もし室! ~もしワンピースのナミが室伏もどき著『ゾーンの入り方』を読んだら~   作:世界の鉄人

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異次元の男、ジュウシン

 牢屋の並んだ部屋に戻る。雰囲気が変わっていることに気付く。

 

「てめぇ! 本当にあの時のガキだったのか!」

 

 おそらく先ほどまでは他人の空似と思われていた。今は完全に気付かれたようだ。

 

「はい」

「よく俺の前に面(つら)出せたもんだな! ぶっ殺されてぇのか!」

「いいえ」

「何がいいえっ! この! あの人の! 魚人族の怒りを! 食らいやがれ!」

「クソがァ! 檻から出て今すぐ殺したい!」

 

 魚人達、特にアーロンを筆頭にタイヨウの海賊団だった魚人達は、縄で縛られた体をせわしく揺さぶり、叫ぶ。全力の怒りを込めて。私を睨みながら。

 

「フィッシャーさんに関しては、ごめん!」

「なんだとぉ?」

「謝って許されるわけねえだろうが!」

 

 そう、許されないのは知っている。ハックさんや革命軍の皆は、私は悪くないと言ってくれる。ただ力がなかっただけだと。私もそう思う。でも、そういう風に考えない人もいる。それほどの怒り。理屈は通用しないと思う。かと言って、謝罪しても効果はなさそうだ。実際、目の前の彼等は怒っている。

 でも私は、謝罪したかった。当時幼い子どもであり奴隷であった自分に非はないと理屈では思うが、謝罪を義務のように感じている。実際、謝罪すると少しすっきりした。理由は分からない。

 

「ごめん!」

「ああん?」

「本当にごめん!」

「まだ言うか!」

「黙れ」

「ごめんったらごめん!」

「このアマァ!」

 

 ごめんごめんと言い続ける私。やはり、少し胸がすっきりする。何故だろう。革命軍として世界政府に戦いを挑んでいる私は、理不尽な要求に対して従うのではなく打ち倒すつもりでいるのに。この謝罪は理不尽に頭を下げるようなもの。やってはいけないはず。なのに心は、徐々に洗われて、静かになっていく。

 

「ごめん」

「つまんねえ。同じことばっか言いやがって」

「ごめん」

「ちっ」

 

 気付くと、魚人達の反応も弱くなっている。アーロンさんなんて目を瞑ったまま動かない。

 怒るのに飽きたのも理由の1つだろう。けど、別の理由も感じる。理不尽なことに感情をぶつけ、その行為の憐れさ空しさを知った、みたいな。そういう静かな雰囲気がある。

 だから、たぶんだけど、彼等は今の私と同じような状態になっている。しんみりとした気持ち。心が徐々に洗われて、静かになっていく。

 

 これは、もしや。共感できた? ならば、ここで畳み掛ける!

 

「私は、フィッシャーさんが好き!」

「はあ?」

「なんだとてめぇ」

 

 少し怒る魚人達。ジッとしていたアーロンさんも、耳がピクンと動いた。あの人はフィッシャーさんの大ファンだった。当時の魚人達は皆フィッシャーさんに憧れていたんだけど、フィッシャーさんの話をする時は、アーロンさんが一番うれしそうだった。

 だから、フィッシャーさんの話題は魚人達の心をつかむチャンス。もちろん、危険もある。その場しのぎの薄っぺらい話をしたら、猛烈な怒りを買うだろう。フィッシャーさんはある意味聖域。だけど私はにわか仕込みではない。本物の感謝。本物の憧れがある。

 

「フィッシャーさんは誰よりも優しい! あんなにも強いのに! ふつう力が強いと、その力で何かを奪おうとするもの! でも、フィッシャーさんは逆! その力は弱者を守るためにのみ振るわれる! 誰かが横暴を働いていたら、例えそれが政府であって、戦いを挑む! それが、どれだけ難しいことか! どれだけ偉大な心なのか! 広大な海を思わせるような、度量! その胸に、やさしさに包まれることが、どれだけ幸せなことか!」

 

 我ながら、ペラペラとよく口が動くなあと思う。でもこれは、本当に思っていること。フィッシャーさんは本当に憧れている人。だからこそなのかもしれない。言葉が次々浮かんでくるし、喋っていて楽しい。

