射命丸文は伝えない   作:夢見 双月

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黒の聖夜
文を綴る 『文』


 ペンを走らせる。

 

 見たものを文字化させ、読者に視せる。

 

 聞いたものを簡単にし、読者に聴かせる。

 

 

 そして、伝える。

 

 それが射命丸文の、文々新聞の記者の仕事だ。

 

 彼女はかつて、そう誇った。

 

 

 しかし、世の中には伝えたくないものもあるわけで。それは文々新聞も例外ではなかった。

 

 理由は様々。みんなが知るべきではないと判断したものや、単純に自分が恥ずかしいと思ったもの。

 

 今回のこれは、おそらく後者の理由である。

 

 

 

 

 

 

「なんていうか……そのー、もうちょっと映えるというか、派手なものは無いものですかねぇ?」

「あっ、と驚く発明なんて、ヒラメキがなけりゃ出来ないに決まってるよ。あんたの新聞が当たるのと同じくらいの確率でしか成功しないしね」

「あれ、割とディスられてません私?」

「気のせいだよ。そのぐらい私も苦労してるってことさ!」

 射命丸は発明好きの河童、河城にとりの工房に取材に来ていた。経緯としては、平和で書き記すことがなかったから書くことがなかったためである。

 いつもなら適当にでっち上げて、風評被害者から満身創痍にされるのがいつもの光景だが、長い間、にとりの工房に入らせてもらってないことを思い出し、記事になる発明がないか見に来たのである。結果は芳しくないが。

 

 にとりの方も、どうせなら、と広めてもらうために色々紹介はしている。しかし、実はにとりもにとりでしくじっていた。最近、大きな発明のために部品を節約しており、目玉と言える発明がなかった。それでも必死に売り込んでいるが効果はあまりない。

「これはどうだい!?名付けて『コンタクトランチャー』っ!!盟友が言っていた台詞の『真の英雄は目で殺す』から閃いたものさ!一回だけの使い捨てだけど、前方3キロは焦土と化すよ!威力調整すれば、肉を焼くことも出来る優れものさッ!」

 果たして肉を焼くことは必要なのだろうか。ちなみに、にとりのいう盟友とは人間の事である。射命丸は首を横に振ると、にとりは口を尖らせた。

「これじゃ仕方ないですねぇ。にとりの発明をランキング形式で載せましょうか」

「いいじゃないか!?そうしてくれよ!」

 

「最下位をデッカくしておきますね!」

「意味ないんだけど!?」

 

 他愛のないじゃれ合いをしながら奥に進む。すると、奥の方に緑の光球が中央で浮かんでいる機械を見つけた。

「にとりさん、これなんです?」

「これかい?これは色んな偶然が重なって出来たエネルギーさ。使い道はまだ分かってないけど保存できるから、とりあえずこのままにしてるって感じなんだけどね。スイッチを入れて解放させればもう少しおっきくなるし、綺麗だよ。最初は外の世界のメロンジュースを作ろうとしただけなんだけど……」

「いやどうやったら逆にこうなるんですか。……少しスイッチを入れてください、綺麗だったらコレを見出しにしますので」

「ガッテン!ちょっと待ってておくれー!」

 待っている間にカメラの準備をする。禍々しくも、穏やかになりそうな優しい光で自分を照らしている目の前の機械に、なんとなく、なんとなくだが、懐かしさを感じた。

 

 撮影準備完了。いつでもいける。

 

「いっくよー!スイッチオン!」

 稼動し始める。光球に波が出来て、次第に回りはじめる。徐々にだが、球自体も大きくなる。それはまるで、緑色の星であった。

「綺麗」

 そう、口から溢れた。それでもカメラを構えるのは変わらない。

 光球の表面に波がある、ということは模様が一番綺麗になるのは一瞬で一回だけ。海とかいうものと似て、同じ模様は絶対にない。それを撮り損ねないように注視し続ける。

 

 またシャッターを切る。まだ足りない。満足な出来じゃない。

 

 にとりは射命丸と同じように光球に見惚れていた。射命丸にはにとりの抱く気持ちは想像出来ない。娘をカメラマンが撮ってくれてるような誇らしさだろうか。案外、合ってるかもしれない。

