北へ。~ひと夏の旅競馬~   作:高任斎

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当時、妹キャラは主流だった……。
今もか。(笑)


8:北見の風に吹かれて。(白石果鈴)

 あの人の足跡を追う。

 あの人の言葉を思う。

 

 写真。

 景色。

 

『外』へと続く道。

 

 道。

 道。

 道。

 

 あの人の苦労を知る。

 あの人の言葉を知る。

 あの人の笑顔を思う。

 

 新しい道を探す。

 

 それは。

 

 あなたへと続く道。

 

 

 

 

 

 

 

 

 白石兄からのメールで、果鈴ちゃんがHPを開設したことを知った。

 

 どうやら、白石兄のパソコンを使って、せっせとポエムってるらしい。

『ナイショ』とか『秘密』とか、『お兄ちゃんは見ちゃダメ!』とか言うわりに、色々と聞きに来るから、『隠すつもりが無いのでは?』と思うこともしばしばだとか。

 とにかく、実名や、年齢や、そういうのは絶対出すなと注意しつつ、白石兄も中身をチェックしてセキュリティに努めてるらしいが。

 

 なあ、白石兄。

 この、公開恋文(ラブレター)の陳列を俺に読ませてどうしろと?

 

 そりゃ、好意を寄せられるのは嬉しいよ。

 がっつり縁を持った女の子が元気になって、頑張っていると聞けば、心がほっこりもする。

 

 というかそもそも、果鈴ちゃんが手術することを決めたことを知らせるメールの、『ごめん』がものすごく気になってるんだ。

 何言った?

 何を言った?

 果鈴ちゃんに、何を吹き込んだ?

 

 え?

 

果鈴(かりん)のやつ、今はブリンカー状態だから』

 

 そういうことじゃなく。

 俺が聞きたいのは、『誰が』、果鈴ちゃんにブリンカーを装着させたかってことだ。

 つーか、白石兄よ、お前『ブリンカー』なんて知ってたのか。

 

 

『ブリンカー』

 馬の視野は、なんと340度と言われています。(真後ろはともかく、後方も見えているし、自分の足元も見えている)

 飛び込んでくる情報が半端なく多いのは、草食動物として身を守るために必須なのかもしれませんが、レースに集中できない馬がいるので、強制的に視野を狭める覆面のようなもの。

 なお、余計に集中できなくなる馬もいるので、うまくいくかどうかは、やってみなければわからない。

 

 

 

 

 

 さて、1月末。

 

 俺は冬の北海道……というか、女満別空港へと飛ぶことになった。

 そりゃ、単位修得が順調だから、ほとんど数はないんだが……。

 

 大学生は今、試験期間中です!

 

 白石兄!

 白石兄!

 しーらーいーしー兄ぃっ!!

 そういうこと、わかってんだろうが、同じ大学生のお前ならよぉっ!!

 

 

『お小遣いを貯めて買いました』

 

 とメッセージを添えて、果鈴ちゃんから飛行機のチケットが送られてきた。

 安くはない値段。

 ましてや中学生。

 

 この、色々とギリギリなタイミングで、手紙(きょうはく)が届いたのは偶然か、それとも、あざといのか?

 

 よし、戦略的に負けたことは認める。

 行くよ。

 行くけどさ。

 北見の冬まつりってのが終わったら、帰るぞ俺は。

 単位取得は順調でも、落とせない単位はあるんだ。

 滞在期間は……頑張っても5日だ、試験があるからな。

 勉強の方は大丈夫だが、試験を受けないわけにはいかない。

 いいな、それ以上は絶対に無理だからな。

 

『……感謝する。宿に関しては俺のアパートを……』

 

 白石兄のアパートって、今は果鈴ちゃんも住んでるんだろ?

 

『……忙しいから、あまりアパートには帰れない。邪魔はしないから、よろしく』

 

 いや、邪魔しろよ。

 あの年代の子供って、後先考えないぞ、多分。

 白石兄よ、怒らないから正直に言ってみ?

 果鈴ちゃんに脅されてないか、お前?

