今もか。(笑)
あの人の足跡を追う。
あの人の言葉を思う。
写真。
景色。
『外』へと続く道。
道。
道。
道。
あの人の苦労を知る。
あの人の言葉を知る。
あの人の笑顔を思う。
新しい道を探す。
それは。
あなたへと続く道。
白石兄からのメールで、果鈴ちゃんがHPを開設したことを知った。
どうやら、白石兄のパソコンを使って、せっせとポエムってるらしい。
『ナイショ』とか『秘密』とか、『お兄ちゃんは見ちゃダメ!』とか言うわりに、色々と聞きに来るから、『隠すつもりが無いのでは?』と思うこともしばしばだとか。
とにかく、実名や、年齢や、そういうのは絶対出すなと注意しつつ、白石兄も中身をチェックしてセキュリティに努めてるらしいが。
なあ、白石兄。
この、
そりゃ、好意を寄せられるのは嬉しいよ。
がっつり縁を持った女の子が元気になって、頑張っていると聞けば、心がほっこりもする。
というかそもそも、果鈴ちゃんが手術することを決めたことを知らせるメールの、『ごめん』がものすごく気になってるんだ。
何言った?
何を言った?
果鈴ちゃんに、何を吹き込んだ?
え?
『
そういうことじゃなく。
俺が聞きたいのは、『誰が』、果鈴ちゃんにブリンカーを装着させたかってことだ。
つーか、白石兄よ、お前『ブリンカー』なんて知ってたのか。
『ブリンカー』
馬の視野は、なんと340度と言われています。(真後ろはともかく、後方も見えているし、自分の足元も見えている)
飛び込んでくる情報が半端なく多いのは、草食動物として身を守るために必須なのかもしれませんが、レースに集中できない馬がいるので、強制的に視野を狭める覆面のようなもの。
なお、余計に集中できなくなる馬もいるので、うまくいくかどうかは、やってみなければわからない。
さて、1月末。
俺は冬の北海道……というか、女満別空港へと飛ぶことになった。
そりゃ、単位修得が順調だから、ほとんど数はないんだが……。
大学生は今、試験期間中です!
白石兄!
白石兄!
しーらーいーしー兄ぃっ!!
そういうこと、わかってんだろうが、同じ大学生のお前ならよぉっ!!
『お小遣いを貯めて買いました』
とメッセージを添えて、果鈴ちゃんから飛行機のチケットが送られてきた。
安くはない値段。
ましてや中学生。
この、色々とギリギリなタイミングで、
よし、戦略的に負けたことは認める。
行くよ。
行くけどさ。
北見の冬まつりってのが終わったら、帰るぞ俺は。
単位取得は順調でも、落とせない単位はあるんだ。
滞在期間は……頑張っても5日だ、試験があるからな。
勉強の方は大丈夫だが、試験を受けないわけにはいかない。
いいな、それ以上は絶対に無理だからな。
『……感謝する。宿に関しては俺のアパートを……』
白石兄のアパートって、今は果鈴ちゃんも住んでるんだろ?
『……忙しいから、あまりアパートには帰れない。邪魔はしないから、よろしく』
いや、邪魔しろよ。
あの年代の子供って、後先考えないぞ、多分。
白石兄よ、怒らないから正直に言ってみ?
果鈴ちゃんに脅されてないか、お前?
東京羽田から、約100分。
天候にも恵まれ、俺は無事に女満別空港に降り立った。
「お兄ちゃん!」
……
なにか言おうと思ったのだが……言葉を失った。
これが成長期か。
冗談のような本当の話だが、夏休みに5センチ身長が伸びた奴もいる。
俺は、背の伸びた果鈴ちゃんが、よたよたとこちらに向かって歩いてくるのを……。
……よたよた?
厚底ブーツだった。
オシャレか!
数年も経てば廃れるとは思うが。
つーか、雪道でそれは危ないんじゃないのか。
「えへへー、わかってるよ。空港に来てから履き替えたの」
そう言って、果鈴ちゃんは俺の腕を抱きしめた。
「心配してくれてありがと、お兄ちゃん」
うん、その『お兄ちゃん』ってのは?
