もし室! ~もしワンピースのナミが室伏もどき著『ゾーンの入り方』を読んだら~   作:世界の鉄人

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解放された者、拘束された者

「彼で最後だ」

「ありがとうございます」

 

 たしぎの指示通り、村の住民は広場に集まった。戦える者は武器を手に持ち、敵の接近に注意を払う。ふつうの人は道沿いに来るが、魚人なので港や川から急に現れる可能性もある。360度気を抜くことはできない。

 嫌な緊張感だ。胸が苦しくなる。これはあまりよくないわね。歌でも歌いましょうか。

 

「ちいさなー、ころにはー、たーかーらのちずーがー」

「ナ、ナミ! こんな時に何を!」

 

 ノジコが信じられないという風に私を見る。ゲンさんや他の村人も同じ。たしぎも怪訝な感じだ。ただ、もう1人残っている屈強な海兵は笑っている。

 

「緊張し過ぎるのもよくないわ。実戦で本来の力が出せない」

「そんなこと言ったねえ」

「ほら、皆も歌おうよ」

「やっ、無理よ! 絶対に無理! 理論上はそうなのかもしれないけど、この空気を見なさい! のん気に歌ってる余裕はないわ!」

 

 ノジコが叫ぶと、そうだそうだと声が上がる。

 私は少しイラッとくる。が、ふと気付く。皆が私に怒ったことで、最初の緊張感は解けている。これなら歌う必要はないかもしれない。

 

 その時だった。川から水しぶきが上がり、人間大の何かが飛び出してきた。

 

 来た。敵。

 

 一気に緊張感が高まる。せっかく歌ってもあまり意味がなかったわね。泥棒時代にも戦闘の経験はあるけど、逃げるばかりだった。あの時とはまた別の緊張がある。初めての、守る戦い。逃げられない戦い。

 覚悟を決めろ、ナミ。

 

 と、自分を奮い立たせたのだけど、その頃には水しぶきが収まり、川から出てきたのが敵ではないことが分かっていた。

 人魚の女の子だ。カンチパが殴られた時、大きな魚人の隣にいたかわいらしい人魚の片一方。彼女は無邪気そうな笑みを浮かべ、ぴょんぴょん跳ねて村に近づいてくる。

 

「終わったよー! 向こうの戦いがー!」

 

 えっ、あっ。突然すぎて、頭の中が真っ白になっちゃった。

 ええっと、まず早過ぎるわよね。まだ村人を集めたばかりなのに。本当に終わったのかしら? 嘘の可能性もあるわよね。いやいや、ないわよね。そういう嘘をつく理由がないわ。緊張し過ぎはよくないと言っても、戦いが終わりと言って緊張感を完全に無くしてしまうのは、さらにマズいから。

 

 だから、ええっと、本当に終わったのかしら? 勝ったのかしら?

 

「アーロンはハックさんがボッコボコにやっつけたみたい。他の魚人達も1人残らずノックアウト!」

 

 人魚は笑顔のままで言う。

 やっぱり、本当に、勝ったみたい。なんてこと。まだ信じられない。いえ、信じることはできるのだけど、どう喜んでいいのか分からない。

 

「本当に、1人残らずですか? 見張りの魚人や逃げ出した魚人もいるのでは?」

 

 たしぎの問いかけで、少し冷静さを取り戻す。アーロンが負けたら逃げる魚人も出るだろう。笑うのは、完全に事態が納まるまで我慢していた方がいい。

 

「完全に、1人残らずよ!」

 

 しかし、人魚の女の子はそう強調した。どうして完全だと分かるの?

 私達の疑問に答えるように、女の子が言う。

 

「シゲくん、ええっと、私達の仲間のイルカの男の子ね。彼が、エコーロケーションと見聞色の覇気で、探索したわ! それでここの諸島くらいだったら丸ごと調べられる! だから間違いないよ! 見張りの魚人も全員倒してる! 逃げ出した魚人もゼロ! 完全勝利よ!」

 

 エコーロケーションは、確か、イルカやクジラが使う音を利用したコミュニケーション。コウモリみたいに音で三次元を把握することもできる。一説には、音自体は数百キロ先にも届くとか。でも、三次元の把握は数百メートルが限界だったはず。この島全体? まあ、ジュウシン流トレーニングをしたイルカなら、できてもおかしくないか。

 

