場の食物はなんでものすごく美味いんだ、チクショウ!

 なんか北海道では『ザンギ』っていうらしいけど、トリの唐揚げ。

 揚げ芋。

 そして、焼き鳥ならぬ、豚串……脂がスゲエ。

 なんなの、動物コロッケって?

 

 バスで来るんだった、ビールが飲めねえ!

 

 チェンジ!

 この競馬場の屋台とか食べ物の店、どことは言わないけど、某競馬場の店とチェンジ!

 

 

 

 

 ……正直に言う。

 

 ご飯食べながら、馬のレースを眺める場所だ、ここ。

 子供の運動会を眺めながらビールを飲む感じ。

 

 まあ、お盆のブリーダーズゴールドカップの日は、様子が変わってくるんだろうけど。

 今日は、普通の開催だし。

 

 

 

 

 旭川競馬場からの帰り道が怖すぎる。

 真っ暗なんだ。

 マジで真っ暗なんだ。

 いや、俺の故郷も真っ暗だけどさ、通い慣れた道と、ほぼ初見の道を一緒にしないで。

 もう、ドキドキしながら、行きの2倍以上の時間をかけて、旭川に帰り着いたよ。

 明日はバイクのチェックして、ちゃんと走らせないと。

 

 

 

 ……宿取るの、忘れてた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日、朝一番でJAに飛び込んで、農作業ヘルパーの募集がないか探す。

 ものすごいまじめに働いて、日が暮れる。

 

「ああ、泊まってけやぁ」

 

 計算通り。(笑)

 いや、たぶん、向こうもわかってて言ってると思う。

 

 子供たちに、旅の話や、本州の話をしてやると喜ぶ。

 ネットの情報と、生の情報はまた違った趣があるのだろう。

 なんだか気分は、吟遊詩人。

 

 3日ほど働いてからお暇した。

 旭川に帰ってから、行く場所を間違ったことに気づく俺。

 なんかもう、札幌まで競馬にいくのが面倒。

 

 もう数日後だし、ブリーダーズゴールドカップまで、旭川にいよう、うん。

 それまで観光しよう。

 

 

 

 旭山動物園。

 

 まあ、観光案内に載ってたからやってきたんだけど、この歳になって動物園とかないわ。

 そう思っていたのだが、観光案内に載るだけのことはあるということか。

 動物のラインナップが独特で、結構新鮮だ。

 

 

 ヘビを楽しそうに眺めてる金髪少女発見。

 たぶん、数日前に旭川の公園で見かけた少女。

 

 子供の頃は平然とセミを鷲掴みにしてたのに、大人になると『きゃー』とか騒ぐ女性が多いことを考えると、なかなか新鮮。

 金髪少女がくるりと振り返る仕草で、俺の記憶が弾けた。

 

 あ、この()、フィギュアスケートの選手だ。

 

 日本人の父親とフィンランド人の母親とのハーフで、将来のメダル候補として、どちらの国籍をとるかに注目が集まっているとか、そんな記事を読んだのを思い出す。

 

 まあ、だからどうしたというわけでもないが。

 一人で出歩いていることを考えると、日本語オッケーなのかね?

 父親が日本人だし、里帰りか?

 

 くるりと、綺麗なターン。

 

「あの……なにか、ご用ですか?」

「ああ、すみません……もしかすると、俺の知ってる人かなと思って、見つめてしまいました」

「私は、あなたのこと、知らないです」

「いや、スケート選手の記事を読んだだけだから。俺が知ってるだけです」

 

 ゆっくりと、俺は頭を下げた。

 

「プライベートを邪魔して、申し訳ない」

「……いえ、気にすることは、ないです」

 

 少女がちょっとだけ頭を下げ、その場を去っていく。

 

 ふう。

 不躾な視線を向けちまったか……気を付けねえと。

 

 将来のメダル候補か……。

 彼女には、どういう景色が見えているのかね。

 

 

 

 

 彼女を初めて見た公園は、常磐公園というらしい。

 函館に同じ名前の公園が……あれは坂の名前だったか。

 でも、横浜に同じ名前の公園があったよな……まあ、よくある名前か。

 

 ああ、うん。

 ちょっと動揺しているというか、やばい。

 絶対に、ストーカーと思われるわ。

 顔を合わせないうちに、退散しよう。

 

 さりげなく、小走りに、走り抜けていく……と。

 

 

 さて、橋を渡ってきたから……ここは地図で言うと、あの辺か。

 とすると、右手に運動公園が……うん、現在位置確認。

 

 ああ!