どうやらそんな疑問が顔に出ていたらしい。
果鈴ちゃんは、ちょっと首をかしげながら言った。
「看護師さんがね、そう呼んであげなさいって」
よし。
あとで病院行こう。
けどまあ、今は果鈴ちゃんの相手だ。
まあ、『お兄ちゃん』って呼び方は悪くないかもしれない。
親戚のお兄ちゃんポジションを、獲得しやすい。
戦争を始めるときは、『どうやって終わらせるか』をあらかじめ考えておくべきだ。
つまり、俺は果鈴ちゃんとの関係の結末というか、落としどころを考えた上で対応しなければけない。
白石兄の友人。
兄ではない、親戚のお兄さん感覚。
『あのね、私、子供の頃はお兄ちゃんに憧れてたの』
なんて、平和的収束が想像できる。
人が生きていく上で、無傷でいられるなんてのは幻想だ。
だからといって、必要以上に傷を負うリスクを冒すのも考えものだろう。
多くの穏やかな傷を、時間経過によって、いい思い出に変えていく。
そして、いい思い出で、癒えない傷を隠して生きていく。
俺は、そういうことを考えていた。
果鈴ちゃんより年上だが、自分自身がまだまだ若造であること。
この時の俺は、それを忘れていたと言える。
このまままっすぐ北見市へと向かうのかと思ったら、果鈴ちゃんには冬の網走観光プランがあったらしい。
「私のために、夏の網走は色々と回ってくれたけど、冬の網走の観光はまだだよね?だから、今度は私が、観光案内してあげるね」
まあ、そういうことなら。
そして果鈴ちゃんと俺は、女満別空港から……。
「……戻ろう」
すぐに空港内へと戻った。
寒い。
痛い。
顔が突っ張る。
風強い。
「お兄ちゃん?」
うん、ちょっと待って。
覚悟、決めるから。
コートの襟を立てて、首筋を保護。
さあ、ここから先は戦場だ。
ここは、冬の北海道の中でも、激戦区。
空港から出ているバスに乗って、網走方面へ。
どうやらこのバス、飛行機の到着に合わせて出ている感じ。
つまり、バスに乗り遅れると……うん。
俺の感覚からすると、すごい雪道なんだが。
もちろん、除雪はされているんだろうけど、バスはスイスイ走っていく。
滅多に見られない雪景色に見とれていると、果鈴ちゃんの指先がついっと袖を引っ張ってくる。
うん、可愛いね。
色々と話をして、過ごすことにした。
網走駅に到着。
ああ、夏にも来たけど……やはり、見た目が大分変わるな。
駅前の電話ボックスの上の雪のオブジェが、本物になってる。
駅を出てすぐ目の前には、道路を挟んで網走川が流れている……流れてるよな?
右手の方角は海だ。
網走川が形成した小規模扇状地というか、三角州?
その扇の要に位置しているのが、網走駅だ。
まあ、もともとの地形がどうだったのかは、調べてみないとわからないが。
なんせ、左手の方角に足を伸ばせば、すぐに網走湖だ。
土地の確保のために、川の流れに色々と手を加えてきたんじゃないかと思う。
「ご飯、食べよ」
そう言って、果鈴ちゃんが迷う素振りも見せずに歩き出す。
うん、この日のために、色々と調べてくれているらしい。
素直に感謝だ。
満足。
「……やっぱり、男の人って、たくさん食べるんだね」
「白石兄だって、そうだろ?」
「うーん、お兄ちゃんは……って、お兄ちゃんが2人だとややこしいね。じゃあ、果鈴のお兄ちゃんは、お兄ちゃん2号ってことで」
……なんか、すまん。
白石兄よ。
「お兄ちゃん2号は、忙しいせいかなあ……ちょっとずつを何回も食べるって感じ。道を歩きながら、なんてお行儀悪いよね」
時間を確認しながら、おーろらターミナルに到着。
冬のオホーツク海。
流氷の海を、砕氷船に乗ってクルージングという、豪快な遊覧船(?)だ。
俺も説明を聞いて初めて知ったが、流氷が接岸する海としては、ここは北半球で最も南に位置するらしい。
考えてみれば、このへんの北緯って、ヨーロッパでは地中海沿岸と同じ位置だよなあ……。
ここ10年でいうなら、2001年が一番早く接岸したらしく、1月8日。
地元の人間でも特別寒かったと言われた、2002年は、1月の17日。
