北へ。~ひと夏の旅競馬~   作:高任斎

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帯広の話がまとまらないなら、札幌の話を書けばいいじゃない。
……まとまらない。(汗)
3万文字ぐらい必要じゃないのか、こいつ。


札幌で見る夢2
9:札幌のお姫様。(朝比奈京子)


 夏の北海道に飛んで、夏競馬を旅競馬。

 我ながら、頭の悪い企画だと思う。

 

 人生最後のギャンブルというか、無茶というか、はっちゃけるつもりで函館までやってきて。

 

『1ヶ月あまりの函館開催を乗り越えて、札幌開催までたどり着けるかどうか?』

『近くて遠い、はるかなり札幌』

 

 と、俺の中のイメージではこんな感じだったわけだが。

 

 ……札幌はとりあえず物理的に遠かったよ。

 

 

 はるばる来たぜ300キロ。

 そして、競馬用の軍資金は残り2万円と少しだ。

 

 うん、札幌まで来れたけど、見事なまでのジリ貧だ。

 

 ギャンブルは耐えること。

 水の入った洗面器に顔を付け、耐え切れずに顔を上げたら負ける。

 勝てない時に、いかに傷を小さくすませるかが大事。

 ……などなど。

 

 じっと『その時』を待つことの大切さを語る、格言は多い。

 まあ、それを待てないだけでなく、『その時』がわからないのが一般人というやつだ。

 

 スポーツの世界でもよくある。

 我慢できないやつ。

 チャンスでもないチャンスを、そうだと思い込んで勝負どころを間違えるやつ。

 

 結局、じっと耐えること、我慢することは苦しいからだろう。

 不思議なもので、追い詰められると『勝ちたい』よりも、『楽になりたい』って考える奴が多くなる。

 

 麻雀のリーチとかもそういうところがあるな。

『勇気のリーチ』とか、『覚悟のリーチ』とか、不退転だの、決意だの、言葉を飾る奴は多いが、その大半は『もう色々と考えたり悩むのが嫌』という、『逃亡のリーチ』だ。

 リーチをかけると、あとはツモ切りマシーンになるだけだからな。

 何も考えずにすむ。

 

 

 

 まあ、その……なんだ。

 色々と格好いいことを言ったが、今俺は札幌競馬場で『リーチをかけようかどうか悩んでいたりする』わけだ。

 

 朝の1レースから、ずっとパドックとレース観戦の繰り返し。

 馬券を買わないまま、8レースが終わった。

 

 今日の俺がパドックで見て『良い』と思う馬は、芝のレースで凡走、ダートのレースで好走の確率が高い。

 もともと俺の好みの馬体がダート馬であるという感じはあったが、今日はそれが極端に出ている。

 

 チャンスだと思うか?

 基本的に俺は、『1度目のチャンスを見逃し、2度目のチャンスに手を出す』という性質だ。

 よく言えば慎重、悪く言えば臆病。

 

 勝負の女神は、臆病者には微笑まない。

 

『チャンス』だと思う気持ちと『もう遅い』という気持ちがせめぎ合っている。

 本当のチャンスは、さっきのレースだった。

 なのに俺は、『もう一度確かめよう』と思ってしまった。

 

 一番正しいのは、『今日はもう帰る』だろう。

 それはわかっている。

 わかっているが、このまま『何もできずに』討ち死には嫌だ。

 負けるなら、勝負をして負けたい。

 

 10レース。

 俺は、馬券購入のためのマークカードを塗った。

 

 金を投入。

 そしてマークカードを……どうする?

 

『札幌10レース、締切5分前です』

 

 どうする?

 

 当たれば楽になる。

 外れても、本州に戻って楽になる。

 

 どうする?

 

 ああ、俺は、俺を信じよう。

 俺の、今までの人生を信じよう。

 

 つまり。

 もう、遅い。

 チャンスは逃げた。

 

 俺は返金ボタンを押し、2万円を財布に戻してその場を去ろうと……。

 

 カメラを構えた女が、そこに立っていた。

 

 

 

 そして10レース。

 俺が軸にして買おうと思っていた馬は、最後の直線半ばで馬群へと飲まれていった……。

 

 俺は、賭けに勝ったかもしれないが、状況は変わらない。

 耐えることは、苦しい。

 

「……事情は知らないし、競馬のこともあまり知らないけど、良かったわね」

 

 カメラを構えて俺を撮影しているらしい女が、楽しそうに笑う。

 

「あなたが買おうとしてた馬、負けちゃったんでしょ?」

「……俺の買い目はもちろん、レースも見てなかったのに分かるのか?」

「馬鹿ね……私はここに、馬じゃなくて、人を見に来てるのよ」

 

