もし室! ~もしワンピースのナミが室伏もどき著『ゾーンの入り方』を読んだら~   作:世界の鉄人

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室伏もどき、レッドラインで遊ぶ

 へとへとで山道をうろつき、宿を探していると、複数の男に囲まれた。タイミングから考えて、見られていた可能性が高い。川ではしゃいでいたのを。しかし怒る元気もない。

 

 彼等は一様に下衆な笑みを浮かべている。しかし私の気を引きたいらしく、気遣うようなそぶりを見せる。

 

「お疲れですか? 私のうちで泊まりませんか?」

「うちにいい肉があるぜ」

「おいしいシチューで体があったまりますよ」

 

 私は海賊専門の泥棒だ。だけど私の体が目的の男には、躊躇なく制裁を加える。まあ金を盗むだけだけどね。

 できればこの場で全員から盗みたいけど、今の体力では逃げ切れない。一番豊かそうで、弱そうな男の家でシチューを食べて、休憩して、とりあえずそいつの金を盗って逃げましょう。

 

「私、シチュー大好き! よろしくねお兄ちゃん!」

 

 私は小奇麗な優男の腕に飛びついた。優男は顔を赤くする。

 周りの男達は怒り出す。

 

「えっ。う、うん」

「あっ、てめえ!」

「抜け駆けか! この野朗め!」

「そ、そんなこと言われたってえ!」

 

 うーん、このままじゃあ行かせてくれそうにないわね。私は早くご飯が食べたいのに。

 仕方ない。全員にチャンスを与えるか。

 

「ケンカはダメ! じゃあこうしよう! 皆でご飯食べようよ!」

 

 まあこれは、私に金を盗まれるチャンスだけどな。

 

「ちっ、仕方ねえなあ」

「まあ、複数で相手するってのも……」

 

 男達は下衆な笑みを浮かべて私の提案を受け入れた。

 

 優男の立派な家でおいしいシチューをいただき、大きなベッドで眠りについた。

 いつもなら、こういう時は本当に眠ってしまわないように気をつけるんだけど、今日はさすがに疲れた。30分くらいは豪快に寝させてもらう。

 しかしそこで、ドスンと大きな音を聴き、目が覚めた。

 

「ひっ」

「邪魔すんな!」

「か、彼女は寝てる。後にした方が」

「バカ野朗! だからこそだろ! 何のためにタダ酒を飲ませたんだ! こういうのはあやふやなうちにやっちまうんだよ!」

「そ、そうだそうだ! 早くやっちまおうぜ!」

「オラも賛成だ。ギンギンになっちまって。最初はオラからイカせてくれ」

「なんだと! 俺が一番だ!」

 

 私を襲うか襲わないか、また襲うとしたら誰が一番かでケンカになっているようだ。

 これはファンを装って海賊船に忍び込んだ時によく見る光景。対処には慣れている。まあこの隙に金を盗んで逃げるだけだけど。

 

 カーテンの隙間から手を伸ばす。そっと窓を開ける。風が冷たい。

 荷物を手に持つ。では、さようなら。

 

 二階から中庭に着地する。土の湿気、小石の衝撃を感じて、力を上手く受け流す。

 よし。トレーニングの成果が出た。全く痛くない。

 忍び足で庭を移動する。リビングの窓に近づき、中を覗き込む。

 あいつらの荷物がリビングに置いてある。数は5。1つ足りないがまあいいだろう。

 

 しかし、鍵が閉まっている。中に入れない。どうしよう。玄関からもう一度入る?

 忍び足で玄関の前にやってきた。しかしドアが開かない。ここも鍵がかかっている。

 

「あいつがいない! なんでだ!?」

「もしかして逃げたのか!?」

「お前がデカい声でやりたいとか言うから!」

「オラのせいじゃねえべ!」

 

 そして、私が逃げたこともバレちゃった。でもちょうどいいや。これであいつらが降りてきて、玄関の鍵が開く。そこからもう一度中に入りましょう。

 予想通り男達は降りてきて、ドアを開けて外に出た。そして目を血走らせて駆けていった。

 私はジッと息を潜めてやり過ごし、もう一度中に入る。荷物の中をじっくり確認。ついでに家の中も物色。金目の物を手に入れてさようなら。

 

 

 川でトレーニングを始めてから、こういうことが何回も起こった。集中したらどうしても裸になってしまう。興奮した男が集まってしまう。かと言って服を脱がないことを意識したら集中できない。トレーニングにならない。

 一般の男達から逃げるのは簡単だったし、たぶん今の私ならそこらの海賊相手でも逃げられる。だけど、逃げた次の日から男たちが川に張り付いちゃうから、事件を起こす旅に拠点を替える必要が出てくる。これが面倒だった。川を探すにも時間がかかる。

 

 川で心置きなくトレーニングするためのちょうどいい拠点。いろいろ考えたが、一番いいのはやはり、あそこになるのかなあ。シツジョーの船に乗せてもらう時に、やつが言ってたのよね。「トレーニングを見て欲しいなら俺より父に頼んだ方がいい。初心者から有名な海兵まで通う大きなトレーニングジムを経営している」と。

 私はシツジョーの故郷を目指して航海を始めた。本の続きを読みながら。

 

 

―――

 

 

 遥かなるレッドラインの頂き。予想できたことだが、元奴隷の船員達は疲労困憊。単純に昇るだけでも辛いが、酸素の薄さも辛い。加えて、クジラ。ラブーンという名のアイランドクジラがレッドラインにタックルをしていた。それでレッドラインが壊れるわけではないのだが、大きな振動が起こる。手を滑らせてしまう。