 旭川って、スタルヒン球場があるとこじゃん!

 さすが俺。

 よし、行こう!

 

 

 へえ、花咲スポーツ公園の中に、スタルヒン球場やら、陸上競技場やら、総合体育館やら、プールやら、相撲場やら、アーチェリー場やら……まあ、この地域の総合運動公園か。

 うわあ、馬場があるってのが北海道っぽいな。

 球技場は、冬期はスケート場に……もう、スケート場があるってだけで北国だわ、マジで。

 つーか、敷地がめっちゃ広いな。

 スタルヒン球場の他にも、ナイター設備のある軟式野球場が2面もあるってどういうことよ?

 つまり、総合運動公園の中に、野球場が3つある。

 あ、広さが記してある。

 

『約31ヘクタール』

 

 北海道は広い。(確信)

 

 

 

 

 ちなみに、スタルヒンは旭川で生まれ育った伝説の300勝投手ね。

 

 だから、球場の正面ロビーには、色々と展示品が飾られてるのは予想通りだったんだけど……意外な出会いが。

 そっか、あの選手も旭川の出身だったのか。

 俺が展示物を見ていると、ロビーで案内をしていた人が声をかけてきた。

 

「今日は試合もないし、スタンドに入ってもいいですよ」

「え、あ、はい……ありがとうございます」

 

 うん、多分北海道とは関係ない、地方球場らしいおおらかさ……。

 

 

 ああ、地方球場だなと思う。

 スタンドは……多分、満員で1万人ちょっとか。

 外野の芝生席も含めて、収容人員は2万人ぐらいだろ。

 スタンドを歩いて……外野の芝生席に腰を下ろす。

 

 うん、グラウンドが……遠いわ。

 

 初めてプロ野球を見たのが、甲子園の阪神対広島……観客は2万人と新聞には書かれてたけど、ガラガラだったな。

 この球場だと、あれが満員になるのか。

 中学校になったら、もう、プロは憧れじゃなく、目標だったしなあ。

 

 3年、いや4年か。

 

 俺は、グラウンドではなく、フェンスを見た。

 観客席と、グラウンドの仕切り。

 選手と、観客の境界。

 

 俺は、もう、観客にしかなれない。

 グラウンドには、戻れない。

 

 芝生に寝転がる。

 手で、顔を覆う。

 

 まだまだ、野球の試合を見られないな、これは。

 

「……あの」

 

 飛び起きた。

 羞恥と、動揺と、微かな怒り。

 知らず知らず、彼女にきつい視線を向けていたかもしれない。

 

「泣かないで、ください。私、あなたの財布、拾いました、から」

 

 そう言って、金髪少女が俺に財布を差し出した。

 

 

 

 こういう時、どういう顔をすればいいかわからないよ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 金髪少女あらため、北野スオミちゃんが、幸せそうにシュークリームを食べている。

 いやまあ、カード類とは別の、競馬専用の現金財布だったとは言え、お礼としちゃ安いもんだが。

 アスリートとして、体重とか大丈夫なのか?

 

「シュークリームは、あの店のものが、一番だといっても、やぶさかではないですね」

 

 そう言って、4個めをぱくりと。

 

 ……うん?

 今なんか日本語間違ってなかったか?

 いや、『この思いを世界中に伝えたい』的な意味合いなら、おかしくも……?

