北へ。~ひと夏の旅競馬~   作:高任斎

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爆発しねえかな、こいつら。(笑)

ちなみに、スオミには主人公の友達の家をいつの間にか突き止めていたという前科がある。(笑)


6:旭川を照らす陽の下で。(北野スオミ)

 妖精と出会い、そして別れた夏。

 

 

 季節は巡り、冬。

 

 

 

 妖精(スオミ)から、手紙が届いた。

 

 

 フィンランドに戻り、友達と再会したこと。

 一晩中語り合ったこと。

 復帰に向けてのトレーニング。

 国内の試合での復帰。

 

 

 ……うん、うん。

 

 手紙を読みながら、頷いている俺がいる。

 

 フィンランドでは、ウインタースポーツはまずアイスホッケー。

 これは、世界でも最高レベル。

 そして、スキー系が優位らしい。

 スケートも盛んだが、どちらかというとスピード系が人気。

 フィギュアに関しては、オリンピックの代表枠が1つしかないということで、国全体としてはレベルはそれほど高くないと言えるだろう。

 ただ、時々個人としてヨーロッパ選手権で入賞するような選手が現れる。

 国の育成ステムではなく、個人の資質がモノを言う分野……とまでは言いすぎか。

 

 そういう国で、『将来のメダル候補』とされていた、スオミの存在がどれほどでたらめで、理不尽なものか、俺にはわかる。

 スポーツに関わっていた人間だからこそ、少なくとも、想像できてしまう。

 

 つまり、彼女は復帰してすぐに、フィンランド代表になった。

 

 たぶん、同世代および国内の選手の心を、ポッキポキに折りまくったに違いない。

 スオミの友人のメンタルが、少々心配になる。

 

 おそらく、選手指導という意味では日本の国籍を取ったほうが良いのだろう……そしてゆくゆくは、フィンランドに帰って後進の指導にあたってくれれば、みたいな周囲の思惑なんかも絡むに違いない。

 

 まあ、彼女がその辺を理解しているとは思えないが。(確信)

 

 

 

 日本語で書かれた(平仮名中心)手紙。

 自信がないので、と、英語で書かれた手紙。

 母国語のフィンランド語(スオミ語とも言う)は、やめときます、と一言。

 

 それを読み終えて、俺は、ふと思う。

 

 

 彼女に、電話番号は教えたけど、住所は教えてなかったな……と。

 

 うん。

 夏の旭川でも、スオミは朝から俺の宿泊先に……。

 

 

 ス、スオミは妖精だから。(震え声)

 仕方ないよね、妖精さんだもん。

 

 

 俺は、心に蓋をして、冬の旭川に飛ぶことにした。

 新千歳空港から札幌、そして旭川まで特急電車……の方が、色々と自由が利く。

 でも俺は、旭川空港直通ルートを選んだ。

 天気に左右されるから、日にちだけ伝えて、旭川駅についたら連絡するということで。

 

 余談だが、旭川空港と旭川競馬場は『比較的』近い。(旭川駅前からよりも近い程度)

 

 まあ、氷を見るのが数年に一度、みたいな人間にとっては、冬の北海道はどこも寒いんだろうけどさ。

 

 冬の旭川か。

 寒いんだろうなあ……。

 

 

 

 

 

 

「Hei!」

 

 ……知ってた。(白目)

 

「旭川駅についたら連絡入れるって伝えたけど……」

「この時間、あなたに会えるって、思いました」

 

 いやいや、俺の胸に飛び込んでくる妖精さんが嬉しいのよ。

 嬉しいし、可愛いし。

 うん、だったらいいや、別に。

 

 スポーツの世界では、時折人知を超えた部分で勝敗がつくという。

 俺はそのレベルの戦いを実感したことはないけど。

 たぶん、そういうことだよね。

 

 

 冬の、旭川空港で。

 俺は、スオミと再会した。

 

 

 

 

 

「寒っ!!」

 

 わかってた。

 覚悟もしてた。

 

 でも、俺の身体が理解していないというか、この寒さを拒絶している。

 

 やめて、首を傾げないで、妖精さん。

 可愛いけど、それどころじゃないから。

 

「……フィンランドより、暖かいですよ?」

 

 待って!