 

 

 

 

 

 

 

 

 東京羽田から、約100分。

 天候にも恵まれ、俺は無事に女満別空港に降り立った。

 

「お兄ちゃん!」

 

 ……世界(かりん)が俺を、殺しに来ている。

 

 なにか言おうと思ったのだが……言葉を失った。

 

 これが成長期か。

 

 冗談のような本当の話だが、夏休みに5センチ身長が伸びた奴もいる。

 俺は、背の伸びた果鈴ちゃんが、よたよたとこちらに向かって歩いてくるのを……。

 

 ……よたよた?

 

 厚底ブーツだった。

 オシャレか!

 数年も経てば廃れるとは思うが。

 つーか、雪道でそれは危ないんじゃないのか。

 

「えへへー、わかってるよ。空港に来てから履き替えたの」

 

 そう言って、果鈴ちゃんは俺の腕を抱きしめた。

 

「心配してくれてありがと、お兄ちゃん」

 

 うん、その『お兄ちゃん』ってのは?

 どうやらそんな疑問が顔に出ていたらしい。

 果鈴ちゃんは、ちょっと首をかしげながら言った。

 

「看護師さんがね、そう呼んであげなさいって」

 

 よし。

 あとで病院行こう。

 けどまあ、今は果鈴ちゃんの相手だ。

 

 まあ、『お兄ちゃん』って呼び方は悪くないかもしれない。

 親戚のお兄ちゃんポジションを、獲得しやすい。

 戦争を始めるときは、『どうやって終わらせるか』をあらかじめ考えておくべきだ。

 つまり、俺は果鈴ちゃんとの関係の結末というか、落としどころを考えた上で対応しなければけない。

 白石兄の友人。

 兄ではない、親戚のお兄さん感覚。

 

『あのね、私、子供の頃はお兄ちゃんに憧れてたの』

 

 なんて、平和的収束が想像できる。

 

 人が生きていく上で、無傷でいられるなんてのは幻想だ。

 だからといって、必要以上に傷を負うリスクを冒すのも考えものだろう。

 

 多くの穏やかな傷を、時間経過によって、いい思い出に変えていく。

 そして、いい思い出で、癒えない傷を隠して生きていく。

 

 俺は、そういうことを考えていた。

 

 

 果鈴ちゃんより年上だが、自分自身がまだまだ若造であること。

 この時の俺は、それを忘れていたと言える。

 

 

 

 

 

 

 このまままっすぐ北見市へと向かうのかと思ったら、果鈴ちゃんには冬の網走観光プランがあったらしい。

 

「私のために、夏の網走は色々と回ってくれたけど、冬の網走の観光はまだだよね?だから、今度は私が、観光案内してあげるね」

 

 まあ、そういうことなら。

 

 そして果鈴ちゃんと俺は、女満別空港から……。

 

「……戻ろう」

 

 すぐに空港内へと戻った。

 寒い。

 痛い。

 顔が突っ張る。

 風強い。

 

「お兄ちゃん?」

 

 うん、ちょっと待って。

 覚悟、決めるから。

 

 コートの襟を立てて、首筋を保護。

 さあ、ここから先は戦場だ。

 ここは、冬の北海道の中でも、激戦区。

 

 空港から出ているバスに乗って、網走方面へ。

 どうやらこのバス、飛行機の到着に合わせて出ている感じ。

 つまり、バスに乗り遅れると……うん。

 

 

 俺の感覚からすると、すごい雪道なんだが。

 もちろん、除雪はされているんだろうけど、バスはスイスイ走っていく。

 滅多に見られない雪景色に見とれていると、果鈴ちゃんの指先がついっと袖を引っ張ってくる。

 うん、可愛いね。

 色々と話をして、過ごすことにした。

 

 網走駅に到着。

 

 ああ、夏にも来たけど……やはり、見た目が大分変わるな。

 駅前の電話ボックスの上の雪のオブジェが、本物になってる。

 駅を出てすぐ目の前には、道路を挟んで網走川が流れている……流れてるよな?

 右手の方角は海だ。

 網走川が形成した小規模扇状地というか、三角州?

