北へ。~ひと夏の旅競馬~   作:高任斎

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少し展開が強引かもしれません。

北見競馬場は調べただけです。
ばん馬はでかいです。


北見のコロポックル。
7:北見の少女。(白石果鈴)


 今、俺は風になっている。

 これは、バイク乗りの特権だ。

 

 オープンカーとか知らない。

 乗ったことないもん。

 

 

 函館開催最終日に渾身の倍プッシュをクリティカルヒット。

 人生最高の大勝ちをして、意気揚々と乗り込んだ札幌競馬場。

 ははは、競馬ファンあるある。(笑)

 

 北海道を旅して、頭を冷やしてまぁーす。

 

 うん、過ぎたるは及ばざるがごとしだわ。

 まあ、でも、人生最高の大負けを経験はしたけど、お金はあるんだ。

 幸いなことに、勝ち分の6割ほどはちゃんとキープしといたから。

 

 いやあ、でも気持ちよかったわ。

 窓口での、帯封(100万)勝負。

 こう、周囲の雰囲気がピリッとするのよ。

 それまでも、別にのどかな感じではなかったけど、いきなり場の温度が上がるっていうか、鉄火場ファイヤーって感じの。

 窓口のおばさんは平然としてたけどね……さすがだ。

 俺みたいなバカは、何人も見てきたんだろう、きっと。

 

 周囲からの注目感。

 ヒソヒソと囁かれる言葉が、全部自分絡みのような気がしてくる。

 そして、2分後に変動するオッズ。

 

 俺は、俺は、札幌のオッズを変えたぞ!

 

 いやあ、メインじゃない午前中の、しかも札幌のレースだからできることだね。

 あの万能感は、ヤバイ。

 

 ははは。

 

 

 

 

 

 

 

 ……もう二度としない。

 

 

 いや、でも熱かったわ。

 たぶん、あのレースで俺以上の金額を賭けてた人間はいくらもいるんだろうけど、たぶんそれは、その人たちにとって端金感覚だったと思うのよ。

 

 はたして、あのレースのスタート前からゴールまでを、俺以上に、血圧と、興奮と、大声と、その他もろもろを味わった人間はいるかな?

 

 写真判定、マジすごい。

 

 もう、生殺しっていうか、ずっと耳元でドラムロールが鳴り響いている感じ。

 結果が出た瞬間に感じたのは、緊張から解放された安堵感だったもんなあ。

 

 大勝負を外したら帰る。

 これは基本。

 

 札幌競馬場から出て、その足で宗谷岬を目指したよ。

 海岸沿いをひたすら北上。

 自分の中の熱の塊に衝き動かされるように、休憩なしで、日本の最北端まで走りきったよ。

 そして、宗谷岬で、沈んでいく夕日を眺めながら、俺は自分のちっぽけさを再認識したね。

 

 ああ、これで俺は大丈夫だと思った。

 それがさ。

 ひと晩寝て目が覚めたら、まだ自分の中に余熱みたいなのが残ってるの。

 

 なので今度は、知床岬を目指すことにした。(注:陸路で岬の先端にはいけません)

 オホーツク海を眺めながら、俺は風になる。

 北海道は、でっかいどー。

 そして俺は、ちっさいぞー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 うん、何やってんだ、俺。

 

 今、俺は北見市の病院にいます。

 なんなの、北海道の鹿ってでかくて怖いんですけど。

 奈良公園の鹿が、二段階ぐらい進化した感じ?

 エゾ鹿?

 ああ、そういや、寒冷地の動物は大型化するって聞いたことあるな。

 カロリー蓄積と放射効率だったっけ?

 

 ああ、うん、鹿が道路に飛び出してきて、ビビってこけた。

 まあ、不意をつかれたのもあるけど、どう考えても長時間運転の疲労とか、その辺が原因だよな。

 幸い、バイクも俺も大した怪我じゃない。

 骨折もなく打ち身だけで、一応頭打ったから、検査入院って感じ。

 

 まあ、いろんな意味で頭は冷えた。

 うん、頭は冷えた。

 そして今は、ちょっとだけ背筋が寒い。

 

 ねえ、あの物陰から、こっちをじっと見てる女の子はなんなの?