 

 5個めを手にして、スオミちゃんが俺を見た。

 

「……日本人の男性、軽々しく泣かない、聞きました。財布を落とした、それ違うなら、なぜ泣いていたのですか?」

 

 グイグイくるなあチクショウ。

 これが一流アスリートの積極性ってやつか。

 

 まあ、旅の恥はかきすて、か。

 

「もう、グラウンドには戻れないから、かな」

「……?」

 

 ああ、微妙なニュアンスは通じないのね。

 

「怪我をして、選手生命が絶たれた……で、わかる?」

「……言い訳、できないこと、聞きました。すみません、でした」

「いや、気にしないでいいよ……鳥に向かって、『お前は鳥だ』って言うようなもんさ。怒ることでもないし、謝る事でもない」

 

 うん、心はそれほど疼かない。

 慣れだな、これは。

 

「……怪我は、治らなかった、ですか?」

 

 おおい、ちょっとは遠慮しろぉ。

 1周回って、笑うわ。

 

 彼女に、右肘の内側の手術痕を見せる。

 

「右肘の靭帯が、完全に切れた。だから、左手のここの靭帯を移植して、時間をかけてリハビリして……」

「……ダメ、でしたか」

「医者としては、手術は成功した。でも、アスリートとしては、手術は失敗だった」

「どういう意味、ですか?」

 

 スポーツ選手だけに、怪我の話題には食いつくねえ。

 

「医者の治療と、アスリートの治療は違う……医者の治療は、患者の痛みをなくすこと。アスリートが望む治療は、怪我をする前の状態に戻すこと」

 

 まあ、元に戻る怪我は……怪我とは言わねえなあ。

 

「痛みはない、けど……力は、戻らなかった?」

「痛みは多少あるけど、日常生活には問題ない……結局、怪我をした時点で、俺は終わってた」

「……戻りたい、ですか?」

 

 ……はい、深呼吸、深呼吸。

 やべえ、キレかけたわ。

 若いね、俺も。

 

「私は、戻りたい、です」

 

 

 

 ……今。

 何を言った?

 この娘(スオミ)は。

 何と言った?

 

 

 6個のシュークリームを食べ終えて。

 スオミは、夕焼けを見つめていた。

 

 そして俺は、何も聞けなかった。

 もしかすると。

 彼女は、俺が聞くのを待っていたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

『北野スオミ』『フィギュアスケート』

 

 俺は、3つ目の検索ワードを打ち込んだ。

 

『怪我』

 

 

 ああ、さすが将来のメダル候補だ。

 ちゃんと日本でも記事になってる。

 

 フィンランドの強化選手の合宿における事故。

 同世代のライバルで、彼女の友人と練習中に接触。

 

 これが、今年の1月……だから、半年ちょい前か。

 

 スオミを蹴落とすために、わざと接触したんじゃないか……なんてゴシップネタにもなってる、と。

 

 

 ああ、いろんな意味できついな、これ。

 

 まあ、わざと接触ってのはないな。

 他人を蹴落としてまで上を目指すなら、こんなリスクの高い方法は選ばないだろ。

 現場を見てないから何とも言えんが、練習中の接触なら、怪我の状態が、逆になっててもおかしくない。

 

 

 さて。

 彼女の怪我は……どういう状態だ?

 

『戻れない』のか、『治療中』なのか、それとも……。

 

 フィンランドじゃなく、日本にいる理由。

 

『精神的な理由』なのか。

 

 

 

 それを考えてどうする?

 それを知って、何の意味がある?

 

 俺は、あの時、彼女に何も聞けなかった。

 

 偶然出会った彼女と、なぜ次があると思う?

 

「……怪我のせいじゃない」

 

 声に出して言う。

 自分を納得させるために。

 

「怪我がなくても……大きくは成功できなかったはずだ」

 

 俺は、一度目のチャンスに、様子を見てしまう。

 二度目のチャンスに、手を出す。

 

 レベルが上がれば、二度目のチャンスはない。

 そういう世界だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日、俺は朝から花咲スポーツ公園にいた。

 

 陸上競技場のイベントはなし。

 個人使用の申し込みをして……。

 

 ひたすら走る。

 がむしゃらに走るわけじゃなく、淡々と同じペースで走り続けるだけだ。

 

 血が巡る。

 息が弾む。

 かろうじて、身体が死んでいないことが分かる。

 そして、俺の右腕が死んでいることも。

 

 1時間で同じペースが保てなくなった。

 ペースを落とし、さらに1時間。

 死んでいる右腕だけが、苦しさを感じない。

 

 そんな気がした。

 

 

 ゆっくりと、4周……歩いて息を整える。

 軽く体操してから、フィールドを出た。

 

「すごい、汗、です」

 

 整えたはずの呼吸が乱れた。

 

「飲み物、どうぞ」

 

