もし室! ~もしワンピースのナミが室伏もどき著『ゾーンの入り方』を読んだら~ 作:世界の鉄人
自ら海賊の元へ行ってしまったナミさん。私はどうすればいいのでしょうか。
できることなら、今すぐ軍艦で追いかけて連れ戻したい。しかしそれは、海兵として正しいと言えない。上官に「ナミさんは被害者」などと報告すれば、「海賊に同情するな」「海賊に絆されるなど海兵失格」「善人を装い近づいてきて、不意打ちを仕掛けてくる。それが海賊だ」などと叱責されると思います。
アーロン討伐自体は許可が出ると思います。しかし海兵の皆さんはナミさんも一緒に攻撃してしまう可能性が高いです。アーロンは強敵ですしね。命がけの戦いの最中に敵か味方か分からない人間に気を使う余裕はないでしょう。
スモーカーさんならあるいは……。いえ、五分五分ですね。私の話は小耳に挟む程度でしょう。あの人はあくまで自分の眼で確認して、やりたいように動くと思います。ナミさんがスモーカーさんに気に入られれば助けられるでしょうし、そうでなければ捕まります。と言っても、スモーカーさんはローグタウンから動けませんけどね。あの人がいなくなれあば、町はグランドラインに向かう海賊達に蹂躙されてしまう。
「はあ」
いい考えが浮かびません。憂鬱です。どうしてこんなことになってしまったのでしょうか。
それとも、こんなことを考える私は海兵失格でしょうか? 状況証拠だけを見れば、ナミさんは今もアーロンの仲間であり、だからカンパチの魚人を手助けた、と言える。しかし私はそれが正しいと思えない。ナミさんは感情を隠せない人でした。私に向けた笑顔。アーロンを語る時の嫌悪感。あれが嘘だとは思えません。よほど辛い事情があるのでしょう。アーロンに従わざるを得ないような。
これは感情論のようなものでしょうか。おそらく上官は納得しないと思います。やはり私は海兵失格なのでしょうか。
「行かないのか。友のもとへ」
「えっ」
先ほど伝言を話していただいた男性が話しかけてきました。
不意を突かれた気分です。海兵として、また個人の問題として、他人にはあまり関わって欲しくないと思っていました。
一方で、その一言で、私は助けられた気分になっています。
もっと言ってほしい。背中を押して欲しい。内心でそんなことを考えてしまいます。やはり私自身は、海兵としての正しさよりも、感情を優先したいと思っているようです。
しかしそれが間違いだとも思ってしまいます。海兵として感情を我慢するべきだと。ですからまだ踏ん切りがつきません。
正しい答えを、教えて欲しい。私の進むべき道を。
私はすがるような目で男性を見てしまいます。
情けないですね。自分の進む道を自分で決めることもできないなんて。しかも見ず知らずの男性の言葉で揺れてしまうなんて。
男性は私の意図を察してか、深く考えてくれているようでした。私の目をジッと見据え、口を開きます。
「立場、法律、哲学。これらは、人の思考を拘束するための道具だ。だから使い方によっては、人を傷つけることもある。道具が人を救うのではない。人が人を救うんだ」
立場や法律は道具。人を救うのは立場ではない。
驚きました。それはまさに今、私が欲していた言葉だったからです。
「所詮は道具なのだから、本当はお前の心は立場や法に拘束されていない。自由に思うままに生きていけばいい。お前が立場という道具を使いたくないのなら、使わなければいい」
ありがたいです。本当に私の欲しい言葉ばかり並べてくれます。
しかし、許してください。若輩の私が反論することを。
「しかし、法に逆らえば、罰が来ます。世界はそうなっています。もし罰がなければ、人々は法を信頼することができません。さらなる混沌が容易に想像できます」
海賊は罰を恐れているから、隠れて動いています。罰がなければさらに増長することは間違いありません。
「違うな」
しかし、彼は否定しました。
「えっ」
「さらなる混沌になるかどうか。それを決めるのも人だ」
「しかし、海賊は海兵を恐れるから、隠れて犯罪を!」