 

「シャッハハ。シャーハッハッハ」

 

 と、アーロンさんが上機嫌に笑い始めた。この人は怒る前に不意打ちで笑うこともあるけど、これは本物の笑いだと思う。

 

「よく分かってんじゃねえか。そうさ。フィッシャーさんは偉大なんだ。お前なんざが語る資格はねえほどにな」

 

 やった。ひとまず話の内容は認めてくれた。私が語るのは嫌みたいだけど、でも、反応自体は軟化している。

 この方向で間違っていないはず。

 

「私は、フィッシャーさんが大好き! この気持ちは本物なの!」

「ああそうかい。その大好きなフィッシャーさんは、お前達人間の卑劣な罠で殺されちまったけどな。反省しやがれ! 心の底から! 一生を懸けて! まあお前等クズの命なんかいくら懸けてもあの人にはつりあわねえが」

 

 うっ、やっぱり苦しい。私のトラウマを聞くのは。でも、ここで負けてはいけない。攻める。

 

「うん。私は一生を懸けられる! 命を懸けられる! あの人が見た夢と、同じ夢を見るために!」

 

 特に意識してなかったけど、すごくいい言葉が出た。アーロンさん達もびっくりしちゃってる。

 

「チッ。口で言うだけなら誰でもできらぁな」

 

 アーロンさんは顔を逸らしながら言う。初めて見る気まずそうな表情。

 ふふっ。これは勝ったのでは?

 アーロンさんはフィッシャーさんの夢を追っていない。たぶんファンとして私に負けた気分になってるのよ。

 

「アーロンさん」

「ああん?」

 

 私はアーロンさんの牢屋の前へと歩き、腰を降ろす。相手も座っているので私も座った方がいいと思ってね。

 ここからは面と向かって、一対一で。ファンとしての人生の勝負。私の生き様をぶつけてやる。

 

「私がいかにフィッシャーさんの夢を追っているか説明するわ。まずは、故郷を離れ修行の旅に出たところから」

「ふん。何が修行か。下等種族がいくら鍛えた所で」

「目的地は決まっていたけど、船は上手く進まなかった。海流や風が変わる度、船の向きがズレる。気付かず逆走していたことも何回もあったわ。だから予想より時間がかかっちゃって、食料が尽きちゃった」

「下等種族らしいな」

「そこからは餓えとの戦い。死ぬのが先か、着くのが先か。文字通り死ぬ気で船を操ったわ。風や海流に、全神経を集中して。そこで、偶然商船が近くを通りがかったの。目的地も同じだったから、乗せてもらったわ」

「シャーッハッハッハ。情けねえな。何が修行だ」

 

 ふふっ。笑ってられるのも今のうち。

 

「そして目的地にたどり着く。そこは紛争地。政府と革命軍が戦争している場所。もちろん、私がその島へ向かった理由もその紛争」

「なっ、ぐっ」

 

 やっぱりね。苦しい表情になった。

 私は政府と戦った。アーロンさんは弱者を従えるだけだった。この差は大きい。フィッシャーさんのファンなら。

 

「私はフィッシャーさんのファンだから、当然政府が第一の敵。戦うのは当たり前。敵がいくら強大でも、それで逃げるようではフィッシャーさんのファン失格よね」

「ぐっ、ぐぬっ」

 

 苦しそうなアーロンさん。ちょっと笑える。

 

「ふっ、ふん。図に乗るなよ小娘! 俺は、まず手ごろなイーストブルーを支配して、そこから勢力を広めていって、最終的に全世界を支配する計画だったんだ! 小さな村のしょうもない小競り合いで満足してるようじゃあまだまだだ!」

 

 アーロンさん。その場しのぎでいい加減なこと言うのはやめといた方がいいよ。

 小さな村で満足って、それあなたのことじゃん。だって何年もこの諸島を支配してただけじゃん。

 まあ直接は言わないけど。話の流れがよければ婉曲的に伝える。

 

