もし室! ~もしワンピースのナミが室伏もどき著『ゾーンの入り方』を読んだら~ 作:世界の鉄人
「ヒュッ、ヒュッ」
ふふ。ビシッ、ビシッ、と指が風を切る音が聞こえるわ。ずいぶん成長したわね。
ここまで来るのに3日。長いような短いような。ゾーンに入っているからか感覚的には短いんだけど、年頃の女の子が指を伸ばすことに青春を費やすると考えると長いわよね。まあ楽しめたからいいんだけど。
指伸ばしは本当に奥が深いわ。全然飽きない。もっともっと上を目指せるしやればやるほど上達していくのが自分でも分かる。
単に指を伸ばすだけじゃなくて全身を使っているから、色んな所に力がついて動きもよくなってる。正確に測ったわけじゃないけど確実に走るの速くなってるわ。ちょっと走ってみたら視界の動きが全然違うもの。
意外なことに、この指伸ばし、美容にもいいことが分かったわ。先日、買出しでまけてもらうために、唇を指で撫でて、甘えるような仕草をしたの。そしたら店主どころか女将さんまで見入っちゃって。自分でもびっくりしたわ。なんか一流モデルが男を惑わすみたいに、指が繊細に艶かしく動いたのよ。おかげでご飯は半額で買えたけど、ちょっと気をつけないと悪い男に目をつけられちゃうかもしれないわね。
そう言えば、シツジョーの船も美人ばかりだった。単純に顔がいいだけじゃなくて、立ち姿勢とか単純な所作が洗練されていてすごい大人の女性って感じだったの。私もこの本のトレーニングを続ければああいう風になれるのかしら。
ともかく、指の伸ばしの基本はだいたい身についたから、もう少し難しいやつに挑戦してみるわ。本の続きを読みましょう。
―――
俺は海軍や政府の執拗な追跡から逃れるため、一旦故郷のイーストブルーに戻ることにした。イーストブルーは最弱の海と呼ばれるように、海賊も海軍も最も弱いとの噂があったし、良し悪しは別として父の海賊団には海軍支部との癒着があった。長く海兵を務めていたこともあって、海兵時代の友人や弟子が支部のお偉いさんにたくさんいて、彼等は父が海賊になっても敵対することはなかった。だから父の船に行けば滅多なことでは海軍に襲われないし、そもそも戦闘になっても負けない。
一度グランドラインに入った船が再びイーストブルーに戻るのは容易ではない。逆走すればレッドラインが立ち塞がり、横に逸れれば海王類の巣。
俺は一度海王類に船を壊されたこともあり、海王類の巣を渡り切る自信がなかった。よってレッドラインを登ってイーストブルーに戻ることにした。
俺と元奴隷の屈強な男は素手でレッドラインを登り切る体力があったが、他の女や子どもにはなかった。また、レッドラインを降りた後の船をどうするかという問題があった。
結局、俺が船や食料を引っ張りながら登り、他のメンバーはテルのサポートを受けつつ自力で登ってもらうことにした。とは言え現状ではとてもレッドラインを超えられない。しかし海軍は待ってくれない。なるべく効率的なトレーニングを行う必要があった。
そこで俺は、自分の行ってきた数々のトレーニングを思い出しながら、ゾーンに入ることを意識したトレーニング、ハンマロビクスを開発した。その基本コンセンプトは、
1.単純な反復運動をさせない。
2.不規則な動きを取り入れる。
3.体を慣れさせない。
4.感覚が常に内在する運動。
5.即興的に対応する運動。
である。
―――
おっと、間違えたわ。
トレーニングは最後の方のページに載っていたのだったわね。
―――
以下にトレーニングの具体例を挙げる。
基本は初心者レベルだが、上級者でも鍛えるべきものである。
中級は基本に慣れたらチャレンジしてもらいたい。簡単ではないが、全力でやれば数ヶ月で修得できる。俺は船員がレッドラインに挑戦する前に、中級の修得を条件とした。彼等が海軍に対する恐怖から死に物狂いでトレーニングしたこともあり、半年もすれば全員が修得できた。
上級はどれも困難であり、修得には数年か十数年のトレーニングを要する。
・指を伸ばす。
(基本)指の付け根、手首、肘、肩などの全身の引っ掛かりを無くすことを意識して、指を全力で伸ばす。
(中級)基本を習得した上で、指を伸ばす時の全身の力の流れを利用して、指でジャンプする。最初は斜め腕立て伏せから練習するとよい。
(上級)指を伸ばす時の全身の力の流れを利用して、丸太を指で貫く。覇気を使えば指の硬さで貫くこともできるが、このトレーニングでは覇気を使わず全身が生んだ力積を指先に集中することで貫く。最初は柔らかい土で練習するとよい。(指銃)
・全身で流体を感じ取り、押す。または押される。
(基本)粘土を手の平に乗せて、落とさないように注意しつつ、できるだけ小さく丸める。目で見ずに手のひらで感じるように意識する。
(基本)風船に手のひらを近づけ、風船と手のひらの間にある空気の層を感じ取り、押す。風船を押さずに空気だけを押すように意識する。
(中級)水面は固体のように押せるタイミングがある。それを見極め、水面を蹴って走る。初めは泥水で練習するとよい。