 そう言って、女がカメラを下ろした。

 美少女と、美女の中間……たぶん、年は俺と同じぐらいだろう。

 髪は肩甲骨を隠すぐらいのストレートロング、すっきりとしたモデル体型の美人だ。

 おでこを出すのは、本人に美人の自覚アリなどと、誰かが言ってたが、よくわからん。

 眼鏡のレンズでやや緩和されているが、目元がややキツイ印象を与える……とは対照的に、口元の微笑みが優しい。

 つまり、口元が笑ってないと……かなりキツイ印象の美人になるんじゃないか、これ?

 

「競馬場で人を見に、か……悪趣味だな」

「そうかしら……この世で一番面白いのは人だと思うけど?」

「つまり、アンタから見て、俺は負けそうな人間だったってことか?」

「そういう単純な話じゃないの……というか、ここにいる人たちって、ほぼ負けるんでしょ?負けそうな人間ばかりってことじゃない」

 

 俺は慌てて、女の口を手で塞いだ。

 残念ながら、周囲の人間が、ジロリと、俺たちを睨んでいる。

 

 女の手を引き、その場から即脱出。

 女は素直についてきた。

 

「あー、なんだ。お前さんの言い分は正しい。でもな、自分でわかってるってことと、他人にそれを指摘されるって事の間には、大きな川が流れていてな」

「ええ、そうね」

「……自重してください、マジで。昔と違って、鉄火場(笑)みたいな場所だが、金を失った直後の人間の精神状態を甘く見ないほうがいい」

「私は、まさに、それを見に来てるのだけどね……勝負に来てる人ってほとんどいないの」

 

 なんとなく、理解した。

 遊びや趣味でいうところの『負け』じゃない、勝負の『負け』に興味を惹かれたってとこか。

 

「つまり……俺には、『これから勝負』という気配があったってことか?」

「ええ。背中を見てピンと来たの……この人、『勝負』をしようとしてるって。そして、『負ける』って」

 

 そう言って、なんの躊躇も、屈託もなく、女は笑った。

 自分自身も突き放しているような、そんな笑顔。

 

「意外だったわ。気が付いたらカメラを構えてた……最初から、撮っておくんだったと思ったけど、後の祭りだったわね」

 

 女が笑う。

 眼鏡のレンズの向こうで、瞳が俺を観察しているのが分かる。

 不思議なことに、それほど冷たさは感じなかった。

 というか、ここまで突き抜けると、俺は不快感を覚えない。

 

 スポーツの世界で、時々こういう人間は見てきた。

 やつらの多くは、周囲に足を引っ張られて自滅する。

 そして残りが、上のレベルへと駆け上がっていく。

 

 まあ、上のレベルに上がれば上がったで、そこで自滅する奴もいるんだけどな。

 

「ねえ、ちょっと立ってくれない?そして、背中を見せて」

 

 苦笑しながら、言うとおりにしてやった。

 

「あははは。背中が別人になってる……ねえ、あなた次のレース買いなさいよ。たぶん、勝てるわ」

 

 そう言い残して女は去った。

 

 ……悪魔の囁きか。

 

 

 

 

 女の言うとおり、俺は次のレースで勝った。

 ここで2万円ではなく、5千円しか賭けられないのが、俺という人間なのか。

 

「……これじゃあ、最後のギャンブルになってないな」

 

 北海道まできて。

 馬鹿をやっているのに、はっちゃけていない。

 俺が俺のまま、ただ居場所を変えただけ。

 

 そんな、気がした。

 

 

 ああ、でも『人を見る』か。

 面白い観点かもしれないな。

 

 騎手の乗りかわりや、厩舎の名前ぐらいは意識するけど……その意味を考えたことはほとんどなかった。

 競馬には、金が絡む。

 馬の周囲の人間の思惑は、色濃く出るだろう。

 騎手の体はひとつしかないし、厩舎にあずけられる馬の数には限りがある。

 

 野球といっしょか。

 有名校に選手が集まる理由。

 監督が、その選手を起用する理由。

 

 

 俺は最終レースを観戦し、札幌競馬場を後にした。

 

 

 

 

「あら?」

「……よう、さっきはアドバイスありがとよ」

 

 札幌テレビ塔の下。

 あの女との再会は、わりとすぐだった。

 

「私の言葉を、アドバイスと受け取ったのはあなたの勝手よ。礼を言われる筋合いはないわ」

「じゃあ、礼を言うのも勝手だろう」

 