 余分な思考を早々に切り上げ、目の前に集中する。シャッターを切る手は絶対に休まない。

 もうしばらくして、全部で50枚ぐらい撮った後、射命丸はにとりに告げる。

「もう大丈夫ですよ。ありがとうございます」

「分かった!止めてくるねー」

 にとりが奥に突っ込んで消える。その間に写真を確認する。いくつかは手応えがあった。ベストショットもきっとあるだろう。そう思い確認していた。

 

 刹那、バシュン、と何かが炸裂したような音が鳴った。

 

「文!!機械がスイッチ押しても止まらなくな……!……あれ?文?」

 

 射命丸文は、緑の光球と共に消え去っていた。残ったのは中身が空っぽの機械だけだった。

 

 翌日、射命丸のライバルである姫海棠はたてが、射命丸の失踪を記事に載せた。

 

 

 

 

 

 

 一瞬の事だった。緑の光に包まれた後、液体の中にぶち込まれた感覚がした。急に息が出来なくなり、パニックに陥る。

「ガボッ……!ガバ、ゴポ!?ガボ、ボコボコボ–––––!」

 必死にもがく文に、全身に突き刺さるぐらいの冷たさが押し寄せる。

 

 寒い。寒い!寒いッ!

 

 死ぬッ!!

 

 まだ浅い場所のようで下に足がついた。勢いよく立ち上がり、あたりを見回す。

 

 

 

 一面の銀世界が広がっていた。

 

 

 

 

 季節は冬。射命丸文が落とされたのは極寒の中での川だった。

「は、はは」

 乾いた笑いしか出ない。身体が震え、急な温度変化に心臓がついていかない。全身がかじかんで上手く動かない。

 ふと近くに何かが飛んでくる。少し身構えたが、それはロープに繋がれた浮き輪だった。

 

「あんたー!大丈夫かー!一回、河原の方に来い!」

 

 拒否する余裕もなかった文は浮き輪を掴んで倒れた。動く気力はなかった。引っ張られる感覚と共に、顔にかかった水がとても冷たかった。

 

 

 

 少年は上着を文に羽織らせ、体全体を見回して状態を確認する。

「完全に冷えてるな。大丈夫か?」

「……」

 声は聞こえないが、少年には何か言おうとしていることはわかったようだ。

「何も言わなくていい。一旦家に連れて行くぞ。俺の上着を羽織っておけ」

 抱き上げて少年は自宅に向かう。かなり揺れてしまうが急ぎ足で向かう。「うう……」という呻き声が聞こえたのか、少年がいささか焦った。幸い、彼の家はここらの建物の中で一番近いらしい。足でドアを開け、二人分の靴を置いて中に入る。そして、囲炉裏の火の前に少女を置いた。

 

 

「そこでしばらくあったまっているといい」

「……あ、」

「まだ無理をするな。座る事すら億劫に感じるなら寝ていろ。毛布を持ってこよう。汁物も作らなくっちゃな」

 少年は何処かに行ったと思うとすぐに戻って、バスタオルと毛布を渡してきた。文は軽く会釈して受け取った。羽織っていた少年の上着を脱ぎ、バスタオルを挟んで毛布にくるまる。

 少年は文の顔をしばらく見て、毛布を取りに行った部屋とは別の部屋に入っていった。

 

 何も聞かず、ただ助けてくれる少年がありがたく思えた。

正直、自分すらまだこの状況を理解出来ていない。しかし、原因はなんとなくわかってきた。

(きっと、あの緑の光球のせいです。よくわからないけど、アレのせいでここまで飛ばされたみたいですね)

 

「昨日の残りだが、味噌汁だ。飲んでおけ」

「ぁ、ありがとう……ございます。……ぁっ」

「すまない、熱すぎたか」

「いえ……大丈夫、です」

「そうか」

 今度は気をつけて味噌汁をすする。まるで内側から寒さが溶かされていくようで。

 ––––生き返った。

 それをみた少年は、また何処かへ行く。「あ、その……」と引き止めようとするが無視される。いや、無視というよりは単純に気付いていないようだった。

 しばらくして、味噌汁を飲み干すのと少年が戻ってくるのはほぼ同時の事だった。

「あ、あの!……ありがとうございました。実は……」

「事情か」

「は、はい」

「急用があるのか?」

「あ、いえ。それはないですけど……」

「なら、いい。もう少しいろ。夕方に行くにつれて今日は雪が酷くなってくるから、当分は動けないかも知れん。風呂に入れ、案内する」

 少年に出鼻を挫かれ言いたい事も言えず、文は若干拗ねながら少年について行った。

 

