もし室! ~もしワンピースのナミが室伏もどき著『ゾーンの入り方』を読んだら~ 作:世界の鉄人
「たしぎも、協力してくれる?」
たしぎは海兵だ。頑固で融通がきかないことも知っている。だからアーロン一味だとバレてしまった私に対して、今まで通りに接してくれないかもしれない。
緊張がこみ上げる。友情が崩れ去る恐怖。この状況に対する怒りや悲しみ。
私は酷く不安そうな顔をしていると思う。たしぎもそうだ。不安そうな顔をしている。
だけどたしぎは、不意に笑みを作った。温和な笑み。私を安心させようとしている。
「今は聞きません。捕まえたら教えてくださいね。アーロンとあなたの間に何があったのか」
たしぎはそう言って私の方へ駆け出す。
「たしぎ、ありがとう」
本当にありがとう。海兵の模範的な行動より、友情を優先してくれて。私は救われたよ。色んな意味でね。
私、たしぎ、コアラの3人で走る。
コアラ曰く、カンチパはアーロン一味を辞めて、真面目に働くことにしたとハックさんに話していたようだ。ここへは魚人の花嫁を探しに来たとも。
でも、きっと嘘だ。カンチパは根っからのチンピラ。下衆な海賊。現在の、遺憾ながらも私達の村から搾取して、魚人たちは遊び呆けるという怠惰な生活。それを自分から捨てるとは思えない。ハックさんやここにいる海兵が怖いから嘘をついたのだろう。
私の予想では、あいつには花嫁を探すような気概もない。たぶん今頃、歓楽街で遊んでいる。村の皆から掠め取ったお金を贅沢に使ってね!
「たしぎ、コアラ。カンチパはたぶん、歓楽街にいる」
「分かるの?」
「ええ、あいつはそういう男よ。というかアーロン達なんて皆、下衆なチンピラよ。会話はいつも酒、金、女、ギャンブル、暴力」
「……そうなんだ」
「ナミさん。やはりアーロンには何か弱みを握られて」
何故だろう。コアラは少し悲しそうな顔になった。
たしぎは、私の事情に勘付いているようね。さすがは親友と言ったところかしら。でも、それ以上はダメよ。親友だからこそアーロンの問題に深く関わって欲しくない。命を落としかねないから。
真っ直ぐ歓楽街にやってきた。若い女三人。しかも皆水着。悪目立ちしてるわね。
道行く男達が私達を嫌らしい目で見て、時には奇声を上げる。昼間なのに酔っ払いもいるわ。
「うひょーっ! 新人か!? べっぴんさんが3人も!」
「おおーう! マニアックな水着! 深い!」
うー、恥ずかしい。そっち系の店の女の子と勘違いされてるわね。
でも着替えてくる暇はないわ。万一取り逃がす可能性を考えるとね。
「ごめんね、たしぎ、コアラ。こんなのにつき合わせちゃって」
「いえ、私は別に」
「ねえ。着替えてきたら、ダメかな?」
と、コアラがさすがに恥ずかしがった。事情を知らないのに、他人の私にここまでついてきてくれただけで奇跡のようなものだ。これ以上を求めるのはさすがにやり過ぎよね。
「コアラ、着替えてきても大丈夫よ。そもそも見ず知らずの私に協力してくれるだけでありがたいから」
「う、うん。ごめん!」
コアラはどこかへ走っていく。たしぎは残った。
「私はこのままでも大丈夫です。急ぎましょう。とは言え、闇雲に走り回るだけでは効率が悪い。カンチパの姿かたちを伝え、似た人を見なかったか街の人に聞いてみましょう」
「そうね。手分けする?」
「はい。その方が効率がいいでしょう」
「たしぎがカンチパを見つけたら、……ええーっと、どうしよう?」
やばい。考えてなかった。私に知らせて欲しいのはそうだけど、どういう理由で呼び止めればいいんだろう。そもそも私はカンチパを見つけてどうやって止めればいいんだろう。力ずく?
