もし室! ~もしワンピースのナミが室伏もどき著『ゾーンの入り方』を読んだら~ 作:世界の鉄人
たしぎさんに、米、小麦、だいこん、にんじん、白菜、などなどの育て方を説明してもらう。だけど覚えきれないし、たしぎさん自身も全てを覚えているわけではないらしい。海軍基地に一般の農家の方も来ているので、困ったら聞けばいいとのこと。
私の大好きなみかんの畑は、王城付近の森林にあるらしい。私は是非そこへ行きたいと言った。が、その前に演習場を通過することになる。その演習を目の前にし、足を踏み入れる前に一言。
「大きい人多すぎぃ!」
ポカーンっと見入っちゃうほどの迫力。
巨体から繰り出される豪腕。盛り上がった筋肉と筋肉のぶつかりあい。見ているだけで恐怖心を煽られる。あんなのに当たったら即死だ。
「グランドラインから大きい人が来てますからね。あそこの巨人二人は、あの人の知り合いでして、元海軍本部少将」
「本部少将!? そんな人も来てるの!?」
「まあ、あの人が元中将ですからね」
「あの人?」
たしぎは言いたく無さそうだった。
「ジュウシンのことだよ。ジュウシンは元々海軍の英雄だったけど、世間では海軍を裏切り賞金首になったって話になってる。だから海兵は名前を呼ぶことに抵抗があるんだ。この島では未だに英雄扱いだけどね」
「へえ」
代わりにイルカが答えてくれた。
「はっきり言ってよくない傾向ですよ。犯罪者を英雄視するのは。ここの人たちはいい人ばかりですがそれだけはよくない」
「そうは言っても、ここの名物と言われる物・人はたいていジュウシンが作り、または連れてきたからね。海兵の農民システム、固定される雲、飛ぶ人魚、人懐っこい海王類、九蛇の女戦士、などなど。ここはジュウシンのおかげで繁栄した国。というよりジュウシンが作った楽園かな? 英雄みたいに思うのも仕方ないよ」
「へえ」
本で読んだ時は、ジュウシンはひたすら強さを求める人なのかと思ったけど、そうでもないみたい。ひたすら自分の好きなことをやりたい、って感じなのかな?
イルカは上機嫌で説明したけど、たしぎには受け入れがたいみたい。なんか怒ってる。
「繁栄。しかし世の中にはお金よりも重要なことがあります」
「別にこの国はお金で繁栄しているわけじゃないよ。色んな種族がいて、色んな遊びがあって、修行に熱心で、その修行もまたおもしろい。だから心が豊かになるって意味の繁栄だよ」
「まあ、そういう言い方もできるかもしれません。しかしそれ以上は言わないでください。海賊に妙な感情を持ってしまう。それは間違いなので」
「別に気にしなくていいのに。感情に正しいも間違いもないでしょ。もっと好きに生きようよ」
「もうその話はやめてください! 聞きたくありません!」
「あーあ、たしぎちゃん拗ねちゃった」
たしぎは怒ってイルカから顔を逸らす。イルカはたしぎの後姿を眺めてから、私に近づいてくる。
「でもかわいいでしょ? たしぎちゃん。ああやって拗ねちゃう所もさ」
何このイルカ。拗ねる所がかわいい? まあ、分からなくもないけどさあ。
「なんかあなた、おっさんっぽいわね。イルカなのに」
「渋いと言ってよ」
「いーえ、渋くはない」
若い女の子に悪戯して喜ぶおっさん。そんな感じ。変なイルカよね。
「ナミちゃん、棒術を使うなら、あの人達とか参考になるんじゃない?」
不意にイルカが言う。イルカが顔を向ける先に、薄着で棒を振るう女性達がいる。ついでにウサギや猫も棒を振っている。というかあれはウサギなのか? 人間のような骨格だ。悪魔の実の能力者?