 嘘をつく理由もないし。やっぱりこれは、勝ったみたいね。

 

 終わった、のよね? 何もかも。命がけの泥棒生活。村の解放のため、アーロンの言いなり生活。時たま海兵を呼んでも、あっさり負け、希望は失われる。怒ったアーロンを静めるために悪役を演じ、村の皆に憎まれる。でも本当の心を見せてはいけない。皆の命が掛かっているから。失敗は許されない。隙を見せてはならない。

 そんな、私の心にのしかかっていた重圧。それら全てが、今、一瞬で、消えた。

 

「はあ」

 

 万感の思いを込めたため息。いえ、そんなに心は込められなかったわ。あっさり終わりすぎよ。何これって感じ。

 

「ナ、ナミさん!」

 

 緊張感を解いたら、一気に全身の力が抜けちゃった。倒れそうになる私。でもたしぎが私を抱きとめてくれた。

 

「大丈夫ですか! ナミさん!」

「ありがとう、たしぎ。いろんなことが終わったんだなあって思うと、なんか力が抜けちゃって」

「ナミさん……」

 

 見ると、ノジコもゲンさんも、まだ現実を受け止めきれないみたい。呆然と立っている。いや、小さく震えている。目がぬれて、さらにぬれて。つーっと、涙が落ちる。

 ダメね。こういうのを見ると。私も目に汗がしみちゃうわ。でも、私は。今は、笑いたい。

 

「よーっし! 宴よ! 酒よ! 今日は盛り上がるわよー!」

 

 ちょっと涙声になっちゃったけど、まあまあいい声が出せたわ。さあこの勢いで、どんどん声をかけましょう!

 

「さあさあ! 宴の準備! 宴の準備! ノジコも! ゲンさんも!」

「ふふっ。そうね。せっかく解放されたんだもの。楽しまないともったいないわ」

「よし! 皆の者! 宴の準備だ! 今まで押さえ込んできた分、盛大に盛り上がれ!」

 

 ゲンさんの声に、うぉおおお、と地鳴りのような歓声が上がる。大人も子どもも、女も男も、全力で叫ぶ。全身で喜びを表現する。押さえ込まれた感情が爆発する瞬間。

 

「ナミさん、未成年にお酒はダメ……。いえ、ほどほどに」

 

 規律にうるさいたしぎも、さすがにこの喜びに押されたみたい。

 

「さあ今日は、夜通し騒ぐわよー!」

「うぉおおおおおお!」

「そう言うと思って音楽隊を連れてきているぞ!」

「うぉおおおおおお!」

「サーカスもできるぞ!」

「うぉおおおおおお!」

「人魚のダンスも見せてやるぞ!」

「うぉおおおおおお!」

「はっちゃけたい大人には精力増強マッサージもやってやるぞ!」

「うぉおおおおおお!」

 

 いつの間に来ていたのか、ジュウシンがいろいろ提案してくれる。ありがたく受けておきましょう。精力増強マッサージはいらないけど。

 

 

―――

 

 

 ドアを開けた瞬間、血と汗の混じった臭いがした。思わず手で口元を覆う。

 薄暗い部屋に鉄格子が並ぶ。その中に所狭しと押し詰められている魚人達。敵意、怒り、失望の視線。

 

「チッ」

「女かよ」

「舐めやがって」

 

 予想はできていたが、ここに優しい言葉は存在しない。私は罵倒の嵐に晒されることになるだろう。

 今はまだマシだ。私の正体がバレていないから。もし気付かれたら、きっとトラウマを抉られる。私を救ってくれた英雄を、死なせてしまった日のことを。

 

 それはとても恐ろしいこと。自分の芯が揺さぶられてしまう。今すぐ逃げ出したい。こんなことを私にやらせるジュウシンさんには、頭おかしいんじゃないの?、とでも言ってしまいたい。

 でも、一方で、何かを成し遂げたいと思っている私もいる。ここで魚人達に謝罪したい。感謝の気持ちを改めて伝えたい。そして、何らかの形で、彼等を助けたい。

 でも、その何らかの形が、まだ見えない。単純に魚人を逃がすわけじゃない。それで罪滅ぼしになると思ってないし、ナミ達が救われない。違う方法。あるはずなの。ないかもしれないけど、無理にでも作る。

 

「あれ? おまえは……」

 

 ふと、敵意を含まない声があった。知っている。はっちゃんの声だ。

 