 その扇の要に位置しているのが、網走駅だ。

 まあ、もともとの地形がどうだったのかは、調べてみないとわからないが。

 なんせ、左手の方角に足を伸ばせば、すぐに網走湖だ。

 土地の確保のために、川の流れに色々と手を加えてきたんじゃないかと思う。

 

「ご飯、食べよ」

 

 そう言って、果鈴ちゃんが迷う素振りも見せずに歩き出す。

 うん、この日のために、色々と調べてくれているらしい。

 素直に感謝だ。

 

 

 満足。

 

「……やっぱり、男の人って、たくさん食べるんだね」

「白石兄だって、そうだろ?」

「うーん、お兄ちゃんは……って、お兄ちゃんが2人だとややこしいね。じゃあ、果鈴のお兄ちゃんは、お兄ちゃん2号ってことで」

 

 ……なんか、すまん。

 白石兄よ。

 

「お兄ちゃん2号は、忙しいせいかなあ……ちょっとずつを何回も食べるって感じ。道を歩きながら、なんてお行儀悪いよね」

 

 時間を確認しながら、おーろらターミナルに到着。

 冬のオホーツク海。

 流氷の海を、砕氷船に乗ってクルージングという、豪快な遊覧船(?)だ。

 俺も説明を聞いて初めて知ったが、流氷が接岸する海としては、ここは北半球で最も南に位置するらしい。

 考えてみれば、このへんの北緯って、ヨーロッパでは地中海沿岸と同じ位置だよなあ……。

 

 ここ10年でいうなら、2001年が一番早く接岸したらしく、1月8日。

 地元の人間でも特別寒かったと言われた、2002年は、1月の17日。

 ただし、陸地から流氷を確認できたのは、2002年の方が早かったらしい。

 それぞれ、1月6日と、12月27日。

 流氷が見えてから、接岸するまでは早かったり遅かったり……まあ、大自然の気まぐれってやつか。

 

 

 うん、大自然の気まぐれってやつだ。

 

 今日は1月30日。

 流氷はそこまで来ている。

 予想では、明日接岸するとのことだ。

 

 流氷氷砕船、おーろら号は、出発そのものはともかくとして、流氷の海を行く。

 流氷がない場合は、ただ単にクルージングになっちゃうらしいが。

 運が良かったと言える。

 

 

 港を出て、流氷の海に向かっていくオーロラ号。

 お、おう。

 この微妙な振動が、俺としては恐怖なんだが。

 

「うわぁ、なんか陸地を船で進んでる気分だね」

 

 果鈴ちゃんはご機嫌だ。

 まあ、この船にも限界はあるんだろうが……いわゆる、流氷山脈みたいになってるところはさすがに進めないだろう。

 なんだかんだ言っても、アムール川から漂う流氷は、最初は1メートルほどの厚みがあるが、ここにたどり着くときには50センチほどにまでなってるそうだし。

 まあ、次々と流氷が押し寄せ、寒気で冷やされ、結合、合体を繰り返せば……氷の海か。

 今は、氷を砕くというより、漂流物を押しのけてる感じだ。

 

「というか、流氷ってなんか青っぽいな……蒼き氷河ってのは、こういうことか」

「うん、なんか綺麗なブルーって感じ……」

 

 落ちたら死ぬな、これ。

 いや、寒いことは寒いんだけど。

 なんかもう、あるレベルを超えたら、差を感じない。

 

 ただ、つないでる果鈴ちゃんの手があったかい。

 それまで手をつないだりしなかったのに、船に乗ってからいきなり果鈴ちゃんが俺の手を握った。

 どことなく、誰かの入れ知恵を感じるんだが。

 

 俺の心が汚れてるだけか?

 

 いかんな。

 どうも、素直に楽しめない自分がいる。

 

 

 言葉じゃない。

 こういう雰囲気は、いくら隠そうとしても絶対に伝わる。

 

 果鈴ちゃんは笑っている。

 本当に、心の底から笑っているとは、俺には思えなかった。

 

 

 

 網走駅から北見駅へ。

 そして、白石兄のアパートへ。

 ああ、懐かしいな、そう思う自分が、少し滑稽だった。

 

 ちなみに、白石兄は、バイトへと出かけたあとだった。

 