 全体的に華奢っていうか、すっごい儚い印象なんだけど。

 壊れそうなお人形って感じ。

 

 同じ病室の人にそれとなく聞いてみたら、微妙な表情を浮かべて目を逸らされました。

 

 ……ひょっとして、俺にだけ見えてますか、あの女の子?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おけ。

 理解した。

 

 彼女は白石果鈴ちゃん、15歳。

 肺の病気というか、自然気胸を患っていて、長期療養中。

 元々は東京に住んでいて、療養のためにこっちの病院へとやってきたらしい。

 

 そりゃあ、周囲の大人の患者からすれば、こんな感じか。

 

 若いのに。

 かわいそうに。

 元気になれるといいいんだけど。

 

 そういう感情を抱くのは自然なことだろうし、本人からすれば、そういう感情を浴びせかけられ続けるのも精神的に反発したくもなるだろう。

 

 まあ、俺の勝手な想像だ。

 でも、そんなには外れてないと思う。

 

 そんなところに、本州からの旅行者である俺が、病院にやってきた。

 

 まあ、興味はわくか。

 東京に住んでたって言うなら、その手の話も聞きたいかもしれん。

 うん、話ぐらいはするよ。

 するけど、ロリコン判定されないように気を付けないと。

 世知辛い時代だ。

 

 

 と、いうわけで……こっち来なさい、アメちゃんいる?

 

 事故った時に、砕けちゃってるけど。

 

 

 

 

 

 

 ちょっと話してみたけどさ。

 すごい内気な女の子って感じがした。

 

『白石……か、果鈴、です』

 

 とか。

 

 なんだろ、15歳の女の子って、クラスの男子に椅子をぶん投げてくるようなイメージあるんだけど。

 ハサミで男子を刺した女子もいたし、上履き脱いで、それでぶん殴ってくる女子もいたなあ。

 そりゃ、おとなしい女の子もいたけど……俺の印象に残ってないだけか?

 

 なんか、この子見てると別の生き物って感じ。

 

 普段あまり喋らないせいなのか、しばらく話をしてたら咳き込んで、看護師さんに連れられて帰っていちゃったよ。

 

 喘息持ちの友達が辛そうにしてたのを思い出したよ。

 夏でも、首に布とか巻いてたし。

 

 そんで、後から看護師さんに話を聞いた。

 

 うん、自然気胸ってのがどういう病気なのかは理解したが、『本人がどう苦しいのか』はわからん。

 まあ、冷たい言い方かもしれないが、そうとしか言いようがない。

 ただ、ずっと病院にいて、外を出歩けないままってのはきつそうだ。

 

 体育会系脳筋的思考からすると、運動しないと身体はどんどん弱っていくって思うんだけど、どうなんだろう。

 

 

 

 

 透き通るような白い肌。

 さらっさらの長い髪。

 人の話を聞くときに、ちょっと首をかしげる体勢になるのは癖なのか?

 

 後で気づいたけど、たぶん、ベッドで人と話を続けたからついちゃった癖かもしれん。

 

「そうですか……退院しちゃうんですね」

「とはいえ、明日も通院するけど」

「……?」

「……なに?」

「旅行に、来てるんですよね?」

「まあ、どこかに泊まって、かな。せっかくだから、このあたりの観光でも……」

「あ、あの!」

 

 ん?

 

「私、北海道にいるから、せめて綺麗な湖でも見たいって、お兄ちゃんに言ったんですけど……」

「ああ、大学生の……うん、理系の大学生は忙しいらしいからね」

 

 果鈴ちゃんの兄は、彼女が入院する前に北海道の大学に進学したらしい。

 まあ、その辺の事情は看護師さんから聞いたけど、プライバシーとか、大丈夫か。

 でもまあ、果鈴ちゃんの治療費とか、母親も働く、兄はバイトとか、言えんよなあ。

 

「な、なので……観光地の写真を送ってくれませんか?阿寒湖とか、摩周湖とか、写真を撮って、メールで……」

「ああ、そのぐらいなら。そもそも俺は観光客だし」

「ありがとうございます」

 

 果鈴ちゃんが、笑った。

 少し、ぎこちないけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて。

 

『綺麗な湖の写真を撮ってきて』と言われて、『綺麗な湖の写真を撮るだけ』ですませたら失格だ。

 彼女は、果鈴ちゃんは、自分の欲求に色々と譲歩を重ねて『綺麗な湖の写真』を要求した。

 

 心せよ。

 これは、最低ラインだ。

 15歳だろうが、子供だろうが、女の子は、女性という生き物だ。

 言われた通りのことだけをすれば、怒られるというか、不満を持つ。

 

 そもそも、『おでんの大根、大好き』って人に、『大根だけで作ったおでん』を提供したら、微妙なツラをするだろうよ。

 

 好きなものと、普通なもの、そしてちょっと嫌なもの。

 それらをまとめて、送りつけることで、『好きなものが輝く』ということさ。

 

 携帯の、メモリー大丈夫かね?