「確か、ええっと……」

 

 はっちゃんはおでこを指でなぞりながら考えている。

 私を思い出そうとしているのだろう。そのことに若干の喜びを感じるが、恐怖もある。彼が私の名前を出した時、アーロンさんが、どうなるか。

 

「ああ、そうだ! コアラ!」

 

 出た。思い出してしまった。私の名前。

 

「なんだハチ、知り合いか?」

 

 知らない魚人がはっちゃんに問いかける。

 

「フィッシャーさんの船に乗っていた頃に、人間の奴隷を故郷に送り届けることになってな。あそこにいる看守が、その子に似てた」

 

 やっぱり、来た。私が最も恐れていた話。

 

「へー、そんなことが」

「さすがにフィッシャーさんは懐が深いなあ。人間の奴隷をわざわざ助けてやるなんて」

「ああ、まさに俺達の英雄だ」

「かーっ、やるせない話だね。そんな英雄を人間は殺しちまったんだから。やっぱり悪魔だよ、人間は」

 

 そうだそうだ、まったくだ、などと同意の声が沸く。時折私をにらみつけながら。

 苦しい。聞いていてとても苦しい。

 

「ってかよ、その女が、コアラ? だとしたら、あんまりじゃねえか? フィッシャーさんに助けられておいて、今度は俺たちを殺そうって側になってんのか?」

「あっ、本当だ! あまりにも酷い!」

 

 私もそう思う。助けられておいて裏切るのは酷い。

 でも、私は海兵じゃないから、本当は裏切ってないけど。革命軍だからと言って許してくれはしないだろうけどさ。

 ふと、はっちゃんが私を見ていることに気付いた。気まずそうな顔で。そして私と目が合うと、少し頭を下げた。謝罪をするように。

 これは、魚人達に責められている私の気持ちを考え、謝罪したのだろう。こちらこそ申し訳ない。フィッシャーさんの件で謝罪すべきなのは、私だから。だけど少しうれしくもある。はっちゃんはやさしい人だった。ナミの村の惨状を聴いたとき、私の事件によってはっちゃんの性格が変わってしまったのかと思ったが、そうではなかったようだ。

 

「なあ、お前等。もういいじゃねえか。この話は」

 

 えっ、それも言うなんて。

 

「なんだハチ? 人間の肩を持つのか?」

「いや、そういうわけじゃねえ」

「怖気づいたのか? 捕まったからって命ごいでもするつもりか?」

「よしてくれよ。恥を晒すような真似は」

「や、やらねえよ。命ごいなんか」

「ハチ、不愉快だ。黙ってろ」

「すまねえ。アーロンさん」

 

 私を庇ったせいで、はっちゃんが責められる。こんなことしなくていいのに。

 でも、これはいい契機かもしれない。はっちゃんが勇気を出して、やさしさを見せてくれた。人間に捕まり、断罪を待つだけの状態で、同じ人間であり英雄の仇とも言える私に。

 だったら私も、勇気を出す。何かを伝える。彼等を救うための可能性を引き出す。話題は、たぶん、天竜人の話が一番いいだろう。

 

「皆、聞いて!」

 

 声が出た。勇気を出せた。少し上ずってしまったが、十分響いた。

 

「ああん?」

「なんだクソアマ」

 

 魚人達は再び不機嫌になり、私を睨みつける。また胸が苦しくなる。しかし、力を振り絞る。

 

「人間にも、悪魔みたいな人はいる! それは認める! だけどそれは、全ての人じゃないの!」

「なんだぁ?」

「説教のつもりかぁ? ぶっ殺すぞこのアマァ!」

 

 よし、言えた。そのことにひとまずホッとする。

 まだまだ、心にはちっとも響いていない。怒りに火をつけただけ。でもそれは予想できたこと。もともとアーロン一味は人間嫌いで海賊行為をしていたと聞いている。その上で、フィッシャーさんの事件があった。薄っぺらい言葉に心が動くはずがない。

 でも諦めない。続けなくてはならない。そうじゃないと誰も救えない。

 

「人間の敵がいるなら、一緒に倒そう! 魚人も人間も、手を取り合って!」

「はあ? 何言ってんだ!」

「バカにすんじゃねえ!」

「てめぇ等海軍が捕まえておいて何が一緒に倒そうだ!」

 