「指導してるのがボタン。九蛇海賊団の女帝候補とも言われた人だよ」
「海賊なの?」
「そうだよ。うさちゃんや猫ちゃんは一般のミンク族だけど」
「ミンク族?」
「うさぎとか猫とかの性質を持ったまま人へ進化した者達のことさ。僕もイルカのミンクかもね」
「へえー」
世の中変わった人もいるのねえ。もう驚き過ぎて逆に慣れちゃったわ。
「というか、海兵は大丈夫なの? 海賊が目の前にいるけど」
私はたしぎに聞こえるか聞こえないかの声量で言う。
「九蛇は大丈夫だよ。王下七武海と言って政府の下についた海賊の1つなんだ。海軍とは一応協力関係にある」
「そうなんだ。……投擲海賊団は?」
「ジュウシンの妻が九蛇の女帝の叔母に当たるんだ。だから投擲海賊団は九蛇と同盟ってことになってるけど、ジュウシンの息子のシツジョーが天竜人の奴隷を解放しちゃってね。シツジョーと元奴隷だけは許せないってことで、賞金首。他のメンバーは曖昧な扱いだよ。まあここの海兵で投擲海賊団を邪険にするのはよそ者くらいだけど」
「シゲくん! ナミさんに変なこと教えないで下さい! 海賊の話はもういいです! 天竜人の奴隷も間違い! 彼等はお金で雇われた使用人です!」
たしぎが話に割り込んできた。だけど使用人と言った瞬間、近くにいた人達からすごい睨まれた。この国は元奴隷が住んでいるだろうし事情を知っている人達もいるだろう。海兵としては使用人という言葉が正しいが、たぶん実際は奴隷の方が正しいのだろう。私も本で読んだだけだから実態は知らないが。
「あれ? 何か怒られているような……。すみません。お邪魔でしたか?」
たしぎは私の手を引いて、逃げるようにその場を去った。
本人は何故怒られたか分からなかったようだ。後で教えてあげよう。でも正面から言えば逆に怒られそうね。何か海軍の正義を信じ切っているし。タイミングを見計らって、婉曲的に教えればいいのかな?
演習場を抜けて、街にやってきた。定食屋、レストラン、カフェ、にヘトヘトの海兵や一般人が並んでいる。彼等はたくさん食べそうだ。コックは大変ね。
武器屋、お土産屋も繁盛している。武器は海兵や修行に来た人達が買っている。武器だけじゃなくて農業の道具やトレーニングの道具も売っている。お土産屋は他所から来た人達が目立つ。いかがわしい人魚グッズ、珍しい貝殻、珍しい乗り物なんかを買って喜んでいる。
「農業の道具を買った方がいいですよ。素手だと慣れないうちは時間がかかります。これとかどうですか?」
私はよく分からないのでたしぎに言われた物を買っていく。ついでに道具を運ぶための荷台も買う。
「フィンも買っておいた方がいいよ。泥とか水面を走る練習をするならね」
イルカもついてきた。この街は人魚が自由に移動できるように水路があちこちに張り巡らされている。だからイルカにも動きやすいのだ。
「フィンって何?」
「ああいう靴のことだよ。尾ひれみたいになってるでしょ? フィンって言うんだ」
「ふーん」
見ると、全体が魚の尾ひれのようになっている靴が売っていた。フグ型、アジ型、イルカ型、などなどいくつか種類もある。
「初めはアジ型がいいよ。フグ型で走るには力がいるんだ」
「そうなんだ」
「たしぎちゃんはフグ型買ったらどう? アジ型は慣れてきたでしょ」
「そうですね。買いましょう」
そうして買い物は終わる。
いつもの私なら、こんなに金使いは荒くない。色気を使って男の人からもらう。だけどたしぎさんに見られているから、そういうことはやりにくいのよね。色々教えてくれてありがたいけどさ。
さて、次に荷物を置く為の宿を探すんだけど、そこでイルカから提案が。
「海軍の女性用の宿舎が空いてるから使うといいよ。タダで寝泊りできる」
「そうなの? でも私、海兵じゃないんだけど」
むしろアーロン一味なんだけど。せめて肩の刺青が無ければなあ。
「大丈夫大丈夫。九蛇もそこ使ってるから」
「ええっ? 無茶苦茶ね」
馴れ合うにも程があるでしょ。今更かもしれないけど。まあ海賊が使ってるなら私が使っても大丈夫かな。
「大丈夫じゃないですよ! そもそもナミさんは海賊が嫌いなんです!」
