こんなに嬉しい事がありますでしょうか。
いや、ない。
ここまでお付き合いくださりありがとうございます。
タイトルの方で気付く方もおられるでしょうが、そろそろですね。何がとは言いませんが。
それでは、引き続きお楽しみください。
妹紅に向かって手を振る。
すると、妹紅は後ろを向いてそのまま去っていった。
字も後ろを振り向き、賑やかな住人達の間に潜って行った。
妹紅による道案内は人里にて終了したため、ここからは自力で探すことになる。
不思議と住人の反応を見るに、文の存在を知っている人は多い。少なくとも慧音やてゐは知っていたのだから。
ならば、町行く人に聞いても情報は得られる。
そう思いながら、茶屋で足を止める。
「すいません」
「はーい!なんでしょう!」
店員の娘に話しかけると、活発な返事が来た。
元気がいいな、と感心しながら注文をする。
「茶を一杯。それとおススメの団子を二本頼む」
「かしこまりました!」
そして、赤い腰掛けに座り、周りを見渡す。
一言で言うなら、江戸時代の小さな町。
賑わいながらも人と人が協力しながらここで生活しているような雰囲気がある。
「平和、だな」
ふと、そう呟いた。
「お待たせしましたー!お茶と、みたらし団子ですね!」
「ありがとう。金は……あ」
金は今払えばいいのか、と聞こうとして、肝心な事に気付き青ざめる。
娘も急に言葉が途切れた事に首を傾げていた。
「あの……俺は外来人なのだが、外の金銭でも問題はないか?もしかして、ダメだったりするのか?」
「えっ、と……そうですね」
「……しまったな。大切な事を忘れていたか」
字は困ってしまった。こんなミスをしてしまったのはこの世界が異世界だと言う実感が少なかったせいだ。
もっと気を引きしめなければならない。
「すまない。少し、いいだろうか」
「は、はい」
「この中には外の金が入っている。それが分からなくとも、財布自体はそれなりの価値を持っているはずだ。これを渡すから、ツケにする事は出来ないだろうか」
「ツケですか?なら、これはお金を払う時に渡せば……」
「違う。あげるからツケにして欲しい、という話だ」
「えっ!?そんな悪いですよ!?急に渡されても……!」
「遠慮はいらない。寧ろそれでも足りないくらいだ。常連でもない人間ならこれくらいの身銭を切らなければ割りに合わないだろう。どうか受け取っておいてくれ。必ず返す」
「……分かりました。どうも腑に落ちませんけどね」
「なら、代わりと言ってはなんだが、人を探している。ペンダントのこの写真の女性で、文という名前だ」
そう言って、娘の人にペンダントを渡す。すると、「えっ」という声とともに静かに驚いていた。
「分かるか?」
「はい……。文々新聞の射命丸さんですよねコレ……」
「どこにいるか分かるか?恩人のような人で、一目だけでも会いたいだけなんだ」
「はい、確か……」
「おい、なんだありゃあ!?」
「……!?すまない、後でな……!」
「えっ、お客さん!?せめてお名前を!!」
「字だ!周りの避難を頼む!」
字は正義の味方ではない。何かしらの敵に遭遇した場合、どちらかと言えば、周辺の人に声を掛けながら逃げ惑うことを選択する人間だ。
しかし、悲鳴が聞こえた時。その先で字は確かに見た。
緑の触手。……つまりは蔓。
それはあの時。
幻想の入り口にて相対した、世界最大の異形の花。
つまり、あの触手は字にとって単なる異変ではなく。
ラフレシアとの再戦を意味していた。
(何故奴がここにいる––––!?完全に燃え尽きたはず!?)
人混みを掻き分け、その生物の全容を視認する。
植物の姿をした化け物。人型のようにまとまってはいるが、所々から蔓が飛び出ており、頭部がラフレシアの花弁になっている。何より体躯が巨大であり、見上げなければ上半身が見られない程である。
「なんだこいつは!?規模があの時とは違いすぎる!!」
このラフレシア。字はもしかすると、自分の責任でラフレシアが襲いに来る事態を招いたのではないかと思っていた。少なくとも、ラフレシアと前回戦った場所は外の世界である。だからこそ、自分と同じ場所から移り住んでしまったのだと考えていた。
俺がなんとかするべきなのかも知れない。
しかし、そんな考えは化け物を見た途端に全て拭い去る。
あの花とは明らかに異質。逆だった。
植物の化け物は蔓が幾重にも重なって出来た足で足元の建物を踏み潰して進んでいく。
まるで災害のようだった。
眼は赤く染まり、背中の右側のみに翼が生える。
彼は一目散に走っていった。
壊れた住居から長めの木の棒を取り出す。
「外で出会ったラフレシアでさえ、周りの木々に影響を及ぼしていた。なら、あの自立しているヤツが暴れたらこの世界がひとたまりもない!」
ライターを取り出し、先端に火をつける。
「向かっている方角は知って知らずか永遠亭の方……。世話になった人たちの元に、こんなヤツを向かわせるわけにはいかない……!」
「止めさせてもらうぞ!植物擬き!」
風の様に駆け抜け、植物の化け物を追う字。その手には燃え盛る木の棒を握っている。
蔓で出来た足に目掛けて、燃える棒を突き刺す。
しばらく押さえ付けても燃え移る事は無く歯噛みするが、危機を感じ取って身をかわす。
足から何本かの蔓が飛び出して字を搦め捕ろうと襲いかかっていた。その衝撃で、火のついた棒も吹き飛び、地面を滑っていった。
取りに行く暇はない。永遠亭とは逆方向へ向かい、人の居ない方向へ誘き寄せる。
「来い、化け物!」
すると、意に介さずに変わらず進み続ける化け物。
字はとっさに木片を握り、火をつけて頭部らしき花弁に投げつけた。
意外にも足に火をつけようとした時とは違い、今度は腕部分で防ぐ化け物。
刹那、全身が震えた。
確かな殺気。冷える様な感覚と共に、目こそ無いものの睨まれた気がした。
押し負けない様にするのが精一杯で、身体がまともに動かない。
指先の部分から、勢いよく触手が飛び出した。
(死ぬ……!)
最大級の危険信号が全身を駆け巡る事によって、回避と同時に空へ飛び出す。
いくつもの蔓が速さに拮抗するなか、隙間を縫う様に片翼を広げて羽ばたく。
とある瞬間で、不意に引っ張られる感覚がした。
何が起こったか分からないままに。
原因の足を見る。
一本の太い蔓が巻き付いていた。
ごおっ、という音が鼓膜を揺らし。
視界のあらゆるものが線に見えた。
全てがブラックアウトする寸前。
ようやく、地面に投げ飛ばされる事に気付いた。
ただの無謀である。
ただの蛮勇である。
ただの愚行である。
誰かはそう笑うだろうか。
それでも。
もう、立ち向かわずに。
虐げられ。
大切な人を守れなかった。
あの時の自分にだけは。
なりたくなかった。
ただ、それだけだったんだ。
ここに文がいるのなら。
俺が立ち向かうのは。
分かりきった事だろう?