 女はきょとんとした表情を浮かべ、笑った。

 

「それもそうね……でも、怒ったり気味悪がったりしない人は珍しいわよ」

「自覚あるのかよ……周囲に敵を増やすと、身動き取れなくなるぞ」

「周囲が味方ばっかりになっても、同じことでしょ」

 

 どこか皮肉げに、女が言う。

 

 そして、確かに、と思う俺がいる。

 

「流れていけばいいの。通り過ぎていけばいいの。そうすれば、次々と新しい出会いがあるわ……時は流れていくし、状況は変化していくんだもの。その時必要なものは、その時にさがすしかない」

「なるほど……アンタは、自信家ってわけじゃないんだな」

「自信?」

 

 女がくすくすと、面白そうに笑う。

 

「一度出来たことにさほど興味はないわ。自信なんて、どう持てというの?」

 

 俺には、この女が眩しく見えた。

 内包する脆さというか、危うさも含めて、輝いているように思えたんだ。

 

 

 

 

 

 

 次の日、俺は、札幌競馬場から早々と退散した。

 競馬に集中できないというか、興味が持てない状態だったからだ。

 

 まあ、原因はわかってる。

 昨日の、あの女の存在だ。

 

 ガチの体育会系はマゾなどと揶揄されることがある。

 目標を設定し、その目標に向かっての努力。

 この努力の過程が、そう評価される所以なんだろうが……俺としてはマニアだと思っている。

 その原動力は、上昇志向だったり、単純な欲だったり、あるいはこれまでの努力を無にすることに対する恐怖だったりするが、この『執着』が強いことに変わりはない。

 

 俺が言うのもなんだが、体育会系の人間関係の強固さってのは、ある意味妙なベクトルに向かわないためのストッパーにもなってるんだろうなと思う。

 

 つまり、まあ、なんだ……俺の執着というか、興味が、あの女に向かっている。

 この精神状態を切り替えるため、気分転換が必要だった。

 

 札幌観光でもするかね。 

 

 

 

 ほう、これが日本がっかり名所の一つと言われる時計台か。

 

 なんとなくそう言われている理由はわかった。

 たぶん、絵葉書とか、映像とかで見たイメージが先行しすぎているんだと思う。

 

 がっかりする人間はおそらく、『美しい景色』を求めていたんじゃないだろうか?

 たぶん、時計台の歴史とか、そういうものには関心がないというか。

 

 景色だけを求める人間にとっては、この高層ビルに囲まれて、しかも木の枝と葉っぱがモリモリ邪魔をして、『えー?』という感じになるのだろう。

 まあただでさえ、北海道の観光は雄大な景色とか、そっちのイメージが先行してるだろうし。

 

 ……うん?

 

 自分の『ヒキ』の強さに苦笑した。

 カメラを構えて時計台を撮影しているのは、例の彼女だ。

 

『ヒキ』は『悲喜』に通ずるって言うが……どう転ぶのやら。

 

 そんな俺の気持ちを知るはずもなく、彼女は構図を求めてジリジリと道路のほうに向かって後ずさり……待て。

 

 俺は慌てて背後に回りこみ、彼女の身体を受け止めた。

 

「……また会ったわね?」

「痴漢でも、ストーカーでもないからな」

「ああ、大丈夫よ……時計台の前の道路って、一方通行なの。あっちから来る車は、そこを曲がらなきゃいけないから、ここに車が止まっている限り、ひかれる危険は……」

 

 彼女の言葉の途中で、その一方通行のはずの道を、車が勢いよく走り抜けていった。

 

「……おい」

「観光客かしら?それとも、タチの悪いショートカット?」

 

 彼女は、やれやれと肩をすくめてみせた。

 

「まあ、こういうこともあるわ」

 

 もしかしたら、彼女は照れているのかもしれなかった。

 たぶん、レアな反応なのだろう。

 

 

 

「今日は競馬場に、人を見に行かないのか?」

「時計台を見て落胆する観光客の表情も、なかなかに見ごたえがあるの」

「真っ直ぐに歪んでんなあ、おい」

 

 俺がツッコムと、彼女は笑った。

 

「冗談よ」

「……冗談に聞こえねえ」

「というか、これよ、これ」

 

 そう言って、彼女は手に持ったホームビデオカメラを示した。

 

「……人が絶望する瞬間や、落胆する表情を記録に収めて、後でそれを眺めて愉悦にひたる、と」

「なんでそうなるのよ」

「そうとしか思えねえだろ、この流れだと」

「私は、大学のシネマ研究会に所属する人間。これで良い?」

 