 ああ、うん。

 ツッコミどころが多すぎるから。

 とりあえず、飲もう。

 飲んだ。

 よし。

 

「なんでやねん」

「……?」

 

 彼女は、スオミは、私服姿だ。

 運動をしに来たわけじゃないのは、それでわかる。

 

「なぜここに?」

「あなたと、少し、話をしたいと、思いました」

 

 うん、ツッコムより話をしたほうがいいな、これ。

 

「ちょっと待ってて。水を浴びてくるから」

 

 置いてあったバケツに水を溜め、頭からかぶる。

 Tシャツを脱いで、水洗い。

 もう一度、頭から水をかぶる。

 北海道だろうが、旭川だろうが、夏には変わりない。

 乾くだろ。

 

 

 見るな。

 というか、俺だけじゃねえよ、水をかぶってるのは。

 

「……スケートの選手とは、筋肉のつき方が、違うのですね」

「そりゃ、使う筋肉が違うだろうし……つーか、もう弛んでるんだよ。アスリートの身体じゃねえ」

「何年、経ちましたか?」

「怪我をしてから5年、ダメだってわかってから3年、諦めてから2年」

「……」

 

 俺は、スオミを見た。

 

「万全の状態で試合に挑めることなんて、競技人生においておそらくは数回ぐらいしかない」

「……わかります」

「万全の状態じゃないと通用しない選手は、1流にはなれないと俺は思う」

「それも、わかります」

「なら、何を悩んでいる?」

 

 スオミは、搾り出すように言った。

 

「……氷の上に立つこと、怖いです」

 

 

 

 ……周囲に、それを打ち明けられる存在が一人もいないのかよ、おい。

 メンタルケアがボロボロじゃねえか。

 

 同情ではなく、憤りの感情に背中を押された。

 

 

 

 

 俺は、彼女から色々と状況を聞いて……ため息をつきたくなった。

 彼女が滞在しているのは、叔母の家。

 つまり、父親の妹の家……まあ、父親の実家ってことか。

 父親と母親は、フィンランドに滞在したまま。

 スオミ自身は、日本に何度も訪れたことはあるけども、基本的にはフィンランド生まれのフィンランド育ち。

 

 つまり、家族も友達もいない場所で、学校に行かず、話し相手もいない、そんな日々を過ごしている。

 

「……プー太郎ではなく、プー花子と言うべきでしょうか?」

 

 生まれて初めての大きな怪我をしたアスリートの、それも10代の女の子のメンタルを、なんだと思ってやがるんだ!?

 強化選手に対して、専属コーチぐらいつけろや!

 

「フィンランドでは、フィギュアスケート、あまり人気無いです。だから、予算も、ないです」

 

 あれ?

 

「……口に出してた?」

「心配おかけして、ありがとうございます」

 

 うん、やっぱり、微妙に日本語がおかしい。

 

 

 一緒に昼飯を食べた。

 公園に行った。

 ボートにも乗った。

 アイスクリームを食べた。

 

 彼女はよく喋った。

 微妙に変な日本語で。

 

 そんな彼女が、夕焼けを見るときは喋らなくなる。

 

 故郷のことでも思い出しているのだろうか。

 

 

 

 特に約束もせずに別れた。

 

 

 

 

 

 

 

 ……そのはずだ。

 

「おはよう、ございます」

 

 話し相手ができて嬉しい。

 うん、そういうことだよな、きっと。

 

 彼女と二人で、旭川から電車に乗る。

 富良野に向けて。

 すまん、愛車よ。

 現役のアスリートを後ろに乗っけて走る勇気はないわ。

 

 電車の窓から、旭川競馬場ははっきりと確認できなかった。

 たぶん、あの高台みたいになってたあたりだと思ったのだが。

 

 

 

 

「わぁ。やっぱり、南の暖かい場所には、花がいっぱい咲くんですね」

 

 富良野のラベンダー畑や、花畑(?)を見て、スオミがすごい事を言う。

 

 ああ、彼女、フィンランドの人間だから。

 ああ、うん、北海道は、『南の暖かい場所』なんだね。

 そっか、世界は広いや。

 

 とん、と。

 

 彼女が跳んだ。

 

 踊る。

 

 いや、ステップを刻む。

 

 髪がうねる。

 

 スカートが翻る。

 

