「……まずったな」
楢の幹に凭れかかりそう独りごちるは深緑の外套を纏った男。目深に被ったフードの所為で年頃は判別しかねるが、声からしてまだ25にはならないだろう。
ぐちゅ、と指先から膿を搾り出すのもこの三日で何度目だろうか。兵の矢に撃たれたというならまだしも、まさか荊で指をつついたことが原因で死ぬとは思いもよらなかった、と青年は考えた。いや、考えもしなかったからこうなっているんだろうな、というようなことをつらつらと思考の端に浮かばせる。
薬草を煎じたものどころか効いたためしのないまじないまで試したが、腫れは一向によくならずにかえって大きくなるばかり。熱は出る、目は靄でもかかったよう、挙句その様にもかかわらず
───***───
きのこなり木の実なり、冬のために草木の類いを集めるのは女の役割だ。麦はいくらも育たず、なけなしのそれも領主がほとんど持って行ってしまう。僅かに残るのは来年植える分に毛が生えた程度で、冬を越すには到底足りない。
鳥獣の食べる分を別にすれば粗方獲り尽くしてしまったために、昨年よりも森の深くに進んだ日のこと。村で五番目くらいには美しいと言えなくもない、そんな少女は食料を探すうちに、共に来た娘たちやその母親たちと離れてしまった。
役人が税を取り立てに来る頻度がいきなり減ったのは三年前のことだった。半年もする頃には役人は来なくなり、代わりに槍や弓を持った兵士が、一人か二人の剣を持つ騎士に連れられてやって来るようになった。けれど彼らがこの村にたどり着いたことは今年の夏まで一度もなかった。
そう、思い返せば今年の夏のことだった。村の外れに変わり者の娘たちが供える、わずかばかりの布地や銅貨や食物が消えなくなったのは。たまに娘の誰かを口説く金髪の青年を見なくなったのも。見慣れぬ、あるいは見慣れないと村人が揃って主張する男が森のどこにも見当たらなくなったのも。
踏みしめる森の枯葉の中に奇妙な感覚を覚える。普段なら苔でも踏んだかと気に留めぬところだが、森の奥は緑衣の狩人の領域。罠の跡か落とし穴の端かと思い、ゆっくりとした足取りで彼女は後ずさった。罠の張られるような地帯に本当に自分が踏み込んでしまったのかどうかを確認しようと、彼女は長いスカートを手早くまとめて足に巻きつけるとしゃがみこむ。色づいた葉を注意深く掻き分けていくと、溶けた霜か露に濡れた葉の合間から砕けた、黄味がかった白色で中空の───骨の、欠片が。なんとなくそれは獣のものではないような気がした。けれども少女は見なかったことにしようと、それを湿った枯葉に埋め戻すことにした。
「これでいい。これで十分でしょう、あんなやつ」
木靴で周辺から落葉をかき集めながら少女は誰にともなくそう言う。教会に来たこともない余所者などにきちんとした墓を作ってやる義理はない、とそう自らに言い聞かせるように口の中で呟いた。周辺から出てくるものは骨だけではない。元はイチイの弓矢だったのだろう木の棒、錆びて柄の外れたナイフ、何に使ったのかもわからない木の容器だっただろうもの。それらのどれもが獣に踏みつけられ雨に濡れ、一つとして原形をとどめてはいなかった。裂かれて元の色もにわかには分かりかねる外套を諸共、ごろごろと見つかる骨と共に枯葉の山に埋めると、少女はまだ冬越えの食料を集めきれていないことも忘れて村の方へ踵を返した。
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見上げた樹々の中、鳥の巣に自然のものと思えない濃緑を見た。
方々の罠が壊れても補修されなくなった。
森の奥まで足を踏み入れても、警告に
村の人間がそのことに気がつくまで、実は随分とかかったものだ。それでもなんだかあの狩人がどこかから徴税人を狙っているような気がしてしまうのも常だった。姿が見えない方が清々すると誰かが言ったことを皮切りに、彼がいなくなったのだということになったのは結局、二年ぶりの徴税官の来訪から一年半も経った後のことだった。