 なんか基準が違う!

 

「私の国では、冬に0度以上になると、『暑い!』ってジョークを言います。日本語の『クマ』に少し発音が似てて、最初は戸惑いました」

 

 スオミが笑う。

 

「みんなが、『暑い』『暑い』って叫んでて、確かにそうですけど……って不思議だったんです」

「いやそれ、笑い事なの?」

「……ジョークです」

 

 スオミが、俺の頬を指で引っ張った。

 

「あなたの笑顔……好きです」

「さ、寒さに慣れるまで、待ってて……」

「……フィンランドの冬、大丈夫ですか?」

「お、俺の故郷は、冬に一度も氷がはらないことも珍しくないよ」

 

 スオミが、びっくりしたように目を見開いた。

 

「夏は、50度ぐらい、なります?」

「いや、そこまではいかないけど」

「ジョークです」

「フィンランドジョークなの?」

「ヨーロッパ、広いです。南の国、文化、普通に学びますし、覚えます」

 

 ああ、そういや、英語が普通に通じるって言ってたなあ……。

 

「話し合う、大事」

 

 スオミが、微笑む。

 

「あなたが教えてくれたこと」

 

 教えたというか、スオミが自分で答えを出したって感じがするけど……。

 スオミの微笑みが、魅力的だったので。

 俺は、何も言わなかった。

 

 

 

 この妖精、暑い地域では溶けちゃうなんてことはないよな?

 

 

 

 

 タクシーで旭川駅まで。

 

 駅前の景色を眺めながら、夏の記憶を思い出す。

 それに、雪のフィルターをかける。

 うん、やっぱり雪があると、随分イメージが変わってくるな。

 

 スオミが、俺の手をとって歩き出す。

 その軽やかな足取りを見ると、彼女の重荷にはなるまいという気持ちがわく。

 うん。

 でも、雪道が怖いの。

 いや、雪じゃなくて、地面、凍ってない?

 

 心配そうに、スオミが振り返る。

 

 ちくしょう、この妖精さんめ。

 転びそうになったら、鋼の意思で手を放そう。

 彼女に怪我はさせないぞ、と。

 

 

 常磐公園だ。

 俺が、スオミを初めて見た場所。

 初めて会ったのは、旭山動物園ということになるか。

 

「覚えていますか?」

「何を?」

「この公園で、初めて、あなたを見ました」

「……え?」

 

 スオミが、ほんの少しだけ笑った。

 微笑みとは違う、笑い方。

 

「あなたは、ソフトクリームを食べていました」

「え?あれ、いや、そうだけど……認識してたの?」

「……スポーツ選手の身体をしてました」

「……」

「重心バランスの良い立ち方をしてました。見れば、わかります」

 

 そう言われると、まあ、わかる。

 街を歩きながら、そういう存在に目がいくのは、スポーツ選手としてある種の本能だ。

 立ち方。

 歩く姿。

 手首、二の腕、脚の筋肉……そういうものを観察する視線は、時々非難もされる。

 特に女性から。

 

「動物園では、少し怖かったです」

「ああ、ごめん……不躾な……その、失礼な視線だったと思う」

 

 スオミが首を振る。

 

「いいえ、そうではなく……あなたの目に、ちゃんとアスリートに見えているかどうか、です」

「……あぁ」

 

 それに近い感情を覚えたことはある。

 自分の身体が、現役じゃなくなっていく感覚。

 

 スオミが恥ずかしそうにうつむきながら言った。

 

「フィンランドに帰って、友人に言われました……」

「何を?」

「……『太った』って」

 

 このあたりの感覚は、フィンランドでも変わらないのかね。

 

「……まずいと思いました。なので、頑張りました」

 

 スオミの手が、俺から離れる。

 それを、追いかけてしまいそうになる。

 

 そんな俺の目の前で、彼女がくるりと回転する。

 

 ただそれだけの動作。

 

「今の私、です」

 

 彼女の中の、妖精の純度が上がった……そう感じた。

 周囲に人は多くない。

 それでも、今の一つの動作で、彼女は視線を集めている。

 

 外見ではなく、アスリートとしての存在感。

 

「もしかして、服が邪魔ですか?」

 

 うん、中身は変わってない。

 たぶん。

 