ただし、陸地から流氷を確認できたのは、2002年の方が早かったらしい。
それぞれ、1月6日と、12月27日。
流氷が見えてから、接岸するまでは早かったり遅かったり……まあ、大自然の気まぐれってやつか。
うん、大自然の気まぐれってやつだ。
今日は1月30日。
流氷はそこまで来ている。
予想では、明日接岸するとのことだ。
流氷氷砕船、おーろら号は、出発そのものはともかくとして、流氷の海を行く。
流氷がない場合は、ただ単にクルージングになっちゃうらしいが。
運が良かったと言える。
港を出て、流氷の海に向かっていくオーロラ号。
お、おう。
この微妙な振動が、俺としては恐怖なんだが。
「うわぁ、なんか陸地を船で進んでる気分だね」
果鈴ちゃんはご機嫌だ。
まあ、この船にも限界はあるんだろうが……いわゆる、流氷山脈みたいになってるところはさすがに進めないだろう。
なんだかんだ言っても、アムール川から漂う流氷は、最初は1メートルほどの厚みがあるが、ここにたどり着くときには50センチほどにまでなってるそうだし。
まあ、次々と流氷が押し寄せ、寒気で冷やされ、結合、合体を繰り返せば……氷の海か。
今は、氷を砕くというより、漂流物を押しのけてる感じだ。
「というか、流氷ってなんか青っぽいな……蒼き氷河ってのは、こういうことか」
「うん、なんか綺麗なブルーって感じ……」
落ちたら死ぬな、これ。
いや、寒いことは寒いんだけど。
なんかもう、あるレベルを超えたら、差を感じない。
ただ、つないでる果鈴ちゃんの手があったかい。
それまで手をつないだりしなかったのに、船に乗ってからいきなり果鈴ちゃんが俺の手を握った。
どことなく、誰かの入れ知恵を感じるんだが。
俺の心が汚れてるだけか?
いかんな。
どうも、素直に楽しめない自分がいる。
言葉じゃない。
こういう雰囲気は、いくら隠そうとしても絶対に伝わる。
果鈴ちゃんは笑っている。
本当に、心の底から笑っているとは、俺には思えなかった。
網走駅から北見駅へ。
そして、白石兄のアパートへ。
ああ、懐かしいな、そう思う自分が、少し滑稽だった。
ちなみに、白石兄は、バイトへと出かけたあとだった。
勝手知ったる人の家……というわけではないが、台所でお湯を沸かす。
その間に、色々と確認。
台所の配置は、ほとんど変わっていない。
夕飯はどうしようかと、冷蔵庫も確認。
「果鈴ちゃん、なんか食べたいものある?」
「え、お兄ちゃんが作るの?」
「夏は、ほとんど俺が作ってたよ……聞いてない?」
「むう、お兄ちゃん2号は、3号に格下げだ」
果鈴ちゃんと2人、駅前のスーパーで買い物。
北見市周辺に観光地は多いが、北見市街(駅周辺)そのものは、観光地って感じじゃなく、普通の街って感じがする。
寒いけどね。
「プリン食べたい」
「作ろうか?」
「え?」
夕飯は、ちょっと手抜きの鍋物。
しかし、プリンはまじめに作る。
夜遅くに帰ってくるであろう白石兄の分も当然作る。
入れ物が、茶碗やカップになったのはご愛嬌。
「え、プリンって冷やして作るんじゃないの?」
「そういうのもあるけど、原料に卵使ってるからね……まあ、熱を通さないと。冷やすのはそのあとだ」
夕飯後の、デザートにプリン。
果鈴ちゃんはご機嫌だ。
「お兄ちゃん2号、じゃなくて3号のものは、私のもの~」
白石兄ぃ……。
コタツに入ってテレビを見る。
テレビを見ていた。
気が付くと、果鈴ちゃんがじっと俺を見つめていた。
思わず居住まいを正してしまいそうな表情で。
「どうかした?」
「お兄ちゃんって、年下の女の子って……好き?」
微かな逡巡を、振り切る。
「正直に言えば、誰かと付き合うなら同い年ぐらいがいいなと思ってる」
「そっか……」
ちょっと俯いた果鈴ちゃんだったが、顔を上げて笑った。
「良かった」
「……というと?」
「だって、『小さい子が好き』だったら、私が大人になったら相手にされなくなるってことでしょ?」
笑顔で、俺に向かって続ける。
「だから、『良かった』だよ」
俺はコタツから出た。
