今の世の中を好きになれない“私”が人類に訴えるために十二月二十五日の朝、小さくて大きな計画を実行する。

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聖夜の朝の小さな計画

肌を刺すような寒さに襲われて、私は目を覚す。私の部屋、ベッドの上、布団の中で。布団にくるまったまま大きく伸びをして窓越しに外の景色を見る。辺りには真っ白に覆われ大地が広がっている。雪を被った木々が今にも倒れそうに並んでいる。

「はぁ……」

ため息は室内でも白い煙となり空気中へと消えていった。外の世界から部屋の壁に掛かっている時計へと視線を変える。時刻は七時二十三分。少し寝過ごしたようだ。とは言っても今は冬休みだ。勉強に追われる高校生が唯一休めると言っていい連休。しかし私はそんなこと知らない。そもそも七月七日(七夕)にする予定を約半年遅らせて、十二月二十五日(クリスマス)にしたのだ。何故遅らせたのかと聞かれたら、その時の私にはその予定を実行する勇気がなかったからと答えるしかない。でも今は違う。その勇気も、覚悟もある。

布団ごとベッドから降りて、台所へと向かう。小さな部屋だが、台所もお風呂もトイレも収納もある。

戸棚からカップとインスタントコーヒーを出し、スプーンでカップにコーヒーの素を入れ、ポットのお湯を注ぐ。

机の上に置いてある食パンをトースターに入れる。パンが焼けるのを待っている間、冷蔵庫からバターといちごジャムを取り出して机に置く。ぼーっとする脳を制御して、台所に置いたままだったカップも机まで運ぶ。

再び時計を見る。時刻は七時三十一分。ぼさぼさの髪をとりあえず手櫛で整える。腰の少し上あたりまである髪ごと布団にくるまり、パンが焼けるのを待つ。

再び睡魔が襲ってきたと思うと、トースターからパンが音と共に勢いよく飛び出す。のろのろと立ち上がり、食パンの角をつまむように持ち、トースターから出す。そのまま机に向かい、パンの下を支えるように持ち替えてバターを塗る。バターがある程度パンの表面に染み込むのを待ってから、いちごジャムを塗る。

コーヒーを一口飲み、食パンの角にかぶりつく。口いっぱいに広がる小麦の香りとバターのコク、いちごの甘みが脳を刺激する。残っていた眠気がスッキリと抜けていく。

静かな冬の朝、朝食を食べ終えた私は出かける準備をする。収納の中はある程度整っているものの決して綺麗とは言えない。重みに耐えきれずにしなっているつっかえ棒にかかっている洋服を適当にとり、ベッドの上へと放り投げる。引き出しを開け靴下を出す。

収納の扉を閉じパジャマを脱ぎ捨てる。完全な下着姿の肌で寒さを感じながらベッドの上の洋服からハンガーを外して着る。ハンガーは再びベッドの上へ放り投げる。靴下を履いて軽く足首を回す。

着替えた私は短い廊下を歩いて洗面所へ向かう。鏡に写る自分の顔を見てため息をつく。蛇口をひねり、水を出す。手で器を作り水を貯め、顔を洗う。冬の寒さで冷えきった水は私の白い肌をよりいっそう白くさせた。

濡れた顔をタオルで拭いて再び鏡を見る。長い黒髪に櫛をかける。髪の毛を整えた私はリビングに戻り収納からパーカーを取り出し、着る。

「よし…行くか」

部屋を見渡してから玄関へ向かう。この部屋とも今日でお別れだ。今までの思い出を振り返ると自然と目が潤んだ。

靴に足を入れて紐を結ぶ。壁にたてかけてあった鞄を肩から掛けて、ドアの鍵のつまみをひねって開錠する。パーカーのフードを被り部屋を出る。

「いってきます」

私は人生で最後の出発の挨拶を言った。

 

彩られた街を歩く。辺りはクリスマスムードで盛り上がっている。異国の文化を取り込んで、訳も分からずに祝っている人たちばかりだ。そのくせ二十六日を迎えれば、何事も無かったかのように装飾が片付けられる。

