もし室! ~もしワンピースのナミが室伏もどき著『ゾーンの入り方』を読んだら~   作:世界の鉄人

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ナミちゃん、ひたすら指を伸ばす

 あの人のお父さんも海兵だったんだ。ベルメールさんとは重ねたくないけどね。結婚相手、しかも強い女性を探すために海賊と戦うなんて酷すぎる。その求婚を受け入れる奥さんもどうかしてるわ。

 トレーニング内容もエグいわねえ。一日中トレーニングばかり。しかも赤ん坊のの頃から。

 うーん。強さの秘密は理解できたけど、こうはなりたくないわ。食事中もトレーニングなんて頭がおかしくなりそう。

 ただ、シツジョーは悪い人ではなさそうね。奴隷を助けるためにやむをえず海賊になったみたいだし。ちょっと共感できるかも。私がアーロン一味に入ったのも村の皆を助けるためだったし。

 覇気だの下半身天狗だのはよく分からないから無視。

 

 で、ここまで長かったけど、やっとゾーンの記述が出たわね。

 ゾーンとはどういう状態か。あくまでシツジョーの体験から予想したゾーンの話だけど「思考が消えて、時間の感覚が消えて、楽しさを感じながら、無意識に体が動き、意識は無限に広がっていく。普段理解できないことが理解できるようになる」か。これは私が宝箱のカギを開けようとする時の感覚に似てるわね。楽しくて時間を忘れちゃう。意識が無限に広がるっていうのは、ちょっと違うかもしれないけど。

 でも、そういう感覚もなんとなく分かるわ。例えば天候の変化の予想をする時。私は頭で計算するっていうより、肌で、目で、大気を感じて、その大気の先にある世界の変化を感じて、感じたままの天候を予想として頭に浮かべているのよね。世界を感じる時に意識が無限に広がっていくっていう経験をしているわ。

 

 うん、なんかすっきりした。誰もこういう現象のことを教えてくれなかったから。私はこの能力を当たり前のように使っていたし、そうしないと生きていけなかったのだけど、やっぱり独学では限界があったわ。そもそもゾーンとかそういう技術として考えたことがなかった。だから能力を成長させようって考えもなかったのよね。

 でも、この本には不完全だけどゾーンの入り方とか、そのトレーニング方法も書いてある。だから伸ばせるわ。この能力を。しかも、私だから伸ばせるの。大気を感じるとか、ピッキングの集中力とか、私より上手な人を見たことがないから、相当上手い方だと思うの。だからこの才能を生かすために、ゾーンをちゃんと身につけて、向上させたい。そう思えたわ。

 

 自分でもバカらしいんだけど、自分の能力に期待しちゃってるのよね。魚人にも通用するかもしれないって。いや、別に武術で魚人に勝てるとは思ってないんだけどね。なんていうのか、別の方向で現状を打破できそうな気がする。

 

 シツジョーも、本当に魚人より強いんだろうなあって、今なら思うわ。だって見てる世界が違うもの。一般人はもちろん海賊とも違う。宝とか名声とかには目もくれず、ひたすら強さを求めているのよね。そしてその過程を心から楽しんでいる。魚人の中でも別格であるアーロンより強いかと言われたら、分からないけど、未来のシツジョーは確実にアーロンを超える。それは言えるわ。アーロンは食って寝てるだけだしね。

 

 さて、本の続きを読みましょう。

 シツジョーが考えるゾーンに入る条件。

 

―――

 

 俺は奴隷達を連れて逃げることにした。政府は天竜人の奴隷を盗んだ罪で俺を賞金首にした。海軍や政府に追われる日々が始まった。俺より強い敵はあまりいないが、偶に遭遇することもあった。しかしその度に例によって自分でも信じられない力を発揮でき、誰も失わずに逃げ切ることができた。

 そういう生活の中で「ゾーンに入る条件」が徐々に見えてきた。3つ紹介しよう。

 

1.全力を出す。

2.向上させる何かを認識する。

3.過去や未来に対する思考を捨て現在だけに意識を集中する。

 

 1.については、まずは単純に自分で自分が思う全力を出してみる。現在の能力を把握する。

 

 2.について。1.で認識した全力は自分が限界だと思い込んでいる全力である。しかし本当の自分の全力とはそう簡単に出せるものではない。必ず不足がある。その不足を認識し、現在の能力を高めよう、限界を超えようとする意識・意図が2.である。

 例えば、俺は新しく入った船員のトレーニングを指導する時に、「指を全力で伸ばしてみて欲しい」と言う。彼等は簡単なことだと思うだろう。胸の前に利き手を上げて、ピッと指を伸ばす。これが何か? という顔をする。

 しかし俺は彼等に「まだ全力を出していない」と言う。彼等は怪訝な顔で反論する。「もう全力です」と。しかし俺は認めない。「もっと出せる。もっと強い力で伸ばせる」。彼等は嫌々手の周辺に力を入れ、筋肉を震わせる。俺はまた言う。「まだまだ足りない。心理的にも物理的にも余計な拘束がある。本来の君はもっと強い力を出せる」と。