「私は海兵として取調べを行います。ナミさんの予想では彼は海賊を辞めてないのですよね?」
「うん」
なるほど。海兵としてふつうに逮捕すればいいのか。そうだよね。そもそも海賊を辞めても人を殺した罪が無くなるわけじゃないしね。ジンベエが七武海に入る時に一回罪が帳消しになったそうだけど、その後に重ねた罪は消えてないはずだし。
まあ、この話はやり過ぎると私も逮捕される話になっちゃうからあまりやりたくないけど。
「たしぎちゃん! ナミちゃん! こんな所にそんな格好で! まさか、こっちの世界に目覚めたのかい!」
と、聞き覚えのある声。やばい。知り合いに見られた。
いや、でもこいつ、イルカだ。イルカがなんで歓楽街にいるのか。
「僕は悲しいよ。無垢な少女だった君達も、薄汚れた大人になってしまうんだね。でも、おめでとう! 大人になった君達に、この言葉を送るよ!」
「そんな話はどうでもいいから、聞いて!」
「そんな!」
「カンパチの魚人見なかった? 頭が若干黄色くて、お腹がぽっこり出てる。アホ面のおっさん」
「ええー。そいつなら見たけどさあ」
やった! いきなり当たり!
「見たのね! どこに行ったか教えて!」
「いや、こればっかりはナミちゃんの頼みと言ってもねえ。お客さんのプライバシーがあるから」
いや、確かに客かもしれないけどさあ。察してよ。
「緊急事態なの! 教えて!」
「ええー。でも秘匿性の高いハードな店だからなあ」
ハードな店。……もう、想像しちゃったじゃない! あの汚い魚人が裸で悶える所を!
消えろ! 今私が想像したこと、記憶から消えろ!
「じゃあ店から少し離れた所で待つことにするわ。それならいいでしょ?」
私もあいつの裸は見たくないからね。店の中に入る気はないわ。
「何? ナミちゃんあのアホ面の女か何かなの?」
はあ? 何言っちゃってんの、このバカイルカ。
「それだけはない! 絶対に!」
その後もイルカは粘ったが、私も粘った。「私達親友でしょ?」「初日以来、ほとんど喋ってもないじゃん」「今度いっぱい遊んであげるから」「でも僕、遊ぶならイルカのお姉さんがいいなあ」「イルカのお姉さんに話つけて連れてきてあげるから!」「ナミちゃん、イルカの言葉分かるの?」「ええーっと、人魚の知り合いがいるから、その人に頼むわ」「そこまで言うなら仕方ない。乗りな。特別サービスだぜ」、などなどの会話があり、店まで連れて行ってくれることになった。
イルカの背中にたしぎと私、2人でまたがる。道行く男達がイルカに対して羨ましそうに声をかける。
イルカは歓楽街の奥へと進んでいく。街の様子も徐々に怪しくなっていく。薄着で客引きしている女達。酒瓶片手に道端で寝ている男。きつい香水と酒の匂い。高価な宝石を身につけた貴婦人。黒いスーツのボディガードに囲まれたいかにも成金な風貌のおじさん。タンクトップの胸元を濡らしたガタイのいい男の集団。賢そうな白衣の男。屈強な海兵達。赤ちゃんにおっぱいを吸わせるやさしそうな若い母。マッサージ店に群がる女の行列。子ども達と遊ぶ先生。
「あれ? この辺り、急に小奇麗になったわね。店の名前も、マッサージ治療、赤ちゃんトレーニング、指伸ばしの極み、究極腰フリダンス。なんかトレーニング施設みたい。それにあれは、ただの託児所に見えるし」
「さっき通ったのは一般エリア。こっちはジュウシンエリア。歓楽街だけど、ジュウシンや息子のシツジョーが考えたトレーニング施設が並んでいるのさ。自宅はあれだよ」
ああ、だから指伸ばしがあったのか。
イルカが示したジュウシンの自宅は、マッサージ店だった。しかも女の子達の行列ができてる。マッサージ師としても一流なのかな?
「ジュウシンは昔から、性の喜びとトレーニングの相性のよさに目をつけていてね。例えばおっぱいを吸う動作は心肺機能の向上に関する理想的なトレーニングになってるし、女性にムラムラすると男性ホルモンが増えるっていう効果がある。この男性ホルモンが筋肉を作るから……」
イルカがペラペラと喋る。この辺は本にも書いてたね。
というか真面目なたしぎはこんな話を聞いて大丈夫なんだろうか。さっきから俯いたまま一言も喋ってないのだけど。
ああっ、たしぎの顔がとんでもない温度になってる! 熱い! そしてほっぺたが真っ赤に!