 

 

 

 常磐公園をあとにして、また歩く。

 地面を蹴るのは危険だ。

 

 なんとなく、高校時代のアホ指導者を思い出す。

 ランニング時の、カカトからの接地……膝と腰の故障者が多いのはそのせいだ。

 接地の衝撃を、ダイレクトに膝と腰で受け止めるわけだからな。

 

 そんなことを考えているうちに、旭川大雪アリーナに到着した。

 

 この会場で、スオミが舞う。

 なんだか、『滑る』というイメージじゃない。

『舞う』、もしくは『踊る』という勝手なイメージを抱いている。

 まあ、試合はもう少し先のことだが。

 

「さあ、滑りましょう」

「やったことないです」

「……え?」

 

 そりゃ、日本でも冬に水まいて、簡易スケートリンクを作って体育の授業をする地域もあるけどさ。

 

 俺とスオミの、相互理解への道は険しい。

 

 

 

 いや、険しいって。

 

「スケートは、立つまでが勝負です」

「はい、コーチ」

「立ったら、滑ります、それだけですね」

 

 うん、この妖精さん、絶対指導者には向いてないわ。

 

「別に、飛べとか、回転しろ、とか言いませんよ?」

 

 俺はまず手すりを磨き、何度も転び、前に進むことができるようになった。

 緩やかなカーブはなんとなくできる。

 

「じゃあ、次は、バックスケーティングです」

「おい」

「基本です」

 

 ……なんか、後ろ向きの方が滑りやすい。

 

 

 たぶん、余計な力が入りすぎているんだろう。

 5時間ぐらいで、膝が笑ってしまった。(体育会系脳)

 

 そんな俺を見て、彼女が笑う。

 妖精ではなく、少女として。

 

 

 

 外はもう暗かった。

 時間もそうだが、天気もずっと曇り空。

 ああ、冬は曇ってたほうが暖かいんだっけ?

 晴れると、放射冷却現象が……などと、呪文のように繰り返すよね、天気予報で。

 

「……なぜ、フィンランドに、あなたはいないんでしょう……」

 

 俺はただ、スオミの手を握った。

 

「あなたは、オーロラを見たこと、ありますか?」

「映像でなら。肉眼では見たことない」

「そうですか。フィンランドでは見えます……いつか……あなたと、見たいと思います」

 

 ……なにか、あったのだろうか?

 

 俺は、そう思った。

 

 

 

 

 

 雪だ。

 寒いんだけど、雪を見るだけで、観光気分の俺。

 

 積もってる雪じゃない。

 降ってる雪だ。

 

 俺の故郷じゃ、雪は地面に落ちては消えていく。

 下手すりゃ、空中で溶けていく。

 子供心に、幻想感あふれるアイテムだったんだ。

 

 気温が低いせいか、俺の知ってる雪とは全然違う。

 小さくって、コロコロしてる感じ。

 手のひらで受け止めても、なかなか溶けない。

 溶けても、水はちょっぴりだ。

 え、これが雪なの?

 むしろ俺が知ってる雪は、偽物なの?

 

 子供みたいにはしゃいでた俺を見て、スオミが笑ってた。

 

 ニヤニヤ笑ってた。

 あんな笑い方もできるんだな。

 

「子供っぽいところ、少し、安心しました」

 

 ん?

 子供っぽくて安心?

 

 

 

 

 うん、今日もスケートですか。

 いや、いいんだけど。

 別に、楽しいんだけど。

 

 昨日のおさらいと、ジャンプして着地の繰り返し。

 なんか、ジャンプ系は禁止らしいんだけど、スオミが注意しに来た人を追い返した。

 ねえ、ほんとにいいの?

 ああ、でもこれって……練習にはなるな。

 強制的にバランスを取るというか、足元の安定感を鍛えるのにはいいかもしれん。(体育会系脳)

 

 

 今日の成果。

 

 バックスケーティングからジャンプ、そして前を向いて着地してそのまま滑る。

 半回転ジャンプ?

 

「フィンランドの子供なら、普通にできます」

 

 なるほど。

 でもまあ、なんかできないことができるようになる感覚っていいな。

 久しぶりだ、こういうの。

 

 

 

 

 晴れた。

 寒い。

 北海道が寒いのか?