 勝手知ったる人の家……というわけではないが、台所でお湯を沸かす。

 その間に、色々と確認。

 台所の配置は、ほとんど変わっていない。

 夕飯はどうしようかと、冷蔵庫も確認。

 

「果鈴ちゃん、なんか食べたいものある?」

「え、お兄ちゃんが作るの?」

「夏は、ほとんど俺が作ってたよ……聞いてない?」

「むう、お兄ちゃん2号は、3号に格下げだ」

 

 果鈴ちゃんと2人、駅前のスーパーで買い物。

 北見市周辺に観光地は多いが、北見市街(駅周辺)そのものは、観光地って感じじゃなく、普通の街って感じがする。

 寒いけどね。

 

「プリン食べたい」

「作ろうか?」

「え?」

 

 夕飯は、ちょっと手抜きの鍋物。

 しかし、プリンはまじめに作る。

 夜遅くに帰ってくるであろう白石兄の分も当然作る。

 入れ物が、茶碗やカップになったのはご愛嬌。

 

「え、プリンって冷やして作るんじゃないの?」

「そういうのもあるけど、原料に卵使ってるからね……まあ、熱を通さないと。冷やすのはそのあとだ」

 

 夕飯後の、デザートにプリン。

 果鈴ちゃんはご機嫌だ。

 

「お兄ちゃん2号、じゃなくて3号のものは、私のもの~」

 

 白石兄ぃ……。

 

 

 

 コタツに入ってテレビを見る。

 テレビを見ていた。

 

 気が付くと、果鈴ちゃんがじっと俺を見つめていた。

 思わず居住まいを正してしまいそうな表情で。

 

「どうかした?」

「お兄ちゃんって、年下の女の子って……好き?」

 

 微かな逡巡を、振り切る。

 

「正直に言えば、誰かと付き合うなら同い年ぐらいがいいなと思ってる」

「そっか……」

 

 ちょっと俯いた果鈴ちゃんだったが、顔を上げて笑った。

 

「良かった」

「……というと?」

「だって、『小さい子が好き』だったら、私が大人になったら相手にされなくなるってことでしょ?」

 

 笑顔で、俺に向かって続ける。

 

「だから、『良かった』だよ」

 

 

 

 俺はコタツから出た。

 正座して、頭を下げた。

 果鈴ちゃん……いや、果鈴というひとりの女の子に対して。

 

「な、なに?どうしたの、お兄ちゃん?」

 

 有名なスポーツの指導者が、こんな言葉を残している。

 

『スポーツ選手にとって1番辛いことは負けることだ。ならば、指導者は、その1番辛いことを回避させるために、それ以外の辛いことをすべて経験させるぐらいの覚悟をすべきだ』

 

 間違ってはいないと思う。

 でも、俺はそれに異論を唱えたい。

 

 スポーツ選手にとって1番辛いことは、『戦えないこと』だ。

 勝つことも、負けることもできない。

 試合に出られないこと。

 戦いの場に、出られないこと。

 自分の努力を発揮する場を与えられないこと。

 

 俺は、果鈴を勝負の場に出させまいとしていた。

 戦わせまいとしてた。

 スタートラインにすら、立たせまいとした。

 子供だから。

 傷を浅く。

 間違った考えではないと思う。

 それでも、俺は戦えない辛さを知っている。

 

 彼女を傷つける覚悟を持とう。

 彼女を傷つける勇気を持とう。

 

 彼女を傷つけまいとする気持ちも、傷つけようとする気持ちも、どちらも俺のエゴに過ぎない。

 

 

 

 

 

 俺は、俺の思うところを語った。

 まずは謝罪から。

 そして、現時点で彼女のことを恋愛対象としては見られないこと。

 

 長い沈黙。

 

 最悪、俺は別の宿を探して、明日の朝に帰ることになるだろう。

 白石兄にも恨まれるかもしれない。

 

「顔、上げてよ、お兄ちゃん」

 

 果鈴は、泣いても笑ってもいなかった。

 むしろ、どこか穏やかな表情を浮かべてさえいた。

 

「お兄ちゃん、真面目すぎ」

「……そうか?」

「でもまあ、そういう人だから……旅先で出会った女の子のために、お金と時間をかけて、たくさん『観光』してくれたんだよね」

 