 そうだよね。当然そうなるよね。

 だから私も、覚悟を決めなければならない。秘密のままでは事態は動かない。

 

「私は、海兵じゃない!」

「は?」

 

 一瞬、魚人達が静かになった。

 

「海兵じゃない証拠として、私は、あなた達を助ける! 今の私はそれができる立場にある!」

「はあ?」

「意味が分からねえ。ぬか喜びさせて遊ぶつもりか? ふざけた真似を」

 

 口で言っただけでは信じられないだろう。だから、ちょっと実演しておく。

 私はポケットから牢屋のカギを取り出す。それをこれみよがしに魚人達に見せる。

 

「おいなんだ? 開けるならさっさと開けてくれ」

「ぬか喜びならぶっ殺すぞ!」

 

 魚人達の言葉を無視し、はっちゃんの牢屋の前に行く。カチャリ。

 

「お、おい。いいのか?」

 

 牢屋の中に入る。そのままはっちゃんの手錠にカギを突っ込み、外す。

 はっちゃんは信じられないという風に、私と自由になった手を交互に見る。

 

「おまえ、やっぱりコアラ……」

「はっちゃん、来て……」

 

 私ははっちゃんを部屋の外に連れ出す。これで、いいのだろうか?

 

 部屋の前には見張りの男性。私とはっちゃんを一瞥するが、それ以上は何も言わない。

 私ははっちゃんを連れて甲板を目指す。

 

「あいつもお前の味方か?」

 

 はっちゃんは後ろの見張りを身ながら言う。

 

「うん」

 

 私は同意するが、味方と言っていいのかどうか分からない。ジュウシンさんは厳密には革命軍ではないし、その部下も然り。

 

「大丈夫なのか? こんなにスラスラ歩いて」

「たぶん、大丈夫」

「たぶんって、おいおい……」

 

 はっちゃんは少し戸惑ったが、私は歩みを止めない。そして、甲板へ来てしまった。

 見張りの海兵達。数は13人。ジッと私たちを見る。何かを調べている。見聞色で心を見ているのだろうか? はっちゃんの方からごくりと唾をのむ音が聞こえる。

 

「まあまあだな」

「ああ。まあまあだ」

「謝罪、罪悪感。この村に対する感情はそれだけだ」

「まあ、裏切る恐れはないだろう」

 

 それぞれが感想を述べる。はっちゃんを拒絶する反応はない。これは、逃がしてもいいという意味だろうか?

 

「あの、このまま逃げてもらえばいいんですか? 海へ」

「俺は構わないぞ」

「俺も」

「俺も」

 

 それぞれが同意する。これでいいのだろうか? よく分からない。

 

「はっちゃん。じゃあ、逃げて」

「あ、ああ。そうさせてもらう。いや、でも……」

 

 はっちゃんは動こうとしてピタリと立ち止まる。

 

「できればでいいんだが、アーロンさん達に伝えといてくれ。俺だけ逃げちまってすまねえ、いろいろあったけど楽しかった。それと、ありがとうって……」

「うん。分かった」

 

 やっぱりはっちゃんは、やさしい。

 

「おまえも、ありがとうな。それになんというか、その、立派になった。前見た時はちっこいガキだったけどよ」

「うん」

「すまねえな、こんなことしか言えなくて。おれは、バカだからよ」

「はっちゃんは、バカじゃないよ」

「いいや、バカだ。大バカ野朗だ。人間にもいいやつはいるって、知ってたのに。なんてことしちまったんだ。俺は」

 

 そう言ってはっちゃんは涙ぐむ。やはりナミの村にしでかしたことは後悔していたのか。やさしいはっちゃんには本来ありえないような行動。アーロンさんの言葉に逆らえなかったにしてもだ。

 でも、ナミ達のことを考えれば、安易に慰めることもできない。

 

「ちょっといいか?」

 

 と、海兵の1人がいきなり会話に入ってきた。はっちゃんはビクンと固まる。

 

「今からこの島で宴が始まる。逃げる前にそれを見てくれないか?」

「えっ」

 

 はっちゃんも私も驚いた。何故こんなことを言うのか。

 

「確かになあ。いい案かもしれない」

「そうか?」

「ありだな」

「ジュウシンさんは喜びそうだな」

 

 海兵達が概ね賛成している。何故、宴を見るのがいい案なのか。喜ぶ人間を見て自分たちの罪を再認識させるため? よく分からない。

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