 データ保存とか、別のメディアとか用意しとくか。

 ノートパソコン……買っとくか。

 お金あるし。

 

 

 

 

 

 果鈴ちゃんは、『北海道観光がしたいわけじゃない』と俺は思う。

 外に出たいというか、出歩いてみたいのではないか。

 観光地の写真なんか、ネットで検索すればそれなりに出てくるだろう。

 

 景色が見たいわけじゃないと思う。

 

 阿寒湖や、屈斜路湖などの写真を、果鈴ちゃんにメールで送る。

 それとは別に、『そこにたどり着くまでの道程』の写真と、覚書というか、所感みたいなものをずらずらと書き連ねて、旅日記みたいに仕上げていく。

 

 仕上げていく。

 仕上がればいいなあ。  

 

「くそっ、言うは易し、ってことか」

 

 悪態めいた言葉が漏れた。

 

 これはと思う風景や、道路の分岐地点、そして観光スポットとして取り上げられないような何でもない風景を、いちいち止まって撮影し、メモを残して……。

 

 まあ、めちゃめちゃ手間がかかる。

 手間はかかるが、まあ、面白いとも思う。

 

 サロマ湖は失敗した。

 海に面しているから夕日が綺麗に映るんじゃないかと思ったが、方角が違ぇ。

 というか、位置どりを間違えた。

 仕方ないので、夕暮れの写真を何点か収めて……良さそうなのを送った。

 

 そしてダッシュで、ホテルに。

 写真を整理し、地図で確認しながら、ルートと、メモを組み合わせ、文章に仕上げていく。

 旅行記としては、冗漫に過ぎる感じだろう。

 でもまあ、果鈴ちゃんに対してはこのぐらいでいいんじゃないかと思う。

 

 まあ、素人仕事だ。

 ついでに言うと、俺が勝手にやっていることだ。

 ダメなら笑ってすます。

 それだけのことだ。

 

 

 

 

 北海道の日の出は早い。(夏季)

 さすが北海道、北の大地だ。

 考えてみれば、経度が15度で1時間。

 このあたりは単純に、経度のズレだけでも30分日の出が早くなる。

 つーか、寒い。

 バイクだからというのもあるが、夏とは思えない冷え込みの感じ。

 

 早朝の摩周湖。

 駐車場から第一展望台に上がる階段を登る。

 うわあ、カメラ構えた人が何人もいる。

 少し霧が出ているが、条件的に悪くないんじゃないの。

 

 カルデラ湖を形成する外輪山から、朝日が昇る。

 目的を忘れて、写真を撮った。

 

 駐車場に戻って、第3展望台へと。

 

 ……第2はないの?

 

 よくわからんが、裏摩周湖展望台というのがあるらしい。

 せっかくだから行ってみたが、虫に刺された。

 そういや、釧路って、湿原がある場所だったか……いや、こことは関係ないか。

 こっちはむしろ、釧路からは遠ざかる方だし、たまたまか。

 気温的に、ありえない気もするが、なんでだ?

 

 霧の摩周湖の写真を撮った。

 ははは、アクセントアクセント。

 これが現実だ。

 

 かゆみに耐えながら、メモを残す。

 

 うん、裏摩周湖展望台の方が、湖面が近くに感じられる。

 まあ、そのあたりは好き好きだろう。

 

 

 3つの展望台を回ると、結構時間を食った。

 買っておいたパンを食いながら、選んだ写真を3枚ほど、送る。

 

 しばらくして返事が来た。

 

『看護師さんが怒ってます。通院の件、忘れてませんか?』

 

 忘れてました。

 

 

 

 

 

 

 

 なんか、ものすごく観光客だなあ。

 

 ここ数日の写真やメモを見直しながら、そんな事を考える。

 でも、これが普通の観光客なのか。

 観光スポットを回って、写真を撮りまくって……観光って大変だよなあ。

 

 ノートパソコンのキーボードが指に馴染んできた。

 うん、文章を書くのはそれほど苦にならないんだが……。

 

 ルートに沿って、写真のデータを組み込み、ちょっとした文章を表示。

 うーん、このスパゲッティコード。(笑)

 つーか、写真多すぎ、データ重すぎ。

 まあ、見れればいい、見れれば。

 

 さて、そろそろ観光地じゃなくて、果鈴ちゃんのいる、北見市周辺にスポットを当ててみようか。

 

 言うならば、これは彼女の周辺の日常。

 公園がある、学校がある、駅がある、店がある……果鈴ちゃんのいる病院がある。

 彼女の言う、『外』だ。

 

 観光地には、観光地に暮らす人たちの日常がある。

 

 果鈴ちゃんの日常は、どこにあるんだろう?