 ……ぼっち、圧倒的ぼっち。

 

「なんか失礼なこと考えてるわね」

「いや、サークルっていうか、自主制作の映画とかなら、何人か揃ってやるもんじゃねえの?」

「シネ研はシネ研でやってるわよ……ただ、もうどうにもならないことがわかったから、別の作品(モノ)を一人でやることに決めたの」

 

 うん、まあ……団体行動には向かなさそうだよなあ。

 

「……言っておくけど、私が何かやるまでもなく、シネ研のグループはバラバラになってたから。部員ひとりひとりのやりたいことが別の方向を向いてるから、仕方ないとは思うけど」

 

 うわあ、最悪じゃん。

 なんか想像つくわ。

 

「サボタージュに、消極的反抗ってとこか?」

「撮影したフィルムを捨てたり、とかもね」

「……やる気のある人間が、周囲にそれを強要して、反発されたってとこか」

「ご明察」

「まあ、体育会系でも似たようなことはあるからなあ……だからこそ、入部の段階で『全員丸坊主』とか『年間にかかる費用』とか、『遊び感覚のやつはいらん』とか条件を付けるわけだが」

 

 まあ、別の学校の話だが『入部希望者を制限するのは個人の権利を侵害してる』、『部活動は教育の一環だ』などと教育委員会に権力込みでねじ込んだバカ親がいたそうな。

 そんなアホのせいで、監督は別の学校に転勤させられて、後援会や保護者会がごちゃついて、強豪校がボロボロになっちまった。

 かわいそうなのは、当時その野球部に入部した連中だ。

 前もって覚悟を決めてその学校にやってきたのに、なんの覚悟もなく、前知識もなくやってきた一人の生徒の親が『アレ』だったせいで、その覚悟が踏みにじられたわけだからな。

 

 ……そんなことを思い出して、しみじみとしていた俺に向かって彼女が言う。

 

「シネ研が本当にバラバラになる瞬間をね、撮影しようかなって」

「おい」

「……こんな冗談でも言わないと、やってらんないわよ」

「……」

「……なによ?」

「いや、バラバラだったグループに、トドメを刺したのがアンタだったのかなと」

 

 ああ、これは怖いわ。

 言うんじゃなかったと後悔する気持ちと、言うべきことを言ったという気持ちが混ざってる。

 

「勘のいい人は嫌いよ」

「それで、人を眺めてなんかわかったのか?」

 

 パン。

 

 乾いた、いい音を残して、彼女は去った。

 

 

 こういうことができる人間が、チームに一人は必要なんだよなあ。

 たぶん、彼女の所属するシネマ研究会とやらにはいなかったんだろう。

 

 自論だが、チームには嫌われ者が必要だ。

 そして、その嫌われ者が必要以上に嫌われたとき、チームは壊れる。

 

 高校野球においては、たいていは『監督』がその役割を果たすんだよなあ……。

 因果な商売だぜ、高校野球の監督ってのは。

 

 まあ、俺も旅人だからできるってところはある。

 なんの後腐れもないもんな。

 

 おそらくは、仲間に向いているヘイトを俺に向ければいい。

 誰かを憎めば、誰かを許せる。

 

 

 

 うん。

 気分転換終了。

 さて、札幌競馬場に戻るか。

 函館もそうだったが、札幌競馬場の入場料が100円ってのが、地味に嬉しいよな。

 俺がいつも足を運ぶ競馬場は200円だから。

 

 

 俺の時代が来た。

 今まさに、そんな感じ。

 やることなすこと全てうまくいく……そんな気分だ。

 8~10レースをすべて的中。

 

 手を出した他会場も含めて。

 

 賭け金は変えない。

 予想の仕方も変えない。

 今のリズムを壊したくない。

 

 メインレースも的中した。

 

 やばい、死ぬかもしれん。

 勝ち金を、小銭を除いてそのまま小袋に放り込む。

 千円札の枚数がすごいことになっているが、もうお財布がお腹いっぱいって言ってるから。

 まあ、賭け金が大きくないから総額はそんなに大したことにはなってないんだけど。

 

 最終レースもこのまま……。

 

「勝負しなさい」

 

 振り返れば、カメラを構えた女。

 

「その財布に入ってるお金、全部賭けろって言ってるの。負けたあなたを笑ってあげる……それで、さっきのはチャラ」

 

 別にチャラにしてもらわなくてもいいんだが。

 ああ、でも。

 今はっちゃけないで、いつはっちゃけるって話か。

 