(中級)水を足で弾き、その弾いた水で丸太を切り裂く。水を固体のように押し、さらに指を全力で伸ばす時のような理想的な力の流れを足で再現する必要がある。初めは粘土で練習するとよい。
(上級)空気も固体のように押せるタイミングがある。それを見極めて空気を蹴って空中を自由に飛び跳ねる。水よりも筋力が必要である、固体になるタイミングを感じるのも難しい。(月歩)
(上級)足で空気を弾き、その弾いた空気で丸太を切り裂く。(嵐脚)
・全身で流体の流れを感じ取り、その流体を壁として利用する。
(基本)呼吸と腹式呼吸の筋肉の使い方を逆転させることで、腹の中で空気の衝突を起こす。それにより身体内部に流体の空間を作り、水中のようなゆらゆらしたリラックス状態を常に発揮できるようにする。最初は複式呼吸から練習するとよい。
(基本)乱流のある水中を走る。乱流の中で固体のように押せる方向を全身で感じ取り、流れを利用して筋肉を大きく動かしながら走る。
(中級)逆複式呼吸により空気の衝突が起こるが、その衝突から身体の外側へ流れる力を利用して、人のパンチを弾く。
(中級)水中で他人にパンチをしてもらい、そのパンチの手と自分の体の間にある水が固体として利用できるタイミングを見極める。そのタイミングで水にパンチを受けさせ、自分の体は水に押されて流されるようにする。自分で自分をパンチしてもいい。
(上級)逆複式呼吸により身体の外側へ流れる力を利用して、刃物を弾く。筋力が必要になる。初めは木刀など斬られにくい物で練習するとよい。(鉄塊)
(上級)パンチの手と自分の体の間にある空気が固体として利用できるタイミングを見極め、空気にパンチを受けさせ、自分の体は空気に押される。(紙絵)
なお、剃のトレーニングは書かなかったが、月歩を覚えればそんなに難しいことではない。
上級のトレーニングは覇気と似た部分があり、先に上級を修得しておけば少なからず覇気の修得にも役立つだろう。
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盗んだ直後にパラッと読んだ時はほとんど分からなかったけど、今ならよく分かるわ。
身体を流れる力の波。固体のように力積を返す流体の動き。それを感じ取る感受性。私は指を伸ばす中で、全身の波を感じてきた。ナミだけに。なんてね。
まあでも、空気を蹴って空を跳ぶのは現実感がないけどね。シツジョーが空気を固体に感じるって言ってたけど、本当に固体みたいに蹴るのはね。空気の斬撃とかいうのもねちょっと受け入れがたい。
上級は人外地味たトレーニングばかりね。かよわい私じゃまず筋肉が足りそうにない。
あ、でも紙絵はできるかもしれないわ。力ではなく柔よく剛を制すって感じだし。私の得意な流体の感知だし。
中級は……、うん。中級も十分難しいわね。これを半年で修得ってどんな女や子どもなのかしら。才能があったのかしら。
とりあえず指の中級を練習するわ。初めは指で斜め腕立て伏せをして、徐々に飛んでいけばいいのよね。
斜め腕立てって、手が足より若干上について、斜めになっていればいいのよね? シツジョーの船でそういうのをやってる人を見たことがあるわ。
ええーっと、その辺の椅子を利用して、えいっ。
痛いわね。これ。思ったより痛い。だけど分かるわ。全身から伝わってくる力の波。それをもっとずっと繊細にコントロールできれば、痛くなくなるって。
どうやら勘違いしていたようね。私は指伸ばしの基本をそれなりに極めたつもりだったけど、頂は遥かに遠かった。
現状の能力で中級の練習すると指を痛めちゃうから、もっと基本を練習しましょう。
「ひゅっ」ビシッ。「ひゅっ」ビシッ。
うーん。これじゃあ力の波はコントロールできないのよね。もっとこう、なめらかに。それでいて速く。
「ふんっ」スッ。違う。これじゃあ痛い。「トウッ」フッ。これも違う。「ふっ」シュッ。うん? 近いかも……。
「ふっ」シュッ。「ふっ」ビュッ。「ふっ」ビュッ。「ふっ」ギュッ。
なんかいい感じね。「ふっ」って声を出しつつ、ギュッとかビュッて風切り音が出れば、全身の力がなめらかに指から抜けていくわ。
よし。これでもう一度斜め腕立てやってみるわよ。
「ふっ。うっ」
痛い。痛いけど、さっきよりはずっとマシになったわ。これなら我慢できるくらいの痛さ。あんまりやると怪我しそうだけどね。
斜め腕立ては30回くらいでやめときましょうか。
「ふっ。ふっ。ふっ。ふっ。ふっ。ふっ。……」
よし、30回終了。これ以上やると痛めそうだから今日は斜め腕立てやめておくわ。基本の練習をしましょう。
指以外の基本もやりたいのよね。ええーっと、粘土、紙風船はないから、呼吸法と乱流で走るっていうのをやりましょう。乱流は水に濡れちゃうから先に呼吸法を。
「ふんっ、ふんっ」
あっ、複式呼吸は簡単にできるし、逆複式呼吸もそう難しくないわ。
指を伸ばすトレーニングで、胸やお腹の引っ掛かりを無くすために声を出すようにしていたんだけど、それが役に立ったわ。
ハンマロビクスっていう枠組みもあるし、別のトレーニングでもけっこう関連しているのね。