意識は、あるみたいね。でも必死に耐えているのが分かるわ。いかがわしい物を見ないように、聞かないように。
と、イルカの動きが止まった。
「ついたよ。カンパチの魚人が入ったのはこの店」
店の名前は「人魚の花園」。外観は水族館。まあ魚人か人魚の女が目当てなんだからこういう店になるか。
でも、すっごく大きいわね、ここ。採算合うの? 人の出入りはけっこうあるけど、店の規模を考えると少ない気もする。料金どうなってんのかしら。
うわっ、高っ。一時間10万ベリー。……腹立って来たわね。村の皆の血と涙が詰まったお金がこんな所で湯水のように消えていく。
とその時、店の中で大きい音がした。肉を思い切り叩いたような音だ。次いで悲鳴が上がった。おっさんの声だけど。
「いでえええええええ! くっそ、おめえ! 女が調子に乗りやがって! いででででででで!」
「お客様。店内でのお触りは禁止と言ったはずです」
「隣の男は触ってんだろ! ペチペチ音がしてるじゃねえかあああ!」
「触ってません。触れるギリギリの所でこらえ、手と女の子の間にある水が、女の子の体を押しているのです」
ああ、これも知ってるやつだ。シツジョーが私の体でやっていた。触ろうとして触らないっていうやつ。
「んなもん一緒だろうが!」
「お客様、他のお客様に迷惑です。それ以上騒ぐなら追い出しますよ」
「調子に乗んなよ! おれはあの"アーロン一味"の海賊だぞ! 死にたくなけぶげえええっ!?」
えっ? アーロン一味? 口論してる客がカンチパだったの?
と思うとほぼ同時、店の中から魚人が勢いよく飛び出してきた。カンチパだ。彼は空中でクルクル回転しながら飛んでいる。私には見える。カンチパを攻撃している空気の流れが。魚人空手に似た技だ。
「アーロン、ねえ。平和な海に逃げ込んできた小物でしょ?」
「さっすが姉さん! 頼りになります!」
「でも潰しちゃうともったいないかも。あいつら金づるとしてはちょうどよかったから」
と、店から女達も出てきた。一人大きい魚人の女性がいるわね。5m近くある。演習場でもたまに見かける人だわ。たしぎと比べても次元の違う戦いをしてる。
隣にはかわいらしい人魚の女の子が2人。服は着てないけど胸は貝殻で隠れてる。これって人魚にとっての全裸なのかな。ちょっと気になった。
と、女性が私達に気付いた。
「ああシゲノブ、いいところに。そいつ海に捨てといて」
「いいよ」
女性はそう言って、地面に横たわるカンチパを指差す。カンチパは気絶している。
何にせよ、これで一件落着。ホッとした。
「ま、待ってください! 彼の身柄は私が拘束します!」
と、たしぎが久しぶりに復活。もう顔も赤くない。
「あなたは?」
「めがねの子は海兵のたしぎちゃん。オレンジの子はナミちゃん」
「ナミ? ああ、思い出した。ジュウシンが言ってたわ。見所があるって」
「えっ」
ジュウシンが、私のことを? たしぎじゃなくて?