 果鈴が、微笑む。

 

「そんな人だから、大好きなんだよ」

「……」

「だから、今は、お兄ちゃんでいいよね」

 

 果鈴が、言葉を続ける。

 

「来年、もう一度中学3年をやらなきゃいけないけど、高校を卒業して……ちょっと働いて、私が20歳(おとな)になったとき、お兄ちゃんは26歳かな」

 

 ニコッと笑って、ブイサイン。

 

「お似合いだよね」

「ああ、いや……ちょっと単純に考えすぎというか……」

「だーかーら、今は、私のお兄ちゃん」

「……果鈴がさ、その気持ちにとらわれないか心配だ」

 

 これから彼女の世界は。

 閉じた世界が開かれる。

 世界が広がっていく。

 出会いがある。

 地を駆け、空を飛ぶような、そんな時期。

 

 妙な重荷は、ない方がいい。

 

 そんな俺の言葉に、果鈴は……どこか大人の表情で笑ってみせた。

 

「お兄ちゃん、女の子のこと、甘く見すぎ……」

「……」

「お兄ちゃん以上の素敵な人がいたら、さっさと乗り換えるよ、決まってるじゃない」

「いや、それならいいんだが……はっきり言われると複雑だ」

「私よりお兄ちゃんの方が心配だな、私のことを気にして、縛られそう」

 

 ……あるかもしれん。

 

 俺がそうつぶやくと、果鈴は微笑んで何も言わなかった。

 

 

 

 日付が変わる頃、白石兄が帰宅した。

 

「おお、無事に来てたか……連絡なかったんでちょっと心配だったんだが」

「すまん、本気で忘れてた」

「果鈴は……寝てるか」

 

 ……寝てるかなあ。

 寝てるふりのような気がするんだが。

 喉が動く回数多いしなあ。

 

「飯は?」

「まだだ」

「そりゃよかった」

 

 俺は、鍋の残りを火にかけ、新たに野菜を突っ込んで、見た目を整えた。

 つなぎには、隠しておいたプリンを。

 うん、果鈴に取られると思ってた。

 

「ほれ、順番めちゃくちゃだが、先にデザートだ」

「え、茶碗蒸し?」

「いや、プリン」

「手作りかよ……」

 

 白石兄とやりとりしながら、不思議な気持ちだ。

 10年来の友人のような気がしてくる。

 

「お兄ちゃん3号のものは、私のものぉ!」

 

 果鈴がインターセプト。

 やっぱ、起きてたか。

 明日も観光なんだから、さっさと寝なさい。

 

「……なあ、3号ってなんだよ?」

 

 ……さっさと寝なさい。

 

 

 

 

 

 翌日はあいにくの天気だった。

 雪が降って、風も強い。

 俺から見れば、吹雪だ。

 

「今日はちょっと風が強いね」

「ああ、でもまあ気をつければ平気だろ」

 

 なあ、吹雪だよな、これ?

 

 白石兄が、普通に出かけていく。

 それを見送ったあと、果鈴が笑ってこんな事を言う。

 

「さて、お兄ちゃん。今日のデートは、どこに行く?」

「天気、大丈夫なの?」

「雪なら、お昼頃に止むんじゃないかな?」

 

 うん、それなら、いいのか。

 

「そういえば、北見の冬祭りってどういうの?札幌の雪祭りとか、そういう感じ?」

「うん、雪像なんかも作るらしいけど……面白いっていうか、変な催し物があるよ」

「どんなの?」

「雪合戦大会とか」

「ほう……なんか面白そう」

 

 聞けば、雪の壁などを駆使して、かなりテクニカルな戦いになるらしい。

 子供の部と、大人の部。

 たぶん、大人の部は、ガチだろう。

 

「それとね、焼肉大会」

 

 うん、う……ん?