「アンタ、誕生日は?」

「はぁ?」

「アンタの誕生日を買い目にする」

「……嫌よ。そんなの、私が負けるみたいじゃない」

「じゃあ、いいや。俺は帰るから……わぁい、勝って帰るのって楽しい~」

「くっ……2月5日よ。ほら、買いなさいよ、賭けなさいよ」

 

 ははは、この負けず嫌いさんめ。

 楽しくなってきた。

 

「はいはい、2-5ね」

 

 ……って、オッズを確認したらど本命じゃねえか。

 馬連で、2.8倍。

 

 なんかつまんねえな。

 よーし、枠連にしちゃえ。

 ……15.2倍。

 

 ギャンブルっていうか、ただの馬鹿だな。

 

 

 

 

 

「あははははははっ」

 

 女が笑う。

 いい笑顔で笑う。

 カメラの撮影も忘れて。

 

「ねえ、どんな気持ち?今どんな気持ち?、せっせと積み上げてきた勝ち分を失って、今どんな気持ち?」

 

 ……たぶん、勘違いしてるんだろうな。

 もしかしたら、枠連なんてのも知らないのか。

 というか、金を失うのは最初に覚悟したっての。

 

「い、やあ……良かったね。アンタの『勝ち』だよ」

 

 そう。

 予想もへったくれもない。

 ただの偶然。

 誕生日。

 そんなものに、勝ちも負けもない。

 

 俺はさりげなく女の腕を取り、いい笑顔を見せられたと思う。

 

「じゃあ、換金に行こうか?」

「え?」

 

 ははは。

 俺も言わせてもらうよ。

 

 ねえ、今どんな気持ち?

 

 

 

 

 

 彼女、わりと負けず嫌いで子供っぽいところがあるってわかりました。

 あんまりお酒に強くないこともわかりました。

 部屋の掃除も適当で、料理もほとんどしないことがわかりました……まあ、これは彼女の名誉のために、『最近は』ってことにしとこう。

 

「ち、違うのよ……いつもはもっとちゃんとしてるの。これは、そう、たまたま。たまたま散らかってただけで……」

 

 いやまあ、もっとひどい連中の下宿とか知ってるから。

 

「料理は得意よ。あなたには負けないんだから、いや、これは美味しいと思うわよ。でも、私だってこのぐらいはできる……できるはず!」

 

 こんな切れない包丁を使っている時点で、料理の腕はお察しです。

 というか、冷蔵庫の中身を買ってきたのは俺です。

 

「……そ、そんなことより」

 

 彼女は、真っ赤になってうつむいた。

 

「昨夜……なんか、した?」

 

 そんな彼女の姿に、ちょっとだけ押し倒したくなったけど……まあ、名前も知らない相手とどうこうするほど、すれてません。

 

「ちょ、やめて。無言で、台所の片付けとか始めないで!」

「とりあえず、アンタは、部屋の掃除をしろ。ゴミを捨てろ。布団をほせ。そして洗濯しろ」

「お母さんみたいなこと言わないでよ!」

 

 

 

 

 

 

 そして、夕方までかかった大掃除。

 俺は、ようやく彼女の名前を知った。

 

「朝比奈、京子よ……いまさらだけど」

「ホント、今更だよな……おかわりいるか?」

「もらうわ」

 

 俺の作った飯を……ちょっと笑って、そしてちょっと悔しそうに食べる姿が、たまらん。

 なんか、今日に限っては、幼く見える。

 表情も柔らかいしな。

 

 ストレスって怖い。

 

「つーか、なんなの、あのほぼゴミと化してたトロフィーとか、盾とか?」

「……ガラクタよ」

「……」

「未来を保証するでもなく、将来への道が開けない賞なんて、何の意味があるの?」

 

 そりゃそうだ。

 思い出を求める年齢でもない、か。

 

「まあ、私の希望や焦りを押し付けられた、シネ研のみんなにはいい迷惑だったでしょうけど」

 

 ……デキる人間は、勝手に立ち直っていくんだよなあ。

 

「私の味方というか、味方のふりをしてるのは、就職のための勲章集めが目的」

 

 うわあ。

 展開読めちゃったよ……。

 彼女本人じゃなくて、周囲が勝手に暴走したってオチだろ、これ。

 

 彼女は、京子はデキる人間だ。

 サークル内にはそれに対する嫉妬もあるだろう。

 それでいて、彼女は……サークル内における、肩書きがない、ただの部員でしかない、と。

 

 まさに、『どうにでもな~れ!』って状況じゃん。

 