思わず大きな声を出してしまいました。しかし重要な問題なので思いつきで議論を壊して欲しくないのです。
「法があってもなくても、私刑により裁くことはできる。法はただの道具だ」
「私刑!? それこそ、悲劇の元ですよ! 確かに法があっても私刑は存在しますが、それは法がない場合に比べれば圧倒的小数になります!」
「私刑もまた、道具。人間は私刑が悲劇になるかどうかを決められる」
「しかし、その人間の行動の善悪を決める基準がなければ、ある場合と比べて、さらなる混沌に!」
「だから言っているだろう。善悪の基準も道具。道具があってもなくとも、混沌になるのか、調和するのか。決められるのは人間だけだ」
「……なるほど。どうやら話は平行線を辿るようですね。これ以上は時間の無駄と思います」
そう言いつつ、私は議論に負けているような気がしています。
どんな法があっても結果を決められるのは人間。それは反論できないからです。しかしこれ以上彼の話を聞きたくありませんでした。私の信じてきた芯の部分が揺さぶられそうで、怖かったのです。
「ありがとうございました。参考にしてみます」
私はそう言って立ち去ろうとします。しかしふと気付くと、男性は私の目の前にいて、通り道をふさいでいました。
この人は今、一瞬で移動したように見えました。ジュウシンの身内なので予想できていましたが、かなりの強者です。私は思わず身構えてしまいます。
男性に敵意は見えません。いえ、少し黒い感情が見えます。嫌らしい顔で笑むのが見えました。
「特別サービスだ。お前を隊長にしてやる。アーロン討伐作戦における、潜入捜査部隊の隊長にな。これなら迷わずナミを救いに行けるだろう」
「ええっ!?」
いきなり何を言い出すのでしょうか、この人は。
提案はありがたいですが、ジュウシンの家族と言えどそんな無茶が通るわけないでしょう。
「そもそもあなたは誰ですか? あなたにそんな権限がありますか?」
彼が海軍を私兵のように考えてらっしゃるので、少し腹が立ち、棘のある言い方になってしまいました。
男性は意外そうな顔をします。
「俺を知らないのか?」
「はい。すみません」
「俺はジュウシンだ。この国を操っている男だぞ」
「ええっ!?」
ジュウシン? って、確か60歳近かったような……。彼は20歳後半に見えます。
確かに、熟練の強者の雰囲気は感じますが、それでも60歳弱には見えません。と言うかこの人、自分で言っちゃうんですね。この国を操っているって。
「それでどうなんだ? 潜入捜査したくないのか? 怖いのか?」
ジュウシンは嘲るような顔になりました。
「こ、怖いなどと! 海兵になった時から覚悟はできています! 平和を守るために、この命を捧げるつもりで戦うと!」
「ふふっ、そうか。だが安心しろ。俺の優秀な部下達がお前の命を守るだろう」
「ちがっ、あなたの部下ではありません! 今のあなたは海賊! 部外者です!」
「おいおい、いいのか? 俺の機嫌を損ねても。ナミが死ぬことになるかもしれんぞ?」
「うっ」
ジュウシンはそう言い、私を睨みます。その瞬間、私の心臓がドクンと跳ね、呼吸が、体が、固まりました。
どうして? 動かない。息もできない。苦しい。体が、全身が、恐ろしく重い。全く動かない。
恐怖、なのでしょうか? 目による威圧? それだけで動けなくなってしまった。
実力が、違い過ぎます。私は大蛇に睨まれたカエル。これが、元海軍本部中将の実力。
失敗。相手は現在海賊。勢いに任せて言い過ぎた。このまま殺されるやも。いえ、私はともかく、私のせいでナミさんが死ぬことになるやも。なんてこと。
ジュウシンは、焦る私を見て笑います。
「くくくっ、安心しろ。俺がナミを気に入ってるから助けるんだ。お前のためじゃない」
っと、威圧感が無くなりました。
ナミさんについても本人が助けたいようです。最悪の事態は免れました。嘘かもしれませんが。
「っぷはあ。はあ、はあ、はあ」
と、息もできるようになりました。
「と言ってもな。お前のことも気に入ってるんだ。だから小隊長にしてやるんだ」
「えっ」
私も気に入っている? どうして?