「生きるか死ぬかの戦場。未熟な私は銃弾に倒れた。しかし、気絶している間に革命軍に助けられた。次に目覚めたのは革命軍の船の上。そこで私は、弟子入りを志願する」

「下等種族が下等種族に弟子入りしてもな」

「革命軍に私の生い立ちを説明すると、ある方に合わせてくれた。それが今の私の師匠、ハックさん」

「何ィ!?」

 

 これには驚いたでしょうね。アーロンさん以外も一斉に反応した。

 

「ハックさんは初め断ったわ。ハックさんの戦い方は魚人空手を基本としており、人間に教えられる物ではないってね。魚人ですら習得できるのは一部のみであり、たいていは厳しい修行に耐えかねて辞めてしまうと」

「ふん。当然だ」

 

 クロオビさんが言う。彼は魚人空手の使い手。修行の厳しさは知っているでしょうね。

 

「しかし私は、どうしても魚人空手を習得したかった。この技で政府と戦いたかった。だから何度もハックさんに懇願したわ。鍛えてください、どうしても魚人空手で戦いたいんです、と。ついにハックさんは根負けし、1つ目の修行を教えてくれた。ただひたすら、拳で水を押すという修行」

「あれか。俺もやらされた」

「毎日毎日、朝から晩まで、ひたすら構え、拳を突き出す。この動作を繰り返した。もちろん、ただ突くだけではなく、水の流れや、全身を流れる力の波を感じながら。そうして、5年。やっと次の修行を認めてくれた」

「シャーッハッハッハ。それは認めたんじゃねえ。あまりにも才能がないから未熟なまま次の段階に進んじまったのさ。一生拳を突き出してる女が近くにいたら不気味だからな」

「私はハックさんに連れられ、コージ王国に来た。そこは色んな修行ができる場所だった。水面走り、乱流泳ぎ、水投げと言った魚人空手の基本はもちろん、指ジャンプ、空気蹴りと言った海兵の技まで。色んな人に色んなことを教わって、それが魚人空手にも生かされる。成長ペースが一気に上がったわ。でもそれは、5年間拳を突き出した基礎があったからでもある。地道な修行の成果が一気に花開いていく。そうして、3年。私は、空気中の水分を感じられるようになった」

「はあ?」

「嘘だ! 人間にできるわけがない!」

 

 クロオビさんが叫ぶ。では、実践しましょう。

 

「いいわ。見せてあげる」

 

 私は立ち上がり、構える。一度目を瞑り、集中。

 

「ふんっ。軟弱な構えだ。あれで基礎があるなどと笑わせてくれる」

 

 などと言っているクロオビさんの檻に向けて、空気の流れを操って、その中の水を抽出して、拳を突き出す。

 

「はあっ!」

「なっ」

 

 拳と空気中の水分がぶつかり、振動が生まれる。その振動が檻にぶつかり、鉄格子を揺らす。金属音が響く。

 成功。ハックさんに比べたら威力は大したことないけどね。

 

「それで修行は一段落。次は戦いの話をするわ。人間との戦い。時には資産家から奴隷を解放し、時には圧政を敷く海兵から町を解放する。国を落とした話もあるわ」

「お、俺だってなあ! この島に何度も海兵が来てたんだぜ! だが、そいつらは皆殺しにしてたんだ! だから情報が漏れなかった! 戦い自体は俺の方が多いはずだ!」

 

 焦ったように話すアーロンさん。もう私の勝ちでいいよね。

 

 そこから私とアーロンさんの武勇伝自慢大会になる。海兵のどのクラスを倒した。何人倒した。何人救った。アーロンさんはすぐにネタが終わり、タイヨウの海賊団結成より前の話を始めてしまう。私が最近の戦争の話をすれば、本気でくやしがる。

 

「雑魚の癖に! 運がよかっただけの癖に! 俺がお前の立ち位置ならもっと上手くやれたんだ! 政府のクズ共を、1万、いや10万は殺して、懸賞金5億くらいの怪物になってたはずだ!」

 

 ある意味、認めてしまった? 人間の生き方を。

 

