それからは私はひたすら彼の独奏を聞いていた。アップテンポな曲から悲観的な曲まで選り取り緑だった。それでいて、曲ごとに深月はミュージカルのように表情や身体を変化させて曲ごとの心情を私にもわかりやすく表現していたb。
「すごい…」
思わず感嘆の声が漏れていた。まるで、自分が小さい頃にホールで聞いた彼の演奏の情景が目の前に飛び込んできたかのようだった。鍵盤の弾き方、聞こえてくる旋律、表現の仕方、あのときと何も変わっていなかった。天才と呼ばれた少年はまだ廃れてはいなかったのだ。
すると、突然部屋のドアが開かれた。
「やっぱりここにいたんだね。あれ、奥沢さんも一緒?」
「羽沢さん?」
声の主はつぐみだった。
「あ~、まだ演奏中か~」
「何か用事があるなら呼びましょうか?」
「あ、大丈夫ですよ。あんなに楽しそうに弾いてるのに邪魔するわけにはいきませんからね」
「確かに…そうですね」
「ねぇ、奥沢さん」
「美咲」
「え?」
「美咲でいいよ。つぐみ、敬語も無しで」
「じ、じゃあ美咲ちゃん。美咲ちゃんはみーくんの小さい頃の演奏は聞いたことある?」
「1回だけあるよ。今と全く変わんないんだね」
「うん、ずっとあんな感じなんだ。ご両親を亡くしてから…」
「そうなんだ…」
「あっ!ごめんね!暗い話になっちゃって…。あ、そろそろ終わるみたい」
「わかるの?」
「うん、ちょくちょくここで聞かされてたからね」
そしてラストはシューベルトの魔王で締め、桃山深月のプチコンサートは幕を閉じた。
「なんだ、つぐも来てたのか」
「うん、夜ご飯できたから。で、どうする?」
「今日はいいや」
「そっか、美咲ちゃんはどうする?」
「私もいいや。つぐみに悪いし、それに家で幸兄や妹がご飯まってるから」
「わかった!私は戻るからじゃあね、二人とも」
「ああ(うん)」
その後、美咲を玄関まで送ろうと外に出たら真っ暗になっていて、こんな夜道に女の子を一人にするわけにはいかないということで美咲の家まで送っていくことになった。
「すごかったよ、深月」
「そうか?」
「うん、1曲1曲に魂って言うのかな?感情みたいなものが込められててまるで物語みたいだったよ」
「美咲に聞かせて正解だったな」
「どうして?」
「美咲が音楽に触れてるからだよ。ただの素人じゃ、ただ「凄かった」で終わるから何がすごかったのかわかんないでしょ?だからバンドやってる美咲に聞かせようと思ったわけ」
「あー、なるほど。でも、それなら私じゃなくてつぐみでもいいんじゃない?」
「たまにはつぐにも聞いてもらってるけどつぐもいつでも暇ってわけじゃないし、少し刺激が欲しかったからさ」
「それ遠回しに私が暇人ってことを言ってるよね…」
「あ、そんなわけじゃ…」
「冗談だよ。私も久々にあんな凄い演奏を聞けて良かったよ。あ、もうこの辺で大丈夫だよ。じゃあ、また聞かせてね」
「ああ、またな」
美咲を送り届け来た道を引き返していき、ふと空を見る。
さっきまで雲で覆われていた空から月明かりがちらりと顔を見せていた。