「ついでにコアラのことも気に入っている。だから活躍の場を用意してやろう」
「えっ? 私も?」
「コアラさん……」
……もしや、若い女性なら誰でもいいのでは?
「コアラ。アーロン一味との戦いは、お前のトラウマを乗り越えるチャンスになるだろう。逆にトラウマに飲み込まれる可能性もあるがな。やめとくか?」
「い、いえ。やらせてください!」
コアラさんも事情がある様子。あまり悩まず飛びつきました。しかしこれは問題です。
「コアラさん。アーロンはグランドラインの海賊です。いつもの戦闘とは違う。命がけの戦いになります。腕試しのような気分で参加なさるのは認められません」
「違う! 腕試しじゃないの! 私は、この戦いに参加したい! しなければならないの! 私が救わないと!」
「救う?」
ナミさんと知り合いだったのでしょうか。今日初めて会ったのではなく。それともナミさんに似た友人を亡くしたトラウマがあるとか。
しかし、分かりました。コアラさんの切羽詰った雰囲気。参加したい意志は本物だと思います。
「そこまでおっしゃるのなら、私は止めません」
「たしぎ、ありがとう」
「いえ、そもそも私には、人事を決める権限はないので」
「そうだ。俺に感謝してくれ」
「ジュウシンさん。ありがとう」
「ふふっ」
コアラさん。ジュウシンと馴れ合うのはやめてください。
ああ、さっきの威圧が怖くて声に出せない自分が情けない。
その日の夜、ワヨウ大佐から呼び出しがありました。作戦会議室に行くと、ワヨウ大佐と海兵達の他に、ハックさん、コアラさん、"人魚の花園"で見た大きい魚人女性と人魚2人がいます。
「ジュウシンさんから話は聞いたと思うが、アーロン討伐を決行する。諸君は本隊の突入前にアーロンの拠点や周辺の村に潜入し、民間人の安全を確保してもらいたい。情報は人魚達が魚に伝達し、魚がこちらの人魚に伝達する。また、事前にイルカのシゲノブが潜入し、ナミくんと行動を共にしているはずなので、協力してもらいたい。隊長はたしぎ一等兵」
「は、はい!」
本当にジュウシンの言葉通りになってしまいました。違うのはシゲノブさんの存在でしょうか。
ナミさんを救いに行けるのはうれしいですが、素直に喜べません。ここの海軍は海賊の私兵団ですから。
「と言っても一等兵が隊長ではしまらんからな。たしぎ一等兵は作戦前日に曹長に昇進することが決まっている」
「はい!」
そんな理由で昇進なんて。なんかもう気にするのもバカらしくなって来た。
「ふつうの船で近づけば魚人達が接近し、破壊されることが予想される。そこで、ハックさんを仲介人とし、人魚達がカンパチの魚人に対して謝罪に来た、という体裁を取る。海兵諸君は人魚達の護衛、また運び役としてついてきたことにしてもらう。ふつう若い人魚は歩けないのでな。ここの人魚は歩けるが歩けないという体裁を取る。謝罪の後には、人魚達が街を探索したいと言い、海兵諸君と共に民間人の住む村を歩くという流れだ。そこで民間人の安全を確保してもらう」
なるほど、難しい任務ですね。あまりのん気なことは言ってられないかもしれません。
初めての潜入。相手は人間嫌いの魚人。実力はおそらく私より上。近くには陸であまり動けない人魚。この中で、民間人の安全を確保。ナミさんも救い出さなければならない。
「作戦はあくまで大雑把な概要だ。現場の瞬間的な判断の方が重要になってくるだろう。たしぎ一等兵、任せたぞ」
「はい!」
返事はしましたが、正直荷が重いです。周りの大人に頼ることになると思います。