理想の果てに 作:災厄被害者担当 ティールウルフ
□<ノズの森林> グレン
<Infinite Dendrogram>を始めたのは理由は暇だったからだ。
二月上旬という他の高校よりもはるかに早い時期に突入した春休み、新学期が始まるまでの約二ヶ月間が与えられた春休みだった。
遊ぶ友達はいないわけでは無い、むしろ普通程度には多いと思う。
だが結果として遊びに誘ったメールに帰って来たのは、全て断りの返事だった。
曰く、「天地でSUBMが出現して忙しい」
曰く、「クランでマーシャルの新型を創るから」
曰く、「アムニールでのコンサートは外せない」
などといった内容だった。
別に友達がいないわけでは無い、友達がいないわけでは無い。
彼らは俺とのリアルよりも<Infinite Dendrogram>をとっただけの事なのだ。
二度では足りぬ、もう一度言おう、俺に友達がいないわけでは無い。
しかしそれは俺が<Infinite Dendrogram>に興味を持つきっかけとしては十分な理由になるだろう。
<Infinite Dendrogram>内では現実の三倍の時間を過ごせるだけではなく、エンブリオという無限の可能性と約束されたオンリーワン性。
そして何よりその五感に伝わるリアルさは何度も噂に聞くほどだ。
一年前は高校に進学したばかりで不安なことが多かったので諦めたが今はその心配もない。
<Infinite Dendrogram>を始める事を決めた俺の行動は早かった。
少し高くなり貯蓄が出来た貯金を切り崩し、VRマシーンを買う。
今更始めたところでスタートダッシュも何も無いので、ネットでの情報収集もしっかりと行い基本知識はあらかた頭に叩き込んだ。
かくして全て順調に進んでいた……はずだった。
「……」
「あれっ? 聞いてるか、マスター!?」
チュートリアルでの担当である管理AIはチェシャと言う猫もどきだった。チュートリアルでは大体チェシャが担当らしい。他の管理AIが担当の時もあるが結構レアケースのようだ。
様々な細かな設定も時間はかからず進んだし、チェシャとも少し仲良くなった。
あえて他の人との違いを上げるとすれば、
初心者では扱いにくいという槍を初期装備に選んだこと。
スタート地点である所属国をアルター王国にしたことぐらいだろう。
所属国をアルター王国にしたのは深い意味はない。親友がいない国であり、ついこの間に起きた戦争と【三極竜 グローリア】というSUBMによって国が半壊しマスターが激減したからだ。
後半のマスターが激減したからという理由は、一人でのんびりとプレイしたかったからだ。
「はぁ……」
「え、何でため息なんてついてるだよ。もしかして私がマスターのエンブリオだったのが不満だっていうのか!?」
チュートリアルが終わってからは凄かった。
本当に感動したときには何も出ないというがあれは本当なのだろう。
顔を吹き抜ける風。
確かに感じる地面の感触。
王都に広がる少し活気がなくなった雰囲気すらもリアルに感じる。
今でも言いあらわそうしても「すげぇ」しか口から出てこない。
新たな俺の……『グレン』としての人生。
中世ヨーロッパの街並みのような王都を観光し、ティアンと呼ばれる<Infinite Dendrogram>における現地人の人々と話もした。
ジョブクリスタルでは、武器に槍を選んだことから【
特に目立ったこともない、普通の選択。
ここまでの行動で俺は特別な事をしたとは思っていない。
大多数のマスターがとりそうな行動だ。
特別な行動と言えば……<ノズの森林>で【ティールウルフ】に襲われていた子供のティアンを助けた事ぐらいだろうか。
【槍士】という就きたてのジョブに初めて扱う武器である槍、エンブリオが第0形態で孵化さえしていなかった俺は結果的に死にかけた。
体中傷だらけになりながらのギリギリの勝利。
子供のティアンを助けたのは成り行きだった。
初めてのモンスターとの戦闘でどの程度戦えるか分からなかったから。
【ティールウルフ】が一体だけという好条件だったから。
何より俺は……マスターは死んでも復活できるから。
本当にその程度の理由だ。
「おい、もしかして私の名前を聞いていなかったのか?
しょうがないマスターだなぁ、もう一度ゆっくり言うぞ?」
だからこそ分からない。
「私の名前は、【護鎧乙女 アテナ】!」
「はぁ……」
ゲームだと認識し、ティアンをNPCのように思っている俺のパーソナルから孵化したエンブリオが、
「Type:メイデンwithアームズのアテナだぜ! これからよろしくな、マスター!」
『メイデン』になってしまったのかが。