「立ち位置? 10年前なら私よりあなたの方が自由でしょ? さっさと革命軍に入ればよかったじゃん!」

「か、下等種族の下につけるかよ!」

「じゃあ何? あなたは私の立ち位置を羨ましがってたけど、上等種族の魚人様だから、政府と戦えなかったってこと?」

「なっ、バカ言うな! 戦えんだよ! 俺は戦ってたんだよ! その準備、謀略が広大過ぎてお前には理解できないだけだ!」

「謀略って何? 小さな村を支配して、お金を集めて、歓楽街で遊び呆けること?」

「ぐっ。ちがっ。こ、この、クソアマがぁ!」

「フィッシャーさんに言ったらどうなると思う? 私は政府を倒すために小さな村からお金を集め、酒と女手遊んでましたって。ため息混じりに殴られるだけよ!」

「フィッシャーさんは関係ないだろうがよお!」

 

 などと言っていると、ドアが開いた。

 海兵達が入ってくる。もうすぐジュウシンさんのサーカスが始まるらしい。特別にジュウシンさんも本気の技を見せてくれるそうだ。

 

 

―――

 

 

 ジュウシンの音楽隊の演奏を背景に、食べて飲んで、歌って踊ってバカ騒ぎ。特にアーロンを倒したって噂のハックさんはヒーローのような扱いよ。魚人だから最初は怖がる人もいたけど、恩人だからか打ち解けるのは簡単だったわ。魚人である彼がアーロンを倒して、村の皆の魚人に対する偏見が薄まったのはいいことだと思う。

 私も踊り子の衣装を貸してもらって一緒に踊ったわ。この衣装の背中が露わになってるとかでゲンさんが怒ったのだけど、これはもうやっちゃえと思ってね。私が「約束の体払いよ」と言いながらゲンさんの顔に胸を押し当てたら、ゲンさんすごい勢いで鼻血を出して倒れたわ。私は大爆笑。ゲンさん、厳しいけど女性に弱いわよね。

 

 皆が踊り疲れたあたりで、ジュウシン司会進行のサーカスが始まったわ。予想できたことだけど、これはもうぶっ飛んでた。手品でもありえないような技ばかり。

 

 まずは逆立ち指ジャンプ重ね。これは、指で逆立ちしている人の上に指ジャンプで逆立ちしながら乗る、さらにその上に指ジャンプして逆立ちしながら乗る、というのを重ねる物。一番下の土台はジュウシン。私達からしたら指逆立ちできるだけですごいのだけど、ジュウシンの部下はその状態でジュウシンの身長より高くジャンプして、逆立ちの上に乗っちゃった。バランスも全く狂わない。大拍手よ。3段目はきついか、思いきや、これも楽々成功。他の観客と一緒に叫んじゃったわ。だって指で2人分より高く飛んだのよ。ふつう足を使っても1人より高く飛ぶのもできないのに。ありえないじゃない。

 その後すいすい進んだけど、7段目成功した辺りには「は?」という空気になってたわ。逆に静かになったの。もう人間技じゃないもの。だけどそこから、8段、9段、若干バランスを崩しながらも成功。10段目には5mくらいある女性の魚人が来て、体重的これはさすがに無理だろうという空気になった。でも彼女は、指で跳ねた後に月歩で空中をピョンピョン蹴って、9段目の上にそっと着地。なんと10段目成功。もう皆、驚きすぎて口ぽかーんよ。そもそも月歩だけでも口ぽかーんだからね。初めて見る人には。11段目は成功しなかったわ。5段目の人の体力がもたなかったから。でもそれ以外の人はもう少しいけそうだったのよねえ。特に一番下のジュウシン。一番重いはずなのに一番楽そうだった。

 

 次は人間鉄琴。体を鉄のように硬くする技があるんだけど、この状態で体を硬いものにぶつけると金属音が出る。さらにはその強度を上手く調整することで、金属音の高低差を操ることができる。ジュウシンはそう言ってたわ。部下は誰も真似できないからジュウシンが一人でやってた。音楽隊の演奏に合わせて自分の体を叩き、金属音を響かせる。時には木琴や太鼓のような音も出していた。もう一般人はドン引きよ。ジュウシンの部下も「あれはジュウシンさんには理解できない領域。ふつう鉄塊の状態では動くことさえできない」と言って遠い目をしていた。

 