あっ、そう言えば私は海賊が嫌いだった。というか海賊と馴れ合う海軍のことも嫌いだったのよ、実はね。アーロンと手を組むドクズがいるから。
でもここに来てから色んなことがどうでもよくなっちゃった。
「ですから、私の部屋で一緒に寝ましょう! 今は1人で使ってますが、元は二人部屋! 広いから大丈夫です!」
「そ、そうですか」
たしぎさんとずっと一緒か。ちょっと暑苦しいかも。まあ悪い人じゃないんだけどね。話していておもしろいし。
「では、お願いします」
密室で若い女性が二人きり。何も起こらないはずがなく、ということもないでしょうよ。真面目だからね。たしぎさん。
引き返すのも面倒だから、そのまま森林へ到達。いろんな山菜や果物があり、ここで今日の食糧を手に入れることにした。山芋、菜っ葉、ごぼう、タケノコ、蛇、ミツバチを手に入れた。念願のミカン畑も見たけど収穫の時期ではなかった。
蛇とミツバチ。正直私は食べたくないが、たしぎ曰くここで生活しているとそういう拘りはなくなっていくらしい。納得してしまう自分が怖い。
今日の所は、私が捕まえた蛇とミツバチはたしぎが食べて、代わりにたしぎが干している魚を私にくれるという。とてもありがたい。やはり持つべきは友。
この時点でくたくたになっていたので、海軍基地には帰らず、湖で食事をすることにした。火は、たしぎがシュババッと薪を切ったら、燃え始めた。剣の黒い部分の摩擦を使ったとかなんとか。完全に人外の技である。
鍋はその辺にあったやつを借りた。共有で使うための鍋らしい。包丁もあったけど、たしぎが剣を持ってシュババッと動いたら、食材がいい感じに切れてた。速すぎて見えない。味付けの塩はイルカに持ってきてもらった。
そんなこんなで調理を終えて、湖で優雅にランチタイム。固定された雲を滑る子どもや空を飛ぶ人魚を眺めて、自分も楽しい気分になる。料理の味はそんなに美味しくないけど、お腹が空いていたからどんどん入った。
そんな中、例のイルカは凄まじい速さで雲を進み、時には突き抜け、そのまま尾を使って空を飛んでいた。こいつ、喋れるだけじゃなくて身体能力もイルカの粋を超えていた。そして皆に人気。これは街でも感じたことだけど。すれ違う人々が「シゲちゃん!」「シゲくん!」「シゲ!」「ハゲ!」などと言って笑顔で声をかける。マスコットキャラみたいな感じだ。特に子ども達に大人気。追いかけられ、餌を投げられたりする。シゲは子どもを頭に乗せ、アシカがボールを飛ばすように、ポーン、ポーンと跳ねさせて遊んだりする。子守もできるイルカである。
食後は湖で水面走りに挑戦。まずはたしぎのお手本を見学。たしぎは新しく買ったフグ型のフィンでいきなり10歩も走った。
次に私がアジ型のフィンをつけて挑戦。集中、集中。体の力の流れ、波の動きを感じ取る。そこ!
「ふんっ、はっ、ふんっ、ぐっ、ずぼばあっ」
や、やった! 4歩も走れた! なんてこと! 信じられない!
「すごいですよナミさん! いきなり水を蹴れました!」
たしぎも驚いている。いきなり蹴れる人は珍しいのだろう。まあ私は、本を読んで奥義を知ってたけどね。
だけど、本で字を見るよりいい手本があるわ。たしぎもいいけど、上にいる人魚はもっといい。ちょうど今の私はフィンっていうひれを付けてるしね。あの空を飛ぶ人魚のように、優雅になめらかに、だけど力強く、蹴る。
「ふんっ、ふっ、ふっ、ふっ、ふっ、ふっ、ぐっ、ぐぼはあっ」
「すごいです! 7、8歩は進みました! 二回目なのにすごい進歩!」
褒めてくれるたしぎ。こういうのがあると、いつもよりやる気が出ていいわね。
そのまま2人で水面走りに熱中した。2人とも走る度に上達し、たしぎはフグのフィンで体力の続く限り走れる状態、私もアジのフィンで体力の続く限り走れる状態になった。たしぎはフィン無しでも3歩くらい走れた。私はフィン無しはまだ無理。フグフィンだと3歩くらい進める。フィン無したしぎとフグフィンの私がちょうど同じくらいだ。
暗くなったので海軍基地に帰り、たしぎのおごりで晩御飯。貸しにしてくれてもよかったんだけど「初日くらい奢らせてください」と言ってたしぎが譲らなかった。