 

「外で?」

「うん、お外で……お兄ちゃんが言ってたけど、ビールもシャリシャリになっていくし、焼肉も早く食べないと凍るらしいよ。最近になって始まったらしいけど」

 

 ああ、うん。

 ほかの場所の雪祭りだか、冬祭りと差をつけようとして、迷走したのかな?(このイベント、今も続いてます)

 どのみち、事前に申込みしないと参加できないらしいから、関係ないな。

 

「お兄ちゃんは運動は得意?」

「……まあ、かなり得意。果鈴は?」

「良い方かな。特に水泳はものすごく得意だったけど……今はわからない」

 

 街を歩く。

 果鈴と2人で。

 

 気軽に、腕を組んでくる果鈴を見る。

 昨日のことに、何もわだかまりはないのだろうか?

 

 果鈴のお兄ちゃん。

 

『今は』

 

 強いのか。

 強かなのか。

 虚勢なのか。

 意地なのか。

 

 まあ、笑っていられるのなら、いいのかな。

 そんな気がする。

 いや、そう信じたい。

 

 

 ウインドウショッピング。

 喫茶店で休憩。

 夕飯の買い物。

 今日は、街をぶらついただけで終わった。

 

 

 

 俺の作った夕飯を楽しそうに食べる、白石兄妹。

 

 なあ、お前ら、料理とかしねえの?

 

 ふたり揃って目をそらす。

 この、仲良しさんめ。

 

 

 

 

 よく晴れた。

 でも風が強い。

 うん、寒い。

 

 ははは、笑うしかねえ。

 氷点下10度だってよ。

 じゃあ、夜明け前はもっと寒いのか。

 

 タオルを濡らして、外気にさらす。

 

 あはははは。

 

「……お兄ちゃんって、時々子供っぽいよね」

 

 果鈴に呆れられた。

 

 

 今日から北見の冬祭りだ。

 期間は2日。

 雪像の数も、テレビで見た札幌のそれと比べたら少ない。

 それでもまあ、こういうお祭りの空気ってのはいい。

 

 北見市は、この近辺において人口は多いが面積も広い。

 東西に細長い感じで、100キロを越える。

 場所によっては、北見市街が観光になる市民もいるんだろうなと思う。

 

 俺の目から見ても、駅前を出歩いている人の数が多い。

 

「お兄ちゃん、こっちこっち」

 

『お兄ちゃん』呼びに慣れ始めている俺がいる。

 人間の順能力は高い。

 果鈴にしたって、本来は東京の人間だ。

 

 ああ、それにしても。

 元気になったなあと思う。

 

 病院で初めて見たとき。

 初めて話をしたとき。

 

 人形のようだった、少女はいない。

 

「お兄ちゃん。これ見て。おっかしいの、あはは」

 

 よく動く。

 よく喋る。

 よく笑う。

 

 いや、これが本来の果鈴なのだろう。

 良かったと思うと同時に。

 ほんの少し、それに力を貸せたことを。

 誇らしく思う。

 

 あの夜。

 果鈴にぶつけた俺のエゴ。

 

 そして今。

 笑ってくれている果鈴の姿。

 

 果鈴の強さに。

 感謝したい。

 

 

「飽きた」

 

 うん、子供って残酷だよね、こういうとこ。

 

「明日は明日として……お昼からは、別の場所に行こう。ね、お兄ちゃん」

 

 別の場所と言われても、な。

 日が沈むのは早い。

 足もない。

 レンタカーを借りても、雪道を走るなんて無理、というか怖い。

 しかも、今日は観光客が多い。

 タクシーはどうか?

 

「スキーに行こう」

 

 ポジティブだなあ。

 まあ、いいか。

 妹のわがままをきくのは、『お兄ちゃん』の特権らしいし。

 

 

 

 

 白石兄の帰りは遅かった。

 

 果鈴は寝ている。

 たぶん、スキーも含めて、疲れたのだろう。

 

「………すまないな、果鈴に振り回されているんだろ」

「まあ、若干な。でも、楽しんでいるから、気にするな」

 

 白石兄に付き合って、コップに1杯だけ、ビールを飲んだ。

 

「……現時点で、恋愛対象としては見られないって伝えた」

「そうか……」

「じゃあ、『今はお兄ちゃんでいい』と」

「よし、任せた」

 

 そう言って、俺と白石兄は、そっと果鈴をうかがう。

 

 ……寝てるか。

 

「……それで、俺が『お兄ちゃん3号』なわけだな」

「あ、今日4号に降格してた」

「まあ……兄として、果鈴に大したこともしてやれなかったしな」

 