 

 俺にはわからない。

 だから、こうやって写真として提供するしかない。

 

 

 そう思って、北見市街周辺を、無計画にバイクで走っていたら、競馬場を見つけてしまった。

 

 え?

 北見競馬場?

 そんなのあったっけ?

 

 いや、入るよ、当然じゃないか。(笑)

 

 

 

 ……ああ、ばんえい競馬か。

 そうだよなあ、北海道開拓において、『馬』っていきものは欠かせないよなあ。

 実際に見るのは初めてだけど、知識としてはあった。

 

 直線200メートルのコース。

 途中に坂がある。

 

 馬がそりを引いて、そりの最後部がゴールラインを通過したらゴール。

 重い荷物を、運び終えるまでのレースか。

 最近ではもう馴染みの薄いアラブ馬や、主流のサラブレッドによる競争とは違う。

 なんせ、レースの途中で馬が休憩したりする。

 

 うん、知識としては知ってたんだ。

 見慣れてるサラブレッドが、体重500キロぐらいなのに対して、ばん馬の体重は約1トン。

 単純に倍だ。

 荷物を運ぶ、荒地を切り開く際に、木の切り株を引っこ抜くなど、ばん馬は現代で言うところの起重機みたいな役割を果たしてきた。

 だから、まあ、でかい馬だ。

 

 

 

 うん、すごく……大きいです。

 

 なに、なんなの、あの足?

 ゴン(ぶと)

 正面から見たら、身体の幅が広い。

 

 つーか、パドックで暴れるとすごい迫力っていうか、怖い。

 俺の近くで竿立ちというか、立ち上がりかけたときは、冗談抜きで恐怖を覚えた。

 え、こんな馬に蹴られたら即死じゃね?

 いや、普通のサラブレッドに蹴られても、死ぬ時は死ぬけどさ。

 

 

 少し時間が経ってから思った。

 

 某世紀末覇者が乗ってた黒〇号って、絶対ばん馬だ。(確信)

 

 

 

 レースが終わったばん馬を、関係者に確認をとり、許可をもらってから写真を撮る。

 とるとるとる。

 

 男ならわかると思う。

 大きな車を見るだけで興奮しなかったか?

 でかいってのは、男の永遠の憧れだ、たぶん。

 

 

 

 つい夢中になってしまった。

 いや、レースそのものじゃなくて、でかい馬に。

 

 そんな俺の様子が面白かったのか、気のいいおじいさんがいろいろ教えてくれた。

 

 今の北見競馬場は、もともと東陵公園のあたりにあった野付牛競馬場が移転してここにできたらしい。

 ばんえい競馬専門の競馬場。

 

 それなのに、ちゃんと周回コースもある。

 

 当時の競馬法では、1000メートル以上の周回コースを持たないと、競馬場として認められなかったからだそうだ。

 つまり、競馬場として認められるために、わざわざ使用しない周回コースを……うーん、この。(笑)

 

 今(2003年)、北海道でばんえい競馬が行われているのは、『旭川競馬場』、『岩見沢競馬場』、『北見競馬場』、『帯広競馬場』の4箇所。

 この4つの競馬場で、3ヶ月ごとに場所を変えながら開催されている。

 つまり、複数の競馬場で同時開催は行われていない。

 春、夏、秋、冬で、分かれているとのことだが……うん、ちょうど北見で開催されてて運が良かったね、俺。

 

 平地競争が行われていることと、ブリーダーズゴールドカップで本州の競馬ファンにも知名度の高い旭川競馬場は、平地競争と、ばんえい競馬の同時開催はしないそうだ。

 そして、平地競争のそれがナイトレースと呼ばれるのに対し、旭川のばんえい競争は、日中に行われる。

 ……ほかの3会場で、馬券が発売されるからだろうか?