 次に石避け。これは観衆参加型で、皆でジュウシンに石を投げてぶつけるという物。ただしジュウシンは直径3mの円から出たり両足が浮いたりしたら負け。制限時間3分。

 私達は軽くしか投げないけど、海兵達はすごい勢いで石を投げてたわ。視界が埋め尽くされるほどの勢いで。でもそれをジュウシンはひらひらとかわしちゃう。紙絵。本に書いてたやつね。これがその極み。

 

 次も観衆参加型。ジュウシンや彼の部下が足や手を使って風を作り、私達はその風に乗って飛ぶというもの。現象としては嵐脚に近いかしらね。あれは飛ぶ斬撃みたいだけど。怖がる人もいたけど、私は楽しかったわ。特に魚人の女性とジュウシンの風。意志を持ってるみたいに優しく運んでくれる。高さ100mくらいで急に風が消えた時はちょっとチビりそうになったけどね。まあ、すぐさま別の風が来て、ゆっくり降ろしてくれたから危なくはなかったけど。

 

 次は月歩を利用したダンス。ここまでありえない技をたくさん見てきたから、月歩自体への反応は薄かったわ。月歩は指ジャンプの時に見てたしね。でも、人魚の女の子が出て来て、空を優雅に舞ってた時は、男性のみならず女性も見とれちゃったわ。あまりにも美しい。幻想的な光景。村の子どもはイルカに乗せてもらって、人魚と一緒に空を飛んでた。羨ましかったわ。

 

 次は体の妙な場所を動かす技を披露。頭ジャンプ、鼻ジャンプ、耳ジャンプ、胸ジャンプ。これはまだ理解できる。次の技は驚愕。髪の毛が意志を持ったように動き始めた。しかもその髪が鉄のような硬さになることも。

 

 そして次は、メインイベントだそうな。既に驚き疲れているんだけどもっとすごいのが来るのかしら。ちょっと楽しみ。

 しばらく待っていると、海兵達が檻を担いで広場に近づいてきたわ。村の皆から悲鳴が上がる。その檻に入っていたのはまだ血のついてるアーロン達だったから。

 

 アーロン一味は舌打ちしているけど、思ったより大人しいわ。なんか打ちひしがれてる感じ。捕まって意気消沈って感じかしら。ざまあ見ろよ。

 

「今日のメインイベントは、アーロンさんの下等種族講座だぁあああ! 」

 

 ノリノリで言うジュウシン。マイクを持ってアーロンに近づく。

 

「さあアーロンさん、人間が何故下等なのか、教えていただけますか?」

 

 笑みを浮かべるジュウシン。アーロンは舌打ちするだけで答えない。しかしジュウシンはうなずいて見せる。

 

「はい。なるほど。水の中で呼吸ができない。力が弱い。だから下等だと。ありがとうございます。よく分かりました。では、確かめてみましょう。まず、力の実験です」

 

 そう言うとジュウシンはアーロンの入った鉄格子に腕を振るう。

 鋭い金属音が響き、しばらくの後、鉄のいくつかがパカっと落ちた。腕を振るった一瞬で鉄格子を切り裂いていたらしい。

 アーロンの檻が壊れて逃げられるようになってしまった。でもアーロンを恐れる者はいないしアーロンも逃げない。皆分かっているのだ。ジュウシンはアーロンを遥かに超える怪物。逃げても無駄だと。

 

「はい。切りました。アーロンさんにはできませんよね? ええ分かってます。あなたはサーカスを見ていたので、私より力が弱いことは知っていたわけですね。後は水の中で呼吸だけだと。では、やりましょう」

 

 そう言うと、海兵が水の入った水槽を持ってくる。ジュウシンは口を開けたまま、その中に入る。

 

「はいこの通り。水の中に入りました。喋っても大丈夫。呼吸もできますよ」

「なん……だと……」

 

 口をぱっくり開けて驚愕するアーロン。いや、会場全体驚きよ。ジュウシンの部下の海兵さえも驚いてる。

 

「生命帰還の奥義だ。肺の手前の血管を浮き出し、擬似的なエラを作る。肺に入った水に流れを与え、動脈に浸透させ、さらに流れを与え、静脈に送る。静脈を通った水は肺から抜け出て口を出る」