 旭川が寒いのか?

 

「じゃあ、滑りましょう」

 

 そうそう、寒い時はカラダを動かせばいいんだ。

 

 いや、待って!

 またスケートなの?

 スオミは、俺をどこに連れていこうとしてるの?

 

「今日は、1回転ジャンプを……」

「落ち着こう。まずは深呼吸だ……落ち着いたら何があったか話しなさい。何を考えているのか話しなさい」

 

 

 

 

 

 

「私、アピールできること、スケートしかないです」

 

 ……アピールだったんだ、あれ。

 明らかにトレーニングというか、特訓の趣だったけど。

 

「あなたと、離れてると、心配です」

 

 あれ?

 恋愛方面なら、正直嬉しいなって思うんだけど……。 

 これって……もしかして、依存、入ってる?

 

 うん、まずは落ち着かせよう。

 

 スオミの手を握って、俺はスオミを見た。

 

 話をしよう。

 話をさせよう。

 俺も話そう。

 

 目を合わせての会話。

 

 あの夏の後のこと。

 手紙で語れなかったこと。

 

 友達のこと。

 

 心無い噂と、スオミに怪我をさせた罪悪感で、潰れそうになっていたらしい。

 

 間に合った。

 彼女もまた、滑り出すことができた。

 彼女もまた、救われた。

 

 俺は、2人にとっての恩人になった。

 

 事実かどうかはさておき、彼女たちがそう思った……それが重要。

 

 

 ここで、スオミの口が重くなる。

 その重い口を、開かせた。

 

「あなたの写真、友達に見せました……神秘的だって」

 

 何やら耳慣れない言葉が。

 

「私の国、黒髪、黒い瞳、珍しいです。黒っぽい、と、黒いは、違います」

「私の友達、とてもチャーミングです。料理も上手、まずいと思いました」

「なにかまずいのか、わかりませんでした。考えました、たくさん、考えました」

 

 ……俺は今、ものすごく気恥ずかしいです。

 

 スオミが、顔を上げた。

 俺を見る。

 真正面から見つめられる。

 

「あなたは、私の、ものです」

 

 ……。

 

「だから、私は、あなたのものです」

 

 

 

 あなたが好きです。

 あなたを愛しています。

 私を好きになってください。

 私を愛してください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ああ、うん……落ち着こう、お互いに。

 すごい見られてるから。

 

 手遅れかもしれないけど。

 

「お、落ち着いてます」

「いや、俺が、落ち着いてないから……」

「勢いが、大事……母が、言ってます」

「……スオミの両親の馴れ初めも気になるけど、ひとまずここから離れよう」

 

 

 

 

 

 

 はぁ、まだ顔が熱いわ。

 雪も氷も溶けるだろ、これ。

 

 空を見上げる。

 いや、スオミの視線から逃げてるわけじゃないから。

 さっきからずっと、俺を見つめてるのはわかってる。

 

 旭川の冬の空を初めて見た気がする。

 高くて、綺麗だな、これは。

 

 うん。

 

 スオミを見る。

 ずっと俺を見つめているスオミを見つめ返す。

 

「ゆっくりと、行こうか」

「……?」

「アスリートとしていられる期間は短い。でも、人は死ぬまで生きていく」

「……でも」

「俺は、俺たちふたりは、準備運動も、基礎練習も、まだなんだ……初めて、氷の上に立ったばかりじゃないかな」

 

 スオミの手を取る。

 優しく握る。

 

「俺も、好きだよ。でも、ゆっくり行こう。走る必要はないから。ゆっくりと、歩いていこうか」

「……無理をして、いませんか?」

「してないよ」

「私を、見ててください」

「見ているよ」

「じゃあ、一緒にフィンランドに帰りましょう」

「うん、ちょっと走りすぎじゃないかな」

 

 じゃあ。

 

 このぐらいなら。

 

 どうですか。

 

 

 

 

 妖精のキス。

 

 

 

 冬の旭川の陽の下で。

 

 俺と彼女は、ゆっくりと歩き始めた。

 

 




北見の妹と、帯広の幸薄少女は、色々と調べるまでちょっと待ってください。
北見競馬場って、どんな場所なんだ?
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