 まあ、全国の地方競馬の規格を統一して、どこでも買えるようにするには、越えるべきハードルがいくつもあるんだろう。

 

 

 いろいろ教えてもらったお礼に、食堂でご飯をご馳走する。

 

 麺類のお店で、店名が『馬〇っしょ』……『美味いっしょ』のダジャレだ、これ。

 

 おじいさんが、『あっちの店ではカツカレーがあるけど、なぜかスプーンじゃなくて、フォークしか出てこねえ』などと笑いながら教えてくれた。

 

 そんなおじいさんが、少し寂しそうに言う。

 

「もう、長くねえよ、ここも」

 

 2001年の中津競馬場の廃止から始まった、地方競馬ショック。

 競馬ファンは、確信に近い予感を覚えている。

(2006年に、帯広競馬場を除き、ばんえい競馬の開催は終了、それによって北見と岩見沢競馬場は、終わることになる)

 

 

 

 果鈴ちゃんからメールが来た。

 

『ねえ、大丈夫?生きてる?』

 

 やべ。

 そういや今日は、一度も写真を送ってないや。

 

 この数日で、果鈴ちゃんはかなり俺に対する態度がフランクになった。

 多分、連絡のない俺のことを心配しつつ、少し怒って、少しすねている。

 

 たぶん、そんなとこだろう。

 

 というわけで、北見競馬場名物らしい、ばんば焼きをおみやげに買っていくことにする。

 1個100円が5個入りの箱。

 看護師さん達にも、差し入れとして買っとくか。

 3箱ぐらい……足りなくても知らん。

 

 でもこれ、大判焼きというか、今川焼きというか、太鼓焼きだよね?

 

 馬の絵と北見競馬場の文字が焼印された今川焼き。

 あんことクリームの2種類あるのだが、なぜか焼印が押されるのはあんこのみ。

 

 

 

 

 面会時間ギリギリに病院に飛び込んだところ、出会ってしまった。

 運命の人なんかじゃない。

 

 果鈴ちゃんの、お兄さんに。

 

 

 

 

 

 ……今の俺、やばくね?

 

 そして、ニコニコと笑いながら、看護師さんがトドメを刺す。

 

「ああ、今日も熱心ですね、コロリンさん」

 

 コロリンさん。

 この人、俺がバイクで転んだからとか言ってるけど、絶対に違う。

 

 どう考えても、アナグラムだろ。

 果鈴ちゃんは15歳、しかも外見年齢やや幼め。

 

 わかるね? 

 

 しかもこのタイミングでぶっこむか。

 絶対面白がってるだろ、この看護師。

 

 お土産あげないぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今俺は、果鈴ちゃんのお兄さんのアパートにいます。

 宿があるんだけどなあ。

 うん、前もってあの看護師は俺のことを説明してくれてたのね。

 よし、今度おみやげを買っていってあげよう。

 

 そしてこの白石さん。

 俺と同い年で、好青年で、いいお兄ちゃんだった。

 なんどもなんども頭を下げられる。

 謝罪ではなく、感謝のために、だ。

 つまり、俺とは別の生き物だ、たぶん。

 

 彼と話すことで、もう少し深い事情を知ることができた。

 

 うん、少し不思議に思ってたんだ。

 自然気胸は、簡単に言えば肺に穴があいて、空気が漏れる病気だ。

 身体の中に漏れた空気には、出口がない。

 その空気が邪魔で、肺が膨らまない。

 重度になると、心臓の動きが邪魔されて、処置が遅れたら命に関わる。

 漏れた空気を抜く。

 安静にして、肺の穴が自然に塞がるのを待つ。

 この、自然治癒は……再発の可能性が高い。

 

 再発の可能性が低い治療法は、手術によるもの。

 もちろん、可能性が0になるわけではないが。

 そして、手術には必ずリスクが伴う。

 

 

 

 果鈴ちゃんの長期療養の理由の1つ。

 

 本人が、手術を拒否している。

 

 

 

 

 うん、まあ……俺にも全身麻酔の経験があるからな。

 ゆっくり、眠くなっていくのかと思ったら、いきなりスイッチを切られたように、意識が切れた。

 手術が終わって、医者に頬をペチペチ叩かれて目が覚めたわけだが。

 

 確率は低くとも、そのまま目覚めない可能性はあった。

 

 俺には野球という目標があった。

 だから、手術に踏み切った。

 

 

 果鈴ちゃんを、手術へと踏み切らす何か……ないのかな?