「……なんか、詳しく説明するまでもなさそうね」

「人が集まれば、体育会系も文化系も、そんな変わらねえよ……甲子園常連校になると、部員に対してマスコミ対策の指導もあるらしいしな」

「……そうなの?」

「甲子園のインタビューとか見ればわかるだろ?視聴者にウケがいいからって、1人称は『私』じゃなく『僕』を使えって指導される……と聞いた。まあ、地方予選のインタビューでも、インタビュー前にマスコミの人間に指導されるからな、『こういう質問をしますから』って」

「……」

「練習帰りに、買い食いするだけで、自称高校野球ファンから県の高野連に抗議の電話が行く世界だぜ。『高校生としてあるまじき行為』だってな。どこの世界の高校生だよ」

 

 俺の話を聞いて、京子がドン引きしていた。

 まあ、そうだろうな。

 俺も、後援会の人間に注意されてドン引きしたわ。

 高校球児は、本屋に立ち寄るのもダメらしい……自称高校野球ファンにとってはな。

 

 と、盛り下げてどうする。

 ここはとっておきの馬鹿話を披露しよう……。

 

 

 

 

「なんか、久しぶりにたくさん話したって感じ」

「……生きろ」

「か、勘違いしないでよね。友達だってちゃんといるんだから……っていうかアンタだってどうなのよ?馬鹿な理由で北海道までやってきて……」

「人生最後のバカ騒ぎ」

「うわぁ……その年で、人生投げるなんて、信じられない」

「本格的なバカは、野球だけで十分だよ……」

 

 京子が俺を見る。

 

「他に、なんかないの?」

「ないな」

「……」

「かけがえのないものだから、バカになれるんじゃねえの?別に、新しく何かを見つけることを否定するわけじゃねえけど」

 

 ぽつりと。

 

「そうかもしれないわね……」

 

 京子はそう、呟いた。

 

 

 

 

 

「さあ、目覚めなさい、ねぼすけさん」

「……?」

「あなた、車の免許も持ってるって言ってたわね?レンタカーで、北海道をぐるっと撮影旅行に出かけるわよ」

「……えーと?」

「これでも北海道民だからね、案内は任せて」

 

 あれ、頭が働かねえ……。

 昨日もあのまま、京子の家に泊まって……。

 

 朝の4時です、ありがとございます。

 こんな時間に、レンタカーは借りられるのかぁ?

 

 

「……なあ、この機材って」

「シネ研のものは、私のもの」

 

 ジャ〇アニズムが発動している……。

 

「というか、去年と今年の部費増額は、私の貢献が半分はあるわ。空中分解してろくに活動もできない連中に今更文句は言わせない」

「……まあ、置き手紙ぐらいはしておけよ」

 

 レンタカーにいろいろ積み込んで。

 

「さあ、行くわよ」

「……ラジオから流れるBGMが不穏すぎる」

「何の曲?」

「フォギーマ〇ンテンブレイクダウン」

「……知らない」

 

 ボニーアンドク〇イドの挿入歌。

 俺達に〇日はない、の方が通りはいいか。

 

 

 シネ研の部室から、機材を強奪。

 借りた車。

 京子と俺。

 

 あれ、これってラストは蜂の巣にされて死んじゃわないか?

 

 

「というか、あなた観光客でしょ?どこに行きたいとかないの?」

「鵡川町(合併で今はむかわ町に)」

「……ちなみに理由は?」

「みどりのマ〇バオーの聖地巡礼」

「よくわからないけど、そういう競走馬がいるのね……どのルートに組み込もうかしら」

 

 やめて。

 真面目にメモを取られると、いたたまれなくなっちゃう。

 

 

 

 

「そういや北海道民って言ってたけど、札幌が地元ってわけじゃないんだろ?」

「生まれは有珠山の近くよ」

「へえ……有珠山って、わりと最近噴火しなかったか?大丈夫だったの?」

「……まあ、実際に被害に遭わなければその程度の認識よね」

「あぁ、すまん、無神経だったな」

「2000年の3月末よ……私が、高校2年から3年生になる春休みの時にね」

「また微妙な時期だなあ」

 

 しかし、生まれは、か。

 実家とは言わないんだな。

 もしくは……引っ越したか。

 

「勘のいい人は嫌いよ」

「この前も言われたな」

「……私は、大学進学で、北海道に戻ってきたのよ」

 

 そう言って、京子が視線を窓の外に投げた。

 

「あの時は怖い思いもしたけど……好きなのよ、北海道が」

「まあ、そういうのは理屈じゃないよな」

「ええ……でも、胸を張って言えるわよ。北海道は素晴らしいところだって」

 