呆然とする私。どうしてあんな大物が私なんかに目をつけたのだろう。そもそもまだ会ったこともないと思うんだけど。遠目に見たことはあるけどさ。
「そっちのたしぎも見覚えあるわ。剣を使う子よね。あなたもまあまあ見所あるわ。このまま精進すれば大佐以上も狙えるでしょうね」
「たしぎちゃんはよそ者の中では海軍で唯一の女の子。よそ者には珍しく魚人にもイルカにも偏見がないし、とてもいい子だよ」
「ふーん。あなた、よかったわね。シゲはお世辞を言わないから本当に褒めてるのよ」
「そ、そうですか。それより、彼の身柄は私が預かります!」
「好きにすれば。私は興味ないから」
その後、私とたしぎは魚人を縄で縛り、イルカの家へ向かった。
初めは海軍基地に連れて行こうとしたんだけど、そうすると、私の事情を他の海兵に聞かれちゃうかもしれないからね。イルカはまあ、聞かれても大丈夫でしょ。いや、危ないか? 口が軽いかもしれない。
イルカの家は、ジュウシンのマッサージ屋の庭にあった。家というか池だけどね。
カンチパを地面に下ろす。私達もイルカの背を降りて陸に上がる。
たしぎがいつにも増して真面目な表情になってる。そうだ。こいつを捕まえたらアーロンについて話すことになっていたんだった。
「さて、ナミさん。聞かせてもらいますよ。アーロンとの間に何があったのか」
マズいなあ。どうしようかなあ。たしぎは、関わってほしくないから、秘密にしておきたいけど。でもカンチパが喋るとバレちゃうからなあ。
「ナミさん、教えてください。何か弱みを握られているのですか?」
たしぎは心底心配そうに私を見る。
うん、間違いない。事実を教えたら必ずアーロンと戦おうとする。適わない相手だと分かっていても。
「うーん」
「ナミさん! 悩みを教えてください! どんな困難なことでも見捨てたりはしません! 必ず力になります!」
うーん、それが悩みなのよ。あなたのその人の良さが。
「ナミさん!」
「うーん」
「ナミさん! 心配しないでください! 私は海兵です! 戦う覚悟はできています!」
「それが、なんというか、うーん」
「ナミさん!」
言えない。なんとも言えない。どうすればいいか全然思いつかない。
うー、苦しいわ。大変な修行よりも今の方が苦しい。どうすればいいのよ。
「あっ、そうだ! コアラ!」
「えっ」
「コアラ探さないと! 話は彼女が来てからするわ。彼女も聞きたいでしょうしね」
「まあ、確かに。未だに繁華街を探しているなら悪いですし、急いで連れてきましょう」
忘れてたわ。気付けてよかった。コアラを探せば、少し時間を稼げる。その間にどうやってたしぎを納得させつつアーロンから回避させるか考えよう。
―――
ナミさん、シゲノブさん、私に別れてコアラさんを探します。
服装のせいで男性が声をかけてくることもあり、思うようには進めません。しかし、それはコアラさんも同じだったようです。男性から逃げるように路地へ入ると、コアラさんとバッタリ鉢合わせました。
コアラさんに経緯を説明し、今度はナミさんとシゲノブさんを探します。しかしなかなか見つかりません。時間になっても待ち合わせの場所に帰ってきません。シゲノブさんの池へ戻ってしまったのでしょうか。
コアラさんの付き添いで来ていたハックさんを待ち合わせ場所に残し、私とコアラさんはシゲノブさんの池へ向かいます。しかしその池に行っても、誰もいませんでした。縄で縛っていたはずのカンチパさえも。
もしや、逃げられた? ナミさんとシゲノブさんはカンチパを追ってどこかへ行った?
2人でそういう話をしていると、ジュウシンの自宅の窓が開き、誰かが出てきます。ジュウシンの子どもでしょうか。筋肉質な若い男性です。
「お前はたしぎで、そっちはコアラだな。シゲから伝言をもらってる」
なるほど、伝言。迷惑をかけてしまいましたね。
「ご迷惑をおかけします」
「いや、気にするな。それで伝言だが、ナミっていうオレンジの女。あいつはアーロン一味の幹部だそうだ」
「えっ。いや、しかしそれには理由が」
その理由を聞くために待っていたのに。
「今まで隠していてごめんだとよ。ナミは、カンチパを連れて港へ出て行った。まあ運んだのはシゲだけどな。それで、海賊と知られてしまったからには、もう会うことはないでしょうね、だとよ。ナミのやつ、もうこの国には帰ってこないと思うぜ」
「……どういうことです?」
若い男の無機質な声。それはただの雑音で、意味を持っていないかのようでした。私は彼が何を言っているか理解できませんでした。
……いいえ、違います。私は理解したくなかったのでしょうね。ナミさんと出会ってから、ここでの生活に光が差していた。その光があまりにも心地よくて。女の身ゆえの剣士としての限界という、長年の悩みも全く気にならなくなっていて。
それだけ毎日が充実していました。こんな日々がいつまでも続けばいいと思っていました。それが、唐突に終わるなんて。信じられない。受け入れられない。
私はしばらくの間、呆然と立ち尽くしていました。