もし室! ~もしワンピースのナミが室伏もどき著『ゾーンの入り方』を読んだら~ 作:世界の鉄人
人外魔境
遠くからでも見える巨大な王城。その周りを囲む森林。森林が途切れた所にはよく分からないウネウネとした雲が固定されていて、その上をソリに乗った子どもや動物が滑って遊んでいる。さらにその上では鳥と人魚達が空を飛び、速さを競っている。
港には海軍基地があるのだけど、何故か防壁が一切ない。代わりに田畑が広がっていて、屈強な海兵と一般人が共に耕している。
固定される雲、飛ぶ人魚、田んぼを耕す海兵。これだけでも十分狂っている。だけど、海軍基地に隣接する演習場はさらにすさまじい。ある者は剣を振るい、ある者は走り、ある者は踊り、ある者はぐったり横たわる。その誰もが全力。そして目を輝かせている。だから熱気がすさまじい。戦闘の余波はもっとすさまじい。
なんか、ふつうに2人巨人がいるんだけど。1人はふつうの大きさの人間と戦っている。もう1人は海王類と力比べ。このぶつかりあいの音がすごい。海面が震えてる。
巨人より小さいけど身長5mくらいの人も10人以上いる。彼等は強いけど、彼等と戦えている一般の大きさの人もいる。
アーロンくらいの身長となると100人はいる。何これ? 魚人もふつうにいるし、人魚もいるし。
正直、魚人にはまだ嫌悪感がある。だけど、この島を見ていると、そんな自分がバカバカしくなってくる。魚人って、ひょっとして常人に近いんじゃないかって思えてくる。
異常。何もかも異常な場所。そりゃあシツジョーが赤子からトレーニング三昧になるわけだわ。
私は驚き過ぎて開いた口がふさがらない状態だった。体は固まったまま、船が島へ近づいていた。
ふと、船の横の海面が盛り上がった。
慌ててそちらを見ると、白いイルカが出てきた。大きさはふつうだ。ホッと胸を撫で下ろす。
イルカは私の小船を歓迎するように、横に並んで遊泳し、飛び跳ねる。
「お姉さんは海兵? 修行? それとも単に旅行? 商人には見えないけど」
訂正。ふつうのイルカではなかった。喋るイルカだった。
「私は海兵じゃないわ。だけど修行に来たの。ジュウシンさんが作ったトレーニング施設があると聞いて」
修行。昔の私なら鼻で笑うだろう言葉。だけど今の私はやる気まんまん。人生って分からないものね。
「修行だね。じゃあ海軍基地の近くに船を止めるといいよ。初心者は農業からだから」
「そ、そうなの? ありがとう」
初心者の修行は農業。意味不明。だけどシツジョーの父のことだから、何か狙いがあるのでしょうね。
というか、海賊なのに海軍と協力してるのね。本にも書いてあったけどさ。でもまさか、海軍の敷地を当たり前のようにトレーニング施設に利用しているとは思わないじゃない。というかトレーニング施設なの? 田畑って。
やってきてしまった。目の前に海軍基地。仮とは言え私はアーロン一味なんだけど大丈夫なのかしら? まあここの海軍は投擲海賊団とズブズブだし大丈夫だとは思うけど。
「入門希望者でーす!」
例のイルカが言う。この子は海を出てから水路を通っている。農業をやっているだけあって水路は至る所に伸びており、この場でイルカが不自由することはなさそうだ。
「ああ、女の子! うれしい!」
女性の声。田んぼに腰を降ろす海兵が私を見つけて言った。
女性の海兵はゼロではないが珍しい。ベルメールさんも肩身の狭い思いをしていたのだろうか。そう思うとこの海兵を応援したくなる。
黒髪でめがねをかけた女性。彼女は私に近づくと、泥まみれの手で私の両手をギュッと握った。
まあ別に、汚れてもいいけどさあ。
「海兵になるんですか? なるんですよね!」
「え? い、いや、そういうわけでは」
「ええっ!? じゃあなんで入門を!? まさか海賊だなんて」
「海賊は嫌いです!」
「ほっ。よかったー」
なんなんだろう、この人。女性に会えてうれしいのは分かるけど、ぐいぐい来るなあ。
「申し遅れました。私はたしぎ。海軍本部の一等兵です! 初めまして」
「はい。初めまして。私はナミです」
ん? 今海軍本部って言った?