『風呂は一人で大丈夫か?……そうか。すまないが少し出掛ける。風呂から出たらゆっくりしていろ』

「……ふぅ……」

 じんわりと温かさが外側から入ってくる。寒いからだろうか、風呂の魅力が倍増してように思える。とても気持ちがいい。

 風呂は広く、最初はあらかじめ沸かしてくれたのかとも思ったが、ここは源泉掛け流しの温泉のようで、いつでもこの風呂に入れるのは贅沢に感じて少し羨ましい。妖怪の山にもこんな風呂があればいいのに。

 ところで、あの少年はなんなのだろうか。この世界はなんなのだろうか。おそらく外の世界だとは思うのだが、少年の性格がイマイチ掴めない。いい人というのはわかっている。だが、あんな感じの無愛想でいい人というのは幻想郷でも中々いない。感情を表すのが器用な方ではないだけか。それとも、何か大きなものに巻き込まれていたか。少なくとも只者ではないだろう。好奇心が湧いてくる。知りたくなってきた。少年には質問されるとは思うが、その時に私からも逆に質問しよう。記者たるもの、好奇心には正直に。

「まぁ、どっちみちあとでわかる事ですね。ついでに写真でも一枚撮らせてもらって…………ん?」

 

 違和感。

 

 そういえば、頭に被っていた小さい帽子とか、肩に掛けてあったカメラとか、手帳とペンとか。着替える時に持っていたっけ?

 

「……あわわ」

 どれもこれも記憶にない。顔が青くなり、慌てて着替えのところに走る。

「ペンと手帳……!は、ポケットにあった!濡れてるけど今はいい!帽子とカメラは!?……ない!ない!ない!どうしよう……!」

 

 居ても立っても居られず、走る。川に向かおうとする文に、玄関で帰って来たばかりの少年が即座に引き止めた。

「……!?どうした。その急ぎようからただ事ではなさそうだが」

「仕事道具とか、他にも落としたものが!!今ならまだ間に合うんです!行かせてください!」

「ダメだ」

「……っ!?なんでですか!?私の大事な……」

「さっき川に行って、ある程度のものは回収出来た。だから落ち着け」

「……えっ」

「後、勘違いしているようだが俺は外出そのものを拒否した覚えはない。自分を見てみろ。裸で外に出るのは自殺行為だと分かるだろう?」

「えっ?あ、ああ……!」

 文の顔がどんどん赤くなっていく。少年は見ないように気をつけながら口を出した。

「……見なかった事にしておくから、風呂に戻って温めなおしてこい。な?」

「わぁぁあああ!?!?」

 風呂に戻った文は、珍しく長風呂をした。

 

「……なぜ、土下座をする?」

「すいませんでした!!」

「……まぁ、気持ちは分かるが。事故だ、あれは」

「忘れてください!!」

「……まぁ、無理だろうな」

「お願いします!!」

「……すまない」

「うわぁぁあああ!?!?」

 文はのたうち回った。文のいつもの服は洗濯に出すために着替えられず、淡い青と白の浴衣にワインレッド色の上着を羽織っている。下着は、かつていた少年の姉の古着があり、それを借りた。「女性のそういうサイズは分からない」とタンスの引き出しごと持ってきた少年には少し驚いてしまった。ぴったりなものがあると伝えると安堵していたが。

「俺には姉さんと妹が居たからな。特に姉が活発なせいで、全裸で出会うなんて事故はよくあったから慣れている。要は、俺は気にしないと言いたいんだが……」

「うう……」

「俺の問題ではないようだな。なんと言えばいいか分からない」

「もう、お嫁に行けません……」

「……すまなかった」

「いいです……!元は自分のせいなので。それより、色々聞きたいことが」

「奇遇だな、俺もだ。いくつかあるだろうし、お前からでいい」

 