 女や子どもが滑って落ちる度に、下にいる俺かショーンが受け止める。全員が落ちてしまって手が足りない時は、俺が月歩で飛んで回収し、船に乗せていく。これをやるとさすがの俺も体力が削られる。長い休憩を余儀なくされた。

 

 レッドライン登り。この中で呼吸の大切さを痛感した。単純に吸って吐いての話ではない。呼吸において吸いすぎても吐きすぎても上手くいなかないように、人体というのは、一方に偏った場合もう一方に揺り戻す行為が必要だと痛感したのだ。振動という考え方でもいい。

 例えば、起きている時と寝ている時は呼吸のように交互にやってくる。これが乱れると人体が不調になる。

 トレーニングでも、10秒全力で走れば1分は休憩が欲しくなる。中くらいの力で20秒走れば3分は休憩が欲しい。弱めの力で40秒走れば10分休憩が欲しい。

 こういう静と動の呼吸だ。動が静を誘導する。よく動くからよく休みたくなる。逆に静が動を誘導することもある。力を抜いているから次の瞬間に大きな力を出せる。一瞬の力を発揮する短距離走や投擲にこの考え方は非常に重要になる。

 

 左右の筋肉でも同じことが言える。右ばかりで投げているとバランスが崩れる。左で投げたくなる。前後の筋肉も同じ。前方ばかりに走っていると後ろの筋肉がつって来る。後方にも走った方がいい。内転筋、外転筋、インナーマッスル、アウターマッスルでも同じこと。

 

 俺は崖を上る船員たちに指示を出した。

 

「無理をするな。自分の感じるままに、動きたい時に動き、休みたい時に休むんだ。その繰り返しが重要なんだ。呼吸のように動きすぎても休みすぎてもいけない」

 

 その瞬間、皆のリズムが変わった。

 初めは小さな変化だった。少しだけ、早めに休憩するようになった。しかし俺は、まだ彼等は無理をしていると感じていた。だからもっと休憩を増やした。強制的に、自分の感覚で休みすぎという程休むこともあった。

 すると子どもの元奴隷が、自分から「早く上りたい。もう休憩はいらない」と言った。俺も元奴隷達もギョッとした。この子は天竜人に深いトラウマを植え付けられており、常に愛想笑いを浮かべていて、俺の言葉に従うばかりだったのだ。

 俺はふたつの意味でチャンスだと思った。トラウマを克服するチャンス。そして呼吸の極意を実に付けさせるチャンスだ。

 

「その感覚を大事にするんだ。そうすれば世界は明るくなる。登ろう」

 

 そうして登り始めた。先頭を進む子どもは先ほどまでと明らかに質の違う動きをしていた。滑らかで、軽やかで、美しい。

 

「早く早く」

 

 そう言って俺達を急かした。その顔は笑っていた。愛想笑いではない。この瞬間を楽しんでいる、ゾーンに入った者が時を忘れて遊んでいるような笑いだったのだ。

 俺もこの子の笑顔を見て、救われるようだった。心が晴れやかになった。それだけではなく、今まで見えなかった世界が見えた。

 

「ありったけの、ゆーめをー♪」

 

 俺は歌を口ずさんでいた。父がよく口ずさんでいる歌を。そしてリズムに合わせて体が動いていた。いや、歌のリズムも体に合わせて変化していた。

 体が最も欲するリズム。静と動の変動。大きな動きを求める筋肉。小さな動きを求める筋肉。それに合わせて歌が変化していく。

 

「ぽけっとーのー、こいーん」

 

 子どもも俺に合わせて歌い始めた。とても楽しそうに。俺も同じくとても楽しかった。そして子どももまた、俺のように歌に合わせて体を震わせ、体に合わせて歌のリズムを変えていた。

 俺と子どもの筋肉。骨格は全く違う。歌のリズムも異なるはず。なのに、ある時に歌がぴったり一致した。そして世界がつながった。

 

『楽しい楽しい崖のぼり。しんどいはずなのにおもしろい。辛くない。不思議で変てこ。まるで冒険』

 

 子どもの心の声が、直接聞こえたのだ。

 俺は直観的に、それが見聞色の覇気であると気付いた。初めて使えた武装色以外の覇気。俺は戸惑いつつも、子どもとハーモニーを続けた。女達も、うれしそうに歌い始めた。そして彼女等も、動きの質が変わった。軽やかに、不規則に、楽しそうに。

 体が何を求めているか、俺たちには分かった。時には妙な動きを求めるが、それも簡単にこなせた。カニのように横に登ったり、バッタのように跳ねたり。時には頭を下にして登ったり、崖に背を向けて登ったり。それをやる度に疲労が抜けていくのが分かった。この疲労は、使う筋肉の偏りによって生まれたものだから、ゆり戻すように筋肉を使えば、取れたのだ。そういうことも感覚で分かった。

 

 そして俺達は歌いながら、余力をたっぷり残したまま、レッドラインの頂に辿り着いたのだった。

 なお、ショーンだけは恥ずかしがって歌わなかった。動きの質も変化がなく、疲れやすいまま。頂上についた頃には子どもよりもショーンの方が疲れているくらいだった。

 

 

―――

 

 

 やっぱり、シツジョーはすごいわね。歌うように動くっていうやつ。ひょっとしたら私が初めて見つけたと思っていたけど、シツジョーも知ってたのね。

 

 呼吸の極意、リズム、偏らない体の動かし方。それらを意識しながら船の上でトレーニング。日に日に向上していく私。そして一週間が過ぎた。

 やっと目的地が見えた。コージ王国。投擲海賊団の本拠地。島から流れてくる海風に、心なしか、強者の気配を感じた。

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