正座して、頭を下げた。
果鈴ちゃん……いや、果鈴というひとりの女の子に対して。
「な、なに?どうしたの、お兄ちゃん?」
有名なスポーツの指導者が、こんな言葉を残している。
『スポーツ選手にとって1番辛いことは負けることだ。ならば、指導者は、その1番辛いことを回避させるために、それ以外の辛いことをすべて経験させるぐらいの覚悟をすべきだ』
間違ってはいないと思う。
でも、俺はそれに異論を唱えたい。
スポーツ選手にとって1番辛いことは、『戦えないこと』だ。
勝つことも、負けることもできない。
試合に出られないこと。
戦いの場に、出られないこと。
自分の努力を発揮する場を与えられないこと。
俺は、果鈴を勝負の場に出させまいとしていた。
戦わせまいとしてた。
スタートラインにすら、立たせまいとした。
子供だから。
傷を浅く。
間違った考えではないと思う。
それでも、俺は戦えない辛さを知っている。
彼女を傷つける覚悟を持とう。
彼女を傷つける勇気を持とう。
彼女を傷つけまいとする気持ちも、傷つけようとする気持ちも、どちらも俺のエゴに過ぎない。
俺は、俺の思うところを語った。
まずは謝罪から。
そして、現時点で彼女のことを恋愛対象としては見られないこと。
長い沈黙。
最悪、俺は別の宿を探して、明日の朝に帰ることになるだろう。
白石兄にも恨まれるかもしれない。
「顔、上げてよ、お兄ちゃん」
果鈴は、泣いても笑ってもいなかった。
むしろ、どこか穏やかな表情を浮かべてさえいた。
「お兄ちゃん、真面目すぎ」
「……そうか?」
「でもまあ、そういう人だから……旅先で出会った女の子のために、お金と時間をかけて、たくさん『観光』してくれたんだよね」
果鈴が、微笑む。
「そんな人だから、大好きなんだよ」
「……」
「だから、今は、お兄ちゃんでいいよね」
果鈴が、言葉を続ける。
「来年、もう一度中学3年をやらなきゃいけないけど、高校を卒業して……ちょっと働いて、私が
ニコッと笑って、ブイサイン。
「お似合いだよね」
「ああ、いや……ちょっと単純に考えすぎというか……」
「だーかーら、今は、私のお兄ちゃん」
「……果鈴がさ、その気持ちにとらわれないか心配だ」
これから彼女の世界は。
閉じた世界が開かれる。
世界が広がっていく。
出会いがある。
地を駆け、空を飛ぶような、そんな時期。
妙な重荷は、ない方がいい。
そんな俺の言葉に、果鈴は……どこか大人の表情で笑ってみせた。
「お兄ちゃん、女の子のこと、甘く見すぎ……」
「……」
「お兄ちゃん以上の素敵な人がいたら、さっさと乗り換えるよ、決まってるじゃない」
「いや、それならいいんだが……はっきり言われると複雑だ」
「私よりお兄ちゃんの方が心配だな、私のことを気にして、縛られそう」
……あるかもしれん。
俺がそうつぶやくと、果鈴は微笑んで何も言わなかった。
日付が変わる頃、白石兄が帰宅した。
「おお、無事に来てたか……連絡なかったんでちょっと心配だったんだが」
「すまん、本気で忘れてた」
「果鈴は……寝てるか」
……寝てるかなあ。
寝てるふりのような気がするんだが。
喉が動く回数多いしなあ。
「飯は?」
「まだだ」
「そりゃよかった」
俺は、鍋の残りを火にかけ、新たに野菜を突っ込んで、見た目を整えた。
つなぎには、隠しておいたプリンを。
うん、果鈴に取られると思ってた。
「ほれ、順番めちゃくちゃだが、先にデザートだ」
「え、茶碗蒸し?」
「いや、プリン」
「手作りかよ……」
白石兄とやりとりしながら、不思議な気持ちだ。
10年来の友人のような気がしてくる。
「お兄ちゃん3号のものは、私のものぉ!」
果鈴がインターセプト。
やっぱ、起きてたか。
明日も観光なんだから、さっさと寝なさい。
「……なあ、3号ってなんだよ?」
……さっさと寝なさい。
翌日はあいにくの天気だった。
雪が降って、風も強い。
俺から見れば、吹雪だ。
「今日はちょっと風が強いね」
「ああ、でもまあ気をつければ平気だろ」
なあ、吹雪だよな、これ?