無駄なことを考えながら、無駄に輝く街をただ目的の場所を目指して歩く。木々に巻きついた電飾。朝から眩しいイルミネーション。私はポケットに手を突っ込んだまま過ぎる景色を流し見た。

目的の場所。それは明確に決まっているわけではない。それは幸せそうな人が集まる場所。そんな場所を探して闇雲に歩く。

深く被ったフードから覗く双眸で辺りを見回す。丁度商店街の十字路の中心にいる。ここなら行き交う人々で溢れかえっている。

以前の私ならここで帰ってしまった。それは覚悟がなかったからだ。しかし今は違う。私は人生を捨てる覚悟を決めた。フードを被ったまま冷たい空気を大きく吸い込み、商店街の端まで届きそうな音量で叫ぶ。

「お前らァァ!!!」

視線が集まる。通り過ぎて行く人がほとんどだが、なかには立ち止まって動画を撮る人もいた。そんなことは気にせずに私は続ける。

「こんな腐った世の中で満足してんのかァァ?!!」

何かのパフォーマンスだと思い立ち止まる人が増えていく。私はフードを勢いよく剥がした。

「浮かれているやつばかりの世の中を!!私は全力で潰す!!!自分さえ良ければいいと思っているやつを片っ端から……」

怒りに支配されそうな脳をどうにか保って吐き捨てる。

「殺す!!!!」

今の言葉で立ち止まる人がかなり増えた。私は人々に愚かさを教えるために計画を次の段階へと進める。

肩に掛けていた鞄から小さなケースを取り出し、鍵を開けて中身を見せる。

「これは私が作った大脳辺縁系の働きを極限まで上げる薬品だ!!!」

訳が分からずに戸惑う観客達。それもそうだろう。大脳辺縁系と言われて、ぴんとくるやつなんて数人程度だ。

「私は今からこれを無差別に投与していく!!!刺さったやつは例外なく狂うだろう!!!」

言い切った。覚悟と勇気を振り絞った。もう何も思い残すことは無い。あとは無差別に人の人生を奪っていくだけの簡単な作業だ。私はケースの中から、薬品の入った注射器をとりあえず八本取り出して両手の指の間に爪のように挟んで持つ。鞄にケースを戻して人だかりに視線を向ける。不安そうな人々の顔が伺える。

「さあ!!!私から逃げてみろ!!!!」

私は群れ(・・)に向かって思いっきり地面を蹴った。この時一本注射器を落としたことに気が付いていれば良かったのだが、無我夢中だったので気付けなかったのだろう。

最初に目についたのは五十代くらいの男性。通勤中なのかスーツだった。私は気にせずスーツの上から注射器の針をぶっ刺し、薬品を注入する。驚いて飛び退いた男性から針が抜ける。私は目標を切り替える。

次に目に付いたのは小さな女の子。隣に手を繋いでいるお母さんらしき人もいる。私は怯える親子の繋いでいる手の上を飛び越す。途中で二人の肩に、両手の注射器から一本ずつ薬品を注入した。残り五本。

着地して最初に目に映ったのは、若い男女二人。男の腕に隠れる女に向かって全速力で近づく。素早く後ろに回って、男が振り向く前に注射器の針を二人の首筋に刺す。注射器きの中の液体が徐々に減っていく。

次に目に付いたのは赤と白のサンタ服に身を包んだ売り子。持っていた大きな看板で私を近づけまいとしていたが、踏んでしまえばなんの能力も持たないただの板切れだ。店に逃げ込もうとする売り子の腕を掴んで針を立てる。

その後も私は無差別に様々な人に薬品を注入した。ほんの三十分くらいたった頃に用意していた薬品がなくなった。最初はまだ何が起きているか分かっていなかった人も、途中から皆刺されるのを恐れて逃げ出したのでだんだん投薬するのが難しくなっていった。五十本用意していたので五十人が犠牲になったはずだ。走り回って上がった息を整えながら私は私の人生を笑う。何もなかった。とても意味のない人生だった。もうすぐ警察が来る。そして逮捕されて終わりだ。長いような短いような私の人生はもうすぐ終わる。一生刑務所暮らしだろうか。それとも死刑だろうか。いや、死刑に違いない。五十人もの人に無差別投薬したのだから。