「まず一つ目、ここはどこですか?」

「見ての通り、田舎だ。日本の都市部には少し近いし電車も通るから不便ではないが。すまん、この家は最近譲渡されたばかりでまともに住所を把握していないんだ」

「大丈夫です、十分なので。次に、あなたの名前を伺っても?」

「名前は捨てた。以前は名字があったのだがな。ここに住んでた爺さんが亡くなって、その名字でいる義理もなくなった」

「な、何故ですか?」

「何故捨てたか、か?俺の親は所謂DVというやつでな。虐待は当たり前、自分の子を子と思わない奴から付けられた名前をずっと置いとくと思うか?」

「そ、そうですか……なんかすいません」

「過ぎた事だ。……爺さんが居た時もそうだったが、自分に付ける名前が思いつかなくてな。適当に呼んでくれ」

「分かりました。……あと、私の落としたものって……」

「これだな」

「そうですね。両方とも私のです!帽子はともかく、カメラは濡れて……ないですね」

「運が良かったのか、カメラは上の木の枝に引っかかっていた。帽子は下流まで流れていっていたが、問題なかった。他に落としたものはなかったか?」

「はい、大丈夫です!最後に、一枚いいですか!?」

「……ああ、いいが」

「じゃあこっち来てください!もう少し寄って!私写らないじゃないですか!」

「ふ、二人で撮るのか?」

「はい!……いい感じですかねぇ。撮りますよ!アザナさん!」

「アザナ?」

「私が今決めた、貴方の名前です!どうですか!?」

 

 

「……ああ、いい名だ。精々大事にするとしよう」

 

 

 パシャリ、と一枚。助けてくれてありがとう。

 そんな言葉も添えて。

 

「あと、十枚は撮りましょう!!」

「そこまでは勘弁してくれ……」

 

 

 

「次に俺の質問だ。いいか?」

「ちょっと待ってください、今写真を確認しているので!」

「職業病とでも言うのか、ここまでとは思わなかったな。楽しいならとやかく言うつもりもないが」

「はい、綺麗に撮れてました!差し支えなければ、記事にしても!?」

「記者とは思っていたが、新聞屋だったか。構わんが、つまらない記事になるだろう。それでもいいのか?」

「大丈夫です!面白くするのが私の役目ですから!」

「そうか。質問に移っていいか?」

「あっ、すみません!…どうぞ!」

 文は座り直し、言葉を待つ。少年は口を開く。

 

「箸は使えるか?」

「えっ?」

「どうなんだ?」

「使えますけど……」

 

「次だ、コメは二合炊こうと思っている。もう少し食べたいか?」

「えっ?多分、ちょうどいいと思います」

 

「そうか。今日の夕飯は鍋でいいか?」

「なんでそんな質問何ですか!?」

「……?鍋は嫌か?」

「そうじゃなくて鍋でいいですけど!もっと他にないんですか!?」

「夕飯は大事だろう」

 

「違う、そうじゃない!私の名前とか、どこから来たとか、あるでしょう!?」

「そうだな、名前は聞こう。他は別にいい。お前が話したくなったら聞こう」

「なぁっ!?……はぁ〜、もういいです。射命丸文と言います、よろしくお願いしますね」

「シャメイマル……それが名字か。珍しいな」

「名前がなかった人に珍しいと言われるのは少し複雑ですけどね。好きに呼んで下さい」

 

(あや)

「ぶっ!?」

「…?どうかしたか?」

「いえ、それで大丈夫です……!くっ、卑怯な……」

「何か言ったか?」

「いいえ、なにも!!」

「?」

 

「作ってくる。しばらく待ってろ」

「待ってください」

「どうした」

「夕飯の前に風呂に入ってください」

「……別にいい」

「ダメです!気付くのが遅れた私も私ですけど、ずぶ濡れじゃないですか!なんでそこまで顔に出さないでいられるか分かりませんよ!」

 よく見れば、全身が濡れている。カメラや帽子を取りに行く時に、川の中に入って探してくれたのだろう。

(そりゃ止められた時に、掴んだ手が冷たいなぁ、とは思いましたよ!?でも私は風呂に入ってたし、何より裸だったらそれどころじゃないではないですか!?)