白石兄が、普通に出かけていく。
それを見送ったあと、果鈴が笑ってこんな事を言う。
「さて、お兄ちゃん。今日のデートは、どこに行く?」
「天気、大丈夫なの?」
「雪なら、お昼頃に止むんじゃないかな?」
うん、それなら、いいのか。
「そういえば、北見の冬祭りってどういうの?札幌の雪祭りとか、そういう感じ?」
「うん、雪像なんかも作るらしいけど……面白いっていうか、変な催し物があるよ」
「どんなの?」
「雪合戦大会とか」
「ほう……なんか面白そう」
聞けば、雪の壁などを駆使して、かなりテクニカルな戦いになるらしい。
子供の部と、大人の部。
たぶん、大人の部は、ガチだろう。
「それとね、焼肉大会」
うん、う……ん?
「外で?」
「うん、お外で……お兄ちゃんが言ってたけど、ビールもシャリシャリになっていくし、焼肉も早く食べないと凍るらしいよ。最近になって始まったらしいけど」
ああ、うん。
ほかの場所の雪祭りだか、冬祭りと差をつけようとして、迷走したのかな?(このイベント、今も続いてます)
どのみち、事前に申込みしないと参加できないらしいから、関係ないな。
「お兄ちゃんは運動は得意?」
「……まあ、かなり得意。果鈴は?」
「良い方かな。特に水泳はものすごく得意だったけど……今はわからない」
街を歩く。
果鈴と2人で。
気軽に、腕を組んでくる果鈴を見る。
昨日のことに、何もわだかまりはないのだろうか?
果鈴のお兄ちゃん。
『今は』
強いのか。
強かなのか。
虚勢なのか。
意地なのか。
まあ、笑っていられるのなら、いいのかな。
そんな気がする。
いや、そう信じたい。
ウインドウショッピング。
喫茶店で休憩。
夕飯の買い物。
今日は、街をぶらついただけで終わった。
俺の作った夕飯を楽しそうに食べる、白石兄妹。
なあ、お前ら、料理とかしねえの?
ふたり揃って目をそらす。
この、仲良しさんめ。
よく晴れた。
でも風が強い。
うん、寒い。
ははは、笑うしかねえ。
氷点下10度だってよ。
じゃあ、夜明け前はもっと寒いのか。
タオルを濡らして、外気にさらす。
あはははは。
「……お兄ちゃんって、時々子供っぽいよね」
果鈴に呆れられた。
今日から北見の冬祭りだ。
期間は2日。
雪像の数も、テレビで見た札幌のそれと比べたら少ない。
それでもまあ、こういうお祭りの空気ってのはいい。
北見市は、この近辺において人口は多いが面積も広い。
東西に細長い感じで、100キロを越える。
場所によっては、北見市街が観光になる市民もいるんだろうなと思う。
俺の目から見ても、駅前を出歩いている人の数が多い。
「お兄ちゃん、こっちこっち」
『お兄ちゃん』呼びに慣れ始めている俺がいる。
人間の順能力は高い。
果鈴にしたって、本来は東京の人間だ。
ああ、それにしても。
元気になったなあと思う。
病院で初めて見たとき。
初めて話をしたとき。
人形のようだった、少女はいない。
「お兄ちゃん。これ見て。おっかしいの、あはは」
よく動く。
よく喋る。
よく笑う。
いや、これが本来の果鈴なのだろう。
良かったと思うと同時に。
ほんの少し、それに力を貸せたことを。
誇らしく思う。
あの夜。
果鈴にぶつけた俺のエゴ。
そして今。
笑ってくれている果鈴の姿。
果鈴の強さに。
感謝したい。
「飽きた」
うん、子供って残酷だよね、こういうとこ。
「明日は明日として……お昼からは、別の場所に行こう。ね、お兄ちゃん」
別の場所と言われても、な。
日が沈むのは早い。
足もない。
レンタカーを借りても、雪道を走るなんて無理、というか怖い。
しかも、今日は観光客が多い。
タクシーはどうか?