「すいません……」

急に声をかけられて落ち着いていた心拍がまた上がる。顔はフード被っている上逆光で見えないが声からして多分女だろう。

「はい?」

私は短く返事をした。フードの中は真っ暗な暗闇のようで吸い込まれそうなくらだった。

「………」

「え?」

考え事をしてたせいで上手く聞き取れなかった。元々声が小さかったこともあるが何か深いものを感じさせる喋り方が気になった。

「お前の…」

今度ははっきりと聞こえた。どうやら私を恨んでいるらしい。私は身に覚えが無…さっきの無差別投薬の被害者かなにかかもしれない。

「お前の所為だ!!!」

フードが外れ、露わになった瞳には深い闇が広がっていた。妖しく危険な闇だ。周りが何も見えていない。迫り来る女に気圧され私は後退する。しかし先程までもたれていた壁がすぐ後ろにあり、退がることを阻まれた。静かに迫る女を私はただ見ていることしかできなかった。

鼻と鼻が付きそうなくらい近づいた。しばらく睨まれていたかと思うと、左肩に鋭い痛みを覚える。恐る恐る見てみるとしっかりと握られた注射器が肩に刺さっていた。多分最初に落としたやつだろう。あの時は無我夢中だったので気にしなかったが、今思えば確かに一本足りなかった。

「死ね…」

女が冷たく言い放った。私は目を閉じた。この薬品を作ったのは私なのだから、恐ろしさは私が一番知っている。

遠くからサイレンの音が聞こえる。警察が来たのだろう。薬品で狂って死ぬか、犯罪で捕まって死ぬか。もうどうでもよくなった。

薬品の影響か、力が入らなくなった身体が地面に寝そべる。

雲のかかった空を見ながら逮捕されるのを待つ。

数分してからサイレンの音がこちらに近づいてきた。タイヤを軋ませて止まると車から数人の警察官が出てきて私に近づく。

「すいません、ちょっと質問いいですか?」

私は全ての質問に正直に答えた。一応身柄は確保されるようだ。薬品の効果がまだ出ていないので、私の処分を決めかねているらしい。どうせ刑務所に行くし、行かなかったところで帰る家などないのだから私としては、はやく横になりたいのだが。小さな怒りが何故か大きくなっていく。自分でもどうでもいいと思っていたことなのに、怒りが治らない。警察署へ向かう車の中で私は叫んだ、怒鳴った、暴れた。

警察官に押し留められて怒りが落ち着いてから私は気づいた。

 

薬品は成功していた。

 

幸せに酔いしれている人々に対する人生をかけた嫉妬は、虚しく終わった。結局私は何も得ることなく残りの人生を失った。死刑まではいかなかったが、懲役五十年だという。多分それまでに死んでしまうので関係ないと思っているが。

警察官達は私の行いを無差別テロとして記録した。内容は、無差別に投薬をするも目立った外傷、異常は無い。怒りの沸点が低くなるなど精神に関わる薬品だったが、直ぐに収まり正常になる。だそうだ。

ほとんどは記録にある通りだが一つ抜けていることがある。それはある意味とても厄介だ。

 

『この薬品は感染する』

 

十二月二十五日に行われた一人の人物の人生をかけた小規模な計画は成功した。もし感情に任せて動く人がいれば、伝染した薬品の所為かもしれません。私は牢を出ることなくこの世を去った。




こんにちはぺんたこーです。
この小説は何を書きたかったかというと、クリスマス作品を出したかったというだけです。
補足説明をすると、大脳辺縁系は感情を司る部分なのでそれの能力が上がると、感情の揺れが大きくなります。つまり、怒りっぽくなったり、マイナス思考になったり、ハイになったりということです。それが感染するということは世界中が感情で溢れかえるということ!まあ今とあまり変わりませんね。しかし、表面上は変わっていなくても、内面は変わってるかもしれません。
とにかく読んで下さってありがとうございます!
それではまた、別のあとがきで!

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