 

「褒めているのか」

「褒めてません!!」

「……冗談だ。だが、俺よりもお前の事だ。気にしないでいい」

「気にします!私の物の為に身体張ってくれたんでしょう!?それで風邪なんかになられてしまっては、私の罪悪感がやばいんですよ!貴方がどうなろうと構わずに喜べる程、ゲスくないので!」

「……」

 

「とにかく、ゆっくり入って来て下さい。お願いします」

「……ああ、分かった。言葉に甘えさせてもらう」

 アザナは風呂に向かっていった。文は囲炉裏のある部屋で暖まりながら先程の自分を振り返る。

「……ふぅ。アザナ、さん……か……」

 自分が名付けた名前。それも少年は受け入れてくれた。

「……なぁにやってんですか私はぁ!?!?なに初対面で名前なんてつけちゃうんですか!?頭おかしくなってますよねコレ!?アザナって!!アザナって!?あ〜もう少しいい名前はなかったのかなって、そういう事じゃなくてなにやってんの私ぃ〜……!!」

 いやぁぁあ、と、またもやのたうちまわる文。文の自己嫌悪はアザナが風呂からでる直前まで続いた。

 

 そのアザナはというと。

「アザナ、か。……ふむ、射命丸、アザナ。語呂も……いいか?。…………ふぅ、ダメだなおれは。さっさと上がるか」

 こちらもこちらで嬉しさが隠せていなかったのは、内緒。

 

 アザナが浴衣と紺色の上着を着て上がり、台所で料理を始める。すると、文は隣に立ち、アザナの料理する手を見始めた。

「どうした」

「手が空いてるので、手伝おうかと」

「つまらんぞ」

「良いですよ別に。それでわざわざ面白くして美味しくなくなったらイヤじゃないですか」

「……そうだな」

「手伝えることあります?」

「そこにある肉を炒めてくれ」

「分かりました」

 

 アザナはスイッチを押して火を点け、文にフライパンを渡した。

「……これだけで火がつくんですね」

「爺さんが年だったからな。昔のやり方の方が美味いとは思うが、いかんせん手間がかかる。少しでも楽にしてやりたかったから、多少家を改造してガスで調理出来るようにした。炊飯器もあるぞ。昔の道具もまだ使えるようにはしてるから、今度やってみるか?」

「貴方に任せますよ。迷惑にはなりたくないです」

「構わん。好きで言っていることだ。料理ぐらいにしかここには娯楽はない。ある程度ならば教えられる」

「じゃあ、近いうちに。火が通りましたよ」

「これを入れて、いい感じに絡めてくれ。あとで、鍋に入れる」

「なんですかこの赤い漬物は?」

「知らないか?キムチというものだ。少し辛いがご飯は止まらなくなるぞ。鍋に入れなくても、その時点で豚キムチとして食べることが出来る」

「へぇ、そうなんですか」

「肉をつまんで食ってみろ。美味いぞ」

「あむっ。ホントだ、美味しい」

「……」

「どうしました?こっちを見て。顔でもおかしかったですか?」

 

「……いや、見惚れてただけだ」

「ブハッ!?な、何言ってんですかぁ!!?」

 

「む?恥じらうとこか?」

「恥じら……!あなたもよく言えましたね!?恥ずかしくないんですか!?」

「別に、だな。姉にもこういう事はよく言っていたが、完全に褒め言葉として認識してくれていたからな」

「見惚れるって、好きな人を見ている時とかに言う事でしょう!?ちょっとおかしいと思いますよ!」

「好きな人……?つまり、俺はお前のことが好きだということか?」

「えぇ!?そうなんですか!?」

 お互いに目が合う。二人同時に手が止まった。

 

豚キムチは少し焦げ始めていた。

 

「いただきます」

「い、いただきます……」

 囲炉裏の上に鍋を引っ掛けて、既にあった囲炉裏の火に当てる。おたまを使って鍋を掬い、赤いスープと共に皿に盛る。キムチ鍋というものらしい。

 一口すする。内側に温かいものが流れていき、じんわりと体全体に伝わっていった。頰が少し染まる。

「おいしい」

 思わず溢れた。茶碗を手に取り、鍋の具材と共にご飯を頬張る。

 ふと見ると、アザナが微笑んでいる。

「それは良かった。好きなだけ食え」

 アザナはそう言い、自分も食べ始めた。

 外は吹雪が強くなってきた。文には囲炉裏と鍋の温かさが身に沁みていた。

 

 しばらく食事に舌鼓を打っていたが、少し気まずさを感じていた。調理中の会話が頭から離れない。アザナの方も同様だろうか。気になるが、なかなか切り出すことが出来ない。アザナの方を見れば、表情が小さいながらも楽しさと少しの気まずさが伺えた。意を決して文は聞くことにした。