「スキーに行こう」
ポジティブだなあ。
まあ、いいか。
妹のわがままをきくのは、『お兄ちゃん』の特権らしいし。
白石兄の帰りは遅かった。
果鈴は寝ている。
たぶん、スキーも含めて、疲れたのだろう。
「………すまないな、果鈴に振り回されているんだろ」
「まあ、若干な。でも、楽しんでいるから、気にするな」
白石兄に付き合って、コップに1杯だけ、ビールを飲んだ。
「……現時点で、恋愛対象としては見られないって伝えた」
「そうか……」
「じゃあ、『今はお兄ちゃんでいい』と」
「よし、任せた」
そう言って、俺と白石兄は、そっと果鈴をうかがう。
……寝てるか。
「……それで、俺が『お兄ちゃん3号』なわけだな」
「あ、今日4号に降格してた」
「まあ……兄として、果鈴に大したこともしてやれなかったしな」
ビールが苦そうだな、白石兄。
「……本当に、ありがとう」
「よせ。楽しんでるって言っただろ」
「それでもだ……お前がいなかったら、どうなってたか……」
「手術をしたさ、きっとな」
白石兄の手が、ビールの缶をへこませた。
「俺は……手術を受けさせようと、お前だけじゃなく、果鈴の気持ちまで利用したんだよ……本人の意思に任せるとか言っときながら……」
「元気になって欲しかったからだろ」
「でもなあ」
「手術は成功した、果鈴は元気になった……俺は楽しんでる。いいじゃねえか、それで」
「……すまん……すまん……」
ぐずぐずと、泣き言をこぼしながら……白石兄は、寝てしまった。
「……馬鹿だなあ、お兄ちゃん4号は」
優しい表情で、果鈴が白石兄に毛布をかけた。
「……格上げしてあげなさいって」
「可愛い妹を、泣き声で起こしちゃうお兄ちゃんなんて、4号で十分です」
果鈴が、ポツリとつぶやく。
「4号が忙しかったのって、私のせい、ですよね」
「俺は観光客だからなあ、わからないよ」
俺の言葉に、果鈴は少しだけ笑って。
「本当に、心の余裕がなかったんだなって……最近になってわかったの」
「病気やケガをすると、誰でもそんなもんさ」
「そうでしょうか……」
果鈴の指が、白石兄の髪を撫でる。
「馬鹿だなあ……本当に、馬鹿だなあ……」
果鈴のつぶやきは、兄に向けたものか、それとも自分に向けたものか。
俺には、立ち入れない場所だ。
俺は、テーブルの上の食器を持って、台所へ。
静かに、洗い物をすませていく。
『馬鹿だなあ……』
そんなつぶやきが途切れたと思ったら、果鈴は、白石兄の背中に抱きつくような姿勢で眠っていた。
……和む光景だなあ。
「ちょっ、お兄ちゃん!なんで!?」
「ん、え……か、果鈴!?」
「へ、変なことしたんじゃないでしょうね!?」
「するかっ!」
素敵な目覚ましですね、ありがとうございます。(愉悦)
焦りすぎて『4号』が抜けてるし。
うおぉ、昨日よりもいい天気。
そして昨日よりも寒い。
風も……昨日よりも強い。
うん、向かい風に向かって駆けていく果鈴は風の子だわ。
「お兄ちゃん、早く」
「はいはい」
風が、弱く……こういう時は、直後に強い風が。
ドンピシャ。
果鈴の帽子を、我ながらナイスキャッチ。
「お兄ちゃん、ナイス!」
果鈴の髪が、風に舞う。
それに構わず、果鈴はパチパチと手を叩く。
「風、強すぎだろ……」
「私、風が強いの好きですよ」
そう言って、果鈴は向かい風に向かって立ち、両手を広げた。
「こうすると、空を飛んでる気分です」
後方に向かってたなびく長髪。
翻るコートの裾。
広げられた両手。
俺の目は、一瞬だけ果鈴の背に翼を見た。
強い風。
強い向かい風を受けて、鳥は飛ぶ。
「果鈴は、将来の夢とかあるの?」
「お兄ちゃんの恋人」
「……」
「そして、お兄ちゃんのお嫁さん」
……あんまり、高い空とは思えないけどなあ。
うん、好かれていることに胡座をかいているわけにもいかないか。
俺は、果鈴の隣に立って、同じように両手を広げた。
ただし、片方の手は、果鈴の手を握って。
捕まえたのか。
捕まったのか。
どうなることやら。
次は帯広……薄幸少女のシナリオを、どうしよう?
あんまり暗い話は書きたくないなあ……。
思案中。