 ……事故らないように気を付けよう。

 具体的には、前を向こう。

 京子の横顔に見とれてる場合じゃない。

 

 

 神威岬。

 黄金岬。

 サロベツ原野。

 宗谷岬とノシャップ岬。

 

「え、岬縛りなの?」

「ちゃんとサロベツ原野も挟んだでしょ?」

「しかも、夕日にこだわると、1日仕事じゃん」

「撮影ってのはそういうものよ!」

 

 ははは。

 札幌から宗谷岬まで3日だチクショウ。

 好天に恵まれているところは、ついてるなと思う。

 

「さて、明日は……」

 

 知床岬か、納沙布岬ですね、わかります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おお、ここが襟裳岬か。

 競馬ファンにとって、記憶に残る場所。

 

「ねえ、あなたは襟裳砂漠とか、緑化計画とか学校で習ったわよね」

「ああ。確か、戦後に計画が始まってから草原にするまでに15年ぐらいかかったんだっけ?」

 

 襟裳岬の付近は風が強いことで有名だ。

 もともとは、原生林だったところに入植が進んだ結果……冬期の燃料として、大量の木が切り出された。

 まあ、牛の飼育とか、乱開発と一言で片付けられるほど単純な話じゃないが。

 

「ひとたび緑を失った大地は、強い風で表土が飛ばされ、草も生えない砂漠と化した……表土は海に流れ込み、海を殺した。砂埃は空を奪った。襟裳は全てを失った……だったか」

 

 競馬ファンにとって、エリ〇ジョージの春天、『何もない襟裳に春を告げた』の名フレーズは、地元の人間でなくても特別な思い入れがある。

 

「『何もない』って言葉に、観光としてのマイナスとか、住人の感情とか、そういうものがあるのは理解してるつもりなの。でも、『何もない』という言葉の歴史はちゃんと伝えていくべきだと思うわ」

 

 強い口調と、視線で京子が言う。

 

「どんなに素晴らしいものでも……壊れてなくなってしまう可能性があるんだから」

「……まあ、観光客が増えると、北海道にとってはきれいごとばかりじゃなくなるか」

「お金を落としてくれるのはありがたい話なんだけどね」

 

 ……主に競馬場に落としてきました。(笑)

 

 まあ、観光は難しいよなあ。

 最近は、スキー場なんかもアレだし。

 コンビニで食べ物と飲み物買ってスキー場へ車で行って、車の中で仮眠。

 朝になってスキー場で滑って、そのまま車に乗って帰るとか。

 

 全然地元に金が落ちねえし。(笑)

 経済効果0。(スキー場除く)

 地元の人間、大誤算なんて話はよく聞くしなあ。

 

「というか、最近は襟裳砂漠とか学校で教えてないの?」

「どうなのかしら……観光イメージのダウンにつながるからって、意図的にふせてるのかも」

 

 こうして話していると、京子が北海道が好きなことがよくわかる。

 まあ、人によってはウザイと感じるんだろうけどな。

 

 綺麗事ばかりじゃ人は生きていけない。

 でも、綺麗事がなければ、生きている価値がない。

 

 理性と、感情か。

 

 人間ってのは、面倒くさい生き物だ。

 

 

 

 そして、俺たちは襟裳岬を後にした。

 

 

「ねえ、鵡川(むかわ)町のどこに行けばいいの?牧場の名前は?」

「い、いや、いいから……」

「いまさら遠慮なんかしてどうするの?」

 

 マキ〇オーは、マキ〇オーは、ファンのみんなの心の中にいるんだ……。

 

 

 レンタカーは、鵡川町をスルーして札幌に向かって走っていく。

 旅の終わりが近づいていた。

 

 

 

 

 

 札幌に帰ったときは夜だった。

 レンタカーを返す前に、機材をシネ研の部室に運ばないとな。

 

「よいしょっと」

「……体力あるわねえ」

「まあ、それなりに」

 

 部室に明かりがついている。

 面倒くさいことにならなきゃいいが。

 

 

 

「京子くん、困るじゃないか。機材を勝手に持ち出して……しかも部外者にそれを使わせるなんて」

 

 うん、正論。

 

「お言葉ですが部長、それに何か問題でも?」

「問題だって?こっちにも都合があるに決まってるだろう。それを無断で……」

 

 正論なんだよなあ。

 

「先に、この機材を片付けてしまいませんか?」

 

 と、声をかけて機材の入った箱を持ち上げてみせる。

 

「壊してないだろうね?」

「たぶん」

「……これだから素人は」

 

 おっと、京子さん、手が早い。

 

「なんで止めるの」

「……止められたから?」

「……」

「まあ、とにかく片付けようや」

 