「あれ? 海軍本部って、グランドラインの」
「はい。実は上官に頼んで、こちらに一時配属させてもらいました。修行にはうってつけの環境だと聞きまして」
「そうだったんですか。というか、私と話していて大丈夫なんですか? 訓練の邪魔だったり」
「それは大丈夫です。ここの訓練はかなり変わっていて、完全に個人の自由なんです。他人の邪魔をしない限り上官に怒られることはありません。農作業をサボると食事が出なくなりますけどね」
「そうなんですか」
放任主義。私は本を読んで極意を知ったけど、シツジョーは重要なことを教えてくれなかった。ここもそんな感じなのかな。
「たしぎちゃんは頑張り屋さんだからね。もう来月分の食事も十分なくらいに働いてるよ。偉い偉い」
「ありがとう、シゲくん」
「シゲくん?」
「僕のことだよ。自分でつけたんだ。シゲノブって名前」
「シゲノブ? なんか渋いわねえ」
イルカなのにね。
「えっへん」
なんかイルカ喜んでる。渋いって褒め言葉なの?
その後、たしぎさんに連れられて施設を見て回ることになった。イルカもなんかついて来た。
「ここのトップはワヨウ大佐という方なのですが、「穀潰しに正義を語る資格はない」という考えでして、食料は自分で用意しないといけないんです。もっとも、田畑の収穫時期は決まっているので、働きに応じて配当は出るのですが」
「へー。そういう考え方もいいかもしれませんね」
「私もそう思います。初めは、農家に任せた方が効率がいい、とも思ったのですが、それだと農家の人は私たちの分まで余計に働かなくてはいけないことに気付いたんです。他人に苦労をかけておいて人助けを語るのは、ちょっと気がひけます。なので、今ではワヨウ大佐の考えに賛成してます。それに実はトレーニングの効率もいいんです」
そう言うと、たしぎは私から離れていく。そして不意に、ポンと跳ねた。1mくらいは跳んだだろう。見た感じ全力ではないのに、なかなかすごい。常人では不可能。
ジャンプに合わせて田んぼの泥が飛び散る。この泥が私に当たらないように距離を取ったのだろう。
「泥の上で動くのって、けっこう難しいんですよ。体内の力の流れを上手く制御しないと、綺麗に蹴ることができません。やってみてください」
たしぎは自慢げな顔になった。
泥は流体と固体の中間のような性質を持つ。シツジョーの本にも、流体を押すための初心者用のトレーニングとして、泥の利用が紹介されている。私も川の泥の上で走ったりして、泥の扱いの難しさは知っている。もっとも、今はそれなりに走れるけどね。
私は眼を閉じ、泥の固さ、流体として流れを感じ取る。次には自分の体の呼吸、力の流れを認識し、それを足へと送る。
「ふんっ」
全力のジャンプ。私も1mくらい跳んだだろうか。
「ええっ!? ど、どうしてできるんですか!? 私がここまで跳べるようになるのに2週間はかかったのに」
「いやあ、まあ、私も鍛えてますから」
ふふ、海兵のお姉さんに褒められちゃった。照れちゃう。
でも、お姉さんは2週間で跳べるようになったみたいだし、別に私の才能が優れているわけではないのよね。
「すごいですね、ナミさんは。ひょっとしたら、水面走りも簡単にできるようになるかも」
たしぎはそう言って遠くの川を指差す。10人くらいの海兵や一般人が水面を走る練習をしていた。既に上手に走れている人もいる。
あれが本に書いてあった水面走りか。なんか感動するな。もっとすごいのが上にいるけどさ。
私は王城近くの雲を見る。その雲を縫うように、空を走っている人達がいる。
「ふふ、気になりますか? 私も初めて見たときはびっくりしました。空を蹴って飛ぶ人間がいるなんて。ですが、あれは海軍に伝わる奥義の1つだそうです。月歩と呼ぶそうですよ」
「あれが、月歩……」
楽しそうに飛ぶ若い男女。人魚達も尾ひれを使って上手く飛んでいる。これは月歩と呼ばないだろうけどね。
その下に、上手く飛べずに苦しんでいる人達も見える。しかし落ちても大丈夫。雲の下は湖になっていた。
月歩は本に書いてあったけど、この目で見るとまた違う感情が沸くわね。これが事実だということを受け入れなければならない。だけどそれはうれしくもある。私もこうなりたい、こうなれるかもしれないって思えるから。
「泥、水、雲、空。基本はこの順に練習するそうです。ジャンプ、逆立ち、走る、みたいなことを。ふつうの地面や砂利道、森林で走る練習もしますよ。他にも、剣術、棒術、投擲、射撃、の訓練場もあります。ナミさんは何か武器を使われますか?」
「……棒、でしょうか? あえて言うなら」
「棒ですか!? でしたら竹刀で模擬戦しませんか!? 私剣士なんです!」
「そ、そうですか。まあ都合が合えばお願いします」
私は武道を鍛えたいわけではないのよね。魚人と戦うつもりならやらなくちゃいけないんだろうけど。
「やった! 久しぶりに同じくらいの子との実践形式!」
「同じくらい……」
私の方が3歳くらい若いと思うんだけど。まあいいか。