「さっきの、意味って……なんでしょうか?」

「さっきの?……ああ、それのことで悩んでいたのか」

 アザナはしばらく逡巡した後、答えた。

「すまないがよく分かっていないのが本音だ。俺に姉弟がいた事は言ったと思うが、文。お前にかつての妹の面影があるんだ」

「妹さんの……?」

「所詮は他人の空似だろう。だが、それでも俺は似てるお前を放っておくわけにはいかない。そういう気持ちがあるのは事実だ。しかし、それともう一つお前に向けている感情がある。この二つがせめぎ合っているんだ」

「二つの感情……」

「俺はもう一つの感情の正体を知らない。こんな事は初めてだがな。結局は自分でもよく分かってない。だがそれが心地よいとも思える。不思議なものだ」

 もう一杯、鍋を掬いながらアザナは答えた。

「妹さんは、どうなったんですか?」

 文はこの後、後悔した。安易に聞くべきものではなかったと自分を責めることになった。

「死んだ。姉が消えた後の親の虐待でな。俺にはお前が朱里が成長したような姿に思える」

 

 

 

 文は自己嫌悪に苛まれた。用意してくれた布団にくるまるが、寝れる気がしなかった。

「なんて事を聞いたんでしょうか。良く考えれば分かることだったのに……」

 何故妹がいた、と言っていたのか。何故、たった一人でここに住んでいたのか。考えれば済む事だった。

 ガスストーブの音のみが聞こえる部屋が妙に怖く思えた。

 

 

 夢を見た。三人の姉弟の夢だった。

 公園では仲の良い姉弟であった。姉は遊具を動き回り、弟は妹と砂の山を作り、姉が弟にぶつかると弟は「なにすんだー!」とばかりに追いかけてくる。姉は「ごめんごめん」と笑いながら逃げ、妹もそれを見て笑っていた。

 しかし、とある場面に切り替わる。

 両親からの虐待。父親はロクに家に帰らず、母親が鬱憤を晴らすために姉に何回も殴りつけた。毎日。何回も。しばらくして、弟と妹は姉から「隠れてて」と言うようになった。弟は状況の分からない妹をただ抱きしめるしかなかった。

 そして、悪い方向に状況は変わりだす。

 母親は狂いながら笑い、金を徹底的に渡さなくなった。

 

 最初からこうしていればよかったわ!!

 

 人としてのタガなど既に壊れきった母親に道徳や倫理などなかった。この時、父親は危篤になり病院で治療されていたが、母親は父親へのコンタクトを阻止するために場所を教えなかった。

 

 当然、食べるためのお金をも渡されなくなるため、極限の生活を強いられる。しかし、姉は自分の貯金を少しずつ切りくずし、弟と妹に与えた。二人でパンを食べさせてる間、姉は一人で近くの雑草などを食べていたという。近くで通りかかった友人に食事を分けてもらったこともあった。

 だが、姉の貯金も数日持たなかった。姉は苦肉の策として出稼ぎに行くと決めた。姉は弟に妹を守るように言われた。確かに弟は守ると宣言した。

 

 姉がいなくなり、母親はまた虐待し始める。ここでの姉の誤算は、自分がどうやって耐えていたかを教えていなかった点である。姉は虐待をされてはいたが、向こうは鍛えてもいない女性。反撃する事でこの母親は虚仮威しだと分かっていた。

 弟はそんな事は分からない。そして弟はまだ信用していた。母親はまだ善性があると判断してしまった。

 

 だから、あの夜に妹が死んだ。

 蹂躙し、悦びを感じた母親は動けない弟を尻目に妹に手を出した。目の前で行われる行為に弟は目を逸らしたくとも逸らせなかった。伸ばした手は届かず。しばらくして、妹は動かなくなった。

 

 

 不意に目が醒める。

 まだ夜らしいが、文はまた寝る気が起きなかった。目の辺りに触ると、涙で濡れた。

「……んね、……よ」

 耳元に小さく囁くように声が聞こえたので振り向くと、そこには隣で寝ているアザナがいた。

「……大丈夫だぞ、……大丈夫だ、ぞ……」

 目を見開いたが、頭と肩を抱えるアザナの腕には安心感があった。

 寝言にこそなっているが、それは私のための言葉。

 

 多分、うなされていた私にまた気を利かせてくれたのだろう。

 

 瞼を閉じる。今度こそ眠れる気がした。

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