 自分で気付いて欲しいから種明かしはしたくないが、この本には書こう。

 指を伸ばすときに、胸の前で人を指すように伸ばすと、指の付け根に引っ掛かりが出る。この引っ掛かりのせいで指の第二関節に引っかかりが出て、その引っ掛かりのために第一関節にも引っかかりが出る。これが物理的拘束となり全力を妨げている。

 この指の付け根の引っかかりを除くためには、手首の引っ掛かりを除く必要がある。さらに手首の引っ掛かりを除くためには肘の引っかかりを除く必要がある。またさらに肘の引っ掛かりを除くためには肩の引っかかりを除く必要があり、さらには背骨、首や他の四肢の先っぽ、内臓の引っかかりも除かなくては、となる。

 つまり指を伸ばすという簡単な行為さえも、引っかかりを無くすという観点で厳密に突き詰めていけば、全身による対応が必要になるのだ。指を伸ばす例において引っかかりの認識が、2.で言う不足の認識であり、能力を高めようという意図は引っ掛かりを減らそうとする意図のことである。

 戦闘ならば、もっと大きな力を出そう、もっと速く動こう、もっと遠くまで攻撃しよう、などの意識がこれに当たる。芸術ならばより繊細に表現しよう、より感情豊かに表現しよう、などの意識である。上手くいけば意識が無限に広がるような感覚を覚える。浮遊感や楽しさを感じる。

 なお、指を伸ばすトレーニングは非常に奥が深く、極めれば丸太に指が刺さるようにさえなる。六式の1つ、指銃につながる。

 

 3.について。過去の思い出にふけったり、未来の予想に頭を悩ましている状態では、そちらに意識が割かれて、現在の問題に対して全ての思考エネルギーを使うことができない。これでは全身全霊という状態にならず、時間を忘れて無我夢中、という状態になれない。俺が元奴隷の戦闘を見て、思わず助けてしまった時のように、過去や未来に対する思考を捨てる必要がある。

 

―――

 

 私もやらされたわ。指を全力で伸ばすって言うやつ。こういう意味だったのね。言ってくれたらよかったのに。自分で気付いて欲しかったとか書いてるけど、分かるわけないわ。シツジョーは「まだ全力じゃない。まだ全力じゃない」ってそればっかり言ってくるんだもん。「全力出してます!」としか思えないわ。ちゃんと「付け根が引っかかっているから第二関節が伸びない」って説明してくれたら納得できたのに。私は普段から意識が広がるっていう感覚を味わっているしね。3.の時間を忘れるっていう感覚も分かるわ。宝を見たときのあの感覚を思い出せばいいのよね。

 ちょっとやってみようかしら。指を伸ばすトレーニング。

 

 まずは軽くピッと伸ばす。うん、指の付け根が引っかかってるわね。だからこの引っ掛かりを取るために、手首を伸ばして、肘を伸ばして、さらには肩をこう、上手くひねって持ち上げて、さらには背骨やおなか、頭や手足、指先まで、ピンと伸ばす。

 

 えいっ。

 

 よし、いい感じいい感じ。シツジョーにやらされてた時よりずっと上手く伸ばせたわ。それに、失敗も見えた。次はもっと上手く伸ばせるって確信できる。本に書いてある通りね。全力を出せば失敗が見えてくる。それに、楽しい!

 手首、肘、肩、背骨、手先足先、伸ばす! えいっ!

 よしよし。さっきより綺麗になった。次はもっと大きく動かす。

 手首、肘、肩、背骨、手先足先!

 よし。さっきより力強くなった。次はもっと繊細に。

 手首、肘、肩、背骨、手先足先!

 さっきより整ったわ。次はお腹周りの筋肉も意識して。

 手首、肘、肩、背骨、お腹、手先足先、ピーン!

 次は呼吸も意識して。

 手首、肘、肩、背中、胸、お腹、手先足先、ピーン!

 もっとピーン!

 もっと速くピーン!

 もっと上手くピーン!

 もっと強くピーン!

 

 

 …………はっ。

 気付いたら、外が真っ暗になってるわ。お腹も空いてる。喉もカラカラね。朝から何やってんだか。

 時間を忘れるってこういうことを言うのね。いきなり「ゾーン」に入れちゃったのかしら。まあ普段からそういう体験はやってたけどね。トレーニングで時間を忘れたのは初めてって感じ。

 しかし、我ながら驚かされたわ。指を伸ばすだけのトレーニングがこんなにおもしろいなんて。明日もこればっかりやりたいって気分だわ。端から見ていたらバカみたいだろうけどね。まあ海の上じゃあ誰も見てないけど。

 早くアーロンから村を取り返さないといけないってことは分かってる。でも、泥棒稼業はちょっと中断して、本腰でトレーニングをやってみようと思う。私は今日、たった一日ですっごく成長できた。端から見ると指を伸ばすのが上手くなっただけだけど、違う。私の中で何かが変わった。期待、希望がわいてきたの。しかも博打とか夢物語じゃなくて、私ならできる、超えられるっていう自信があふれてくる。

 本当にありがとう、シツジョー。海賊は嫌いだけど今度会ったら感謝の言葉くらい言ってあげるわ。

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