午後1時都内某駅前
真夏の昼下がりということもあってか、外の気温は高く立っているだけで汗が流れ落ちてくる。深月は先輩である奥沢幸二郎に呼ばれてこの駅前の広場にいる。だが、約束の時間になっても彼は来ず、時間だけが過ぎていく。
「暑い…」
流石にあと何分か待って来なかったら帰ろうと思う。じゃなきゃ俺の体力がもたないし。
「あの…」
「ん?」
「あなたが桃山深月さんですか?」
振り向くと帽子を少し顔が見えるくらいに被った少女が立っていた。
「そうですけど…君は?」
「奥沢…と言えばわかりますか?」
「奥沢…?」
確かに知り合いに奥沢という先輩はいるが、俺が知ってるのは男性であって女性の奥沢さんは知らない。
「いえ、わかりません…」
「まぁ、そうですよね。じゃあ、言っちゃいます。私は奥沢美咲と言います。奥沢幸二郎は私の従兄にあたる人です」
「えっ、じゃあ君って…もしかしてバンドの…」
「はい、ハロハピのミッシェルに入ってるのはわたしです」
「やっぱり…」
道理で黒髪の子が一人もいないと思った。
「でも、すごいですね。着ぐるみに入りながらバンドのDJをしてるなんて…」
「慣れ、ですかね」
思わず二人とも笑みがこぼれる。
「そういえば、奥沢さんは…」
「美咲で大丈夫だよ。あと敬語もなしで」
「わかった。美咲はさ俺に個人的な用事があるんでしょ?だからわざわざ奥沢さんを使ってまでここに呼び出したんでしょ?」
「まあそうだね。幸兄を使ったのは単に連絡先が知らなかっただけだけどね。それに、私としても世界的な天才ピアニストとは一回話してみたかったしね」
「俺はそんな大したものじゃないぞ?」
「まあ、詳しくはカフェで話そうか」
美咲の提案で駅近くのちょっと小洒落た喫茶店に向かった。
昼時ということもあってか、店内はそこそこ賑やかだが満席というほどではなく、短い時間で空席に案内してもらえた。
「さて、何食う?」
「んー…じゃあ、カフェオレとショートケーキで」
「了解。すいませーん、注文お願いしまーす」
店員にメニューを注文してから改めて美咲と向き合う。
「それで、話って何?」
「あー、それはね……なんでピアノ辞めちゃったの?」
「……」
「私さ、昔君の演奏を生で聞いた事があるんだよね。当時は音楽になんて興味なかったけど君のおかげで多少は興味が持てたんだよね。現に今、半ば強制的だけどこうしてバンドやってるし」
「そうなんだ…、でも俺はやめてはないよ」
「え、でも…」
「コンクールとかに出てないだけだよ。たまに家で弾いてるし、それに…一時的にピアノから離れた事には理由があるんだ。……ちっちゃい頃コンクール当日に両親と兄が亡くなったんだ。俺の演奏を見るために車で向かってる途中に事故って…。今は立ち直ったけど最初は身も心もズタズタになってたね」
「なんか、ごめん…」
「気にしなくていいよ」
すると、美咲が注文したカフェオレと俺は深月が注文したコーヒーが運ばれてきた。
「……やっぱりつぐのとこの方が色がいいな」
「何か言った?」
「いや、なんでも。それよりさ美咲に聞きたい事があったんだけどいいかな?」
「いいよ」
「美咲はさ、バンド楽しいと思う?」
「……」
「こないだのライブを見てて思ったんだ。ハロハピのみんなは一生懸命だけどそれでいてすごい楽しそうに演奏してた。無論美咲のDJだってこっちから見たら生き生きとしてた。…でも、それは表面上だけで本当は全然楽しんでなんか無いんじゃないかって思うんだ」
「楽しんでないか…。前はそうだったかもね」
「え?」
「前はさ、強制的に入れられたって感じだったし私もやる気なかったから全然楽しくなかったんだよね。でも、こころ…あ、金髪のボーカルの子にに言われてから考えが変わったんだよね。それから、みんなでライブとかをこなしていくうちにいつの間にか心の底からバンドっていうものを楽しんでたんだ。だから、深月の予想ははずれかな」
「いや、寧ろ予想が外れて良かったよ」
そう言って深月はコーヒーを一気に飲み干した。
「じゃあ、私からも一ついい?」
「ああ、何でも聞いて」
「君にとってピアノって何?」
「インタビュアーみたいな事を聞くんだな」
「いいから答えて」
「俺にとってピアノは長所でもあるし短所でもある。…これでいいか?」
「何かもうちょっと難しい事を言うのかと思ってた…」
「俺はそんなに頭は良くないんでね」
「うん、知ってる」
「おい」
美咲はカフェオレを飲み干し、軽く伸びをしてから
「帰ろうか」
と言った。
「この辺でいいよ」
「じゃあ、またな。今日は楽しかったよ」
「私も久しぶりに有意義な時間を過ごせたよ、ありがとう。じゃあ、またどこかで…」
美咲と別れた瞬間少しだけ心地の良い風が流れた。その風を感じながら深月は自宅まで帰った。
あれ、美咲ってこんな性格だっけ?