 

 

「じゃ、帰るわ」

「待ちたまえ、京子くん」

「嫌よ」

 

 うわあ、にべもない。

 とりあえず、ちょっとだけ頭を下げておくか。

 

 睨まれてるなあ。

 まあ、仕方ない。

 

 というか、こじれてんなあ。

 今の部長さんが、京子の味方って……どうすりゃいいのよ。

 正直、元には戻らんだろ。

 一度ぶっ壊すか、大人の付き合いに徹するか。

 

 どのみち、俺にはそこまで干渉するだけの時間がないからなあ。

 部外者で、旅人だ、俺は。

 

 ただ、京子は……旅人でいたくないと思ってる自分がいるな。

 

 

 

 

 

 レンタカーを返して、俺は、どうすればいいのかな?

 

「何してるの?帰るわよ」

「夕飯どうする?」

「あなたが作るに決まってるでしょう?宿代よ」

 

 ああ、自分の家に泊めてるって認識はあるのね。

 無頓着というか、無防備というか。

 まだ知り合って、10日ぐらいの男だぞ、俺は。

 

 

 

「……なんか、簡単に作ってたのに、美味しいわね」

「美味しく作ってるから」

「なんか、イラっとした……」

「北海道の食材は、最高だね」

「……まあ、いいわ」

 

 

 

 さて。

 

「さっきの部長さん」

「あいつの話はやめて」

「いや、あの部長さんさあ、京子のこと好きなんだと思うぞ」

「……は?」

 

 うわぁ、脈なしですね。

 どんまい。

 

「じゃあ、これから京子はどうするの?」

「そうね……日本じゃなく、海外の賞を狙ったほうがいいと思ってる」

「……それは、一人で可能なの?」

 

 京子が、ほんの少しだけ笑った。

 

「嫌なとこ、突くわね」

「映画製作のことなんて、何も知らないからね……少なくとも、あの機材を使えるってだけでも、京子にはメリットがあるはずだ」

「そうね」

「……割り切るしかないかな。向こうも京子を利用する。京子も向こうを利用する」

 

 京子が俺を見る。

 見つめてくる。

 その圧力に、負けた。

 

「俺は、旅人だよ」

 

 長い、沈黙。

 やがて、ぽつりと。

 

「そうね」

 

 そう呟いて、京子は眼鏡に手をかけた。

 こくん、と頷くようにして、眼鏡を外す。

 

「知り合ってから……まだ10日。私たち、何も知らない」

「そう言われると、ちょっと反論したくなる」

「ええ、私もよ」

 

 いきなり。

 下手くそなキスをされた。

 というか、歯がぶつかった。

 ああ、京子もか。

 唇でも切れたのか、口元を手で押さえて、俺のことを睨んでる。

 

「ま、前払い、よ……」

「な、なんの……?」

 

 京子が俺を見る。

 どこか不安そうに見えるのは、眼鏡を外しているからではないだろう。

 

「ま、また、私に会いに来なさい……」

「……」

「知らないなら、知ればいいじゃない」

「……うん」

「会ったばかりと言うなら、時間を積み重ねればいいじゃない」

 

 ……ああ、そうだな。

 

「原生林が砂漠になることもあるけど、緑を蘇らせることだって出来るんだから……」

 

 京子が、俺の近くに。

 

「私とあなただって……どうなるかわからないでしょ?どうにもならないことじゃない理由で、未来を否定するのはやめて」

 

 そう言って、京子はつい、と視線を逸らした。

 

「わ、私のキスは……高いんだから」

「……俺に払いきれるかなあ」

 

 京子が笑う。

 いや、微笑む。

 

「あなたが会いに来たら、私はその季節の北海道を見せてあげる」

 

 春の北海道。

 夏……は、おいといて。

 秋の北海道。

 冬の北海道。

 

 北海道を知るごとに、あなたはきっと北海道のことが好きになるわ。

 そして、きっと……私のことも。

 

 

 クスリと、どこか挑発的な表情を浮かべて、京子が俺を見た。

 

「あなたも……私を、好きにさせてね」

 

 ……じゃないと、捨てるわよ。

 

 

「……なんか、途中で捨てられそうな気が」

「そういうことは言わずに、黙って頷きなさいよ!」

 

 

 夏の北海道で。

 

 俺は、京子がわりと情熱的なことを知った……。

 

 

 




エリ〇ジョージ。
1976年の春天……だったか?
まあ、当然記録でしか見てませんが。

襟裳砂漠とか、知らない人間が多くてちょっと焦った。

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