「繊細な身体コントロール。精密な水の感知。あの人にしか理解できない領域だ」

 

 近くに座る海兵達が解説している。あまり理解できない、というより理解したくないが。

 

「アーロンさん。力は強いし呼吸もできました。まだ人間が下等な理由はありますか? 全員にはできない? いやいや、できるよ。練習すれば誰でもできる」

 

 ジュウシンは自信ありげに言うが、できないと思う。海兵達も私と同意権のようで「それは無理っす」「ジュウシンさんとシツジョーさんだけですよ」とか言ってる。

 

「つまりアーロン。人間はエラ呼吸できるようになったら下等じゃないのか? まだ不満か? 泳ぐのが遅い? じゃあ競争しよう。ほら、海へ逃げてみろ。捕まえてやる」

 

 自信満々なジュウシン。ふつう人間は魚人より速く泳げないが、今までの彼を見ていると負けると思えない。

 村の皆もほとんど同意権みたい。でも、海兵に聞いてる人もいる。

 

「あの司会の人、アーロンより速く泳げるの?」

「まあ間違いないだろうね。ジュウシンさんはその気になれば足を人魚の尾ひれにすることもできるから」

「そっか。じゃあ大丈夫だね」

 

 ゆっくり10数えるジュウシン。アーロンは「あばよ、バカ野朗」と言って逃げていく。

 10数え終え、ジュウシンが動き出す。と言っても動いた瞬間には消えてしまい、その後は見えないが。

 ジュウシンは20秒くらいで帰ってきた。アーロンの口を掴んだ状態で。全身びしょ濡れ。海に逃げたアーロンを捕まえてきたということ。泳ぎで魚人、それもサメの魚人に勝つなんて、ほんと人外よね。

 

「はいアーロンさん。下等種族の方が速く泳げてしまったよ。これでは何が下等か分かりませんね。もっとちゃんと教えてくださいよ。人間が下等である理由を」

「ちっ、化け物が」

 

 煽るように言うジュウシン。あんまりおもしろくない。

 

「ええっと、自分の方が私より下等だと思っちゃったってことですね。だから私を化け物呼ばわりした。じゃあもう下等じゃないんですね。人間は」

「人間は下等だ。例外がいただけだ」

「じゃあ例外は下等じゃないんですね?」

「ちっ。勝手に言ってろ」

「はい。聞きましたか皆さん! 例外は下等じゃないみたいですよ! 結論が出ました! アーロンさんに下等呼ばわりされたくない皆さんは、修行しましょう! これで、メインイベントは終了です!」

 

 メインイベントは終わったらしい。正直、あんまりおもしろくなかった。なんでこれがメインなんだろう。もっとふつうに楽しめるやつがよかった。

 何か別の狙いがあったのだろうか。アーロンを屈服させるのとは別の目的。ジュウシンが魚人の得意分野ですら魚人を上回る所を見せて、村人の魚人に対する偏見を無くさせる、とか? 技を見た海兵達にやる気を出させる、とか? それだったら意味はあるのかもしれない。手放しでは喜べないけどさ。結局ジュウシンがすごいだけで、私達は認められてないし。そもそもアーロンに認められたってうれしくないし。

 

 その後もジュウシンはアーロン一味にインタビューを続けていく。何故人間の村を襲ったか。人間がムカつくから。何故人間を嫌いか。よわっちぃ癖に地上でデカい面していい暮らししてるから。強い人間はいい暮らしをしても構わないか? それはなんとも言えない。よわっちくても貧しい人間はムカつかないか? 貧乏はかまわない。ムカつく理由がない。羨ましくもなんともないから。と言った問答が続いていく。

 やはりおもしろくはない。何故こんなことをするのだろう。楽しい宴に水を差すようなこと。それも、アーロン一味に心を開くような真似をして。黙って罰を与えようと思わないのだろうか。

 

「俺は貧乏人でもムカつくな。人間はとにかくムカつく」

 

 と、遠くから話に入ったのはクロオビ。

 

「どうしてですか?」

「歴史があるだろう。人間が魚人を虐げ続けた歴史」

 

 えっ、そうだったの?