 ビールが苦そうだな、白石兄。

 

「……本当に、ありがとう」

「よせ。楽しんでるって言っただろ」

「それでもだ……お前がいなかったら、どうなってたか……」

「手術をしたさ、きっとな」

 

 白石兄の手が、ビールの缶をへこませた。

 

「俺は……手術を受けさせようと、お前だけじゃなく、果鈴の気持ちまで利用したんだよ……本人の意思に任せるとか言っときながら……」

「元気になって欲しかったからだろ」

「でもなあ」

「手術は成功した、果鈴は元気になった……俺は楽しんでる。いいじゃねえか、それで」

「……すまん……すまん……」

 

 ぐずぐずと、泣き言をこぼしながら……白石兄は、寝てしまった。

 

「……馬鹿だなあ、お兄ちゃん4号は」

 

 優しい表情で、果鈴が白石兄に毛布をかけた。

 

「……格上げしてあげなさいって」

「可愛い妹を、泣き声で起こしちゃうお兄ちゃんなんて、4号で十分です」

 

 果鈴が、ポツリとつぶやく。

 

「4号が忙しかったのって、私のせい、ですよね」

「俺は観光客だからなあ、わからないよ」

 

 俺の言葉に、果鈴は少しだけ笑って。

 

「本当に、心の余裕がなかったんだなって……最近になってわかったの」

「病気やケガをすると、誰でもそんなもんさ」

「そうでしょうか……」

 

 果鈴の指が、白石兄の髪を撫でる。

 

「馬鹿だなあ……本当に、馬鹿だなあ……」

 

 果鈴のつぶやきは、兄に向けたものか、それとも自分に向けたものか。

 俺には、立ち入れない場所だ。

 

 俺は、テーブルの上の食器を持って、台所へ。

 静かに、洗い物をすませていく。

 

『馬鹿だなあ……』

 

 そんなつぶやきが途切れたと思ったら、果鈴は、白石兄の背中に抱きつくような姿勢で眠っていた。

 

 ……和む光景だなあ。

 

 

 

 

 

 

「ちょっ、お兄ちゃん!なんで!?」

「ん、え……か、果鈴!?」

「へ、変なことしたんじゃないでしょうね!?」

「するかっ!」

 

 

 素敵な目覚ましですね、ありがとうございます。(愉悦)

 焦りすぎて『4号』が抜けてるし。

 

 

 

 

 

 うおぉ、昨日よりもいい天気。

 そして昨日よりも寒い。

 風も……昨日よりも強い。

 

 うん、向かい風に向かって駆けていく果鈴は風の子だわ。

 

「お兄ちゃん、早く」

「はいはい」

 

 風が、弱く……こういう時は、直後に強い風が。

 

 ドンピシャ。

 

 果鈴の帽子を、我ながらナイスキャッチ。

 

「お兄ちゃん、ナイス!」

 

 果鈴の髪が、風に舞う。

 それに構わず、果鈴はパチパチと手を叩く。

 

「風、強すぎだろ……」

「私、風が強いの好きですよ」

 

 そう言って、果鈴は向かい風に向かって立ち、両手を広げた。

 

「こうすると、空を飛んでる気分です」

 

 後方に向かってたなびく長髪。

 翻るコートの裾。

 広げられた両手。

 

 俺の目は、一瞬だけ果鈴の背に翼を見た。

 

 

 

 強い風。

 強い向かい風を受けて、鳥は飛ぶ。

 

 

 

「果鈴は、将来の夢とかあるの?」

「お兄ちゃんの恋人」

「……」

「そして、お兄ちゃんのお嫁さん」

 

 ……あんまり、高い空とは思えないけどなあ。

 

 うん、好かれていることに胡座をかいているわけにもいかないか。

 

 

 俺は、果鈴の隣に立って、同じように両手を広げた。

 

 ただし、片方の手は、果鈴の手を握って。

 

 

 

 捕まえたのか。

 捕まったのか。

 

 どうなることやら。

 

 

 




次は帯広……薄幸少女のシナリオを、どうしよう?
あんまり暗い話は書きたくないなあ……。

思案中。
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