 

 

 

 

 すげえ、果鈴ちゃんのお兄さん……というか、白石兄。

 さすが理系。

 俺の拙いスパゲッティコードが修正されていく。

 貧弱な坊やが、まったく簡単に、たくましく成長していくかのようだ。

 

「いや、ここまで妹のためにしてくれて感謝はするが、ここまでしてくれてる理由を勘ぐってしまうぞ、マジで」

 

 白石兄が、キーボードを叩きながら言う。

 

 そう言われてもなあ。

 たまたま?

 偶然?

 うん、よくわからんね。

 

 苦笑を浮かべて、白石兄はバイトへと。

 そして俺は、合鍵を渡された。

 

 ……無防備すぎはしないか?

 

 

 病室で、果鈴ちゃんがばん馬の写真を見て興奮していた。

 うむ。

 

 でかい馬は強い。(確信)

 

 

 

 俺は北見の街を歩く。

 何でもない風景を。

 写真へと収めていく。

 

 というか、白石兄にも日常生活で写真撮ってもらえばよくね?

 千羽鶴みたいに、千枚写真というか。

 

 いや、反対にストレスになるか?

 人の心なんてものは、単純で、複雑で、難しいもんだ。

 

 

 実際に見せるかどうかはともかく、白石兄が、その友人が、知人が、何でもない写真を撮る。

 観光でもない。

 旅行でもない。

 ありふれた日常を。

 

 そして俺は、街を出歩くのではなく、果鈴ちゃんと話すことが多くなった。

 

 東京での生活。

 病院での生活。

 

 観光地にたどり着くまでのルートの写真、説明文を見せてやる。

 

 阿寒湖。

 屈斜路湖。

 摩周湖。

 サロマ湖。

 

 彼女が望んだ、綺麗な湖。

 その湖に至るまでの道。

 

 果鈴ちゃんが俺に聞く。

 俺は覚えている限りの事を話す。

 その繰り返し。

 

 

 俺は、病院を後にしながら、写真を撮った。

 

 病院から、外へと続いていく道。

 

 それを、彼女に見せるかどうかは……俺の役目ではないだろう。

 

 

 

 

 

 

 手術において、果鈴ちゃんが恐れていることが起こる可能性は低い。

 でも、ベットするのは、果鈴ちゃん本人の命。

 理屈じゃない。

 かといって、感情だけでもない。

 

 白石家の方針は、本人の意思を尊重だ。

 

 白石家の家族は、果鈴に対して、経済的な話は何もしない。

 

 時間は過ぎていく。

 

 

 

 

 そして、俺が北海道にいられる時間は、もう、ない。

 

 

 

 

 

 

 別れはあっさりしたものだった。

 

「そっか、観光客だもんね……お兄ちゃんと同じ大学生なのに、暇なんだあ」

 

 苦笑するしかない。

 

 だって、事実だし。

 

 

 

 薄情だと言うなら言え。

 俺は、日常へと戻っていく。

 

 北海道にとって、俺は旅人。

 そして、果鈴ちゃんにとっても、俺は旅人だった。

 

 

 

 本州に戻って10日。

 白石兄から、メールが来た。

 

『果鈴が、手術を受けることを決めた』

 

 見せたらしい。

 日常を。

 人の数だけ存在する、日常を。

 

 彼女はそれを見終わって……ポツリと告げたそうだ。

 

『手術を受ける』と。

 

 

 

 うん、うん。

 なあ、白石兄。

 

 この最後の、『ごめん』ってなんだよ?

 

 すごい気になるんだけど。

 

 

 

 

 そして手術の日の朝。

 

 果鈴ちゃんから、メールが届いた。

 

『それじゃ……行ってくるね』

 

 俺は、『頑張れ』とだけ返した。

 頑張っている人間にかける言葉じゃないとはわかっているが、それ以外の言葉が見つからなかったからだ。

 

 

 

 

 

 

 彼女の手術は、無事に成功した。

 もちろん、経過観察の必要はあるのだが……成功したと言っていいのだろう。

 

 夏の北海道で出会った少女は、秋に翼をのばした。

 冬にはきっと飛ぶだろう。

 

 俺は静かに彼女の無事を喜び、心の夏が終わりを告げたことを知った。

 

 

 




果鈴のシナリオは難しいなあ……いろんな意味で。

唐突に北見競馬場が出てくるところに、情報のはめ込み感が……。

あけましておめでとうござます!(勢いでごまかす)
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