 

「私が虐げたわけではないですが」

 

 ジュウシンは歴史に関して否定しない。本当に人間が魚人を虐げた歴史があるのかな。あんなに強い魚人をどうやって……。ジュウシンみたいな例外はいるけどさ。

 

「同じだ。人間だからな」

「どうして同じだと思いますか?」

「同じ血が通っているだろう!」

「通ってませんよ。血管は離れてます」

「そういう意味じゃない!」

「どういう意味ですか?」

「自分で考えろ!」

 

 クロオビはそう言ってそっぽを向く。しかしジュウシンは1人で頷く。まさか心を読んでいるの? 本にも心を読めるみたいに書いていたけど。

 

「クロオビさんは今、必死に考えています。人間の歴史的な罪を別の人間に被せてもいい理由を。しかしいい考えが浮かばないのです。そして今、私に思考を暴露されたことで、パニックになっています」

 

 やっぱり心を読んでいるみたい。クロオビは目に見えて動揺してるわ。

 

「クロオビさん、結局理由はないってことでいいですか? 別の人間に罪を押し付けてもいい理由。じゃあ人間は別々ってことでいいですかね?」

「そ、それはダメだ!」

「何故ですか?」

「理由はいらん! 俺は人間が嫌い! それだけだ!」

「なるほど。人間を嫌うこと自体を天性のように感じると。本当にそうなのでしょうか? 先ほどクロオビさんが歴史の話をしたので、私も歴史を語りましょう。何故、魚人族・人魚族が人間に差別されるようになったのか。実はこれは、世界政府の戦略なのです」

 

 え? そうなの?

 

「どういうことだ?」

「世界政府は天上金や海軍の軍事費として庶民から金を奪います。だから当然嫌われます。実は政府に対する戦争は、昔からしょっちゅう起こっていました。中には惜しいところまで行った戦争も。団結さえすれば庶民は数が多いし政府より強いのです。政府が無策ならいつか倒されます。そこで政府は、庶民からお金を奪う理由を作ることにしました。それが生命の安全のためというものです。と言っても、金を出さなければ政府に殺されるぞ、という理由では革命勢力が増えるだけです。そうではなく、魚人に殺されてしまうぞ、という理由を作ることにしました」

 

 魚人で脅迫する理由を作る? 裏がありそうね。

 

「政府は情報屋を名乗り、魚人の海賊と接触し、海軍の情報を流します。ここは守りが薄いから攻めろ、と。魚人の海賊は言われた通りに攻め、物も命も奪います。政府は遅れてやってきて、言います。ほら、政府にお金を渋るから魚人に殺されたのだ、と。実際は魚人の海賊と政府が手を組んでいたから襲われたにも関わらず。さらに政府は、一般の魚人の旅行客を皆殺しにし、魚人側の怒りも煽ります。魚人の海賊に共感させ、無差別に人間を襲う魚人を増やすために。そうして両者の対立を煽りました。完全な自作自演です」

 

 な、なんてこと!? にわかには信じられない。そんなに悪辣なの!? 世界政府はクズの極み。アーロンより下と言ってもいいかもしれない。

 村の皆も、アーロン一味も、同じ考えみたい。口をあんぐり開けて固まっている。

 

「しかし、自作自演は成功してしまいました。人間は魚人を恐れ、政府にお金を出す。魚人は人間全体を敵と考え、政府と戦わず庶民を虐めようとする。もちろん、政府の思惑に気付いた人もいましたが、その数は極少数。戦えば数の利で政府が勝ちます。政府は優秀な暗殺集団を持ってますしね」

 

 ズルい。ズルいよ世界政府。そしてムカつく。なんて酷いやつら。絶対に潰してやらないといけないわ。

 

「皆さんも、狙われるかもしれません。この話を知ってしまったので」

 

 って、え? それはダメだって。せっかく村が平和になったのに。

 と、そこでジュウシンの雰囲気が変わった。演技っぽくない、素の状態に。

 

「まあ、今の話は俺の予想だけどな。政府の今までの行動パターンから考えた歴史の予想。ポーネグリフを読んだわけじゃねえよ。お前達が政府に暗殺されたなら、事実だったってことかもな」

 

 え? え? 予想? どういうこと?

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