 バックには、色とりどりの花。

 

 

 

 俺の目の前に、妖精が現れた。

 

 

 

 

 

 

「……土の上では、平気です」

「うん」

「でも、氷のリンクを見ると、身がすくみます」

 

 きゅっと、彼女は唇を噛んでいた。

 

「心無い噂、そのせいで、友達が苦しんでいます」

 

 あごを上げる。

 彼女の瞳は、強く、遠くを見つめていた。

 

「私は、立たねばいけないんです」

 

 ……強い。

 でも、その強さはきっと。

 

「フィギュアスケート、お金かかります。たくさんかかります」

「うん、多少は知ってる」

 

 衣装代、旅行代、練習するための費用……日本の選手の多くが、経済的な理由から競技人生を諦めていく。

 

「父と母にも、負担をかけてます」

 

 彼女のことを考えていないわけじゃなかったか。

 彼女を縛っているのは、プレッシャーだ。

 

 噂から、競技から、とにかく距離を取らせようとした。

 そんなとこだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一体、俺に何ができるだろう。

 

 俺が怪我をしたときはどうだったか。

 まあ、手術して、リハビリしてダメだったって話だから、意味ないな。

 誰かに相談するもなにも、やるしかなかった。

 

 

 

 

「おはよう、ございます」

「ああ、おはよう」

 

 ……ツッコんだら、負けかなと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は旭川競馬場でブリーダーズゴールドカップが行われる。

 

 スオミに、馬を見せてやりたかった。

 競走馬を見せてやりたかった。

 

 金が絡むと、綺麗ごとばかりじゃなくなる。

 

 馬主の思惑。

 馬を世話する人の思惑。

 騎手の思惑。

 金をかけた観客の思惑。

 

 人の想いをのせて、馬が走るなどと……人は勝手な事を言う。

 

 馬は賢いと人は言う。

 

 馬に人がわかるのか。

 馬に金がわかるのか。

 馬に勝利がわかるかのか。

 

 ただ、走っている馬を見てくれ。

 走っている馬の目を見てくれ。

 

 走っているだけだと思う。

 走れるから走っているんだと思う。

 走りたいから走っているんだと思う。

 

 もちろんそれは、俺の勝手な考えだ。

 

 

 なあ、スオミ。

 お前は、どうしたい?

 

 

 

『第15回、ブリーダーズゴールドカップを制したのは、中央のイングラ〇ディーレだ!!』

 

 

 

 

「……なんというか、綺麗でした」

 

 帰り道で、スオミがポツリとつぶやいた。

 

「馬は、格好良い、そう思いました」

「そうか……まあ、楽しんでくれたなら良かったよ」

 

 傍から見れば、未成年に悪い遊びを教えている大人だもんな。

 

 

 

 この経験が、彼女に何を与えるかはわからない。

 わからないけれど、何かしら意味があればいいなと、そう思う。

 

 

 

 

「フィンランドに帰ろうと思います」

「そうか」

 

 常磐公園。

 

「まずは、友達とあのことを話そうと思います」

「うん。いいことだと思う」

「準備運動をして、スケート靴を履く……私に必要なものは、それだと思います」

 

 あの日から数日。

 毎日会って話をしていたが、彼女の中で、何らかの答えが出たのだろう。

 あるいは、出ていた答えを、確認できた。

 

 妖精が、向かい風に逆らう覚悟を決めた。

 いや、風と遊ぶのか。

 妖精はいたずら好き。

 そんなイメージがある。

 

 スオミが、俺を見る。

 山奥の、湖の色。

 そう表現したのは誰だったか。

 吸い込まれる、魅入られる。

 確かに、そんな感じがする。

 

『待っててくださいね』

 

 耳元で囁かれた。

 そんな気がしたのだが。

 スオミは、私を見つめ続けている。

 

「見送りは、不要です」

「ありゃ……」

 

 そして、スオミは、笑って消えた。

 

 

 ああ、俺も旭川から……いや。

 北海道から去る時期か。

 

 北海道の夏は短い。

 

 夏も、もう終わりだ。

 

 

 




2003年の勝ち馬を調べてて、イングラ〇ディーレの名前が出てきて吹いた。
当然、翌年の天皇賞で、私は悲鳴を上げた側。
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